Soulbound Chronicle 作:「」
この世界は、終わりのない風と始まりのない大地からできていると、誰かが言っていた。
けれどわたくしは、風の始まりも、大地の未来も見てみたいと願っている。
わたくしの名前はアスター。
魔法学園を首席で卒業し、いくつかの研究所からも声がかかっていたけれど、そのどれも断って旅に出た。
理由は単純で、わたくしの故郷——湖畔の村に広がった疫病と、両親を失ったあの冬の光景がいまだに心から離れないから。
あの夜、呪文では命を救えなかった。
けれど、古代の魔法の中には、世界を少しでも優しくする何かが眠っていると信じている。
その可能性を、わたくしは追い求めて旅を続けている。
そして今、アルカナ大陸の東部、活気あふれる商業都市「エルダーグローヴ」に滞在している。
小さな酒場の奥の席で、わたくしは一枚の地図を広げていた。
淡い火の灯る暖炉の前にある木の椅子に腰掛け、ペンで線を引きながら古文書の断片と地形の情報を照らし合わせていると、背後から近づく足音に気づく。
ふっと顔を上げると、そこには——
「アヤセくん……?」
——まだ幼さの残る顔立ち、けれどその瞳には、どこか深い闇と光が同居しているようだった。
胸の奥が一瞬、妙に高鳴る。 鼓動が、わずかに音を立てる。
「……いらっしゃいませ。 依頼のこと、調べてくださったのですね。さすがです」
言いながら、隣の椅子を手で軽く叩いて座るよう促す。
「実は、とても興味深い依頼がありまして。 アヤセくんのお力が必要なのです。……聞いてもらえますか?」
彼は頷いた。 顔が赤らんで見えるのは、気のせいだろうか。
「アスターさんみたいな魔法使いが仲間になってくれて嬉しいから、どんな依頼でも受けちゃうよ」
——その言葉に、不覚にも胸が熱くなった。
わたくしのような人間を、信じてくれる人がまだいる。
そう感じられるだけで、心の深いところに明かりが灯る。
「ふふ、ありがとうございます。 アヤセくんがそう言ってくださると、わたくしも心強いです」
地図をくるりと回し、中央に描かれた「エメラルドの森」の奥にある城を指さした。
「依頼の内容はこうです。 この『エメラルドの森』の奥深くに、かつて存在したとされる『天空の城』 その宝物庫に眠る『知識の宝玉』を回収してほしいというものなのです」
迷いの霧、結界、失われた文明、そして…失われた希望。
「アヤセくん、わたくしはアヤセくんの隣で、魔法の力で道を切り開き、アヤセくんを守ります。 なのでどうか、この依頼、わたくしと一緒に受けていただけませんか?」
彼の返事を待つまでもなく、答えは決まっていたように思える。
彼の瞳に、迷いはなかった。
「行こう、一緒に」
そうして、わたくしたちの冒険は始まったのだった。
翌朝。 市場での買い出しを済ませたわたしたちは、テントや火打石、ランタン、干し肉、保存パン、そして水筒や寝袋までも揃えて、準備は万全だった。
彼は財布の中身を気にせず、わたくしのために魔導書の代金を半分払ってくれた。
少し照れくさそうに、「本当は全額出したかったんだけど…」なんて言うのだから、本当にずるい人だ。
わたくしはただ、そっとその手を握りしめる。
「わたくしには、そのお気持ちだけで十分すぎるほどです」
その手は、まだ細くて少し冷たい。
でも、その中に確かな強さと優しさが宿っていた。
こうして、わたしたちは街の門をくぐった。
朝露の残る草原の道を、二人並んで歩き出す。
空は高く、どこまでも青く、風は柔らかく吹いている。
「アヤセくん、わたくしたちの冒険が、今始まりましたね。 天空の城を目指して、さあ、進みましょう!」
彼は、わたしの目を見て微笑んだ。
その笑顔は、どんな魔法よりもわたくしの心をあたためる——そう思った。