ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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お待たせしてすいません。何かと色々あったものでして。

日を跨ぐに連れて、本当にこの内容でいいのかと怖がって中々投稿できなかったのですが、まだまだ話が終わってないのに投げ出すのは嫌だと思い投稿を決意しました。

これから新年明けますが、来年でも応援をよろしくお願いします。

注意点として、プロットを書いている途中にGemini3にアップデートされましたので、文体に違和感などがあると思いますが、そこはご了承ください。


番外編

 

『安息の膝枕と、銀色の微熱』

 

 深夜一時。

 

 日々の喧騒が去り、静寂だけが残された喫茶店「コモド」

 

 店の看板である木製のプレートが「CLOSED」に裏返され、店内の照明も必要最低限の常夜灯のみが灯されている。昼間の暖かな賑わいは嘘のように鳴りを潜め、厨房の冷蔵庫が低い駆動音を立てている音だけが、空間を支配していた。

 

 二階にある居住スペース。そのリビングにある三人掛けのソファで、店主である新城優斗は深く、重いため息を吐き出していた。

 

 そのまま糸が切れた操り人形のように背もたれへ体重を預け、天井を仰ぐ。視界がぼやけ、重力があまりにも強く感じられた。

 

「はぁ……。さすがに今日は、堪えたなぁ……」

 

 ここ数日、コモドの客足は異常なほどの増加傾向にあった。

 

 S.O.N.G.の装者たちが頻繁に出入りしていることで、「美少女たちが集まる隠れ家カフェ」という噂が一部で流れたのか、あるいは優斗の作る料理――食べた者の活力を底上げする『運命介入食』――の評判が、もしくは味が、口コミで静かに、しかし確実に広がっているのか。

 

 理由は定かではないが、開店から閉店まで客足が途絶えない状況が続いていた。

 

 加えて、優斗はただ料理を作るだけではない。性格からか、悩みを抱える客の話を聞いてしまい、その人に合ったメニューを出したり、時にはS.O.N.G.関連にも巻き込まれる。

 

 転生の際に得た「頑丈な体」をもってしても、精神と肉体の両面に蓄積された疲労は、確実に彼のキャパシティを削り取っていた。

 

(明日の仕込みの分、なんとか終わらせたけど……体が、鉛みたいだ)

 

 優斗は腕を持ち上げ、アイマスク代わりに目の上に乗せた。視界を遮断することで、少しでも脳を休ませようとする防衛本能だった。

 

 そんな優斗の疲弊を、一階の厨房で最後の片付けをしていた雪音クリスは、痛いほどに感じ取っていた。

 

 シンクに溜まった最後の一枚の皿を洗い流し、丁寧に布巾で水気を拭き取る。カチャリ、と棚に戻す音が、静かな厨房に響く。クリスの表情は、いつもの勝気なものではなく、沈痛な色を帯びていた。

 

(……優斗の奴、また無理してやがる)

 

 クリスは現在、私立リディアン音楽院に通う学生であり、S.O.N.G.の装者としての任務もある。平日のコモドでの手伝いは、どうしても放課後の夕方から夜にかけての時間帯に限られてしまう。

 

 だが、喫茶店が最も忙しいのはランチタイムだ。目が回るようなピークタイム、優斗はたった一人でホールとキッチンを回している。

 

 授業中、ふと時計を見るたびにクリスは思うのだ。

 

 『今頃、優斗はあたし達がいる戦場みたいな厨房で戦っているんじゃないか』と。

 

 一番助けが必要な時に、側にいてやれない。その歯痒さと申し訳なさが、クリスの胸を締め付けていた。

 

「……行くか」

 

 クリスはエプロンを外し、小さく気合を入れ直して階段を上がった。

 

 リビングのドアを静かに開ける。薄暗い部屋の中、ソファでぐったりと横たわる優斗の姿が目に入った。顔を上に向け、腕で目元を隠しているが、口元には隠しきれない疲労の色が浮かんでいる。呼吸も浅く、今にも意識を手放しそうだ。

 

 普段、誰に対しても柔らかな笑顔を絶やさない優斗が、ここまで無防備に弱さを晒している。その事実に、クリスの胸の奥がズクリと痛んだ。

 

 足音を忍ばせて近づき、ソファの傍らに立つ。優斗は気づいていないのか、ピクリとも動かない。

 

「おい、優斗」

 

 わざとぶっきらぼうな声をかけた。優しく声をかければ、彼が心配させまいと無理をして笑顔を作ることを知っていたからだ。

 

 ビクッ、と優斗の肩が跳ねる。腕をどけ、力なく目を開けた優斗が笑みを作るも、どこかぼんやりとした焦点でクリスを見上げた。

 

「あ……クリスちゃん。お疲れ様」

 

 開口一番、自分のことよりも相手を気遣う言葉。それがまた、クリスにはもどかしい。

 

「……すげぇ疲れた顔色してんぞ。その……大丈夫か?」

「え? ああ、平気だよ。ごめんね、クリスちゃんこそ、ただでさえS.O.N.G.の活動もあるし、明日も学校があるのに……遅くまで手伝わせちゃって」

 

 優斗は力なく笑おうとしたが、やはり疲れを隠せないのだろう。頬の筋肉が上手く動いていない。

 

「気にすんな。あたしが好きでやってることだ」

「でも……」

「ったく……! ウジウジ言うな!」

 

 クリスは少し声を荒らげ、優斗の言葉を遮った。これ以上、彼に謝罪の言葉を口にさせたくなかった。

 

 クリスは、ふと視線を優斗の肩に向けた。シャツの上からでも分かるほど、その肩は強張っているように見えた。

 

「……しょうがねえな。あたしが肩でも、揉んでやろうか?」

 

 それは、クリス自身も驚くほど自然に出た提案だった。優斗が目を丸くする。

 

「え、でも……悪いなあ。クリスちゃんも疲れてるのに」

「いいから! つべこべ言わずに大人しくしてろ!」

 

 遠慮する優斗を強引に黙らせると、クリスはソファの後ろへと回り込んだ。優斗の背中が目の前にある。

 広い背中だ、と改めて思う。 いつもこの背中で、店を、仲間を、そして自分を見守ってくれている。

 

 クリスは躊躇いを振り払うように、優斗の肩に手を置いた。そして、ぐっ、と親指に力を込める。

 

「う、わ……っ」

 

 優斗の声が漏れた。

 

 思った以上に、肩は岩のように凝り固まっていた。

 クリスの手は、装者としての訓練によって同年代の少女より力が強いし、指先も少し硬くなっている。だが、その不器用なほどの実直さが、今は優斗の凝りを的確に捉えていた。

 

「痛ぇか?」

「ううん……すっごく、気持ちいい……。そこ、すごく効くよ……」

 

 優斗の身体から、ふっ、と力が抜けていくのが分かった。

 

 体重をソファに預け、クリスの手に身を委ねてくれる。その信頼が、クリスには何よりも嬉しかった。自分の手よりも一回り以上大きく、そして男の人特有の硬さと温かさを持つ肩。それを揉みほぐしながら、クリスの脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。

 

 まだ幼い頃。

 世界的ヴァイオリニストの父と、声楽家の母。音楽に愛され、音楽に生きた両親と過ごした、短くも温かい日々。練習や演奏旅行で疲れた両親の肩を、小さな手で一生懸命に揉んだことがあった。

 

『クリスはマッサージが上手だな』

『ありがとう、クリス。とっても楽になったわ』

 

 父の低い笑い声。母の柔らかな微笑み。

 あの時、二人は優斗と同じように疲れた顔をしていて、けれど今の優斗と同じように、自分に対してとびきりの愛情を向けて笑ってくれた。

 

 あれから何年たったのだろうか。

 

 地獄のような戦いの日々を経て、「家族」という言葉はクリスにとって呪いとなり、そして叶わぬ夢となった。

 温もりを知ることは、それを失う恐怖を知ることと同義だった。だから、誰とも関わらないように棘を逆立てて生きてきた。自分みたいな存在を作らないために戦って来た。

 

 だが今は違う。指先から伝わる優斗の体温。自分の施術に、「ふぅ……」と安堵の息を漏らす声。

 

(似てるんだ……)

 

 このコモドという場所。

 時には優斗と共にキッチンに立ち、料理を作り、客を迎え、一日の終わりにこうして労い合う時間。それは、あの頃失ったはずの「居場所」そのものだった。

 

 血の繋がりなどなくとも、ここにある温かさは本物だと、クリスの心が告げていた。

 不意に、肩越しに感じていた優斗の体重が、より深くソファに沈み込んだ。揉んでいた肩の筋肉から、完全に力が抜ける。

 

 耳を澄ませば、規則正しい、穏やかな寝息が聞こえてきた。

 

(……寝ちまったのかよ)

 

 あまりの無防備さに、クリスは呆れると同時に、口元を緩めた。警戒心の欠片もないその姿は、それだけ自分に心を許してくれている証拠だ。

 

 自分のマッサージで安心してくれたのだと思うと、胸の奥が温かな光で満たされていくようだった。

 

 クリスはそっと手を止め、音を立てないように優斗の前に回り込んだ。ソファに座ったまま、首を少し傾けて眠る優斗。

 その寝顔は、普段のしっかり者な店主の顔とは違い、まるで子供のようにあどけなく、安らかだった。前髪が少し目にかかり、長いまつ毛が頬に影を落としている。

 

(やっぱ……整ってんだよなぁ、こいつ)

 

 まじまじと見つめる。

 

 こんなに近くで顔を見る機会なんて、そうそうない。

 

 視線が、自然と下へと滑り落ちる。整った鼻梁、そして――唇。

 

 クリスの視線が、そこで釘付けになった。

 

 呼吸に合わせて、薄く開いた唇がわずかに震えている。乾燥などしていない、健康的な薄紅色。優斗の唇は、不思議なほど柔らかそうに見えた。

 

(……っ)

 

 ドクン、と心臓が大きく跳ねた。

 見てはいけないものを見ているような、それでいて目が離せない引力。静寂なリビングに、自分の鼓動だけがやけに大きく響く。

 

 無意識だった。

 

 磁石に引かれる砂鉄のように、クリスの上半身がゆっくりと前へ傾いていく。吸い寄せられるように。あの柔らかそうな唇に、触れてみたいという衝動に突き動かされるように。

 

 あと数センチ。

 

 互いの吐息が混じり合う距離。優斗の体温が、顔の皮膚を通して伝わってくる。コーヒーと、石鹸と、ひだまりのような匂い。

 

「……うぅん……」

 

 その時、優斗の喉から小さな寝言が漏れた。

 

 ビクゥッ!!

 

 その微かな音で、クリスの意識は現実へと引き戻された。

 自分の顔が、優斗の顔の目と鼻の先にある。

 

 唇に、彼の吐息がかかっている。

 

「っ!?!?!?」

 

 まるで同極の磁石が反発するように、クリスは弾かれたように身を引いた。

 

 ソファから数歩下がり、自分の口元を手で覆う。顔が、耳まで、いや首筋まで一瞬で沸騰したように熱くなる。

 

(な、ななな、何をやってんだあたしは!? 今、今、キキキキ、キスを……!?)

 

 心臓が早鐘を打つどころか、破裂しそうだった。

 寝ている相手を、しかも無防備なところを襲うなんて。いくら彼が好きだからと言って、やっていいことと悪いことがある。

 

「あ、危なかった……。マジで、何考えてんだ……!」

 

 クリスは両手で自分の頬をパチンと叩き、深呼吸を繰り返した。

 

 すー、はー。すー、はー。

 

 乱れた呼吸を整え、暴走しかけた理性をなんとか檻の中に押し込める。

 ようやく落ち着きを取り戻し、改めて優斗を見る。彼は何も気づかず、相変わらず幸せそうな顔で眠り続けている。

 その無邪気さが、今は少し憎らしく、そして愛おしかった。

 

 ふと、優斗の膝が目に入った。座った姿勢のため、自然に揃えられたその場所。

 

(……ここなら、いいか?)

 

 ほんの、出来心だった。

 キスは未遂に終わった(というより踏みとどまった)が、このまま離れるのは名残惜しい。この世界で一番安心できる場所を、もっと近くで感じたい。

 

 彼が自分にくれた温もりを、自分も分け与えてもらいたい。そんな、甘えにも似た衝動。

 

 クリスはゆっくりとソファの足元、フローリングの床に座り込んだ。

 そして、恐る恐る、優斗の膝に自分の頭を預けた。

 

 ジーンズ越しの、確かな体温。太ももの筋肉の程よい硬さと、伝わってくる脈動。じんわりと、クリスの頬に熱が移ってくる。

 

(あったけぇ……)

 

 それは、どんな高級な枕よりも、どんな分厚い毛布よりも心地よかった。

 

優斗を疲れさせてしまったという罪悪感も、明日の学校のことも、S.O.N.G.の任務の重圧も。この温もりに触れていると、すべてが溶けて消えていくようだった。

 

優斗の残り香に包まれながら、クリスは安堵の息を吐く。重たかった瞼が、自然と閉じていく。意識が、微睡みの海へと沈んでいく。

 

 ――おやすみ、優斗。

 心の中でそう呟き、クリスは深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。優斗の意識は、首筋に走る鈍い痛みによって、ゆっくりと現実へと浮上した。

 

「……ん……」

 

 目を開けると、いつの間にか天井の常夜灯の光が変わっているような気がした。

 

 変な体勢で寝てしまったらしい。首と腰が痛い。

 

(……寝ちゃってたか。やってしまった……)

 

 クリスにマッサージをしてもらっている途中で記憶が途切れている。

 せっかく気遣ってくれたのに、礼も言わずに寝てしまうなんて申し訳ないことをした、と後悔しながら体を起こそうとして――優斗は動きを止めた。

 

 膝が、重い。

 

 何か、温かくて柔らかい重みがある。視線を下ろした優斗は、息を呑んだ。

 

 そこには、雪のような銀髪が広がっていた。

 

 照明の下で冷たい輝きを放つその髪の主は、優斗の膝を枕にして、すうすうと安らかな寝息を立てていた。

 

「クリス……ちゃん?」

 

 声をかけても起きる気配はない。深い、深い眠りの中にいるようだ。

 普段、あんなに刺々しくて、照れ屋で、素直になれない彼女が。

 

 今はこんなにも無防備に、全てを預けきって眠っている。その寝顔は、いつか映像で見た、戦場でノイズを殲滅する「雪音クリス」のものではない。ただの、年相応の少女の顔だった。

 

 優斗の胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。

 それは「守りたい」という強い庇護欲であり、同時に、自分をここまで信頼してくれていることへの感謝と、愛おしさだった。

 

(こんな風に、甘えてくれるなんて……)

 

 優斗は、彼女を起こさないように、細心の注意を払って右手を伸ばし、壊れ物に触れるかのような、震えるほど優しい手つきで。

 

 クリスのサラサラとした銀髪に触れ、ゆっくりと撫でる。

 指が髪を梳く感触。丁寧に手入れされているのだろう、艶やかな髮の手触りは、どんな生地を比べての勝てるほど。

 

その手触りが、その温かさが、優斗の手のひらを通じて心臓へと伝わる。

 

「……んぅ……」

 

 優斗の手の温もりに反応したのか、クリスが小さく声を漏らした。

 そして、膝に頬をすり寄せるようにして、その表情をふにゃりと緩ませた。

 

 とても、心地よさそうな。夢の中で、ずっと探していた宝物を見つけたかのような、幸せそうな顔。その笑顔を見て、優斗の肩から、日々の疲れが嘘のように消えていく気がした。

 

 どんな薬よりも、どんな休息よりも、彼女のこの寝顔こそが、優斗にとって最高の癒やしだった。

 

「……おやすみ、クリスちゃん」

 

 優斗は囁くように告げると、彼女が目覚めるまで、その柔らかな髪を優しく撫で続けた。

 

 静寂に包まれたコモドのリビングには、二人の穏やかな寝息と、確かな幸福だけが満ちていた。

 

 

 

 

 

『オートスコアラー・イン・コモド ~ウエイトレスは派手に地味に大騒ぎだゾ!~』

 

 かつて世界を解剖しようとした錬金術師キャロル・マールス・ディーンハイムが生み出した四体の自動人形(オートスコアラー)。

 

 パヴァリア光明結社との激戦を経て、S.O.N.G.の協力者として新たな生を得た彼女たちには、かつての戦闘機能に加え、ある画期的な機能が実装されていた。

 

 それは、「飲食機能」である。

 

 優斗の作る料理がオートスコアラーにも効果があると知ったキャロル着けた機能。その味の味覚という情報の奔流は、彼女たちにとって未知の喜びであり、とりわけ新城優斗が振る舞う料理――食べた者の運命すら良い方向へ書き換える『運命介入食』――は、彼女たちを瞬く間に虜にしていた。

 

 主であるキャロルがコモドを訪れる際の護衛、という名目で付いてきては、その味に舌鼓を打つ。それが、最近多趣味な彼女たちの共通した日課となっていた。

 

 そんなある日のこと。

 

 キャロルたちの新たな拠点である邸宅にて、一緒に住んでいるエルフナインが、少し心配そうな面持ちで報告を行っていた。

 

「あのね、キャロル。クリスさん達から聞いた話だけど優斗さん、最近とっても忙しいみたいなんだ」

「なに、忙しいだと? あの店が繁盛しているのは今に始まったことではないだろう。それに奏者の奴らや、その周りが偶に手伝っていると聞いているが」

「それが、ここ数日は特に凄いみたいで……。連日お客さんが途切れなくて、仕込みはともかく平日の接客は一人じゃ回らないくらいだって。この前響さんと会いに行った時も、少し……いや、かなり疲れていたように見えたよ」

 

 その報告を聞いた瞬間、優斗のおすすめの紅茶を飲んでいたキャロルの眉が、ピクリと無意識に動いた。

 カップをソーサーに戻す音が、カチャンと硬質に響く。

 

「……優斗が疲弊している、か」

 

 脳裏に浮かぶのは、いつも穏やかに微笑む青年の顔。その笑顔が曇ることを、キャロルは何よりも嫌った。

 

 だが、数百年の時を生きた大錬金術師としての、いや素直になりにくい思いを抱く少女としてのプライド故か、素直に「心配だ」と口にすることを許さない。

 

 キャロルは即座に指を鳴らし、各々リビングで趣味に走っている者も含め、くつろいでいたオートスコアラーたちを招集した。

 

「いいか貴様ら。優斗が人手不足で困っているらしい。オレの『安息の地』が騒がしくなり、機能不全に陥るのは極めて寝覚めが悪い」

 

 ビシッ、と不敵な態度で彼女たちを指差す。

 

「よって、貴様らには社会勉強がてら、優斗の店を手伝わせてやる。オレはその間、エルフナインと共にS.O.N.G.の基地に行かねばならん用事があるからな。……いいか、くれぐれも優斗の手間にならぬよう、完璧に働け。あと、店に寄ってくる有象無象の虫どもを追い払え」

 

 後半の指示に、彼女の本音がだだ漏れであった。

 優斗の負担軽減という純粋な気遣いと、彼に群がる他のヒロインたちへの牽制。

 

 ミカ以外の三人はその真意を察したが、あえて口には出さない。なぜなら、彼女たちにとってもメリットしかない提案だったからだ。

 

 コモドで合法的に働ける。

 

 それはつまり、優斗の側でお手伝いができ、あわよくば賄いが食べられるということだ。レトルトや出前なども悪くないが、やっぱり最初に味わった優斗の料理は特別なのだ。

 

 特にミカは、「やったゾー!」と両手を挙げて目を輝かせた。

 かくして、キャロルの気遣いから始まった、喫茶コモドでのオートスコアラー一日バイト作戦が決行された。

 

 

     

 開店前の喫茶コモド。

 

 お揃いのエプロンを身に着けた四人が並ぶ光景は、壮観であり、同時にどこか嵐の前の静けさを孕んでいた。

 

 その内の一人、ガリィ・トゥーマーンは、その予感を誰よりも強く感じ取っていた。悪辣な所もあり、時には言葉に一部毒を混ぜて吐き、他人をからかう事が多い彼女だが、それでも感性はまだ一般人寄りだった。マスターのであるキャロルのから与えられた指示を再度確認し、これから起こるであろうトラブルを考えてしまい、あるはずのない脳から痛みを感じてしまう。

 

その態度をおくびに出さず彼女は優斗に向き直り、深々と頭を下げる。

 

「店主さん、本日はよろしくお願いいたします。ご迷惑は、決しておかけしません……。精一杯、サポートいたしますのでぇ……」

 

 自分以外のオートスコアラー。自由奔放なミカ、地味と派手の境目が読めないレイア、翼キチのファラ。いかにアクが強いかを熟知しているガリィの声は、無意識に悲壮な決意に満ちていた。

 

 しかし、そんなガリィの内心を知ってか知らずか、優斗はエプロン姿の彼女たちを見て、ほっとしたような、人の好い笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう、ガリィちゃん。キャロルちゃんが気遣ってくれたみたいで……。最近本当にバタバタしてたから、皆さんがいてくれるだけですごく助かるよ」

 

 その純粋な感謝の言葉に、ガリィの胸が内が少しだけ軋む。

 

(ああ、この純朴な店主さんを、どうか絶望させないでくださいよぉ……マスター、どうか夜空の星となって見守ってくださいな)

 

 ガリィが胸の奥底で祈った願い。キャロルが知ったら、かってに殺すな。と言っただろう。

 

 しかし、営業開始を告げる看板が返されたと同時に、その不安は無情にも的中することとなる。

 

「お皿洗い、頑張るゾ!」

 

 キッチンに入ったミカが、非戦闘用の小さな手で、むん!と気合いを入れた。

 

 その意気込み自体は素晴らしい。だが、彼女の興味の対象は労働そのものではなかった。

 優斗がランチタイムの準備で、大量のチキンライスをフライパンで煽っている最中だ。

 ふわ、と立ち上る香ばしいバターとケチャップの香り。

 ミカの視線が、調理台に置かれたボウルの中のチキンライスに吸い寄せられる。

 

(おいしそうだゾ……。ちょっとだけなら、バレないゾ……)

 

 誘惑に負けたミカの手が、音もなく伸びる。

 パクッ。

 

「んむッ!」

「……何やってんだぁミカァ!!」

 

 レジカウンターから監視していたガリィの怒声が飛ぶ。

 しかし、叱られたミカが言い訳をするより早く、優斗がくるりと振り返った。

 

「あっ、ミカちゃん、味見ありがとう! 塩加減、どうかな? ちょっと薄い?」

「ん! んーん! おいしーゾ! 最高だゾ!」

「そっか、よかった。じゃあこの味付けでいくね。じゃあ、次からは声を小皿に分けるから、そっちから取ってね」

「わかったゾ!」

 

 優斗は怒るどころか、ミカのつまみ食いを即座に「味見係」という役割に変換し、笑顔で肯定してみせたのだ。

 

 ほっと胸を撫で下ろすガリィ。しかしミカがやらかした事は事実。

 

「いいんですか?」

「大丈夫ですよ。ああやって美味しそうにしている姿が、一番お客様にも伝わります。それにあんなに喜んでくれるなら、一つや二つ」

「はあぁー。あんまり甘やかさないでくださいようぅ。ミカは最近食べすぎなんですから」

 

 だが、安堵も束の間、今度はシンクの方から不穏な音が響く。

 

「今度はお皿をピカピカにするゾ!」

 

 汚れた皿を手にしたミカが、スポンジに洗剤をつけ、気合十分に磨き始める。

 だが、彼女の出力調整は「戦闘」か「日常」かの極端な二択になりがちだ。

 

 キュッ、キュッ、という音が次第に高まり――

 

 パリンッ!!

 

 甲高い破砕音が、店内に響き渡った。

 

「あっ!」

 

 ミカの手の中で、陶器の皿が無残にも二つに割れている。

 

 キッチンの空気が一瞬凍りついた。

 

 やってしまった、とミカが青ざめ、ガリィが頭を抱えようとしたその時。

 

 誰よりも早く動いたのは、優斗だった。

 

 彼は調理の手を止め、タオルで手を拭きながらミカの元へ駆け寄ると、割れた皿ではなく、まずミカの小さな手を取った。

 

「ミカちゃん、ケガはない? 大丈夫?」

「ご、ごめんなさいだゾ……。割っちゃったんだゾ……」

「ううん、大丈夫だよ。僕が近くで見てあげられなかったからね。……そうだ、ミカちゃんにはこっちの樹脂製のお皿をお願いしようかな。これなら軽くて洗いやすいし、ミカちゃんの力でも安心だよ」

「……うん! わかったゾ!」

 

 優斗はミカを一切責めず、瞬時に彼女の特性に合わせた配置転換を行い、優しく頭を撫でて仕事に戻っていった。

 

 そのあまりの手際の良さと甘さに、ガリィは感心と呆れが入り混じったため息を漏らした。

 

 一方、ホールを担当するレイアもまた、別のベクトルで問題を起こしていた。

 彼女の独特すぎる「価値観」に基づいた接客は、常連客たちを困惑の渦に巻き込んでいた。

 

「……お客様……」

「えっ、な、なに?」

「日替わりランチで栄養を摂取するより、派手なチョコレートパフェで糖分を脳に直撃させる方が推奨されます」

「えっ? ご飯食べに来たんだけど……パフェ?」

 

いきなり選ぼうとしたメニューを否定され、ポカンとする客。

 

「左様です。その日替わりランチを選択しようとする指先、地味に見過ごせません。……いいですか、その定食に含まれる彩りは、彩りは良くてもあまりにも日常の範疇に収まりすぎている。ワタシに地味は、似合わない。そして、ワタシが給仕するお客様に地味な食事も、また似合わない……」

 

「いや、でもお腹空いてるし……」

 

「空腹を満たすだけなら、他の地味な個体に任せればいい。このワタシがオーダーを取るからには、そこに『華』が必要です。デコレーションされたチョコレートパフェ……これこそが、今この瞬間に貴方が選ぶべき、派手な正解。ランチという名の予定調和を、この一撃で派手に破壊なさい」

 

「……(圧倒されている)」

 

 無表情のまま、真面目なトーンで断言するレイア。

 客が困り果てている間に、オーダーを通し終えた優斗がすっとテーブルの横に現れた

「あ、レイアさん、ありがとうございます! ……お客様、すみません。レイアさんは『お客様が本当は甘いものを食べたがっている隠れた欲求を満たすのが、うちのパフェだ』って言いたいみたいなんです。実はうちのチョコパフェ、疲れに効くって評判の自信作なんですよ」

「あ、あー、なるほど? そういうことね」

「食後にミニサイズでお持ちすることもできますが、いかがですか?」

「……じゃあ、その派手なの、食後にもらおうかな」

 

 見事なフォローと営業トークへの変換。

 レイアの極端な提案を否定せず、客のニーズに合わせて着地させる手腕。

 

(……やるわね、店主さん)

(流石だわ。仕事はこなすも、派手を求めるレイアちゃんは一度スイッチが入ると止めどきが分からなくなるのに、ああもあっさりと)

 

 ガリィはレジ打ちをしながら、ファラは後ろでテーブルの上を片付けながら密かに舌を巻いた。

 

 しかし。

 

 本当の試練は、ここからだった。

 

 カランカラン、とドアベルが軽やかに鳴る。

 コモドのドアが開き、現れた二人の姿を見た瞬間、店内に本日最大の爆弾が投下された。

 来店したのは、S.O.N.G.の装者、風鳴翼と天羽奏。どうやら時間を作ってコモドに来たらしい。

 

「いらっしゃいませー! ――つるぎちゃぁーん!!」

 

 ホールの一角で待機していたファラ・スユーフが、翼の姿を網膜に捉えた瞬間、物理法則を無視したような速度で絶叫し、接客業務を完全に放り出して突撃した。

 

「ファラ!? あなたなの?どうしてここに!?」

「お待ちしておりましたつるぎちゃん! 今日も凛々しいです! 美しいです! さあさあ、つるぎちゃんはこちらの席へ!」

 

 ファラは翼の手を取り、強引にカウンターの特等席へと誘導する。その瞳は完全にハートマークになっていた。

 

 そして、その背後に取り残された天羽奏が、不満げに口を尖らせる。

 

「おいコラ、あたしはどこだよ。っていうか、水くらい持ってこいよ」

 

 その言葉に、ファラがくるりと振り返った。

 先程までの熱狂が嘘のように冷めきった瞳で、奏を一瞥する。

 

「あ、添え物の方はあちらの隅へどうぞ」

「誰が添え物だって!?」

 

 奏の怒号が響き渡る。

 翼にへばりつくファラ、あまりに雑な態度にキレる奏、オロオロする客たち。

 店が完全なるカオスに陥りかけた、その時だ。

 

「奏ちゃん! いらっしゃい!」

 

 カウンターの中から、優斗の明るく、よく通る声が響いた。

 その声には、不思議と場の空気を鎮める響きがあった。

 

「今日はカツ丼大盛りで? それとも、いつものハンバーグにします?」

「え? あ、ああ……。じゃあ、今日はカツ丼で」

「了解です! ……あ、そうだ。今、ファラさんが翼ちゃんを案内してくれてるから、奏ちゃんは僕の目の前の特等席へどうぞ! ここなら、揚げたてのカツ丼を一番最初に提供できるから」

 

 優斗はにっこりと笑い、自分の作業スペースの真正面の席を指し示した。

 

 「僕の目の前」「一番最初」。

 

 そのワードは、優斗への独占欲がちょっとだけ強い奏にとって、何よりの鎮静剤だった。

 

「お、おう! ……はあー、···まあ、優斗がそこまで言うなら、そこに座ってやるよ」

「ありがとう! すぐ作るね!」

 

 優斗は奏の機嫌を瞬時に直し、ファラを翼に張り付かせたまま(翼には申し訳ないと思いつつ)隔離し、事態を見事に収拾してみせたのだ。

 その一連の流れを、ガリィは呆然と見つめていた。

 

(……店主さん、あの状況を全部捌ききってる……!? あのじゃじゃ馬たちの扱いを、こうも完璧に……?)

 

 それは、マスターであるキャロルですら手を焼く個性の塊たちを、優しさと機転だけで御している姿だった。

 

(さすが、マスターが認めた安息の地の主……。ただの料理人じゃありませんねぇ……)

 

 ガリィは密かに、優斗に対して謎の戦慄と、深い敬意を抱くのだった。

 

     

 閉店後。

 嵐のような一日が終わり、静けさが戻ったコモド。

 

 ヘトヘトになってテーブルに突っ伏しているガリィ(精神的疲労)と、充実感に満ちた顔のミカたちの元へ、仕事を終えたキャロルとエルフナインが視察に訪れた。

 

「ご苦労だったな。……店は壊していないだろうな?」

 

 開口一番、腕を組んで尋ねるキャロル。

 すかさずガリィが顔を上げ、疲労の滲む顔にニヤリとからかいの笑みを浮かべた。

 

「お疲れ様です、マスター。……店主さんの、いえ、我らが旦那様の働きぶりでも見に来ましたかぁ?」

「なっ……!?」

 

 厄介な仕事を押し付けたキャロルに、仕返しの意味を込めたその言葉に、キャロルの顔が瞬時に林檎のように赤く染まった。

 

「だ、誰が旦那様だ!? ……ガリィ!!」

「おや、図星でしたかぁ? まだ早かったですかねぇ、うふふ」

(マスターってば、人付き合いが絶望的にありませんから、未だにこういう弄りに弱いんですよねぇ。……まあ、そこが可愛いところなんですが)

 

 顔を真っ赤にして怒鳴るキャロル。その様子は、優斗を気遣ってわざわざ部下を派遣した人物のそれとは思えない、素直じゃない反応だった。

 そんな騒がしいやり取りを、優斗が微笑ましそうに見守っていた。

 

 彼はトレイに人数分のスイーツと紅茶を載せて、テーブルへと運んでくる。

 

「皆さん、本当にお疲れ様でした。キャロルちゃんのおかげで、今日は本当に助かったよ。これは、バイト代代わりの特製まかないスイーツです」

 

 目の前に置かれたのは、色とりどりのフルーツとクリームで彩られたパフェやケーキ。

 それを見た瞬間、オートスコアラーたちの瞳が輝いた。

 

「わーい! おいしそうだゾ!」

「いただきます」

 

 一口食べた瞬間、彼女たちの表情が、戦いの中では決して見せない至福のそれで蕩けていく。

 優斗の料理特有の、身体の芯から温かくなり、力が湧いてくるような感覚。それが人形の身体すらも満たしていく。

 

「んー! おいしいゾー! 毎日バイトしたいゾ!」

「……確かに。我々の働きは地味に改善の余地がありましたが、店主さんの作るスイーツの味は派手に完璧です」

「つるぎちゃんも食べに来たし、最高でした! ああ、あのスプーンになりたい……」

「(ファラは放っておきましょう……)はぁ……生き返りますねぇ……」

 

 それぞれが喜びの声を上げる中、ガリィから今日一日の働き(という名の騒動)の報告と、それに対する優斗の完璧なサポート体制を聞いたキャロルは、ふん、と鼻を鳴らした。

 

 そして、優斗が自分のために淹れてくれたアールグレイを一口飲む。

 

 完璧な温度、香り。そして、どこかほっとする後味。

 

 キャロルはツンと澄ました表情を崩さないまま、しかしカップに口元を隠して、ボソリと呟いた。

 

「……まあ、おまえ達にしては及第点だ」

 

 その言葉は、騒動を起こしつつも役目を果たしたオートスコアラーたちと、その全てを受け入れ、完璧にサポートしきった「安息の地」の店主へ送る、キャロルなりの最大の賛辞と感謝であった。

 

 優斗はその言葉を聞き逃さず、「ありがとう、キャロルちゃん」と柔らかく微笑み返す。

 

 その笑顔を見て、キャロルはもう一度紅茶を含み、赤くなった耳を隠すように顔を背けたのだった。

 

 




あんだけ大口叩いておきながら表にこの作品を出すのが怖い、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A


Q、なぜ優斗はバイトを雇ってはいないの?
A、そんなに広くはなく、能力もあってか元々1人で回せるのと、最近は何かと身の回りに、ある程度配慮しなければならなくなったので、雇う雇えなくなりました。もし、この状況が続くようでしたら、おそらく周りが手伝いにローテーションで働きに来る位にやばかった。未来と響?学校とプライベートを気にした優斗が断りました。

Q、オートスコアラー達は優斗をどう思っている?
A、基本好意的に見ています。まずマスターでありキャロルが好意を抱いているのと、最近は楽しそうに笑う事が多いのが一つ。飲食機能によるエネルギーが満たされる感覚と味に餌付けされたのが一つ。あと言うなれば、自覚しているし、特に気にしてはいないが、異形存在である自身達を、特に特別扱いしていない所です。
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