ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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毎日投稿を心がけてはいないつもりでしたが、気づいたら話の続きを書いている始末。


最初の弦十郎と奏の会話に「覚悟のススメ」を一部オマージュしています


準備に向けての動き

二課に帰投する道中、あたしは車両の硬いシートに深く身を沈め、窓の外を流れていく景色をぼんやりと眺めていた。夜明けの光が、まだ硝煙の匂いが残るような錯覚を洗い流していく。

戦いは終わった。優斗は無事に戻ってきた。なのに、胸の奥には、勝利の昂揚とは違う、どこか静かで、不思議な戸惑いが渦巻いていた。

 

あたしは、インカムのスイッチを入れる。通信相手は一人しかいない。

 

「なあ、おっさん」

『…? どうした、奏』

 

司令室で後処理に追われているだろうに、弦十郎の応答は早かった。その変わらない声に、少しだけ安心して、あたしは胸の内のもやもやを言葉にする。

 

自分でも、よく分からなかった。どうして、あたしはあんなにも呆気なく、マリアたちを許せていたのだろう。もちろん、彼女たちにも事情があったことは理解している。ナスターシャとかいう人の病気や、F.I.S.に囚われているという仲間たちのこと。考慮すべき部分があったのは事実だ。

 

しかし、それとこれとは話が別だ。あいつらは、あたしの一番大切なものに、土足で踏み込んできた。ライブを台無しにし、優斗を危険に晒し、あたしたちから笑顔を奪おうとした。その事実もまた、変わらない。

 

昔のあたしなら、どうしていただろう。

そうだ、昔のあたしなら、きっとあんなもんじゃ済まなかった。優斗を救い出すまでは、確かに少し浮かれていたかもしれない。押し倒されているように見えたマリアに怒りを爆発させそうにもなった。

 

でも、違った。あの女を殴り飛ばして、それで終わりだった。あのライブ会場で感じた、全身の血が沸騰して逆流するような、全てを焼き尽くさんばかりの殺意は、もうどこにもなかった。昔なら、きっと相手がシンフォギアを解除し、完全に戦闘不能になるまで、徹底的に、容赦なく叩き潰していたはずだ。激情に身を任せるままに。

 

いつからだろう。こんな風に、自分の感情にブレーキをかけられるようになったのは。

 

「なあ、おっさん。あたしは……強くなったか?」

 

思わず、そんな問いが口からこぼれた。

 

『昔より、だいぶ強くなったと思うが? 最近の模擬戦では、俺ですらヒヤリとする場面もある』

「そう言うなら、アームドギアを指先一つで止めないでくれよ…! そうじゃないんだ」

 

あたしは、むきになって反論する。強さ。あたしが聞きたいのは、そんな単純な戦闘力の話じゃない。

 

「なんて言うか……昔ほど、カッとならなくなった、っていうか。あいつらのこと、もっとボコボコにしてやってもいいはずなのに、案外あっさり許せちまった自分がいて……なんか、戸惑ってんだよ」

 

そう、戸惑っているんだ。優しくなった、なんて綺麗な言葉で片付けたくない。まるで、あたしの核となる部分が、知らないうちに変質してしまったような、そんな気味の悪ささえ感じていた。

 

電話の向こうで、おっさんが少し考える気配がした。やがて、重々しく、それでいて諭すような声が返ってくる。

 

『それは、奏。お前が、力という名の刃を、ただ闇雲に振るい、振り回すことをしなくなったからだ』

「……振り回さなくなった、から?」

『ああ。奏、山はなぜ美しいか、分かるか?』

 

急な質問に、あたしは戸惑う。山? なんだってんだ、急に。少し考えて、思いつくままに答えた。

 

「そりゃ…でかくて、どっしりしてるからだろ?」

 

『それも一理ある。だが、本質は違う』

弦十郎の声に、力がこもる。

 

『――動かないからだ』

「動かないから……」

 

思ってもみなかった答えに、あたしは彼の言葉を反芻する。脳裏に浮かんだのは、いつかみんなとドライブに行った時に見た、夕暮れの山の景色。麓の木々が風にざわめき、空を流れる雲が刻一刻と形を変えていく中で、山だけが、ただ雄大に、変わらずにそこにそびえ立っていた。あの、圧倒的なまでの安心感。あれが、美しさ、だというのか。

 

『流れる雲に惑わされることはない。吹き荒れる嵐に揺らぐこともない。山は、常に頑として不動の姿勢を保つ。そこに、山の美しさと、本当の強さがある』

 

おっさんの声が、続ける。

 

『俺も、この役職についてから色々あった。俺自身が前線に立ち、この腕で全てを薙ぎ払えばなんとかなる。そう思ったことは、一度や二度ではない。だが、司令という立場で動かないからこそ、見えるものもあった。お前たちの成長、仲間との絆、そして、戦うだけでは得られない、守るべきものの輝きだ』

 

おっさんの言葉が、ゆっくりと、でも確かに、あたしの心に染み込んでいく。

 

『奏。お前が得たのは、単純な強さや弱さじゃない。信じることができる、揺るがない『意志』を、その身に宿したんだ』

「信じる……」

『そうだ。自分を信じることができず、力に溺れる者もいる。相手を信じることができず、憎しみに囚われる者もいる。だが、お前は違う』

 

その言葉を聞いた瞬間、一人の男の顔が、鮮明に浮かんだ。

 

優斗だ。

 

どんな時も、あたしたちを信じてくれた。敵だったクリスを信じ、フィーネだった了子さんさえ、信じようとした。マリアたちのことも、きっと……。

 

そうだ。あたしは、あいつに影響されたんだ。理屈じゃない。ただ、信じる。その温かくて、途方もない強さを、いつの間にかあたしも、分けてもらっていたんだ。

 

『奏。お前は大きくなったんだ。全てを受け入れて、なお前に進むことができる、大きな山のようなやつに、な』

 

感慨深く呟く弦十郎の言葉を、あたしは深く、深く、胸に飲み込んだ。大きくなった、か。そうかもしれない。そう思うと、なんだか無性に、照れくさかった。

 

『なあ、奏。お前さん、もう酒が飲める年になったんだったか?』

「ああ、そうだけど……」

 

急に変わった話題に、あたしはこの前の誕生日のことを思い出した。

 

優斗が、あたしのためにコモドを一日貸し切ってくれて、盛大に祝ってくれた、あの日。

優斗が腕によりをかけて作ってくれた、馬鹿でかいケーキ。響が「奏さん、おめでとー!」って、誰よりもはしゃいで、クリスが「うるせぇバカ!」って悪態をつきながらも、プレゼントをぶっきらぼうに渡してきて。翼と未来が、そんなあたしたちを見て、母親みたいに優しく笑ってた。

 

そして、隣にいた優斗は……そうだ、あいつも、本当に楽しそうに、幸せそうに、笑ってた。

あの光景。あの温かさ。あれが、あたしの守りたい、全てだ。

 

『もうお前も一端の大人だ。いつか、酒でも酌み交わしながら、ゆっくり語り合おうじゃないか』

「……それも、いいかもな」

 

あたしは、ふっと笑みをこぼした。

 

「そんときはさ、了子さんとか……二課のみんなとも……いや、あいつらも一緒に、飲んでみたいな……」

 

通信を切った後も、弦十郎の言葉が胸の中で温かく反響していた。

 

車の窓から差し込む太陽が、やけに目に染みた。でも、それは不快な眩しさじゃない。優斗の笑顔みたいに、心の芯までじんわりと温めてくれるような、心地よい光だった。

 

 

 

激しく、そして長く感じられた夜が明けた。僕たちを乗せた二課の特殊車両が、地下深くにある本部へと到着したのは、太陽がすっかり空高く昇り、世間が新たな一日を始めている頃だった。

 

昨日までの敵であったマリアさんたちは、僕たちが本部に入るのと同時に、待機状態のシンフォギア――それぞれのペンダントを二課の職員によって丁重に、しかし確実に接収され、一人ずつ個室へと案内されていった。

拘留、という言葉が一番しっくりくるのだろう。その光景に、胸の奥が少しだけちくりと痛んだ。

 

僕はと言えば、まずはメディカルチェックということで、医務室のベッドに座らされていた。身体に異常はないと診断されたものの、精神的な疲労を考慮して、しばらくの安静を言い渡される。その簡易的な診察が終わるのを、まるでスタートラインで号砲を待つ短距離走者のように、二人の少女がそわそわしながら待っていた。

 

「――はい、異常ありませんね。お疲れ様でした」

 

医師のその言葉が、号砲となった。

 

「優斗さんッ!」

「お兄ちゃん!」

 

弾丸のような勢いで駆け寄ってきたのは、未来ちゃんと響ちゃんだった。まず、未来ちゃんが俺の胸に飛び込んでくる。

 

「ばか……! ばかばかばかっ!」

 

小さな拳で、俺の胸がぽこぽこと叩かれる。最初は優しかったその感触は、彼女の想いの強さに比例するように、少しずつ勢いを増していく。結構痛い。でも、彼女がどれだけ心配してくれていたかを思えば、この痛みは甘んじて受け入れなければならない、優しい罰だった。

 

「ごめんね、未来ちゃん。たくさん、心配かけちゃった」

「当たり前です……! もし、優斗さんに何かあったらって……私……!」

 

涙で潤んだ瞳で俺を見上げる未来ちゃんの頭を、そっと撫でる。その時、背後から、また別の温かい衝撃が俺を包み込んだ。

 

「うわーん、お兄ちゃんのバーカーーーッ!!」

 

響ちゃんだった。彼女は俺の背中に思い切り抱きつき、子供のようにわんわんと泣きじゃくりながら、その頭を俺の背中にぐりぐりと押し付けてくる。そして、勢い余ったのだろう。ぐしっ、という生々しい感触と共に、俺の服の背中部分が、彼女の涙と鼻水で急速に冷たくなっていく。

 

「あはは……響ちゃん、服が……」

「お兄ちゃんの匂いがする……! よかった、生きてる……!」

 

二人の愛情のこもった、しかしあまりにも激しい歓迎に、僕はタジタジになりながらも、その温もりがどうしようもなく嬉しかった。心配かけてごめん、と、もう一度、心から謝った。

そんな僕たちの元へ、大きな足音が近づいてくる。

 

「……無事だったか、優斗くん。本当に、すまなかった」

 

そこに立っていたのは、いつになく申し訳なさそうな顔をした、弦十郎さんだった。

 

「いえ、僕の方こそ、ご迷惑をおかけして……」

「君が謝ることではない。全ては、我々の監督不行き届きだ。……それで、今後のことなんだが」

 

弦十郎さんは、今回の事件の全容が解明され、全ての脅威が排除されるまで、僕の身柄をこの二課の施設内で保護させてほしい、と告げた。

 

「君の身の安全が、最優先だ」

「……分かりました。でも、そんなに申し訳なさそうな顔をしないでください。ちょっとした休暇をもらったと思うだけですから」

 

僕がそう言って笑うと、弦十郎さんは少しだけ驚いた顔をして、そして、深く頷いた。こうして、僕の営む喫茶店「コモド」は、しばらくの間、静かなお休みに入ることになった。

 

 

 

俺は司令室で、三人の装者――奏、翼、クリスくんと向き合っていた。彼女たちの表情は硬い。優斗くんが無事に戻ってきたことに安堵しつつも、敵であったマリアたちの今後の処遇を、心の底から案じているのだろう。その気持ちは、痛いほど分かる。

 

俺は重々しく口を開いた。

 

「…まず、現実から話そう。マリアたちの行動は、多くの民間人を巻き込みかねなかったテロ行為だ。本来であれば、国際法に基づき厳罰は免れん。それは動かしようのない事実だ」

 

俺の言葉に、三人の表情が一層こわばる。特に、奏の瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。

 

だが、と俺は続ける。ここで希望を提示しなければ、彼女たちは納得しない。

 

「だが、状況は単純ではない。彼女たちは、我々…いや、この日本という国にとって、計り知れない価値を持つ『交渉カード』を複数持ってきた。これを最大限に活用する」

俺は手元のコンソールを操作し、ホログラムモニターにいくつかのキーワードを映し出す。『パヴァリア光明結社』、『神獣鏡』、『エアキャリア』。

 

「ナスターシャ教授がもたらした『パヴァリア光明結社』という、F.I.S.の背後にいた真の黒幕に関する情報。そして、彼女たちが保有していた聖遺物『神獣鏡』のカケラを組み込んだ、この大型戦闘ヘリ『エアキャリア』。これらを日本政府が完全に確保することを条件に、政府上層部と司法取引を行う」

 

厳しい表情で、腕を組む。この交渉は、決して楽なものではない。だが、成し遂げねばならない。

 

「加えて、未だに続くアメリカの『沈黙』だ。あれでは『我々は黒です』と世界に公言しているようなものだ。国際世論も、F.I.S.の非道を告発したマリアたちに傾きつつある。一般市民に被害者が出なかったことも大きい。これらの追い風を使い、ナスターシャたちの全面的な情報提供と、"エアキャリア"の譲渡を以て、会場での占拠行為の罪を大幅に軽減させる。テロリストとして断罪するのではなく、F.I.S.の闇を暴いた『重要参考人』として、二課の監視下で保護する形に持ち込む」

 

俺は最後に、真っ直ぐに装者たちの目を見て、力強く言った。

 

「時間はかかるだろう。だが、彼女たちが一方的に裁かれるようなことにはさせん。この風鳴弦十郎が、必ずその道筋をつけてみせる。約束だ」

 

俺の言葉に、三人はようやく、固く結んでいた唇を、わずかに緩めた。

 

 

 

弦十郎からの説明を受け、奏、翼、クリスの心には、一筋の光が差し込んでいた。マリアたちが一方的に断罪されるわけではない。その事実が、彼女たちの心を軽くした。三人は、優斗、響、未来を誘い、マリアたちが待機しているという部屋へと向かった。

 

案内されたのは、冷たい尋問室ではなく、柔らかなソファが置かれた、清潔感のある応接室だった。

そこには、待機状態のシンフォギアのペンダントを預かられ、少し不安げな表情を浮かべたマリア、セレナ、調、切歌の四人が座っていた。もはや彼女たちは、脅威のテロリストではなく、ただの、誰かのために戦うことを選んだ、心優しい少女たちだった。

 

部屋に入ってきた優斗たちの姿を認めると、マリアが代表して、すっと立ち上がった。そして、まずは奏たち装者へ、次に響と未来へと、それぞれに視線を合わせ、深く、深く、頭を下げた。

 

「この度は……本当に、申し訳ありませんでした」

 

ライブを台無しにしてしまったこと。優斗を危険な目に合わせたこと。そして何より、彼女たちを深く傷つけ、心配させたこと。マリアの心からの謝罪に、セレナ、調、切歌も、同じように深く頭を下げた。

 

響と未来は、最初こそ戸惑っていたが、彼女たちの真摯な態度に、こくりと頷いて、その謝罪を受け入れた。

 

「……もう、いいさ」

 

最初に口を開いたのは、奏だった。彼女は、まだ少し不満げな顔をしながらも、腕を組んで、ふいっとそっぽを向く。

 

「その代わり、もう二度と、あんなことなんてすんなよ」

「……ええ。もう、するわけないじゃない」

 

奏の茶化すような言葉に、マリアもふっと、柔らかな笑みを返した。

これを以て、長かった一日と、二つの組織の戦いは、ようやく終わりを告げた。

 

奏の、どこか不器用で、けれど真っ直ぐな言葉が、応接室の張り詰めた空気をふわりと溶かしていく。マリアが彼女の言葉を受け入れたことで、二つの組織の間にあった壁は、ようやく崩れ去った。

 

その穏やかな空気の中、これまで静かに成り行きを見守っていた翼が、すっと一歩前に出た。その所作は、まるで能楽師のように洗練されている。

 

「改めて名乗りましょう。私は風鳴翼」

 

その声は、戦場での武士のような厳しさではなく、凛とした、しかしどこか柔らかな響きを持っていた。彼女は、マリアたち一人ひとりの顔を順番に見て、静かに続ける。

 

「これまでの非礼、許してとは言わないわ。戦場で刃を交えた事実も消えはしない。だけど、それも互いが守るべきものの為であったと、今は理解しています。これよりは同じ空の下、互いを理解する努力を惜しむつもりはありません。よろしくね」

 

格式高い、しかし誠意に満ちたその挨拶に、マリアとセレナは少し驚いたように目を見開き、そして深く頷いた。

 

次に、腕を組んで壁に寄りかかっていたクリスが、照れくさそうに、しかし仕方ないといった体で口を開いた。

 

「……雪音クリス」

 

ぶっきらぼうな自己紹介。彼女はじろり、とマリアたちを一瞥する。その視線には、まだ完全には解けていない警戒心と、それ以上に強い興味の色が混じっていた。

 

「……ま、色々あったが、優斗が無事だったから、今回は水に流してやる。その代わり」

 

クリスは人差し指をびしっとマリアたちに向け、釘を刺す。

 

「優斗に変なちょっかいかけたら、今度こそ容赦しねえからな。一発殴られたくらいで済むと思うなよ」

「クリスちゃん……」

 

優斗が苦笑しながら窘めるが、彼女の言葉は、彼女なりの友情の示し方なのだろう。そのツンとした態度の裏にある優しさを、マリアたちは敏感に感じ取っていた。

 

そして最後に、奏がニカッと、太陽のような笑顔を向けた。

 

「天羽奏! ま、色々スッキリしたし、また、よろしくな!」

 

さっきまでマリアに殺意にも似た怒りを向けていたのが嘘のような、快活な声。彼女はガシガシと自分の頭をかきながら、続ける。

 

「あ、でも、さっきも言ったけど、翼もだけれど、優斗もあたしのだから! そこんとこ、よろしく!」

「ああん、誰が先輩のだって!?」

「誰のものでもないと思うけどなー…」

「だから、奏ちゃんのじゃないってば……」

 

優斗達のツッコミもどこ吹く風。そのあまりの切り替えの早さと独占欲の強さに、敵であったの少女たちは少し呆気に取られながらも、思わずくすりと笑みをこぼした。

 

二課からの自己紹介を受け、マリアもまた、一歩前に進み出た。女王としての仮面を外し、少し緊張した面持ちで、只の優しい一人の少女として口を開く。

 

「私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。……その、先ほどは取り乱してしまって、本当にごめんなさい。改めて、よろしくお願いするわ」

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴです。私達が、ご迷惑を…いえ、私たちがおかけしました。よろしくお願いいたします」

 

姉を補佐するように、セレナも丁寧に頭を下げる。その姿は、優雅で、気品に満ちていた。

続いて、これまであまり感情を表に出さなかった調が、真っ直ぐに二課の面々を見つめて、静かに名乗った。

 

「……月読、調。……よろしく」

「暁切歌デス! よろしくおねがいしますデス!」

 

最後に、切歌が場の空気を明るくするように、元気いっぱいに叫んだ。

その様子を見ていた響が、ぱっと表情を輝かせ、彼女たちの元へ駆け寄る。

 

「私は立花響! よろしくね、切歌ちゃん、調ちゃん!」

「デス! よろしくデス、響さん!」

「うん……」

 

響の天真爛漫な人懐っこさに、切歌はすぐに打ち解け、調も少しだけ頬を緩ませた。未来も、そっと彼女たちの隣に寄り添う。

 

「小日向未来です。皆さんと、こうしてお話しできて、本当に嬉しいです」

 

少女たちの間にあったわだかまりが、完全に解けていく。それは、まるで雪解け水が川となって流れ出すような、自然で、温かい光景だった。

 

奏が、ふと、思い出したようにマリアに尋ねる。

 

「そういや、お前ら、あたしたちのこと、なんて呼べばいいんだ?」

「え?」

「奏でいいぜ。翼のことも、翼で。クリスも、そのままだ」

「……いいの?」

「おう。そっちも、マリア、セレナ、調、切歌でいいか?」

「ええ、もちろん」

 

呼び方一つで、心の距離はぐっと縮まる。その和やかな光景を、優斗は、ただ微笑みながら見守っていた。よかった。本当に、よかった。戦いじゃなくて、こうして笑い合える時間が、一番だ。なんだか、新しい家族が一気に増えたみたいで、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

 

 

 

すっかり打ち解けた雰囲気の中、未来ちゃんがふと、何かを閃いたように手を叩いた。そして、少しだけ頬を膨らませた、可愛らしいふくれっ面で、僕に向き直る。

「優斗さん! 今回、たっくさん心配させられたんですから、その罰です!」

「え、罰?」

「はい! 今度、リディアンで学園祭があるんです。その日、私と響と、三人で一緒に回ってください! これは決定事項です!」

 

有無を言わさぬ、しかし、その瞳は楽しみに満ちている。その迫力に、僕は「はい」と頷くことしかできなかった。

そのやり取りを、少し離れた場所で聞いていたフィーネの少女たちが、興味津々な顔でこちらを見ていた。

 

「がくさい?」

「お祭り…デスか?」

「で、デート……!?」

 

一人だけおかしな反応をしている人がいたが、三人が未知の単語に目を輝かせているのは同じだった。

 

クリスちゃんが、少し得意げに、彼女たちに説明を始める。

 

「学祭ってのはな、学校でやる祭りのことだ。たこ焼きとか、クレープとか、うめーもんがいっぱい食えるんだぜ」

「たこ焼き!」

「クレープ!」

 

食べ物の名前に、特に切歌ちゃんと調ちゃんの目が、星のようにきらめいた。

だが、クリスちゃんが、ふと現実的な疑問を口にする。

 

「つっても、お前ら、まだ捕虜みてーなもんだろ? 外出できんのかよ」

 

その言葉に、2人の表情が、しゅん、と曇る。行きたそうな顔をしている切歌ちゃんと調ちゃんを見て、マリアさんが、どこか寂しそうに言った。

 

「……私は、行かない方がいいわね。立場を考えないと」

 

神妙な顔つきのマリアさん。しかしどことなく肩が揺れている。

 

「マリア姉さん……行きたいのが、態度に出てるよ」

「うそっ!?」

 

セレナさんの冷静なツッコミに、慌てるマリアさん。

 

「そんなこと言って、あなたも行きたいんでしょ?」

「……実は、少しだけ」

 

姉妹の微笑ましい会話。その様子を見て、奏ちゃんが、ニカッと笑って、自分の胸を叩いた。

 

「よし、分かった! あたしがおっさんに話つけてきてやる! どうやったら行けるか、聞いてきてやるから、任せとけ!」

 

その頼もしい言葉に、フィーネの少女たちの顔に、再び明るい光が灯った。

 

後で聞いた話によると、奏ちゃんに交渉された弦十郎さんは、しばらく難しい顔で腕を組んでいたが、最終的に、「奏たち装者が監視役として同行し、リディアンの敷地内から出ないことを条件とする。……そもそも、この二課の上にあるリディアンもまた、二課の敷地内のようなものだ!」という、豪快な屁理屈で、特例としての外出許可を出してくれたらしい。

 

 

 

その頃、世界の裏側では、新たな歯車が軋みを上げて回り始めていた。

豪奢な調度品で満たされた、とある一室。アダム・ヴァイスハウプトだけが駒を動かすチェス盤を挟んで、尊大な態度の彼と、優雅な物腰のサンジェルマンが、静かに会話をしていた。

 

「――終わりだね、F.I.S.は。価値は潰えた、日本の手に渡ったよ、聖遺物も軒並み。使い捨てに限るね、駒は」

 

アダムは、倒置法を交えた独特の口調で、駒の切り捨てを宣告する。

 

「では、F.I.S.に囚われていたレセプターチルドレンの子供たちは、どうなさいますか?」

 

「興味ないね。出来損ないの錬金術師にくれてやる。好きにしたまえ、サンジェルマン」

 

アダムの非情な言葉にも、サンジェルマンは表情一つ変えず、静かに一礼して部屋を出た。長い廊下を歩いていくと、その先で、仲間のプレラーティとカリオストロが彼女を待っていた。

 

「どうだった、サンジェルマン?」

「好きにしろ、と」

「あいつ、相変わらずいい加減よね!」

「で、どうするワケだ?」

 

プレラーティの問いに、サンジェルマンは一度、無言で立ち止まり、そして、決意を秘めた瞳で言った。

 

「――私たちが築く理想に、子供たちの涙は要らない」

 

その言葉の真意を理解したプレラーティとカリオストロは、顔を見合わせ、楽しげに笑いながら肩をすくめた。

 

 

 

アメリカ・国防総省(ペンタゴン)。その一室では、絶望的な報告が高官たちを打ちのめしていた。

 

「フィーネと名乗る組織は、日本政府に『保護』された模様です! 事実上の亡命かと!」

「パヴァリア光明結社より、F.I.S.への全ての援助を即時打ち切るとの通達が…! 我々は、梯子を外されました!」

 

八方塞がりで頭を抱える国防長官。その背後から、冷たく、しかしどこか艶のある女の声が、静かにかかった。

 

「――お困りのようですわね、国防長官。よろしければ、わたくしが『お力』になりましょうか?」

 

長官が、驚いて振り返る。そこにいたのは――。

 

 

 

二課・司令室。深夜。

弦十郎、緒川、そして了子が、ナスターシャから提供された機密情報を、真剣な表情で分析していた。モニターには、ナスターシャの証言映像が流れている。

『F.I.S.の背後にいたのは、パヴァリア光明結社です。彼らから資金と技術の援助は受けていましたが、その目的が聖遺物の研究であることまでしか……申し訳ありません、私も詳しくは存じ上げないのです』

 

聞き覚えのある名称に、了子は、心の底から面倒くさそうな、嫌なものを思い出したという顔をしていた。

 

「……アダム・ヴァイスハウプト」

 

了子は、静かに、その名を呟いた。

 

「その結社のトップよ。私もかつて、奴とは転生してきた人生で何度も戦ったことがあるわ」

「何ィ!?」

 

弦十郎の驚愕の声が、司令室に響く。

了子が、かつて光明結社のリーダーであるアダムと直接交戦した経験があるという、衝撃の事実。

 

一つの戦いが終わり、ようやく日常が戻ってくるかと思った、その矢先に明かされた、さらに巨大で、根深い敵の存在。

弦十郎は、「一つの戦いが終わったと思ったら、これか…」と、深く、深いため息をつき、頭を抱えるしかなかった。

 




オリジナル展開が多くなることに頭を抱える、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、ネフィリムやソロモンの杖はどうなった?
A、基本封印。しかしどこかで出番があるかは知らない

Q、弦十郎の理屈はおかしい
A、自分でも無理矢理だと思っていますが、奏達のわがままにはちょっと甘い所があります

Q、アダム動かないの
A、動きません。その代わりサンジェルマンが思うとこがあるようで…
 
Q、アメリカの最後にいた人物は?
A、アメリカは裏で使える戦力がありません。それを補充できる存在とは一体?…
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