Soulbound Chronicle   作:「」

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空の階段と図書の間

あの重い扉を越えた先には、信じられない光景が広がっていた。

そこに地面は……なかったのだ。

 

わたくしたちの足元には浮遊する白銀の大理石の踏み石が、空に向かってまるで螺旋階段のように連なっているだけ。

風はなく、けれど髪がふわりと舞うほどの何かが空間に流れていた。

 

「うわ……まじで空じゃん」

 

アヤセくんの呟きが耳に届いたとき、わたくしは彼の袖をぎゅっと握っていた。

 

「アヤセくん……落ちたら、どうなるのでしょうね?」

 

「アスターさん、それ今言う!? 俺、高いとこちょっとだけ苦手なんだよ」

 

「ちょっとだけ? じゃあ、たくさん苦手ならどうなってたのでしょうか?」

 

「目、閉じてたかも……」

 

「それは見えないでしょうね」

 

わたくしは、無意識に彼の手を取り直していた。

階段の端を見下ろすと遥か下には雲海。

そこに吸い込まれたらきっと帰ってはこれない。

けれど彼の手の温もりがある限りわたくしは歩けると思った。

 

「アヤセくん。 ここからは……一歩ずつ、慎重に。わたくしが支えますから」

 

「ううん、アスターさんも支えてね。 お互いさまってことで」

 

彼は笑ってみせる。 そんな無邪気さが、胸にやさしく刺さる。

 

数十分か、数時間か――

時の流れが曖昧になるほどの浮遊の階段を登りきると、そこには一際大きな浮遊石があり金と白の装飾を施された荘厳な門が待っていた。

 

そこが、「天空の図書館」と呼ばれるところだった。

 

──ただの本の倉庫ではない。

ここは、知識が意志を持ち記憶と感情に寄り添う。

 

まさに聖域だった。

 

無数の書棚が霧の中から現れ、宙に浮かんでいたり、ゆっくりと移動していたりする。

本棚同士が魔法文字で会話しているような、微かなささやきも聴こえる。

 

「すごいね。 ここにあるのって全部魔法の本なんだよね?」

 

「ええ。 魔法だけでなく、古代文明、精霊契約、伝承、恋愛指南……さまざまな知識が眠っています」

 

「恋愛指南?」

 

「例えです」

 

「うわぁ、ちょっと気になった」

 

わたくしは苦笑しながら、指先で浮かぶ一冊をそっと取る。

革装丁の表紙には、魔導式で導の記録と書かれていた。

 

「この本は……旅を導く知識を示すとされる伝承の……あれ?」

 

そのときだった。

 

横にいたアヤセくんが、無造作に引き抜いた一冊を手にして固まっていた。

 

「……あの、アヤセくん? 何を手に取ったのですか?」

 

「……」

 

無言で彼は表紙を見せる。

 

そこには、煌びやかなフォントでこう書かれていた。

 

《イチャイチャパラダイス 第3巻》

 

「……っ!? それは……わたくしの知っている魔道書ではありませんね……?」

 

「いや! ち、違うんだよ! なんか引き寄せられたっていうか、罠? トラップ? それとも因果律的ななにか!?」

 

「イチャイチャパラダイスというものが因果律に起因するとは、初耳ですね」

 

「……ごめん、捨てていい?」

 

「ダメですよ。 ここではすべての本が意思を持ちます。 粗雑に扱えば、命に関わることもあるとか」

 

「……すごいプレッシャーじゃんこの本」

 

わたくしはそっと、本に宿る魔力を感じる。

そして意外なことに、それは非常に強い―人の欲望と幸福に由来する、あたたかく力強い魔力だった。

 

(……この本、意外とすごいのかもしれません)

 

「ふふ、アヤセくん。 この本も、わたくしたちの旅に必要な一冊かもしれませんよ?」

 

「……それマジで言ってる?」

 

「ええ、もしかしたら――」

 

わたくしは冗談めいた口調で言ってみることにする。

 

「わたくしたちの未来のヒントが詰まっているかも」

 

彼の顔がみるみる赤くなる。

 

「え、アスターさん。 アスターさんがそんな風に笑うと、俺ほんとに変なこと考えるんだけど」

 

「変なことって?」

 

「そ、それは……その……だから、イチャイチャって……」

 

「……ふふふ、たとえばこういうことですか?」

 

わたくしはふいに、彼の手を握り直す。

その瞬間、彼の肩がピクリと震えた。

 

「も、もしかして、アスターさんってちょっとイジワル?」

 

「アヤセくんが可愛い反応をするからですよ」

 

彼がますます真っ赤になり、わたくしはそっと笑った。

 

この場所には、あらゆる知識が眠っている。

けれど、その中でわたくしにとって最も愛しい発見は彼のその笑顔だった。

 

そして、図書館の中心に向かう。

そこには巨大なクリスタルが浮かび。

その光は心の奥を覗くように脈動していた。

 

「アヤセくん……あれが、心臓部です」

 

「すごい……もっと近づこう」

 

「でも、慎重に行きましょう。 触れるのは危険かもしれませんので」

 

「うん……だけど、なんか引かれるんだよなぁ」

 

(いやな予感――)

 

「いけないアヤ――」

 

わたくしが止めるよりも早く、彼の指が、クリスタルの表面に触れた。

 

その瞬間、全てが光に包まれる――

 

 

 

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