ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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最後まで書いた後に気づいたけど、かなりタイトなスケジュールでキャラが動いていることに気づいてしまった。出来れば気にしないでください。あと、設定が忘れそうになっていて、読み返すとこんな事書いたっけ?なんて不思議に思います。長編小説を書いている人はすごいなあ。


ちなみに、現時点でAXZはまだアニメ本編を未修得だったりします。主な知識が、公式サイトとかwikiとか二次創作とかだったり。


すべては、愛する人のために

優斗たちが地球を離れて月面へ向かってから、まだ二、三時間ほどしか経過していない頃の出来事だった。

 

「おっす。来たぜ旦那」

「ただいま到着いたしました」

 

分厚い気密扉がスライドする低い駆動音と共に、天羽奏と風鳴翼がS.O.N.G.潜水艦の司令室に姿を現した。

室内には冷たい青色の照明が落ち、巨大なメインモニターの前には弦十郎をはじめ、クリス、マリア、切歌、調、そしてセレナといった装者たちがすでに顔を揃えている。自分たちが最後だと気づき、奏と翼は少し気まずそうに歩み寄った。

 

「ごめんごめん、あたし達が最後か。もしかして待たせちまったか?」

「いや、時間通りだ」

 

弦十郎は左腕の無骨な腕時計へ視線を落とし、予定時刻ジャストであることを告げる。その横からクリスが軽く息を吐いて奏の言葉を遮った。

 

「気にすんな、奏先輩。あたし達もついさっき、急に呼び出されたばっかりだからな」

 

つい先程まで、クリスは主のいない『喫茶コモド』の居間で寂しさを紛らわす為、響や未来たちとのんびりテレビを見ながら煎餅をかじっていたのだ。優斗の規格外な月への出発から、まだ数時間。平和な休日モードから一転しての緊急招集にクリスの口調は、頑張っている優斗には悪いと思いつつも、ほんの少しだけ面倒くさそうな響きが混じっている。

 

その短いやり取りの隙間を縫うように、壁際に寄りかかっていたマリアが、長い桃色の髪を揺らして鋭い一瞥をくれた。

 

「私としてはもう少し遅く来ると思っていたから、安心したわ」

「もう、そう言って。マリア姉さん、奏さん達が時間が近いのに来ないことを『もしかして何かあったのかしら』なんて心配したくせに。まるでお母さんみたいですよ」

「そうだよ、マリア」

「最近マリアは、小言が多くってまるでマムのようになってきたデス」

 

張り詰めていた司令室の空気が、セレナたちの無邪気な暴露によって一気に弛緩する。

マリアは後輩を案じる優しさを必死に隠していたのに、実の妹にあっさりとバラされた挙句、調に同意され、切歌からは今も慕っている養母(ナスターシャ)のようだとまで言われてしまった。

 

「誰がお母さんよっ! いつも早く来ている貴女が、翼といるのに中々来ないのがちょっと気になっただけだから!」

「はいはい、分かってる分かってる」

 

顔を真っ赤にして抗議するマリアの肩を、隣にいたクリスが「理解者」のような顔つきでポンポンと叩く。

少し前までは自分が皆からいじられるポジションだったクリスにとって、今のマリアの姿はなんだか懐かしくもあり、自分がいじられ役から解放されたことに密かな安堵を覚える瞬間でもあった。

 

「っと、マリアいじりもここまでにして、と。おっさん。急にみんなを集めて何があるんだ?」

 

むくれるマリアを綺麗にスルーし、奏が真剣な表情へと切り替えて弦十郎に本題を促す。司令官である弦十郎もまた、柔らかな目元を引き締め、重々しい声で告げた。

 

「実はだな、厳重に保管されている聖遺物が狙われていると、ある筋からリークされた情報が入った。リークしてくれた彼女はその聖遺物の強奪をを阻止してほしいとのことだ」

「聖遺物だぁ?つーか、やけに煙にまかれた言い方じゃねーか」

「それはどこからの情報ですか? そもそも、その聖遺物と場所はどこなのですか?」

「護衛の依頼でも入りましたか?」

 

クリスが怪訝そうに眉をひそめ、翼が即座に情報の出どころを、セレナが内容から護衛の依頼かと問いただす。

答えたのは、オペレーター席でキーボードを叩いていた友里あおいだった。彼女はモニターの光を眼鏡に反射させながら、ひどく気まずそうに口を開く。

 

「それを話すと、まあ複雑な所なのだけど…」

「隠していても仕方ないさ。なにせリークしてきたのがこれから阻止するはずの、同じ組織……パヴァリア光明結社からだし」

「パヴァリア? というと……」

 

同じくオペレーターの藤尭朔也の言葉に続き、セレナがかつての記憶を辿るように呟く。予想外の名前が出たことで、室内の温度がスッと下がった。

 

「私達がアメリカに宣戦布告した事件……F.I.S.に支援した謎の組織」

 

セレナが呟いたその言葉に、続けてマリアの表情がスッと真剣なものへと引き締まった。

 

「世間ではドクターが非人道的な実験体にされた子供たちのために立ち上がり、マリア達に協力を呼びかけて成し遂げた、命を懸けた救出劇として英雄視された……あの事件にも関与していたみたい」

 

調もまた、当時の出来事を引っ張り出すように淡々と状況を口にする。

 

「あのあと暫く、新聞や雑誌にドクターの顔ばっかり載るから、本性を知っているこっちからしたらうんざりしたデス」

 

切歌は「うげー」と嫌なものを思い出したように舌を出し、心底うんざりした様子で評価を下した。

 

かつてF.I.S.に日本からクーデターを仕掛けた一件。

 

「そして、優斗を狙い、キャロルに阻止された組織か」

 

さらに言えば、パヴァリア光明結社は停戦協定を結ぶ直前、彼女たちが誰よりも大切に想う青年――新城優斗の身柄を狙った組織でもあるのだ。

 

奏の一言で、空気がピシリと凍りついた。知らぬ間に終わった事とはいえ、思い返すだけで愛する男を危険に晒した相手への怒りが、装者たちの瞳に仄暗い炎を灯す。

 

「でも、了子さんとキャロルでボッコボコにして、もう手を出さないと約束したんデス、よね?」

「ああ。知っての通り停戦協定はすでに結ばれている。だが、了子くんとキャロルくん。そして相手方の幹部による契約がもう一つあった。その対価としてもらった情報、それが今回の任務に関わってくる」

 

重くなりそうな空気を振り払う様に疑問を口に出し、顎に指を当てて首を傾げる切歌に対し、弦十郎は冷静に頷き、言葉を継いだ。

 

「優斗くんが月に行くことになったのは皆も知ってるはずだ。了子くんはそもそもだが、キャロルくんがここにいないのは、その付き添いと護衛を兼ねている」

「本人から聞いたときは冗談か、何かの隠語かと思ってたけど……なぜ優斗なんだ? そりゃ、あいつの料理は凄い力を持ってるけど、現地協力者扱いとはいえ、立場は民間人だろ?」

 

奏が納得がいかないというように唇を尖らせる。優斗が月へ行ったと事後報告を受けた時の、彼女たちのパニックと絶望感は筆舌に尽くしがたいものがあった。

 

「それに、未来さんと響さんに言っても良かったんですか?」

「あの二人は現地協力者としての立場を持ってもらっているし、知ってたほうが精神が安定するわ。一度見学したときに皆の実力を見たから、少なくとも危険に陥ることはないと安心すると思うの」

「最悪、テレポートジェムで地球へ直に離脱できる所も大きいな」

 

調の疑問に、あおいと朔也が順番に答える。

民間人である響や未来が事実を知っているのは、不安にさせないためのS.O.N.G.なりの配慮だった。

 

「そこでパヴァリアとの契約の話になるが、月に遺跡があることを、マリアくんたちは知っているな」

「ええ、マムから聞いたことがあるの。あの決起した時に、もしアメリカから譲歩されずに宣戦布告され、S.O.N.G.にも保護されず全てと敵対した時……『フロンティア』を起動させてアメリカ全土とも相手取る流れを覚悟していたと言っていたわ。説明を受けたその時にフロンティアは月の遺跡に何らかの関連性があるとマムは言っていたわ」

 

司令室のメインモニターに、無機質な灰色の月面写真が映し出される。かつての非情な計画を口にするマリアの表情は僅かに硬い。平和裏に終わったとはいえ、一歩間違えれば世界を敵に回していたというひりつくような記憶が疼くのだ。

 

「そう言えば、フロンティアってなんなんだ? おっさん達が話していたのは知っているけど、詳しくは知らなかったな」

 

奏が不思議そうに首を傾げた。あのクーデター事件は優斗たちの介入もありスピード解決したため、フロンティアの詳細は最前線の装者たちに知らされず、そのまま国連の厳重な管理下に置かれていたからだ。

 

「マリア姉さんの続きを話しますと、フロンティアは簡単に言うと宇宙船です。了子さんが言うには、昔に存在していたカストディアン、またはアヌンナキの乗っていた船らしいです」

「宇宙船ですって!?」

「フロンティアは了子くんが名付けたコードネームであって、正式な名前は『鳥之石楠船神(あめのとりふね)』。日本神話に登場する、天翔ける船のことだ」

 

途方もないスケールの事実に翼が思わず声を上げ、弦十郎が腕を組んで重々しく神話の名称を補足する。だが、奏はまだ腑に落ちない様子で腕を組んだ。

 

「でもそれが、優斗を連れて月に行く理由になんねえだろ?」

「それがそうでもないんだ。前に了子くんが説明した優斗くんの力……それが月にある遺跡の起動に関わることらしい。だから了子くん達は、優斗くんも月に連れて行ったのだ。そして、パヴァリアの幹部との契約内容が」

「ここまで聞いたらあたしでもわかったさ。つまり、月の遺跡に入ることか」

「そういう事になる。そしてこれは、了子くんの願いでもある」

 

櫻井了子――いや、フィーネは、数千年の時を超えてついに愛する者の元へ辿り着こうとしていた。

彼女は何よりも愛すべき人である『エンキ』に対し、何度生まれ変わり、どれだけの血と犠牲を生み出してでも会いに行くと、己の魂と世界の全てを賭けてきた存在だ。その永きにわたる悲願が今、月という遥か彼方の地で叶う時が来たのである。

愛する人に会う。言葉にすればひどく簡単で、ありふれた願いだ。だからこそ、会えない時の途方もない苦しみと孤独は、言葉では表せないほど深く暗い。

 

優斗という、代えがたい「愛する人」を持った少女たちには、フィーネの狂気にも似た情念と焦燥が少しだけ理解できてしまった。

冷たい空調音が響く司令室は、水を打ったように静まり返る。

 

フィーネという一人の女が抱え続けた想いは、安易な同情を寄せられるほど軽いものではない。装者たちは皆、自身の胸の奥にある優斗への温かい思いをそっと抱きしめるようにして、ただ静かに視線を落としていた。

 

「了子くん達なら、必ず優斗くんを安全に連れて帰ってくるさ。……話が逸れたな。リークの内容だが、聖遺物として保管されているオートスコアラーをパヴァリアの首領が直々に狙うほどらしい。パヴァリアはアルカノイズを率いて軍が護衛している施設を襲撃し、場が混乱した隙に、裏で繋がっていた高官から聞いた保管庫から目当ての物を取り出す手はずだ。我々が行うのは、先んじて現地へ向かい、襲撃を阻止することになる」

「それで、任務の内容は分かりました。では、その場所はどこですか?」

 

話を戻し切り替える弦十郎。一通り状況を把握したセレナが、最後に核心を突く。

 

弦十郎は頭に入っている情報をすらすらと読み上げていたが、目的地の名を発する時だけ、一瞬、ひどくためらった。まるで、その言葉が誰かの古傷をえぐる刃になると知っているかのように。重苦しい沈黙の後、彼が絞り出した地名は――

 

「……目的地は、バルベルデだ」

 

バルベルデ。

 

それはクリスにとって、最愛の両親の命が理不尽に奪われた場所。そして、奴隷のような生活を強いられ、彼女の全ての不幸が始まった呪われた地の名前だった。

 

「バルベルデ、か……」

 

クリスの顔からスッと表情が抜け落ち、声のトーンが極端に低くなる。

 

フィーネと和解する前に弦十郎から彼女の壮絶な過去を聞かされていた奏と翼は、痛ましげな眼差しをクリスへ向けた。マリアたちも、クリスを中心に渦巻く重く暗い空気を察し、自然と口を噤む。

 

「この任務は強制ではない。クリスくん、君は……」

「あたしに問題はねえさ」

 

弦十郎の配慮を、クリスは即座に遮った。

強がりではない、と言い聞かせるような声色だったが、ギュッと押し殺された表情は、誰の目から見ても無理をしていることが明らかだった。

 

クリスの脳裏には、焼け焦げた大地の匂いと、かつて姉のように慕っていた褐色肌の女性の悲しげな笑顔がフラッシュバックしている。

 

「クリス……」

「大丈夫さ、先輩」

 

心配そうに肩へ手を置いた翼に対し、クリスはその上に自分の手を優しく重ねてみせた。そして、張り詰めた空気を誤魔化すように、ふっと口元を緩める。

 

「あたしが考えていることは、また別の話さ。それに……月で兎を追ってる優斗が、危険を承知で頑張ってんだ。い、一緒に住んでるあたしが、やらないわけがないだろうが」

 

頬を微かに染めながら、クリスは不器用にそっぽを向いた。

重苦しかったバルベルデの因縁すらも、優斗への健気な恋心と、マリアや奏へ向けた唐突な「同棲マウント」によって、半ば強引に上書きされて消え去ってしまったのである。

 

「ほーぅ。それは、ここ最近忙しくて中々優斗に会えないあたしへの当てつけかな〜、ん〜?」

「あてててて! 痛い、先輩! ギブ、ギブっ!」

 

挑発の響きを敏感に察知した奏が、背後からクリスの頭をガッチリとロックし、両手首でこめかみをぐりぐりと力強く擦り上げた。そこには、同棲マウントに対する少しばかりの本気の嫉妬と怒りがこもっている。

 

「っていうかクリス!一緒に住んでんのなら絶対優斗が月に行くのを知ってただろっ!……いやまて。そういや、あの時のリアクションがどうも薄いと思ったらあっ!」

 

痛みにバタバタと暴れるクリスと、意地悪く笑う奏。しかし、優斗が月にいったと言われた時に、思い出せばクリスだけやけに冷静だった。

 

奏は黙っていたクリスへの罰として、更に拳の回転を上げていった。流石に悪いと感じていて、黙って受けていたクリスも流石に猫のような悲鳴あげるしかなかった。

 

その身体を張ったフォローのおかげで、司令室に立ち込めていた暗い影はすっかりと払拭され、いつもの穏やかで騒がしい空気が戻ってきた。

 

「もう、二人とも遊びはそこまでにしなさい。……でもクリス、抜け駆けは許さないからね」

「そうデス! アタシだって優斗さんには……あ、いや、なんでもないデス!」

「切ちゃん、顔が真っ赤……。でもクリスさん、あまり優斗さんを独り占めするのはズルイと思います」

「ふふっ。優斗さんが帰ってきたら、今度は私達もコモドでお泊まり会をさせてもらいましょうか」

 

マリアが呆れたようにため息をつきつつも、ちゃっかりと牽制を入れる。

 

先日、優斗への明確な恋心を自覚したばかりの切歌が墓穴を掘りかけ、調がジト目を向け、セレナが悪戯っぽく笑った。民間人の喫茶店に国連直轄組織の少女たちが大挙して押し掛ける構図を想像し、冷たい金属に囲まれた室内にくすくすとした温かい笑い声が広がる。

 

そんな和やかな空気を壊さぬよう、翼が静かに弦十郎の隣へと歩み寄り、小声で問いかけた。

 

「司令。……一つ疑問が。バルベルデは現在、内戦状態の紛争地帯です。いくら我々が国連直轄のS.O.N.G.とはいえ、他国の軍事施設に無断で介入すれば、国際的な問題になるのでは?」

 

翼の指摘はもっともだった。超常災害の解決が目的とはいえ、複雑な政治情勢が絡むバルベルデに正面から乗り込むのは、あまりにリスクが高い。

弦十郎は困ったように頭をボリボリと掻き、周囲に聞こえないよう声を潜めてから、この任務の『裏の事情』を語り始めた。

 

「その点については問題ない。実はな、パヴァリア光明結社の手は、世界各国だけでなく、我が日本の政府内にも深く浸透していたんだ」

「日本政府にまで、ですか……?」

「ああ。だが安心してくれ。内閣情報官である八紘の兄貴が水際で防ぎ、防衛や安全保障の重要な中枢役職には入り込めないよう徹底的に抑え込んでいた。……とはいえ、末端や他国にはそれなりの数の息がかかった者たちがいる」

 

弦十郎の口から語られたのは、翼の実父でもある風鳴八紘が、日本の影で繰り広げていた見えない防衛戦の事実だった。

 

「今回は、我々に情報をリークしてきた幹部……カリオストロの手引きがあってな。彼女が結社内で裏工作を行い、我々S.O.N.G.がバルベルデの軍事施設に介入しても、現地政府や事情を知らない他国から一切の指摘を受けないよう、すでに政治的な『道』を作ってくれているんだ」

「敵の幹部が、我々の介入を隠蔽してくれていると……」

 

青白いモニターの光が、思案顔の翼と弦十郎の横顔を照らす。

パヴァリアの首領が動き、その幹部がS.O.N.G.に情報を流して裏工作まで行う。敵組織の内部で起きている深刻な亀裂と、思惑の交差。

事態は単純な武力衝突ではなく、より複雑な盤面へと移行しつつあることを、翼は静かに理解した

 

「司令。……もう一つだけ。お父様が動いていたということは、あの人――風鳴訃堂は、今回の件や優斗に対して何も手を出してこなかったのですか?」

 

司令室の冷たい青色LEDが、弦十郎の険しいしかめっ面を深く影落とす。彼は重いため息と共に首を横に振り、翼にとって信じがたい事実を口にした。

 

「ああ。何も手を出してこなかった。それどころか……今回の一件も含め、新城優斗が関わる全ての事象に対して、我々に『日本国内における、あらゆる特権の行使』を許可するとまで言ってきたんだ」

「なっ……!?」

 

翼は驚愕のあまり息を呑み、冷や汗が背筋を伝うのを感じた。

 

風鳴訃堂といえば、日本以外の全てを敵とみなし、国益のためならば他者がどうなろうと心一つ動かさない、冷徹で厳格な老人だ。その怪物が、たった一人の青年にそこまでの便宜を図るなど、天地がひっくり返ってもあり得ないはずだった。

 

「あのお祖父様が……一個人を、そこまで気に入っているとでも言うのですか?」

「俺も気になって、直接問いただしたんだがな……」

 

弦十郎の脳裏に、薄暗い日本家屋の奥で響いた、枯れ木が擦れ合うような不気味な哄笑が蘇る。彼は忌々しそうに腕を組み、怪物の言葉をそのままなぞった。

 

「『あやつは魔性の男よ。あれは全てを飲み込む器たり得る。この日ノ本にいるうちは、何も問題なかろうて』……あの男は、底知れぬ笑みを浮かべながらそう言っていた」

「魔性の男……優斗さんが、全てを飲み込む器……?」

 

空調の低い唸り音だけが、不自然なほど明瞭に翼の鼓膜を打つ。

 

優斗のどんな相手をも全肯定する底知れぬ受容力を、あるいは『運命介入食』の奇跡を、あの老練な怪物はどう評価し、何を企んでいるのか。

薄暗い底なし沼を覗き込んだような悪寒に襲われ、翼は訃堂の真意を全く測りかねて、ただ深く黙り込むしかなかった。

 

 

 

同時刻、カリオストロは自らの上司を完璧に欺くための嘘を吐いていた。

 

パヴァリア光明結社の局長室。最高級のフカフカとした絨毯が敷かれたその薄暗い部屋の奥で、端正な顔立ちの男が窓の外へ向けて、豪華な革張りの椅子に深く体を沈めている。目深に被った帽子の下から覗くのは、結社を束ねる局長、アダム・ヴァイスハウプトの冷たい横顔だった。

 

「はいはーい。カリオストロ、ただいま到着しましたー」

 

並の構成員であれば、その場に満ちる威圧感と冷気だけで声も出せなくなるだろう。しかし、勝手知ったるカリオストロにとって、そんな空気はどこ吹く風だった。彼女が心底から心酔し、忠誠を誓っているのはサンジェルマンただ一人。アダムに対しては「ただの上司」以上の感想を微塵も持ち合わせていない。

 

「進捗は、どうだい、見つかったのだろう?」

 

グラスの氷を揺らすカランという音と共に、倒置法を用いた特有の気取った言い回しが静かな室内に響く。

 

「そうですねぇ。肝心の心臓部も無事、博物館からすり替えて手に入れちゃったし。後は本体の人形だけね。バルベルデの高官達との『オハナシ』も済んでますから、それも直に手に入るかと」

 

一応は上司に対する敬語の体裁を保っているが、その口調には隠しきれない軽薄さが混じっている。だが、アダムはそんなマナーの欠如など一切気にする素振りを見せなかった。

 

彼らの話題の中心にあるのは、現在バルベルデにて『聖遺物』として登録・保管されている一体のオートスコアラーだ。

 

その人形の名は、ティキ。

 

かつてアダムが惑星の運行と星図を記録する目的で自らの側に置いていた最高傑作だが、過去にフィーネの手によって奪われ、何の因果か遠く離れたバルベルデの地へと流れ着いていた代物である。

 

「上手くやってるかい、サンジェルマンは、所で」

「ええ、順当に進んでいっているわ。あーし達がバルベルデで事を運ぶのは、もうすぐと言った所ねぇ」

 

赤ワインの芳醇な香りが漂う中、ティキ奪還作戦の是非を問うたアダムは、カリオストロの淀みない報告に満足そうに頷いた。

 

無論、その報告は真っ赤な嘘である。

サンジェルマンは今この瞬間、遥か彼方の月面を歩いている。そしてバルベルデに向かうのはサンジェルマンたちではなく、S.O.N.G.の装者たちと自分になる手筈だった。

 

カリオストロは既に、アダムという男を見限っていた。

 

フィーネやキャロルといった規格外の存在に加え、彼女たちに引けを取らないS.O.N.G.の面々。彼らの力を知れば知るほど、いずれアダムがキャロルたちの推測通りに自分たちを裏切り、切り捨てる未来が容易に想像できたからだ。

 

何より、先日保護した実験体の少女たち(ヴァネッサ達)の凄惨な姿を見て心を痛めるサンジェルマンの姿が、カリオストロの背中を大きく押した。

 

カリオストロがS.O.N.G.へ流したリークを元に、彼女は今回の事件を手土産にして、サンジェルマンたちが正式に国際社会……ひいてはS.O.N.G.へ投降し、受け入れられるための布石を打っていたのだ。

 

あえて国連に対し「バルベルデがアルカノイズを保有している」という情報を裏でリークしたのも、S.O.N.G.の軍事介入に大義名分を与え、迅速に現場を制圧させるため。

「内部分裂を起こしたパヴァリアがアルカノイズでバルベルデを襲おうとしている」とS.O.N.G.にリークした通りに現場を混乱させれば、サンジェルマンたちを「人道的な立場からアダムに反旗を翻した協力者」として、優斗の元へ合流させる道が作れる。

 

愛するサンジェルマンの本当の幸せを願うなら、冷酷なアダムに従うより、あの底抜けにお人好しな優斗やS.O.N.G.側に付いた方が絶対に彼女のためになる。

 

だからこそ、サンジェルマンが月にいるという事実だけは、何があっても悟られるわけにはいかなかった。

 

アダムは何も知らない。

 

自らが血眼になって求める『神の力』が、新城優斗という青年の内にもう既に存在していることを。そして、自身が激しく憎む神が、見向きもしなかったあの荒涼たる月の遺跡に眠っているという皮肉な事実を。

 

パヴァリア結社内において、優斗の極秘情報にアクセスできたのは、意外にもサンジェルマン派閥の三人だけであった。

 

アメリカ政府やF.I.S.支援層にまで広がっていた『フィーネレポート』による優斗の情報は、停戦後にプレラーティが徹底的に回収・隠滅工作を行っていたのだ。そして、回収した情報を共有したのはサンジェルマンとカリオストロのみ。

 

その理由は極めて単純。

 

「アダムの野郎が普通に嫌いだから教えなかった」

 

という、腹心らしからぬ私怨によるものだった。

 

対人能力に長けたカリオストロが地球に残ったのも、気ままに動くアダムを信念を曲げてまで、嘘で足止めし、サンジェルマンを彼の束縛から解放するためである。

 

「それじゃ、あーしは準備があるから失礼するわねぇ」

 

報告を終え、カリオストロは優雅に踵を返した。

背後のデスクでは、ただ安全な場所でワインを傾け、他者の成果を徴収するだけのアダムが座っている。

 

その傲慢な姿を冷ややかな瞳で一瞥した後、彼女は分厚い扉を抜け、静かな回廊を歩きながら、目前に迫ったバルベルデでの大立ち回りに向けて密かに思考を巡らせるのであった。

 




多分この先いれるか分からないので長いけどここに書き出す、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A


Q、なぜ訃堂からの好感度が高いの?
A、原作における訃堂が護国災害派遣法なんて暴挙に出たのは、日本国内で被害が余りにも多かったら。しかしこの小説内では

シンフォギア無印編→ノイズの被害はあれど原作程じゃない上に、強化された奏と翼によって最小限の被害に。元凶のフィーネも投降し、味方に。
シンフォギアG編→アメリカの手先のF.I.S.から反旗を翻した組織としてのフィーネはライブ初日以外目立った事はしておらず、直に鎮圧。その後様々な異端技術と共に投降。以後味方に。ついでに憎きアメリカが勝手に落ちぶれていった。訃堂的にはこの辺が一番気分が良かった。
シンフォギアGX編→キャロルによる世界分解の為の襲撃が無くなり、被害は皆無。気付けば味方に。それどころか、パヴァリアとか言う日本に脅威をもたらす組織を襲撃して戦力を削いでいった。

更に、味方になった人物たちの戦力から、敵対した場合のシミュレートを試算した結果、とてつもない被害が算出されることを知ったので、もう優斗を好きにさせた方が日本の理になると訃堂は考えた。調べた人物像の上、光一郎の孫。店を構えている以上日本に出て行く可能性もなければ、敵対する可能性もない。こんな都合のいい人物に訃堂の好感度は上がりまくりです。ギャルゲーで一発ルート入り出来るくらいには。

翼との婚約も実は、優斗が独り身だと知ったから。最初は危険視した上で取り込む気満々だったが、翼も独り身だし、仲も悪くない。案外丁度いいのではないかと余計な御世話かつ、要らぬお節介も混ざってました。

この作品で一番扱いに困っているアダムの扱いですが、3つ程案があって悩んでいます。なのでここでアンケートを取ります。1つは消えてしまったプロットに元々あった物。2つ目は今の流れが続いた物。ナレーション裏でアダムが負けます。3つ目は完全悪乗り、でも作者が苦手なギャグになる、かも。

  • ハンサムのアダムは裏切りに気づく
  • またしても何も知らないアダムさん
  • お兄ちゃんだよ、僕は、どきたまえ
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