ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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学園祭開始。楽しみ、悩み、輝く

二課の施設が、そして優斗たちの心が、ようやく静けさを取り戻してから数日が過ぎた。

季節は秋。澄み切った青空の下、特異災害対策機動部二課の真上に位置する私立リディアン女学院は、年に一度の祭典――学園祭の熱気に包まれていた。校門にはカラフルなアーチが飾られ、中庭には模擬店のテントが所狭しと立ち並ぶ。生徒たちの弾けるような笑い声、各クラスの出し物を宣伝する呼び込み、そしてどこからか聞こえてくるバンド演奏の音色が混ざり合い、生命力に満ちた喧騒が学園全体を満たしていた。

 

その喧騒の中に、少しだけ不慣れな様子で周囲を見渡す一団がいた。

マリア、セレナ、調、切歌の四人だ。彼女たちは、弦十郎が「屁理屈」で許可した特例外出により、この祭典への参加を許されていた。周囲の視線を集めすぎないよう、マリアは頭を下ろして伊達メガネ、セレナはキャスケット帽、調はフード付きのパーカー、そして切歌はニットキャップという、ささやかな変装を施している。

 

「うわー! すごいデス! 人がいっぱいデスよ、調!」

「……うん。これが、学祭……」

 

初めて体験する日本の学園祭の雰囲気に、切歌は目をキラキラと輝かせ、調もまた、その無表情の裏で高鳴る胸の鼓動を感じていた。

 

「それじゃあ、時間までにはまたここで落ち合いましょう。ということで、くれぐれも問題は起こさないようにね」 

 

監視役として同行してきた翼が、そう言って一同を見渡す。今日は彼女たちも、任務ではなく、一人の友人としてこの場にいた。

 

「分かってるって! じゃあ、後でな!」

 

奏の元気な声と共に、一行はそれぞれの目的地へと散っていく。

 

奏に手を引かれるマリアと、その後ろを微笑みながらついていくセレナ。

翼に「あっちのたこ焼きが美味いらしいぞ」と誘われる切歌と調。

そして、この学園祭に誘ってくれた、響と未来に両腕を引かれる優斗。

 

クリスは、「人混みは好かねえ」と言いながらも、後で合流することを約束していた。

それぞれの想いを胸に、束の間の平穏な一日が、今、始まろうとしていた。

 

 

 

「いやー、しかし、人が多いな! さすがリディアン!」

 

あたしは、左右にマリアとセレナを連れて、模擬店が立ち並ぶ通りを歩いていた。優斗は未来たちに取られちまったが、まあ、今日くらいは譲ってやってもいい。あいつらも、相当心配してたからな。

 

「ええ、本当に。私たちのいた施設とは、活気がまるで違いますね」

「ふん……。まあ、賑やかなのは、嫌いではないけれど」

 

セレナが感心したように言う隣で、マリアは素っ気ないフリをしながらも、その瞳は好奇心で輝いていた。分かりやすい奴だ

「それにしても、奏さん。先ほどから、優斗さんの話ばかりですね」

「ん? ああ、そうか?」

 

セレナの指摘に、あたしは初めて、自分が延々と優斗の自慢話をしていたことに気づいた。

料理が美味いのはもちろん、優しくて、カッコよくて、いざという時には頼りになって、でもちょっと鈍感で、そこがまた可愛い、などなど。あたしの知ってる優斗の全てを、二人に叩き込んでいたらしい。

 

「ええ。あたしにとっては、あいつの話をするのが一番楽しいからな!」

「……そう。彼が、あなたにとって、それだけ大切な存在だということは、よく分かったわ」

 

マリアが、どこか羨むような、少しだけ寂しそうな声で呟いた。その横顔に、あたしは、かつて何もかもを無くした頃の自分を、ほんの少しだけ重ねていた。

 

後ろを歩くセレナが、スマホのメモ帳に「優斗さん、奏さんにとっては自慢の恋人(仮)。鈍感な部分もプラス評価」と、高速で何かを打ち込んでいることには、まだ誰も気づいていない。

 

そんな時、一軒の射的の屋台が目に留まった。古びたコルク銃と、雑多に並べられた景品の数々。

 

「射的……。少し、興味があるわ」

 

マリアが、珍しく自分から言い出した。あたしとセレナは顔を見合わせ、彼女を屋台へと促す。

店主の女生徒からコルク銃を受け取ったマリアは、女王様然とした態度で、しかし、どこかぎこちなくそれを構えた。狙うは、一番大きなぬいぐるみ。

 

パンッ!

乾いた音が響くが、弾は的のはるか上を通り過ぎていく。

 

「くっ……!」

 

悔しそうな顔で、もう一発。今度は下へ。次も、その次も、弾は的を捉えることなく、虚しく壁に吸い込まれていった。全ての弾を撃ち終えたマリアは、軽くキレながら「なんなのよ、この銃は! まともに飛ばないじゃない!」と、銃のせいにし始めた。

 

「まあまあ。貸してみな、マリア。こういうのには、コツがあんだよ」

 

あたしは彼女から銃を受け取ると、慣れた手つきで構える。肩に銃床をしっかりと当て、呼吸を止め、的と銃口、そして自分の目を一直線に結ぶ。引き金を、ゆっくりと、引く。

パンッ!

放たれた弾は、綺麗な放物線を描いて、小さな箱に吸い込まれるように命中した。コトリ、と軽い音を立てて落ちた景品は、キャラメルの箱だった。

 

「さすがですね、奏さん!」

「すごい……!…ま、まあ?私も練習したらできると思うけど?」

 

感心するセレナと、面白くなさそうなマリア。そのマリアが、ふと、景品棚の一番目立つ場所に置かれた箱を見て、目を見開いた。

 

「……デラックスシンフォギアなりきりセット、『ガングニール』……」

「ああ? なんだ、そういやそんなもん合ったっけ」

 

マリアがオウム返しに呟いたその箱には、チープなプラスチックで作られた、しかし、子供たちの憧れが詰まったであろう、あたしのガングニールのおもちゃが入っていた。

 

「ご丁寧に、天羽々斬のセットもあるみたいだな」

「あるんですか!?」

「ああ。最近は、ヒーローショーもやってるらしいぜ。シンフォギアは、今や子供たちのヒーローだからな」

 

セレナの驚きの声に、あたしは得意げに答える。その事実に、マリアは、本気でカルチャーショックを受けたような顔で、ぽつりと呟いた。

 

「……どうなっているの、日本……」

 

 

 

私は、二人の新しい後輩――切歌と調を連れて、同じく模擬店が並ぶ通りを歩いていた。

クリスも可愛い後輩だが、この二人の素直さは、また別の愛おしさがある。私の財布の紐も、自然と緩んでしまっていた。

 

「翼さん! あっちのたこ焼き、美味しそうデス!」

「……翼さん。あそこの、りんご飴……」

「ええ。好きなだけ買っていいわよ。今日は私が全て馳走するわ」

 

最初は遠慮していた二人も、私の言葉に、今ではすっかり甘えることを覚えたようだった。熱々のたこ焼きを頬張り、ソースで口の周りを汚している切歌。その口元を、私がハンカチで拭ってやる。りんご飴の甘さに、普段は無表情な調の瞳が、嬉しそうに細められている。焼きそば、フランクフルト、ホットドッグ。時折、「翼さんもどうぞ」と、私に食べかけのそれを差し出してくる姿は、まるで懐いてくれた小動物のようで、私の頬も自然と緩んだ。

そんな、微笑ましい買い食いツアーの最中だった。

人混みの向こうから、何かに追われるように、一人の少女が必死の形相でこちらへ走ってくるのが見えた。

 

「――クリスか」

 

見つけたクリスは、私の姿を認めると、まるで救いの神にでも会ったかのように、その顔を輝かせた。

 

「先輩! 頼む、匿ってくれ!」

「一体どうしたのだ? そのようなに慌てて」

 

私の背後に隠れるようにした彼女に問うと、クリスはぜえぜえと息を切らしながら、事情を説明した。なんでも、クラスメイトたちに、学園祭の目玉イベントである『喉自慢大会』への出場を強く勧められ、その勧誘から逃げてきたのだという。

 

「喉自慢……?」

「クリス先輩の、歌……! 聞いてみたいデス!」

 

しかし、その言葉が、二人の好奇心に火をつけてしまった。

切歌と調が、きらきらとした期待の眼差しで、クリスに詰め寄る。

 

「ぜ、ぜってー嫌だ! あたしは歌わねえ!」

「そう言わないで。私も、あなたの歌が聞いてみたいわ、クリス」

「先輩まで!?」

 

私がそう言うと、クリスの顔が絶望に染まった。四面楚歌。彼女に、もはや逃げ場はなかった。

ふと、私は良いことを思いついた。そして、頑なに拒否するクリスの耳元で、悪魔のように囁く。

 

「……良いの? 優斗さんに、あなたの本当の歌声を、聞かせる絶好の機会よ」

 

その一言は、効果覿面だった。

クリスの顔が、カッと音を立てて真っ赤に染まる。

 

「なっ……! ば、ばか! 何言ってやがるんだ、ばか!ばーか!」

 

照れながらも、怒りの沸点が低いのが、彼女の可愛いところだ。

その動揺の隙を、クラスメイトたちは見逃さなかった。

 

「クリスちゃん、見ーつけた! さあ、ステージに行くわよ!」

「離せ! あたしは行かねえって言ってんだろ!」

 

数人の女子生徒に両脇をがっちりと固められ、クリスは、渋々といった体で、喉自慢の会場へと連行されていった。

その去っていく背中を見送りながら、切歌と調が、何やら楽しそうに顔を見合わせ、アイコンタクトを交わしていた。

 

「――やりましょう、調!」

「――うん、やってみよう、切ちゃん」

 

二人が、次なる企みを決めた瞬間だった。

 

 

 

僕と未来ちゃん、そして響ちゃんの三人組は、各クラスが趣向を凝らした出し物を堪能していた。

メイド喫茶では、少し恥ずかしがりながらも給仕をする同級生の姿に、響ちゃんが大はしゃぎ。お化け屋敷では、怖がる響ちゃんの手を、未来ちゃんが「私がついてるよ」と、頼もしく握っていた。

巨大な段ボールで作られた手作り感満載の迷路では、僕が方向音痴を発揮してしまい、二人に笑われたりもした。

一つ一つの光景が、キラキラと輝いて見える。二人のはしゃぐ姿を見ていると、僕もまた、まだ何も知らなかった頃、ただの学生として過ごした、平和な日々の光景を思い出していた。それは少しだけ切ない、でも、とても温かい記憶だった。

 

「ふぅ……。少し、休憩しましょうか」

 

一通り見て回り、僕たちは中庭に設置されたベンチに腰を下ろした。楽しかったね、と感想を言い合い、心地よい疲労感と満足感に浸る。

その時だった。隣に座っていた未来ちゃんの、雰囲気が変わった。

いつもの優しい笑顔が消え、その瞳には、何かを決意したような、真剣な光が宿っていた。

 

「響。ごめん、飲み物を買ってきてくれない?お金、ちゃんと返すから」

「え? うん、分かった! お兄ちゃんと未来の分も、買ってくるね!」

 

未来ちゃんの様子を瞬時に読み取ったのだろう。響ちゃんは、僕たちの間になんの疑問も挟まず、元気よく立ち上がると、自販機の方へと走っていった。

突然二人きりになり、僕が呆然と響ちゃんの後ろ姿を見送っていると、不意に、優しく手を握られた。

 

「……優斗さん」

 

未来ちゃんだった。彼女は、僕の目を、吸い込まれそうなほど真っ直ぐに見つめて、言った。

 

「少しだけ、お話したいことがあります」

「……うん。なんだい、未来ちゃん?」

 

優しく聞き返した僕に、彼女は、まるで言い聞かせるように、はっきりとした声で言った。

 

「もう、一人で怖がらなくても、いいんです」

 

その言葉に、僕は、思考が止まるのを感じた。心臓を、直接掴まれたかのような衝撃。

 

「……優斗さん、最近、少しだけ、落ち込んでいることが増えたように思います。一人で、何かを考え込んでいる時が多いように見えて……。このままだと、優斗さんが、どこか遠くに行ってしまいそうな気がして……私、怖くなって……」

 

未来ちゃんも、うまく言葉にできているわけではないようだった。だが、彼女が、僕の最近の不調を、誰よりも敏感に感じ取り、励まそうとしてくれていたことだけは、痛いほど伝わってきた。

今回、学園祭に誘ってくれたのも、その一環だったのだろう。

 

「そんなこと、ないよ。僕は、元気だよ」

 

否定しようとした。心配をかけたくなかった。だが、僕の言葉は、未来ちゃんの、力のある視線に遮られる。その瞳は、嘘も、誤魔化しも、一切を許さないと、雄弁に語っていた。

 

……ああ、この子には、敵わないな。

 

そう思った瞬間、僕の心のうちに固く閉ざしていた何かが、ゆっくりと解けていくのを感じた。

 

「……少しだけ、話しても、いいかな」

 

僕は、語り始めた。

何度も誘拐され、その度に、自分の知らないところで、誰かの運命を書き換えてしまっているかもしれない、この不必要な力のこと。でも、それは自分のことだから、まだいいのだと。信じれる仲間がいる。この力だって、使い方さえ間違えなければ、誰かの役に立てるのかもしれない、と。

未来ちゃんは、時折、静かに相槌を打ちながら、僕の言葉を、ただひたすらに聞いてくれた。

 

「僕が、本当に怖いと思ったのは……囚われていた両親の、あの瞳を見た時なんだ」

 

マリアさんたちが、父さんと母さんを助けてくれたことには、心から感謝している。でも、再会した時、安堵の表情で僕を見た両親の瞳の奥に、拭いきれない不安の色を見つけてしまった。その時、僕は、自分自身が、心底嫌になったんだ。

 

「僕のせいで、大好きな両親を、こんなことに巻き込んでしまった。不安にさせてしまった。僕のために動いてくれた、みんなへの申し訳なさで、胸が張り裂けそうになったんだ」

 

僕は、両手を前で固く握り合わせ、懺悔をするかのように、ゆっくりと頭を下げていく。

 

「優斗さんのせいじゃ、ありません! 悪いのは、優斗さんを利用しようとした人たちです!」

 

未来ちゃんが、僕を慰めようと、力強く言ってくれた。でも。

 

「……それでも、だよ。未来ちゃん。これは、自惚れかもしれないけれど……僕の存在が、奏ちゃんや、マリアさんたちの運命を、良い方向に変えたのかもしれない。でも、そのせいで、父さんや母さんの、平和だったはずの運命まで、悪い方に変えてしまったんじゃないかって……そう思ったら、怖くなったんだ」

 

握りしめた手に、爪が食い込む。指先が、白くなるほど、強く、強く。

 

「僕自身のことは、いいんだ。僕が選んで、ここにいるんだから。でも……僕のせいで、僕の大切な人たちが傷ついていくのは……それが、何よりも、怖いんだ」

 

沈黙が、僕たちの間に落ちる。僕が、初めて見せた、心からの弱さ。

未来ちゃんは、そんな僕の、固く握りしめた両手を、彼女の柔らかな両手で、そっと包み込んだ。そして、強張った僕の指を、一本一本、優しく解いていく。

 

「……!」

 

驚いて顔を上げると、そこには、聖母のような、優しい微笑みを浮かべた未来ちゃんがいた。

 

「優斗さんが、誰かが傷つくことを怖がるように、私たちも、同じです。私たちも、攫われてしまった優斗さんを見て、とても心が傷つきました。何もできなかった自分が悔しくて、マリアさんたちに嫌な感情を抱いてしまって、もっと苦しくなったりもしました」

「未来、ちゃん……」

「けど、私たちは、それでも、優斗さんのそばに居たいんです。傷ついても、怖くても、優斗さんと一緒に歩きたい。一緒に話したい。一緒に、色々なものを見ていきたいんです」

 

彼女は、僕の手を、さらに強く、優しく握りしめた。

 

「一緒に傷ついて、一緒に生きる。……それは、私が決めたことなんです。大好きな優斗さんと、また、あの流れ星に、一緒に願いを込めたいから」

 

流れ星。そうだ、僕と彼女達の、大切な記憶。

 

「だから、優斗さん。あなたは、いつものあなたのままで、いいんです。どんな相手も信じて、思いやりを持って行動できる。そんな、優しくて、温かい、あなたのままで。ありのままで、いてくれていいんです」

 

その言葉は、どんな料理よりも、どんな奇跡よりも、深く、温かく、僕の心に染み渡っていった。

張り詰めていたものが、ぷつりと切れる。嬉しさで、感謝で、心が一杯になって、視界が滲んだ。ああ、未来ちゃんは、こんなにも強くなったんだ。誰かを支えられる、逞しい存在になったんだ。

忘れていた。僕がみんなと一緒にいられるのは、この力があるからじゃない。分かり合いたい、一緒にいたいと願う、その気持ちがあるからなんだ。

 

「……ありがとう、未来ちゃん」

 

僕は、素晴らしい女性に成長した彼女に、精一杯の、満面の笑顔を向けた。

未来ちゃんから渡されたハンカチで涙を拭い、「洗って返すね」と、ようやく言えた、その時。

 

「お待たせー! ……あれ? 優斗さん、どうしたの?」

 

響ちゃんが、三本のジュースを持って、帰ってきた。

長く話していたのに、帰ってくるのが、あまりにも遅い。さすがの僕も、彼女が、僕たちのために、わざと席を外してくれていたことに、気づいていた。

 

「……うん。もう大丈夫だよ、響ちゃん。へいき、へっちゃらさ」

 

僕と未来ちゃんの表情を見て、全てを察したのだろう。響ちゃんの顔が、ぱあっと、太陽のように明るくなった。

 

「はいっ! へいき、へっちゃら、ですね!!」

 

三人の間には、昔のような、屈託のない、無邪気な笑顔が溢れていた。

その時、僕の携帯が短く震えた。断りを入れてメールを開くと、そこには、翼さんからのメッセージが表示されていた。

 

『喉自慢の会場へ。面白いものが見れますよ』

 

 

 

喉自慢大会の会場は、学校のステージだというのに、異様な熱気に包まれていた。飛び入り参加歓迎ということもあり、生徒だけでなく、近所のおじさんやおばさんまで、思い思いに歌声を披露している。

あたしは、そのステージの袖で、自分の出番を待っていた。クラスメイトたちの「クリスちゃーん! 頑張ってー!」という、気合の入りすぎた応援を背中に受けながら。

 

やがて、司会の生徒に名前を呼ばれ、あたしは、覚悟を決めて、ステージの中央へと歩き出した。

客席に、見慣れた顔がいくつもある。先輩、奏先輩、マリアたち。そして、先輩の連絡を受けて、駆けつけてくれたのだろう。響、未来、そして……優斗の姿も。

 

静かにマイクスタンドの前に立ち、流れ始めたイントロに合わせて、歌い出す。曲は、『放課後モノクローム』。

 

思い出すのは、このリディアンに入りたての頃。物珍しい転入生として、多くのクラスメイトに声をかけられた。でも、あたしは、どう接していいか分からなくて、いつも「用事があるから」と、逃げ出してばかりだった。孤独に生きてきたあたしにとって、人の無邪気な好意は、あまりにも眩しすぎて、馴染むことができなかったのだ。

響や未来、そして翼先輩が、そんなあたしを、根気強くサポートしてくれた。少しずつ、本当に少しずつ、あたしはこの場所に溶け込むことができてきた。優斗も家で話を聞いてくれた。

 

授業で、楽しそうに歌を口ずさんでいるところを見られて、死ぬほど恥ずかしい思いをしたこともあった。でも、クラスメイトたちは、笑ったりなんかせず、「雪音さん、歌、上手いね」と、褒めてくれた。

勉強で分からないところがあれば、教えてくれたり。たまに、みんなで一緒に、購買のパンを食べたり……。

だから、逃げていたあたしが、クラスメイトたちに捕まった時。『喉自慢に出てくれ』と言われたことに、困惑したんだ。どうして、あたしなんかが、と。

 

でも、みんなは、笑って言ったんだ。

 

『だって、雪音さん、いつも、すごく楽しそうに歌を歌ってるからッ!』

 

翼先輩にも、聞かれた。『歌は、嫌いか?』と。

 

ステージの上で、照明を浴びながら、あたしは思う。

 

(あたしは―――)

 

思い出すのは、両親を失った、あのテロの日の、悲鳴と絶望。

 

(歌が―――――)

 

思い出すのは、このリディアンでの、他愛なくて、温かい、平和な日々。

 

(歌が――――――――)

 

思い出すのは、二課での、騒がしくて、でも、かけがえのない、笑い合う記憶。そして。

 

(大っ好きなんだ!!!)

 

思い出すのは、優斗のいる、あの食卓の風景。

いつだって、あたしの帰りを待っていてくれる、あの優しい笑顔。

そうだ。あたしには、帰る場所が、こんなにたくさん、できていたんだ。

学校に、二課に、そして、優斗のいる、あの場所に。

 

(――楽しいな)

(あたし、こんなに、楽しく、歌を歌えるんだ)

 

万感の想いを込めて、あたしは歌い上げる。その時、客席の優斗と、目が合った。

彼は、キラキラとした、純粋な尊敬の眼差しで、あたしの歌を、心から楽しんでくれていた。

歌い終えた、その最後の瞬間。あたしは、人差し指で拳銃の形を作り、彼の心臓に向かって、そっと、打ち抜く仕草をした。

ハートを射止める、キューピッドの矢のように。

 

 

 

クリスの歌声に、会場は大歓声に包まれた。彼女が、その年の学園祭の、文句なしのチャンピオンに輝いた瞬間だった。

興奮冷めやらぬ司会者が、マイクを握りしめて叫ぶ。

 

「雪音クリス選手に、挑戦する者は、いませんかー!?」

 

その時だった。

 

「「――挑戦、するデス(わ)!!」」

 

元気な声と、静かな声が、ステージの両袖から響き渡った。観客、そしてクリスたちが驚いてそちらを見ると、そこには、マイクを握りしめた切歌と調の姿があった。

 

マリアは、「あの子たち……」と、頭を抱えて天を仰ぎ、セレナは、やれやれ、と苦笑している。

チャンピオンに、挑戦デス!と高らかに宣言し、二人が歌い出したのは、かつてこのリディアンを熱狂の渦に巻き込んだ、ツヴァイウィングのデュエット曲、『ORBITAL BEAT』だった。

 

シンフォギアを纏わずとも、その卓越した歌唱力は健在で、会場は再び、熱狂の渦に叩き込まれる。

 

「へぇ……。あたしたちに、挑戦状ってわけか」

 

客席でその様子を見ていた奏が、面白そうにニヤリと笑った。そして、隣にいた翼の耳元で、何かを囁く。聞いた翼は、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに「やれやれ、仕方のないわね」というように、穏やかに微笑んだ。二人は、静かに席を立ち、優斗たちから離れていった。

切歌と調の歌が終わり、クリスにも負けないほどの喝采を浴びる。満足げな表情の二人だったが、次に司会者が、驚愕と興奮で震える声で呼び込んだ挑戦者の名前に、さらに驚くことになった。

 

「――さ、最終兵器の登場だァーッ! 我らがリディアンの誇り!そして偉大なヒロイン!! ツヴァイウィングのお二人です!!」

 

悲鳴にも似た大歓声の中、流れ始めたのは、あの伝説の曲、『逆光のフリューゲル』の前奏。

ステージに現れた奏と翼の姿に、会場のボルテージは、この日、最高潮に達した。

一番の歌詞が終わり、間奏に入ったその時。奏と翼は、ステージ上で固まっている切歌と調に、にこやかに手招きをした。一緒に歌おう、と。

 

困惑しながらも、憧れの二人に誘われた切歌と調は、喜んで、その輪に加わった。

ツヴァイウィングと、新たなる二人の歌姫。四人の歌声が重なり合い、奇跡のハーモニーとなって、学園祭の夜空に響き渡っていく。優斗たちも、客席でリズムを取りながら、その光景を、心から楽しんでいた。

舞台袖で、その光景を見ていたクリスは、ふっと、優しい笑みをこぼした。

 

「……まあ、今日のところは、譲ってやるか」

 

後に、リディアン音楽院の歴史において、『伝説の学園祭』と呼ばれることになる一日は、多くの笑顔と、割れんばかりの歓声に包まれて、幕を閉じたのだった。

 




句読点は少なくした方がいいのかわからない、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、マリア達のバレなかったの
A、バレませんでした

Q、ヒーローショー?
A、日本各地で行われるライブ権ヒーローショーがあります。怪人役(緒川)さんとの激しいアクションが人気となっています。

Q、優斗はこんなこと思っていたの?
A、自分のせいとは言えても、他人のせいとは絶対言いません


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