クリスたちがS.O.N.G.の急な任務で出撃していった後、主のいない優斗の家は急にガランとして静まり返っていた。
しかし、優斗と長い付き合いである響と未来の二人は、勝手知ったる我が家と言わんばかりに、広くなったリビングで思い思いにくつろいでいた。
一人でやるテレビゲームにも早々に飽きた響は、ふかふかのソファーに寝転がり、隣に座る幼馴染の柔らかい太ももに頭を乗せ——いわゆる膝枕の状態で、のんびりと漫画のページをめくっている。
一方の未来は、優斗が普段愛用している付箋だらけの料理本を真剣な眼差しで熟読し、脳内で『彼に手料理を振る舞って褒められる甘いシチュエーション』を絶賛妄想中であった。
そんなまったりとした空気が流れる中、響のポケットから「ブッ、ブッ」とスマホのバイブレーションが鳴る。
寝転がったまま取り出して見てみると、高校の友人である板場弓実からで、寺島詩織、安藤創世を含めた三人からの遊びの誘いのメッセージだった。
響は漫画から顔を上げ、スマホの画面をそのまま未来の方へと向ける。
画面の明かりに気づいた未来は、料理本からパチリと瞬きをして視線を外し、差し出された文章を読んでから優しく尋ねた。
「どうする、響?」
「うーん……ちょっと迷ってるかも。お兄ちゃんもいないし、みんなも行っちゃったから、お留守番してた方がいいかなって」
「響が良いなら行こうよ。大丈夫、合鍵なら持ってるから」
未来の白魚のような指先で、チャラチャラと銀色の鍵が軽い音を立てて揺れる。
それを見た響は「あ、それもそっか」と納得しつつ、ふと過去の記憶を思い返していた。
——それは昔、優斗が未来にこの合鍵を渡した時のことだ。
『あの、これって……! 好きな人に鍵を渡すってことは、つまりその、家族になる前提というか、いつでも帰ってきていいよっていうプロポーズ的な……っ!? 違う、私まだ中校生だし、でも優斗さんがそう言うなら私にも心の準備が……!』
当時、完全に親愛の情(ただの利便性)で渡しただけの優斗は、耳まで真っ赤にして早口で言い訳ともチャンス到来ともつかない言葉をまくしたてる未来を前に、ただただキョトンと首を傾げるしかなかった。——
当時の未来の落ち着かなさっぷりと、見事なまでの空回りを思い出した響は、思わずプッと吹き出しそうになる。
なんとか笑いを堪えつつ、すっかり遊びに行く気になった響は、弓実のメッセージに『了解!』と素早く返信した。
「よしっ! じゃあ未来、行こっか!」
未来の温かい膝枕から起き上がった響は、立ち上がると共に大きく息を吸い込み、思いっきり両手を伸ばして背伸びをした。
その元気な様子を見て微笑んだ後、未来は少しだけ心配そうに眉を寄せる。
「でも、いいの響? クリスちゃんたち、急な任務って言ってたけど……やっぱり心配じゃない?」
「んー……」
響は腕を組んで天井を仰ぎ、少しだけ考える素振りを見せた後、あっけらかんとした笑顔で答えた。
「大丈夫だよ、奏さんたちなら。むしろ……」
「むしろ?」
「相手の方が無事じゃ済まないかもしれないし」
苦笑いで言う響のその言葉に、未来は言葉に詰まり、過去の記憶がフラッシュバックする。
——以前、S.O.N.G.の訓練施設で偶然見せられた、奏や翼たちの模擬戦の記録映像。そこには、ただの人間とは思えない絶叫と爆炎、そして人外魔境としか表現できない常識外れの戦いが繰り広げられていた。——
「……それも、そうね」
未来はそれ以上反論するのを諦め、窓の外の青空を見つめながら、これからクリスたちと対峙するであろう見知らぬ敵へ向け、同情するように黄昏るしかなかった。
空の上の緊張感の中に、ほんのわずかだけノスタルジーな空気が混じっていた。
「久しぶりに乗ると、何だか懐かしいデース」
雲すら下に見える高度三万フィート。
元々F.I.S.から強奪したものが国連政府に徴収されて以来ずっと見ることのなかった機体、急遽貸与されたエアキャリアの薄暗いキャビン内で、切歌が小さな窓に顔を張り付けながら呟いた。
機内の赤ランプが規則的に点滅し、重低音のエンジン音が足元から伝わってくる。かつてF.I.S.として世界を相手取った日々を思い出し、彼女の声には少しだけ郷愁が包まれていた。
「切ちゃん。言うほど前じゃないよ」
隣の座席でシートベルトを確認していた調が、ツインテールの髪を揺らして冷静にツッコミを入れる。
その言葉の通り、彼女たちがマリアたちと共に蜂起し、こうした輸送機で世界中を飛び回っていたのは、つい数ヶ月前の出来事でしかなかったのだから。
かつて彼女たちが拠点としていた旧式輸送機は、S.O.N.G.の誇る超常の頭脳たちによって変態的なまでの魔改造を施されていた。
窓際で無邪気にはしゃぐ切歌と、それを冷静になだめる調。そんな後輩たちの微笑ましい光景を横目に、向かいのシートに深く腰掛けたマリアがふと息をつく。
「でも、前に乗った時より、明らかに速くなっているような気がするわ」
元々は大型のティルトローター(ヘリコプター)型だったはずだが、床から伝わってくる重低音は完全に別物だ。マリアの疑問に対し、隣でS.O.N.G.のタブレット端末を操作していた妹のセレナが、少しだけ得意げに微笑んだ。
「どうやら政府に徴収された際、機能解析に了子さんが呼ばれて、そのまましれっと改造しちゃったみたいですね」
「いつの間に……」
神出鬼没で自由奔放な天才科学者にして先史文明の巫女の顔を思い浮かべ、マリアは呆れたように小さくこめかみを押さえる。
「今回の作戦のように、国家間を飛び回る事が多くなると予感したS.O.N.G.の研究チームが、急遽再改造に踏み切ったらしいです。何でも、アイギスの防盾データを一部流用しているとか」
「道理で。これだけの速度が出ているのに、揺れや加速のGがほとんど無いわけね」
現在、この強襲用エアキャリアは推進器を強力なジェット噴射へと換装し、その巡航速度はマッハ4以上に達している。大幅な速度増加に伴う機体強度の不安は、結界技術(アイギス)の力場データを転用することで完璧にカバーされていた。
さらに、神獣鏡の光学迷彩データを用いたステルス機能まで搭載したこの機体は、まさにレーダー網を掻き潜る極秘任務にはうってつけの化け物空母へと進化していたのである。
結論から言えば、そんな劇的な進化を遂げた機体の中で、ただ一人、過去の亡霊と向き合っている少女がいた。
マリアたちが和やかに談笑する座席から、少しだけ離れた場所。
クリスは、改修に合わせて追加で備え付けられた分厚い防弾ガラスの窓に額を寄せ、飛ぶように流れていく雲の海をじっと見つめていた。
バルベルデ。
両親の命を奪い、自身も戦火に巻き込まれた忌まわしい土地への帰還。それはクリスにとって、避けては通れない過去との対峙だった。
(バルベルデ、か……)
クリスの脳裏に焼き付いた凄惨な記憶が否応なく蘇る。
物資に紛れ込んでいた爆弾が、突然の閃光と轟音と共に弾けたあの日。
瓦礫の山で血を流し、冷たくなっていく両親の亡骸。
何もできず、ただ泣き喚いて横たわる二人を見ているしかなかった幼い自分。
そして、その忌まわしい物資を運んできたのは、クリスがまるで実の姉のように慕っていた褐色肌の女性――ソーニャの姿だった。
泣き叫ぶ自分を必死に抱きしめ、引き留めようとしたソーニャに対し、「お前のせいだ!」と泣き叫びながら責め立てた記憶が、まるで昨日のことのように鮮明に浮かび上がる。
(あん時は、ひどいこと言っちまったな……)
冷静になった今のクリスなら、痛いほど理解できる。
あれは、誰のせいでもない不幸な事故だった。ソーニャが仕組んだわけでもなく、彼女は絶対に悪くない出来事だったのだ。
しかし、その真実を受け入れるには、あの時のクリスはあまりにも幼く、そして傷つきすぎていた。
(もし、また会えたら……)
その時、彼女に何と声をかければいいのだろうか。謝るべきか、それとも――。
「……ス、……リス」
「……」
「クリス!」
いつの間にかすぐ横まで近づいてきていた翼の鋭い呼び声に、クリスはハッと息を呑み、沈み込んでいた意識を現実へと引き上げられた。
「な、なんだよ翼先輩……」
「そろそろ目的地、バルベルデの空域に到着する。降下の準備をしておけ」
任務が間近に迫っているためか、奏から『防人モード』とからかわれるほどに凛とした、剣のような意識に切り替わっている翼が、クリスの肩を軽く叩いて我に返らせた。
「す、すまねぇ……。ちぃっとばかし、考え事しちまってた」
慌てて誤魔化すように謝るクリスに対し、翼は鋭い眼差しの奥に微かな憂いを滲ませ、眉間にシワを寄せて心配そうに問いかける。
「クリス……もう一度だけ聞く。バルベルデでの行動が精神的に厳しいようなら、今からでも——」
「その言い方は野暮天だぜ、先輩」
翼の言葉を遮ったのは、先程までの迷いを振り払うかのような、クリスの力強い声だった。
彼女は顔を上げ、目に確かな光を灯して翼へと真っ直ぐに向き合う。
「知ってるんならわかるだろ? ここが、あたしの正念場だってことが」
そう、クリスは決して無理をしてこの任務に志願したわけではない。
過去の因縁が向こうからやって来たというのなら、むしろ好都合だ。
自分がいない間も、優斗は遥か彼方の月で戦っている。
恥ずかしくて口には出せないが、弦十郎や今は居ない了子という親代わりの大人たちが見守ってくれている。
奏や翼、マリアたちという仲間たちが、自分の背中を預けてくれている。
そして何より、優斗が自分を『家族』として受け入れてくれた、只のクリスとして生きて要られる、帰るべき温かい居場所がある。
「優斗、キャロル、了子の三人が前人未到の戦地に赴いているというのに、この雪音クリス様が過去から逃げて引きこもっているなんて、女がすたるというもんだ」
「クリス...」
「……ふっ、翼。お前の負けだぜ」
二人の間に割って入るように、後ろから奏が楽しげな声でクリスの肩に腕を回した。
「経験は少ないかもしれないけどさ、クリスも立派に一人前になってきてるんだ。先輩のあたし達が、ちゃんと認めてやらなくちゃな」
「奏……」
奏の言葉に、翼はわずかに目を見開いた後、ふっと口元を綻ばせて小さく頷いた。
戦場の上空に到達したのだろう、艦内にけたたましいアラームが鳴り響く。同時に、操縦席からのアナウンスが目標ポイントであるバルベルデ上空への到達を告げた。
「さっ、そろそろ行くぜ! あたし達の歌を届けにさ!」
ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた奏が、発破をかけるようにクリスの背中を力強く叩いた。
「言われなくてもっ!」
照れ隠しのように怒鳴り返したクリスも、その瞳には迷いのない闘志を宿し、部隊の先頭を切って後部の降下ハッチへと移動を開始する。
会話を交わしていたマリアや切歌、調、セレナたちも、奏の背中に続くように次々とハッチへと近づいていく。
「準備はできたぜ、開けてくれ」
『了解! 今からハッチを開放する!』
操縦士の応答と共に、分厚い鋼鉄のハッチが重々しい駆動音を立ててゆっくりと開いていく。
高度数千メートル。急激な気圧差によって発生した暴風が機内を容赦なく蹂躙するが、戦地に赴く装者たちは微動だにしない。彼女たちは意思の強い瞳で、遥か眼下の光景を鋭く睨み下ろしていた。
そこは、豊かな熱帯雨林に囲まれた複数の巨大な軍事基地群に接する街。
しかし、その美しい自然とは裏腹に、地上では政府軍と反乱軍による激しい内戦の真っ最中であり、絶え間ない重火器の閃光と爆煙が雨のように降り注いでいた。
『皆、今の作戦内容は把握しているな』
耳元のインカムから、現在海路でバルベルデへと急行しているS.O.N.G.潜水艦本部——風鳴弦十郎司令の低く落ち着いた声が響く。
「はい。私たちがバルベルデへ降下後、パヴァリアの協力者の手引きで政府軍が展開するアルカノイズを確認。これを速やかに殲滅します。アルカノイズの使用を国際的犯罪として立証し、政府関係者を確保する手筈ですね」
吹き荒れる風の中でも、翼は防人としての冷静さを一切崩さず、流れるように任務の最終確認を口にした。
『それであっている。お前たちより後着になるが、俺たちも国連直属部隊として現場へ向かっている。もちろん、国連の介入許可がこれほど早く下りたのも、協力者によってリークされた情報があってこそだがな』
弦十郎の言葉通り、通常なら煩雑な手続きを要する領空侵犯や他国への軍事介入のハードルは、カリオストロが裏で手を回した周到なリークによって完璧にクリアされていたのだ。
「何だか、見えない誰かさんの掌でダンスしている気分デース」
少しだけ複雑そうな顔をした切歌が、独特の言い回しで肩をすくめる。
「切歌、それじゃ少し意味が違うよですね。帰ったらまた、お勉強しましょうね」
「デデッ!?」
すかさずセレナがその微妙な語彙力の不足を見抜き、ニコニコしながら無慈悲な追加補習を宣告した。絶望した切歌が両頬を押さえてショックを受けるという、激戦地の上空とは思えない微笑ましいやり取りが、冷たい風に溶けていった。
「じゃあ行くぜっ!!」
強風が吹き荒れる中、いの一番にハッチから飛び出した奏。その背中を追うように、翼やクリスたちも次々と大の字になって大空へと身を躍らせる。
螺旋状に落ちていく装者たちは、猛烈な風圧に耐えながら、胸元で待機状態となっているペンダント——聖遺物の欠片——を強く握りしめた。
愛する人たちが待つ場所へ帰るため。そして、歌でこの悲惨な戦場を切り拓くため。
七人の少女たちの決意が共鳴し、胸の奥底から力強い『聖詠』が紡ぎ出される。
それぞれのコマンドワードが虚空に反響した瞬間、眩い光が彼女たちの身体を包み込む。
ペンダントから溢れ出したエネルギーがプロテクターへと固着し、強固なシンフォギアとなってその身に纏われていく。
『Croitzal ronzell Gungnir zizzl――ッ!』
虚空に反響した瞬間、奏の身を燃えるようなオレンジと白の装甲が包み込む。紅蓮の炎を思わせる髪がたなびき、彼女の右手には身の丈を超える無骨な白い槍が握りしめられていた。
『Imyuteus Amenohabakiri tron――ッ!』
鋭い風鳴り音と共に、翼の身体に青と白を基調とした装甲が形成される。脚部には鋭利なブレードが備わり、彼女の手には日本刀のフォルムを持つ青き刃が、冷ややかな輝きを放って顕現した。
『Killter Ichaival tron――ッ!』
真紅の光がクリスを包み、赤と白の重装甲へと変貌する。両腕には巨大なガトリング砲が展開され、無数の銃器を内蔵したその姿は、歩く弾薬庫のように圧倒的な威圧感を放っていた。
『Croitzal ronzell gungnir zizzl――ッ!』
漆黒の闇から現れるように、マリアの身体を白ベースに黒のプロテクターが覆う。かつての絶望を乗り越えた彼女は、奏とは対をなす漆黒の槍を優雅な手つきで構え、鋭い眼差しを地上へと向けた。
『Seilien coffin Airget-lamh tron――ッ!』
純白の輝きがセレナの身を包み、銀色のラインが走る流線型の装甲が完成する。彼女の両手には、素早い連撃を可能にする鋭い白銀の短剣が握られ、背中の妖精のような羽が、その身軽なシルエットをより際立たせていた
『Zeios Igalima raizen tron――ッ!』
鮮やかなエメラルドグリーンと白の装甲が切歌を包み込む。彼女の手には、自身の背丈を優に超える巨大な緑色の刃を持つ大鎌が顕現し、軽々と振り回す姿に、死神のように無慈悲な威圧感を感じる。
『Various shul shagana tron――ッ!』
最後に、ピンクと白の可憐な装甲が調の身体を覆う。両腕には巨大な刃のついた円盤――ヨーヨー型の武装が展開され、掌につながる糸を巧みに操り、回転する刃が鋭い金属音を響かせていた。
オレンジ、青、赤、黒、白、緑、ピンク。
七色のシンフォギアを身に纏った装者たちは、重力に逆らうことなく急降下し、爆炎と硝煙が立ち込めるバルベルデの淀んだ空に、七色の流星が煌びやかな軌跡を描いて降り注いだ。
少し離れた崖の上から、戦場を俯瞰するカリオストロの艶やかな唇には、完璧な弧を描く三日月のような笑みが浮かんでいた。
「ふふっ……いいわぁ。みんな、あーしの書いた台本通りに動いてくれてる」
眼下のバルベルデ市街では、降下した七人の装者たちが政府軍が応対の為に出したアルカノイズを、凄まじい勢いで粉砕し始めている。
パヴァリア結社と裏で繋がり、この国を食い物にしていた政府高官どもは今頃、カリオストロの思惑通りに『聖遺物保管庫』を兼ねた堅牢な結界へと逃げ込み、自ら袋の鼠となっているはずだ。
——数時間前、政府の執務室でのこと。
『いやぁねぇ?国連の犬共が嗅ぎつけてきちゃったみたい。あんた達は早々に避難してちょうだいな』
『な、なんだと!? しかし、我々がここを離れるわけには……!』
怯えとプライドの間で揺れ動く大統領を含めた高官たちに対し、カリオストロはわざとらしくため息をつき、彼らの強欲さを優しく撫でるように囁いた。
『あーし達の『大事な商品』もそこにあるんだし、万が一にも奪われちゃ困るでしょ? あんた達の命と財産、両方を完璧に守れるのはそこだけよぉ』
『……左様か! あの最新型のアルカノイズがいれば我々の勝利は揺るぎないが、念には念を入れねばな……! おい、全員直ちにオペラハウスへ向かえ!』
(オペラハウス、ね)
——己の欲に目が眩んだ高官たちは、カリオストロ達が探していた場所に自ら退路を断って一つの密室に集まるというマヌケな真似を、見事なまでに演じてくれた。
もちろん、彼らが絶対の自信を持つアルカノイズにも、完璧な仕込みが済んでいる。
アダムを裏切ると決めたその日から、カリオストロは密かにバルベルデ軍へ『アップデート』と称してプログラムを書き換えた個体を配布し続けていた。その行動原理は極めてシンプル。『無機物の建造物と、シンフォギア装者のみを狙う』こと。
(これでノイズよる一般人の被害はほぼゼロ。犯罪者の政府高官どもは一網打尽。おまけに、ティキを含めた未回収の聖遺物まで丸ごとプレゼント……)
内乱状態にあったバルベルデの腐敗を事実上鎮圧し、これだけの途方もない『手土産』を持参すればどうなるか。
S.O.N.G.どころか、その背後にいる国連でさえ、サンジェルマン、プレラーティ、そしてカリオストロの三人を保護観察という名目で、喜んで受け入れるに違いない。
すべては、愛するサンジェルマンにこれ以上血塗られた道を歩ませず、温かい居場所へ彼女を導くため。
「さぁ、もっと派手に暴れてちょうだいな、S.O.N.G.のみ·な·さ·ん。あーし達の、新居のチケット代わりなってねー♪」
カリオストロは心地よい風に水色の髪を揺らしながら、自らの掌の上で美しく踊る戦局を眺め、可憐にほくそ笑んだ。
七人の装者たちによる降下作戦は、戦争というより一方的な天災と呼ぶべき圧倒的な蹂躙劇だった。
「まとめて吹き飛べぇッ!!」
クリスが両腕のガトリング砲から無数の銃弾と小型ミサイルをばら撒き、広場に展開していた政府軍の戦車部隊の『砲塔と武装だけ』を正確にダルマにしていく。
その凄まじい爆風を切り裂くように、青と黒の影が左右から駆け抜けた。
「防人の剣、とくと味わえ!」
「道を空けなさいッ!」
翼のアメノハバキリとマリアの黒刃が交差する。戦意を喪失して逃げ惑う歩兵たちを峰打ちや衝撃波で的確に無力化しつつ、群がってくる赤いアルカノイズの波を、巨大な剣閃の大技で一網打尽に薙ぎ払っていった。
切歌の巨大な鎌が旋風を巻き起こして敵の群れを分断し、調のヨーヨーが死角から迫る敵を容赦なく切り刻む。セレナの短剣が軽やかに舞い、奏の槍が真紅の炎となって戦場を制圧していく。
だが、その圧倒的な殲滅戦の最中、鋭い直感を持つ奏が真っ先に戦場の違和感に気づいた。
「……おい翼、アルカノイズが逃げる連中を全然追わねぇ。これは……」
燃え上がる無人の装甲車の残骸に着地し、奏が怪訝そうに槍を肩に担ぐ。本来なら人を襲うはずのアルカノイズが絶対に見せないその挙動に、戦場の熱帯びた空気がほんの少しだけ冷水を浴びせられた。
「ああ。軍事施設や兵器ばかりを優先して破壊し、明らかに人間を避けて動いている」
周囲を鋭く見渡した翼も、油断なく刀を構えたまま頷く。逃げ惑う反乱軍や避難民、あげくの果てには、すぐ横を腰を抜かして這いずる政府軍の兵士には目もくれず、アルカノイズの群れはもっぱら無人の監視塔や弾薬庫へと群がり、炭素の塊へと変えていた。
「まるで、最初から人的被害を出さないようにプログラムされているみたいね……」
「これはパヴァリアの協力者の手による物で間違いなさそうですね」
マリアが不可解そうに呟き、セレナが推測を語る。
「ってもノイズはノイズだ。ぶっ倒しても問題ねえだろ」
クリスが結論付けて警戒を強めたその時だった。
突如として、バルベルデの強烈な太陽の光が遮られ、広大な戦場全体に真っ暗な巨大な影が落ちた。
ゴゴゴゴゴッ、と大気を震わせる規格外の重低音が、頭上から重圧となって降り注ぐ。
「な、何デスかあれ!?」
切歌の素っ頓狂な驚愕の声に釣られ、装者たちは一斉に上空を見上げた。
雲海をゆっくりと突き破って姿を現したのは、戦場の空を覆い尽くすほどに巨大な、威容を誇る所属不明の空中戦艦だった。
その空を覆う鋼鉄の巨城は、バルベルデ政府軍が隠し持っていた狂気の切り札であった。
「ええい、構わん! 撃て、撃ちまくれェッ!!」
部屋ぐらいの広さの操縦席のメインモニター越しに、サングラスを掛けた指揮官らしき軍人が泡を飛ばして絶叫する。
自軍の誇る兵器がたった七人の少女に蹂躙され、頼みの綱であったアルカノイズすら不可解な挙動を見せる異常事態。完全に恐慌状態に陥った彼は、「非常識な化け物には非常識だ!」と狂ったように喚き散らし、眼下にまだ逃げ惑う自国の兵士たちがいるにもかかわらず、巨艦の全砲門を開いて無差別な砲撃と爆撃を開始した。
「チッ……! あいつら、味方ごと吹き飛ばす気かよ!」
頭上から降り注ぐ無数のミサイルと雨霰のような砲弾にいち早く気づいた奏が、忌々しげに大きく舌打ちをする。
「みんな、迎撃するぞ! 街に一発も落とすなッ!」
奏の鋭い叫びに呼応し、七人の装者たちは一斉に空へと武器を向けた。
翼の千を越える青き剣閃が空を覆い、クリスの全弾発射がミサイルの群れを空中で次々と誘爆させていく。切歌と調の連携技が巨大な刃の竜巻となって砲弾をすり潰し、マリアとセレナの白黒の斬撃が雨のように降り注ぐ脅威を的確に薙ぎ払い、最後に奏のガングニールから放たれた極太の槍が、残る爆炎を丸ごと空の彼方へと吹き飛ばした。
「やったぜ! 狂い咲きぃっ!! はーっはっはっは!!」
激しい爆発の閃光を艦橋から見下ろし、指揮官は勝利を確信して狂気的な歓声を上げた。
だが、煙が晴れたモニターに映し出されたのは、無残に抉れた大地でも、血を流して倒れる少女たちの姿でもない。
——数千の重火器の雨を完璧に捌き切り、息一つ乱さずピンピンしている七人の防人たちが、こちらを冷ややかな、あるいは呆れたような目で睨みつける姿だった。
「ば、馬鹿な……化け物どもめッ! ええい、こうなったらヤケだ! 艦を落とせ、体当たりでまとめて押し潰してやるッ!!」
絶望的な戦力差という現実を直視できず、完全に破れかぶれとなった軍人は、血走った目で操舵手から舵を奪い取り、大質量を誇る巨大な空中戦艦の機首を、地上の装者たちへと真っ逆さまに向けた。
迫り来る大質量の絶望に対し、装者たちが選んだのは回避ではなく、空を穿つ前代未聞の迎撃陣形だった。
「翼っ!」
「ああっ!」
空を覆う戦艦の巨体が迫る中、奏が短く叫ぶ。その声だけで長年の相棒の意図を完全に理解した翼は、アームドギアの刀を眩い光と共に巨大化させ、まるでカタパルトのような仰角の砲身型ブレードへと変形させた。
奏は躊躇うことなくその刃の上に跳び乗り、重心を低く落として獲物を狙う獣のように身構える。
「いっちょ派手に打ち上げだっ! 用意はいいかっ!」
「何時でもいいわっ!」
「任せてください!」
背後では、クリスが自身の背丈を優に超える二発の大型ミサイルを生成し、マリアとセレナに向けて不敵に笑う。白銀と漆黒の装者が、それぞれミサイルの弾頭へと軽やかに跳び乗った。
「アレをやるデスよ! 調ぇ!」
「こっそりやった練習の成果、見せよっか切ちゃん」
さらにその後方。切歌が両肩の装甲から頑丈なワイヤーを射出し、左右にそびえ立つ軍事施設の建物上部へと強固に固定する。調が切歌の背中にしっかりと抱きつき、足のローラーギアを激しく回転させながら、限界まで後方へと下がりきった。
――それは、強靭なワイヤーの張力を利用した、巨大な人間パチンコである。
「「「「いけぇぇぇッ!!」」」」
装者たちの呼吸が完全に重なった瞬間、三つの軌跡が地上から爆発的に打ち上げられた。
翼のカタパルトから音速を超えて射出される奏。クリスの放ったミサイルの推進力に乗って空を裂くマリアとセレナ。そして、パチンコの如き反発力で大空へとカッ飛んでいく切歌と調。
「まずは一本!」
誰よりも早く戦艦の高度を飛び越えた奏が、空中で身を捻りながらアームドギアの槍を全力で投擲する。
放たれた槍は空気を焼き焦がしながら徐々に巨大化し、ついには戦艦の半分のサイズにも及ぶ規格外の巨槍となって、艦体の中央部へ容赦なく突き刺さった。
分厚い装甲を紙のように貫き、巨大な艦体を文字通り真っ二つに分断する。
「こっちも負けてられないわね!」
分断され、傾き始めた戦艦の前半部分に対し、マリアがミサイルに乗ったまま仕掛ける。
彼女は漆黒のマントで自身とミサイルを丸ごと包み込み、そのまま激しく回転を開始。ミサイルの爆発的な推進力をブースター代わりにした、強烈な黒いドリルの誕生である。
鋼鉄の艦底を容易く抉り、装甲を撒き散らしながら戦艦の内部を一直線に突き破っていく。
「仕上げといくぜッ!」
「ええ!」
そのまま艦橋部を粉砕して上空へと飛び出したマリアは、役目を終えたミサイルをあっさりと乗り捨て、同じく遥か上空で待機していた奏の横に並び立った。
「「いっけぇえええっっ!!」」
オレンジと黒の二つの影。彼女たちは空中で視線を交わし、炎と漆黒の槍を下段へと構え直す。
重力を味方につけた、渾身の急降下。
二振りの槍が隕石のような速度で、真っ二つになった戦艦の残骸を再び串刺しにする。
その圧倒的な貫通力とエネルギーの奔流に耐えきれず、戦艦の前半部分はすさまじいエネルギーの奔流に耐えきれず、空中で木端微塵に爆散したのである。
奏とマリアが戦艦の前半部を完全に粉砕するほんの数十秒前、残る後半部もまた、容赦のない「切断」と「爆砕」の憂き目に遭っていた。
「いっくデェェェェスッ!!」
地上からのパチンコ射出によって戦艦の真下へと迫っていた切歌は、アームドギアであるイガリマの鎌を二つに分裂させ、さらに自身の背丈を優に超える巨大な刃へと変形させる。
そして、空中で身体を思い切り横に捻り、自らを独楽(コマ)のように激しく高速回転させた。
巨大な二枚の緑の刃が、分厚い戦艦の底面装甲をまるでバターのように滑らかに、そして無慈悲に水平に切り裂いていく。
「はぁああああっ!」
同時刻、ミサイルの推進力で上空へ到達していたセレナは、流線型の短剣に眩い白銀のエネルギーを限界までチャージし、一気に解放した。
空中で無数に分裂した光の刃は、落下する勢いそのままに戦艦の装甲へ凄まじい速度で着弾し、次々と連鎖爆発を起こして鋼鉄の巨体を大きく抉り取っていく。
「ッ!」
その爆発と、切歌の斬撃によって生じた艦体の巨大な亀裂。その奥に、先ほどまで狂ったように砲撃を命じていたサングラスの軍人が、腰を抜かしてへたり込んでいるのが見えた。
(このままじゃ、この人も巻き込まれる……!)
セレナは躊躇することなく亀裂の隙間へ急降下する。悲鳴を上げる軍人の腕をガシッと掴むと、そのままの勢いで艦外へと離脱した。
直後、彼がいた艦橋の床を、切歌の巨大な鎌の斬撃が通り抜け、さらに上空からは奏とマリアの凶悪な槍が突き刺さり、戦艦は完全に真っ二つとなって大爆発を起こしたのである。
空を覆っていた鉄の巨城は、七人の少女たちの手によって無数の火球と化し、重力に従ってバルベルデの地上へと降り注ごうとしていた。
各装者たちが軽やかに地上へと着地したのを確認するや否や、後方で待機していたクリスが動く。
「お残しなんてさせるかよッ! アタシの歌も食らい尽くしやがれぇッ!」
彼女は両足の大型ミサイルポッドを即座に切り替え、全身の装甲から数え切れないほどの小型ミサイルを一斉に展開。空を覆うほどの弾幕を放った。
無数の赤い軌跡が空へ吸い込まれ、落下してくる戦艦の巨大な残骸や瓦礫に次々と着弾。街に被害が及ぶ前に、それらを空中でチリ一つ残さず完璧に消し飛ばしてみせた。
爆炎が晴れ、バルベルデの空に再び青空が戻る中、装者たちが息をつく。
「ふぅー! 綺麗に真っ二つになったデスね! まるで大きなスイカ割りみたいで楽しかったデース!」
「バカ!あんなデカブツそのまま落としたら街が潰れるだろ! アタシに尻拭いさせんじゃねぇ!」
無邪気に自分の斬撃の成果を喜ぶ切歌に対し、ミサイルを撃ち尽くして肩で息をするクリスが、呆れたようにツッコミを入れる。
戦場でも、彼女たちはいつもの調子を崩さない。
「クリス、ナイスフォローだったわ。それにセレナも、よくあの状況でこの男を助け出したわね」
「はい。この人も、後でS.O.N.G.の『交渉』の役に立つかと思いまして」
気絶して白目を剥いているサングラスの軍人を地面に転がし、セレナがにっこりと微笑む。マリアもその手際を褒めつつ、敵の指揮官という絶好のカードを手に入れたことに満足げに頷いた。
「見事な迎撃だった。だが、息をつく暇はないぞ」
一瞬の弛緩を断ち切るように、翼が凛とした声で場を引き締める。彼女の視線の先には、指揮系統を失ってなお蠢く、大量の赤いアルカノイズの群れがあった。
「残存するアルカノイズの掃討と、逃げ遅れた民間人の保護が急務だ。各員、直ちに次の戦場へ移行する!」
「へっ、わかってるって。まだまだ暴れ足りねぇからな。さっさと片付けて、優斗を迎えてメシ食いに帰るぞッ!」
翼の的確な指示に、奏が血気盛んな笑みを浮かべて槍を構え直す。
戦艦という最大の脅威を排除したS.O.N.G.の装者たちは、再び戦場へとその身を躍らせた。
やっとAXZ見終わったけど、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、過去の未来に対し、優斗はどう対応したの?
A、何でも言うことを聞くと、軽率に約束しました。その後の未来は、響いわく少し気持ち悪かったそうです。
Q、マッハ4以上で飛ぶ魔改造エアキャリアですが、いつの間に?
A、政府徴収後、聖遺物を複合した技術解析の為にいつか必要になると睨んだ了子とナスターシャが呼ばれた時に軽く改造されました。その後キャロルの錬金術を入れて再度改造。
Qカリオストロの裏切りと準備の手際が良すぎる。
A、事はキャロルとの交渉後、キャロルがああも変わった事に個人で優斗周りを軽く調べ、伝を使いS.O.N.G.を探りキャロルを含めた戦力を調る。そして交渉時のサンジェルマンの様子とキャロルとフィーネの推測、元々あったアダムへの不信感。そしてヴァネッサ達に起きた出来事で心を痛めながらも自分を封じ込めるサンジェルマンの姿を見て裏切りを決行。
この事は他にプレラーティしか知らず、月に一緒に行っているのも、サンジェルマンの気を逸らさせるためもある。