ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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あの日、あの時、あの思い出の中であなたに出会った

あれから僕は生まれ変わり、もうすぐ中学も視野に入ろうとしていた。自分が一度死んで、ここで新しい生を受けたことだけは、今でも不思議と覚えている。

 

今は“新城光一朗”――この世界での僕のお爺ちゃんと、二人で喫茶店に住んでいる。

 

店の名前は「コモド」。音楽用語で「気楽に」「自由な気分」といった意味を持つらしい。お爺ちゃんが名付けたこの店は、活気のある商店街の一角にあり、すぐ近くには威勢のいいお姉さんが切り盛りするお好み焼き屋「ふらわー」なんかもある。

 

この世界での名前と性別は、幸いなことに前世と同じ、新城優斗のままだった。

前世と大きく違うのは、西暦が少し未来に進んでいること。そして、この世界には「認定特異災害ノイズ」という奇妙な災害が存在することだ。

 

何年か前のテレビで、国連総会が特異災害として認定した未知の存在。教科書にも、大きくはないが確かにその存在が記されていた。

ノイズの性質は厄介そのものだ。何もない空間から突如として現れ、人間だけを襲撃する。そして、触れた人間を自分もろとも炭素の塊に変えてしまうという。おまけに、どんな物理的な攻撃も、まるで幽霊のようにすり抜けてしまうらしい。見た目は歪なマスコットのようなくせに、やることはとんでもなくタチが悪かった。

 

一応、そんなノイズにも欠点はある。発生から一定時間が経過すると、自ら炭素化して消滅するのだという。そもそも、人が一生のうちでノイズに遭遇する確率は、通り魔に遭う確率よりも低いとされているから、そうめったに出会うものでもないのだろうけど。

 

僕の両親は、物心ついた頃から海外で働いていて、家にいることはほとんどない。何の仕事なのかと聞いても、「アメリカの方でね」とはぐらかされるばかりで、詳しくは教えてくれなかった。

 

日本に残された僕と過ごす時間は少ないけれど、寂しいと思ったことはない。クリスマスや誕生日といったイベントの時には、どんなに忙しくても必ず帰ってきて、盛大に祝ってくれるからだ。

 

むしろ、その親馬鹿っぷりには少し困っている。再会するたびに大げさに僕の成長を褒め称え、激しいスキンシップをしてきたり、子供には多すぎる額のお小遣いを無理やり渡そうとしてきたりする。お小遣いの大半は、お爺ちゃんに相談して貯金に回してもらっている。

 

そんな両親の姿を見るたびに、お爺ちゃんは呆れ顔で「やりすぎだ」と叱ってくれるのだが、その様子をたまたま目にした常連のお客さんからは、苦笑いを向けられる。正直、少し恥ずかしい。

 

体に関しては、さすがは神様――ナガルサガクさんが調整してくれただけあって、実に健康そのものだ。病気一つかかったことがないし、ちょっとした怪我、例えば痣ができるほど強くぶつけても、気づいた頃には綺麗さっぱり治ってしまっている。筋肉も、鍛えれば鍛えた分だけ素直についてくれるので、今では薄っすらと腹筋も割れてきた。

 

さらに、サービスだったのかは知らないけれど、日本語以外の言葉もすべて理解できるようになった。海外の小説も原書ですらすら読めるし、テレビから流れる外国語のニュースも、なぜかちゃんと意味が分かる。この能力は本当に便利で、今では色々な国の本を読んだり、映画を観たりするのが趣味の一つになっている。お爺ちゃんは、そんな僕を見ていつも不思議そうな顔をしているけれど。

 

僕が外国語を話したら、相手にはどう聞こえるのだろうか。少し気になるが、まだその機会は訪れていない。

 

話は変わるが、僕たちの住まい兼職場である喫茶店「コモド」は、今時にしては少しレトロな雰囲気を漂わせる小さな店だ。

ドアを開けるとカラン、とベルが鳴る。入ってすぐ横にレジがあり、その奥にカウンター席がいくつか。通路を挟んだ向かいには二人用のテーブル席が三つ。店の奥には四人席が二つ並んでいる。縦に長い造りの建物だ。

 

基本的にはお爺ちゃん一人で店を回しているが、僕も手伝っているからか、忙しい時間帯でもなんとか回っている。ちなみに、二階は僕たちの生活スペースになっている。

営業時間は朝8時から夕方18時まで。定休日は水曜日と日曜日で、たまに不定期で休むこともある。制服というほどのものはないけれど、清潔な私服の上に、紺色地に白い音符のマークがあしらわれたエプロンをつけるのが、この店のスタイルだ。

 

僕に料理の才能があることを見抜いたお爺ちゃんは、僕が作った料理を、試しに店で出してみることを提案してくれた。もちろん、お爺ちゃんが味を厳しくチェックし、合格したものだけだ。そして、お爺ちゃんの知り合いだという人に確認を取った上で食べてもらい、好評を得たものはメニューに加えている。

今日も、お爺ちゃんの友人らしい立花さんというご婦人に、僕が味付けを担当したランチセットを提供したばかりだ。

 

 

夕日が沈み、柔らかな月が夜空を照らし始める頃。立花家では、祖母の立花玲子が、家族揃っての夕食を終えた後の団らんの席で、今日あった出来事を実に楽しそうに話していた。

 

「今日はね、友達の光一朗さんの所でお昼をいただいたのだけれど、そこで光一朗さんのお孫さんの優斗くんが、手料理をご馳走してくれたのよ」

 

食べた料理の味を思い出しているのだろう、玲子はうっとりと頬に手を当て、感嘆のため息を漏らす。

 

「あんなに美味しいものは久しぶりだったわ。それに、なんだか気分が良くなって、いつもより元気が湧いてきた気がするの」

 

「そんなに美味しかったんですか。それで、その優斗くんは何歳なんです?お義母さん」

 

質問したのは、立花家に婿入りした立花洸だった。人前に出せるほどの料理を作るのだから、きっと若くても高校生くらいだろう、と彼は想像していた。玲子は、あの愛らしい小さなシェフの姿を思い浮かべながら答える。

 

「確か、響と同じ小学生だって聞いたわ。今月で6年生だから……12歳くらいだったかしら」

「そうなの!?」

 

玲子の答えに、洸の妻であるまりが驚きの声を上げた。自分の娘である響と同じ小学生であることもそうだが、義母をあれほどまでに感動させ、なおかつ自分より年下の子が人に出せるレベルの料理を作ったという事実に、純粋な驚きを感じていた。洸もまた、想像より遥かに若い年齢に、思わずため息混じりの感嘆を漏らした。

 

「おとーさん、おかーさん、どうしたの?」

 

両親の大きな驚きがよく分からなかったのか、まだ小学校に入学したばかりの立花響が、テレビから視線を外し、不思議そうに両親のもとへ駆け寄った。

 

「そうだね。響よりちょっと上の子がね、お婆ちゃんに、とーってもおいしいご飯を作って食べさせてあげたんだって」

 

まりが優しく説明すると、響の目が途端にきらりと輝いた。

 

「どれくらいおいしいの!?」

 

この年から既に食べるのが大好きなのか、『おいしいご飯』という魔法の言葉に、彼女は満面の笑みで食いついた。その食いしん坊な様子に、玲子は微笑ましそうに目を細める。

 

「とってもよ。だから、今度のお休みの日に、響の入学祝いも兼ねて、みんなで光一朗さんの喫茶店にご飯を食べに行きましょうか?」

 

「ほんとう!?やったー!!」

 

おいしいご飯が食べられると聞いて、響は飛び上がって喜んだ。

 

「もう、お母さん、大袈裟よ。パーティはもう済ませたじゃない」

「別にいいじゃないか。お義母さんがあれほど言うんだ。僕もぜひ食べてみたいな」

 

軽く諫めるまりと、すっかり行く気になっている洸。そんな大人たちのやり取りを見ていた響が、何かを思い出したように、おそるおそるといった様子で口を開いた。

 

「ねぇ、おばあちゃん。みくも、みくもいっしょに連れてっていい?」

「みくちゃん?……ああ、最近仲良くなったという小日向さん家のお友達のことね。ええ、もちろん構わないわよ。じゃあ、後でお電話して、行けるかどうか聞いてみましょうね」

「やったあ!」

 

こうして、立花家は響の親友である未来も誘い、週末に喫茶店「コモド」でささやかな入学祝いの食事会を開くことになったのだった。なお、洸があまりにも「優斗くんの料理」に期待を寄せたため、後でまりに少しだけ拗ねられてしまったとか。

 

 

あれから数日が過ぎた土曜日。小学校は休みだが、僕はコモドで、お客さんの少ない時間を見計らってお爺ちゃんから料理の指導を受けたり、自主的に手伝いをしたりしていた。

 

本来なら友達と遊んだりしていてもいいのだろうが、先日、玲子さんからお爺ちゃんに連絡があったのだ。僕が作った料理をたいそう気に入ってくれたらしく、お孫さんの入学祝いの予約をしたい、と。

 

当然断る理由もなく、電話を代わった僕が「僕でよければ、美味しい料理をご馳走します」と伝えると、「ええ、ぜひ優斗くんにお願いしたいわ」と、嬉しい言葉が返ってきた。

そして当日。太陽の光が眩しい昼下がり。いつものように店の手伝いをしながら窓の外を眺めていると、見覚えのあるご婦人が、数人の人たちを引き連れてこちらに歩いてくるのが見えた。

 

ドアが開き、カラン、とベルが小気味よい音を立てる。

 

「いらっしゃいませ。立花さん」

 

ほぼ予約時間通りに来店した玲子さんに、僕はカウンターから出て軽く頭を下げた。

 

「こんにちは、優斗くん。今日はよろしくお願いするわね。それと、名字だとみんなと分かりにくいでしょうから、玲子でいいわよ?」

「はい、玲子さん」

 

確かに、今日はお孫さんへの僕の紹介も兼ねているのだ。分かりやすい方がいいだろう。

 

今回のお客さんは、電話で聞いていた通り五人。髪の色や顔立ちからして、玲子さんを含めた三人がご家族なのだろう。もう一人の黒髪の女の子は、お孫さんと同じくらいの年頃だから、お友達かな。

 

予約席まで案内し、玲子さん以外とは初対面なので、きちんと挨拶をする。

 

「この度は、お孫さんのご入学、おめでとうございます。お祝いの席に僕の料理を選んでいただき、ありがとうございます。新城優斗です」

「はじめまして、優斗くん。俺は立花洸、こっちは妻のまりと娘の響。そして、響の友達の小日向未来ちゃんだ」

「立花まりよ。お母様からお話は伺っているわ。今日の料理、実はすごく楽しみにしていたの」

「はじめまして!たちばなひびき、6さいです!ごはんをたべるのがすきです!」

「ひ、ひびきったら……え、えっと、こひなたみくです……」

 

立花さんご夫妻は、僕の子供らしからぬ丁寧な口調に少し驚いているようだった。

だが、響ちゃんはこれから美味しいものが食べられるのが嬉しいのか、そんなことはお構いなしに、太陽もかくやと言わんばかりの満面の笑顔で、元気よく自己紹介してくれた。

 

もう一人の黒髪の女の子は未来ちゃんというらしい。初対面の場に緊張しているのか、少しオドオドしていたが、元気な響ちゃんの様子を見てか、少しだけ肩の力が抜けたようだ。

 

「うん、よろしくね。今日は頑張って作るから、楽しみにしててね」

「はーい!」

「は、はい……」

 

二人の目線に合わせるように少し屈み、親指を立ててみせる。響ちゃんの元気な返事に引っ張られるように、未来ちゃんも控えめながら笑顔で頷いてくれた。

その素直な反応に、ついつい僕も笑みがこぼれる。こんなに期待されてしまったからには、気合を入れないと。

 

飲み物のオーダーを取り、僕はキッチンへと向かう。今回作るのは、特製のオムライスだ。とろける半熟卵で包むのではなく、昔ながらの、つるりとしたラグビーボール型に仕上げるタイプ。

 

中身のチキンライスは、朝のうちに仕込んである。あとは、丁寧に下味をつけた卵でライスを包み、皿に盛り付けるだけ。ソースは、甘みの強いものと、少し抑えめにしたものの二種類を手作りで用意した。五人の顔ぶれを見て、好みそうな方をかけるつもりだ。付け合わせには、ポテトサラダと温かいコーンスープを添えよう。

洸さんと子供たちは甘い方が好きそうだな。玲子さんとまりさんは、甘さ控えめな方が好みかもしれない。響ちゃんと洸さんには、リクエスト通り大盛りで作ってあげよう。

 

「用意はいいのか?優斗」

 

キッチンで別の作業をしていたお爺ちゃんが声をかけてくれる。

 

「うん。今から持っていくよ」

 

僕は返事をし、出来上がったオムライスを三回に分けて運んでいく。普通サイズが二つ、大盛りが二つ、そして子供用の小さめが一つ。飲み物は紅茶が二つにコーヒーが一つ、そしてメロンソーダが二つだ。

テーブルに運ばれてきたオムライスに、全員の視線が釘付けになる。特に響ちゃんは、目をキラキラと輝かせ、口の端からよだれが垂れそうになっていた。今にも落ちそうなそれに気づいた未来ちゃんが、慌ててハンカチで拭ってあげている。

すべての料理をテーブルに並べ、「何かありましたら、お呼びください」と伝えると、僕は一度キッチンに戻った。冷蔵庫からあるものを取り出し、最後の仕上げに取り掛かるために。

 

「「いただきます!」」

 

元気な挨拶の後、スプーンでオムライスを一口。ケチャップライスと卵を一緒に頬張った洸と響の声が、綺麗に重なった。

「「はむっ……うまい!(おいしい!)」」

 

目をこれでもかと見開いて輝かせ、二人はそのまま夢中になってオムライスをかきこんでいく。その勢いに苦笑しつつも、残りの三人も静かにスプーンを進め、その味に舌鼓を打っていた。

 

「はむはむ……♪」

 

未来もまた、オムライスの味にすっかり夢中になっていた。特製の甘いソースが、バターの香り豊かな、ふわふわでありながらとろりとした食感の卵によく絡む。中のチキンライスは、ケチャップの優しい酸味と鶏肉の程よい歯ごたえが絶妙なバランスで、一口ごとに幸せな味が口の中に広がった。添えられたポテトサラダの塩気が、また良いアクセントになっている。

 

まりと玲子が選んだ甘さ控えめのソースは、卵とライスの素材そのものの味をより一層引き立てており、こちらもまた格別の美味しさだった。

周りがまだ半分も食べ終えていないうちに、洸と響はほとんど同時に食べ終えていた。

 

「「おかわり(だ)!!」」

綺麗になった皿を前に、満面の笑みで二人が声を揃える。特に響の口元には、ご飯粒とケチャップが可愛らしく付いていた。その声に気づいた優斗が、すぐにテーブルへやってくる。

 

「はい、ただいまお持ちします。それと、デザートにプリンアラモードをご用意しましたが、お召し上がりになりますか?」

「「プリン!?」」

 

プリン、という言葉に、今度は響と未来の二人が目を輝かせた。甘いものは、やはり老若男女問わず人を惹きつけるらしい。洸たちの表情も、さらにぱっと明るくなった。

 

「それでは、オムライスのおかわりはいかがなさいますか?」

「えっと、俺はまだ食べられるからお願いするけど、響はどうする?」

洸に問われ、響はうーんと唸り始めた。

 

「どーしよーかなー……うー」

 

オムライスもまだ食べたい。でも、おかわりをしたらお腹がいっぱいになって、大好きなプリンが食べられなくなってしまうかもしれない。究極の選択に、響は口を尖らせて真剣に悩んでいた。その様子を見ていた未来が、そっと響に提案した。

 

「ねぇ、ひびき。よかったら、オムライス、はんぶんこしない?そうしたら、どっちもたべられるよ?」

「いいの!?ありがとー!みくー!」

「わぷっ。えへへ」

 

優しい提案に感極まった響が、未来に頭を擦り付けるようにして抱きついた。そして、二人は示し合わせたように優斗の方を向き、こてん、と可愛らしく首を傾げる。「できる?」とでも言いたげな、期待に満ちた瞳で。

 

そのあまりの愛らしさに、優斗は思わず笑みを浮かべて頷いた。

 

「もちろん。じゃあ、二人とも楽しみにして待っててね。すぐ持ってくるから」

「「うん!」」

 

優斗の言葉に、二人はニコニコと元気な返事を返した。未来の顔が、少しだけ赤く染まっている。その光景を、大人たちはなんとも微笑ましい表情で見守っていた。

優斗は再びキッチンに戻ると、手早く大盛りのオムライスと、それを分けるための少し小さめのオムライスを作り、冷蔵庫から仕上げを終えたプリンアラモードを人数分取り出した。

 

「お待たせしました。プリンアラモードとオムライスになります」

 

運ばれてきたデザートに、また歓声が上がる。洸は早速おかわりを受け取り、今度はゆっくりと味わうように食べ始め、響と未来は、仲良くお皿にオムライスを分け合いながら、楽しそうに頬張っていた。

 

その日のコモドは、終始、楽しそうな笑い声に包まれていた。

 

客席に目をやりながら、優斗は胸に温かいものがこみ上げてくるのを感じていた。人が自分の作ったもので笑顔になり、幸せそうに話している。その光景が、背筋がむず痒くなるほど嬉しかった。

 

「ようやったな、優斗」

 

背後から、光一朗が労いの言葉と共に力強く背中を叩いてくれた。

 

「うん」

 

お爺ちゃんの素直な褒め言葉に、少し照れ臭くなって。優斗は指で頬をかきながら、短く返事をした。

 

 

数年後。リディアンの寮にて

月明かりが煌々と部屋を照らす夜。リディアン音楽院の女子寮、その一室。私は、二段ベッドの下段で、疲れからか一足先に眠ってしまった響の隣に、そっと体を滑り込ませた。

 

「……んぅ……オムライスぅ〜、おかわりぃ〜……」

「ふふっ」

 

すぐ隣から聞こえてきた寝言に、思わず笑みがこぼれる。気持ちよさそうにすうすうと寝息を立てる親友の頬を、指先で優しくつついた。

耳に入った寝言から連想したのか、ふと、遠い昔の記憶が脳裏に蘇ってきた。

 

「もう、あれから何年も経っちゃったんだな……」

 

浮かぶのは、初めてできた親友に誘われて、立花家の皆さんと一緒に訪れた、あの小さな喫茶店。残念ながら、あの時、私の両親は仕事の都合で来られなかったけれど。

 

(初めての場所で緊張して、人見知りをしていた私を解きほぐしてくれたのは響。そして……優斗さん)

 

優斗さんの名前を心の中で呟くだけで、頬が熱くなるのを感じる。私は、体を起こし、ベッドサイドに置いてある小物入れに目をやった。そこには、少し使い古されてくたびれてはいるけれど、今でも綺麗な白色を保っているリボンが、大切に仕舞われている。

 

あれは、あの食事会の帰りに、優斗さんがお土産にくれた手作りクッキーの袋を結んでいたものだ。

 

『はい響ちゃん、未来ちゃん。どうぞ』

 

帰り際、彼は私たちの目線に合わせて膝を折り、優しい笑顔で小さな袋を手渡してくれた。まるで、物語に出てくる王子様みたいで。あの時の私は、嬉しさと恥ずかしさで心臓がドキドキして、小さな声で「ありがとうございます」と受け取るのが精一杯だった。

 

(でも響ったら、「ありがとう!」って元気よくお礼を言ったかと思ったら、その場で袋を開けてクッキーを食べちゃうんだから……。理由を聞いたら、「だって、美味しそうだったから」なんて言って。思わず、みんなで笑っちゃったっけ)

 

楽しかった記憶に、またクスクスと笑いが込み上げてくる。

 

「うぅん……」

 

隣で響が寝返りを打った気配に、私は思考の海から引き戻された。胸の中を流れる、このトクトクという心地よい温かさに浸りながら、私もそろそろ眠ることにしよう。

明日のためにセットしたアラームの時間を確認し、元の位置に戻す。体制を整え、布団をかけ直した。

 

「おやすみ、響」

 

安らかに眠る親友の寝顔にそう囁きかけ、私も静かに目を閉じる。

心の中では、これまで三人で過ごしたたくさんの思い出と共に、いつまでもこうして一緒にいられますように、と強く願っていた。

向かい合って眠る私たちの表情は、窓から差し込む月明かりよりも、きっと柔らかく、そして眩しい笑顔だったに違いない。

 




本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、今の優斗の料理をお客様に出していいの?
A、光一朗は孫バカですが。仕事に誇りを持つ人です。認めているということは、つまり、そういうことです

Q、響の母と祖母には名前がないはずでは?
A、ライディーンネタです

Q、響と未来の馴れ初めは
A、隣の席になった響がグイグイいった結果です

Q、なぜ未来は一目惚れした?
A、ひびみく的に言うと、優斗は未来から見て「春風が吹く大樹」です。後、優斗の行動が乙女心にヒット

Q、なぜ最後は数年後
A、やってみたかった

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