異世界でドルオタしてる俺氏、知らんところで救国の英雄扱いされているらしい 作:パンデュ郞
「これでよしっ、と」
今日も今日とて、ライブに紛れ込んでいたストーカーどもを退治した。
よりにもよってライブ中に事を起こそうとしやがって、おかげで路地裏まで誘導する羽目になったじゃないか。おかげで、俺はアルテシアちゃんのライブを途中で離脱するだなんて、ファンとしてあるまじき行為を働いてしまった。
アルテシアちゃんには気づかれないよな? おそらく、大ごとにはならないように連れ出したからバレてはいないはずだ。あれだけの人数がいる中で数人の動きにまで注意してるはずがない。
「バレないようにってのも、楽じゃないよな」
以前の時のように怖がらせてしまうのは嫌だ。だから、俺のこれは知られるべきじゃない。
べきじゃ、ないのに。
「――あの」
声に反応して、即座に振り向く。そこにはここにいるはずがない人――アルテシアちゃんの姿がある。さっきまでステージで踊っていた衣装そのままで。
どうして。なぜ。頭の中を反復するのは困惑の言葉。
違う、そんなことはどうでもいい。一発で切り出したのは理性の部分。今この場を誤魔化す手段を考えなければならない。
彼女には、何も知らずに笑っていて欲しいから。
「はははっ! こいつらちょっと酒飲みすぎちゃいまして」
「えっ」
「ええ、介抱してたら寝ちまったんですよ。馬鹿な連中ですよね?」
苦しい言い訳だ。どう見てもそんな風には見えない。
「ライブはどうなさったんですか?」
「え、と。はい、一旦休憩ということになってます」
「そうですか。こちらへはどうして?」
――そうだ、なぜこんな路地裏へ?
休憩なら、店の奥に個室があるはずだ。高級宿屋だけあって、専用の密会用の部屋とかが黄金の稲穂亭には存在している。そこで休むことになってるはずなんだが……?
「……実は、あなたが外に出ていくのを見まして」
「俺が?」
「はい」
俺を追って? なぜだ。アルテシアちゃんが俺を追う理由がわからないぞ。
第一、彼女にとって俺はただの一ファンのはずだ。わざわざ気にしていた理由がわからない。
俺以外にも途中で店を入退場してた連中はいた。だからこそ、わからない。
混乱が頭の中を支配し、動けずにいると、唐突にアルテシアちゃんが頭を下げた。
「あの時は、申し訳ございませんでした!」
「……あの、とき? それよりも、どうか頭を上げてください」
一体何のことを言っているのだろう。それより頭を上げて欲しい、
ファンがアイドルに謝らせるなんて言語道断だ。
俺の情けない声がよほどだったのか、ゆっくりと頭を上げてくれた。よかった。
「以前、この方々のように暴漢に襲われたときに、私はあなたに失礼を働いてしまいました」
「失礼……?」
「助けてくださったのにも関わらず、あんなに怯えて感謝の言葉すら言えず……」
ああ、そんなことを。
もしかして、ずっと気にしてたのか? もう何年も前の話だぞ?
な、なんて心清らかな人なんだ……っ! そんなことはなかったって、忘れ去りたい記憶のはずなのに!
「いいんですよ。俺がやりたくてやってるわけですから」
「いいえ! 是非、感謝の言葉を受け取ってください。誠に、ありがとう存じました!」
ああ、本当にいい子だなぁ。心が洗われるようだ。
潤んだ瞳もキュートだし、何を話そうか迷っている時に手の指同士を絡める癖も愛らしい。
「――ありがたく受け取ります。それじゃあ、俺はこいつらを連れてくんで……」
「お待ちください!」
うおおおおおおお! アルテシアちゃんがすぐ目の前まで!
何だこれ、夢か? 夢か? あり得ないだろこんなの。いくら払えばいい。全財産今すぐにでも渡すぞ俺は!
近くに来ただけじゃなくて、探る様に俺の体に触れてくる。うっそだろ!
「怪我とかなさってないですよね? 大丈夫ですよね?」
「だ、だだだだだ大丈夫です。そそそそそそそんな離れてください」
「本当ですか? 本当にですか?」
「本当です本当です!」
うわうわうわうわうわアルテシアちゃんが俺に触ってくれてる!?
触れあいイベント発生してる!? なんでどうしてうわめっちゃいい匂いする。
ファンとして推しと個人的な場所で触れ合うのは大変良くないが、引きはがすのもマナーが悪い。これはどうすればいいんだ!
一通り確かめて満足したのか、ほっと一息安堵の息を吐いたのが聞こえた。
「……良かったです」
はい死んだ。尊さで俺死んだ。
え? 今のシチュ最強すぎるでしょ。推しが心配してくれて、無事だと分かると良かったって心の底から漏れ出たような声を出してくれる。ねぇ、幾ら出せばいい? 何だってするよ俺。
「あっ! す、すみません。べたべた触られて、おいやでしたよね。はしたなかったですよね」
「――ありがとうございます」
赤面して離れる姿が可愛すぎる。ここが天国か。
俺っていつの間に死んでたんだろうな。いや、今から召されるのか。尊さによって。
でも天使は既に目の前にいるんだが? これが……お迎え?
「あの、あの? 大丈夫でしょうか?」
「はっ! 花畑はどこに!」
「お花畑ですか? 王都の中にはないですね……」
尊さのあまり幻覚を見てしまっていた。
いかんいかん正気を保て俺! アルテシアちゃんに失礼だろうが!
「すみません、こうしてお声させていただくのは初めてですのに……」
「初めて――そうですね」
すっと頭の底が冷える感じがした。
俺にとって、アルテシアちゃんに声をかけてもらうのはこれが初めてじゃない。最初の日、俺が彼女の歌を聞くきっかけになった時、確かに俺は声をかけてもらったんだ。
彼女はそれを覚えてないという事だろう。
俺はそれを理解して――たまらなく嬉しくなった。
だって、特定の誰かではなく、誰にだって救いの手を差し伸べてくれる人だってことだから。相手が誰かなんて関係ない。目の前にいたから、救いたいと思ったってことなんだろう。
「ファンとして、アルテシアちゃんとこうして話せてとても嬉しいです」
「――アルテシア、ちゃん」
あれ? 照れてる? なんで頬を赤く染めてるんだ?
普段ステージの上で散々浴びている言葉じゃないか。
「はっ! そろそろ戻りませんと!」
「そうしてください。俺もこいつら連れて行ったら戻りますので」
「はいっ! 是非、感想聞かせてくださいね!」
ああ、天使のような笑顔だ。花開いた花弁が早朝の太陽の光を反射して輝いているかのように。朝露に濡れて、輝いているように。
この笑顔が見れただけで、やってきてよかったと思える。
しかし、本当になんで来たんだろう。まさか、本当にお礼を言うためだけに?
よくわからないけれど、可愛かったからいっか! マジで役得だった。
それじゃ、こいつらふんじばって連れていきますか。
……ある意味こいつらのおかげでアルテシアちゃんとお話できたんだから、少しだけ丁寧に扱ってやるか。
ちゃんと縄で縛るけどな!