今回はマリアのターン。ちょっと急展開かも。ちなみにデートシーンはほぼGemini君が書いてくれました。独身にデートシーンなんて書けるわけないだろうが!
パヴァリア光明結社本部。その豪奢で冷たい廊下を、わたし、プレラーティは歩いていた。
腕にはいつものカエルのぬいぐるみを抱えている。向かう先は、同僚でもある女の部屋。
「カリオストロ、いるか?」
ノックもそこそこに扉を開けると、甘い香水の匂いが鼻をくすぐった。部屋の主は、化粧台の前に座り、こちらに背を向けたまま、筆を片手に唸っている。
「なーによぅ、プレラーティ。あーし今、新しいアイラインの研究で超忙しいのよねぇ。後にしてくれなーい?」
「それがわたし達の目的である『神の力』の獲得に関わる話でも?」
ピタリ、とカリオストロの動きが止まった。
ゆっくりと椅子を回転させ、こちらに向き直る。その瞳は、いつもの媚びたような色ではなく、鋭い光を宿していた。
「…聞かせてもらうわ」
わたしは先日の一件を、キャロルとの通信で得た情報を、ありのままに話した。
焼却したはずの記憶の復活。神の如き御業。その中心にいるであろう、新城優斗という男の存在。
「へぇ…? 思い出を蘇らせる、ねぇ。そんな眉唾物の話、信じろって言うの?」
カリオストロは疑わしげに唇を尖らせる。
「あくまで可能性の話ワケダ。だが、あのキャロルが復讐を中断してまで守ろうとしている。調べる価値は十分にあると思わないか?」
「サンジェルマンにはもう話したの?」
「まさか。こんな不確定な情報で、手を煩わせるまでもないワケダ。これは、わたしとお前で片を付ける」
その言葉に、カリオストロはにやりと笑った。
「…ま、確かに。最近のサンジェルマン、ちょっと働きすぎだったしねぇ。あーしたちで、少しでも負担を軽くしてあげないと。……相変わらずサンジェルマンのことが好きよねぇ、あんたも」
「お前にだけは言われたくないワケダ」
わたし達は互いに軽口を叩き合う。だが、お互いの表情は大事な人を脳裏に浮かべて笑っていた。
「それに、部下からの報告も芳しくない」
切り替えたわたしは一枚の報告書をテーブルに広げる。最近頻発している、キャロル一派によるアジト襲撃の被害報告だ。
「この動き…目的は明白ワケダ。新城優斗からわたし達の目を逸らし、同時にこちらの戦力を削ぐワケダ」
「キャロルの力が、もしその男のせいで以前より上がってるんだとしたら…厄介ね」
「ああ。それに、あのフィーネまでついている。数百年前にアダムと渡り合った、あの巫女もいる」
正直、今の戦力では分が悪い。パワーアップしたキャロル。不死身の如きフィーネ。そして、エネルギー切れの枷が外れたかのように暴れ回るオートスコアラーのミカ。
「サンジェルマンがいたとしても、今のあーしたち三人じゃ、正直勝てないんじゃない?」
カリオストロが苦い顔で呟く。その通りだ。
「そもそも、新城優斗を直接狙おうにも、おそらく他のオートスコアラーが護衛についている。キャロルがミカだけを連れているのが、その証拠ワケダ」
「じゃあ、どうするのよ。手詰まりじゃない」
カリオストロの問いに、わたしは抱いていたカエルのぬいぐるみをぎゅっと握りしめた。
そして、整っていると評される自分の顔が、悪意に満ちた表情に歪んでいくのを感じる。
「何、簡単なことワケダ」
「わざわざ、こちらが奴らの土俵に立ってやる義理はない」
「化け物には、化け物をぶつければいいワケダ」
夕食後の、穏やかなリラックスタイム。
わたしは目の前に突然差し出された二枚のチケットから、目が離せなかった。
「これ…水族館のペアチケット…?」
「「うんっ!」
切歌と調が、満面の笑みで頷く。
数時間前。ここは、S.O.N.G.が用意してくれた、わたしたちの日本での住処。わたしとセレナ、そしてこの二人、切歌と調の四人で暮らすには、少し広すぎるくらいのマンションだ。
ロンドンでのツアーも無事に終わり、最近は大規模な災害もなく、シンフォギアを纏うのは訓練の時くらい。
平穏。あまりにも、穏やかな日々。
フィーネとして世界に宣戦布告したあの頃が、遠い昔のことのようだ。
「ただいま」
「「おかえりなさい、マリア、セレナ!」」
今日もS.O.N.G.本部での訓練を終え、セレナと一緒に家に帰る。玄関のドアを開ければ、夏休みで家にいる切歌と調が、子犬みたいに駆け寄ってきて出迎えてくれる。
「ふふ、ただいま。二人とも」
「今日の晩ごはんは、鯖の味噌煮だよ」
調の言葉に、わたしとセレナは顔を見合わせて歓声を上げた。
食事中の会話は、いつだって賑やかだ。
「そうなんデス! クリス先輩がゲームで負けて、からし入りのたこ焼きを食べて、すごい顔してたデスよ!」
「響さんや未来さんとも、この前新しいカラオケに行ったんです。そこのパンケーキが、優斗さんのとはまた別の美味しさで…」
「まあ、楽しそうね」
切歌と調の報告は、ほとんどがリディアンの学園生活や、響たちとの日常のこと。
「マリア姉さん、次のライブの衣装、デザイナーから新しいラフが届いてたよ。確認しておいてくださいね」
「ええ。…そういえば、ロンドンで食べたあのアフタヌーンティー、またみんなで行きたいわね」
セレナとの会話は、仕事のことや、海外での思い出。
この何気ない会話の一つ一つが、今のわたしにとって、かけがえのない宝物だった。
「そういえば、この前、ドクターが手紙を見ながらすっごいニヤニヤしてたデスよ」
切歌が、思い出したように言った。
「えっ何それ、気持ち悪い…」
「気になったから聞いてみたら、自分が開発した薬のおかげで助かった人たちからの、ファンメールだったみたいデス」
辛辣なコメントの調に頷きそうになった。でも…あのウェルが? わたしとセレナは少し驚いた。
彼がS.O.N.G.で研究を続けているのは知っていた。ナスターシャの病状を抑えていた彼の実力は本物で、今では取引で様々な難病の特効薬を開発していると聞く。
「手紙には、感謝の言葉がびっしりだったらしくて。態度には出してなかったけど、すっごく嬉しそうだったデスよ。まあ、顔はニヤニヤしてて、やっぱり気持ち悪かったデスけど!」
「切歌、言い過ぎですよ」
セレナに窘められながらも、切歌はけらけら笑っている。
F.I.Sでは表に出さず、最近わかった英雄願望持ちの彼が、誰かに心から感謝される英雄に、本当になっているなんて。
人生とは、分からないものね。
そんな穏やかな夕食が終わり、ソファで寛いでいた時だった。
調が「切ちゃん、例のアレ」と囁き、切歌が「忘れてたデス!」と手を叩いて自室に駆け込んでいく。
そして、戻ってきた彼女たちの手にあったのが、この二枚のチケットというわけだ。
「今日の商店街の福引で、一等を当てたんデス! わたしたちからの、日頃の感謝のプレゼントデスよ!」
「今までもわたしたちのこと、気にかけてくれてくれた事の、ありがとうの気持ちも入ってる」
二人のその真っ直ぐな気持ちに、胸がじーん、と熱くなる。
「切歌…調…!」
わたしは思わず二人をまとめて抱きしめた。セレナも隣で、優しく微笑んでいる。
「ありがとう…! 大切にするわね!」
涙ぐみながら感謝を伝えると、二人は照れくさそうに、でも嬉しそうに笑ってくれた。
わたしは早速、スマホを取り出してスケジュールを確認する。
「いつ行こうかしら。来週なら、1日空けられそうだけど…」
その時だった。
セレナが、何かを思いついたように悪戯っぽく微笑み、切歌と調を手招きして部屋の隅に移動した。
子供の成長を喜ぶ母親のような気持ちで、わたしはその様子を微笑ましく眺めていた。まさか、自分がその企みの中心にいるとも知らずに。
「―――ゴホンッ!」
わざとらしい咳払いをして、セレナがわたしに向き直る。
「マリア姉さん、残念だけど、わたしはその日、S.O.N.G.から緊急の呼び出しが入ってしまったの。最近の情勢を受けて、関係者全員の定期報告会があるんですって」
「え、そうなの?私にはそんな連絡は無かったけど…」
「それはマリア姉さんの代わりに私が参加するから、休ませて欲しいとは言ったからだと思うの。でも、せっかくのペアチケット、無駄にするのはもったいないですよね?」
「そうね…じゃあ私もその日は「だから、提案なんですけど…」
セレナの気遣いを聞いて、悪いと思ったマリアは自分もやっぱり参加しようと発言をしようとしたが、セレナに遮られてしまう。
「代わりに、優斗さんを誘ってみたらどうでしょうか?」
「…………へ?」
一瞬、思考が停止した。
わたしが、優斗を、デートに?
「な、な、ななな何を言ってるのよセレナ! 無理に決まっているじゃない!」
顔から火が出るように熱い。わたしは慌ててセレナに詰め寄るが、彼女はのらりくらりとかわすだけだ。
「あら、どうして? 優斗さんなら、きっと喜んでくれると思うけど?」
「そういう問題じゃなくて!」
わたしとセレナがじゃれ合っている、その僅かな隙に。
調が、いつの間にか私のスマホを操作していた。
「あ、優斗さんから返事、来たよ」
「えっ!?」
調が、その画面をわたしの目の前に突きつける。そこには、簡素ながらも優しさが滲み出るメッセージが表示されていた。
『お誘い、とても嬉しいです。僕でよければ、是非。来週、空いていますよ。いつにしますか?よかったらお弁当も用意しますよ』
「…というわけで、もう断れないね、マリア」
むふー、と自慢げに胸を張る調。
「これで、お兄ちゃんが本当のお兄ちゃんになる日も近いデスね!」
体を跳ねさせて無邪気に喜ぶ切歌。
そして、してやったりという顔で微笑む、わたしの可愛い妹。
完全に、包囲された。逃げ場は、どこにもない。
混乱の極みに達したわたしの頭は、もう正常な判断なんてできなかった。
「…………上等じゃない」
気づけば、半ばヤケクソで、そんな言葉が口から飛び出していた。
「やってやろうじゃないの…!」
こうして、セレナと切歌と調の完璧な連携プレーによって、わたしと優斗さんの、初めてのデートが、決まってしまったのだった。
ところで、何を着ていけばいいのかしら…!
デート当日。水族館の入り口は週末の喧騒に満ちていた。
わたしは少しだけ気まずい思いで帽子のつばを深くし、サングラスの位置を直す。
世界的トップアーティスト マリア・カデンツァヴナ・イヴがこんな場所にいるなんて誰も思わないでしょうね。
今から向かう人波の向こうに、約束した相手の姿を見つけた。
優斗の格好はいつもの白シャツ姿ではなく。上は紺色のジャケットと白いTシャツ。下はブルーのジーンズ、足元は白いスニーカーを履いている。ただ静かにそこに立っているだけなのに、彼の周りだけ時間の流れが違うみたいに穏やかだ。
わたしはその空気に吸い寄せられるように、少しだけ早足になった。
「やあ、マリアさん。一応、少し早くに来たけど、もしかして待たせてしまったかな?」
軽くはいえ変装しているというのに、彼は一瞬でわたしに気づいて、柔らかく微笑んだ。
「ううん、わたしも今来たところよ」
「そっか、よかった」
隣に並んだ時、ふと彼の視線がわたしの服装に注がれる。今日の日のために、セレナと一緒に選んだ少しお洒落なワンピース。
ステージ衣装とは違う、ただの女の子としてのわたし。
彼がどう思うか、少しだけ心臓が跳ねた。
「あれ? なんか今日、いつもと雰囲気違うね」
「え…」
「うん、可愛くて、すごく似合ってるよ」
彼は何の裏もなく、本当に思ったままを口にしたんだろう。そのあまりにも真っ直ぐな言葉が、わたしの心のガードをいとも簡単に打ち破っていく。
「そ、そう?…ありがとう…」
頬が熱い。世界的アーティストとしての仮面が剥がれてただのマリアとして嬉しく思ってしまう。
まさかこんな場所でこんな風に褒められるなんて。
彼って本当に真っ直ぐなんだから。
(嬉しいけど、恥ずかしいっ)
めかし込んだマリアさんに少し見惚れた後、館内に入ってすぐ、僕たちは青白い光が揺らめくクラゲの水槽の前に立っていた。
外界の音が遮断された、幻想的な空間だ。
「わぁ、すごい…」
隣のマリアさんが思わず声が漏れる。
「まるで宇宙みたいだね。この揺らめきを見てると、なんだか心が落ち着くよ」
「ええ、本当に…」
マリアさんも、ガラスの向こうの浮遊生物たちに静かに見入っている。
彼女の横顔は、普段ステージの上や訓練で見せる力強い表情とは違って、とても穏やかで、綺麗だった。
暗がりの中、珍しいクラゲを指差そうとした僕の指先が、彼女の指先にふわりと触れる。
「あっ」
「ご、ごめんなさい」
ほんの些細な接触。それだけなのに、心臓が少しだけ大きく音を立てた。
次に訪れたのは、頭上を魚たちが悠々と泳ぐ、巨大な円柱型の水槽だった。
「すごい迫力だね。本当に海の中を歩いてるみたいだ」
「ええ、こんな風になってるのね…!」
二人で感心しながら水槽を見上げている、その時だった。
突如、僕たちの横を、信じられない速さで巨大な影が通り過ぎていった。
ここの水族館のアイドルのアザラシだ。
「わっ!」
「うわっ、びっくりした!」
全く同じタイミングで、僕たちは素の声を上げて少しだけ飛び上がった。
普段は優しくもクールなマリアさんが、こんなに無防備に驚くなんて。
そのことがなんだかおかしくて、僕たちは顔を見合わせて、ふっと笑い合った。
「今の、すごい迫力だったね! まさかあんなに速いとは思って無かったよ」
「ええ、完全に油断してたわ。でも、元気でいいわね」
彼女の笑顔は、太陽みたいに眩しかった。
今日の目玉のイベント。イルカショーの会場は、期待に満ちた観客たちの熱気で溢れていた。
運良く前の席に座れたわたしたち。
「ここ、水がかかるかもしれないから、気を付けてね」
優斗がわたしを気遣ってくれる。
「大丈夫よ。これくらい平気」
少しだけ強がって見せたけど、彼の優しさが嬉しくて、胸の奥が温かくなる。
ショーが始まると、イルカたちのダイナミックなパフォーマンスに、わたしはすっかり夢中になっていた。歌やステージとは違う、純粋な生命の躍動。見ているだけで心が洗われるようだ。
ショーの終盤、一番大きなイルカが豪快なジャンプを見せた。
空中で美しい弧を描き、そして―――凄まじい水しぶきが、客席に向かって降り注ぐ。
「わっ…!」
水が来る、と悟った瞬間だった。
隣にいた優斗が、とっさにわたしの方へ体を向け、その腕を広げてわたしを庇うように覆ったのだ。
いつもの穏やかな彼からは想像もつかないほど、素早くて、力強い動きだった。
(え…!?)
不意打ちの行動に、わたしの心臓が激しく脈打つ。
彼の腕の中は、不思議な安心感と、彼の匂いがした。
まさか、彼がこんなにもわたしを守ろうとしてくれるなんて。
今でもわたしがセレナを、仲間を、守る側だと思っているのに。
彼に守られている。その事実が、抑えきれないほどのときめきを運んでくる。
結局、彼の背中がほとんどの水しぶきを受け止めてくれた。少しだけ顔にかかった水滴さえ、今はなんだか心地いい。
彼の普段は見せない男らしさに、わたしの中の想いは、もう止められないほど募っていくのを感じた。
ショーの興奮も冷めやらぬまま、少し落ち着いた休憩スペースのベンチに腰を下ろす。
「お腹、空きましたよね?」
優斗が少し照れくさそうに、でもどこか誇らしげに、風呂敷包みを取り出した。
「実は、約束通りお弁当を作ってきたんです」
「え…? 本当…?」
嬉しさで言葉が出ない。もしもを考えてここのレストランを調べてはいたが、わたしのために?
「最近マリアさんが、少し酸味のあるものが好きだって言ってたのを思い出して。鶏肉のレモンハーブ焼きと、あとは甘い卵焼きが好きだってセレナちゃんから聞いたから、少しだけ腕を振るってみました」
彼の丁寧で、細やかな気遣い。
わたしはもう、トップアーティストの仮面なんてとっくに無く。恋する女としてのマリアとしか保っていられなかった。
「…ありがとう…是非いただくわ」
ライブで歌う前に気合いを入れるための高級な料理を食べても、こんなに心が揺さぶられたことはないだろう。
蓋を開けると、彩り豊かなおかずが綺麗に詰められていた。
照れくささを隠しながら、わたしは卵焼きを一口いただく。
「…………おいしい」
優しい甘さが、口の中に広がる。
「本当に、美味しいわ」
たまに飲む彼の淹れるコーヒーと同じ。このお弁当にも、彼の人柄そのものが溶け込んでいる。
「よかった」
嬉しそうに微笑む彼を見て、わたしも自然と笑顔になった。
お弁当を食べながら、わたしたちは普段は話さないようなことをたくさん話した。
彼が喫茶店を継いだ理由、わたしが歌い続ける意味。
変装しているからじゃない。彼といると、わたしはただのマリア・カデンツァヴナ・イヴでいられる。そう見てくれる。それが、何より嬉しかった。
ランチの後も、わたしたちは色々な水槽を見て回った。
鮮やかな熱帯魚の群れに目を輝かせたり、少し不気味な深海魚の神秘に見入ったり。
「この魚は、暗い海の底で、自分だけが持つ光を頼りに生きているみたい。まるで、暗闇の中で輝く希望のようだね」
彼の詩的な言葉に、わたしは感心する。
「へぇ、あなたって本当に色々なことを知っているのね」
ただ優しいだけじゃない。彼が持つ、独特で温かい世界の見方。それに触れるたび、わたしはどんどん彼に惹かれていく。
デートも終盤、お土産コーナーに立ち寄った。
「あ、そういえばセレナ達も水族館が好きだから、来れなかった分、何か買ってあげようかしら」
妹達を想う時、わたしは世界的アーティストでもシンフォギア装者ではもなく、ただの優しい姉になる。
ペンギンのぬいぐるみを手に取って、あれこれ悩むわたしの隣で、優斗が一緒に選んでくれる。
「このキーホルダーも可愛いですね。さっき見たクラゲみたいに光るみたいですよ」
「本当? じゃあ、これも入れようかしら」
「このお菓子。これなんか美味しそうだよね。家族で食べるには十分な量もあるし」
「でも切歌。最近お菓子を食べすぎているのよね。本人は訓練で消費してるって言うけど……今日ぐらいはいいわよね」
彼といる時だけは、わたしは周りの目を気にせず、プレゼント選びに夢中になれる。
そのことが、たまらなく幸せだった。
水族館を出ると、空は綺麗な夕焼けに染まっていた。
駅へ向かう道すがら、名残惜しさが募っていく。
「今日は本当に楽しかったわ。こんなに心が解放されたのは、久しぶりね。最近は楽しさもあったけど、やっぱり忙しかったから」
「僕も。マリアさんといると、いつも新しい発見があります。ありがとうございました」
もう、お別れの時間。
でも、このまま終わりになんて、したくない。
奏や未来に比べると何歩も遅れている私。思いに順位はないけれど、それでも大好きな人の一番は女の子にとって特別なの。
わたしは、女の意地を決め、プライドも、何もかもかなぐり捨てて、意を決した。
立ち止まり、彼の前に向き直る。
「ねぇ、優斗」
「はい?」
「一つだけ、言いたいことがあるの」
少しだけ、声が震えた。でも、もう迷わない。
わたしは彼の、その優しい紫色の瞳を、まっすぐに見つめた。
「わたしはね、ずっと歌ってきた。最初はセレナやみんなのため、次は仲間を閉じ込められた鳥籠から救うという偽りの大義のため。歌うことは、いつも誰かのためで、義務で、時には苦しいだけのものだった」
「でも、あなたに出会って、あなたの料理を食べて、わたしの歌は変わった。あなたの作る温かいご飯が、凍えていたわたしの心も、セレナの運命さえも、溶かしてくれたから」
「あなたといると、わたしはただの歌好きの女の子に戻れる。歌うことが、こんなにも楽しいって、心から思えるの」
「もう嘘はつかない。誰かのためじゃない。わたし自身のために、あなたに、この気持ちを伝えたい」
息を、吸う。
わたしの全てを、この一言に込める。
「わたし、あなたのことが…好きよ」
「え…?」
彼は、鳩が豆鉄砲を食ったみたいに目を丸くして、完全に思考が停止している。
一瞬、世界から音が消えた。
彼のそのあまりの無反応に、少しだけ寂しくなって、でも、だからこそ愛おしくて。
わたしはもう、引き下がれなかった。
「またね」
その言葉と同時に、一歩前に踏み出す。
そして、彼の反応を待たずに、その頬に、そっと唇を寄せた。
触れた場所から、彼の熱が伝わってくる。
「(え…今、何が…!?)」
マリアのキスに驚いた優斗の心臓が、服の上からでも分かるくらい、激しく音を立て始めた。
その顔が、今もなお2人を照らす夕焼けよりも真っ赤に染まっていく。
鈍感な彼が、ようやく、気づいてくれた。気づかせれた。
わたしは、別れの言葉を告げ、自分も真っ赤になっている顔を見られないように、くるりと背を向ける。
「(言ってしまった…キスまで、してちゃった…!)」
でも、後悔なんて、微塵もない。
わたしは振り返らず、まるで逃げるように、でも確かな足取りで、駅へと向かって小走りで駆け出した。
ちらりと後ろを見ると残された彼が、熱くなった頬を押さえて、その場に立ち尽くしている。
今まで「優しい常連客」だったはずのわたしが、彼の世界を揺るがす存在に変わった、その瞬間に。
そのことを想うと、胸が張り裂けそうなくらい、幸せだった。
何年も水族館に行っていない、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、サンジェルマンは2人の企みを知っているの?
A、何かしようとしているくらいは感じています。夕飯までには帰ってくるといい、位の感性です。アダム?もちろん知りません
Q、ウェルは現状満足している?
A、7、8割位です。聖遺物を好きなだけとは言えないが研究出来ますし、片手間でやった製薬での純粋な賞賛の声に悪くないと思ってます
Q、優斗が結構マリアドキドキしているけど?
A、未来、奏、クリス、マリア、キャロルが一応ヒロイン扱いになっているこの作品。未来、奏は付き合いの長さから妹分扱いが大きく、クリスは保護者として接しています。マリアだけ等身大の女性としての付き合いが長いので、ふと見る仕草に見惚れることがあります
Q、マリアはなぜ急に告白を?
A、ノリと勢い。だけではなく、一歩リードする為に勇気を振り絞りました