雷光、呪の渦中へ   作:ぴーまんねこ

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第三十六章 深層

コンクリートむき出しの階段を静かに踏みしめ、二人は建物の二階へと上がる。

 

先を歩くキルアの背中。

そのシャツにはびっしょりと汗が滲み、背骨に沿って流れた線がはっきりと浮かんでいた。

 

(キルア……汗を……?)

 

三輪は息を呑んだ。

 

あのキルアが。

特級相手でも表情ひとつ変えず、息すら乱さずに戦ってきたキルアが、今は額からも汗が滴り、肩で息をしている。

 

「……しかし、正直舐めてた。」

 

静かに、キルアが口を開いた。

 

「この呪霊……攻撃の質が今までと全然違う。肉体より内側に直接くる、このタイプ……厄介すぎる。」

 

振り返らずに話すその声には、ほんのわずかに疲労と、悔しさが滲んでいた。

 

三輪は黙ってその背中を見つめる。

口からは何も言えなかった。キルアの痛みも、強さも、自分には分からない領域がある。

それでも――

 

「……私、もっと強くなる。」

 

ぽつりと、三輪が言った。

 

キルアは立ち止まり、静かに振り返る。

 

「……ん?」

 

「だって……今の私じゃ、キルアを守るどころか……キルアに守られてばっかり……。それが、すごく悔しくて。」

 

拳を握りしめた三輪の瞳は、涙に滲んでいたが、その奥には強い決意の光があった。

 

キルアはしばらく無言でその顔を見つめ――やがて、ふっと微笑む。

 

「うん、そうだね。三輪なら、もっと強くなれる。」

 

その言葉には嘘もお世辞もなかった。

真っ直ぐに信じて、真っ直ぐに伝える声だった。

 

「……でも、無理すんなよ。焦って変な方向行くと、取り返しつかなくなるからさ。」

 

「……うん。」

 

短く返した三輪。

キルアの優しさが、時に自分を甘やかすように思えて怖くなる。でも今は、その言葉が温かく心に染みていた。

 

――ギィ……。

 

古びた建物の音が、静寂を破る。

 

二人の視線が同時に音の方へ向いた。

 

長い廊下の奥。

仄暗い天井の下、吹き抜けの鉄骨が影を落とす場所に、それは“いた”。

 

四肢の長い、痩せ細った人影のようなもの。

だが、その表皮はまるで剥がれ落ちた肉塊のようで、顔のあたりは眼球すら定かでなく、ただ口だけが異様に裂けていた。

 

「……来たな。」

 

キルアの声が静かに引き締まる。

 

「呪力量、さっきのよりも……いや、それ以上……?」三輪が震えるように言う。

 

「三輪。後ろに下がって。」

 

「でも、私――」

 

「俺がやる。」

 

キルアはそう言い、少しだけ三輪に笑いかけた。

 

「さっきの約束、覚えてるだろ? これ終わったら飯食いに行くんだよ。」

 

「……うん。」

 

鼓動が高鳴る。恐怖ではない。彼と一緒に未来を歩きたいという想い。

三輪は一歩後ろに下がり、刀に手をかけて構えた。

 

(少しでも……少しでも、何か役に立てるように。)

 

キルアはゆっくりと前に出た。

その歩みは、決して軽くはなかった。頭の奥に残る痛み、重くのしかかる疲労。

けれど、それでも――

 

(三輪がいる。俺が守らないと。)

 

白銀の髪が揺れ、蒼い目が怪物を射抜く。

 

「行くよ。」

 

キルアが、再び消えた。

 

――その空間に、雷の気配が閃いた。

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