舞台への歯車は回る
柔らかい午後の日差しが、磨き上げられたカウンターを淡い琥珀色に染め上げる。店内に満ちるのは、サイフォンが立てる心地よい音と、豆を挽く香ばしい香り。僕、新城優斗が祖父から受け継いだ喫茶店「コモド」。それは、僕にとっての日常であり、大切な人たちが集うかけがえのない場所だ。
「優斗くん、そろそろお昼のピークも落ち着いたし、休憩に入っていいかい?」
「はい、洸さん。お疲れ様です。まかない、用意しますね。今日は何がいいですか?」
カウンターの向こうで、洗い物を終えた立花洸さんが人の好い笑顔を向けてくる。彼は、僕の大切な幼馴染である立花響ちゃんのお父さんだ。あのツヴァイウィングのライブ会場での事件の後、職を失ってしまった彼を、僕が約束通りスカウトした。
最初は戸惑っていた洸さんも、今ではすっかりコモドのムードメーカーとして、その柔和な人柄でお店の温かい雰囲気作りに一役買ってくれている。
「お、本当かい? じゃあ、優斗くんのおすすめで頼むよ。君の作るものは何でも絶品だからね」
「そんな、大げさですよ」
はにかみながらも、冷蔵庫から手際よく食材を取り出す。
洸さんのために作るなら、少し疲労回復に効くものを。豚肉とニラ、それに隠し味で……。僕の料理の力なんて大それたものの自覚はないけれど、食べる人の顔を思い浮かべながら作ると、自然と味付けが決まっていく。ただ、美味しくなってほしい。元気になってほしい。その一心だけが、僕を動かしている。
「あ、優斗お兄ちゃん! おとーさん! こんにちはー!」
「こんにちは、優斗さん。お邪魔します」
カラン、とドアベルが鳴り、太陽のような笑顔と一緒に響ちゃんが飛び込んできた。その後ろから、親友の小日向未来ちゃんが少しはにかみながら会釈する。二人とも、コモドの常連だ。
「響! 仕事中に父さんを大声で呼ぶのはやめなさいって言ってるだろう」
「えー、いいじゃん別に! 」
「こら!」
まるで漫才みたいな親子喧嘩のような微笑ましいやり取りに、店内にいた他のお客さんからも笑いがこぼれる。洸さんがここに勤めるようになってから弱っていた様子も無くなり、昔のように自然なものに戻りつつある。それを見ているだけで、僕の心も温かくなる。
「未来ちゃんもいらっしゃい。今日はどうしたの? 響ちゃんが何かやらかしたとか?」
「もう、優斗さんまで! やってませんよーだ!」
「ふふ、違うんです、優斗さん。響が、どうしても優斗さんのオムライスが食べたいって聞かなくて」
「むっ、未来の嘘つき! 未来だって優斗お兄ちゃんの料理、教えてほしいって言ってたじゃん!」
顔を真っ赤にして暴露する響ちゃんに、今度は未来ちゃんが「ひ、響!」と慌てた声を上げる。
「料理? 未来ちゃんが?」
「は、はい……。いつも優斗さんの作るもの、すごく美味しくて……。私も、少しでも作れるようになったらなって」
もじもじと俯きながら話す未来ちゃんは、普段の落ち着いた彼女からは想像もつかないほど可愛らしい。響ちゃんを守るお姉さんのような彼女も、やっぱり一人の女の子なんだな、と思う。
「もちろん、いいよ! いつでも教えるから、気軽に声をかけて。響ちゃんも、オムライスでいいんだよね?」
「うん! ケチャップで、おっきなハート描いてね!」
「はいはい」
響ちゃんの冗談が入った注文を受け、僕は再び厨房に立つ。フライパンを熱し、バターを溶かす。刻んだ鶏肉と玉ねぎを炒め、ご飯を加えて手早く混ぜ合わせる。ケチャップの甘酸っぱい香りが立ち上り、食欲をそそる。そして、この料理の主役である卵。ボウルの中で溶かれた黄金色の液体を、寸分の迷いもなく熱したフライパンに流し込む。ジュワッという音と共に、完璧な半熟の膜が形成されていく。
僕にとって料理は、祈りに似ている。響ちゃんがこれからも太陽みたいに笑っていられますように。未来ちゃんが、その優しい心で誰かを幸せにできますように。洸さんが、穏やかな日々を送れますように。そんな願いを、無意識のうちに一皿一皿に込めていく。
「はい、お待たせ。響ちゃんの特製オムライスと、未来ちゃんの分ね」
「わーい! ありがとう、優斗お兄ちゃん!」
「ありがとうございます、優斗さん」
目を輝かせる二人の前に、湯気の立つオムライスを置く。約束通り、ケチャップで描いたハートが艶々と光っている。
そんな穏やかな日常が、当たり前のように続いていた。
慰問ライブが一段落したツヴァイウィングの二人、天羽奏と風鳴翼さんも、最近は頻繁に顔を見せてくれるようになった。変装もそこそこに、ごく自然に店に溶け込む彼女たちは、すっかり常連客の一員だ。
そして今日も、響ちゃんと未来ちゃんが席に着くと、まるで示し合わせたかのように奏さんと翼さんがやってきた。
「よぉ、優斗! 今日も来たぜ!」
「優斗さん、こんにちは。お邪魔します」
快活な声を響かせる奏さんと、その隣で淑やかに微笑む翼さん。対照的な二人が並ぶ姿は、それだけで一枚の絵になる。
「奏さん、翼さん、いらっしゃいませ。いつもの席、空いてますよ」
「サンキュ! あ、響と未来も来てたのか」
「奏さん! 翼さん! こんにちは!」
響ちゃんがぶんぶんと手を振る。奏さんたちは僕の隣のテーブルに腰を下ろした。これでいつものメンバーが勢ぞろいだ。僕はそれぞれから注文を聞いて回る。
「響と未来はオムライスか。じゃああたしは、いつものハンバーグランチで!」
「私は、鯖の味噌煮定食をお願いします」
はい、と返事をしながら、僕はそれぞれの好みを思い浮かべる。元気いっぱいの奏さんには、肉汁溢れるジューシーなハンバーグを。ストイックな翼さんには、体のことを考えた栄養バランスのいい和食を。彼女たちがこの店で安らげるように、僕にできる精一杯のことをする。それが僕の役目だと思っている。
料理をテーブルに並べると、途端に賑やかな会話が花開いた。話題の中心は、やはり響ちゃんと未来ちゃんのことだった。
「そういえば、二人とも、正式にリディアンの生徒なったんだよな。入学おめでとう!」
奏さんが自分のことのように嬉しそうに言うと、響ちゃんは満面の笑みで頷いた。
「はい! やっと奏さんたちと同じ学校に通えるんだって思ったら、すごく嬉しいです!」
「ふふ、これで私も響の先輩ね。学校で困ったことがあったら、いつでも私を頼るといいわ」
翼さんが優しく微笑む。その言葉に、響ちゃんはさらに顔を輝かせた。
「本当ですか!? やったー! 翼先輩、よろしくお願いします!」
「ええ、よろしくね、立花後輩」
「きゃー! 翼先輩に後輩って呼ばれたー!」
はしゃぐ響ちゃんを見て、未来ちゃんも嬉しそうに笑っている。翼さんも、普段のクールでお淑やかな印象とは違う、柔らかな表情を浮かべていた。それはまるで、本当の姉妹のような温かい光景だった。
だが、その輪の中で、ほんの少しだけ、奏さんの笑顔が翳ったのを僕は見逃さなかった。ハンバーグを口に運びながらも、その目はどこか遠くを見ている。フォークを持つ手が、一瞬だけ止まる。
学校。その単語が、今の彼女にとって少しだけ気まずい響きを持っていることを、僕は知っていた。ノイズとの戦いに明け暮れ、普通の学生生活を送ることをしなかった奏さん。響ちゃんや翼さんが当たり前のように語る『学校』という場所に、今の彼女は属していない。僕や二課の皆といる時、彼女はそんな素振りを見せないように気丈に振る舞っているけれど、ふとした瞬間に、埋められない空白が彼女の心をよぎるのだ。
「……奏さんは、すごいですよ」
僕は、カウンターの中からさりげなく声をかけた。
「え? あたしが?」
きょとんとした顔でこちらを見る奏さんに、僕は頷きながら続ける。
「だって、奏さんはたくさんの人を笑顔にする歌を届けてるじゃないですか。学校で勉強するのも大事だけど、奏さんにしかできないやり方で、もうたくさんの人を救ってる。本当に、すごいことだと思います」
それは、僕の心からの本音だった。彼女の歌に、どれだけ多くの人が勇気づけられていることか。
僕の言葉に、奏さんは一瞬、目を丸くした。そして、次の瞬間にはにかむように笑うと、少しだけ頬を染めてそっぽを向いた。
「……ばっか、お前に言われると、なんか調子狂うだろ」
「ふふっ」
「な、なんだよ未来! 何笑ってんだ!」
「いえ、別に?」
からかうように笑う未来ちゃんと、照れ隠しに声を荒らげる奏さん。そのやり取りを見て、翼さんもくすりと笑みをこぼした。奏さんの周りの空気が、また少しだけ和らいだ気がした。
「それにしても、響が無事にリディアンに入れたのは、本当に優斗くんと未来ちゃんのおかげだよ」
洸さんが、感慨深げに呟いた。
「俺一人じゃ、あいつの勉強なんて到底見てやれなかったからな。本当にありがとう」
「そんな、洸さん。俺はたいしたことしてませんよ。ほとんど未来ちゃんが頑張ってくれたおかげです」
「い、いえ! 私も、響が頑張ったから……!」
「もう! おとーさんも優斗お兄ちゃんも未来も、やめてよ! なんかすごい恥ずかしいじよー!」
響ちゃんが顔を真っ赤にして抗議する。その様子がまた微笑ましくて、店内は温かい笑いに包まれた。
この時間が、ずっと続けばいい。
心の底からそう願った、その時だった。
ピリリリ、と静寂を破るように電子音が響いた。奏さんと翼さんの携帯が、同時に鳴動したのだ。二人は顔を見合わせると、慣れた手つきで携帯を開く。そして、その画面に目を通した瞬間、彼女たちの表情からふっと笑みが消えた。穏やかな日常の顔から、戦士の顔へと。その切り替わりは、あまりにも鮮やかで、そして切実だった。
「……ノイズ?」
僕の問いかけに、奏さんは短く「ああ」と頷いた。その声には、先程までの快活さはない。覚悟を決めた者の、低く静かな響きがあった。
「悪い、優斗。せっかくの飯、途中で」
「ううん、気にしないで。気をつけてね、二人とも」
「おう」
奏さんは伝票をひったくると、財布から数枚の紙幣をテーブルに置いた。ちらりと見えた金額は、明らかに食事代よりも多い。
「奏、これは……」
「いいってことよ。あたしの奢りだ。な、翼」
「ええ。ごちそうさまでした、優斗さん。とても美味しかったです」
翼さんも静かに頷き、立ち上がる。二人はアイコンタクトを交わすと、迷いのない足取りでドアへと向かった。
「行ってらっしゃい、奏さん、翼さん!」
「気をつけてくださいね!」
「二人とも、無茶はするなよ!」
「気をつけて」
僕たち四人の声が、同時に飛んだ。それは祈りだった。無事に帰ってきてほしいという、切なる願い。
ドアに手をかけた二人が、その声に振り向く。
そして、戦場へ向かうとは思えないほど、晴れやかな笑顔で言った。
「「行ってきます!」」
弾けるような声と共に、二人は外へと駆け出していく。残された僕たちは、ただ、その背中が雑踏に消えるのを見送ることしかできなかった。
『―――こちら翼。目標ポイントに到達。これより、救助及び戦闘を開始する』
司令室のメインモニターに、上空から撮影された戦闘領域が映し出される。その中心で、二つの輝きが躍動していた。特異災害対策機動部二課、司令官である俺、風鳴弦十郎は、腕を組んでその光景を見つめていた。
『面白え! 来い、雑魚ども!』
奏の快活な声がスピーカーから響き渡る。彼女が纏うは、聖遺物「ガングニール」の欠片から造られたシンフォギア。白と深紅の装甲が宙を舞い、展開されたアームドギアの槍から放たれる槍状のエネルギーが、地面を埋め尽くすように蠢くノイズの群れを次々と穿ち、炭化させていく。
その動きに一切の迷いはない。かつて彼女を苛んでいた復讐心や焦燥感は影を潜め、そこにあるのは圧倒的な力と、それを振るうことへの純粋な喜びすら感じさせるほどの自信だった。
『奏、前方に集中しすぎだ。右翼から回り込まれるぞ』
『わかってるって! そっちは任せたぜ、翼!』
奏の死角を突こうとしたノイズの一群を、青い閃光が一瞬で薙ぎ払う。風鳴翼が纏うシンフォギア「天羽々斬」。その名の通り、鋭利な刃を持つ刀の一閃は、ノイズの防御機構である位相差障壁を紙のように切り裂く。冷静沈着な状況判断と、無駄のない剣捌き。奏という矛の猛攻を支える、完璧な盾だ。
モニターに映るノイズの数が、見る見るうちに減っていく。もはや蹂躙、という言葉がふさわしい。以前の彼女たちでは、こうはいかなかった。一体一体を確実に仕留めるために神経をすり減らし、奏は戦闘後は薬物(リンカー)の副作用に苦しむのが常だった。だが、今の二人にはその危うさがない。まるで呼吸をするかのように自然にフォニックゲインを高め、ギアを完全に掌握している。
『民間人を発見! 建物崩落に巻き込まます!』
オペレーターの友里あおいが鋭い声を上げる。モニターの隅、ノイズの攻撃で半壊したビルの下で、瓦礫に足を挟まれた少女が蹲っていた。
『ちっ、あたしが行く! 翼、援護を!』
奏が即座に反応し、一直線に少女へと向かう。殺到するノイズを、翼の斬撃が阻む壁となって防ぎきる。奏は少女の元へ降り立つと、瓦礫を軽々と持ち上げ、少女をその腕に抱きかかえた。
『もう大丈夫だ。しっかり掴まってな』
安心させるように声をかけ、安全な場所まで一気に離脱する。その一連の動作に、一片の淀みもなかった。
少女を安全な場所へ移した奏と、残敵を掃討した翼が合流する。モニターに表示されていたノイズの反応が、全て消滅した。
『こちら風鳴翼。対象の完全沈黙を確認。作戦完了です』
『こっちも民間人の保護完了。かすり傷一ついてないぜ!』
安堵のため息が、司令室のあちこちから漏れる。俺も、組んでいた腕の力を、ようやく抜いた。
「見事なものだな。今の二人なら、どんな局面でも乗り越えられそうだ」
感慨を込めて呟くと、隣に立つ白衣の女性が同意するように頷いた。
「ええ、本当。奏ちゃんなんて、検査するたびにフィジカルデータが向上してるわよ? 基礎体力はもちろん、細胞レベルでの活性値まで。まるで、毎日が全盛期、みたいな。翼ちゃんも同様。おかげで、二人のシンフォギアとの適合係数は、理論上の最高値を更新し続けてるわ」
二課の技術主任、櫻井了子。シンフォギア・システムの開発をした天才科学者だ。彼女は普段の飄々とした態度とは裏腹に、誰よりも装者たちの身を案じている。その彼女が手放しで喜ぶのだから、二人の状態は本当に良好なのだろう。
「原因が分かれば、言うことないのよねぇ…」
了子はタブレットに表示されたバイタルデータを眺めながら、不思議そうに首を捻った。
「これほどの身体的最適化、それも副作用なしで進行するなんて、私の知識の範疇を超えちゃってるわ。何か、特殊なトレーニングで?」
「いや、訓練メニューは俺自身が相手をして上げたが、あそこまでとは…」
俺も、そこが腑に落ちずにいた。奏と翼がこれほどまでに強くなったのは、いつからだったか。きっかけは、間違いなくあのライブ会場での事件の後。そして、新城優斗という青年と出会ってからだ。
彼の営む喫茶店「コモド」に、奏と翼は足繁く通っている。俺も、一応、護衛対象の監視という名目で何度か顔を出しているが、あそこの飯は確かに絶品だ。特に、優斗くんが作る定食は、不思議と体に染み渡るような滋味深さがある。
思い返せば、変化は奏や翼だけではない。俺自身の体の調子も、最近すこぶる良い。長年の鍛錬で酷使してきた肉体の、古傷の疼きが和らいでいる。力が漲る感覚さえある。
(今の俺なら、ビルの一つくらいなら素手で砕けるかもしれんな……)
そんな馬鹿げた考えが、ふと頭をよぎった。
「……弦十郎くぅん、今、とんでもなく物騒なことを考えてなかった?」
隣の了子君が、引き攣った笑顔でこちらを見ていた。
「いや、なんでもない。気のせいだ」
「そう? 聞かなかったことにしてあげるけど……」
了子はわざとらしく肩をすくめると、再び思考の海に沈んでいく。その瞳の奥に、いつもの彼女とは違う、鋭く、そしてどこか冷たい光が宿ったのを俺は見逃さなかった。
(原因不明の能力向上……まるで、誰かの手によって『最適化』されているような……。まさか。でも、このまま観測を続けるだけでは……。そうだな、計画を少し早める必要があるか。そう、あの子を呼ぶしか……)
「了子君?」
深く考え込む彼女の様子が気になり、思わず名前を呼ぶ。はっと我に返った了子君は、慌てたように両手を振った。
「な、なんでもないわよ?! さ、私はこの素晴らしいデータを解析しないと! 新たな発見があるかもしれませんからね! それじゃあ、お先に失礼しまーす!」
やけに早口でまくし立てると、了子は文字通り飛ぶようにして司令室を出ていき、自身の研究室があるフロアへと消えていった。
「なんだったんだ、今のは……」
俺は頭をかきながら、不思議そうに彼女の背中を見送った。だが、すぐに思考を切り替える。今は、作戦を完遂した部下たちからの正式な報告を受けるのが先決だ。モニターの中で、少し誇らしげに胸を張る二人の英雄に意識を向け直した。
人里離れた、月光すら届かぬ森の奥。打ち捨てられたように佇む洋館の一室は、埃と黴の匂いに満ちていた。その中央に、場違いなほど豪奢な装飾が施された十字架が鎮座している。
そして、その十字架には一人の少女が磔にされていた。陽光を知らぬかのような白い肌、鮮烈ながらも艶のある白い髪。苦痛に歪むその顔は、まだ幼さを色濃く残している。
「―――クリス」
静寂を破ったのは、絹を滑るような、それでいて底知れない昏さを秘めた声だった。声の主は、金色の髪をふくらはぎの辺りまで豊かに伸ばした、女神のように美しい女性。そのスタイルは官能的ですらあるが、瞳に宿る光は狂信者のそれだった。
「あなたに、やってもらいたいことがあるの」
女性――フィーネは、磔にされた少女、雪音クリスに慈母のような微笑みを向けた。状況に全くそぐわない、優しい声色で語りかける。
クリスは、か細く呻き声を上げるだけで、返事をすることができない。
フィーネは微笑みを崩さぬまま、しなやかな指先を、無慈悲に操作パネルへと押し付けた。
「ぐっ……あ……ぁああああああッ!」
バチッ!と耳障りな音と共に、青白い電流がクリスの体を駆け巡る。少女の華奢な体が激しく痙攣し、声にならない絶叫が部屋に響き渡った。
「返事は、どうしたのかしら?」
「……は……い…………」
途切れ途切れに、それでも必死に忠誠の言葉を紡ぐクリス。その様を、フィーネは満足げに見つめる。
「いい子よ。それでこそ、私のクリス」
電流を止めると、ぐったりと意識を失ったクリスからフィーネはふいと目を離した。その傍らには、彼女が手にしたものと同じ、禍々しい装飾の杖――ソロモンの杖が立てかけられている。そして部屋にそぐわない機械、その中に鈍く光るのは、あのライブ会場で失われたはずの完全聖遺物「ネフシュタンの鎧」だった。
フィーネは、恍惚とした表情で天を仰ぐ。その美しい顔が、歓喜と狂気で歪んでいく。
「やっと……やっと、この時が来たわ……!」
彼女は両腕を広げ、まるでそこに『あの方』
がいるかのように、熱っぽく語りかける。
「あの方の! あの方へ! あの方に、私の思いを叶えるため! このフィーネ、全てを捧げましょう!」
その声は、もはや人のものではなかった。数百、数千年もの時を生きた怨念が凝り固まったかのような、おぞましい響きを伴っていた。
「アハハハハハハハハ! アァァァハハハハハハハッ!!」
狂気的な高笑いが、古びた洋館に木霊する。そこには、一つの目的に対して盲目的なまでに献身を誓った、一人の狂人がいるだけだった。
そして、フィーネの私室にあるマホガニーの机の上。乱雑に置かれた書類の束の一番上に、一枚のレポートがあった。そこには、二課が観測しているシンフォギア装者たちのデータがまとめられている。
『天羽 奏:適合係数、過去最高値を更新。原因不明の身体能力向上を確認』
『風鳴 翼:同上。精神的安定がフォニックゲインの増幅に寄与か』
そして、その装者たちのリストの下に、明らかに異質な名前が一つ、記載されていた。
『監視対象:新城 優斗』
『特記事項:特異災害対策機動部二課の周辺人物。シンフォギア装者らとの接触頻度、高。対象との接触後、装者の心身に 信じ難いが変化が見られる。単なる偶然か、あるいは未知の要因によるものか。その存在、及び周辺への影響について、継続的な監視と調査を要す。彼は、計画における、予測不可能な『特異点』となる可能性がある――』
フィーネの狂った笑い声が響く中、そのレポートだけが、これから始まる世界の歪みを、静かに告げていた。
本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、洸はコモドだけで家族を養えれる?
A、あの後、心身ともに回復した洸はいくつかバイトを掛け持ちしています。
Q、原作の女の子は救われたの?
A、救えました。現在の奏達のトップスピードは音速を超えます。なので間に合いました
Q、弦十郎の訓練って?
A、山奥でひたすら組み手。シンフォギア有り無し両方。時に地形が変わります
Q、弦十郎はビルを砕ける?
A、ビルを投げ飛ばします