雷光、呪の渦中へ   作:ぴーまんねこ

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第四十章 紅塵蠱籠(こうじんこころう)

立ち込める瘴気の中、キルアは朦朧とした意識の中で蠱紅を睨みつけていた。

視界はぼやけ、全身に力が入らない。それでも――

 

(三輪を守る。今は……それだけでいい)

 

背後から、小さく震える気配がする。

気配だけで、三輪が涙をこらえていることがわかった。

 

「三輪……自分を責めるなよ。あいつは、格が違いすぎる。」

キルアは背中越しに声を絞り出した。

 

「うん……」

か細い返事が返ってくる。

悔しさ、無力さ、自分の弱さ。三輪の心に渦巻くそれらの感情は、痛いほどキルアにも伝わってきた。

 

「このままだと埒が明かない。やれるだけやってみる。」

震える足に力を込め、キルアはぐらりと立ち上がる。

 

「もし、俺になんかあったら……その時はマジで逃げてくれ……」

 

「でも――」

 

「頼む!」

キルアは振り向き、初めて真正面から三輪に叫んだ。

「ここで三輪がやられちまったら、俺がここまで頑張る意味がなくなっちまう!」

 

三輪は、口を閉じた。

頷くことしかできなかった。

 

キルアの足元に電光が走る。

 

「ほう……まだ立つか。なかなかに精神力は高いようじゃな。」

 

蠱紅の声が空気を裂く。

 

「――神速」

 

風が引き裂かれ、空間が軋む音がした。

キルアの姿は消え、次の瞬間には蠱紅の顔面に鋭い蹴りが突き刺さった。

 

「ぐっ……!」

 

空中に浮き上がるようにして蠱紅の身体が吹っ飛ぶ。

 

無造作に倒れた着物の袖から、血のような黒い液体が滴る。

 

ゆっくりと、蠱紅が起き上がる。

 

「……おのれ。妾の顔を……傷つけよったな……」

 

目が見開かれ、唇の端がつり上がる。

その顔は、怒りを通り越した狂気に染まっていた。

 

「許さぬ……」

 

両手を胸の前で組み、禍々しい呪印が宙に浮かぶ。

 

「領域展開《紅塵蠱籠(こうじんこころう)》」

 

次の瞬間、世界が変わった。

 

天井が溶け、床は血の海と化す。

視界は真紅の霧に包まれ、鉄骨の柱は巨大な虫のように蠢き始める。

 

廃墟は、まるで肉の中へ入り込んだような異様な空間に変貌していた。

 

蠱紅は玉座のような「女座」と呼ばれる高さのある台の上に立ち、二人を見下ろしていた。

 

「領域内で妾が対象とした者は……妾の術式により“今まで受けてきた過去の痛み”、その全てを最大強度で想起させられる」

 

その声はもはや神の宣告のようだった。

 

「そしてその記憶は、脳に直接再生され……現実の激痛となって現れる」

 

キルアの目が見開かれる。

 

次の瞬間――

 

「うああああああああああああああああ!!!!!!」

 

絶叫。

喉が張り裂けるほどの、凄まじい叫び。

 

キルアの体が弓なりにのけぞり、目は白目を剥き、全身が激しく痙攣していた。

泡を吹き、両手で頭をかきむしる。

その爪が皮膚を裂き、血が滴る。

 

「やめて!やめてあげて!」

 

三輪はキルアの元へ駆け寄る。

その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていた。

 

キルアの脳裏には――

 

かつてゾルディック家で受けた「訓練」と称された拷問。

焼かれ、針を刺され、電流を流され、毒を飲まされ、全身の関節を外される。

そしてそれを「強くなるため」と言い聞かされ、受け続けた過去。

 

そのすべてが、まるで今、同時に起こっているかのように脳へと再生されていた。

 

「キルア!!!!」

 

地面に崩れ落ちたキルアを抱きしめる。

彼の体は焼けるように熱く、恐ろしいほどに冷たかった。

 

「無駄じゃ」

蠱紅がゆらりと歩き出す。

「もうじきその男の脳は完全に破壊される。生きていたとしても、言葉も、意識も……すべて失われるじゃろうな」

 

にやりと、口角が異様なまでに吊り上がる。

 

三輪は震える手でキルアを強く抱きしめた。

――そして、ただ名前を呼び続けることしか出来なった。

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