ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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低評価が怖い。……そもそも評価も感想もないけどね!そんな心配は無いか!!


あたしの居場所、あいつの居場所

あたしは一人、コモドの居住スペースの自室で頭を抱え、最近あった事で悩んでいた。

 

前々から始まっていたS.O.N.G.での訓練は順調にやってる。新しく後輩になった調と切歌の指導役を任された時なんて、柄じゃないとは思いつつも、いざやってみれば存外悪くない。

あいつらに教えることで、自分自身の動きを見つめ直すきっかけにもなる。事実、あたしは強くなっている。そう実感できる。

 

昨日の模擬戦だってそうだ。二人がかりで向かってくる連携は日に日に鋭さを増し、確かにヒヤリとする場面もあった。だが、最終的に地に膝をつけたのはあいつらの方だった。

 

「はぁ…はぁ…! さすがクリス先輩デス…降参…!」

「つ、強い…わたしたちの連携でも、まだ届かないなんて…」

 

訓練場の床に大の字に転がる切歌と、肩で息をする調。その姿を見下ろすあたしの胸には、確かな達成感が満ちていた。

 

「へへん、ちょせぇんだよ。あたしに勝とうなんざ、あと百年早いってんだ」

 

アームドギアを方に担ぎ、内心の安堵を隠して精一杯の強がりで勝ち誇る。だが、その時だった。システム音声が無機質に告げる。

 

『左肩部装甲、被弾。軽微なダメージを確認』

「「やった!」」

「一発、当てられたデス!」

「クリス先輩の約束、守れました!」

 

あたしの勝利宣言もそっちのけで、きゃっきゃとはしゃぐ二人。その無邪気な笑顔に、あたしは数秒間固まり、そして天を仰いで深いため息を吐いた。あの時の約束、忘れちゃいなかったか…。

 

そう、あいつらの成長は本物だ。それはマリアやセレナも同じ。アメリカへのクーデター未遂、あの「歌姫革命事変」と呼ばれる様になった事件から、あいつらは見違えるほど強くなった。

 

特にマリアだ。普段はS.O.N.G.の隊員としても、どこか一歩引いたお母さんみたいに振る舞ってるくせに、いざ模擬戦となると途端に目の色が変わる。前にやった時は…

 

「そこっ!」

 

鋭い呼気と共に放たれるガングニールの黒い斬撃。あたしはイチイバルの銃口を向けるが、それより速くマリアの槍が懐に潜り込んでくる。

 

「くそっ!」

 

練習したガン=カタを駆使して辛うじて体勢を立て直し距離を取るも、既にマリアは次の攻撃に移っていた。あたしたちの模擬戦は、最近じゃ少しずつマリアの勝ち越しが増えている。

 

「今日のところはあたしの勝ち、ね。クリス」

「……ちっ、次は負けねぇ」

「ふふ、期待してるわ。…あら、奏。次はあなたがお相手? 今度こそ手加減はしないでよ?」

 

あたしとの手合わせを終えたマリアは、息一つ乱さずに、今度は目を輝かせて待っていた奏先輩の方へ向かっていく。

 

あいつらも、本当にタフになった。優斗の料理のおかげでLiNKERが不要になり、適合係数も跳ね上がった今、ギアの基本性能は奏先輩や翼先輩と遜色ない。あとはもう、個々の才能と努力の問題だ。

 

追いつかれる焦りがないわけじゃない。だが、あたしが今、本気で頭を悩ませているのはそんなことじゃなかった。

 

「……家でする遊びって、一体全体、何があるんだよ…!」

 

そう、あたしは後輩二人を、家に、このあたしの部屋に招くという、人生最大の難問に直面していた。

 

 

 

「え? 切歌ちゃんと調ちゃんが明日遊びに来るから、もてなすにはどうしたらいいか教えてくれって?」

「いや…まあ、そういう言い方になるんだけどよ…」

 

夜、優斗と二人きりの食卓。彼が作ってくれた生姜焼きを平らげ、食後のデザートであるフルーツゼリーをスプーンでつつきながら、あたしは今日の悩みを打ち明けていた。

 

事の起こりは昨日の模擬戦前。今までの成長を褒めて、雑談に移行した時。切歌のやつが「クリス先輩の部屋が気になるデス!」なんて言い出した。つい、あたしも調子に乗って「あたしに一発でも当てられたらな」なんて約束をしてしまったのが運の尽き。

 

外で遊ぶことは、響たちとそれなりにある。でも、自分の部屋に誰かを招くなんて、考えたこともなかった。両親を失ってから、普通の暮らしなんて何年もしてこなかったあたしにとって、それは未知の領域だった。

 

「うーん、そうだなぁ」

 

優斗は少し考える素振りを見せて、昔のことを思い出すように言った。

 

「昔、響ちゃんがよく遊びに来てた時は、テレビゲームをやったり、僕がお菓子をたくさん作って、みんなで映画を観たり…あ、そうだ。試しにお料理教室ごっこみたいなこともしたよ?」

「はぁ!? あのバカ、料理できたのか?」

 

思わず素っ頓狂な声が出た。あの響が料理なんて、想像もつかない。

 

「いいや。僕と未来ちゃんが作ったのを、もっぱら横からつまみ食いしてばかりだったけどね」

 

優斗はくすくすと笑い、それから少し真面目な顔であたしを見た。

 

「…あと、クリスちゃん。響のことを、あんまりバカって言うのはやめた方がいいよ。友達なんだから」

「うっ…ごめん。気ぃつける」

 

叱られた。でも、不思議と嫌な気はしない。むしろ、胸の奥がじんわりと温かくなる。まるで、家族に叱られているみたいで…どこか、くすぐったくて、嬉しかった。

 

「うちにはゲーム機も一応あるし、漫画も映画のディスクもあるから。明日は自由に使っていいよ」

「…おう。サンキュ」

 

その優しさが、本当に心に沁みる。あたしは食べ終わったゼリーの空き容器を手に立ち上がると、彼の分の容器もひょいと手に取った。

 

「あたしが洗っとく。優斗は明日の店の仕込みがあんだろ? ここは任せろ」

「え、いいよ、僕がやるから」

「いいからっ! 今日くらい、やらせろってんだ」

 

そう言って、あたしは二つの容器を持って流し場へ向かった。背中から聞こえる「ありがとう」という彼の声に、また胸が温かくなった。

 

 

 

そして当日。あたしは自室で、意味もなく部屋の中をうろうろしていた。落ち着かない。

部屋には優斗から借りたゲームソフトの山、漫画のタワー、映画のディスクが、いつでも手に取れるように完璧な布陣で配置されている。

 

このことを知った奏先輩と翼先輩には「先輩らしく、しっかりもてなしてやれよ」とニヤニヤしながらからかわれ、マリアとセレナからは「切歌たちのこと、よろしくお願いするわ」と真剣な顔で託された。ママさんプレッシャーが半端ない。

 

ピロン、と携帯が鳴る。飛びつくように画面を見ると、切歌からの『あと10分くらいで着くデス!』というメールだった。

あたしは慌てて鏡の前に立ち、髪を整える。よし、今日一日、完璧な先輩を演じきってやる。あいつらが心の底から尊敬するような、クールで頼れる雪音クリスを見せてやるんだ。

 

階下から「こんにちはデース! 優斗さん!」という切歌の元気な声が聞こえてきた。来たか。

あたしは意を決して部屋を出て、階段を駆け下りる。

 

「よお、待ってたぜ」

「クリス先輩!」

「お邪魔します、クリスさん」

 

挨拶もそこそこに、あたしは二人をコモドの二階、自室へと案内した。

部屋に入るなり、切歌と調は興味津々といった様子で辺りを見回し始める。

 

「へー! ここがクリス先輩の部屋…! ベッド、大きいデスね!」

「わ、CDがたくさん…クリスさん、どんな音楽を聴くんですか?」

「このポスター、ツヴァイウィングデス!」

「あっ、このぬいぐるみ…」

「おい! あんまりジロジロ見んなよ!」

 

照れくさくて、思わず声を荒らげてしまう。切歌と調は、あたしの生活の全てに興味があるらしく、質問攻めにしてきた。

 

「先輩って、普段は何してるんデスか?」

「休みの日はどう過ごしてるんですか?」

「好きな食べ物は? 嫌いな食べ物は?」

「優斗さんとは、いつもあんな感じなんですか?」

「だーっ! うるせぇ! 質問ばっかりしやがって!」

 

このままじゃあたしのプライベートが丸裸にされてしまう。あたしは話を逸らすため、そして先輩としての威厳を示すため、テレビゲーム大会の開催を宣言した。

 

「いいか、お前ら! まずはこのあたしが、ゲームの腕前ってやつを見せてやる! 崇め奉る準備はいいか!」

「「はいっ!」」

 

最初は、四人でワイワイ騒げるパーティゲームで盛り上がった。操作に慣れない二人に、優斗と一緒に遊んだ経験がある、あたしが手本を見せてやる形で、実に和やかな雰囲気だった。

だが、切歌がゲームの山の中から一本のソフトを見つけたことで、雲行きが怪しくなる。

 

「あ! この対戦格闘ゲーム、面白そうデス! …でもただやるだけじゃ面白くないですデスねぇ……ここは罰ゲームありで勝負するデス!」

「え…」

 

予想外の展開にあたしが戸惑っていると、調が切歌を咎めようとする。

 

「切ちゃん、クリス先輩に失礼だよ」

「えー、でもその方が盛り上がるじゃないデスか! それとも、クリス先輩はあたしたちに負けるのが怖いんデスか~?」

「…はっ、上等じゃねえか。やってやるよ! その罰ゲームとやらも、てめえら二人にきっちり食らわせてやるからな!」

 

切歌の安い挑発に、あたしはあっさりと乗ってしまった。

 

しかし、いざ罰ゲームを考えようにも、三者三様、ろくなアイデアが浮かばない。結局、三人で階下の優斗に助けを求めに行った。 

 

「なるほどね。じゃあ、お昼ご飯も近いし、これで罰ゲームをするのはどうかな?」

 

優斗がキッチンから取り出してきたのは、たこ焼きも焼けるホットプレートだった。こうして、24個中3個だけ激辛のからしがたっぷり入った「ロシアンたこ焼きデスマッチ」が開催されることになった。

 

最初は先輩の威厳を見せつけ、華麗なプレイで二人を圧倒してやろうと思っていた。だが、ゲームは予想以上の接戦となり、目の前で焼きあがっていくたこ焼きの香ばしい匂いと、残り少なくなっていく通常たこ焼きの数に、あたしの冷静さはどんどん削られていった。

 

「そこだっ!」

「わっ! コンボが繋がらないデス!」

「切ちゃん、ガード! ガード!」

 

いつの間にか、先輩としての体裁なんてどこかへ消え失せ、あたしはただのゲーム好きな少女に戻っていた。からし入りだけは絶対に回避したい。その一心で、コントローラーを握る手に汗が滲む。

 

しかし、接戦の末、画面に大きく表示されたのは「YOU LOSE」の文字だった。

 

「「やったー!」」

 

歓声を上げる切歌と調の横で、あたしは床に手をついてがっくりと項垂れた。

 

そして、運命のたこ焼きタイム。

 

結局あたしは、見事に三つ全てのからし入りを引き当てた。口の中に広がる、暴力的な辛さ。

 

「……か、からーーーーーーっ!!!」

 

生理的な涙が止まらない。そんなあたしの無様な姿を見て、切歌と調は腹を抱えて大笑いしていた。本来なら怒ってるとこだけど、その屈託のない笑顔にあたしは辛さも忘れて、つい、ふっと笑ってしまった。

 

すっかり打ち解けたあたしたちの様子を、キッチンからこっそり見守っていた優斗が、温かいお茶を差し入れに持ってきてくれたのは、そんな時だった。

 

 

 

時刻は夜。切歌と調は、マリアたちとの外食の約束があるとかで、夕方に名残惜しそうに帰っていった。

 

今はリビングのソファで、優斗と二人、並んでテレビを眺めている。画面の中では、奏先輩と翼先輩がクイズ番組に出演していた。翼先輩がクイズに答え、間違えるたびに、隣で走っている奏先輩のランニングマシンの速度が上がるという、昔にやっていた企画の再現らしい。

 

「なんでそこで間違うんだ、翼ぁ!」

「ご、ごめんなさい…!」

 

翼先輩がなぜか簡単な問題で間違いを連発し、奏先輩がとんでもない速度で走らされている。なのに、当の先輩は鼻歌交じりで余裕そうだ。スタジオの共演者たちが驚愕の声を上げている。

そんな賑やかな音をBGMに、あたしはぽつりと、話を切り出した。

 

「…なあ、優斗」

「うん」

 

優斗はテレビから視線を外し、静かにあたしの方を向いてくれる。その視線が、あたしに「話していいんだよ」と語りかけているようだった。

 

一度言葉にしてしまえば、後は堰を切ったように想いが溢れ出てきた。

 

切歌たちの先輩になって、責任感みたいなものを感じるようになったこと。あたしにとっての奏先輩や翼先輩がそうだったように、自分が二人を引っ張っていってやりたいと思うこと。でも、自分がちゃんとやれているのか、不安で仕方ないこと。

 

「この前の模擬戦で、あいつらの一撃を食らった時…正直、めちゃくちゃ焦った。もう追いつかれたのかって。がっかりされたらどうしようって…怖くなったんだ」

 

フィーネに従っていた頃の自分を、ふと思い出してしまった。あの頃は、フィーネの言うことが絶対で、フィーネに見捨てられることが世界の終わりだと思ってた。

 

「フィーネといたあの頃のあたしは一人で全部やろうとしてた。でも、あいつらは違う。ただ利用されてたあたしと違って、レセプターチルドレンのみんなのために、自分の居場所を掴むために、あいつらは自分の意志で立ち上がったんだ。あたしなんかが、あいつらの先輩でいいのかって…」

 

でも、とあたしは言葉を続ける。今日の、楽しそうだった二人の顔を思い出して、自然と表情が明るくなるのを感じた。

 

「あいつらは、こんなあたしを慕ってくれたんだ」

 

今日のゲームの合間、切歌と調は言っていた。

 

『わたしたち、クリス先輩のこと、尊敬してるんデス!』

『強さだけじゃない。困っている人がいたら放っておけない優しさも、迷っている私たちの背中を押してくれる強引さも…全部まとめて、大好きなんです』

 

…小っ恥ずかしいことを、臆面もなく言いやがって。でも、心の底から嬉しかった。

今日だってそうだ。ゲームに負けて、罰ゲームで涙目になって、無様な姿を散々晒した。でも、あいつらはそれを笑って、一緒に楽しんでくれた。

あたしの心には、S.O.N.G.のみんながいる。かけがえのない居場所がある。そして…どんなあたしでも、全部受け止めてくれる、優斗がいる。

 

あたしは、もう一人じゃない。

 

今なら、分かる気がする。この世界は、大切なものを容赦なく奪っていく。でも、それと同じくらい、かけがえのないものを与えてくれたりもするんだ。

 

(そうか――パパとママは、少しでももらえるモノを多くするために、奪われるモノを少なくするために、歌で平和を願って――)

 

今は亡き両親の、本当の想い。それが分かった瞬間、一日中張り詰めていた緊張の糸が切れて、どっと疲れが押し寄せてきた。急激な眠気があたしを包み込む。

 

「…優斗がいるから、あたしは…大丈夫だって、思える…」

 

寝ぼけた頭で、無意識にそんな言葉を呟いていた。優斗が少しだけ気恥ずかしそうに、でも優しく頷く気配がした。

 

彼にだって、感謝してるんだ。お爺さんが隠居して、この広い家に一人になった時、きっと寂しかったはずだ。あたしたちがいたから平気だったかもしれないけど、それでも、だ。あたしがここに住み着いて、少しは、その寂しさを紛らわせられてるなら、いいな。

 

隣の優斗の温かい安心感に包まれて、あたしの意識はゆっくりと沈んでいく。気づけば、あたしは隣にいる彼の肩に、こてんともたれかかって、すぐに深い眠りに落ちていた。

 

「ありがとうはこちらのセリフだよ、クリスちゃん。僕だって君が居てくれたから、寂しさは無かったんだよ?」

 

最後言った言葉は聞き取れなかったけど、優斗が、あたしの頭を優しく受け止めてくれるのを感じたことは、確かだった。

 

 

 

時間も分からぬ異空間にある、チフォージュ・シャトーの広間。オレは玉座に座り、物思いに耽っていた。

 

眼下にいるはずのオートスコアラーたちは全員、オレの許可を得て外に出ている。

 

ファラはツヴァイウィングとやらの新譜を手に入れるために、レイアは東京で始まったサーカスの派手な演出をエルフナインと誘った立花響と小日向未来の奴らと、ガリィはいつものように気まぐれな散歩へ、そしてミカはそのガリィについて行っている。

 

『マスター、行ってまいります』

『剣ちゃんの新しい歌…! 必ずや!』

『マスターも、たまには羽を伸ばすんだゾ!』

『マスター、いってきますけど、寂しかったいつでも呼んでいいんですよぉ』

『キャロルも、たまにはゆっくりしてね』

 

数時間前、口々にそう言って出かけていった彼女たちの姿を思い出す。最近、この静かだった城が、やけに賑やかになった。

 

その時、静寂を破って通信要求の信号が届く。見覚えのある通信経路を見たオレは億劫そうに手をかざすと、空間に通信ウィンドウが投影された。画面の向こうには、カエルのぬいぐるみを抱いた、無表情な少女の姿。

 

『やあ、キャロル、ごきげんよう。所で早々に聞きたいことがあるワケダが、最近、万象黙示録の進捗が芳しくないか?』

 

パヴァリア光明結社の幹部、プレラーティだ。

 

「…そうだな」

 

ぼんやりとしたオレの返事に、プレラーティは眉をひそめた。

 

『どうしたんだ? お前から、触れたもの全てを焼き尽くすかのような激情が感じられないワケダが』

『何かあったのか?』

 

何かあったか、とオレは心の中で反芻する。

 

パパを殺された憎しみは、今もこの胸の中で黒い炎のように渦巻いている。だが、その炎を包み込むように、穏やかで温かい何かが、オレの復讐心を静かに抑え込んでいた。

 

その原因は分かっている。これまで決して触れることのなかった「日常」という毒、いや、薬か。更にオレの精神を一部譲渡している分身と言えるオートスコアラーたちが、屈託なく平和を楽しんでいる姿。オレのもしかしての姿。

 

そして、新城優斗。パパに似ていて、けれどパパではない、あの温かい優しさでオレを受け入れた男。

 

焼却したはずのパパとの記憶が全て蘇り、その真意を理解してしまった今、復讐というたった一つの目的が、日々のささやかな楽しみによって上書きされそうになっている。

 

「…思い出に浸っていただけだ。気にするな」

 

オレはそう言って話を切り上げようとした。しかし忘れていたのだ。幾多の人間を悪意を持って転がしてきた、プレラーティの鋭さを。

 

通信先の奴の目が怪しく光った気がした。

 

『そうかい。……ところで、最近ワタシは霊草を探しているワケダ。まあ、あまり凝ったものではなく疲労が少し取れる程度の物なワケダが、此処のところ最近動きっぱなしのサンジェルマンに飲ませてあげたくてな。しかし、材料の一つが思い出せないんだ。確か材料の一つが確か…スイスの山奥にあったはずなんだが。キャロル、お前ならそこにあった霊草の名を知っているんじゃないか?』

「ああ、アルニムのことか。それが一体…」

 

言いかけて、オレははっと息を呑んだ。

 

しまった、と気づいた時にはもう遅い。

画面の向こうで、プレラーティの口元が、悪意に満ち、にやけた笑みの形に歪んでいた。

 

『教えてくれてありがとう、キャロル』

 

感謝の言葉を意図的に強調し、プレラーティは一方的に通信を切った。

 

「……チッ!」

 

誰もいない玉座の間に、響くような舌打ちがこだました。

 

(気づかれたか。オレが、思い出を全て取り戻していることに)

 

アルニム。それは、父イザークが村人たちを救うために用いた霊薬の材料。そして、その行いが異端とされ、パパが魔女狩りのごとく処刑される原因となった、忌むべき薬草の名。

 

そんな忌々しい記憶は、世界への復讐を決意したあの日、真っ先に焼却したはずだった。

 

その事を知っていたはずのプレラーティは、オレがその名を口にさせる様に、鎌をかけたのだ。そして確信した。オレの身に、あり得ない奇跡が起きたことを。もう戻ることのないはずの思い出を蘇らせる、神のごとき力を持つ存在と、オレが接触したことを確信するために。

 

奴らは、どこかで見ていたのだ。そして、オレの周りに現れた今までにない接点――新城優斗に狙いを定めた。

 

脳裏に、理不尽な暴力に晒される彼の姿がよぎる。

 

ギリ、と歯軋りの音が鳴った。腹の底から、冷たい怒りが湧き上がってくる。

オレは玉座から立ち上がると、その身に瞬時に錬金術師の正装である帽子とローブを錬成した。

彼に、優斗に、パパと同じ運命を辿らせてなるものか。オレの拠り所を奪わせてなるものか。

 

あの時のように、無力なまま見ているだけだったオレとは違う。今のオレには力がある。オレが、私が、守る。

 

いつの間にか、かけがえのない存在になっていた彼のために。

出かけているオートスコアラーたちを呼び戻そうと、意識を集中させた、その時だった。

 

空間が揺らぎ、1人誰かがテレポートジェムで帰還した。ファラだ。だが、よく見れば一人ではない。彼女の後ろには、見慣れない、しかしどこか見覚えのある人影が立っていた。

 

キャロルは鋭い視線で、その侵入者を射抜く。

 

「一体何用だ? 櫻井了子。…いや、違うな。お前は――フィーネ」

 

そこにいたのは、櫻井了子の姿をしながらも、その瞳に古代の巫女の光を宿した女だった。

 

「話があるの」

 

静かに、しかし有無を言わせぬ響きでフィーネが言う。

 

「今は忙しい。失せろ」

 

キャロルが拒絶の言葉を吐き捨てると、フィーネは表情一つ変えずに続けた。

 

「それが、パヴァリア光明結社のことでも?」

 

その名を聞いた瞬間、オレは動きを止めてしまった。

 

まるで心の中を読まれたようなフィーネの言葉に、オレは苛立ちを隠せそうになかった。

 

「…言ってみろ」

 

静かに睨み合う、オレとフィーネ。二人の古代の異端者。

 

オレ達が関わる世界の裏側で静かに、しかし確実になにかが動き始めていた。

 




1人キャラを立てようとすると他のキャラの影が薄くなっていく事を気づいた事を、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、クリス、相手を名前で呼んでる?
A、優斗の教育も多少はあれど、それだけ心に相手を受け入れる余裕があります。メタ的な事を言えば、作者が表現できない所もありますが。

Q、優斗がゲームなどたくさん持っている?
A、優斗も男の子です。前世から見て近未来の作品に結構ワクワクしてます。

Q、切歌と調は意外とクリスのことを知らない?
A、S.O.N.G.でのクリスは先輩として心を鬼にして接しているつもりですが、側からみれば、所々甘いのがバレバレです。しかし切歌達はクリスを尊重して、あえて根掘り葉掘り聞いてはいませんでした。

Q、キャロルは1人で何をしていたの?
A、基本的にはチフォージュ・シャトーの整備、監督など。最近は優斗をこっそり監視していたり、次はいつコモドにいくか考えたり、ごく稀に優斗との生活を妄想する時があります

Q、フィーネはどうやってファラに取り次いでもらった?
A、サイン付きCDを用意してました。
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