異世界でドルオタしてる俺氏、知らんところで救国の英雄扱いされているらしい 作:パンデュ郞
私はこの国の王女、アルテミシア。
部屋に戻ってきた私はお付きのメイドに紅茶を入れてもらいながら、本日の事を思い返しています。
「……で、どうでしたか?」
「ええ、無事にお受けしてもらえました」
「それは良かったですねぇ」
彼女はケイト。幼少の時より私に仕えてくれている彼女とは、非常に親しい仲を築けていると自負しております。
他に人がいないときには多少砕けた会話をする程度には。
「陰の守護者様はどうでした?」
「…………わかって聞いてますよね?」
「そりゃあもう」
まったくもう、この子ったら。
微笑みを崩すことはせず、それでも平静を保ったまま答えましょう。
今の私は王女アルテミシアなのですから。
「お変わりなく、でしたよ」
「つまり、いつも姫様がお話くださる通りの素敵な方だったと」
「ケイト!」
「だって、そういう事じゃないですか。素直じゃないんですからぁ」
いつもと言うわけではないです。……ないですよね?
確かに、ケイトと二人っきりで話をするときはお仕事の話などではなく、世間話をすることが多いのですけれども。彼の話題ばかりというわけではなくてですね。
そう、目立ちますので。目立つ彼だからこそ、話題に出しやすいだけなのです。
一体私は誰に対して言い訳をしているのでしょう。
「歌手アルテシアとして知り合った時の話とか、何回聞かされたか覚えてませんよ私」
「そんな何回も話しては……いるかもしれませんが、そう辟易とされるほどはしておりません!」
「まあまあ。いいじゃないですか。また聞かせてくださいよ」
もはや定番になりすぎて、聞かないと不安になるですって? もうっ! ケイトったら私をおちょくってるんですね! わかりますよそのぐらいは。いつまでも世間知らず扱いしないでください。
紅茶を飲んで落ち着きましょう。
「……最初はただの思い付きだったのですけどね」
思えば、はっきりと私が彼を認識したのは、あの事件が最初でしたか。まだ、彼が陰の守護者として知られる前の事。
これを語るのには、そもそもなぜ王女たる私が歌手として活動しているのかを語らねばなりません。
その目的は――我らが王国に害をなす外敵の排除、その選別にあります。
王位継承権は低いとしても、私は王族。仮に、暗殺に成功すれば王国の威信を大きく落とすことになるでしょう。敵国からすれば、国が乱れればその分落としやすくなる。
現王たるお父様や、次期王たるお兄様が狙われるよりも、私が狙われた方が万が一の時に良い。
では、どうやって私を狙ってもらうか。優先順位が低いのならば、単純に狙いやすくなるほかありません。
その手段として、私は町娘に扮して歌うことにしたのです。
社交界にてひと際輝く珠玉などと、多分な評価を頂いております。芸事の類はささやかながら自信がありました。
だからこそ、できるだろうと。親切などなたかの手助けがあったとはいえど、できてしまったのは、幸か不幸かわかりません。
結果――早々に私は攫われかけることとなったのです。命が未だにこうして残っているのは、幸運としか言いようがありません。
「思っていた以上に、向こうは本気だった」
「ええ。今思えば、世間知らずだったというわけなのでしょう。もしくは、敵国の私たちに対する憎悪を甘く見ていた、と」
事前に情報を流していたわけではありません。最初のうちは徐々に慣らしてから、状況を見て間者を誘うための情報を流す予定でした。
既に城内、それも中枢深い部分に内通者がいて、情報を敵国に流していただなんて、想像もしていなかったのです。
絶体絶命の危機を救ってくれたのが――彼、タイラン様でした。
「誘拐されかかっていたところに突如現れて、誘拐犯どもをなぎ倒したのですよね」
「ええ」
その拳一つで、荒くれものどもを倒していくその姿は、正直恐ろしくもありました。
人の暴力というものにあまり触れないで生きてきたものですから。攫われることも恐怖であれば、彼もまた。
ただ、彼は暴力だけではなかった。
『大丈夫ですか』
極めて優しく、けれども、私が怯えてるのを見ると触れようとはせず。そっと、その時に着ていた上着をかけるだけで。
『……後は任せてください』
戦い方こそ乱暴であったものの、彼の在り方は騎士のそれでした。市井に生きるものでありながら、高潔な精神を持っていたのです。
「本来ならば、功績を讃えるべきなのでしょうが。その時の私は歌手のアルテシア」
「何より、本人が望んでなかったんですよねぇ」
そう、彼はお礼をと伝える私に向かってこう言ったのです。
――俺はただ、あなたには歌っている時のように笑顔でいて欲しいだけです。何かを受け取ってしまえば、せっかく見つけられたこの気持ちに嘘を吐くことになる。だから、受け取れません。
「きゃー! 愛の告白ですよ!」
「もしもそのつもりが彼にあったのであれば、私は二度と彼と会うことはなかったのでしょうね」
おそらく、彼にそのつもりはないのだと思います。
本当に、言葉のまま。“歌手アルテシア”に好意はあれど、あれはきっと恋愛感情などはなく……応援しているという意味なのだと今ならわかります。
恥ずかしながら、しばらくは勘違いしていたのですけれど。
しばらくは彼にどう反応するべきか、アルテシアとして歌いに行くたび悩んでいたぐらいですから。彼の方から接触はなく、本当にただの善意だったと理解できたのは本当にしばらく後の事。
ついに私の方から話しかけた際には、彼は自分の事を、ただの私のファンだと言ってくれていました。
しばらくはその関係、応援するものとされるものが続いていました……私たちが、彼の行動に気が付くまでは。
「騎士団の方でも警備は強化されたんですが、なぜかいつも敵の方が上を行くんですよね」
「まだまだ内部に内通者がいるという事なのでしょう。結果だけ見れば、危機意識を高められてよかった、とでも言うべきなのですかね」
警備をかいくぐったはずの敵を、なぜか彼は必ず見つけ出して人知れずに退治している。にもかかわらず、誰かに誇ることもなく、憲兵に突き出すだけ。
最初はただの荒くれだった刺客も、今となっては二つ名持ちの著名な人物が送られ始めています。にもかかわらず、彼は変わらずに撃退し続けている。
とても危険なことをしているはずなのに、見返りも、対価も、何一つとして求めない。あの時の言葉の通りに。
「本日も守護者様は退治なされてたようですよ。中には隣国で町を三つは焼いた悪党……二つ名は通った後は全部略奪されることから、根絶やしのランブルが混ざっていただとか」
「そうなのですね! 私も聞いたことがある名前です。流石ですね……。ですが、本当にどうしてそんな方が王都に侵入できているのでしょう」
それだけが不思議でなりません。王都の警備は厳重で、凶悪犯が入り込むのは非常に厳しいはずですのに。やはり、どなたかが手引きしていると考えるのが自然でしょうか。
「でも、何で今になって彼を招待する気になったんです?」
「それは……彼が私の正体に気が付いているみたいだからです」
「ええっ! 王女様だって見破られてたんですか!?」
「市井に顔出しはしていないので、知られていないものだと思っていましたが……彼にとっては分かりきったことだったようで」
これまでは、ただのアルテシアの熱心なファンなのだと思っていました。
けれども、つい先日、ファンとの交流をした際の彼の発言により私は大きな勘違いをしていたのだと気づかされたのです。
――もし、何かあれば言ってください。俺ができる限りのことがします。例え、貴族相手であっても、何とかして見せます。
これはもう間違いないでしょう。ただの歌手が貴族相手に何かあるなど考えようがありません。彼は、私の本来の身分が王女であることを見抜いているのでしょう。
そして、私が貴族関係で問題を抱えているこのタイミングというのが何よりの証拠です。
「知られているのであれば……実際に彼の意向を聞きたいと思います。アルテシア相手では言ってくれない、彼の本音を」
歌手アルテシア相手には、ファンとしての一線を保つでしょう。 では、王女アルテミシア相手ならば? 彼がどうしてそこまでしてくれるのか。どうして己の偉業を誇らないのか。
是非、聞いてみたいと思っております。
落ち着くためにお茶を一口。すると、満面の笑顔を浮かべたケイトの顔が視界に入りました。
どうしてそんなに笑顔なのですか?
「そんなこと言ってぇ。姫様は大好きな陰の守護者さまとお話したくて仕方がないんですよね?」
「ケイト!」
「照れなくてもいいですって。初めて、姫様自身を見てくれた人なんでしょう?」
もう、信頼して何もかもを話しすぎたかもしれません。
確かに、嬉しかったのはそうです。アルテミシアではなく、ただの歌手であるアルテシアを肯定してくれた初めての人だから。
社交界では、私は王女だからこそ持てはやされるのです。私の立場、それしか見ていない人のなんて多いこと。
でも、彼は、彼の眼は、真っすぐに私を見ていた。私という人間を見てくれていた。
時間をかけて、それを私は理解していった。
今となっては、アルテシアとして歌いに行くたびに、彼の姿を探してしまうほど。心の支えになっているというのは本当です。
「……とりあえず! あの方の都合に合わせた予定にしたはずです」
「迷惑になってはいけないからって、調べるの頑張ってましたもんねぇ。傲慢な王女と思われて嫌われたくないって――」
「もう! ケイト!」
「あははは、ごめんなさい~」
欠片も反省していない声で答えるケイトは、本当に心の底からの笑顔でした。
最近、怪しいことばかりが起きていましたからね。こういう時に笑えるのは大切な事です。
「そ、それで、予定の日に着ていく服を決めないとですね」
「王女としての威厳を保つため、でしょう? わかってますよ~」
「絶対にわかってないでしょう!」
他愛なく笑って。
いま、この時ばかりは、楽しみに心を躍らせるぐらいは許してもらえるでしょう。