Soulbound Chronicle 作:「」
風が強い日だった。
市場の喧騒が、石畳に乱れて吹きつける塵と共に舞い、色とりどりのテント布が大きく波打っていた。
わたくし――アスター・エルミナは、学術都市の端にあるエルダーグローヴで偶然その少年と出会った。
いや、偶然ではないのかもしれない。
出会うべくして、わたくしと彼はそこに居合わせたのだ。
「おい、そこの! 払えないなら置いていけ!」
声がする方を振り返ると、一人の少年が果物屋の主に腕をつかまれていた。
その銀髪の少年は、背はわたくしより少し低い程度。
けれど、身体の動きには野生の勘が光っていた。
「ちょっと見ただけだって! まだ触ってもないじゃん!」
「その目つきが怪しいんだよ!」
荒れる大人と、引かない少年。
わたくしは呆れたように微笑みながら、その間に歩み寄った。
「そこのお二人、少し落ち着いてくださいませんか?」
一言。
わたくしが口を開いただけで、果物屋の男の表情がピクリと引きつる。
「ひ、ひぃ…ア、アスター様……!」
「あら、わたくしのことをご存知でしたか?」
「い、いえっ、もちろんです! 何でもない誤解です、はいっ今すぐ手を引きますから!」
彼は汗を噴き出しながら、少年の腕を放した。
当然である。 学園を主席で卒業し、城下で名の知れた魔術師――それが、わたくしなのだから。
「……助かった」
少年がぽつりと呟いたその声が、意外と低くてわたくしは少し驚いた。
まだ幼さの残る顔立ちだったのに、その声音は、どこか深く沈んでいて。
「礼を言うべきは、そちらではなくわたくしのほうかもしれません。 見ていて実に面白い交渉術でしたもの」
「……えっと……」
わたくしの冗談を理解しかねたのか、彼は困ったように眉を寄せた。
その表情が、どこか愛嬌に満ちていて、わたくしは自然と口元を緩める。
「お名前は?」
「アヤセ。 アヤセ・ナイトシェイド」
「アヤセ…うん…いい響きですね。 わたくしはアスター・エルミナ。今は自由の旅をしている者です」
「……知ってる」
「え?」
「魔法学園の主席卒業生。 炎属性の魔法に関しては、国内最高評価。 それでいて、旅に出た理由が幸せのための魔法っていう……変わり者」
わたくしは一瞬、返す言葉を失った。
彼の口調には嘲りや揶揄はなく、真っ直ぐな敬意と興味に……少しの憧れが滲んでいた。
「ふふ、ずいぶん詳しいのですね」
「まあ、調べたっていうか……前から、気になってたから」
その瞬間、彼の目がわたくしを見た。
真剣な、少年には似つかわしくないほどまっすぐな眼差しだった。
不意に心が揺れた。 これは一目惚れ――いえ、もっと違う。
これは、直感。 運命のようなものが、確かにそこにあった。
「アスターさん」
呼ばれた名前に、胸が少しだけ高鳴る。
「俺……トレジャーハンターやっててさ、今、仲間を探してるんだ。 誰かと旅したくて、でもどうしても、相手が見つからなくて……でも、今思ったんだ。 アスターさんが、仲間になってくれたら、きっと全部うまくいくって」
(……何を言っているの、この子は)
そう思うはずだった。
けれど、わたくしの心は……拒絶ではなく、熱を帯びていた。
「……いいですよ」
「え?」
「同行者としての適性を、これから判断します。 その結果次第では、あなたの申し出を考えてもいい」
アヤセは一拍遅れて、それから満面の笑みを浮かべた。
少年らしい無邪気な笑顔。
でもその笑顔の奥に――どこか、大人びた覚悟の影があることを、わたくしは感じ取っていた。
「じゃあ……よろしくお願いします、アスターさん!」
「ええ、アヤセくん。 よろしくお願いします」
この出会いが、わたくしに何をもたらすのか。
まだ、それは分からない。 けれど、確かにひとつだけ──
この旅は、わたくしにとっても、きっと特別なものになる。
アヤセ 年齢15歳
アスター 年齢22歳