私、サンジェルマンが初めてキャロル・マールス・ディーンハイムという存在を目にした時抱いた印象は、ただ一つ。
哀れな子供だ、と。
あれは、今では中世と呼ばれる時代。宗教の名の下に人々が争い、疑心暗鬼が生まれ、ありもしない噂がペストのように国から国へと広がっていく。魔女狩りという名の、集団的な狂気が吹き荒れる暗黒の時代。もし、あの時代に色をつけるとするならば、それは光の一切を飲み込む、底なしの闇と呼ぶのが相応しいだろう。
そんな時代の中、一人の優れた錬金術師が魔女狩りに遭い、処刑されたという報せを、私は風の噂で聞いた。彼の名は、イザーク・マールス・ディーンハイム。
パヴァリア光明結社にこそ所属していなかったが、その思想には好感が持てた。多くの錬金術師が己の真理の探究のみに没頭する中、彼はその力を人助けのために使っていた。同業者からは愚かな行動だと嘲笑され、下に見られていたが、その実力だけは誰もが認めざるを得ない、稀有な人物だった。
惜しい者を亡くしたものだ、と純粋に思った。
そのイザークには、一人娘がいたらしい。そして、その娘は我々パヴァリアに保護された、と。興味が湧いた私は、遠くからその娘の様子を窺いに行った。そこにいたのは、まるで魂を抜き取られた人形だった。全ての表情が抜け落ち、瞳は燃え尽きた炭のように黒く濁っている。
錬金術という真理を理解せず、偽りの奇跡と断じて父を殺した民衆。その無知と狂気によって全てを奪われた少女、キャロル。
その姿を見て、私は改めて確信した。やはり、人と人は決して分かり合えないと。
このバラルの呪いを解き、人類に一刻も早く完全なる救済をもたらさなければならない。
私の心にあった誓いは、より一層、硬く、冷たいものへと変わっていった。
次にキャロルの姿を見た時、私は驚愕に目を見開くことになった。
アルカノイズ。世界の分解と解析を目的に、錬金術によって生み出された改良発展型のノイズ。その基本レシピは古くからパヴァリアに伝わってはいたが、あまりに高度な先史文明の技術故に、誰も再現できずにいた代物。
数多の優れた錬金術師たちが挑み、失敗を重ね、一時は凍結されていたそのプロジェクトを、パヴァリアに入ってまだ日も浅い、二十年も生きていない子供が、いとも容易く完成させ、あまつさえ独自の改良まで施してしまったのだ。
頭角を現したキャロルの名は、繋がりの薄い錬金術師の界隈でも、瞬く間に噂となった。しかし、当の本人は、周囲からの賞賛や評価などまるで意に介さないとばかりに、ただひたすら研究に没頭している。
真理を探究することは、錬金術師にとって呼吸をするのと同じ、当然の行動だ。だが、キャロルのそれは、明らかに常軌を逸していた。
寝食を惜しむ、などという生易しいものではない。まるで自我を失った自動人形のように、ただ黙々と、延々と動き続けている。そうしなければ、生きている意味を見出せない、とでも言うかのように。
その姿が、なぜか、遠い昔の、孤独になった頃の私自身に重なって見えてしまった。
月日は流れ、パヴァリアで最後にキャロルを見た時には、彼女はもう、誰にも文句を言わせない、一流の錬金術師として完成されていた。
パヴァリアが保管していた全ての技術を、渇いた海綿が水を貪るが如く吸収し、瞬く間に自身のものとしていく。その学習速度は、もはや異常としか言いようがなかった。彼女がパヴァリアにもたらした功績は計り知れない。
アルカノイズの実用化に始まり、悠久の時を生きるための、極めて精密なホムンクルスの製造技術を確立。さらには、賢者の石であるラピス・フィロソフィカス完成に至る精製の道筋を、飛躍的に進歩させた。
利己的で傲慢な錬金術師たちでさえ、その成果を前にしては沈黙するしかなく、キャロルを幹部に推薦する声まで上がり始めた。
だが、キャロルは、それら全てを蹴った。ホムンクルスによる転写を使った延命で、父を亡くしたあの頃の少女の姿のまま。
彼女は、必要な知識は全て得た、もうここに用はない、と、あっさりとパヴァリアを去ることを選んだのだ。
膨大な成果物だけを残して、忽然と。
しかし私は、偶然にも、誰にも挨拶をせずに出て行こうとする、僅かな荷物だけを持ったキャロルの姿を見つけてしまった。
「キャロル」
私の声に、彼女はゆっくりと振り返る。
「なんだ。……サンジェルマンか。何か用があるのか。少なくともオレはもう此処に用はない。引き留めても無駄だ。それに、オレが去るだけで随分とやかましく騒ぐ奴らが多いんでな」
嫌なことを思い出したのか、キャロルの声には不機嫌な色が滲んでいた。
初めて会った時の、あの弱々しい人形のような印象はどこにもない。荒々しい口調、不敵で、ふてぶてしい態度。だが、その小さな体躯から放たれる風格は、絶対的な自信に満ち溢れていた。
「いや…引き留めはしない。あなたは十分にパヴァリアに貢献した。それは事実だ。…聞きたいのは、これから先、行くあてはあるのかどうか。そして、何を成そうというのか」
「…さあな。だが一つ言っておく。オレはパパの命題に答えるために、この世界を解剖し、全てを識る。そのためならば、お前たちを含め、全てを鏖殺してでもやり遂げるだろうな。……もう此処で知ることは全て覚えた。それだけは感謝するさ」
「…そうか。ならば、いつかまた会おう、キャルル・マールス・ディーンハイム」
「…さらばだ。サンジェルマン」
最後の挨拶を交わし、去っていく彼女の小さな背中を見送る。
仲が良かったわけではない。だが、ビジネスパートナーとしての付き合いは、決して悪いものではなかった。あの傲慢なアダムでさえ、時に絶賛したキャロルの錬金術。センス、知識、精度、威力、そのどれもが一流。一芸に特化するならば、世界が終わるまで彼女を超える者は現れないだろう。
だが、私は知っている。
何物をも跳ね除けるその強さも、強気な態度も、ただの少女だった心を殺してしまったことで身につけた、哀しい鎧だということを。もはや細胞の一つに至るまで、自身の全ての情報を正確にコピーしたホムンクルスに転写することで、彼女は永遠の命を手に入れた。
我々の錬金術でも、老いを遅らせることはできても、基本は止めることはできない。私の様に女性として生きた上で賢者の石を使い、錬金術の推移を持って完全させた場合以外は。…訂正、アダム局長以外は。
だが、キャロルは錬金術を使って押し留めるのではなく、ホムンクルスによる転写で、しかも成長した姿をベースにするのではなく、あえて不便なはずの、あの少女の姿のまま、延命を続けている。それはきっと、彼女の心の時間が、父であるイザークが死んだ、あの時から、ずっと止まったままだということの、何よりの証明なのだろう。
キャロルがパヴァリアを去り、幾年月が流れたか。その間に、私には新たな同志ができた。
カリオストロ、そしてプレラーティ。
欧州の華やかな舞踏会で出会った二人。私の理想に共感し、私の力になりたいと、男の体を捨て、完全なる存在である女の体になってまで、ついてきてくれた、かけがえのない仲間たちだ。この二人が現れてから、私の周りは随分と明るくなった気がする。
もちろん、私が定めた目標を忘れたことは一度もない。しかし、一人で歩んでいた時よりも、肩にかかる重荷が、少しだけ軽くなったのは確かだった。
そうして、世界が目まぐるしく変わっていった、ある日のことだ。キャロルから、依頼の連絡が届いた。内容は、城型の巨大構造物――メガストラクチャの建造依頼。世界の分解と解析を主目的とした、巨大な装置だという。
建造に必要な聖遺物や異端技術は、全て彼女が用意する、と。
そして、報酬は、我々が喉から手が出るほど欲していた、いつか使うであろうオートスコアラーの完全な修復知識。それに加え、建造には使えない聖遺物や異端技術の一部、さらには、より精度を上げた最新型のアルカノイズの設計図まで提示してきた。
「サンジェルマン、これは罠よ。このキャロルって女、信用できないわ。こんなうまい話があるわけないじゃない。きっと裏があるわよ」
横から依頼書を覗き込んだカリオストロが、訝しげに眉をひそめる。
「すごい! すごいワケダ! 聖遺物を複数用いたメガストラクチャなんて、聞いたことがないワケダ! サンジェルマン! この依頼、ぜひわたしにやらせてほしいワケダ! わたしの錬金術師としての魂が、燃え上がっているワケダ!」
対照的に、プレラーティは目を輝かせ、興奮で鼻息を荒くしている。大型建造物というだけで、彼女の琴線に触れたらしい。
「落ち着きなさい、二人とも。カリオストロ、あなたの懸念はもっともだ。しかし、この報酬は我々の計画を大きく前進させる。プレラーティ、あなたの情熱も理解できる。だが、相手はあのキャロルだ。一筋縄ではいかない」
私は二人をなだめつつ、思考を巡らせた。
キャロルに会ったことのないこの二人に、彼女という存在を紹介するには、ちょうど良い機会かもしれない。念のため、局長であるアダムにも許可を仰いだ。彼は久しぶりに聞くその名に一瞬反応したが、いつもの傲慢な態度で、あっさりと許可を出した。報酬の内容が、我らの目的にも繋がるものだったことも大きいだろう。
こうして、私たちはキャロルの依頼を受けることにした。久しぶりに再会したキャロルは、最後に会った時と、何も変わっていなかった。
「久しぶりだな、キャロル。依頼書は確認させてもらった。単刀直入に聞こう。これほどの装置を作り、お前は何を成すつもりだ?」
「ふん。サンジェルマンか。相変わらずだな。目的は依頼書に書いてある通りだ。世界の分解、解析。パパの遺志を継ぎ、この世の全てを識る。それだけだ」
「そのために、これほどの犠牲を出すというのか?」
「犠牲? 何を言っている。これは解剖だ。必要なプロセスに過ぎん」
彼女の強気な態度は、私にはもう慣れたものだった。
だが、まさか、初対面のプレラーティと、いきなり喧嘩腰になるとは思わなかった。カリオストロは呆れ果て、私はなぜか始まった二人の口喧嘩を、とりあえず嗜めて、なんとか取引を成立させたのだった。
後日、プレラーティになぜあれほどキャロルに怒っていたのかと尋ねると、彼女は顔を真っ赤にして、もじもじとし始めた。すると、隣でニヤニヤしていたカリオストロが、その内心を暴露した。
「プレラーティはね、サンジェルマンのために怒ったのよ。自分好みの大掛かりな依頼をしてきたのが、あんなクソガキだったってことと、あのガキがサンジェルマンを侮るような態度を取ったのが、許せなかったんですって」
図星を突かれたプレラーティは、さらに顔を赤くして、カリオストロを追いかけ回し始めた。
キャロルを知っている私はともかく、知らない人が見れば、彼女の態度はそう見えるのか、と妙に納得しつつ、子供のようにはしゃぎながら追いかけっこをする二人を見ていた。
そして、ここまで私を信頼し、好意を寄せてくれる仲間ができたことに、改めて感謝の気持ちが込み上げてきた。その気持ちを二人に伝えると、プレラーティは恥ずかしそうにそっぽを向いたが、カリオストロは、ふるふると感動を抑えるように体を震わせた後、我慢できなかったのか、喜びを爆発させて私に抱きついてきた。
二人に揉みくちゃにされながら、この時の私は、きっと、心の底から笑っていたのだと思う。
そして、今、現在。サンジェルマンは、カリオストロとプレラーティを伴い、明確な敵となったキャロルの居城、チフォージュ・シャトーに赴いていた。
(この場所に来るのは、過去の依頼で訪れて以来か)
プレラーティが設計した、壮観な広場。その中央に、三人は立っていた。
広場の奥には玉座を模した椅子が鎮座し、そこに、キャロルが静かに腰掛けている。その後ろには、オートスコアラーそれぞれのイメージカラーで彩られた、四つの巨大なバナーが垂れ下がっていた。あれが、計画にあったという、呪われた旋律を取り込むための機構なのだろう。
玉座から、キャロルが静かに三人を見下ろしている。
広場の外周、四方に配置された台座の上には、三体のオートスコアラーが、それぞれ個性的なポーズで佇んでいた。レイアと呼ばれた個体だけがいないのは、プレラーティから聞いた、新城優斗という青年の側に付いているからに違いない。
だが、それ以上にサンジェルマンの目に付いたのは、キャロルの玉座の横に立つ、その人物だった。パヴァリア光明結社にとって、いや、我々にとって、そして何より局長アダムにとって、不倶戴天の怨敵。輪廻を繰り返し、幾度となく復活する、先史文明の忌まわしき巫女。
フィーネが、不敵な笑みをこちらに向けて、そこに立っていた。
「久しぶりね、サンジェルマン。海で戦った時以来かしら」
「そうだな…」
奴に対して思うところは多々ある。だが、今はそれを抑えなければならない。
「約束通り、停戦交渉に来た」
「もっちろん、手ぶらで来たわよ」
補足するように、カリオストロが両手をひらひらと相手に向けて振り、こちらに危害を加える気はないと、言葉の裏で伝える。
「貴様らに敵意は感じない…まあ、あったところでねじ伏せるがな。…いつまでも立たせるのも悪いか。今用意する。座るがいい」
キャロルが指を鳴らす。すると、ノータイムの錬金術によって、三人の前に円卓と、人数分の椅子が出現した。オートスコアラー以外の全員が、テーブルを囲むように座る。サンジェルマンが口火を切った。
「まず、こちらの交渉の申し出を受けてくれたことに感謝する。しかしまずは…」
「サンジェルマン、いい。この件はわたしから言わせてほしいワケダ。キャロル。お前の大切な人に刺客を放ち、誘拐しようとした件、謝罪するワケダ。…すまなかった」
プレラーティが、深々と頭を下げる。
「あーしも、プレラーティと共犯したことを謝罪するわ」
カリオストロも、それに続いた。
「ああ…あの連中か。…あまりにも杜撰な奴らだったな。ガリィやファラどころか、S.O.N.G.のエージェントにまで返り討ちに遭った、間抜け共か。お前たちも、愚かな部下を持って大変だな?」
冷静な口調。だが、その声は、僅かに怒りのトーンで震えている。そして、「部下」という部分で、明らかにサンジェルマンの方に視線を向ける。分かりやすい、皮肉だった。
「プレラーティ、そして加担したカリオストロには、私から厳罰を下してある。私からも、謝罪させていただく。本当に、すまなかった」
サンジェルマンもまた、頭を下げた。
そうだ。プレラーティは、キャロルの変化に気づき、その原因が新城優斗にあると推測した。そして、最初は誘拐を企てたのだ。しかし、オートスコアラーと、秘密裏に繋がっていたS.O.N.G.のエージェントたちによる鉄壁の守りを前に、手も足も出なかった。
そこで、カリオストロのプロデュースの元、優斗の知り合いに化けさせた部下を使い、彼を連れ去ろうとしたが、それもまた阻止された。あまりに計画が失敗し続けたものだから、二人はヒートアップし、最終的には「アルカノイズで直接襲撃してやろうか!」「いやいっそ自分自身が!」と騒ぎ出したところで、サンジェルマンに全てが露見し、今に至る。
「『化け物には化け物をぶつけるワケダ』なんて決め台詞を、キメ顔で言ったのに、大失敗したらしいからな。笑われても仕方ない」
サンジェルマンの淡々とした説明に、プレラーティは「ぐぬぅ」と呻き、ぐうの音も出せずに黙り込んだ。
「まあいい。幸いにも優斗は気づいておらず、危害もなかった。今回の件は、貴様らのそのしょぼくれた顔を見れただけで、よしとしてやる」
「……すまない」
「話を戻すぞ。こちらが求めるものは、一つだけだ。オレたちが貴様らに干渉しない代わりに、貴様らもこちらに干渉しない。ただ、それだけだ」
「それだけで、いいのか?」
「何を驚いている?…と、言いたいところだが、正直、お前たちから欲しいものなど、何もない」
キャロルの、あまりにも彼女に利のない提案に、サンジェルマンは思わず訝しんだ。その疑問に、フィーネが補足を入れる。
「正直に言うとね、こちらの思惑に対して、あなたたちが実力的に邪魔、というほどではないのよねぇ。錬金術関係は、私とこのキャロルがいれば十分。聖遺物関係も、S.O.N.G.で、まあ……弦十郎くんに悪いけど、どうにかしてもらう予定よ。あなたたちと制約を決めてもいいけど、どうせ、あのアダムが律儀に守るとは思えないでしょう? そこが気になるところね」
「いや、フィーネ。ここは一つ、つけさせろ。…このチフォージュ・シャトーの権限を、完全にオレのものとさせてもらう。もちろん、細部に至るまで、全てだ」
「はあぁああ!?」
その言葉に、不利な立場も忘れて、プレラーティが絶叫した。
設計に携わったことで、この城は、彼女にとって我が子のような、愛着のある存在になっていた。過去にキャロルに所有権を渡した時でさえ、かなり渋っていたのだ。今でこそ、城の主はキャロルだが、メンテナンスや改良の際の承認権など、一部の権限はまだプレラーティの元に残っている。それが完全になくなるということは、ラピスを除けば、彼女自身の最高傑作であるこのシャトーに、二度と触れることができなくなる、ということなのだ。
「な、なあキャロル!? 流石にそれはないんじゃないワケダ!? メンテも必要ワケダろ!? もう少しくらい、譲歩してくれてもいいワケカシラッ!?」
「口調が乱れているわよ、プレラーティ」
「ふん、貴様らにいつまでも干渉されてはたまらん。それとも、なんだ? 此処で一戦、交えるか?」
ぎろり、とキャロルが睨みつける。その殺気に、カリオストロが慌てて割って入った。
「いーやいやいや! あーしたちにそんなつもりはぜーんぜんないわ!?…プレラーティ、ここは諦めなさいって。ほら、また新しいのを作ればいいじゃない」
「わたしのシャトーに、どれだけの愛情を込めたのか、お前にはわからないのカ!?」
「わかるわけないでしょ!?」
プレラーティの暴走で、場の雰囲気が一気にぐだぐだになっていく。サンジェルマンは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえ、キャロルも、ため息をつきながら珍獣でも見るような目で二人を見ていた。
「はあ…すまない。こんなつもりではなかったんだ。とりあえず、要求は全て受け入れよう」
「あら、随分とすんなり受け入れるじゃない。どういった心境の変化かしら?」
「これ以上、被害を出すわけにはいかなくなった。我々にも、我々で為すべきことがある。これ以上の遅れは、許されない」
「ふぅん、それは、神の力のことかしら? それとも、月の遺跡?」
「…おい」
「…なぜ! それを!」
フィーネが、あっさりと自分たちの目的の核心を突いたことに、キャロルが咎めるように声を上げる。だが、それ以上に、サンジェルマンの怒声が広間に響き渡った。騒いでいたカリオストロたちも、思わずその声に注目する。
「こいつらに話すのか?」
「昔、当時の私に不都合だったから、海に奴らのオートスコアラーをぶち込んだ時に、大体の目的は見破ってはいたのよ。それに、あなたたちが暴れ回ったアジトで見た、研究書の断片からもね。彼女たちがバラルの呪いに干渉する気なのは、見え見えよ」
「そうだな。昔に少しだけいたから知っているが、アダムの奴が求めているのが神の力だということは、なんとなくわかっていた。あの時のオレは興味がなかったがな。と、すると、狙いはレイラインか」
「そうね。チフォージュ・シャトーにあった収集装置から見て、データを集めたあと、ラピスを完成させ、集めた生体エネルギーを元に、門を開き、神の力を手に入れる。開く方法は…あのオートスコアラーで、星座とラインを合わせる、なんてところかしら」
「そして、月の遺跡に干渉して、バラルの呪いに手をつける、か。なかなか凝った所業を考えるものだ」
キャロルとフィーネの会話に、サンジェルマンたちの背筋が凍った。
神の力の掌握。その目的は、アダムと、我々幹部、そして信頼できるごく一部の部下しか知らないはずの、最高機密。
それを、こうも容易く、正確に見破られるとは。流石は、最高峰の錬金術師と、その祖にあたる人物、と言うべきか。
先程までの和やかな雰囲気は消え失せ、サンジェルマンたちは、いつでも戦闘に入れるよう、意識を切り替える。
しかし、フィーネは全く意に介さず、話を続けた。
「そんな、借りてきた猫みたいに警戒しなくてもいいわよ。むしろ、手伝ってあげてもいいとまで、考えているわ」
「なにを、考えているワケダ…?」
その真意が読めず、プレラーティが思わず問い返す。
「一番の懸念点は、優斗くんの存在を、あのアダムに知られること。彼の力があれば、回りくどい方法など取らずとも、目的を達成できると知ったなら、あの男は、間違いなく本人が出向いてくるでしょうね。それも、周囲の被害など、一切考慮せずに」
「そうなれば、文字通り、全面戦争だな」
「だったら、知られないようにすればいいのだけれど、それだと、こちらの対応の初動が遅れる。ならば、いっそ、相手の行動を、内側から知れるようにすればいい」
「…あーしたちに、スパイになれってわけ?」
自分たちの組織を裏切れ、というのに等しい言葉。カリオストロは、たとえポーズだとしても、不機嫌な態度を取った。
(提案自体は、悪くないわ。この二人を相手取ったら、無事では済まないし、パヴァリアのあれこれにも、正直キョーミないし。最近の局長、アダムは、胡散臭いところが多いと感じる。何より、この提案を受ければ、サンジェルマンの安全を買えるかもしれない)
脳裏で、カリオストロは瞬時に損得を計算する。彼女にとっての最優先事項は、常にサンジェルマンだ。これは、チャンスではないか、と。
「サンジェルマン……どうする?」
「無論、断る。そちらがどのような提案をしようと、我々はパヴァリア光明結社の一員だ。あのような男でも、局長は局長。裏切る気は、ない」
「そのアダムが、あなたたちを裏切る可能性があったとしても?」
「なに?」
ノータイムで宣言したサンジェルマンに、フィーネが、さらにノータイムで返す。その言葉の根拠を、今度はキャロルが語り始めた。
「オレはあまりパヴァリアにいなかったが、それでも読み解けたことはあった。極秘扱いの資料を、勝手に見たことがあったのだがな。どうやら、その沈められたオートスコアラーを使って門を開き、神の力を受けるには、生贄が必要だったらしいな。生体エネルギーを収集しているのは、その代用だろう。しかし、その力を享受できるのは、たった一人だけだ。自然に考えれば、アダムがその力を受け取り、振るうのだろう。沈められたオートスコアラーの性格をフィーネから聞いても、アダムにしか力を渡さない、と推測した」
「その生体エネルギーも、必要な数を集めるのに、一体何年かかるのかしら? ラピスの完成もよ? それに、オートスコアラーを発見できていないし、見つけたとしても、星座が一致する日が過ぎてしまえば、また何年も待たなくてはならなくなるわ。あの傲慢でせっかちなアダムが、それほど長く待てると、あなた、本気で思う?」
「むぅ…」
フィーネの言葉に、サンジェルマンは何も否定できなかった。
近くで見てきたアダムという男は、確かに、長生きではあるが、極めてせっかちだ。傲慢が骨を作り、慢心で肉がつき、嘲りの皮で覆われたような、そういう人間だ。
「先に、方針をを教えてあげるわ。方法はまだ言えないけれど、私たちは、月の遺跡に行こうとしている。推測だけれど、バラルの呪いに直接干渉できるであろう方法も、見つけたわ。そこに、あなたたちを招待してあげてもいいのよ?」
「何を、ありえないことを言っているワケダ…?」
「こちらからすれば、アダムに余計な力を渡さずに済む。私個人の目的への障害がなくなる。あなたたちの目的がバラルの呪いの解明ならば、遺跡に行けば、全てが分かるはずよ。呪いを解く方法が、そこにあるかもしれない。何年、何十年とかかるか分からない今のやり方を続けるより、長くても数年もかからないであろう、私たちの方法に乗る方が、よっぽど合理的だとは思わないかしら?」
サンジェルマンたちから見て、デメリットがない。
しかし、話がうますぎる。サンジェルマンとて、今のやり方で生じている犠牲に、心を痛めていないわけではない。だが、これは自分の意志で、自分で決めた道なのだ。
サンジェルマンは、目を瞑って、深く、思考の海に沈んだ。カリオストロとプレラーティが、心配そうにその横顔を見つめている。
「一つ、聞かせてくれ。あなたたちは、それを成し遂げた後、どうするのだ?」
静寂を破り、サンジェルマンが問うた。
「私は、この世界から、不必要な支配を受けている弱者のために立ち上がった。分かり合えないが故に、互いを搾取し合う、愚かな人類の連鎖を断ち切るために」
「……もし、あなたたちが、過去のまま、世界への支配や破壊を望むのであれば、私は、この命を賭してでも、あなたたちに立ち向かわねばならないだろう。だからこそ、聞かせてくれ。フィーネ、キャロル。あなたたちが、これから目指すものは、一体何なのだ?」
それは、祈りのようだった。
あるいは、自分が願う明日を求めた、懺悔のようでもあった。
サンジェルマンは、自らが抱える覚悟の全てを語り、二人に問いかける。自分に残された道は少ない。だが、自分で選ぶ道は、納得して決めたい。
救済の名の下に、多くの犠牲を出してしまった以上、この矛盾を孕んだやり方だとしても、より良い明日をこの手で迎えるために、何としてでもやり遂げなければならないのだ。
その、すがるようなサンジェルマンの姿に、フィーネもまた、真摯に受け止め、返した。
「私はそうね…あの方に会うためだけに、全てを切り捨てて生きてきたわ。女としての自分以外、全てをね…でも最近、それだけではダメなのだと、気付いたのよ。愛を享受するには、まず自分から、能動的に愛していくことを、思い出させてくれた人がいたの。ありのままの世界を、愛すること。ただ一人だけでなく、その人を構成する、周りの全てを含めて、愛すること。遠い昔、そのことを教えてくれたのが、皮肉にもあの方だったというのにね……だから、もう、世界については恨んでいない、かしら。本当に大切な繋がりが、まだ、今の私には残っていることに、気づいてしまったから」
フィーネの独白が終わる。次は、キャロルの番だった。
「一つ言っておく。オレは、この世界が嫌いだ。パパを殺した、この世界が、大嫌いだ。オレたちを否定して、なお生き長らえる人類が嫌いだ。研磨された技術を、奇跡の一言で終わらせ、ただ消費していく奴らが、心底嫌いだ。……だが、文字通り、奇跡のような出会いで、助けられてしまった。あれだけ憎んでいた世界で、生きてもいいと、思えるようになってしまった自分に、嫌気がさしたさ。だから、言ってやる。今のオレには、この世界は、識るべき対象である以外、どうでもいい、と。…もう、本当に大切なものが、この手にある限りは、な」
キャロルの独白が、終わった。
二人の、魂からの言葉。サンジェルマンは、静かにそれを聴いていた。
「…わかった。その提案、考えておく」
「サンジェルマン!?」
まさかの承諾に、プレラーティが驚きの声を上げる。サンジェルマンの頑固さを知る彼女には、この短い間に、彼女の心にどんな変化があったのか、理解できなかった。
しかし、過去に詐欺師として心を読むことで生きてきたカリオストロには、ある程度、その葛藤が読めていた。
(サンジェルマン…迷っているのね。あーしたちが渇望するものが、手の届くところに、しかもこれ以上の犠牲を出さずに手に入るかもしれない方法に。そして、決して交わらない道を歩んでいたはずの二人が、違いはあれど、平和を求めた。それは、今のサンジェルマンではしない……いえ、もう、できないこと。もしも、の未来の自分の姿を、鏡で見たようなショックを受けたのね。でも、サンジェルマンには悪いけど、あなたはもう、自由になってもいいはずよ…)
サンジェルマンの葛藤を見抜いたが、カリオストロは、それ以上何も言わなかった。自分は、彼女がどんな道を選ぼうと、たとえそれが破滅への道だとしても、ついて行くと決めているのだから。
だが、新たな道が、それも、分かり合えないと思っていた存在から差し伸べられた。そのことに、サンジェルマンは揺れている。だからこそ、今はこの交渉を終わらせ、一度持ち帰り、熟考するのだろう。
今回の交渉で決まったことは、いくつかある。
パヴァリア全体と、キャロル、フィーネ両名による、相互不干渉。特に、新城優斗には、金輪際関わらないこと。チフォージュ・シャトーの完全な所有権の、キャロルへの譲渡。
そして、アダムに知らせないという条件付きでの、月の遺跡への同行許可。
停戦交渉にしては、あまりにも一方的で、キャロル以外に得るもののない、ちゃちな取引。しかし、サンジェルマンの心の内には、それらとは比べ物にならないほど、大きなものが、投げ込まれたと言えた。
「では、我々はこれで帰らせてもらう。……最後に一つ、フィーネ。あなたは、本当に、局長が人類の救済を願っていると思うか?」
「…ないわね。本気でそう願っているなら、はなから、犠牲を許容したやり方で、計画を進めたりはしないもの」
「犠牲前提、か……そうだな…そう、かもしれないな……」
「サンジェルマン。あなたのやり方は、間違ってはいないのだろう。しかし、そのやり方は、誰かにとって、間違って見えてしまった。ただ、それだけだ。そして、その信念の答えは、きっと、明日になってみなければ、分からないのだろうな」
「そうか……ありがとう、キャロル。…あなたは、変わったな。あの時の答えとは、また違う答えが聞けた。それが、あなたの見つけた、明日なのだな」
「お前も、随分と変わって見えるが?…大方、その二人のおかげだろうがな。パヴァリアで最後に会った時は、頑強な鉄が、ただ人の形をしているだけかと思っていたぞ」
「そんなことを思っていたのか。…ではな、キャロル」
「ふん。この言葉を、オレが言うことになるとはな……またな、サンジェルマン」
「…!……ええ、また」
最後の挨拶を交わし、心なしか表情が柔らかくなったサンジェルマンたちは、静かにその場を去っていった。
人が減り、静かになった広間。キャロルは、錬金術で作り出したテーブルと椅子を、分解して消し去った。フィーネは、凝り固まった背中をぐっと伸ばし、キャロルに話しかけた。
「これである程度、解決、かしら?…長期出張はこれでおしまい。私はS.O.N.G.に戻ることになるけれど、キャロル? あなたは、これからどうするの?」
「そうだな。適当な家でも建てて、そこに住むさ。ここで暮らすのは、何かと不便だ」
「よかったら、S.O.N.G.に来ないかしら? 聖遺物を、錬金術師のアプローチで見てくれると、とても助かるのだけれど」
「はっ! バカを言え! お前たちとは、優斗を除けば敵同士だ。仲良しこよしなど、ごめんだ」
「S.O.N.G.に住めば、優斗くんと、いつでも会えるわよ。それに、お給料も出るから、彼に作ってしまった金貨でのツケ、返せるんじゃないかしら?」
「なっ!? なぜそれを知っている……ガリィか!」
「それに、最近、ガリィが「うちのマスターが『一人で店を切り盛りしている優斗が、もし、自分と一緒に世界を回るなんて言い出したら、あの喫茶店はどうなってしまうんだろうか』なんて、勘違い甚だしい一人言をぶつぶつ言っていて、見ていて見苦しいから、さっさとくっついて欲しいです」と愚痴を言っていたわ。……あと、監視して守ってくれているのは、とてもありがたいのだけれど、流石に、風呂場まで監視させるのは…」
「そんなこと! しているわけが! ないだろうが!!」
怒りと、恥ずかしさで、顔を真っ赤に染め上げたキャロルの絶叫が、がらんとしたチフォージュ・シャトーの広間に、いつまでも響き渡っていた。
Q、アダムたちはキャロルの万象黙示録を止めなかったの?
A、思い出を焼却して自身の力に変えている以上、どこかで限界が来るだろうと見送っていたのと、キャロルには見抜かれていたが、チフォージュシャトーにプレラーティによるセーフティがありました。最悪の場合に出張るつもりでしたが、過去にアダムが余計な一言でキャロルの地雷を踏んでしまった事があった時、支部とその周りが消える程の戦いになり、それ以降はキャロルに対して慎重に扱うことになりました。
Q、なんでキャロルとフィーネは計画を見破れたの?
A、フィーネは月に干渉するのに最初は破壊ではなく、サンジェルマンとほぼ同じ方向性でした。なので妨害も含めてアダムの所持していたティキを狙っていました。結果はティキが行方不明になったので諦めて時間が不安定な方よりわかりやすい破壊の方針にしました。キャロルの消えていたはずの知識にあったパヴァリアの情報もプラスされています。
Q、所でサンジェルマン達ってそんなに順調じゃ無い?
A、ラピス・フィロソフィカスの完成にチフォージュシャトーの世界分解のデータを流用しており、世界分解に必要なレイラインのデータをフロンティアから手に入れたフォトスフィアが必要です。しかしこの小説内では、フロンティアは浮上していないため完成に必要なデータは一切ないことになっています。
さらに月も無傷なので、月の遺跡にはなんの不備もないので、神の力を持って上書きする位しか干渉する方法はありません。サンジェルマン達の心境としては、ラピスも未完成、エネルギーも先行き不安、アダムは怪しい、ティキ今は見つからない、レイラインを見つけるのも進まない、キャロルたちがアジトを潰し回って人員不足、どうしろと言うのだ!
優斗にこれ以上ヒロインはいる?
-
いる
-
いらない