ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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迷い猫、拾いました

つい先日、僕は響ちゃんと未来ちゃんを連れて、少し足を延した丘の上にお菓子と飲み物を持参して、流れ星を見に行った。

満点の星空の下、夜空に尾を時折すっと尾を引いて消える光の筋に、響ちゃんは子供のようにはしゃいでいた。未来ちゃんは疲れなのか僕の方に頭を預けていた。

 

『―――くそっ、こんな時にっ! 優斗の淹れるココアを飲みながら星空デートの予定だったっつーのに!』

 

その日、一緒に行くはずだった奏さんと翼さんは、急な「お仕事」――つまりノイズの出現で行けなくなった。電話越しに聞こえてきた奏さんの声は怒りで震えていて、通話の向こう側でギリギリと携帯電話が軋む音まで聞こえてくるようだった。

翼ちゃんが「奏、落ち着いて。電話が壊れるわ」と宥める声も聞こえたが、きっと彼女も同じくらい悔しがっていただろう。

 

最近、ノイズの襲撃が目に見えて増えている。けれど、街がパニックに陥ることなく、僕たちがこうして穏やかな日常を送れているのは、間違いなく命懸けで戦ってくれている

 

彼女たちのおかげだ。そのことを思うと、胸がちくりと痛んだ。僕にできるのは、彼女たちが帰ってきた時に、温かい食事と安らげる場所を用意して待っていることだけだ。

 

そして今日。空は朝から分厚い灰色の雲に覆われ、しとしとと冷たい雨が降り続いていた。お店も、こんな天気では客足が遠のく。

 

今日はお休みの洸さんの代わりに一人で店番をしていた僕は、夕飯の支度と店の食材の補充を兼ねて、少し早めに店を閉めて買い出しに出ていた。

 

両手にずっしりと重い買い物袋を抱え、傘を差しながら家路を急ぐ。商店街のアーケードを抜け、いつもお世話になっているお好み焼き屋「ふらわ〜」の店の前を通り過ぎる。ソースの香ばしい匂いが鼻をくすぐり、なんだかお腹が空いてきた。

今夜は、奏さんたちの分も何か作っておいてあげようか。そんなことを考えながら、コモドの裏口へと続く、少し薄暗い路地に入る。

勝手知ったる道。だが、今日はいつもと違う光景が目に飛び込んできた。

 

裏口のドアの前、雨に打たれるアスファルトの上に、誰かが倒れている。

 

「―――え?」

 

思わず足が止まる。持っていた買い物袋が、ガサリと音を立てて傾いた。

 

倒れていたのは、一人の女の子だった。雨で濡れそぼった白い髪が、力なく地面に広がっている。あまりに非現実的な光景に、一瞬、思考が停止した。

 

「大丈夫ですか!?」

 

我に返り、僕は慌てて駆け寄った。買い物袋を地面に置き、傘を彼女の方に傾けて雨から庇いながら、その肩にそっと触れる。びしょ濡れの服は氷のように冷たく、体温が奪われているのが伝わってきた。

 

「しっかりしてください!」

 

声をかけると、閉ざされていた瞼が微かに震え、薄っすらと蒼い瞳がこちらを捉えた。だが、その瞳には全く光が宿っていない。

 

「ぅ……あ……」

 

か細い呻き声が、唇から小さく漏れる。意識はあるようだが、体を動かす力は残っていないらしい。顔色も紙のように白く、これはどう見ても普通の状態じゃない。

 

「すぐに救急車を呼びますから!」

 

僕はポケットから携帯電話を取り出そうとした。だが、その腕を、弱々しい力で掴まれた。

 

見ると、女の子――雪音クリスと、後から知ることになる彼女が、苦しげに首を横に振っている。

 

「……やめ……て……」

「でも、このままじゃ……!」

「びょーいん……は……やだ……」

 

頑なに病院を拒むその様子に、僕はただ事ではない何かを感じ取った。怪我でもしているのかもしれない。だとしたら、なおさら――。

しかし、彼女の瞳の奥には、医者や警察を拒絶する強い意志と、深い絶望のような色が浮かんでいた。

 

このまま雨に打たれ続ければ、ただでさえ低い体温がさらに奪われて、命に関わるかもしれない。どうすれば……。僕の頭の中で、理性と善意が激しくぶつかり合う。見ず知らずの、しかも何か複雑な事情を抱えていそうな少女を家に上げるのは、軽率かもしれない。

 

でも、この冷たい雨の中で、助けを拒む彼女を無理やり救急車に乗せることも、このまま見捨てて立ち去ることも、僕には到底できなかった。

 

「……ごめんなさい」

 

僕は心の中で一つ謝罪すると、意を決した。濡れた地面に膝をつき、彼女の背中と膝裏にそっと腕を差し入れる。驚くほど軽い体に、彼女がどれだけ衰弱しているのかが伝わってきた。

 

「少しだけ、我慢してくださいね」

 

そっと抱き上げ、自分の体の熱が少しでも伝わるように強く抱きしめる。クリスは抵抗する力もなく、ぐったりと僕の腕に体を預けていた。

 

裏口の鍵を開け、明かりの灯っていない静かな店の中へ入る。そして、階段を上り、僕の私室でもある店の二階の居住区へ。とりあえず、リビングのソファに彼女をそっと横たえると、すぐに毛布を持ってきてその冷たい体にかけた。

 

そして、僕は携帯電話を取り出す。救急車ではない、僕が今一番頼れる人たちに連絡するために。

 

『もしもし、お兄ちゃん?』

 

電話の向こうから、響ちゃんの元気な声が聞こえてきた。

 

 

 

フィーネに言われた任務は二つ。

一つ、ソロモンの杖でノイズを操り、この街にの奴らに、世界の痛みを思い知らせること。

もう一つ、その街を守るツヴァイなんたらとかいうお気楽なアイドル装者を、このネフシュタンの鎧で完膚なきまでにぶちのめすこと。

 

あたしに生きる意味と力をくれた、フィーネの言うことは絶対だ。フィーネが語る理想の世界。「人の呪い」から解放され、バラバラになった心が一つになる世界。それは、あたしがずっと願い続けてきた「あたしの戦争がなくなってしまえ」という願いと、確かに一致していた。だから、あたしはフィーネの剣になる。フィーネの弾丸になる。

 

油断があった、と言われればそれまでだ。

どうせ、こんな平和な国で、呑気にステージの上で歌を歌っているだけの連中だと思っていた。本当の地獄も、血の匂いも、腹の底から響く爆音も知らない、お嬢様育ちの連中だって。戦争の痛みも知らないくせに、世界を守るだなんて、笑わせる。

 

「―――がはっっ!?」

 

だから、この結果が全く予測できなかった。

腹部に叩き込まれた凄まじい衝撃に、あたしの体は軽々と宙を舞い、ビルボードに叩きつけられる。視界が明滅し、呼吸ができない。白銀に輝くネフシュタンの鎧が、みしりと悲鳴を上げた。

 

どうして。

なんで。

 

大量のノイズを意のままに操るソロモンの杖。並の聖遺物など比較にならない、完全聖遺物から造られたネフシュタンの鎧。かけらだけの聖遺物にはない力を内包したこの力は、どんな相手も圧倒するはずだった。

 

なのに。

 

目の前に立つのは、目立つ朱色と青のシンフォギアを纏った二人。天羽奏と、風鳴翼。

二人とも、無傷。

あたしが呼び出したノイズの群れは、まるで落ち葉を掃くかのように、いとも容易く薙ぎ払われてしまった。それどころか、あたし自身、天羽奏たった一人に完全に制圧される始末だった。

 

(強すぎる……!)

 

脳裏に浮かぶのは、疑問と、そして初めて覚える種類の恐怖だった。ボロボロになった鎧が自己再生を始め、肉体が引き千切れるような痛みが走る。だが、そんな痛みすら、心の衝撃に比べれば些細なことだった。

 

怒りに駆られながらも、頭の片隅は妙に冷静だった。このままじゃフィーネの言う事を果たせない。

あたしは残ったノイズを全て呼び出し、二人の足止めをさせる。その隙に、この屈辱的な戦場から逃げ出した。

 

「次こそは……!」

 

次こそは、必ず。

 

フィーネが次に用意したのは、傭兵部隊を使った大臣の暗殺と、完全聖遺物「サクリストD」、そしてその中にある「デュランダル」の強奪作戦だった。

これさえ成功すれば―――その目論見も、またあの二人によって阻止された。

 

それだけじゃない。戦闘の最中、ケースから飛び出したデュランダルを、あの天羽奏が、ただ掴んだだけで。

 

あたしがソロモンの杖を完全に制御するのに半年もかかったっていうのに、あいつは、一瞬で。暴走もなく、その絶大な力を完全に掌握してみせた。

 

「―――ッ!」

 

あの光景を見た瞬間、あたしの中で何かが焼き切れた。プライドも、作戦も、何もかもどうでもよくなった。

 

あたしは、フィーネから与えられたソロモンの杖を、まるで不用品みたいにフィーネの足元に投げ返してしまった。

 

こんなものなくても、あたしの力で。

 

そして、挑んだ再戦。

ネフシュタンをパージし、歌いたくもねえ歌を歌って、あたしの本体であるシンフォギア「イチイバル」を起動させた。無数のミサイルが、弾丸が、あいつらに襲いかかる。これがあたしの、本当の力だ。

 

だが、結果は同じだった。いや、もっと悲惨だった。イチイバルは所々無残に砕かれ、片腕を押さえて膝をつくあたしの前に、絶望だけが残った。

 

(これまで、かよ……)

 

そう思った時、離れた場所から、あの声が聞こえた。

 

『言うことも聞けないなんて。失望したわ、クリス』

 

フィーネだった。いつの間に現れたのか、少し離れた場所に立ち、氷のような視線であたしを見ていた。

 

「フィーネ……!」

「こんな奴がいなくたって、戦争の火種くらい、あたし一人で消してやるッ!」

 

あたしは叫んだ。まだ、やれる。まだ、あんたの役に立てる。

 

「そうすれば、あんたの言うように人は呪いから解放されて、バラバラになった世界は元に戻るんだろッ!?」

 

慟哭にも似た叫びは、しかしフィーネには届かなかった。彼女はあたしに背を向け、静かにその場を去ろうとする。

 

「待てよ! フィーネ!」

 

追い縋るあたしを、彼女は一瞥すらしなかった。

 

フィーネの拠点である洋館で、あたしはフィーネと対峙していた。

 

「用済みって……なんだよ! フィーネ! あんたも……あんたまで、あたしを物みたいに扱うのかよ! いったい、何が正しくて、何が間違ってるのか、もうわかんねえよ!」

 

戸惑いに震える声で、必死に問いかける。信じられるのは、あんただけだったのに。

だが、フィーネは静かに首を振った。

 

「あなたのやり方では、せいぜい小さな火種を一つか二つ消せるだけ。世界の呪いは、そんなことでは晴れないのよ」

 

フィーネがソロモンの杖を掲げると、背後から無数のノイズが召喚される。そして、彼女の体を、あのネフシュタンの鎧が包み込んだ。ただし、あたしが纏っていた白銀じゃない。禍々しくも神々しい、黄金の装飾が施された、真のネフシュタン。

 

『あなたはもう、用済みよ』

 

冷酷な宣告が、あたしの心を完全に砕いた。

唯一信じていた光に裏切られ、涙が視界を滲ませる。それでも、このまま殺されるわけにはいかない。あたしは最後の力を振り絞ってイチイバルを纏い、黄金の怪物と化したかつての主人から、ほうぼうの体で逃げ出した。

 

どこをどう走ったのか、覚えていない。

気づけば、自分がノイズをけしかけて破壊した街の通りを、虚ろな心で彷徨っていた。降り出した雨が、頬を伝う涙と混じり合っていく。空腹も、体の痛みも、もう感じなかった。ただ、胸にぽっかりと空いた穴が、ひゅうひゅうと音を立てているだけだった。

 

どれくらい歩き続けたのか。

足がもつれ、アスファルトの硬い感触が頬に伝わったのを最後に、あたしの意識はぷつりと途切れた。

 

ああ、これが、あたしの終わりか。

薄れゆく意識の闇の中で、誰かが近寄ってくる気配がした。

………。

……。

 

目が覚めると、知らない天井が目に入った。

木の匂いと、何か優しい食べ物の匂いがする。硬くて冷たいアスファルトの上じゃない。柔らかくて、温かい布団の中だ。

 

何が起きた? あたしは、どうなった?

 

警戒しながら、ゆっくりと顔を動かして横を見る。

そこには、知らない男がいた。

黒い髪をした、あたしより少し年上くらいの男。彼は床に正座したまま、濡れたタオルを手に、ただじっと、心配そうにあたしを見ていた。

 




本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、響が流れ星を見れてる
A、その分奏が犠牲になりました

Q、なぜクリスはなぜ完膚なきまで負けたの?
A、今のクリスはデジモンの成長期、ギリギリ多めに見て成熟期くらいです。奏達は完全体上位クラス。弦十郎?もちろん究極体

Q、奏達容赦なくない?
A、一応、戦闘前に話しかけたりしていますが、詳しいことはぶちのめして捕獲してからでもいいやと思っています

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