ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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ふと、思いついたネタを書いてもらいました。装者の戦闘シーンはほぼGemini産です

GXはただいま履修中です


短編集

「優斗による調と未来のお料理教室」

 

S.O.N.G.が設立され、新たな日常が少しずつ形を取り始めた、いつかの休日。

特異災害対策機動部二課の喧騒が嘘のように、静寂に包まれた喫茶店「コモド」。定休日の札が下げられた扉の向こう、磨き上げられたキッチンには、三人の男女の姿があった。

 

「それじゃあ、始めようか。未来ちゃん、調ちゃん」

 

店のマスターである新城優斗が、先生役として柔らかな笑みを浮かべている。その両脇に立つのは、生徒である小日向未来と月読調。今日のコモドは、彼女たちのための特別なお料理教室となっていた。

 

未来の腕前は、すでに初心者の域を脱している。以前から、こうして優斗に料理の基本を教わってきたおかげで、家庭料理であれば一通り作れるようになっていた。彼女にとってこの時間は、料理の腕を磨くためだけでなく、愛する優斗の隣に立てる、かけがえのないひとときでもあった。

 

一方の調は、ほぼ完全な初心者だ。かつてフィーネにいた頃、「おさんどん」を担当していたとは言うものの、その実情は、有り合わせの残り物の具材を、市販のカレールーやシチューミックスの鍋にただ投入するだけ、というもの。彼女にとって、一から料理を作るという行為は、未知の領域だった。

 

「まずは、調理器具と調味料の確認からだね。調ちゃん、こっちに来てくれるかい?」

「……うん」

 

優斗に促され、調は緊張した面持ちで調理台の前に立つ。目の前には、整然と並べられた包丁や、大小様々な鍋、そして見たこともないスパイスの瓶がずらりと並んでいた。

 

「これは三徳包丁。野菜もお肉もお魚も、大抵のものはこれで切れる万能選手だよ。こっちの小さいのはペティナイフ。果物の皮を剥いたり、細かい作業に向いてるんだ」

「……これが、包丁……」

 

調は、恐る恐る三徳包丁を手に取る。ずしりとした重み。冷たい鋼の感触。これまで彼女が握ってきたのは、シンフォギア「シュルシャガナ」から生成される丸鋸の刃。人を傷つけ、物を破壊するための道具だった。それに比べ、目の前にある包丁は、命を繋ぐための温かい食事を作るための道具。その違いに、彼女は言いようのない不思議な感慨を覚えていた。

 

「大丈夫。ゆっくり、慣れていけばいいからね」

 

優斗は、そんな彼女の心を見透かしたかのように、優しく声をかける。

今日作るのは、日本の家庭料理の代表格、「肉じゃが」。心も体も温まる、優斗の得意料理の一つだ。

 

「未来ちゃんは、もう何度か作ったことがあるから、今日は試験形式でやってみようか。僕のレシピを見ないで、自分の思う最高の肉じゃがを作ってみて」

「は、はい! 頑張ります、優斗さん!」

 

優斗からの課題に、未来は嬉しそうに、そして少しだけ緊張した面持ちで頷いた。彼の期待に応えたい。その一心で、彼女はエプロンの紐をきゅっと結び直す。

 

「調ちゃんは、初めてだからね。まずは僕がお手本を見せるから、じっくり見ていて。その後に、一緒に作ってみよう」

「……分かった」

 

こうして、優斗による、二人のための特別なお料理教室が、静かに始まった。

 

 

 

まずは、未来の試験から。

彼女は手慣れた様子で、じゃがいもや人参の皮をピーラーで剥いていく。その動きに、無駄はない。優斗からのアドバイスを思い出しながら、野菜を一つひとつ、丁寧に切り分けていく。トントントン、と心地よいリズムを刻む包丁の音。その横顔は真剣そのもので、彼の前で無様な姿は見せられないという、乙女の意地とプライドが滲んでいた。

 

(大丈夫……優斗さんに教わった通りに。煮崩れしないように、じゃがいもは少し大きめに。人参は、火が通りやすいように……)

 

鍋に油をひき、熱が通るのを待つ。そして、薄切りにした玉ねぎを炒め始めると、キッチンに甘く香ばしい香りが立ち上った。その香りに、これまで固い表情だった調の顔が、ほんの少しだけ和らぐ。

 

未来が調理を進める傍らで、優斗は調のための手本を見せ始めた。

優斗が包丁を握ると、キッチンの空気が変わる。それは、もはや調理というよりは、一種の芸術か、あるいは舞踊のようだった。無駄のない、流れるような動き。じゃがいもの芽をくり抜く指先は繊細で、玉ねぎを薄切りにする包丁の動きは、まるで指揮者のタクトのようにリズミカルだった。

 

「こうして、野菜の面取りをしておくと、煮崩れしにくくなるんだ。少し手間だけど、この一手間が、美味しさに繋がるんだよ」

 

優斗は、一つひとつの工程を、その意味と共に、丁寧に解説していく。調は、その言葉を聞き漏らすまいと、真剣な眼差しで彼の手元を見つめていた。

やがて、未来の鍋からも、優斗の鍋からも、醤油とみりんの甘辛い、食欲をそそる香りが立ち上り始めた。

 

「じゃあ、調ちゃんもやってみようか」

「……うん」

 

優斗の手本の後、今度は調が挑戦する番だ。ぎこちない手つきでピーラーを握り、じゃがいもの皮を剥き始める。分厚く剥きすぎてしまったり、逆に皮が残ってしまったり。未来のように、スムーズにはいかない。

 

「ふふ、調さん、頑張って」

「……未来さん、上手……」

「私も、最初はそうだったよ。優斗さんに、何度も教えてもらって……」

 

未来からの優しい声援を受け、調は再び野菜と向き合う。次は、包丁。教わった通りに、猫の手でじゃがいもを押さえるが、どうしても力が入ってしまう。

 

「もう少し、肩の力を抜いてごらん。包丁は、振り下ろすんじゃなくて、前から後ろに、すーっと引くように……」

 

優斗が、調の後ろから、そっとその手に自分の手を重ねた。

 

「……ッ!」

 

温かく、大きな手に包まれ、調の肩がびくりと跳ねる。優斗は、そんな彼女の緊張に気づかないまま、一緒に包丁を動かしていく。

 

「そうそう、その感じ。上手だよ、調ちゃん」

 

その優しい声と、背中から伝わる温もりに、調の顔が、ほんのりと赤く染まっていた。

その光景を、隣で自分の鍋をかき混ぜていた未来が、じーっと、少しだけ羨ましそうな、そして、少しだけ嫉妬の混じった視線で見つめていたことに、優斗と調は、まだ気づいていなかった。

 

数十分後。

コモドのカウンターテーブルには、二つの器に盛られた、出来立ての肉じゃがが並んでいた。一つは、未来が作ったもの。もう一つは、調が、優斗の手を借りながらも、初めて自分の手で作り上げたものだ。

 

「それじゃあ、試食の時間だね。まずは、未来ちゃんのから……」

 

優斗は、未来の作った肉じゃがを一口、ゆっくりと口に運んだ。もぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込む。未来は、その一挙手一投足を、祈るような気持ちで見守っていた。

 

「……うん。美味しいよ、未来ちゃん」

 

優斗の顔に、柔らかな笑みが広がる。

 

「味が、お肉にも野菜にも、しっかりと染み込んでる。出汁の風味もちゃんと活きてるね。すごいよ、腕を上げたね」

「! は、はいっ! ありがとうございます!」

 

最高の褒め言葉に、未来の顔が、ぱあっと輝いた。その喜びで、胸が一杯になる。

 

「次は、調ちゃんの、だね」

 

優斗は、もう一つの器に箸を伸ばす。調は、固唾を飲んで、その様子を見つめていた。

優斗が、少し不格好なじゃがいもを、一口。

 

「……うん。これも、すごく美味しい」

 

その言葉に、調の瞳が、驚きに見開かれる。

 

「じゃがいもの形は色々だけど、それが逆に、すごく手作り感があっていいね。未来ちゃんのとはまた違う、優しい味がするよ。君の、その優しさが、味に出てるんだと思う」

「……わたし、の……」

 

調は、おそるおそる、自分の作った肉じゃがを一口、食べてみた。

口の中に、じゃがいものホクホクとした食感と、ほんのりとした甘みが広がる。そして、お肉と玉ねぎの旨味が溶け込んだ、温かい出汁の味。

美味しい。

初めて、自分の手で作り出した、温かくて、優しい味。その事実に、胸の奥から、じんわりとした感動が込み上げてくる。

 

「……ありがとう、優斗さん。教えてくれて、……本当に、ありがとう」

 

彼女は、顔を上げて、満面の笑みで、心からの感謝を告げるのだった。

 

お料理教室も終わり、陽が傾き始めた頃。調は、自分で作った肉じゃがをタッパーに詰め、大切そうに抱えて、コモドを後にした。

彼女がS.O.N.G.から提供された居住区画に戻ると、部屋では珍しく暇ができたマリア、セレナ、そして切歌が、その帰りを待っていた。

 

「おかえり、調。どうだった? 料理教室は」

「これ……作ったの」

 

調は、少しだけ得意げに、テーブルの上にタッパーを置いた。蓋を開けると、ふわりと、甘辛い香りが部屋に広がる。

 

「うわー! 美味しそうデス! これ、本当に調が作ったんデスか!?」

「うん。優斗さんに、教えてもらった」

 

四人は、その日の晩御飯に、調の作った初めての肉じゃがを囲んだ。

 

「……美味しい……! 信じられないくらい、美味しいわ、調!」

「お見事です!調。毎日でも食べたくなりますね」

「うん! お店の味みたいデス!」

 

マリア、セレナ、切歌。自分の「家族」が、自分の作った料理を食べて、こんなにも嬉しそうに笑ってくれている。

その光景が、調の心に、これまで感じたことのない種類の、温かい幸福感をもたらした。

戦場で、仲間と背中を預け合うのとは違う。ステージの上で、喝采を浴びるのとも違う。

誰かのために、温かいものを作る喜び。そして、「美味しい」と言ってもらえる、幸せ。

 

「……また、作る。今度は、もっと、上手に」

 

みんなの笑顔に、調は、これからも頑張ろうと、心に誓うのだった。

 

 

 

 

「セレナ、耳かきを受ける」

 

S.O.N.G.が設立され、新たな日常が模索される中、新城優斗は変わらず二課…いや、S.O.N.G.極東本部の施設内に健康診断のために招かれていた。激しい戦いの記憶は少しずつ薄れ、施設内には穏やかな時間が流れるようになっていた。

 

その日の昼下がり。

セレナ・カデンツァヴナ・イヴは、珍しく一人で過ごしていた。姉のマリアや、すっかり打ち解けた切歌と調は、S.O.N.G.の職員とのミーティングに参加している。ラウンジの柔らかなソファに腰掛け、ライトの光を浴びながら読書に耽る。それは、数ヶ月前には考えられなかったほどの、穏やかで満ち足りた時間だった。

だが、その静かな時間を、些細な、しかし執拗な不快感が邪魔をしていた。

 

(……なんだか耳の奥が……)

 

むず痒いような、何か詰まっているような、そんな感覚。セレナは、読書に集中しようとしながらも、無意識に首を傾けたり、指先で耳の入り口をそっと触ったりしていた。

 

「セレナさん、どうかしましたか?」

 

その声に、セレナはびくりと肩を震わせた。いつの間にか、優斗が、トレイに二つのグラスを乗せて、彼女の前に立っていた。

グラスの中にはカフェオレが入っていた。片方のグラスをセレナの前に置く優斗。

 

「あ、優斗さん……いえ、何でもありません」

「でも、さっきからずっと耳を気にしているようだったから。何か、辛いことがあるなら、僕でよかったら聞くよ」

 

そう言って、彼は困ったように、しかし、どこまでも優しく微笑む。彼のその真っ直ぐな善意の前では、どんな些細な悩み事も、隠しておくのが申し訳ないような気持ちにさせられる。

 

「……大したことではないのです。ただ、少し前から、耳の奥に違和感があって……」

「違和感、ですか。もしかして、痒かったり、音が少し聞こえにくかったり?」

「ええ、まさに。どうして分かるのですか?」

「あはは、僕も時々なるからね。それなら、きっと『耳かき』をすれば、すっきりすると思うよ」

「みみ、かき……?」

 

セレナにとって、それは初めて聞く単語だった。優斗は、それが日本の家庭でごく一般的に行われている、耳の中を綺麗にするための道具であり、行為であることを、丁寧に説明した。竹でできた小さな匙のようなもので、耳の垢を取り除くのだ、と。

 

「耳の中に……棒を、入れるのですか?」

「うん、まあ、そうだね。でも、優しくやれば、すごく気持ちいいんだよ」

 

セレナの顔が、サッと青ざめる。彼女の脳裏に浮かんだのは、F.I.S.で行われていた思い出したくはない身体検査の記憶。耳の中に異物を入れられるという行為は、彼女にとって、恐怖の対象でしかなかった。

 

「……いえ、私は、結構です。自分でやるのは、その、少し怖いので……」

「そっか。じゃあ、無理はしない方がいいね。自然に治まるかもしれないし」

 

優斗は、あっさりとそう言って、話を終えようとした。その、決して無理強いしない優しさが、逆にセレナの心を揺さぶる。この人なら、大丈夫かもしれない。この人になら、任せられるかもしれない。

 

「……あの、優斗さん」

「はい?」

「もし……もし、ご迷惑でなければ……優斗さんに、やってもらうことは、できますか……?」

 

その言葉に、今度は優斗の方が、戸惑いの表情を浮かべた。

 

「えっ!? 僕がかい? いや、でも人の耳の中なんて、そんな……」

「お願いします。優斗さんになら……大丈夫なんです」

 

真っ直ぐに見つめてくる、セレナの真剣な瞳。その瞳に宿る、完全な信頼の色に、優斗は、断ることができなかった。

 

場所は、ラウンジの奥にある、長椅子へ。

優斗はソファに座り、セレナは、その太ももに、おそるおそる頭を乗せた。いわゆる、膝枕という体勢だ。

 

「……あの、固くないかい? 僕の太もも、意外と筋肉質だから……」

「いえ……とても、温かくて……心地、よいです……」

 

セレナは、目を閉じて、そう呟いた。

驚くほど、安心する。硬さなんて、少しも感じない。ただ、彼の体温と、微かに香るコーヒーの匂い、そして、彼自身の優しい匂いが、彼女の心を、穏やかに満たしていく。こんな風に、誰かに無防備に身を委ねることなど、家族以外には生まれて初めての経験だった。

 

「それじゃあ、始めるね。もし、痛かったり、怖かったりしたら、すぐに言ってね」

「……はい」

 

優斗は、備え付けの救急箱から取り出した、清潔な耳かきを手に取る。まずは、先端についている、ふわふわとした梵天(ぼんてん)で、セレナの耳の周りを、優しく撫でた。

 

「ひゃっ……!」

 

くすぐったいような、ぞくぞくするような、未知の感覚に、セレナの身体が小さく跳ねる。

 

「ご、ごめん! 痛かった?」

「いえ……大丈夫、です。少し、驚いただけ……」

 

優斗は、改めて、そっと耳かきの先端を、彼女の耳の中へと進めていく。ひんやりとした感触。セレナは、思わずぎゅっと目を瞑った。

だが、次の瞬間、彼女を襲ったのは、痛みではなく、心地よい感覚だった。

 

カリ……カリカリ……。

 

耳の奥で、小さな音が響く。痒かった場所を、的確に、優しく掻き出してくれる、絶妙な感触。それは、恐怖とは程遠い、抗いがたいほどの気持ちよさだった。

 

「……どうかな? 気持ち悪くない?」

「……はい。とても……気持ち、いいです……」

 

緊張でこわばっていた身体から、ゆっくりと力が抜けていく。その心地よさの中で、セレナは、ぽつり、ぽつりと、心の内を語り始めた。

 

「改めて……ありがとうございます、優斗さん。私の命を救ってくださったこと……姉や、仲間たちに、居場所をくださったこと……」

「ううん。それは、セレナさんたちが、自分たちの力で勝ち取ったものだよ。僕は、何もしていないさ」

「いいえ。貴方がいなければ、私たちは、きっと……」

 

優斗は、いつだってそうだ。どんな功績も、自分の手柄だとは言わない。いつでも、相手を褒め、その頑張りを認めてくれる。その謙虚さが、彼の何よりの美点であり、そして、少しだけ歯がゆいところでもあった。

身体の力が、完全に抜けきっていく。思考が、とろりと蕩けていく。

気持ちよさのあまり、セレナの口から、無意識に、吐息のような声が漏れた。

 

「ん……ふぅ……ぁ……」

 

艶のある、甘い声。その声が、静かなラウンジに、微かに響いた。

 

「……ッ!?」

 

その声に、耳かきをしていた優斗の手が、ピタリと止まる。彼の顔が、耳まで真っ赤に染まっていることに、セレナはまだ気づいていない。

 

「(ど、どうしよう……! なんだか、すごく、いけないことをしているような……!)」

 

優斗が、内心で激しく動揺していると、耳かきは、最後の仕上げへと入った。

 

「せ、セレナさん、ちょっとだけ、息を吹きかけるね。周りの、細かいのを、飛ばすから」

「え……?」

 

セレナが聞き返す間もなく、優斗は、彼女の耳元にそっと顔を寄せ、優しく、息を吹きかけた。

 

「――ふぅー……」

「~~~ッッ!!」

 

温かい息が、敏感になった耳の中を、直接撫でた。ぞわぞわと、背筋を駆け上がっていく、強烈な快感。セレナは、悲鳴にも似た声を、必死に喉の奥で押し殺した。

反対側の耳も、同じように、丁寧に、優しく掃除が行われた。

全てが終わる頃には、セレナは、心地よい倦怠感に包まれ、もう指一本動かせないほど、とろとろに蕩けてしまっていた。

 

「……終わったよ、セレナさん。どうかな?」

「……はい。……すごく、すっきりしました。周りの音が、前より、ずっとクリアに聞こえます」

 

起き上がったセレナは、生まれ変わったかのように、晴れやかな表情をしていた。そして、悪戯っぽく、にこりと微笑む。

 

「……それで、優斗さん。お礼、と言っては何ですが」

「え?」

「今度は、私が、貴方の耳かきをして差し上げます」

 

彼女は、そう言って、優斗の手から、ごく自然に耳かきを受け取った。

 

「ええっ!? いや、僕は大丈夫だよ!」

「いいえ、させてもらいます。……その、マリア姉さんたちにも、やってあげたいので。そのための、練習台になっていただきたいのです」

 

マリアたちのため、という、断りにくい口実。優斗は、その純粋な(と彼が思った)申し出を、断りきれなかった。

こうして、今度は優斗が、セレナの膝枕を受ける形で、人生で初めて、人に耳かきをされるという、未知の体験をすることになったのだった。

 

そして、後日。

「優斗に耳かきをしてもらうと、天国に行けるらしい」という、どこからともなく流れた噂を聞きつけた、奏や未来がニコニコと、クリスはチラチラと、果てはマリアまでもが手に耳かき棒を持ってコモドに列をなす姿があったという。

 

優斗が、新たな、そして少しだけ厄介な「特技」に目覚めてしまった瞬間だった。

 

 

 

「装者の特訓?元フィーネメンバーに待ち受ける理不尽な強さ」

 

新城優斗の料理が持つ、規格外の力がS.O.N.G.のメンバー全員に共有されてから、2週間が経過した。

 

その効果は、特に元フィーネのメンバーであるマリア、セレナ、調、切歌の四人にとって、劇的な変化をもたらしていた。長年の過酷な環境と、不完全なリンカーの使用によって蝕まれていた身体は、優斗の作る温かく美味しい食事によって、細胞レベルから再構築されていく。

 

もはやリンカーは不要。聖遺物との適合係数は、かつてないほどの高まりを見せ、ギアとの一体感は日ごとに増していく。アジトでの模擬戦で重ねた連携訓練は、二課、いやS.O.N.G.の設備でさらに磨きがかかった。そして何より、心から信頼できる仲間たちと、優斗のいる温かい食卓。心身ともに、今が最高の状態であると、マリアは確信していた。

 

「――今なら、勝てる」

 

S.O.N.G.本部となる巨大潜水艦、その広大な食堂で、マリアは力強く宣言した。

 

「あの時の雪辱を、今こそ果たす時よ。奏たちに、私たちの本当の力を見せてあげるわ!」

 

その自信に満ちた表情に、セレナは少しだけ不安を覚えながらも、姉の決意を尊重して頷いた。

 

「そうデスよ! あの時は眠ってるところを不意打ちされただけデス! 今のアタシたちなら、クリス先輩相手でも、接近戦に持ち込めば!」

「うん。優斗さんのご飯のおかげで、前よりずっと、ギアが軽く感じる。やれるはず」

 

切歌と調も、完全にその気だった。

彼女たちはまだ知らなかった。二課、そしてS.O.N.G.という組織に脈々と受け継がれる、理不尽とも言える強さの系譜。そして、優斗の料理が、自分たちだけでなく、相手もまた、さらなる高みへと押し上げているという事実を。

 

こうして、S.O.N.G.初の、本格的な模擬戦がセッティングされた。

マリアは奏と。セレナは翼と。そして、クリスには切歌と調の二人組が挑む。

実体のあるホログラムで構築された訓練室。今回のステージは、ビルが立ち並ぶ夜の市街地だ。それぞれの配置についた装者たちが、静かに闘志を燃やす。司令室のメインモニターには、その気合に満ちた彼女たちの表情が、鮮明に映し出されていた。

 

「――それじゃあ、行くわよっ!」

 

マリアの宣戦布告を合図に、戦いの火蓋は切って落とされた。

彼女はまず、奏の周りを高速で旋回するように動き出す。黒金のガングニールが低く唸りを上げ、新しく生成した脚部のブースターから噴射される粒子がホログラムの地面を焦がす。速度を乗せる。一撃で決める必要はない。まずは揺さぶり、相手の出方を探る。あの理不尽なまでのパワーを、今度は真正面から受け止めるつもりはなかった。

 

 

まずは奏vsマリア。マリアは旋回しながら、アームドギアの槍の先端を奏に向ける。二股に割れた穂先から、牽制のビームが放たれた。

 

「HORIZON SPEAR!」

 

奏はそれを、まるで散歩でもするように、最小限の動きでひらりと躱していく。着弾したビームが地面を抉り、土煙を巻き上げた。

 

(今よ!)

 

マリアは、その煙を隠れ蓑にして、一気に奏との距離を詰める。接近戦。パワーで劣る分、技の多彩さで上回る。優斗の料理で研ぎ澄まされた神経が、奏の動きを鮮明に捉えていた。高速で振るわれしなる槍を巧みに操り、あらゆる角度から奏に斬りかかる。

 

だが、その全てが、いとも容易く、奏の持つガングニールによって弾かれ、受け流されていく。まるで、猛練習を積んだ剣士が、素人の振り回す棒切れをあしらうかのように。

 

「甘いな、マリア!」

「くっ……!」

 

奏は、マリアの連撃の合間に生じた、ほんの一瞬の隙を見逃さなかった。槍の柄の部分で、マリアの胴体を強かに打ち据える。

 

「がっ……!?」

 

凄まじい衝撃。マリアの身体は、紙屑のように近くのビルの壁へと吹き飛ばされ、激しく叩きつけられた。全身に響く痛みと、肺から絞り出される呼気。これが、手加減した一撃だというのか。

 

「(まだ……! まだ終われない!)」

 

マリアは、崩れ落ちるビルの瓦礫の中から、機転を利かせた。壁の破片を砕き、無数の弾丸として奏へと射出する。不意を突く、全方位からの質量攻撃。奏が気を取られている隙に必殺の一撃に賭けるようだ。

だが、奏はそれすらも見切っていた。

 

「LAST∞METEORッ!!」

奏が槍を頭上でドリルのように旋回させると、彼女を中心に巨大な竜巻が発生。迫りくる瓦礫の全てを、その暴風で粉々に粉砕してしまう。

 

「しまっ……!」

 

マリアが体勢を立て直すよりも早く、竜巻の中から飛び出してきた奏の姿が、目の前に迫っていた。受け止められない。回避も、間に合わない。

 

奏の振るったガングニールが、マリアの腹部に深々とめり込み、その意識を刈り取った。

 

 

次に翼 vs セレナ。翼と対峙したセレナは、姉とは対照的に、最初から距離を取ることを選択していた。彼女のギア、アガートラームは、防御とトリッキーな動きに特化している。真正面からの打ち合いは、剣の達人である翼相手では、あまりにも分が悪すぎた。

セレナは最近編み出した、短剣を蛇腹状に伸ばし、鞭のようにしならせて、中距離から翼を牽制する。しかし、翼もまた、その剣から青い刃を飛ばし、的確に対応。互いに決定打を与えられぬまま、時間だけが過ぎていく。

 

「(このままでは、ジリ貧……!)」

 

セレナは決断した。一度、大きく距離を取ると、ビルの影へとその姿を隠す。奇襲。それしか、活路はない。息を殺し、気配を消し、翼が焦れて動き出すのを、じっと待つ。

だが、翼は動かなかった。まるで、セレナがそこにいることを、全てお見通しかのように、ただ静かに、その場で目を閉じている。

 

「(なぜ動かないの……?)」

 

焦りが、セレナの集中力を僅かに乱した。その一瞬の隙。それこそが、翼が待っていたものだった。

 

「――そこか」

 

セレナが、建物の影から飛び出し、翼の死角から奇襲を仕掛けた、その瞬間。翼が短刀を投擲、セレナの影に向かって刃が伸び、セレナを本人ごと地面に縫い付けた。

 

「なっ……!? これは……!」

「影縫い。――私の勝ちだ、セレナ」

 

動けなくなったセレナの首筋に、天羽々斬の冷たい刃が、そっと添えられた。

 

 

 

最後にクリス vs 切歌&調

 

「二人同時なら、接近戦に持ち込めば、クリス先輩の火力を封じられるデス!」

「うん。クリスさんは、遠距離専門のはず……!」

 

切歌と調の作戦は、シンプルかつ、的確だった。クリスがミサイルやガトリングを撃つための隙を与えず、左右からの挟み撃ちで、得意の近接戦闘に引きずり込む。

だが、彼女たちは知らなかった。優斗の料理と、二課の(理不尽な)訓練によって、クリスが、その最大の弱点を、すでにある程度克服していることを。

 

「甘えんだよ、てめえら!」

 

左右から迫る二人に対し、クリスは背中のウイングを展開させ、後方へと跳躍。空中で体勢を整えると、両手に4門の3連ガトリング砲を顕現させた。

 

「BILLION MAIDEN!」

 

放たれた弾丸は、蜂のように鋭い軌道を描き、二人を追尾する。切歌と調は、それをそれぞれの武器で弾きながらも、確実に前進していく。そして、ついに、クリスの懐へと飛び込むことに成功した。

 

「もらったデス! 災輪・TぃN渦ぁBェル!」

「合わせる……! γ式・卍火車!」

 

独楽のように回転する切歌の鎌と、高速で飛来する調の巨大な丸鋸が、クリスを挟み撃ちにする。

しかし、クリスは、慌てる素振りさえ見せなかった。彼女は、最小限の動きで二人の攻撃の軌道を見切ると、その連撃の僅かな隙間を、まるで踊るように潜り抜けていく。そして、すれ違い様に、手に持った拳銃の銃床で、二人の脇腹や背中を、的確に、しかし手加減なく打ち据えていく。いわゆる、ガン=カタ。

 

「がっ……!」

「きゃっ……!」

 

懐に入られたはずが、逆にダメージを蓄積させられていく。焦った二人の連携が、僅かに乱れる。クリスは、その好機を逃さなかった。

「――終わりだ!」

 

二人の逃げ道を、弾丸の雨で塞いでいく。追い詰められた二人は、為す術もなく、互いの背中がゴツンとぶつかった。動けなくなったその場所に、クリスの一斉射撃――「MEGA DETH QUARTET」の小型ミサイルが、降り注いだ。

 

 

 

奏の放った一撃で、マリアは気絶寸前のまま、訓練室の床に倒れていた。

セレナは、首筋に添えられた刃に、早々に降参の意を示し、静かにため息を吐いた。「また、このパターンですね……」と呟きながら、素直に負けを認める。

そして、クリスは、目を回して仰向けに気絶している切歌と調の二人を、やれやれ、といった表情で、上から見下ろしていた。

模擬戦は、元二課メンバーの、圧勝に終わった。

 

 

 

戦闘後、食堂に集まったのは、意気消沈という言葉をそのまま体現したような、元フィーネの四人の姿だった。手も足も出なかった。優斗の料理で、あれほどまでに強くなったはずなのに、その差は、縮まるどころか、むしろ開いているようにさえ感じられた。

「……なんで。あたしたち、確かに、前よりずっと強くなってるはずなのに……」

落ち込むマリアに、奏は「おう! お前ら、十分強くなってたぜ!」と、悪びれもなく笑いながら答える。

 

「特に、マリアの最初の突進は、結構いい威力だったしな。あたしじゃなきゃ、危なかったかもな!」

「あっさり受け流しておいて…」

 

余りの落ち込み様にクリスもフォローの言葉を切歌達にかけた。

 

「ま、まあ。挟み撃ちで接近戦してきたのは良かったんじゃねーの?結構ギリギリだったからな」

「……それが、余計に堪えるんデス……」

 

切歌が、テーブルに突っ伏したまま、力なく呟いた。ため息を吐いて、調が奏達に聞いた。

 

「……どうして、あなたたちは、そんなに強いの?」

 

その、純粋な疑問。それを聞いた瞬間、クリスは苦虫を噛み潰したような顔になり、翼はにこやかだが、その瞳の奥には、どこか抗いがたい圧力が宿った。そして奏は、相変わらずあっけらかんとしている。

 

クリスは、やれやれと首を振りながら、マリアたちに問いかけた。

 

「……なあ。お前ら、S.O.N.G.で、一番強いのは誰だと思う?

 

マリアたちは、顔を見合わせ、そして、全員が、奏を指差した。

だが、翼は、その答えを、静かに否定した。

 

「――違うわ。最強は、奏ではないの」

「え?」

「このS.O.N.G.において、最強は、司令……風鳴弦十郎、その人よ」

 

翼の言葉に、マリアたちは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まる。

冗談だと思ったセレナが、恐る恐るクリスに尋ねた。

 

「あの……クリスさんは、どう思いますか?」

「……冗談なら、どれほど良かったか、な」

 

クリスは、遠い目をして、語り始めた。かつて、自分たちが経験した、あまりにも理不尽な「模擬戦」のエピソードを。

 

「まず、あたしだ。距離を取って、絶対に近づかせねえように、弾幕を張りまくった。だが、おっさんは、たった一回の踏み込み――爆震とか言ってたか。それで地面を捲り上げて、全部防ぎやがった。視界が遮られて、ヤベェと思ってバックステップしたら、もう、あたしの真後ろにいやがった。そのまま、綺麗なバックドロップで、KOだ」

 

次に、翼が、穏やかな笑みのまま、続ける。

 

「私の番では、クリスがやられた瞬間に、影縫いで動きを封じた。そして、天羽々斬を最大まで巨大化させ、ブースターで加速させて投擲。剣の影に隠れて、私自身も奇襲を仕掛けた。だけど、司令は、体を小刻みに震わせる『シバリング』とかいう技で、影に刺さった刃を地面を揺らして無理やり外し、飛んできた巨大な剣を、こともなげに手刀で叩き割り、私の斬撃を、指二本による『真剣白刃取り』で防ぎ、最後に強烈なローキックで私の体を空中で上下逆さまに一回転させた後、パイルドライバーで、KO、だったわね」

 

最後に、奏が、快活に笑いながら、締めくくった。

 

「あたしの時は、一対一のガチンコ勝負だ! STAR DUST ∞ FOTONで、逃げ場を全部潰しながら、ソニックブームが出るほどの速度で突っ込んだ! だが、おっさんは、飛んでくる全ての槍を、素手で、全部受け流しやがった! 最後の一本なんて、通り過ぎる瞬間に柄を掴んで、こっちに投げ返してきやがったんだぜ!?」

 

慌ててそれを回避し、体勢が崩れた、ほんの一瞬。その、一秒にも満たない時間で、弦十郎は奏の腕を掴み、体全体を使って、彼女を空高く放り投げた。そして、凄まじい速度で上空へと追いつくと、完璧なパワーボムの体勢に入り、訓練室の床に、巨大なクレーターができるほどの威力で、彼女を叩きつけたという。

 

「……ちなみに、その頃、おっさんがハマってた映画の一つに、プロレス映画があったらしいぜ」

 

あまりにも凄惨で、理不尽すぎる内容に、マリア、セレナ、調、切歌の四人は、完全に絶句していた。

奏が、そんな彼女たちに、悪魔のような笑顔で、明るく声をかける。

 

「どうだ? お前らも、今度、おっさんとの特訓に付き合わねえか? すぐにでも、あたしたちみてえに、強くなれるぜ?」

 

その言葉に、四人は、青ざめた顔で、人生で一番の勢いで、ぶんぶんと、首を横に振るだけだった。

 

それを横で聞いていた了子と弦十郎。

 

「弦十郎くん。何かコメントは?」

「ふむ…もっと映画を見るべきだな!」

「ダメだこりゃ」

 




番外編だけど、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、未来、料理出来るのか
A、できます。なので、こっちの響は結構いい思いをしています

Q、セレナの距離が近くない?
A、実は甘える事を少し押し殺しているので、あんな扱いをしても受け止めてくれた優斗に弱いとこがあります。将来の兄か、それとも…

Q、優斗がセレナの声に反応したけど?
A、描写不足なのですが、実は優斗も奏達にドキッとすることはあります。鉄の理性で押さえ込んだ後、持ち前の鈍感さで流されていきますが

Q、戦力差がありすぎでは?
A、奏と翼は弦十郎と5年以上。最近ではクリスも追加されて暇ができたら組み手をしています。疲労した体は優斗の料理で、奏の場合は、メンタルも優斗で癒されています。超回復をひたすら繰り返し、成長しました。弦十郎も成長しています
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