はい、何の言い訳にもなりませんね。本当申し訳ないです。
フィーネ、いや、櫻井了子さんの起こした一連の事件は、静かに、しかし確実な形で終わりを迎えた。あの衝撃的な自首の後、二課の施設に仮封印される前に、了子さんは最後の贖罪としてソロモンの杖を手に取った。彼女が何かを祈るように言葉を紡ぐと、杖が柔らかな光を放ち、そして
――ノイズは、まるで陽炎のようにこの街から姿を消した。
観測されるノイズ反応はゼロ。人類を脅かし続けてきた認定特異災害は、その元凶であったフィーネ自身の力によって、一旦の終わりを告げたのだ。真の平和、と呼ぶにはまだ多くの問題が山積してはいるけれど、それでも街には久し
ぶりに穏やかな空気が流れていた。
「―――で、クリスちゃんはこれからどうするの?」
コモドのカウンター席で、僕はクリスちゃんに問いかけた。二課に保護されたとはいえ、彼女に正式な住居はまだない。
「……別に、どうってことねぇよ。二課の用意した施設にでも入るだけだ」
そっぽを向いて、ぶっきらぼうに答えるクリスちゃん。でも、その横顔はどこか寂しげだった。
「そっか。……もし、行く場所がないんだったら、またここに……」
「しょ、しょうがねぇなぁー!」
僕の言葉を食い気味に遮り、クリスちゃんはバンッ!とカウンターを叩いた。
「あんたとあのバカの親父じゃ、この店を回すのも大変だろ! 従業員がもう一人増えたところで、別に困らねぇはずだ! だから、あたしがここにいてやるって言ってんだよ! 勘違いすんな! これは、あたしのためじゃなくて、あんたのためだからな!」
早口でまくし立てる彼女の顔は真っ赤で、口元は必死に平静を装っているのに、嬉しそうな感情が全く隠しきれていない。そのツンデレな物言いが可愛くて、僕は思わず吹き出してしまった。
「ふふ、ありがとう、クリスちゃん。助かるよ」
「なっ、だから、勘違いするなって…!……ばか」
羞恥に顔赤らめるクリス。そんな僕たちのやり取りを、隣のテーブルで響ちゃんが指を咥えて「いいなー、クリスちゃん。お兄ちゃんのご飯食べ放題何だもん」と羨ましそうな表情で見ていた。だが、その微笑ましい空気を切り裂くように、二つの声が上がった。
「あたしも住む!」
「私も、ここに住みます!」
奏ちゃんと未来ちゃんだった。二人とも、目を爛々と輝かせ、身を乗り出して僕に迫ってくる。
「ちょっと待って二人とも。奏ちゃんは、もう翼ちゃんとルームシェアしてるでしょ? 未来ちゃんは、リディアンの寮に入っているじゃないか」
「むぐっ……!」
「うっ……!」
正論を突きつけられた二人は、ぐうの音も出ない、といった様子で言葉に詰まる。そして、次の瞬間には、がっくりと肩を落としてテーブルに突っ伏してしまった。
「そんな……優斗の作る朝ごはん……夜ごはん……」
「優斗さんの寝起き姿が見られると思ったのに……」
どんよりとした空気を漂わせる二人に、クリスちゃんは「ふん」と鼻を鳴らし、勝利者の笑みを浮かべてちびちびとコーヒーを啜っている。その優越感に満ちた表情が、さらに二人を落ち込ませていた。
「……私も、いけるだろうか……?」
ぽそり、と呟いたのは、意外にも翼ちゃんだった。彼女も、どこか期待するような目でこちらを見ている。だが、その淡い期待は、翼さんの背後にいつの間にか立っていた緒川さんによって、容赦なく斬り捨てられた。
「翼さん、やめてください。これ以上、優斗さんにご迷惑をかけるわけにはいきません。それに、貴女が一緒に生活をすれば、一週間後には部屋どころかコモドまでが『ゴミ屋敷』と化すのは明白です」
「そ、そんなことは!……ない、とは、言い切れない……」
図星だったらしく、弱々しく反論する翼ちゃん。そして、彼女もまた、奏ちゃんと未来ちゃんの隣に並び、地面に手をついて項垂れるのだった。
そんなこんなで、クリスちゃんは正式にコモドの住人兼従業員になった。
その後、彼女はリディアン音楽院の高等部に編入することも決まった。奏ちゃんと未来ちゃんのやっぱり寮に、との提案に、嫌だと駄々をこねた結果、弦十郎さんが職権を濫用……いや、計らい、二課の保護対象という特例で、コモドから通学することが認められた。今まで数奇な運命に振り回されてきた彼女への、ささやかで優しい報酬なのだろうと、僕は思うことにした。
新しい日常は、驚くほど賑やかで、そして温かいものだった。
クリスちゃんと夕食を食べる時、響ちゃんとの学校での出来事を話せば、クリスちゃんは「うぜぇ」と言いながらも、その口元には優しい笑みが浮かんでいる。響ちゃんも、クリスちゃんが学校に早く馴染めるようにと、甲斐甲斐しく世話を焼いているらしかった。
未来ちゃんも、クリスちゃんの勉強を見てあげたり、色々と手伝ってくれているそうだ。ただ、僕がクリスちゃんと少しでも親しげに話していると、背後から刺すような、目が笑っていない視線を感じることが増えた気がする。
奏ちゃんは、ツヴァイウィングとしての活動と、シンフォギア装者としての任務で相変わらず忙しそうに飛び回っている。この前コモドに来た時、「最近、二段ジャンプができるようになったんだぜ!」なんて、ゲームみたいな冗談を言っていた。
「え、それって本当なんですか?」
「さあね~?」
僕の特製ハンバーグを大きな口で頬張りながら、彼女は悪戯っぽく笑うだけだった。彼女の言うことだから、あながち冗談でもないのかもしれない。
翼ちゃんも、奏ちゃんの片翼として、ステージの上でも戦場でも輝いている。ただ、たまに1人でふらっと店にやってきては、「すまないが、カレイの煮付けを頼む」なんて、メニューにない和食を注文するのはやめてほしい。まあ、食材さえあれば、ついつい作ってしまうのだけれど。
弦十郎さんたち二課の皆さんも、変わらず顔を見せてくれる。お弁当の注文を受け取りに来るついでに、クリスちゃんの様子をこっそり見守っているようだ。「やぁ、クリスくん! 元気でやってるか!」「うるせぇな、おっさん!」なんてやり取りも、今ではすっかり日常の光景だ。
屈強な見た目を性格に反映した姿に、彼の器の大きさを感じられる。
そして、了子さん。彼女は、フィーネとしての意識の奔流が落ち着いたのか、以前の飄々とした雰囲気は鳴りを潜め、知的で落ち着いた、お淑やかな女性に変貌していた。本人曰く、フィーネと了子の意識は一つの体に半ば同居しているような状態だったが、今は互いの意識がフラットになり、完全に統合されたのだという。時折見せる、遠い目をするような儚げな表情は、数千年の時を生きた彼女の記憶の深さを感じさせた。
その了子さんから、ある日、二課の静かな一室で、重要な話を切り出された。
彼女は、僕の力がこの世界で「カストディアン」と呼ばれる、かつての種族が持つ「全能の力」の一端なのだと教えてくれた。ナガルサガク様は、そのカストディアンの一人だったらしい。
「カストディアンは、星の理そのものを書き換える力を持つ。生命の進化、環境の構築、果ては運命の調律さえも。あなたの料理は、無意識にその力を発現させているのよ」
そして、了子さんは、僕がずっと知りたかったことを話してくれた。人間であった彼女と、神であるエンキとの、悲しい恋の物語を。
「私は、人間だったの。数千年前の、ごく普通の……ただ、少しだけ探求心が強いだけの人間。そんな私が、神であるカストディアン……エンキと恋に落ちた」
彼女の瞳は、遠い過去を見つめていた。
「彼はとても優しかったわ。神でありながら、ちっぽけな私にいつも寄り添い、大切にしてくれた。でも、幸せな時間は長くは続かなかった。彼は突如としていなくなったわ。そして統一言語がなくなり、世界は言葉で分断され、彼とも会えなくなった。それが神と人間とを隔てる『バラルの呪詛』のせいなのだと思い込んだ。彼に拒絶されたのだと、そう勘違いしてしまったの」
数千年にわたる彼女の孤独と絶望。その一端に触れ、僕はかける言葉も見つからなかった。
「だから、私はもう一度彼に会って、真意を確かめたかった。その一心で、バラルの呪詛を解こうとしていたの。神に近づくことを許さない呪いを解けば、また彼に会えるはずだと信じて。でも、あなたの言葉でわかったわ。彼は私を拒絶したんじゃなかった。きっと、私を何かから守るために、あえて突き放したのね……。そして、彼自身も戦いで深く傷つき、月の遺跡で、たった一人で眠っていた……」
了子さんは、僕の手をそっと握りしめた。その手は、少しだけ震えていた。
「だから、彼が私を守ったように、私があなたを守る番よ。……ごめんなさい、優斗くん。あなたを、危険な渦中に引きずり込んでしまったわ」
彼女が言うには、フィーネとして活動していた時に、二課の内部情報や装者たちのデータをまとめたレポートが存在するという。当然、イレギュラーである僕の情報もそこには記載されていた。フィーネとしては計画が遂行されれば無用の長物。そして、僕がカ・ディンギルに誘拐された後、混乱の中レポートが何者かに持ち去られ、僕も含めた情報が知られてしまった可能性が、ほぼ100%なのだと。
「ごめんなさい……。私の数千年にわたる勘違いと過ちが、あなたを新たな脅威の標的にしてしまった」
深く、深く頭を下げる了子さんに、僕は首を横に振った。
「了子さんのせいじゃありません。それに、僕はみんなを信じています。どんなことがあっても乗り越えて行くんだと」
「優斗くん……。貴方には二課の総力を挙げて、最高の警備をつける。クリスがコモドに住むことになったのも、その一環よ。彼女は、あなたの最も近くで、あなたを守る最高の護衛になる」
了子さんはふっと笑うと、慈愛に満ちた目で僕を見つめた。
「これは、あの方――エンキが生きていると教えてくれた、あなたへのお礼よ」
彼女は、エンキとの再会を果たすためのキーパーソンになりうる僕を、命に代えても守り抜くことを、その時、固く誓ったのだ。
重く、しかしどこか温かい気持ちを抱えて、僕は喫茶店コモドへと帰ってきた。
表に掛かっていた「臨時休業」の札を取り外し、鍵を開けようとして、僕は裏口のドアが僅かに開いていることに気づいた。クリスちゃんかな? と思ったが、玄関に回ると、見慣れない、しかしどこか懐かしい男物の革靴が置いてあった。
まさか。
逸る気持ちを抑え、僕はリビングのドアを開ける。
そこには、深くソファに腰掛け、穏やかな顔で窓の外を眺めている、僕の祖父、光一朗の姿があった。
「―――じいちゃん!」
僕の声に気づき、光一朗がゆっくりと振り返る。皺の刻まれた顔に、優しい笑みが広がった。
「おお、優斗か。久しぶりだなぁ」
「どうしてここに!? 連絡くれれば駅まで迎えに行ったのに!」
「なに、お前さんの顔が急に見たくなっただけじゃ」
僕は、抱えていた荷物を放り出すのももどかしく、祖父の隣に駆け寄って座った。
「じいちゃん、僕、話したいことが、いっぱいできたんだ」
喫茶店コモドに、祖父と孫の楽しそうな笑い声が、いつまでも響き渡っていた。
優斗くんと別れた後、私は弦十郎くんの待つ司令室へと向かった。過去に自分自身が蒔いて、芽吹こうとする災いの種に、決着をつけるために。
「―――単刀直入に言うわ、弦十郎くん。近いうちに、新たな敵が動く」
私の言葉に、弦十郎は動じることなく、静かに先を促した。
「私が二課に投降する前まで情報を流し、遺した研究データ……それを使用させているアメリカ政府直属の聖遺物研究機関があるの。その名は『F.I.S.』」
私は、モニターに数人の顔写真とデータを表示させた。
「主に台等しているのは二人。一人は、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。そしてもう一人は、生化学者、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス」
次々と、情報を開示していく。
「そして、彼女たちが擁するシンフォギア装者たち。『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』、使用聖遺物はガングニール。ただし、彼女のそれは黒く、奏ちゃんのものとは似て非なるものよ。『セレナ・カデンツァヴナ・イブ』のアガートラム。そして、『月読調』のシュルシャガナ、『暁切歌』のイガリマ」
「待て、了子くん。ガングニールだと?」
「ええ。F.I.S.はここと同じように複数の聖遺物の欠片を保有している」
だが、本当の脅威はそこではなかった。
「彼女たちの最大の切り札は、完全聖遺物の生体兵器『ネフィリム』それは、フォニックゲインを喰らい、無限に成長する災厄の獣よ」
弦十郎の顔に、険しい色が浮かぶ。
「そして、ネフィリムにF.I.S.は、かつて私が名付けた『フロンティア計画』を乗っ取り、その真の――名称『鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)』を非難船として起動させようとしている。日本神話に登場する、天翔ける船。月と地球を繋ぐ、唯一の航宙船をね」
全ての元凶は、私にある。私が遺した知識が、新たな悲劇を生み出そうとしている。
「F.I.Sは、政府は私の館から優斗くんの情報を知って、奪いに来る」
研究材料として、道具として。妄執に囚われていた私でも手元に起きたくなる優斗の力はあまりにも魅力的だ。
私は、弦十郎に向き直り、深く頭を下げた。
「この戦いは、私の『贖罪』。そして、愛する『エンキ』を助け出すための戦いでもある。二課に対し、私の持つ全ての知識と技術で、全面的な協力を誓うわ」
私の覚悟を受け、弦十郎くんは力強く頷いた。
「顔を上げろ、了子くん。君の過去の罪を、今さら俺が裁くつもりはない。だが、君のその覚悟、確かに受け取った」
彼は立ち上がり、私に右手を差し出した。
「ここからが、我々の本当の戦いだ。よろしく頼む、二課研究技術主任」
「……ええ。こちらこそ、司令」
差し出された手を、私は強く握り返した。
過去の因縁を乗り越え、F.I.S.とネフィリムという未曾有の脅威に立ち向かうための、真の協力関係が成立した瞬間だった。
本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、奏と未来にここまで言われて優斗は気づかないのはなぜ?
A、前世から鈍感。長い習慣はすぐにはやめれないのと一緒
Q、二段ジャンプはいつから出来た?
A、弦十郎が使い始めたのを見て何とか習得。この時点で奏の戦闘力は原作の弦十郎の7か8割
Q、クリスがこんなに駄々をこねるか?
A、それだけ心を折られ、拾い上げてくれた優斗を大切に思っています
Q、フィーネはカストディアン周りは知っていたの?
A、調べ回ったのですが作者の限界なのか、情報がわかりませんでしたので、ここでは知っていることとします
Q、F.I.S.に対して先になにも出来ないの?
A、同じ政府組織なので、どちらかが先に動かなければ対処できません。関係者のフィーネは逃亡扱いなので、あれこれ言ってもフィーネが勝手にやったとシラを切られます