ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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原作より早くバルベルデ入りしている事で、変わった所もあったりします。しかし、アンケートで誰一人アダムが裏切りに気づかないと思っているのは、流石のアダムというか……

それとアンケートの説明をすると、1と3が奇跡的な確率とご都合主義によって優斗がアダムの手に渡ります。2は言わずもがな。

1は、ピーチ姫よろしくさらわれた後、アダムとの奇妙な生活が始まります。優斗も優斗でアダムを理解しようと歩み寄るので、ここで説得フェイズが入ります。

2は、本当に何も知らないので、最後に情報の暴力で殴られます。

3は、1の内容で進みますが、優斗がうっかりこぼした神周りの情報に勝手に考察、精神的ショックを受けた末に優斗の料理を食べてしまった結果。存在しない記憶を構築。コペルニクス転回で優斗を弟にします。このときの作者は何を考えてたんでしょうね。

アンケートは次の話の投稿まで受け付けます。今のところ、何も知らないアダム優勢なので、最後にアダムが皆にフルボッコナレ裏負けルートで進めております。書けたら戦闘もあるかも




愛の形はそれぞれに

 

激戦の熱がゆっくりと冷めていくバルベルデの市街地。

 

崩壊した軍事施設から少し離れた街の広場では、事態の収束に合わせて迅速に展開した国連軍の保護部隊が、急造の医療テントを設営していた。

 

「痛っ……」

「大丈夫だよ、もう泣かないで」

 

テントの下では、逃げ遅れて負傷した民間人たちが手当てを受けている。

完全に被害をゼロに抑えられたわけではない。だが、あれだけの大規模な市街戦と空中戦艦の墜落があったにもかかわらず、死傷者の数は奇跡と言えるほどに少なかった。

 

その光景を少し離れた場所から見つめていたクリスは、一組の親子の姿に目を留める。

無事だった幼い少女を、その父親であろう男性が涙を流しながら力強く抱きしめていた。かつてこの地で、両親を失ってただ泣き叫ぶことしかできなかった自分とは違う、安堵と希望の光景。

 

「……よかったな」

 

ホッとしたように小さく息を吐き、クリスは険しかった表情を和らげる。

そんな彼女の少し大人びた横顔を、翼が数歩後ろから、まるで成長した妹を見るような優しく静かな微笑みで見守っていた。

だが、その穏やかな時間は、唐突に訪れた足音によって破られる。

 

「えっと……貴女が、国連から私たちを助けに来てくれた方ですよね?」

 

クリスの背後から、遠慮がちな、しかし安堵に満ちた女性の声がかけられた。

 

「ああ、っていってもそんな大層なもんじゃ……」

 

照れ隠しのように頭を掻きながら振り返ったクリスだったが、その言葉は最後まで続かなかった。

視界に飛び込んできたその女性の顔を見た瞬間、クリスは雷に打たれたように絶句し、全身を硬直させる。

声を掛けた女性の側もまた、振り返った装者の顔を見て言葉を失っていた。

焼け焦げた匂いが漂う風が、二人の間をすり抜けていく。

 

「クリス……?」

「ソーニャ……?」

 

本来ならば、もっと後になってから別の村で果たすはずだった再会。

 

なんの数奇な運命の悪戯か、クリスはかつての姉代わりであり、お互いに癒えない傷を負わせてしまった因縁の相手――ソーニャと、この救護の場で出会ってしまったのである。

 

 

 

バルベルデ政府のトップたちは、自ら張った結界の檻の中で滑稽なほど安心しきっていた。

大統領をはじめとする政府高官たちが避難した先は、国賓を招くための絢爛豪華なオペラハウスだった。加えて、パヴァリア光明結社から提供された強固な結界技術に守られ、外の爆音すら届かない静まり返った空間で、彼らは額に汗を浮かべながら、必死に海外への逃走経路と手段を話し合っていた。

 

「随分と余裕がないわねぇ、お偉いさん方」

 

唐突に響いた艶やかな声。

 

見上げれば、オペラハウスの天井近く――外の風が吹き込む大きく開いた天窓の縁から、カリオストロが見下ろしていた。

味方の登場に、大統領は安堵で顔をくしゃくしゃに歪ませ、天の助けとばかりに叫ぶ。

 

「おお、パヴァリア光明結社か! 同盟の証がある者には手を貸す約定となっているはずだ! 頼む、国連の犬どもがすぐそこまで来てしまっている! 早く我々を安全な場所へ逃してくれっ!!」

 

なりふり構わず懇願する国のトップ。しかし、カリオストロの唇から漏れたのは、同情でも承諾でもなく、氷のように冷たく響く嘲笑だった。

 

「ふふふっ……あーはははっ!」

「……何がおかしいッ!」

 

自分たちを嘲笑う態度に大統領が顔を真っ赤にして怒鳴りつける。だが、カリオストロは全く意に介さず、まるで世間話でもするかのように軽い口調で言い放った。

 

「ごめんなさいね? あなた達はここで用済み。あーし達流で言わせてもらうと……『革命の礎』になって頂戴ね」

 

カリオストロがスッと手のひらを高官たちへ向ける。

瞬間、錬金術特有の幾何学的な陣が空中に展開され、そこから放たれた眩い光の帯が、逃げる間もなく大統領たちの身体を強固に拘束した。

 

「裏切ったなああぁぁッ!! パヴァリア光明結社ぁぁああッ!!」

 

光の帯に縛られ、無様に床でもがく大統領。怨嗟の叫びを上げる彼らを、カリオストロは虫けらを見るような極めて冷ややかな目で見下ろす。

 

「先にこの国の人たちを裏切って、私腹を肥やしたのはあんただってーの。……まぁ、これから本格的に『裏切り』を始めるあーしも、間違ってはいないかもしれないけどね?」

 

ふわり、と重力を感じさせない身のこなしで、カリオストロはオペラハウスの床へと飛び降りる。

着地と同時に光の帯から電撃のような衝撃が走り、高官たちの意識を一瞬にして刈り取った。

 

「よし、っと」

 

静寂が戻ったオペラハウス。

カリオストロは、気を失って倒れ伏す大統領の背中を遠慮なく椅子代わりにしてドカッと座り込むと、豊満な胸の谷間から小型の通信端末を取り出した。

画面を操作する彼女の表情には、これまでの冷酷さとは違う、どこか楽しげで小悪魔的な笑みが浮かんでいる。

 

「さて、あとはここへあーし達の新しい『お友達』をご招待するだけね……ふふっ」

 

クリスが過去と向き合っている正にその裏で、カリオストロの用意した完璧な「交渉の舞台」が整えられようとしていた。

 

 

 

『マリア、聞こえるか?』

「ええ、司令。どうしたの?」

 

瓦礫の撤去を手伝おうとしていたマリアのインカムに、潜水艦本部にいる弦十郎からの通信が入る。

マリアが少し表情を引き締めると、その場にいた装者たちも自然と彼女の周囲に集まった。

 

『……匿名の発信源から、S.O.N.G.に対する『交渉』の申し入れが入った。場所は、ここから数キロ離れたオペラハウス』

「匿名と言えば、情報をくれたパヴァリアの?」

「奴さんとよーやく対面ってこった」

 

奏が鼻を鳴らしながら腕を頭に組む。マリアがこくりと頷いて通信を切ると、早速切歌が腕をぐるぐると回して準備体操を始めた。

 

「さっそく向かうデース! 罠かもしれないなら、まとめてぶっ飛ばしてやるデスよ!」

「待て、切歌」

 

勢いよく飛び出そうとした後輩を、翼が静かで通る声で制止した。

 

「敵の主力部隊と戦艦は退けたが、指揮系統を失った残存兵やアルカノイズが、この民間人の救護キャンプを狙撃してこないとも限らない。ここを完全に手薄にするのは危険だ」

「あ……確かに、そうデスね」

「部隊を二手に分けよう。私と奏、マリアの三人は指定されたオペラハウスへ向かう。クリス、切歌、調、セレナの四人はここに残り、キャンプの防衛と物資運搬の支援にあたってくれ」

 

その指示に、クリスはハッと顔を上げる。

翼の視線はまっすぐだったが、その奥には明確な『気遣い』が込められていた。先ほど、クリスとソーニャが言葉を失って見つめ合っていた光景を、翼はしっかりと見ていたのだ。

 

「……翼先輩」

「年長者が先行するのは当然の役目だ。……背後は任せたわ、クリス」

「ああ……任せとけって。サンキュ」

 

クリスは短く、しかし深い感謝を込めて頷いた。奏とマリアも翼の意図を察し、小さく微笑んでからオペラハウスの方角へ向かうために車に乗り込んでいく。

 

「さてと! わたしたちはあっちのテントの設営を手伝ってくるデスよ! 行くデス、調、セレナち!」

「わかってる。切ちゃん、引っ張らないで」

「クリスさん、ここは私たちに任せてくださいね」

 

切歌たちもまた、野暮な真似はしない。あえて大きな声を出してクリスから離れ、救護テントの反対側へと走っていった。

 

周囲の喧騒が、急に遠ざかったように感じられた。

 

クリスは一度離れたソーニャの元に向かう。復旧支援をしていたソーニャもクリスに気づいた。

 

少し離れて焼け焦げた建物の影。残されたクリスとソーニャの間には、数年という重すぎる月日と、ひどくたどたどしい沈黙が横たわっていた。

 

「……」

「……えっと、その」

 

先に口を開いたのは、クリスの方だった。

しかし、いざ言葉にしようとすると喉がひどく渇き、視線が泳いでしまう。

 

「クリス……大きくなったわね」

 

震える声で、ソーニャがそっと紡いだ。彼女の瞳には、かつて置き去りにしてしまった幼い少女への罪悪感と、立派な戦士として自分たちを救ってくれたことへの驚きが入り混じっている。

 

「……ああ。色々、あったからな。まさか、あんたまでこのド直球の戦場に巻き込まれてるなんて思わなかったけどよ」

「私は、元々ここに住んでいたの。今は別の村に住んでいるけれど、今日はここに用があったから…」

 

その時、ポン、ポン、と軽快な音が響き、テントの奥から子供たちの無邪気な歓声が聞こえてきた。

クリスがふと視線を向けると、そこには一人の褐色の少年が、自分よりさらに幼い子供たちの輪の中心で、大切に使っているのだろう、まだ綺麗なのサッカーボールを蹴り上げている姿があった。

 

得意なのだろう。器用な足さばきで見事なリフティングを何度も披露し、落ちそうで落ちないボールの動きに、さっきまで爆音に怯えていた子供たちの顔に次々と明るい笑顔が咲いていく。

 

「あの子は……ステファン。私の弟よ」

 

クリスの視線に気づいたソーニャが、愛おしそうに目を細めてそっと説明した。

 

「弟……? あんたに弟がいたなんて、知らなかったぞ」

「ええ。あの頃はまだ、ステファンは小さすぎたから。危ない物資を運ぶような仕事には、とてもじゃないけど連れてこられなかったの。……だから、あなたに紹介することもできなかった」

 

少しだけ寂しそうに微笑むソーニャ。戦火の中で懸命に子供たちを笑顔にするステファンの姿は、かつて幼い自分を必死に抱きしめてくれたソーニャの優しさとどこか重なって見えた。

 

「……クリス、あの時は」

 

過去の悲劇を思い出し、謝罪の言葉を口にしようとしたソーニャを、クリスは少しだけ強い声で遮った。

 

「待ってくれ、ソーニャ」

 

謝罪の言葉を口にしようとしたソーニャを、クリスは少しだけ強い声で遮った。

クリスはギュッと拳を握りしめ、かつて自分が逃げ出してしまった現実――ソーニャの顔を、今度はしっかりと見据える。

 

「……あたしの方こそ、ごめん」

「え……?」

「あん時、あたし……あんたに酷いこと言った。全部お前のせいだって、あんたを責め立てた。でも……違う。今ならわかるんだ。あれは事故で、あんたはただの運び屋で……誰も悪くなかったんだって」

 

言葉にするたび、胸の奥底に張り付いていた重い泥のようなものが、少しずつ溶けていくのを感じた。

 

「でも、あの時のあたしはガキで、誰かのせいにしなきゃ立ってられなくて……一番優しくしてくれたあんたを、傷つけた。本当に……ごめんなさい」

 

深く、深く頭を下げるクリス。

 

そのつむじを見つめながら、ソーニャの目から大粒の涙が溢れ落ちた。彼女はゆっくりと手を伸ばし、クリスの震える肩をそっと包み込む。

 

「謝らないで、クリス。……生きていてくれて、本当に良かった。こんなに立派な……誰かを守れる強い子になってくれて、ありがとう」

 

ソーニャの温かい手の感触に、クリスは鼻の奥がツンと痛むのを堪えきれず、少しだけ顔を歪めた。

 

「……バカ、あたしは全然立派なんかじゃねぇよ。いっつも怒られて、意地張ってばっかりで……」

 

照れ隠しのように目を逸らし、クリスはぽつりと呟く。

 

「でもさ……今のあたしには、一緒にバカやってくれる仲間がいる。頭ごなしに叱ってくれる大人がいる。……それに、とびきり美味い飯を作って『おかえり』って言ってくれる、呆れるくらいお人好しな奴もいるんだ」

 

優斗の顔を思い浮かべたのか、クリスの表情がかつてソーニャが見たことのないほど、穏やかで柔らかなものに変わった。

 

「だから……もう、大丈夫だ。あたしは、ちゃんと前を向いて歩いてる」

 

戦火の爪痕が残るバルベルデの空の下。

ずっと止まっていた二人の時間が、ようやく再び動き出した瞬間だった。その言葉を聞いたソーニャは、まるで張り詰めていた糸が切れたように、安堵の笑みを浮かべてそっと涙を拭う。

 

「……そう。本当に、素敵な人たちに出会えたのね」

 

ソーニャは少しだけバルベルデの空を仰ぎ、愛おしい記憶を思い出すように目を細めた。

 

「私ね、クリス。あれからずっと、この国で紛争孤児たちの支援活動を続けてきたの」

「え……?」

「クリスのご両親……雪音先生たちが命を懸けてやろうとしていたボランティア活動を、どうしても終わらせたくなかったから。あの方たちの優しさと意志を、少しでも私が継ぎたくて……」

 

その静かな告白に、クリスは小さく息を呑んだ。

ずっと、両親の死は理不尽で悲惨なだけの過去だと思っていた。

 

だが、違ったのだ。彼らがこの国で撒いた無償の愛と優しさの種は、決して無駄に散ったわけではなく、ソーニャという一人の女性の中でしっかりと芽吹き、今もこうして戦火に苦しむ子供たちを救い続けている。

 

「……そっか。パパとママのこと……あんたが、繋いでてくれたんだな」

 

クリスの瞳から、堪えきれずに一筋の涙がこぼれ落ちる。それは悲しみの涙ではなく、長年胸につかえていた呪縛が解け、温かいものに満たされた証だった。

 

「私だけじゃないわ。私と同じように、先生たちに救われたバルベルデの人たちが、たくさんいるもの」

 

そう言って優しく微笑むソーニャに、クリスはもう一度、今度は誤魔化すことなく正面から向き合い、不器用に微笑み返した。

 

戦火の爪痕が残るバルベルデの空の下。

ずっと止まっていた二人の時間が、両親が残した希望の糸によって、ようやく再び穏やかに動き出した瞬間だった。

 

 

 

クリス達と分かれて、バルベルデの荒れた市街地を抜け、指定されたオペラハウスへと向かう道中。

 

奏、翼、マリアの三人は、翼の運転で舗装された道を走っていた。

 

「……しかし、わざわざ自分から居場所をバラして交渉とはな。罠の匂いしかしないぜ」

 

制服のポケットに手を突っ込みながら、奏が警戒心を露わにしてボヤく。

 

「だが、相手が指定した座標はこの街に近い場所だ。ギアを纏ったままでは、徒に民間人を怯えさせることにもなる。……いざとなれば、すぐに抜剣できるようペンダントの準備だけは怠るな」

 

翼が鋭い視線を前方に向けながら、冷静に二人を諭した。

 

「わかってるわ。それにしても、わざわざこんな目立つオペラハウスを指定するなんて……よほど自分たちの手札に自信があるのかしらね」

 

マリアも制服の胸元にあるペンダントを軽く握りしめ、静かに息を吐いた。

やがて、壮麗な装飾が施された巨大なオペラハウスが三人の目の前に姿を現す。

外には政府軍の姿は一人もなく、不気味なほどの静寂が漂っていた。

 

「着いたな。……行くぞ」

 

翼の合図で、三人は油断なく重厚な扉を押し開け、ホールの中へと足を踏み入れた。

 

しかし、薄暗いホールの中で彼女たちを待ち受けていたのは、想定していた罠でも伏兵でもなく、ひどくシュールで滑稽な光景だった。

 

「……おいおい、こりゃどういう状況だ?」

 

ホールに踏み込んだ奏が、思わず呆れたように呟く。

ホールの隅には、先ほどまでバルベルデの絶対的な権力者として君臨していたはずの大統領や政府高官たちが、光の帯で無造作にぐるぐる巻きにされ、ゴミ山のように積み重なって気を失っていた。

 

そして、ホールの特等席とも言える豪奢な長椅子には、一人の女が優雅に腰掛け、手元の端末を弄っていた。

 

艶やかな水色の髪を揺らし、身体のラインがくっきりと出る魅惑的なゴシックのボディコン風衣装に身を包んだその姿は、硝煙漂う戦場にはあまりにも不釣り合いで目を引く。

 

「あ、いらっしゃーい。思ったより早かったわね?」

 

足音に気づいた女――カリオストロが端末から顔を上げ、緊張感の欠片もない様子で小さく手を振った。

制服姿のまま、奏が鋭い視線を射抜くように放ちながら問いただす。

 

「お前が、ウチに情報をリークした奴か?」

「ぴんぽーん!大正解!」

 

カリオストロは嬉しそうに元気よく肯定すると、長椅子から立ち上がり、ボディコンのタイトなシルエットを惜しげもなく見せつけながら小悪魔的な笑みを浮かべた。

 

「あーしはパヴァリア光明結社が誇る完全にして完璧な錬金術師……なーんてね。あーしの名はカリオストロ。まぁ、今日からは『元・結社』になる予定なんだけどね」

「元……だと?」

 

翼が訝しげに眉をひそめ、マリアも警戒を強める。

 

「そ。あーし達はね、局長のアダムって野郎に見切りをつけたの。これ以上、あーしの大好きなサンジェルマンをあんな奴のためにすり減らさせたくないわけ」

 

そう言って、カリオストロは隅で転がっている高官たちを顎でしゃくった。

 

「見ての通り、この国の腐敗の元凶はあーしが綺麗にパッケージしといたわ。街で暴れてたアルカノイズも、民間人やあんた達を無駄に傷つけないように、あーしが事前にプログラムを書き換えてあげたの。お陰で早く済んだでしょ?」

 

その言葉に、三人がハッと息を呑む。

 

「つまり……さっきの戦場でアルカノイズが人間を無視していたのは、お前が仕組んでいたことだと言うのか?」

「そういうこと。S.O.N.G.に恩を売るための、あーしのささやかな気遣いってわけ。……だからさ」

 

カリオストロはニヤリと艶やかに笑い、三人の装者たちへスッと両手を広げて見せた。

 

「この特大の手土産と引き換えに、あーし達三人からの『投降』を受け入れてほしいの。……もっと具体的に言うなら、あーしとサンジェルマン、それにプレラーティの三人を、S.O.N.G.……と、あの優斗って男と合わせてほしいの。それが、あーしからの『交渉』の条件よ」

「投降……だと?」

 

翼が鋭い視線をカリオストロに向け、警戒を一段と強めた。

 

「幹部ともあろう者が、易々と組織を裏切るとでも言うのか。到底信じられんな」

「信じる信じないはあんた達の自由だけど、あーしは本気よ」

 

カリオストロはボディコンのタイトな腰に手を当て、やれやれと大げさに肩をすくめてみせた。

 

「今のパヴァリア光明結社はね、もうサンジェルマンが思い描いていた理想の組織なんかじゃないの。局長のアダム……あの野郎は、ただ『神の力』を手に入れて自分が気持ちよくなりたいだけの、ドス黒いエゴイストよ。サンジェルマンの純粋な理想を、都合のいいように利用してるだけ」

 

カリオストロの瞳から、先ほどの飄々とした態度は消え、冷たい怒りと深い愛情が入り混じった色が浮かぶ。

 

「あいつは、目的のためならあーし達のことだって平気で使い捨てるわ。……あーしはね、あんなクソみたいな男のせいで、サンジェルマンが血まみれになって壊れていくのなんか、絶対に耐えられないの。だから、あいつが裏切る前に、あーしが盤面をひっくり返してやったってわけ」

「……好きな女のために、組織のトップを売ったってことか。随分と情熱的じゃねぇか」

 

奏が感心したように、しかし油断のない目で鼻を鳴らした。マリアもまた、かつて自分たちが世界を敵に回してでも守りたかったものを思い出し、カリオストロの動機にほんの少しだけ理解を示しつつも、交渉のテーブルとしては冷静に切り返す。

 

「動機はわかったわ。でも、あなたの個人的な感情だけで、国連直轄のS.O.N.G.があなた達を簡単に保護できるわけがない。それ相応の対価が必要よ」

「だから、これを用意したんじゃない」

 

待ってましたとばかりに、カリオストロは艶やかに笑い、指をパチンと鳴らした。

 

「一つ目は、さっきも言った通り、この国の腐敗の温床である大統領と高官の詰め合わせ。これだけでバルベルデの内乱は事実上終結、国連の介入は大成功ってことになるわね。二つ目は、パヴァリア結社の内部情報と、錬金術やアルカノイズに関する各種データ。特に内部情報の方は、あんた達の司令なら喉から手が出るほど欲しいでしょ?」

「一応、うちにはキャロルがいるが?」

「それとこれとまた別の技術。一応組織やってんだから、キャロルじゃカバーできない物もあるわよ?」

 

そこまで言うと、カリオストロは腰掛けていた長椅子のすぐ横の床を、ヒールのつま先で軽く叩いた。

すると、カリオストロ足元に錬金術の紋章が光ったあと、微かな駆動音と共に大理石の床がスライドし、地下へと続く隠し通路の入り口が姿を現す。

 

「このオペラハウスの地下はね、バルベルデ政府が裏でかき集めた聖遺物の保管庫になってるの。あーし達の求めた『大事な商品』もそこにあるんだけど……」

 

カリオストロは艶やかに笑い、暗い地下通路の奥を指さした。

 

「三つ目。そこに置いてあるのが、極めつけの特大ホームランよ。……アダムが喉から手が出るほど欲しがっている神の力の起動キーとなり得る、オートスコアラー『ティキ』、その本体」

「なっ……!?」

「神の力の、起動キーだと……?」

「そ。これさえS.O.N.G.が押さえておけば、アダムの計画は完全に頓挫する。これだけの手札があれば、あーし達三人分の命と、平和な暮らしを保証するのに、十分すぎるお釣りがくるでしょ?」

 

カリオストロは自信満々に微笑み、三人の装者たちを見据えた。

 

「さぁ、どう? 悪い取引じゃないと思うけど」

 

カリオストロの提示した条件はあまりにも破格であり、同時にその動機はあまりにも人間臭かった。

 

「……司令。今の話、すべて聞いていたわね?」

 

マリアが右耳のインカムに軽く触れ、通信の向こう側にいるS.O.N.G.の司令官へと判断を仰ぐ。

数秒の静寂の後、潜水艦のブリッジから戦況を見守っていた風鳴弦十郎の、低く重厚な声が響いた。

 

『ああ、筒抜けだ。見事なまでの寝返りっぷりに感心していたぐらいだ』

「どう判断する? 敵の幹部の言うことよ。罠の可能性も十分に……」

『いや、今の彼女の言葉は信用できるだろう』

 

マリアの懸念を、弦十郎は力強く、そして温かみのある声で即座に否定した。

インカムの音声はスピーカー設定になっており、その言葉は奏や翼、そして長椅子に座るカリオストロの耳にもはっきりと届いていた。

 

『以前、月での一件の際、通信越しだがサンジェルマンと言葉を交わした事がある』

 

弦十郎の脳裏に、不器用なまでに自らの理想と大義を掲げ、人類の救済を本気で願っていた男装の麗人の声が蘇る。

 

『サンジェルマンという人間は、自らの信じる大義に殉じる、ひどく真っ直ぐで嘘のつけない人間だった。己の私利私欲や保身のために誰かを騙し、利用するような輩じゃない。……俺にはそう感じられた』

 

武を極め、人の心の機微を誰よりも深く見抜く弦十郎の言葉には、確かな説得力があった。弦十郎のサンジェルマンの評価を聞いたカリオストロが何故か嬉しそうに胸をはっている。

 

『そのサンジェルマンの純粋さを護るために、彼女が一人で泥を被って盤面をひっくり返したというのなら……少なくとも、この取引の動機に嘘や裏はないと俺は見る』

「司令が、そこまで言うなら……」

 

弦十郎の完全なる太鼓判に、警戒を解ききれなかった翼も小さく息を吐き、構えていた姿勢を解いた。奏も「ウチのおやっさんが言うなら間違いねぇか」と肩をすくめて笑う。

 

「あーっはっは! S.O.N.G.のオジサン、すっごい話がわかるじゃない! あーし、あんたみたいな渋くてデカい男の人、結構好きよ?」

 

カリオストロは嬉しそうに手を叩き、機嫌よくウインクを飛ばした。

自分の一番大切な人の在り方を、敵対組織のトップが真っ向から肯定してくれたことが、彼女にとっては取引の成立以上に嬉しいことだったのかもしれない。

 

『照れるな。……だが、条件の一つである「優斗くんとの接触」に関しては、俺の一存では決められない。君も多分知っているだろうが、優斗くん今それに今、月にいる』

 

弦十郎が苦笑交じりに釘を刺す。

 

『その件については、月から優斗くんたちが帰還した後、直接彼らと話し合ってもらうことになる。それで構わんか?』

「ええ、もちろん! あの優斗って男の子がどれだけ『ちょろ……』もとい、お人好しで優しい子かは、こっちもリサーチ済みだもの。あーしとサンジェルマンの可愛さがあれば、絶対に協力してくれるわ!」

 

最後の最後に少し本音が漏れかけたが、カリオストロは自信満々に胸を張った。

 

通信機越しに、弦十郎がふと思い出したように口を開いた。

 

『そういえば、一つ聞きたいんだが……サンジェルマン本人が、すでに優斗くんとの接触を取り付けていることは知らなかったのか?』

「……は?」

 

その言葉に、カリオストロは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。

ここまで余裕たっぷりに微笑み、完璧に交渉の主導権を握っていた彼女の表情が、今日初めて素の驚きに染まる。

 

「お真面目、生真面目、超真面目のサンジェルマンが、自分から男の子と接触の約束を? ……あーし、そんなの全然聞いてないんだけど」

 

だが、カリオストロは数秒だけ視線を泳がせると、すぐにピンと来たように「あーっ」と声を漏らし、ポンと手を打った。

 

「なるほどね……。あの不器用なサンジェルマンが、自分から見ず知らずの相手にそんな図々しいお願いをする理由なんて、一つしかないわ。……あーし達が保護した、ヴァネッサたちのことね」

 

かつて暴走していたパヴァリア光明結社のアジトからキャロルが救い出し、押し付けられたサンジェルマン達が密かに保護している者たち。彼女たちのボロボロになった心身を癒やし、救うために、サンジェルマンは単独で「奇跡の料理」を作る優斗を頼ったのだろう。

 

カリオストロは呆れたような、けれどひどく愛おしそうな苦笑を浮かべた。

 

「ふふっ、本当にあいつらしいわ。……全然知らなかったけど、多分あーしとあいつが考えてる『行き着く先』は一緒みたいね。もっとも、あーしの場合は誰よりも『サンジェルマンのため』なんだけどさ」

「ヴァネッサ? 優斗に接触? ……おい、おっさん。何の話だ?」

 

肩をすくめるカリオストロの言葉に、事情をまったく知らない奏が怪訝な顔をする。翼とマリアも、互いに頭の上に疑問符を浮かべて顔を見合わせた。

現場の装者たちが首を傾げる中、あの会議での痛切な通信を直接聞いていた弦十郎だけは、通信の向こう側で全てを悟ったようにフッと温かく笑った。

 

『そうか。……なら、大丈夫だな』

 

彼女たちの根底にあるものが、誰かを救いたいという「愛」と「優しさ」であるならば、もう疑う必要はない。

弦十郎のその力強い一言で、S.O.N.G.とカリオストロの間にあった最後の壁が、完全に消え去った瞬間だった。

 

こうして、かつて世界を敵に回そうとしていたパヴァリア光明結社の一部は、愛する者を護るため、居場所を手に入れるため、正式にS.O.N.G.との協力関係を結ぶこととなったのである。

 

「事情はわかった。……で、その条件に入っているもう一人、プレラーティってのは今どこにいるんだ?」

 

奏が周囲を見回しながら尋ねる。この場にいるのはカリオストロ一人だけだったからだ。

 

その問いに対し、カリオストロは「あーね、それなんだけど」と悪戯っぽく肩をすくめた。

 

「プレラーティなら、サンジェルマンと一緒に月に行ってるはずよ。万が一の時の護衛役って名目もあるけど……一番の理由は、あーしがここでこの準備を用意してる間、勘の鋭いサンジェルマンの気を逸らしておくための共犯者よ」

「なるほどな。護るために、部下同士で結託して出し抜いたというわけか」

 

まだ見ぬ敵のリーダーに思いを馳せるように、翼が静かに息を吐く。

奏も感心したように鼻を鳴らした。

 

「へえ。どんな奴かは知らねぇが、アンタらにそこまでさせるなんて、随分と愛されてるリーダーじゃねぇか」

「ま、そういうこと!」

 

奏の言葉に、カリオストロは嬉しそうにご機嫌なウインクを飛ばした。

 

「あいつ、自分一人で何でも背負い込もうとするの。たまには、あーし達に背負わされるのも悪くないでしょ? ……というわけで、あーしの可愛いサンジェルマン達が月から帰ってくる前に、さっさとこの荷物とティキをちゃちゃっと回収しちゃってちょうだいな」

 

 

バルベルデのオペラハウスでカリオストロとの交渉が成立した、まさにその直後のこと。

本部に立つ弦十郎のもとに、暗号化された極秘回線からの着信を知らせるアラートが鳴り響いた。

 

「おお、この信号は......キャロルくんからの通信が入った! メインモニターに繋げ!」

「はい!」

 

弦十郎の弾んだ声にあおいが素早くキーを叩くと、巨大なモニターにノイズ混じりの映像が映し出され、やがてクリアな画質へと切り替わる。

そこに映っていたのは普段着に着替えた、少し疲れた様子の優斗と、相変わらず不遜な態度で腕を組むキャロルの姿だった。

 

背景の豪奢な洋風の調度品から察するに、転移先の座標の一つとして設定していたキャロル邸へと無事に帰還したらしい。

 

彼らの後ろには、主人の帰還を喜ぶファラとミカの姿があり、さらにその奥には、バルベルデのカリオストロが気に掛けていたサンジェルマンと、彼女の護衛兼デコイ役を完璧にこなしたプレラーティが椅子に座っていたいる姿も確認できた。

 

何故か、サンジェルマンが両手で顔を隠して落ち込み、その様子をプレラーティが心配そうにしているが。

 

「優斗くん! キャロルくん! 無事だったか!」

『はい。……ただいま帰りました、弦十郎さん。色々とありましたけど、なんとかこっちに戻ってこれました』

 

安堵の笑みを浮かべてモニター越しに手を振る優斗。そのいつもと変わらない穏やかな様子に、弦十郎もホッと胸を撫で下ろす。

 

『ふん。調査も厄介事も、全部綺麗に片付けてきてやったぞ。我ながら完璧な仕事ぶりだったと……はぁぁ』

 

キャロルは自慢げに胸を張ろうとしたものの、なぜか言葉の途中でひどく面倒くさそうな、重いため息を吐き出した。

 

「どうしたキャロルくん、どこか怪我でもしたのか? ……それに、了子くんの姿が見えないようだが、月で何があったんだ?」

 

弦十郎が怪訝そうに尋ねると、優斗は「あはは……」と乾いた笑いを漏らしながら、困ったようにポリポリと頬を掻いた。キャロルに至っては、まるで胃もたれでも起こしたかのように眉間を揉みほぐしている。

 

「一体何があったか、説明してくれないか?」

『……言葉で説明するのも業腹だ。おい、カメラを少し右に回せ』

 

キャロルが忌々しげに指を差すと、邸宅の通信用カメラがウィーンと音を立てて横にスライドした。

 

そして、S.O.N.G.のメインモニターに映し出されたのは——

 

『んふふっ……ねぇ、エンキ。地球の空気はどう? 疲れてない? 腕は大丈夫?お腹は空いてないかしら?良かったら、あーんして食べさせるわよ?』

『あ、ああ。大丈夫だ、フィーネ。その……少し、くっつきすぎではないか……?』

『いいの! 何千年も待ったんだから、これくらい許してちょうだい! ねっ?』

 

先史文明期の装束である『フィーネ』の姿となった了子が、見たこともない、片腕の青い髪の青年に腕を絡ませ、頬をすり寄せて思いっきり甘えているという、目を疑うような光景だった。

 

青年の着ている近未来的なスーツは、明らかに地球の技術で作られたものではない。

 

かつて月を壊してでも彼を追おうとした狂気の魔女はどこへやら。今の彼女はただの『恋する乙女』と化し、困惑気味の青年の腕にこれでもかとばかりに体重を預けてデレデレに溶けきっていた。

 

「…………」

 

モニター越しのあまりにも甘ったるい光景に、弦十郎は言葉を失い、完全に固まってしまった。

 

弦十郎だけでなく、普段見ている了子の姿からかけ離れた甘えん坊っぷりに、モニター先は絶句で沈黙していた。

 

優斗は申し訳なさそうに、言うしかなかった。

 

「あの、その、……神様を連れて来てしまいました。…どう、しましょう」

 

その背後で、ついに唸り声を上げたサンジェルマンと慌てて呼びかけるプレラーティの声がのり、さらなるカオスが巻き起こる画面を流したまま、弦十郎はため息を吐くしかなかった。

 

 




初めての感想に喜ぶ、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、原作で消滅したバルベルデ大統領を捕まえてしまっても大丈夫なの?
A、今回のアルカノイズの不法所持および自国民への使用、聖遺物の無断所有および隠匿。内乱によって荒れた国家の状況を鑑みた上で、ついでのカリオストロによる決定的な証拠「結社からアルカノイズを買った取引データ」「大統領のサイン入り契約書や通信記録」を渡し、証拠が揃ったことで、国連直轄のS.O.N.G.が「人道に対する罪」および「重大な国際条約違反」として、国家元首の特権を無視して強行拘束(保護という名目の連行)を行う大義名分が成立しました。

Q、クリスとソーニャ、えらくあっさり仲直りしたね?
A、お互いに気にしていて、謝る気満々でした。ステファンの事で確執もないため、ソーニャが素直にクリスの気持ちが伝わった。クリスも気持ちを伝える事の大事さをたくさん学んで来たので、スムーズに声に出せました。

Q、AXZ編なのにエンキを出すの?
A、XV編に書きたいものがあるので、ここで出しときます。

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