異世界でドルオタしてる俺氏、知らんところで救国の英雄扱いされているらしい 作:パンデュ郞
ストーカーどもを引き渡しに兵舎までやってきた。
そこで今、俺は顔見知りになった憲兵に取り調べを受けている。
机を挟んで一対一だ。
「またですか! 流石ですねタイランさん!」
驚いたように言う彼の口元は笑っていた。
こんな頻繁に連れてきてたらそうだよな。一周回って笑えてくるよな。
前に連れてきたのは前のライブの時だから……でも週一ぐらいか、七日前七日前。
「またとか流石とか、言われてもなぁ……」
反応には困るよな。正直。
物騒な人だとか思われていないだろうか。愛想の良さからしてないとは思うけれども。
「本当によく……凄いですよ! 本当に!」
「それ褒めてます?」
「もちろん!」
ああ、眼をキラキラさせてる。
何だろう、盛大な皮肉とかではないよな。多分。彼はそんな人間ではないと思う。
「装備無しで、武装している悪漢三名を取り押さえるだなんて。正直騎士の方々でもできるかどうかですよ! 騎士団長でならできるかもしれませんけれど……」
「ははは、大げさな。俺は一般人を捕まえただけですよ。どんな伝手であんな装備を手に入れたのかはわからないけれど……」
そんな少し腰を浮かせて前のめりにならなくとも。そんな讃えられるようなことをしているわけではない。ただの凶行に走った一般人を取り押さえているだけだ。
それなりに強いという自負はあるけれど、流石に王国の騎士と比べられるほどではないだろう。
実際に騎士が戦っているところを見たことはないけれども。俺なんかよりかは強いに決まってる。
自分が興奮しすぎたことに気が付いたのか、ごほんと一つ咳ばらいをして、彼は浮かせていた腰を下ろし直した。
「では、規則ですので。詳しい当時の状況などをお聞かせ願います」
「わかりました。気が付いたのはですね――」
アルテシアちゃんのライブの間に不審な行動をしていて目をつけていたこと、監視していたが、終わるなり即座に不審な行動に出たこと。武装をしていたことや突然身に着けたことみたいな状況とかを詳しく説明する。
そうやって、必要な書類とかも一通り書き終わり、調書も取り終わった。もう手慣れたものだ。何回同じことをやったのかわからないぐらい通ってるからな。
「それじゃあ、彼らの身柄はこちらで預かりました。大変お疲れ様です」
「ああ、よろしく頼みます」
必要な手続きを終えれば後は自由の身だ。
やたらと視線を送られる中、兵舎を出る。
視線が扉で途切れると、途端に解放感が身を包む。
「んー! やっぱり動いた後は気分がいいな」
体を動かすのは嫌いじゃないと気づけたのも、アルテシアちゃんのおかげだ。
彼女のおかげで世界の全てが心地よく感じる。
「……帰るか」
ライブが行われる時間はいつも夕方ごろ。つまり、調書なんかで時間を潰した今はもう夜になっている。
こんな時間から冒険者ギルドに行って仕事するのも違うし、大人しく休むとしよう。
何より、あんなことはあったけれど、アルテシアちゃんのライブの余韻を楽しみたい。
前回のライブよりも振付のキレが良くなっていたし、練習いっぱいしたんだろうなぁ。
「この世界の動画ってか映像記録水晶高いんだよなぁ。仕事増やすか? でもアルテシアちゃんが撮られて嫌かもしれないしな。公式で売り出してくれればいいんだけど、そんな負担をかけるのもな……」
一ファンとしては彼女のグッズがほしい。今のところ、自作のイメージグッズしかないのは来るものがある。
いくらライブに参加する際にお金を落とすとは言え、それ以外に貢献できないのは苦しいものがある。
俺の自作うちわとか、職人に依頼して作ってもらった自作ペンライトとか。素材とかは商人たちだし、ペンライトの製作費は職人に入る。何一つとしてアルテシアちゃんの懐には入ってくれない。
最近はペンライトを他の奴も取り入れ始めて、受注生産してるだとか。おかげで発案者の俺にも僅かばかりのお金が入ってきているのは嬉しいのか悲しいのか。その手のお金はもちろん全部アルテシアちゃんにつぎ込むけどさ。
要望を出すべきか? いや、差し出がましい真似かもしれない。何より、ファンとの強い接触で事件の事を思い出させては一大事だ。直接伝えるのは絶対に止めておくべきだろう。
正直金銭面が大丈夫なのか心配になるときはある。それとも、豊穣の稲穂亭の方で雇ってたりするのかな。だとしたら週一なのは演者のローテーションとも考えられるか。
「うーん。豊穣の稲穂亭以外では全く姿を見ないってのも不思議な話だよなぁ」
そうなると、やっぱり専属契約を取っていると考えるのが自然だろう。
よし、宿に戻ったら受付の人にそれとなくグッズの要望を出してみよう。
匂わせるぐらいなら、彼女の負担にもならないだろう。
そんなことを考えながら、気が付けばもう店の前に戻ってきていた。
「ん? 珍しいな、こんな時間に」
店の前で誰かを待っているように、人影が一つ立っていた。
近づけば、輪郭だけでなく姿もわかってくる。頭巾をかぶり、ヴェールで顔を隠している子供……女性か? 身長が低いから、どっちかだろう。体の輪郭を隠すような大き目の服を着ていて、性別はつかめない。
ああ、アルテシアちゃんがちょうどあのぐらいの身長か。なんて思ってしまったのは、やっぱりずっと彼女の事を考えてたからか。
こんな時間に危ないな、声をかけるべきだろうか。前世と違って、決して治安がいいわけではない。高級宿がある区画だけあって比較的治安はいいが、こんな夜遅くに女子供が出歩くのは避けるべきだ。
どうするべきか考えていると、彼? 彼女? と視線が合った気がした。あっ、こっちに来る。
「……タイラン殿ですね」
「ああ、俺はタイランだ。そちらは?」
ヴェールの裏から聞こえてきたのはくぐもった女性の声。ふむ、顔を隠しているし、声も作っている。何やら怪しい気配を感じるが……不思議と警戒する気にはなれない。
話を聞くだけ聞いてみようか。
「私は配達人です。お届け物があり、お待ちしておりました」
「俺に? 宿に預けてくれればよかったのに」
「それじゃあ会え……んんっ。いいえ。送り主様より、必ず直にお渡しするように言われてますので」
「直に?」
直に渡さないといけないほど、重要な荷物が?
それにしては、特に何か持っているようには見えないが。
俺の訝し気な視線を感じ取ったのか、彼女はそっと懐から一つの手紙を取り出した。
見てみると、よほど大事な手紙なのか、封蝋がされてある。
封蝋ってことは、お貴族様からの手紙か。何だろう、俺の冒険者としての腕を聞きつけて直接の依頼でも頼みに来たのかな。
「これは?」
一応聞いてみるか。答えてくれるとは思わないけれど。
「この国の王女。アルテミシア様からの招待状です」
「……は?」
「この国の王女。アルテミシア様からの招待状です」
「いや、申し訳ない。聞こえなかったわけじゃないんだ、です」
封蝋の印を見るじっくり見てみる……うわ、これは俺でも知ってる。王家の紋章だ。
この王都にある王城に住む王家。その一族のみが使うことが許されている印だ。偽装は大罪なので、まず間違いないだろう。
じゃあ、本物? 目の前の女の子は王宮からの使者ってこと?
服装からして、正式な使者にはとても見えないけれど……。
え? なんでなんでなんで。
俺なんかやっちゃった? 罪人、とかではないよな。だとしたら、王女様からの使者じゃなくて憲兵たちだもんな来るのは。
マジで何一つとして覚えがないんだけどさ。どうすればいいんだこれは。
……ん? なんかじっと見られてる? ヴェールで顔を隠してても、顔の向きからそのぐらいはわかる。
「あの、俺の顔に何かついてますか?」
「あっ、いえ! 失礼いたしました!」
照れるように、顔を下に向けてしまった。
何だったんだろう。
「そ、それで。お返事を頂けますでしょうか」
「いや、返事も何も、俺なんかが王女様からの招待なんて拒めるわけがないですよ」
中身は見ていないが、本物なら断る権利なんてどこにもない。
なんでそんなことになってるのかさっぱり見当もつかないが、呼ばれたなら行かないといけないだろう。
「あの、一つよろしいでしょうか」
「はい、何でしょうか」
「念のためにお聞きしますが、間違いとか手違いって可能性はないですかね? 俺、王女様から呼ばれるようなことをした覚えはさっぱりないんですが……」
どうしたものかを軽く後頭部を掻き、無作法だと気が付いてすぐにやめる。
本気でそこら冒険者に過ぎない俺が、国の至宝と言われる王女様に呼ばれるだなんて想像もできない。
王女様ってのはあれだぞ。魔法学会の権威だとか言われてて、美貌も天女さながらの美しさで一目でも見た男は全て虜にされるだなんて言われてる人だぞ。
こんな冴えないドルオタアラサー呼びつけることはないだろう。
本気で理由がわからない。だからきっと間違いのはずだ。
そんな俺の浅はかな希望は、彼女の淡々と首を横に振る動作で打ち砕かれる。
「いいえ。間違いありません。王女様は勘違いもなさってません」
「そ、そうですか。ごめんなさい」
あまりにもきっぱりと言われたもので、少し戸惑ってしまう。
どうしよう。不快にさせてしまっただろうか。
「とにかく、来てくださるということでよろしいでしょうか?」
「は、はい」
断るなんて、恐れ多くてできやしない。いや、王女様に謁見するのも恐れ多いんだけど。
お貴族様とか基本的に姿も見ないし、なんか怖いんだよな。マジで身分差ってのを感じるし、ちょっと怖い。
でも、この使者の人は俺の行くという返事を受けて安心した様子を見せた。
何だろう。王女様って怖いんだろうか。絶対に断られるな、とか言われたのかな。だとすればちょっと会うの怖くなってきたぞ。
「王城に行くにあたって、ドレスコードとかは」
「王女様は気になさらないと仰ってます」
「えぇ……」
いやいや、貴族の家に仕事を聞きに行く冒険者の先輩も、身だしなみは気を付けるって言ってたぞ?
気にしないと言われても、普段のガサツな恰好で行くわけにもいかないだろうし。
んん、相談できそうな相手がいないのがちょっと……。推し活に必要なこと以外はまだ結構適当にやっちゃってるからな……。
「具体的な日時などは手紙の方に書いてありますので、では」
「あっ、ちょっと!」
丁寧に一礼されて、彼女はそそくさと退散していく。
呼び止めても聞いては貰えず、その背中は夜の闇に消えていった。
何だろう。夜道は危険だから送って行こうと思ったんだけどな。
俺の手元には、どうしたものか、手紙が一通残されただけだった。