また、活動報告にて、皆様のご意見を伺うアンケートを実施しております。お手数をおかけしますが、ぜひご確認いただけると幸いです。
じりじりとアスファルトを焼いていた太陽が西に傾き始めた頃。
スーパーでの買い出しを終えた五人の影が、夕焼けに染まる街道をゆっくりと伸びていた。
「うへー...重ーい…」
「当たり前だゾ、響!こんなに買ったからな!」
「やっぱり人数分揃えると重くなっちゃうねえ」
「おい、重かったら言えよ。いくつか持ってやるから」
「ありがとうクリス」
それぞれ二つずつ抱えた大きな買い物袋が、地面に擦れんばかりに膨らんでいる。中身は今夜のバーベキューで消費されるであろう大量の肉野菜。海産物にそしてお菓子。
それだけではない。袋の隙間からは、カラフルなパッケージの花火セットが顔を覗かせていた。
「しかし本当に買うとはな」
クリスが呆れたようにため息をつく。
「響がやりたいって言い出した時、クリスだってソワソワしてたじゃない」
未来がくすくすと笑う。
「してねえよ!」
クリスの言う通り、これは完全に響の衝動買いだった。
だがクリス自身も、興味がないふりをしながら、花火のパッケージを何度も盗み見ては目を逸らしていたのを優斗は見逃さなかった。ミカも「花火ってなんダ?」と目を輝かせ、無邪気にねだったのだ。
「まあまあ。せっかくの旅行だし、みんなでやる花火も楽しいと思うよ」
優斗が苦笑しながらカゴに入れたのを、未来も「しょうがないですね」と優しく笑って許したのだった。
五人はまるで一つの家族のようにも見え、その雰囲気は温かい。
特に荷物を軽々と持つ優斗と、その隣で今日の献立を嬉しそうに話す未来の姿は、事情を知らない者から見れば仲睦まじい新婚夫婦そのものだった。
「あら奥さん。お買い物?」
「ええ、そうなの。...まあ見て、あそこの若いお二人。仲が良くて羨ましいわぁ」
「本当に。まるで新婚さんみたいで」
スーパーの出口ですれ違った近所の婦人たちの会話が、ふわりと耳に届く。
「……!」
未来の顔が、買ったばかりのトマトのように真っ赤に染まった。
嬉しい。恥ずかしい。でも、やっぱり嬉しい。
そんな感情が胸の中でぐるぐると渦を巻く。
「あはは……どうも」
優斗は婦人たちに曖昧に笑いかけると、頬をかきながら未来の手を引いて足早にその場を離れた。
その誤魔化すような仕草が、未来の心をさらにくすぐった。その姿に響はニヤニヤして、クリスは後ろで不機嫌に頬を膨らました。
コテージに戻る道を歩く頃には、空はすっかり夜の帳に包まれていた。
今日のニュースで話題になった満月はあいにく雲に隠れ、道行きを照らすのはぽつぽつと並ぶ電灯の灯りだけだ。
「お、こんな所に神社があるゾ」
ミカが暗がりに浮かび上がる鳥居を見つけた。
「本当だ。せっかくだし、お参りしていこうか」
「お参りって何ダ?」
日本文化に詳しくないミカが優斗に聞いた。
「ええとね。まず手水舎で手を清めて…あ、ミカちゃん、今は真似しなくていいよ。それで、お賽銭を入れて、二礼二拍手一礼。心の中で願い事をするんだ」
優斗がミカにも分かるように簡単な作法を説明する。
五人は静かな境内へと足を踏み入れ、賽銭箱の前に並んだ。
優斗が四人に五円玉を渡した。チャリンと軽い音が響き、それぞれが静かに手を合わせる。
(みんながずっと笑顔でいられますように)
優斗は、ただそれだけを願った。
(優斗さんともっと一緒にいられますように)
未来は、少しだけ欲張りな願いを込めた。
(バーベキューのお肉がいっぱいありますように!)
響は、食欲に忠実な願いを送った。
(……みんなが、優斗が、笑って過ごせますように)
クリスは、素直になれない祈りを捧げた。
(でっかい肉が食いたいんだゾ!)
ミカは、響と寸分違わぬ願いを叫んでいた。
お参りもそこそこに、コテージに戻ると、そこはもう戦場だった。
テラスに設置されたバーベキューコンロからは香ばしい煙が立ち上り、日中の熱気とはまた違う、食欲を刺激する熱気が満ちていた。
「こんなとこにお肉がっ!いただっきまーす!!」
「ああっ!それアタシが狙ってたやつ!」
「早い者勝ちなんだゾ!」
テーブルの上では、クリス、響、そしてミカの三人が、皿に盛られた焼きたての肉を奪い合う、熾烈な肉弾戦を繰り広げていた。
「おいミカ!口の周りがタレだらけだろうが!もっと落ち着いて食え!」
「んぐっ!ガリィも食べるカ?」
「アタシはもう確保してんだよ...ああもう!服が汚れるからこっちに来い!」
服まで汚れかけるミカにガリィが世話を焼きながらも、肉を頬張る姿を微笑ましそうに見守っている。
「奏、野菜も食べなさい。ほら、ピーマンが残っている」
「げっ!翼こそ、シイタケ全部あたしに寄越すなよ!」
「風鳴家に好き嫌いは許されないの。ごめんなさいね」
「マリア姉さん、このお肉美味しいですね」
「ええ。優斗が絶妙な焼き加減で仕上げてくれたわ」
翼と奏、マリアとセレナは、それぞれのやり方で喧騒の中の優雅な食事を楽しんでいた。
「切ちゃん、それ火が通ってないよ。こっちの鳥が食べごろだから、食べて」
「およ?危ないところだったデース。では、お礼にこのお野菜を」
「それはちゃんと食べてね、最近栄養が偏っているから。あんまり酷いとマムみたいになっちゃうよ」
「それはいやデース!!」
切歌と調もお互いに焼きあいながら食べている。
堪能されている沢山の食材がふんだんに振る舞われる、その喧騒の中心で。
「優斗さん、次のお肉、お願いします。そちら、焼けてます」
「ありがとう、未来ちゃん。こっちのホタテも、もう大丈夫そうだよ。あ、ファラさん、そっちのトング取ってもらえますか?」
「はい、こちらに。・・・レイアさんも、こちらのお野菜を。マスターはこちらを」
「…助かる」
「ありがとう、ファラ。・・・エルフナイン様、お肉が派手に焼けました。お皿をこちらに」
「ありがとうございます!」
優斗と未来、そしてファラとレイアの四人は、ひたすらに食材を焼き、戦場へと供給する下準備チームとして完璧な連携を見せていた。大切な人を支えるという共通点が、彼女たちを自然と結びつけているのだろう。
「あー!優斗!あたし肉無くなったー!」
「未来!私のも焼いてー!」
食材を運ぶために手が塞がった優斗と未来に、奏と響がすかさず笑顔でおかわりを要求する。近寄ってきた2人はまるで雛鳥のように口を開けて待機した。
「もう、二人ともしょうがないなぁ」
「優斗さん、はい、これ」
未来が差し出した焼きたての肉を息を吹きかけて冷まし、優斗も同じことをして笑顔で奏の口に運ぶ。
「…あーん」
「はい、響も」
「むぐむぐ・・・おいしい!!」
「なあ、今度はそこのキャベツで頼むぜ!」
その光景を見ていたクリスとマリア、そしてキャロルの視線が、ギラリと音を立てて鋭くなる。
「……あの女狐どもめ」
「……抜け駆けは許さないわ」
「……フン。楽しそうだな」
後で自分もやってもらうと内心考えるクリスとマリア。キャロルは優斗のすぐ隣の席をちゃっかり陣取り、黙々と優斗の焼いた肉をファラに献上されて味わっていた。その小さな口に肉を運ぶ姿は、隣のエルフナインと相まって、どこか小動物のようで愛らしい。
肉と野菜と海鮮の山が綺麗に平らげられ、満腹になった一同は、いよいよ本日のメインイベントである花火の時間へと移行した。
「うおおお!ロケット花火!発射デース!」
「響!ミカ!あんまり海の方に飛ばすなよ!」
「あははー!一番星まで飛んでけー!」
シュルルル!と音を立てて夜空に飛んでいくロケット花火に、響、切歌、奏、ミカのはしゃぐ組は大興奮だ。
「うわっ!?ちょっ、翼先輩!?」
「ご、ごめんなさいクリス!火をつけたら急にそっちに!」
その隣では、ネズミ花火が予想外の方向へ走り出し、慌てた翼が火のついたままの花火を追いかけ、クリスが悲鳴を上げながら逃げ回っていた。
「…綺麗ですね、マリア姉さん」
「ええ。派手な花火も悪くないものね」
「この輝き、悪くありませんわ。まるでつるぎちゃんのステージのセットみたいで」
「…地味ではない。派手で悪くない」
少し離れた場所では、マリア、セレナ、ファラ、レイアの四人が、優雅にナイアガラ花火の光のカーテンに見惚れていた。
「……」
「ガリィ、これ面白いゾ」
「…何が面白いのかしら、この黒いの」
「調ぇ、ガリィの言うとうりデスよ」
「でも、このウニョウニョ膨らむ感じがユニークかも」
地面に置かれた蛇花火が、にょろにょろと黒い灰の塊を伸ばしていく。
それを、ただ無言でじっと、見つめる調とミカ。心底何が面白いのか分からないといった顔で首を傾げる切歌とガリィ。
楽しみ方にもそれぞれの個性が溢れていた。
そして、喧騒が一段落した頃。
優斗は、キャロルとエルフナイン、未来を誘い、線香花火を始めた。
パチ、パチ、と小さな火花が闇に散る。
「…これが花火なんですね。ただの化学反応なのに、こんなにも綺麗です」
エルフナインが、火の玉を不思議そうに見つめる。
「…何が面白いのだ、これは。…が、この儚い輝きは、悪くないな」
誘われた当初は渋々、といった様子だったキャロルも、その燃えては消える独特の一瞬の輝きに、今はすっかり見惚れている。
エルフナインと並んで火花を見つめる姿は、まるで仲の良い姉妹のようだ。
「キャロルちゃんも、あんなにツンツンしてたのに」
「ふふ。優斗さんと出会って、きっと変わったんですね」
未来が微笑ましそうに二人を見守る。優斗は初めて会った時の、あの苦しみに満ちた気難しい少女が今、こんな穏やかな顔をしていることに喜んだ。
「急に誘った旅行だったけど、キャロルちゃんたちも、楽しそうで本当に良かったよ」
優斗が、そっと囁いた。
「そうですね。最初はあんなに私達と距離を置いていたのに…。こうして見ると、本当にエルフナインちゃんの優しいお姉さんみたいに見えますね」
「うん、そうだね。なんだか、まるで一つの家族みたいだ。……けど、未来ちゃん。そのことは本人の前では言わないようにしてあげてね。多分、それを言うとキャロルちゃん、ものすごく恥ずかしいみたいだから」
「ふふ。はい、わかりました。そうしますね」
二人のひそひそ話と優しい視線に、気づいたキャロル。
どこか居た堪れなくなり、それを誤魔化すように優斗を巻き込んだ。
「何を二人で話している。優斗もコッチにこい」
「未来さんの分も、ありますよ!」
「あはは。キャロルちゃん達も呼んでるし、行こうか未来ちゃん」
「はい!」
キャロルとエルフナインの元に、未来と共に駆け寄り、優斗も勿論その、儚くも温かい、光の輪に加わった。
四人で囲む線香花火は、小さくても、とても温かい光を放っていた。
一通り花火を楽しんで、残るは打ち上げ花火だけが残った。複数の花火セットを買った為、数が多く準備も時間がかかるだろう。
「よし!じゃあ最後のメインディッシュだ!」
奏がノリノリで打ち上げ花火の準備を整える。翼もサポートに入った。優斗も手伝おうとしたのだが、疲れているだろうと遠慮されていた。
「わー!大きいデース!」
「楽しみだね、切ちゃん」
一番大きな、打ち上げ花火の準備が整った。
その点火の瞬間を全員が固唾を飲んで、楽しみに待っている。
しかし、未来だけはその、賑やかな輪の中で一人、俯いて何かを深く深く考えていた。
その僅かな心の揺らぎを隣にいた響だけが見逃さなかった。
未来が何を迷っているのか、響には痛いほど分かっていた。
そして今、この親友の背中を押すのが、自分の役目だということも。
「未来。行ってきて良いよ」
「響?」
響は未来の手を握り、真っ直ぐに見つめた。
「もう少ししたら打ち上げ花火をやるから、みんな気づかないと思うし。…未来は未来のやりたい事をやっても良いんだよ?」
ずっと未来に背中を押してもらってきた。今度は自分が押す番だと。
「響…。ありがとう。私、行ってくるね」
「うん!行ってらっしゃい!」
未来は覚悟を決めた。
彼女は花火の準備をしている優斗に近づき、その手を強く握った。
「え、未来ちゃん? どうしたの? もうすぐ花火、上がるよ?」
「優斗さん。二人きりで話したいことが、あるんです」
優斗の疑問を許す間もなく、未来はその手をぐい、と、強く引っ張りみんなの輪から離れた暗い浜辺へと歩き始めた。
優斗も急に手を引かれ、少しつんのめる。
だが、その握られた小さな手から伝わってくる、並々ならぬ未来の真剣な様子に何も聞かず素直について行くことにした。
打ち上げ花火で盛り上がる中、暗闇に消えていくその背中を奏はじっと見つめていた。
「…いいの?」
隣にいた翼がそっと、尋ねた。
「いいんだよ。…元々あたしらが割り込んじまったようなもんだしな。…それに、同じ人を本気で好きになっちまったんだ、仕方ねえよ。……何より、誰かさんみ・た・い・に、せっかくのいい雰囲気の中に割り込んで、全てをぶち壊すわけにもいかねえからなっ」
「うっ…。そ、その節は…その……本当に申し訳ないことを、したと、思っています…」
奏の痛烈な皮肉に、以前、優斗と奏のいい雰囲気を台無しにしてしまった前科のある翼は、小さくなって謝ることしかできなかった。
二人が歩き始めて数分経った。前を歩く未来の白いワンピースが、暗い砂浜で揺れている。月はまだ雲に隠れ、砂浜はとても暗い。
ただ、寄せては返す波の音だけが、静かに耳に入ってくるだけだった。
背後ではもう、姿は見えなくなったが、花火を楽しんでいるであろう、みんなの歓声と時折響く、花火の音が遠くに聞こえてくる。
未来は、十分な距離を取った場所でぴたり、と、足を止め、優斗の手を放した。
優斗は未来が振り返るのを、静かに待つ。
「優斗さん」
「なんだい、未来ちゃん」
振り返った未来は、その勢いのまま優斗の腕の中に飛び込んだ。
「わっ…」
優斗は驚きながらも、その華奢な体を静かに受け止める。二人の体温がほのかに混じり合った。
沈黙が場を支配した。
遠くから聞こえてくる、花火の音と少女たちの笑い声がまるで、別世界の出来事のように遠くに感じてしまう。
優斗もこの腕の中にすっぽりと収まってしまった、未来の背中を安心させるように優しく、ゆっくりと撫でた。
その脳裏には、まだ幼かった、未来が何かに、怯えて泣いていた時、怪我をしてしまい泣いた時、こうして優しく抱きしめて慰めた、遠い日の思い出が蘇る。
思えば本当に長い付き合いになった。あの出会いからもう、十年以上が経つ。
オドオドして響の、後ろに隠れていた、あの小さな女の子が今や、こんなにも綺麗な少女になったのだ。
未来も背中に受ける、優斗の大きく温かい手つきにその身を委ねながら、優斗とのこれまでの数え切れない思い出を、一つ一つ、思い返していた。
初めての出会い。
響の家族に連れられて行った、喫茶店コモドで食べた、優斗の特製オムライス。
別れ際に膝をついて、子供の自分と視線を合わせクッキーを渡してくれた、優斗の柔らかくも、優しい笑み。
(あの時は、クラスの男の子達と違う優斗さんに見惚れたなぁ)
なけなしのお小遣いを握りしめて、コモドに通い始めた日々。
いつだって、「いらっしゃい、未来ちゃん」と、暖かく迎えてくれたこと。
初めて飲んだ、紅茶の美味しさに感動したこと。
わからなかった学校の宿題を、自分の仕事があるのに一緒に解いてくれたこと。
(いつだって、優斗さんは、私の大切な居場所でいてくれた…)
その、数年後。
優斗と響、三人で行った遊園地。
響は「アトラクション、全制覇!」と、朝から意気込んでいたのに、お昼過ぎには早々にばててしまった。
陸上部で体力だけはあった未来と二人で、優斗が閉園まで全てのアトラクションを回るのに付き合ってくれた、あの日。
ずっと手を繋いで、一緒に楽しんだあの日。
(優しく握ってくれた優斗さんがはしゃぐのが可愛く感じて…)
ただ買い物をした帰りに、響と三人で買ってきた服でファッションショーごっこをしたこと。
コーヒーの良さを熱く語る優斗に興味を持った響が一口飲んで、そのあまりの苦さに顔を歪めているのを、二人でお腹を抱えて大笑いしたこと。
(優斗さんが、必死に響に謝っている姿に、なんだかすごく幸せだなって、笑っちゃって…)
これまでの、数々の出会いと事件。
誘われたライブでの、ノイズ襲撃。常連の奏さんたちが、シンフォギア奏者だったこと。
ちょくちょく来ていた了子さんが、フィーネというすごい人物で、優斗を攫ったこと。
マリアさんたちが、アメリカに戦線布告したこと。また優斗が攫われ、そしてすぐに助けられたこと。
優斗の心の傷を全て受け入れて癒したいと。たとえ共に傷ついてでも、この人の側にいたいと、強く強く願ったこと。
(いつの間にか、大きな出来事に巻き込まれる優斗さんの姿に、いつも居ても立っても居られなかった…)
どんどん新しい人たちとの出会いが増えていったこと。
そして、日常の裏で、得体の知れない敵が暗躍していたと聞いたこと。
(でも、一番驚いて、ショックだったのは…)
マリアさんが、優斗に告白したこと。それに続き、クリスさんに奏さんまで、優斗に想いを告げた、ということ。
(優斗さんがいなくなるかもしれないって…本当に怖かった…)
マリアが告白し、クリスが告白し、奏が告白した。
(嫌…)
それを聞いた時、未来はなんともない素振りを装っていた。まるで、自分だけは違うのだと余裕があるかのように取り繕っていた。
でも本当は、嫉妬で胸が張り裂けそうだった。
先に、自分が好きになったのに。
ずっと、ずっと何年も前から、好きだったのに。
恐怖もあった。優斗が自分の知らない、遠い世界に行ってしまうかもしれない。二度と話せないような所に連れて行かれてしまうかもしれない。
だから、決めたのだ。
今日、ここで、この想いを伝える、と。
他の誰かに聞かれたっていい。優斗が自分の前からいなくなってしまうくらいなら。
もう、二度と出会えなくなってしまうくらいなら。
(だから、お願い…! 私の体、動いて・・・!)
それでも、怖いものは怖い。もしも、この想いを拒絶されたら?
この気持ちがただの、自分だけの一方通行だったら?
勇気を出して、ここまで来た。なのに足が竦んでこれ以上、体が動いてくれない。
カタカタと、震え始めた未来の体に気づき、優斗は彼女を安心させるように、その腕に僅かに力を込めて抱きしめ直した。
驚きを隠せない未来に、優斗は優しく語りかける。
「思えば、本当に長い付き合いだね、未来ちゃん。色々あった。本当に色々なことが…。すごい人たちと知り合いになって、すごいことに巻き込まれて…。未来ちゃんや、響ちゃん。いや、それだけじゃない。本当にたくさんの人たちに助けられて僕は、今ここにいられるんだ」
「…はい」
未来の返事を確かめるように、優斗は続ける。
「僕に、不思議な力があった。それは確かだよ。でも、それだけでここまで来れたわけじゃない。お爺ちゃんがいてくれて、未来ちゃんや、響ちゃん。その家族みんなや、奏ちゃんや、翼ちゃん…。みんながいてくれたから僕はここまで来れたんだ」
「……はい」
「僕だって、嫌なものは嫌だ。怖いものは怖い。でも、誰かが僕を思うと、誰かに思われていると感じると、不思議とそういった怖い気持ちは薄れていくんだ。……僕がこうして優しくありたいと願えるのは、その…」
「?」
言い淀む優斗を、未来は不思議そうに腕の中で見上げる。
「未来ちゃん。君がいてくれたからなんだ」
「!」
「あの時、初めて振る舞ったオムライスをあんなに美味しそうに喜んで食べてくれた君の姿に。最後に渡した、クッキーをあんなに宝物みたいに喜んでくれた君の姿に。僕は勇気と喜びを貰ったんだ。誰かを満たすことができるという勇気と、誰かに幸せを届けることができるという喜びに」
「勇気と、喜び…」
「だから、未来ちゃん。君は、君のままでいいんだ。僕はそんな君が好きなんだ。大切な人を心から思いやってそっと、側で寄り添える君が」
優斗の言葉。
その全てが、未来の心の一番柔らかい場所にダイレクトに響き、彼女は今、まさに限界を迎えそうになっていた。
優斗の本心を聞かされ、顔が真っ赤になるほどの喜びに歓喜し、くっついた胸の内側から聞こえてくる、優斗と同じくらい激しい、自分自身の心臓の動悸が止まらない。
未来は今しかないと意気込み、顔を上げ優斗と真っ直ぐに見つめ合った。
「私は、私は!」
「未来ちゃん」
キラキラとまるで、夜空に輝く星を全て集めたかのような、その潤んだ瞳。
未来の視線を優斗は、真っ向から受け止める。
「優斗さんの淹れるコーヒーの匂いが好き。いつも私の話を真剣に聞いてくれる、優しい声が好き。時々見せる、ちょっと困ったみたいな笑顔が、好き」
抱きしめている腕に知らず知らず力がこもる。
「大きくなったら優斗さんのお嫁さんになって、隣で毎日コーヒーを飲みたいって思ってた。当たり前になれると思ってた。でも、違ったの」
ここで未来は、一度深く息を整える。
「私は……優斗さんの、ただ一人の特別になりたかった」
好き、好き、好き。
幼い頃から大切に大切に育んできた淡く、しかし何よりも確かな想いが溢れ出す。
やがて未来はゆっくりと彼から体を離した。優斗が何かを言おうとして口を開きかける。
その瞬間、未来は彼の両手をぎゅっと、強く握った。
いつの間にか、空を覆っていた雲は、すっかり晴れ、彼女の背後に水平線を離れ、夜空へと昇り始めたばかりの満月が神々しいほどに、白く輝いていた。
月光が未来の輪郭を淡く縁取り、その瞳を濡れたように光らせる。
「私は、優斗さんが好き。ずっと憧れてた『優しいお兄さん』としてじゃない」
未来はもう一度、深く息を吸った。
もう、子供の「好き」ではない。一人の人間としての、一人の女としての、全ての覚悟を込めた言葉を紡ぐ。
「一人の、男の人として——愛してます」
潮風が彼女の髪をふわりと優しく揺らした。波の音が遠くに聞こえる。背後で鳴り響いていたはずの花火の破裂音すら、もはや聞こえなくなるほどに、優斗は目の前の光景に息を飲んでいた。
「優斗さん、優斗さん」と、嬉しそうについて回っていたあの小さな背中。
初めてコモドのオムライスを頬張って目を輝かせていた幼い笑顔。
その、少女が今、月を背負い、一切揺らぐことのない強い瞳で自分を見つめている。
その姿は痛いほどに真っ直ぐで、どうしようもなく切実で——。
(……綺麗だ)
夏の海に浮かぶ満月を背に、優しく微笑んだ未来。
月の光に照らし出され、着ていた白いワンピースがふわりと風に広がる。その姿はまるで、この世のものとは思えない、幻想的で神秘に満ちた、月の妖精のようで。
優斗はただ、その光景に見惚れていた。
「優斗さん?」
「はえっ!?……ゔ、ゔんっ! ……な、何かなっ!」
止まってしまった優斗を、未来が不思議そうに覗き込んだ。
その近さになぜか、急に恥ずかしく感じて、優斗は慌てて息を整えた。
「いえ、急にボーっと、して止まってしまったから……どうしたのかなって」
「いや、なんでもないんだ。ほんと、なんでもない。…そっか、そっか…。…今度は、僕の番、だね…」
告白の返事を返そうとする優斗。しかし、その続きの言葉は言えなかった。
未来の細く白い、人差し指によって、そっと、その口元を止められてしまったからだ。
「今はまだ、いいんです。私もここまで来るのに何年も時間をかけてようやく、この言葉を出せたんですから。……だから優斗さんも、優斗さんの答えが出るまで。私もずっと待ってますね?」
優斗の心の中の迷いを全て見透かすように、告白の返事を未来は自ら保留にしようとする。
「………ありがとう、未来ちゃん。僕も僕なりに、ちゃんと答えを出すよ。だから…その…待っててくれるかい?」
「……はい!」
未来の、深い気遣いに、優斗は必ず応えると誓う。
未来は少なくとも拒絶ではなかった、その返事に、心の底から嬉しそうに、花が咲くように笑った。
少しの静寂。
落ち着いてきた二人の耳に、再び遠くから大きな歓声が聞こえてくる。その方向に振り向くと、一際大きな一輪の花が、夜空いっぱいに咲く瞬間だった。
買い出しの時に買った、一番大きな打ち上げ花火。
二人はそれが最後の花火だ、と、なんとなく気づいた。
「……そろそろ戻ろうか。みんなも、もう終わった頃だろうし」
「はい。帰りましょうか……あの、優斗さん」
戻ろうとする、優斗の袖をつまみ、未来がおずおずと呼び止めた。
「なんだい?」
「手を繋いでも良い、ですか?」
関係性が変わっても、心の繋がり方が変わるわけじゃない。
「いいよ。・・・じゃあ、行こうか」
抱く印象が変わっても、相手を受け入れる、気持ちが変わるわけじゃない。
「!・・・はい!」
いつだって側にいたいと思う心。決して離れたくないと願う心。
それがきっと愛、いや、恋というものなのだろうか。きっと、そこに明確な答えはないのかもしれない。
けど、誰かを愛する、ということはきっと、その全ての変化を受け入れていく、ということなのだろう。
その後。
流石に最後の花火とあって、二人を呼びにきた響の大きな声を聞いて、みんなが待つ場所へと戻る二人。
その砂浜に落ちた二つの影は、分かれることなく最後まで固く繋がったままだった。
最後の花火を見届けたあと、遊び疲れた面々は次々と眠りに入っていった。そんな静かな一室で優斗は一人、部屋のベッドで思い悩んでいた。
はっきり言って優斗の自己評価は低い方だ。しかし人の意見を全て否定してまで、自分を卑下しているわけでもない。
みんなからの真っ直ぐな好意を素直に認識した時、優斗は自分を見てくれる嬉しさの中に、同時に「自分なんかが本当にいいのだろうか」という考えが、悩みとなって黒い渦を巻いている。
誰か一人を選ばなければいけない。そう考えるたびに、そのあまりにも傲慢な思考に嫌気がさした。かと言って何も答えを出さないまま、この関係を続けるのは彼女たちの心を弄び傷つけるだけだと考えてしまう。
優斗は今、前世では持ち得なかった異性への熱い思いに、振り回され身動きが取れなくなっていた。
そして、翌朝。
結局、一睡もできなかった優斗は気分を、変えようと朝の冷たい空気を吸いに砂浜へと向かった。その玄関先で、同じように朝早く起きていたキャロルと鉢合わせになった。
「あ、キャロルちゃん。おはよう。朝、早いんだね」
「…おはよう優斗。そうだな、昨夜は眠りすぎたせいかもしれん。……ちょうど良い。少し歩かないか?」
「うん。確かに朝ごはんまでまだ、時間はあるから…。うん、行こうか」
キャロルは優斗の寝不足で少し思い詰めた表情から、何かを察したらしい。あえて何も聞かず、ただ暇つぶしといった体で散歩に誘う。
そうして二人は、昨日遊んだあの、砂浜までをゴールに静かに並んで歩き始めた。
いまだ日が昇る前の薄暗い砂浜。二人の足跡だけが、静かに続き適当な位置で立ち止まって二人、海を眺める。
「…何があったかは、聞かないでおこう。それより少しは気は紛れたか」
キャロルの言葉。やはり彼女は優斗の様子から全てを察し、その上でこうして二人きりの散歩に誘ってくれたらしい。
「……ありがとう、キャロルちゃん。うん、少しだけ…。もう少しこのまま海を眺めていても、良い?」
「ああ。…オレも海をここまで、ゆっくりと眺めるのは初めてかもしれんな」
二人は押し寄せては返していく波の音をBGMに、ただぼーっと暗闇の海を見つめていた。
「…まだ、時間はある。優斗、お前さえよかったらでいい。…オレの話を聞いてもらっても、いいか?」
「…うん。勿論だよ」
ポツポツとだが、キャロルは今まで誰にも話さなかった自分自身の過去の全てを話し始めた。
山奥の村で、錬金術師としてパパ、イザークと二人だけで幸せに暮らしていた過去のこと。
荒れていた時代。錬金術を使いただ、人を助け続けたイザークがやがて、その異端技術を恐れた人々によって捕らえられたこと。
悪魔と呼ばれ、当時吹き荒れていた魔女狩りの対象として生きたまま火刑に処されたこと。
死に際に放った「世界を、識ってくれ」という遺言。その意思を継いで、いたくもない村から出てたった一人旅に出たこと。
色々あってパヴァリアに保護された後は、ひたすら錬金術の知識の習得に没頭したこと。
加速的に知識を学習し、ある程度熟練度を上げ、必要な理論を手に入れたキャロルは、パヴァリアから学ぶことはもう無いと判断し、組織を脱退したこと。
世界中を周り、聖遺物を集め、異端技術を収集し、キャロルなりのやり方で「世界を識る」ための行動をとったこと。
しかし、識れば識るほど、こんな下らない世界のためにパパが犠牲になったと、何も知らないままのうのうと日々の奇跡を消費し続ける世界そのものに憎しみが募っていったこと。
そしてキャロルは決めた。世界を一度分解し解析することで世界全てを識ろうと。でなければ、パパは何のために死んでしまったのか解らないから。
協力者に対価を払い手段を手に入れたが、計画を進める上で肝心なある手段が手に入れられず、中断してしまい、苛立ちが続いていた日々のこと。
そして優斗の情報を知り、あのコモドでの出会いを得て、今まで忘れていた無くしていた過去の全てを思い出したこと。
無くすばかりだった日々を振り返ってみれば、イザークの意思を自分に都合のいい様に捻じ曲げたただの復讐、という独りよがりの行動だったこと。
それでも自暴自棄にならなかったのは、優斗の甘いと言われても仕方ないほど優しく、全てを受け入れてくれた存在があったから。
そして計画を諦めかけていた時に、パヴァリアにキャロルの思い出の復活という、ありえない奇跡を知られ、関わった優斗が狙われるのを察知し、フィーネの協力を得て逆に攻め入ったこと。
離れていても作ってくれた優斗の手料理を食べるたび、あのコモドでのぬるくも心地良い時間。つい眠たくなりそうなその存在を失いたくないな、と、頭の片隅に思うこともあった。
気づいたら、よみがえった記憶の中のパパよりも、鮮明に優斗の思い出が色鮮やかに思い浮かぶことを自覚した時、誰よりも優斗を守りたい、という思いが、長年抱き続けた復讐心を上回ったこと。
そしてパヴァリアとのいざこざに一応の決着をつけて、今に至ること。
優斗はただ、静かに相槌も打たず、キャロルのその壮絶な、告白の全てを最後まで聞いて受け止めた。
「…オレの目的に邪魔だったから。そんな理由で犠牲も出してきた。一般的に到底、受け入れられないであろう過去だ。なのになぜ、お前は否定しないのだ。なぜオレを拒絶しないのだ?」
キャロルが震える声で、静かに問う。優斗はゆっくりとキャロルに向き直った。
「それは、キャロルちゃんが積み上げてきた、キャロルちゃんが生きてきた『証』だからだよ。それに、僕が知らなかったとは言え、結果的に僕を助けてくれたのはキャロルちゃん、君じゃないか。…君を否定するっていうのは、その恩恵を受けた僕自身をも否定するということだから」
優斗は、そこで一度息をつき、さらに優しい声で言葉を続ける。
「何より、僕はキャロルちゃんが、本当はとても優しい女の子だって知ってるから。ミカちゃんを優しく見守って。ガリィちゃんのからかいを受けながらも『しょうがないな』って、最後には笑って許して。ファラさんと紅茶の味を教え合って。レイアさんにそれとなく労いの言葉をかけて。エルフナインちゃんと、まるで本当の姉妹みたいに笑いながら寄り添って。…そんなキャロルちゃんの顔は僕が知る、どの表情より、柔らかく輝いていたよ」
優斗はキャロルの小さな冷たい手を、両手でそっと包み込むように握りしめる。そうしてから、優しくキャロルの目を見つめた。
「だから僕は、精一杯の『ありがとう』を君に言うよ。助けてくれて、ありがとう。僕に、歩み寄ってくれて、ありがとう」
「今までたった、一人で頑張ってきた君に。ここまで生きてきてくれた君に。僕はありがとうをずっと、ずっと君に言い続けるよ」
じわり、と、キャロルの目から堪えていた涙が、静かに零れ落ちた。もう、止まってもいいんだ、という安堵と一人で頑張ったことを認めてくれた嬉しさ。
そう、嬉しいのだ。どこまでも自分を見てくれる優斗に。世界の復讐しか知らなかったこれまでの自分の生き様、その全てを肯定してくれた、優斗に。
キャロルの時間はこれまでずっと、少女のまま止まっていた。パパである、イザークが死んだあの時からずっと。
しかし、キャロルは今、愛を再び知った。相手を受け入れる愛を知った。
自分を受け入れてもらえる、愛を知った。
「オレ」としてのキャロルの人生は、世界への怒りで生まれた。しかし、怒りを持ち続けるのは難しい。怒りはただ、消耗するだけのエネルギーだからだ。
だから、どうでもいい幸せな思い出は優先的に、薪のように消費していった。復讐には邪魔だったからだ。
いつだって、怒りを心に燃やし「オレ」として生きていくうちに、いつしか「私」としての生き方を忘れていった。
怒りの燃料は、深い深い、悲しみ。汲めども尽きない悲しみで、怒りを燃やし続けた。
だからパパの、最後の記憶だけは残した。最後の願いを、叶えるために。
消してしまった「私」が「オレ」として、どうやってこれから生きていけばいいのかを示す道標として。
悲しみを消したり、手放すことができないのはその、悲しみの元の形が愛だったからだ。
外からの理不尽な暴力で形をめちゃくちゃに、変えられてしまった愛だからだ。
だから、それを癒すのもまた愛なのだ。優しく包み込んで、その形がまた、元に戻るまでずっと。
「…見て、キャロルちゃん。太陽が登ってきたみたいだ。……こうやって、二人でゆっくり見る夜明けは、とても綺麗だね…」
東の空が白み始め、水平線から眩い光が差し込む。夜明けが来て、日が昇る。
まるで当たり前のサイクルで起こるただの、日常の一ページ。
しかしキャロルは、その光景から、目を離すことができなかった。
「…ああ、本当に、綺麗だな………そうだ、世界は、こんなにも……」
昇り始めた、太陽の暖かさに包まれ、キャロルはいつの間にか忘れてしまっていた、いつか見たパパと山の上で感じたことがある太陽。あの時も当たり前にあったのだ。
キャロルは今と昔に見た、この太陽の輝きの感動をもう二度と忘れないだろうと、思った。
その横にある、自分だけの心の太陽が、こうして変わらず、キャロルを暖め続けてくれるかぎり。
投稿するたびに動悸が止まらないほど緊張している、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、今更だけど響は優斗をどう思っている?
A、普段からベタベタしていますが、今の所は完全に兄として見ています。しかし好感度はとても高く、未来が先に好意を持っていなければ、立場は逆になっている位ですね。優斗と響の絡みもいつか書くと思います。
Q、クリス達も、あーんはされたの?
A、されました。その後、悪ノリした翼やセレナから始まり、みんなにしたそうです。
Q、優斗は割と未来を特別視している?
A、しています。普段から頼られたり、甘えられたりしている優斗が不安を吐き出すのはとても稀です。なので学園祭で未来に励まされた時から、未来への見方は変わってきていました。
Q、優斗のキャロルへの好感度はどれくらい?
A、結構高め。誰にも賞賛されずひたすらに前に進むことを頑張る事が、ものすごく大変で苦しいのを知っているので、すごく尊敬の念を持っています。異性としてはあんまり……でもダブルダウラを使った姿を見たらチャンスはできるかも。