雷光、呪の渦中へ   作:ぴーまんねこ

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第三十五章 涙の中で

突如として空間から姿を消したキルア。

 

一発。

二発。

三発。

 

呪霊の巨体がよろめくたび、鈍い衝撃音がこだまする。だが、肝心のキルアの姿はどこにもない。呪霊の叫びが響くたび、不可視の拳が確実にその肉体を打ち砕いていた。

 

「これで――終わりだ。」

 

低く、凛とした声が空間を裂く。

 

次の瞬間、呪霊の胸部――そこに潜んでいた核が、白く小さな掌に握りしめられていた。キルアが現れた時には、既に呪霊の命は終わっていた。

 

キルアは何のためらいもなく、その核を握り潰す。

 

――バリィッ……

 

かすかな音を残し、呪霊は砂のようにサラサラと崩れ落ち、空気の中へと溶けて消えた。

 

「キルア!大丈夫!?」

 

駆け寄る三輪の声は、心配を隠しきれず震えていた。

 

「あぁ。心配かけてごめん。」

 

キルアは、汗を滲ませながらも軽く微笑み返す。だが、その笑みが本当に無事な証ではないことを、三輪はすぐに悟った。

 

「……よかった……。」

 

安堵と共に、三輪の肩から力が抜け落ちた、その時――

 

「うがああああああっ!!」

 

キルアが突然、頭を両手で抱え、膝から崩れ落ちる。

 

「キルア!! キルアぁ!!」

 

叫ぶ三輪。その瞳には、はっきりとキルアの苦悶の表情が映っていた。

 

「はぁ……はぁ……くっそ……!」

 

歯を食いしばり、床に手を突くキルア。額には大量の汗、白くなった唇。明らかに肉体的なダメージとは異なる、内面からの激痛に襲われていた。

 

「こういうタイプの攻撃ね……趣味悪ィけど、効果的だな……。」

 

呪霊からの“攻撃”は、物理ではなかった。キルアの精神、あるいは神経へと直接干渉してくる、最も厄介な類のもの。

 

「早いとこ……根源を潰さねェと……マジでヤバいかも……。」

 

額に血が滲み、呼吸もままならない。それでも、キルアは三輪を見て笑おうとする。

 

「無理しないでっ……!」

 

三輪の声はもう涙声だった。必死にこらえたつもりの涙が、ぽろぽろと目尻から零れていた。

 

「大丈夫。こういう内部的な攻撃は……あんまり慣れてないけど……そのうち慣れるし。」

 

そう言って笑みを作るキルアの顔は、明らかに無理をしていた。それでも、三輪に心配をかけまいとするその優しさに、三輪の胸が締めつけられる。

 

「バカ……バカぁ……っ」

 

堪えきれず、三輪はキルアの胸元に顔を埋め、泣きじゃくる。

 

「好き……だから……キルアのこと、死んでほしくない……っ!」

 

涙で言葉は途切れ、声も震える。それでも、三輪は必死に想いを告げた。

 

「ありがとう。」

 

キルアの声が静かに響く。

 

そのまま、そっと三輪を抱き寄せた。

 

「三輪のためにも、こんなところで死んだりしない。」

 

温かな手が、三輪の背中を優しくなでる。苦痛の中にあるはずなのに、キルアの腕はしっかりと彼女を包んでいた。

 

三輪は嗚咽交じりに泣き続けた。足手まといになっている自覚もあった。キルアの負担になっている自覚もあった。それでも――感情は止められなかった。

 

「……これ終わったら、一緒に飯でも食いに行こ。」

 

優しく、あくまで自然に、キルアが囁くように言った。

 

「……うん……」

 

涙で顔をくしゃくしゃにしながらも、三輪は頷いた。

 

そのまましばらく、キルアの肩に顔をうずめて泣いた三輪。落ち着いたころ、キルアが静かに立ち上がった。

 

「そろそろ行かないとな。伊地知さんにも、心配かけちまうし。」

 

痛みはまだあるはずなのに、誰よりも先に立ち上がり、誰かのことを想って動くその姿に、三輪の胸が再び熱くなる。

 

(――強い人。優しい人。私が、こんなにも惹かれてしまう人……)

 

「行こっか。」

キルアが三輪に手を差し出す。

 

「うん……。」

 

手を取り、二人は静かに二階へと足を運んだ。そこには、次の脅威が待ち受けているはずだった。

 

――それでも、二人の心は並んでいた。

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