MMAをやってた警備員さんの話 作:妄想癖のあるホロリス
病院に行き診断書を持って社長を説得し、なんとか休職をもらった俺は骨折の完治を待たずに山に籠り、ひたすら身体を苛めていた。四十kgの重りを背負って畑仕事の真似事とか走り回ったりしてみたり、靴や服を重くしてみたり、旧式カノン砲を喰らってみたりした。後で信じられないくらいの激痛に襲われたが、無視して寝て回復した。
寝て起きて朝食を摂った後、重りをフル装備して山の中を駆けずり回る。やがて足の感覚が喪失し腰にぶら下がるお飾りのようにしか感じられなくなり、浅く短くしか息が吸えず思考に靄がかかり始めるくらいで切り上げる。
かろうじて立ち上がれるようになったくらいで休憩をやめて、見繕っておいた木へ向かう。重心をつま先に預けるように立ち、ボクシングのように構える。調子を確かめるために軽くステップを踏んだ後、とりあえず一発打つ。
鞭で打ったような快音が響いた。拳の形の痕が残る木を見て体の具合は悪くないと判断する。そのまま続けてワンツーのコンビネーションを放つ。右腕が軋むが関係ない。グライザンに、現世界チャンピオンに打ち勝つならば、この程度の小事を気にしている暇はない。俺は俺のせいで巻き込んだ人たちのために今回ばかりは確実に勝たなければいけない。かつてのような死闘を楽しむだけの楽観で、他人に迷惑はかけられない。
幾本もの木を殴り倒して、ようやくあたりが暗くなっていることに気づいた。今まで気にしていなかったが、一度集中が切れると途端に身体が悲鳴を上げる。とりあえず腹を満たすべきだと考えて、無理矢理身体を動かし夕食を摂った。
近くにあった川で身体を流しながら物思いに耽る。
正直なところ、俺はグライザンを舐めていた。今より昔の奴らの方が強かったという勝手なバイアスで思考を歪めて、チャンピオンといえど然したるものではないと思い込んでいた。しかし既に俺が引退してから六年経っている。そして物事には常に変化が付き纏う。一人の天才によって進化とも呼べるような飛躍的な変化も起こり得る。グライザンなんかその典型だろう。
考えを改めるべき時が来た。そもそも自分が一番だった頃と同じだと思い込んで驕り高ぶるなど老害のテンプレートでしかない。事ここに至るまで気づけなかったのは怠惰の極みであるとしか言いようがない。いけ好かないやつを散々こき下ろすのなんて誰でもできる。しかし次に相見えるのはリングの上で、俺とグライザンは警備員と侵入者という善悪に二分される関係ではなく対戦相手として対等な一個人同士になる。さらに今回世間一般から見たら俺は世界チャンピオンに挑む向こう見ずな身の程知らずの挑戦者だ。そういう意味でもリスペクトと謙虚さを持って挑むべきだ。
この歳にもなって今更考え方が大きく変わるとは思ってもいなかった。やはり人生とは数奇なものだ。今度ビッグゴッドミオーンに占ってもらうべきか。そう考えながら川から上がり、身体を拭いてから寝た。
⬛︎
翌朝、まだ陽が昇らないくらいの時間に目が覚めた。時計を見れば、寝始めてから十時間以上経過しているのを示していた。その甲斐あってか知らないが、俺の右腕の違和感は消失している。全盛だった頃と比べても明らかに回復速度が上がっている。
嬉しい誤算ではあったが今は気にせず、とりあえず今日も重りのフルセットを装着して山を駆け回る。陽の光が薄く差し込んできた頃、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、いた。あっははは! 何そのカッコ! ケイさーん、ちょっとストップ! おーいスバルー、ケイさんいたよー」
「紫咲さん。どうしてここに」
「まあまあ、一旦落ち着きなって。来たのはシオンだけじゃないから」
ふよふよと、箒に乗って空に浮かんでいたのは紫咲シオンさん。つい最近hololiveを卒業してスバルと船舶免許の勉強をしたりして自由を謳歌しているはずの彼女が何故。と思っていると、山道を駆ける音が聞こえた。聞き覚えのある足音だ。これは────スバルか。
「ケーイー!! お前、あんなんあったら一言くらいよこせよ! フブさんに聞いたときマジで驚きすぎて腰抜かしそうになったんだから!」
「いや、すまん。普通に忘れてた」
半ギレになって俺の胸ぐらを掴んでがたがた揺らしてくる。拒絶する理由もないのでなされるがままにしていると、ジト目で紫咲シオンさんがこちらを見ていた。
「シオンの前でイチャイチャしないでくれませんかねー? ここまできてなんだけど、“あれ”やらずに帰ったっていいんですけど?」
「はあ!? してないんですけど!?」
スバルの言う通り、していたつもりはなかったが、気に障ったのだったら仕方がない。紫咲シオンさんの言っていた“あれ”も気になるので、スバルの腕からすり抜ける。どれほど強く掴まれていようと少し力の入れ方を変えてみればこの通り、素人相手であれば余裕で手を離させることができる。
「それで、紫咲さんがここへきたのは“あれ”とやらをするためですか」
「せーかーい。それじゃあ早速ほいっと」
「あ、ちょっと」
スバルの静止を聞かず、懐から取り出した杖をこちらに向けて振る紫咲シオンさん。一体何を、と思ったところで思考を急に打ち止められる。
眼前に広がるのは一面の土。一瞬のうちに身体が地面に打ち据えられていた。起きあがろうとしても身体がぴくりとも動かない。疲労困憊で倒れ伏したときとは違い、まるで上から巨大な手で押さえつけられているかのようだった。
「なるほど、重力……!」
「おお、早い! シオンはよく知らないけどグライザンってのに挑むんでしょ? 修行といったらやっぱこれかなーって思って。頑張る同期に重力十倍をプレゼント! ってわけ」
重力十倍。神の神殿にあるあの部屋や北の銀河を統べる神の住む星、星の地上げ屋と呼ばれた戦闘民族の故郷と同じ重力の強さ。仕組みは知らないがその効果は単純にして絶大。俺の体重が八十キロぐらいだとすると、この魔法の影響下では八百キロになる。つまりだいたい七百二十キロの重りを纏っているのと同じ計算だ。七百キロというと牛一頭がそのあたりだろう。俺は身一つでこれだけの効果を出せるトレーニングを知らない。
だんだんと身体が慣れていくのを感じる。慢性的な呼吸のし辛さはあるが、体にかかる負荷は最初ほどキツくはなくなってきた。あまりの異常事態に脳のどこかがいかれたかもしれない。もしくは火事場の馬鹿力なだけか。
そういえば、孫悟空とて最初から立ち上がれはしていたな、と考える。俺は別に戦闘民族でもなんでもないので一概に同じと言えないが、それでも鍛え上げた肉体は俺を裏切ることなく再び地面に立ち上がらせた。
「ふううぅ……紫咲さん。これはいつくらいまで保ちますか?」
「え? 多分一週間くらいは保つと思うけど」
本気になったグライザンがどれだけ強いかなんてのは想像がつかない。もしかすると重力十倍など目じゃない化け物かもしれないし、もっと弱いかもしれない。それでも出来ることをやるに越したことはない。紫咲さんに、この魔法が切れた頃にもう一度掛け直して欲しいと頼もうとして、ふと気づく。
俺は本当に一人で強くなってきたのか?
中学卒業記念で行った海外旅行中に両親がテロリストから俺を庇って死んでから、俺は人によって揺らがされずに生きる方法を模索した。高校入学時に他人が何をしようと気にならないくらいに強くなれば良いと思い立ち、格闘技を始めた。頂点に立てば、最強になれば普通の生活くらい簡単に送れるようになるだろうと思っていた。
思い返せば格闘技を始めたての頃はよく先輩に手解きを受けていた。がむしゃらに殴る蹴るしかしていなかった俺を考えてのことだろうが、俺は確かに人と強くなった。大学に入ったあとはスバルと再会し、それからはかなりの割合で同じ時を共有した。俺は小学生以来の友人に、人に確かに支えられていた。
グライザンの認識をあらためるとき以上に衝撃的だった。俺の十年以上を共にした思考哲学が根底からひっくり返っていく。一周回ってもはや愉快だった。たった一度の敗北で、俺の人生の大半が覆った。これを笑わずに何を笑えば良い。
「はは、ははははは!! ははははははははははは!!!」
「ちょ、ねえスバルどーすんのコレ」
「多分そのうち直るから問題ねーよ」
敗北を喫して強くなるなど眉唾物だと思っていたが、なるほど確かに悪くない。人生に彩りが広がった気分だ。認識できなかった他人の献身を、今になってようやく識ることができた。それと同時に俺がどれだけ強さの先に立つものとして、親愛なる隣人として不義理だったかを理解した。警備員の彼らには後で謝らねばなるまい。俺の勘違いで随分と良い加減な態度をとった。彼らも俺と道を同じくする者で先達に手解きを受ける権利があり、俺にも先達として後輩の手を取る権利がある。俺と先輩がそうだったように、なにも無責任に拒否するものではないのだ。
それはそれとしてだ。
「紫咲さん。来週もこの魔法をお願いできますか?」
「別に良いけど、どうした急に改まって。シオンの魅力に気づいちゃったかー?」
「そういうわけでは全然ないですが、一応言っておきますよ。ありがとうございます」
こういうことはどれだけ思っていてもあまり伝わらない。無愛想な親父が真っ先に俺を守ってくれた時に気づかされた。だからこそ、スバルにだって言うべきだろう。これまでと日頃の感謝を込めて。
「スバルも、ありがとう」
⬛︎
「……どーいたしまして。あ、あそこにあったテントってケイのでしょ? どうせろくなもの持ってきてないと思ったから結構食品置いてきたけど、いるよね?」
急にケイさんからお礼を言われたスバルはほとんど間を置かずにそう返したが、その顔は明らかに照れている。わからないでもないシオンだって照れ隠しみたいな返事しかできなかったから。いやまあ、なんというか……気になるなあ。あとできいてみよ。昨日フブキちゃんに口を滑らせたときだってそんな満更でもないって感じだったし、ちょっと聞き続ければポロッとこぼすでしょ。失言王だし。
「ああ、かなり値が張るだろうに申し訳ない」
「バカめ! てめーの給料から天引きだわ!」
わーきゃーと二人は漫才みたいなやり取りをしている。スバルのツッコミ気質には目を見張るものがあるが、ケイさんってここまでボケに回る人だったか?昔から天然ぽくはあったけどなんかこう、他人を慮る機能を喪失したみたいな人だったような気がする。タレントとして最大限のパフォーマンスができるように尽くしてくれるけど、個人としてはどうしたいかは基本的に聞かないタイプ。
ちょっとの間言い合った……とまではいかないか、スバルが言った言葉をケイさんが素直に受け止める、ピッチングみたいなやり取りをしていた。意外にもケイさんが乗り気だったことで想像以上に長く続いていた。どれくらいかと言えば、もういい加減に我慢の限界に達したスバルが『また来るから』とだけ吐き捨てて踵を返すまで続いていた。
色々聞きたいこともあったが、スバルが落ち着くまでは無言で隣を歩いていた。熱病に罹ったみたいに真っ赤だったスバルの顔は、しばらく歩いてようやく耳だけが赤色になるくらいまでに治ってきた。まともに質問できそうな顔色になる頃には既に山を下ってしまっていた。
「スバル?」
「どうしたシオン」
「いやぁ、なんていうか……ケイさんって昔からあんなんだったっけ?」
シオンの一番気になっていたことを尋ねてみた。シオンは、というかホロメンの大多数がcoverに入る前のケイさんを知らない。さらに言えばこうして完全オフな状態のケイさんも知らない。社会という荒波に揉まれてあの性格になったのか、仕事で性格を作っていただけで本来は今日みたいな感じなのか。そこも含めて気になっていたのでスバルに答えて欲しかった。
「違う……と思う。大学の頃からあの最初期の人工知能みたいな感じだったし」
「えぇ……じゃあなんで急に変わったの……?」
謎を解明するために質問してみたのに、また一つ謎が増えた。少し考え込んでいると、ぽつぽつとスバルが語り始めた。
「わかんない。でも、きっかけは多分グライザンってやつと戦ったからだと思う。フブちゃんは引き分けだって言ってたけど、ケイの中では負けたことになってる」
「なにそれ。たかだか一回負けたくらいで人が変わるほど変化するの?」
正直考えられない。一度の負けで人格が変わるなら、総合格闘技なんかしてればコロコロ変わっていてもおかしくない。
「するんじゃないかな……? 少なくとも、スバルの知る限りじゃ初めてだし」
「初めて……ってそんなことある?」
「随分いかれてるけど、あると思う。大学の時は確実で、高校でも負けなしだって聞いてたから」
なら、あり得るか……?
現実ではどうかは微妙だけど、一回負けて強くなるのは割とよく見る王道パターン。でも多分ケイさんのあれはそういう少年漫画的な覚醒とは違うと思う。実力面が飛躍的に伸びたわけじゃない、ただ性格というか人格というかの精神的な部分が強くなった。ああ、つまり────
「挫折だったわけか」
「最初にして、最大の」
なるほど、と納得すると同時に一つ腑に落ちないことが浮かんできた。
「挫折から立ち直るの早くない? まだ二日とかでしょ?」
「それはそう。でもまあ昔から反省と修正は早かったから……」
関係あるのか、それは。でもまあいい。気になることの一つは聞けた。
「じゃあ、狙ったの? このタイミング」
核心を突いてみる。
ここ最近のスバルは少し挙動がおかしかった。フブキちゃんに話を聞いてから、まるで時間こそが最大の敵とでもいうように行動していた。不思議だったが、今日ようやく繋がった。スバルはこれを、ケイさんの成長に立ち会うことを狙っていた。
「…………うん。狙ってたよ。ケイが土をつけられて、どうなるのか気になったから」
「ケイは、ずっと子どもだった。中学の時におじさん……ケイの両親が亡くなってから、どうにか心が折れないように強さでひたすら補強してきた」
「直して直して直して、そのまま突き進んで頂点に立って。……ケイは何かを諦めた。あそこで何を見たのかはわからないけど、ケイはすっぱりと総合をやめた」
「燃え尽き症候群みたいになんのやる気もない抜け殻みたいになっていたから、見てられなくてcoverに叩き込んだ。やる気を取り戻してくれれば、欲を言えば仕事を通じて精神的に立ち直って欲しかった。過去ばかりじゃなくて今を見て欲しかった。周りにちゃんと人がいるってことを知って欲しかった」
これは……うん。
「おっも。ごめんちょっとスバル重すぎだわ。ケイさんじゃなかったら潰れてるよ」
「はあ? 普通くらいだろ」
「どう考えたって重いよ」
重すぎる。幼馴染の精神的自立を促そうとする奴なんてそうそういないでしょ。というか吹っ切れて立ち直るところを見たいとかちょっと怖いくらいなんだけど。そもそも真っ直ぐ立ち上がると信じて疑わないのもえぐい。総じて思いが重い。オガネソンかよ。
「スバル別に重くないんですケード!」
「いや、全然重いから」
「あ゛?」
「お?」
この後めちゃくちゃ論破した。
⬛︎
重力が十倍になり、慣れたかと思ったが全くもってそんなことはなかった。脳内麻薬がガンガンに出ていたおかげでどうにか動けていただけだった。テンションが平時と同等まで戻った今、軽く動くだけでも体力の消耗がバカにならず酷くしんどい。というか、気づかず背負っていた重りのせいで俺にかかる負荷は七百キロどころじゃなかったのだ。
亀のような、重力室に入った男物下着のような足取りでテントに向かった。気張るだけで強さが数十倍に膨れ上がるような人種じゃないため、道中に劇的な改善は見られず一歩一歩進んでいった。
テントに着く頃にはすでに限界で、生まれたての鹿のようにガクガクと膝を震わせていた。陽も中天にかかる頃合いだったので昼食を取ることにしたが、腕はまともに上がらないしプラ容器は十倍の重力に耐えきれないしで笑うしかなかった。
なんとか満腹になるまで食べた後、疲労感を我慢できず少し昼寝をすることにした。悍ましいまでの寝苦しさに襲われたが、堪えて三十分ほど寝ると苦しさも少し和らぎ立ち歩くだけなら随分マシになった。睡眠中に破壊される筋繊維と再生する筋繊維が均衡をとっていたのが原因だと思われる。
一日中山間を歩き回ることに費やしたが劇的な改善が見込めるわけもない。結局鍛錬と呼べるような活動が可能になるまで十日ほどかかった。途中ちょっとしたコツを掴み効率を上げても尚慣れるのに試合開幕三日前まで、大体二週間を必要とした。
「あと三日だけど、本当に解除していいの?」
「はい、あと三日程度なら休息と調整に時間を使った方が有意義でしょうから」
「ふーん、そんなもんなんだ。もっとギリギリまで追い込むものだと思ってた」
「場合によってはそれもアリでした。ただ今回はグライザンとの間にどれだけの差があるかわからないこともあって、元々一ヵ月丸々技術の洗練に使う予定でした。まあ紫咲さんの重力十倍という予想外のブーストで考え直す羽目にはなりましたが」
「褒めてくれてもいいんだけど?」
「褒めはしませんよ」
「えー、別にいいけどさ」
ほい、と気の抜けるような掛け声と共に俺の身体を大地に縛り付けていた力が弱まった。少し試運転でもしてみようかと身体を動かそうとすると、とてつもない勢いで身体が引っ張られた。蹈鞴を踏みながら、転ける前に体勢を立て直す。
たった三週間と少しで俺は等倍の重力下における振る舞いを忘れてしまったらしい。出力の向上は著しいが、果たして三日で戦闘行為が行える位にまで調整できるかという一抹の不安が生まれてきた。まあ三日あればなんとかなるだろうと楽観で押し潰していると、紫咲シオンさんの悩ましげな声が聞こえた。
「ねえ、ケイさん。その試合見にいってもいい?」
「まあ、構いませんが……」
紫咲シオンさんなら問題ない。配信活動を終了している以上どれだけ凄惨な結果になって翌日に引きずられても個人の問題で大勢に影響はない。そう判断して許可を出すと、紫咲シオンさんはさっきまでのしおらしい様子から一転し、我が意を得たりというような勝ち誇るような顔をした。
「じゃあみんな誘ってみるから関係者席とかとっといてね!!」
どうして試合が観客を入れて行われることを知っているのかなど、色々疑問が浮かんだが、紫咲シオンさんは自分の要件を言うだけ言って飛んでいってしまった。呆気に取られていたが数秒かけて理解が追いついてくると、なんだかため息しか出なかった。
まあいいか、と気分を切り替える。どうせ元々負けるつもりはなかったが、負けられなくなっただけだ。メンバーの誰を連れて来ようが連れて来まいが、結果は変わることはない。だから今は、この歩こうとしただけで駒のように回りかねないじゃじゃ馬な身体を制御することに注力しなければならない。たとえ勝ったとしても後の業務に差し障る影響が出てしまう。
まとめて置いておいた荷物から着信を示すバイブレーションが鳴った。一体どこから、と思い身体が吹き飛ばないよう慎重に近寄る。握り潰さないように細心の注意を払いながら携帯を取り出すと、そこにはさっき飛び去っていった紫咲シオンさんからのメッセージが映っていた。
『今回の件で関わった人はみんな行くって。警備員の人も結構な数が来るっぽいから、よろしく!』
一瞬にして思考が煮え滾る。まだ、まだホロメンのためだったらわからないでもない。彼女らは世間一般からすれば一応でもアイドルで、こんな言い方は良くないが格闘技なんかを見に来ているとなるとブランドに傷がつく恐れがあるからまだいい。だが警備員共、お前らは普通に行ってもなんの問題もないだろ。護衛だなんだと言い訳して二、三人連れて行くとかならできなくもないが、大人数で押しかけるのは違うだろう。そもそも俺に頼むんだから俺にも一報入れるのが筋だろう。
紫咲シオンさんが早すぎただけかもしれない。一応向こうにも確認をとった方がいいだろうと手に持っていたスマホを見ると、木の葉を握り締めたかのようにくしゃくしゃになっていた。怒りのあまりにコントロールが乱れてしまったか。
もう一度しっかり握りつぶしてコンパクトにしたスマホの残骸をポケットに入れると、これもまた特訓の一貫だと言い聞かせることで落ち着きを取り戻した。俺は俺の想像以上にキレやすくなっていたのかもしれない。そう考えながら、とりあえず家路についた。
そして三日がたった。