その日、世界は、見えざる手によって静かに、しかし確実に動かされていた。
アメリカ合衆国、国防総省。地下深くにある危機管理センターでは、焦燥と絶望が、鉛のように重く垂れ込めていた。巨大なメインスクリーンに映し出された「フィーネと名乗る組織、及び関連聖遺物は、全て日本の特務機関『二課』に確保された模様」「確認できるレセプターチルドレンが何者かに奪取」という報告文が、国防長官の顔から血の気を奪っていく。
打つ手なしか。国際社会からの非難、F.I.S.という大失態、そして最大の切り札であったはずの聖遺物の喪失。完全な、敗北。
長官がデスクに突っ伏し、頭を抱えたその時だった。彼の正面にある通信モニターが、許可なく起動した。そこに映し出されたのは、幾何学模様のノイズの向こうにいる、誰かのシルエット。
『――お困りのようですわね、国防長官』
冷たく、侮りを大き含んだ声。しかしどこか幼さを感じさせる声に長官は訝しげに顔を上げた。
「誰だ、君は」
『貴方たちの最後の希望、とでも名乗っておきましょうか?いるんでしょお?戦力。だから用意してあげちゃいました。シンフォギア装者を索敵し、襲いかかるように調整済みの、アルカノイズを』
モニターに、赤黒く禍々しいノイズのデータが表示される。長官は息を呑んだ。これは、起死回生の一手となりうる。
「……見返りは何だ」
『あるわけないじゃない。これは、わたしたちの、ほんのささやかな、興味を満たすための『実験』なんですから…あはっ
』
その言葉を最後に、通信は一方的に切れた。残された国防長官は、悪魔の囁きに最後の望みを託すことを決断する。
「……最後の手段だ。これを用いて二課を奇襲する。全ての罪をマリア・カデンツァヴナ・イヴになすりつけ、この忌々しい事件を、強制的に幕引きさせるのだ……!」
追い詰められた大国が、最も愚かで、危険な賭けに出る瞬間だった。
時を同じくして、ヨーロッパのどこかにある、古い石造りの建物。そこは、サンジェルマンたちがアダムに内緒で用意した、隠れ家だった。
内部では、F.I.S.から救出されたレセプターチルドレンたちが、まだ怯えた表情をしながらも、差し出された温かい食事を、少しずつ口に運んでいた。
「ほらほら、お嬢ちゃんたち! もっと食べなさい! こんなガリガリじゃ、私達みたいにいい女になれないわよ!」
豪快に笑いながら食事を配るのは、カリオストロ。その隣で、プレラーティが子供たち一人ひとりの健康状態を、錬金術の知識を応用してチェックしている。
「にしても、アダムの奴に見つかったらやばいんじゃないの? この子たち」
「構わない」
窓辺に立ち、静かにその光景を見守っていたサンジェルマンが答える。
「私たちの理想を叶える上で、この子たちの犠牲は不要。……それに、これは、あの戦場に立ち上がった彼女たちへの、ささやかな報酬でもある」
その脳裏に浮かぶのは、マリアたちの姿。大人の都合に振り回されながらも、信念を持って立ち上がり、必死に戦っていた少女たちの。
「ここでアルカノイズがバレたとしても、まあ、キャロルとしては、こちらの貸しを消化できるから都合がいいワケダ」
プレラーティの言葉に、サンジェルマンは小さく頷いた。彼女は、手元の端末を操作する。子供たちの安全な居場所を記した座標データと、「雛鳥たちは、温かい巣で翼を休めている」という一文だけのメッセージ。それを、厳重に暗号化し、日本の特務機関へと、そっと送信した。顔も知らぬ相手への、ささやかな贖罪を込めて。
激しい戦いの記憶も、学園祭の喧騒も、少しずつ日常の中に溶け込んでいく。
学園祭から数日が過ぎた、穏やかな昼下がり。優斗は、二課の職員食堂で、鼻歌交じりに山のような皿を洗っていた。未来の、あの力強い言葉。響の、変わらない笑顔。仲間たちとの絆を再確認できたことで、彼の心を覆っていた靄は、すっかり晴れ渡っていた。
「よっ、優斗くん! 精が出るねぇ!」
食堂の職員に声をかけられ、優斗は「はい! なんだか、体が軽くて!」と満面の笑顔で返す。その時、食堂の入り口に、少し疲れた様子の弦十郎が入ってきた。
「お疲れ様です、弦十郎さん。いつもの、淹れますね」
優斗の声に、弦十郎は「ああ、頼む」と短く答え、カウンター席にどかりと腰を下ろした。その大きな背中からは、司令官としての重圧が滲み出ている。
優斗が、丁寧にドリップした、香り高いコーヒーを差し出す。湯気の向こうで、弦十郎がぽつりと語り始めた。
「マリアたちの処遇だが……正式に、二課預かりの『臨時協力隊員』として、籍を置くことが決まった」
「本当ですか!? よかった……!」
その知らせに、優斗は心から喜んだ。彼女たちが、ただの囚人ではなく、仲間としての一歩を踏み出せたことが、自分のことのように嬉しかった。
しかし、弦十郎の表情は晴れない。
「だが、問題も山積みだ。これだけのシンフォギア装者が一国に、それも二課という一つの組織に集中している現状を、国連が危険視している。特にロシアなどの大国からは、強い懸念が表明されている」
「……」
「いずれ、二課は解体され、国連主導の超法規的災害対策機関へと再編成されるかもしれん。そうなれば、この思い出深い職場も、無くなってしまうだろうな……」
寂しげに呟く弦十郎に、優斗は穏やかな笑顔で、淹れたてのコーヒーをもう一杯、差し出した。
「場所や名前が変わっても、弦十郎さんは弦十郎さんですし、みんなも変わりませんよ。それに、僕にはコモドがありますから。いつだって、どこにいたって、皆さんのために温かいコーヒーを淹れに行きます」
その、どこまでも真っ直ぐで、温かい言葉。弦十郎は一瞬、目を見開き、そして、顔を覆って、くつくつと笑い出した。
「はっはっは……そうだったな。優斗くん、君は変わらないな」
彼が、ようやく安堵の笑みを浮かべ、コーヒーを一口飲もうとした、まさにその瞬間だった。
ウウウウウウウウウウウウウウッッ!!
二課全体に、けたたましい緊急アラームが鳴り響いた。
緊急警報は、紛れもないノイズ反応を示す、最高レベルのものだった。
司令室に駆けつけた装者たちが目にしたのは、メインモニターに映し出された、絶望的な光景。無数の赤い光点が、意思を持った津波のように、一直線にここリディアンを目指して進軍してくる。
「なんでノイズがいやがんだ! ソロモンの杖は、間違いなくこっちにあんだろ!」
クリスが、不可解な状況に怒りを露わにする。ソロモンの杖を巡る一連の騒動に、誰よりも振り回された彼女にとって、この事態は到底、受け入れがたいものだった。
弦十郎は、冷静に、しかし迅速に、了子へと通信を繋ぐ。
「了子くん、この動きをどう見る?」
『あまりに短絡的で、動きが単調すぎるわね。これほどの戦力を持つ二課に、正面からノイズの物量作戦など、悪手もいいところ。十中八九、こちらの目を引き付けるためだけの、見え透いた『囮』よ。本命は別にあるはず』
了子の冷静な分析が、司令室のモニターに表示される。
「パヴァリアか?」
『さあ、どうかしら。奴らと事を構えたのは、何百年も前の話。その間に、私でも知らない、気味の悪い技術を手に入れている可能性は否定できないわ』
弦十郎は、「陽動であろうと、放置はできん!」と、決断を下す。
「シンフォギア装者、総員、出撃! 敵の正体が何であれ、叩き潰すのみ!」
その号令に、7人の少女たちは、決意の表情で頷き、それぞれの戦場へと飛び出していった。
街中では、突如発令されたノイズ警報により、人々がパニック状態で避難していた。空を覆い尽くさんばかりの、不気味な赤黒い雲。その恐怖に誰もが俯く中、一人の子供が、ふと、空を見上げ、笑顔で応援をした。
「シンフォギアだ!がんばれー!!」
そこには、7色の光跡を描きながら、ビルからビルへと、神速で駆けていく、7人の戦士たちの姿があった。
優斗の料理を食べ続け、聖遺物との親和性が極限まで高まった元フィーネのメンバー。その力は、今、完全に覚醒していた。
「体が軽い!どこまでも行けるデス!」
「うん、力が満ちてくる……!」
特に、これまでリンカーでも防ぎきれなかったギアの不調に悩まされてきた切歌と調は、己の身体に満ちる、清冽なフォニックゲインの奔流に興奮を隠せない。
『これが、優斗の料理の真価…。私たちだけでは、決して辿り着けなかった力…! この力で、今度こそ守ってみせる!』
マリアは、強く、そう誓った。
現場に到着した7人が見たのは、視界を埋め尽くすほどの大群。いつものカラフルでどこか無機質なノイズとは違う。少し赤黒く、全身から悪意を生やしたかのような、異形の軍勢だった。
「――歌いあげろ!平和を乱すなら、あたし達は誰とだって戦うッ!」
奏の雄叫びを合図に、戦闘の火蓋が切って落とされた。
「MEGA DETH PARTYッ!」
クリスが先陣を切る。ミサイルポッドから放たれた無数のミサイルが、ホーミングレーザーのように正確な軌道を描き、敵陣に巨大な風穴を開けた。
「行くぞ、マリア!」
「ええ!」
その穴から、奏とマリアがツートップで突貫する。奏がガングニールのアームドギアを巨大な槍に変形させて振り回し、大型のアルカノイズをまとめて粉砕。
マリアは、洗練された槍術で、その隙間を縫うように敵の急所を的確に貫いていく。二人の間には、ライバルとして、そして最高の戦友としての、確かな信頼が芽生えていた。
二つに割れたアルカノイズの群れの片翼を、翼とセレナが担当する。
「そこかっ! 蒼ノ一閃!」
翼の剣から放たれた青き雷の斬撃が、敵の一群を薙ぎ払う。
「危ないっ!翼さん!」
その翼を狙う死角からの攻撃を、セレナのアガートラームが展開する反射障壁で完璧に防ぎ、二つの短剣を自由自在に飛ばしながらサポートする。
「持ってけ泥棒!!」
「出血大サービスデース!」
「大判振る舞い…だっけ」
もう片翼は、クリス、調、切歌の三人だ。
クリスの「BILLION MAIDEN」による圧倒的な弾幕支援の中、調のヨーヨーが変幻自在に舞い、 切歌の「切呪リeッTお」がブーメランのように飛び交い、 敵を翻弄・殲滅していく。
「――防人の剣、侮るな!」
翼が、無数の攻撃を、まるで舞うように紙一重でかわし続け、すれ違い様にカウンター「炎鳥極翔斬」の炎の連続斬撃で全ての敵を切り捨てる。
「あたしの歌は、こんなもんじゃねえんだよッ!」
奏が、残った巨大なボス個体に向かって、渾身の力を込める。ランスを頭上でドリルのように旋回させて振り下ろすことによって、 巨大な竜巻が暴れ狂い攻撃する技「LAST∞METEOR」で薙ぎ払っていく。
「決めるぞ!みんなぁ!!」
奏の掛け声と一緒に繰り出した技は7つのフォニックゲインが一つに収束し、虹色の破壊の奔流となって、最後の敵を飲み込んでいく。凄まじい閃光と轟音の後には、静寂だけが残された。
すっかり日が落ち、最後の一体。ノイズが、いつもの黒い炭素の塵ではなく、不気味な赤い炭素となって消えていく。その光景に、クリスは「なんだ…? やっぱりいつもの奴らと違うぞ…」と、眉をひそめた。
そこへ、二課から通信が入る。相手は、緒川だった。
『こちら緒川。皆さん、ご無事ですか、お見事でした。先ほど、二課施設内に潜入しようとしたアメリカの特殊部隊は、僕と、司令、そしてフィーネの姿に変えた了子さんの手により、全員制圧完了しました』
ノイズがやはり陽動だったこと、そして二課が直接狙われたという事実に、装者たちは息を呑む。
『…敵は、我々の動きを正確に読んでいた。我々の情報が漏れている可能性が高い…』
弦十郎の重い声が、通信越しに響く。リディアンが守られたことに安堵しつつも、見えざる敵の存在に、一同は表情を引き締めた。
二課へ帰投を開始する7人。その中で、奏がふと、強い視線を感じて振り返る。しかし、そこには、ノイズが崩した建物の瓦礫の山と、夜の闇が広がっているだけだった。「気のせい、か…」と首を傾げ、仲間たちの後を追う。
彼女たちが見ていたビルの屋上、その給水塔の影に一つの陰。
そこには、青いドレスを纏った少女の姿した人形――ガリィ・トゥーマーンが立っていた。
『ふぅん。今の状態でもアルカノイズにも対応できるんですねぇ。あ〜あ、厄介厄介。…マスターに報告しないと』
言葉とは裏腹にガリィは、不敵な笑みを浮かべる。その瞳には、シンフォギア装者たちを、まるで実験動物を見るかのような、冷たい好奇心が宿っていた。
夜もすっかりふけて、深夜の司令室。
そこには、弦十郎、了子、ナスターシャ、そしてウェルという、事情を知る4人のみが集まっていた。
「今日の不明なノイズと、特殊部隊の襲撃…やはり、アメリカ単独の暴走ではないな」
「ええ。あのような技術…F.I.S.にはありませんでした。背後にいた『パヴァリア光明結社』の仕業でしょうか。彼らから資金と技術の援助は受けていましたが、アメリカの今日の動きを見る限り…」
「ええ、そうね。おそらく、アメリカという駒を使い潰す前の、最後の性能実験といったところかしら。……アダムの、やりそうなことだわ」
了子の口から、初めて、パヴァリア光明結社のリーダーの名が出される。この4人のみが、真の黒幕の正体を共有している状況だった。
二課内の自室で、マリアたちが今日の戦いを振り返り、そして、まだ見ぬ仲間たちのことを案じていた。その時、マリアの私用端末に、暗号化された一通のメールが届く。
送信者は不明。本文にはただ一つの座標データと、「雛鳥たちは、温かい巣で翼を休めている」というメッセージ。
マリアに頼まれた了子とナスターシャがその座標を解析すると、そこはスイスにある、管理の行き届いた人道支援施設であることが判明する。
マリアたちは、これが探していたレセプターチルドレンたちの居場所だと直感した。
「誰かは分からない…。でも、あの子たちを、助けてくれた人がいる…!」
彼女たちは、正体を知らないその救出者に対し、心からの感謝を捧げた。
国連本部・安全保障理事会。
世界各国の首脳や代表が並ぶ、国連安全保障理事会の緊急会合。
大画面に、今回のアルカノイズ襲撃と、それを迎撃する7人のシンフォギア装者の鮮やかな戦闘映像が、繰り返し映し出されている。
議長の、厳粛な声が響き渡る。
「もはや、ノイズ、聖遺物、そしてそれに連なる超常の脅威は、一国で対処できるレベルを完全に超えている。我々は、人類の存亡をかけ、新たな一歩を踏み出さねばならない!」
議長の宣言と共に、日本の提出した議案書がスクリーンに大写しになる。
そのタイトルは、『Squad of Nexus Guardians』。
特異災害対策機動部二課は、今回のアメリカの一件の後、正式に国連直轄下にて、超常災害対策機動部タスクフォースとして再編成される事となる。
これにより、定めた規約に従って、日本国外での活動が認められるようになった。
聖遺物に関連した大規模な超常脅威に対し、広範囲で即応するため、というのが表向きの理由とされているが、その裏では同時に、日本政府が保有する異端技術を、出来る限り目の届くところに置きたいという、各国政府の思惑も絡んだ末の結果でもあった。
作戦指揮を執る風鳴弦十郎以下、その職員の多くは二課からのメンバーが揃えられており、この事からも、その特殊性の高い機関であることがうかがえる。
各国代表が、次々と賛成の意を示していく。
カメラが、議案書の頭文字「S.O.N.G.」をアップにした。
ある人物の勝ち目がなくなってこの先どうしようと思う、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、アメリカまだでしゃばるの?
A、今話で消えます
Q、サンジェルマンは何故助けた?
A、フィーネが始まりとはいえ、実験をするようになったのはパヴァリアも噛んでいたから。彼女なりの償いでもある。
Q、臨時?正式じゃないの?
A、所属がどうせ変わるから
Q、シンフォギアの名前が普通に呼ばれている
A、日曜7時30分から「戦姫絶唱シンフォギア」が放送されている
Q、S.O.N.G.できるの早くない?
A、シンフォギアの能力はすでに世界に知られています。各国は、結果的に装者が増えた日本を恐れています