ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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過去周りの情報が出てこないキャラは、全て作者の妄想とGeminiにしてもらった推測でできています。例えばエンキの一人称、アニメは確か僕だったような。でも動画でXDの4.5章を見たら俺でした。そしてまだXVを見ていません。

まあ、それはそれとして今回の話、この小説を書くにあたって、割と書いてみたかった一つです。


僕と私の神話をここからまた始めよう

 

時は少し遡り――優斗たちが月面で謎の光に包まれ、空間転移に巻き込まれた直後のこと。

 

「チッ……! 囲め、優斗から離れるな!」

 

視界が晴れた瞬間、キャロルが鋭く声を飛ばした。

キャロル、フィーネ、サンジェルマン、プレラーティの四人は、咄嗟に優斗を背に庇うように円陣を組み、臨戦態勢で周囲を鋭く警戒する。

 

だが、数分待っても敵の襲撃やトラップが発動する気配はない。どうやら安全な場所へ転送されたようだと確認したのち、彼らは警戒を解いてゆっくりと周囲を見渡した。

 

「……ここが、遺跡の内部か」

 

キャロルが周囲の壁を小突いて呟く。

そこは巨大なドーム状の広場のような場所だった。四方には通路が広がっているものの、その出入り口となる扉は分厚く、固く閉ざされている。

 

「遺跡と言う割に、ずいぶんと近未来的な造形なワケダ」

 

プレラーティが目を丸くして周囲を見回した。

彼女の言う通り、そこは『遺跡』という言葉から連想される風化や石造りのようなものではなかった。壁や床は未知の金属や、見たこともない滑らかな材質で構成されており、まるで高度に発達した宇宙船の内部のような無機質さを放っていた。

 

「案内の一つもないワケダ。新城優斗。お前に何か感じるものはあるか?」

 

一向に静かなままの現状に少し苛立ったように、プレラーティが優斗を振り返って尋ねる。

転送される直前、遺跡の扉は優斗の『運命を捻じ曲げる力』に呼応するように開いた。ならば、内部でも何かナビゲート的な反応があるのではと踏んだのだ。

 

「優斗で大丈夫ですよ。……それと、すいません。今は特に何も感じないですね」

 

優斗は申し訳なさそうに首を横に振った。

中に入る際に感じたあの不思議な感覚や現象は、今は嘘のように静まり返っている。

 

「とりあえず手探りで探索するしかないか。……おい、お前ら。いい加減呆けるのはそこまでにしておけ」

 

キャロルが呆れたようにため息をつき、ピシャリと注意を飛ばした。

その視線の先では、フィーネとサンジェルマンの二人が、微かに肩を震わせながら立ち尽くしていた。

 

数千年の時を経て、愛するエンキに会える可能性が目の前にあるフィーネ。そして、何百年も追い求めてきた『神の力』とバラルの呪詛の真実に一気に近づいたことを実感しているサンジェルマン。

二人とも、長年の悲願のゴールがすぐそこまで迫っているという事実に、極度の緊張と高揚感で胸がいっぱいになっていたのだ。

キャロルの鋭い声でハッと我に返り、フィーネが小さく息を吐き出す。

 

「ごめんなさいね。つい高ぶってしまったわ。……とりあえず、進んでみましょう」

「どうやら、ここには人間が呼吸できる空気もあるようだが……念のためだ。新城優斗は、宇宙服を着たままにしておいたほうがいい」

「はい、わかりました」

 

サンジェルマンの生真面目な気遣いに、優斗が素直に頷く。

フィーネが先導するように歩みを進め、全員がそれに続いて広場の中央から一歩を踏み出した、まさにその瞬間だった。

 

――シュウゥゥゥン……ッ!

 

微かな稼働音と共に、優斗たちから見て『右側』にあった分厚い扉が、自動で静かにスライドして開いたのだ。

その奥には、ほのかに発光する真っ直ぐな通路が続いている。まるで、「進むべき道はこちらだ」と彼らを歓迎し、案内するかのように。

 

「……どうやら、こっちのようだな」

 

開かれた通路を見据え、キャロルが油断なく目を細める。

未知のオーバーテクノロジーが眠るアヌンナキの遺跡。その深淵へと続く道に、一行は静かに足を踏み入れた。

 

 

月面遺跡の深部へと足を踏み入れた優斗たち。

その後は、まるで遺跡そのものが彼らを導くかのように、近づくだけで次々と扉が開き、時には通路や部屋そのものが滑らかに動いて一行を運んでいた。

 

「どうやら、この遺跡は果てしなく大きいワケダ」

「えっ? どういうことですか?」

 

周囲を見回していたプレラーティの言葉に、優斗が不思議そうに首を傾げる。

 

「明らかに部屋ごと動いているワケダ。時折、上下左右にエレベーターのようにスライドしている。だが、ただ迷わせるためにランダムで動かしているわけじゃないな。明確な規則性が見えるワケダ」

「部屋ごと……! 全然揺れたりしないから、気づきませんでした」

 

優斗が目を丸くして感心すると、プレラーティは「ふふんっ」と得意げに胸を張った。

 

かつて巨大な空中要塞『チフォージュ・シャトー』の建造に深く関わった錬金術師の血が騒ぐのだろう。

 

「うーむ、実に興味深いワケダ。これだけの巨大な質量を動かしているのに、物音一つ、振動一つしていないとは。我々の錬金術による空間のアプローチとはまた違う、完全な物理演算と重力制御の賜物なワケダ! わかるか新城優斗、このオーバーテクノロジーの異常な凄さが!」

「いやあ、詳しい原理はわからないですけど……でも、プレラーティさんってすごく物知りなんですね! キャロルちゃんが住んでたお城を造ったこともあるって聞いてましたけど、本当にすごいですね」

 

優斗の純粋な褒め言葉に、パヴァリアでは余り話を聞いてくれないプレラーティはすっかり気を良くしてしまった。

 

「おっ? おおっ……!? そ、そうかそうか! 私の偉大さがわかるワケダ! よーし、特別にもっと教えてやるワケダ! いいか、そもそもこの壁の材質からしてな——」

 

生来の素直さと人の良さを持つ優斗は、未知の知識という、男のロマンのある話題に少し目を輝かせてウンウンと頷きながら話を聞く。

 

そんな彼の完璧なリアクションに、プレラーティはすっかり気分を良くしてしまい、優斗にグイグイと距離を詰めて熱弁を振るい始めた。

しかし——。

 

「——ってなワケダ。 どうだ、凄いだろ」

「へええ〜! 本当に凄いんですね! もっと聞きたい——」

 

夢中になったプレラーティの後ろから、ずかずかとキャロルが大股で足音も隠さずに近づく。

 

「あだぁっ!?」

 

熱心に話し込むプレラーティの後頭部に、容赦のないキャロルの鉄拳制裁がクリーンヒットした。

 

「な、何をするワケダ、キャロル!?」

「さっきからペラペラと……遠足にでも来たつもりか、このカエル頭巾! そもそもお前、優斗にやたらと引っ付きすぎだ! 離れろ!」

 

涙目で口をへの字に曲げて抗議するプレラーティの襟首を掴み、ズルズルと優斗から引き剥がすキャロル。

 

その顔は「真面目に探索しろ」という怒りよりも、明らかに『自分以外の女が優斗と仲良く盛り上がっていることへの嫉妬』で不機嫌に歪んでいた。

 

「あはは……キャロルちゃん、そんなに怒らなくても」

「優斗もだ! こいつの与太話をいちいち真面目に聞いてやるな! 癖になったらどうするんだ!そういった知識はオレが教えてやる!」

「理不尽なワケダ……」

 

ジロリと睨みつけられ、優斗は苦笑いして頭を掻くしかない。

そんな騒がしくも微笑ましいやり取りを見て、後ろを歩いていたフィーネが張り詰めていた雰囲気を柔らかくしてクスクスと笑い声をこぼした。

 

「……ふふっ。でも、プレラーティの言う通りね。おそらく優斗くんがいるから正確に案内されているのかしら? 私たちだけだったら、永遠に迷い続ける羽目になっていたかも」

「……ゾッとしない話だな。永遠に侵入者を拒み続ける迷宮とは」

 

フィーネが興味深く考察すると、サンジェルマンが素直な感想を溢した。

 

 

やがて、一行の足がピタリと止まる。

目の前に現れたのは、これまでの無機質な通路とは明らかに異なる、複雑で荘厳な意匠が施された巨大な扉だった。違いはデザインだけではない。これまでは彼らが近づくだけで自動的に開いていた扉が、今度ばかりは固く閉ざされたままなのだ。

 

「ここがゴールのようだな」

「しかし、今までとは違い閉じたままだが……」

 

サンジェルマンがジッと扉を睨みつける。

 

無意識のうちに、彼女の手が腰に提げた銃型のスペルキャスターへと伸びていた。もし開かないのなら、強引にでも物理的にこじ開けて押し通るつもりなのだろう。何百年も追い求めてきた『神の力』の真実が扉のすぐ向こうにあるという事実が、生真面目な彼女の態度に隠しきれない『焦り』として表れていた。

 

――その一歩を踏み出そうとした、次の瞬間だった。

 

「ッ!?」

 

空間そのものが、音もなく「震えた」。

両隣の壁から放たれたのは、単なる光などではない。物理法則を完全に無視し、三次元の肉体をすり抜けて『魂の形』そのものを直接暴き立てるような、不可逆の高次元干渉。

あまりのスケールの違いに、錬金術師のサンジェルマンやプレラーティ、果てはキャロルをもってしても、身動き一つ取れずその場に縫い付けられてしまう。

 

ただ一人、新城優斗を除いて。

 

「な、なんだこれは……ッ! 身体が……!?」

「皆さん!一体何が!?」

 

プレラーティのうめき声が響く中、危害を加える気配のない、だが有無を言わさぬ神聖さと無機質さを帯びた『声』が、彼らの脳髄へ直接響き渡った。

 

『特殊個体の存在を確認しました。高次元存在照合システム起動。三次元的物理空間から十二次元式アストラル領域への深度スキャンを開始します』

 

空間に幾何学的な光の紋様が浮かび上がり、彼らの存在を次々と天秤にかけていく。

 

『個体名:フィーネ……不承認』

『個体名:サンジェルマン……不承認』

『個体名:プレラーティ……不承認』

『個体名:キャロル・マールス・ディーンハイム……不承認』

 

定命の者を弾くかのような、絶対的な拒絶。

だが、そのスキャンの光が最後に優斗の身体を包み込んだ瞬間――空間を埋め尽くしていた冷たい光が、突如として温かく、どこか懐かしさすら覚える黄金色へと変覚した。

 

『照合対象:新城優斗……――特異波長を検知』

 

機械的だったシステム音声が、微かに揺らぐ。

それは優斗の魂の最深部、かつて次元の狭間で触れ合った『彼女』の残滓――生命と豊穣を司る女神の因果律を、遺跡のシステムが確かに読み取った証だった。

 

『魂層に同胞の因果律を確認。……アクセス権限、最上位にて承認』

 

光が収束し、脳内に響く声が、まるで主君を迎えるような深い敬意を帯びる。

 

『――おかえりなさいませ、「万象調律者」ニンフルサグ様』

 

アナウンスが途切れると同時、目の前の巨大な扉が、重々しい地響きを立てて自然に左右へと開いていった。

扉が開くという物理現象でありながら、まるで天の門が開かれたかのような圧倒的な光景。

 

「フィーネが言っていた『マスターキー』は、確かにあったようだな……」

 

埒外の現象を目の当たりにしたキャロルが、呆然と呟く。

 

「僕にもびっくりですよ……」

 

当の優斗も目を丸くしていた。

開かれた扉の奥は深く暗く、まるで底知れぬ深淵がこちらを覗き込んでいるかのような錯覚を覚え、優斗は思わずゴクリと喉を鳴らした。

 

「行きましょう。きっとここに……皆さんが知りたい答えがあると思います」

 

優斗の静かで真っ直ぐな言葉に背中を押されるように、サンジェルマンたちは、すべての真実が眠る深淵の部屋へと足を踏み入れた。

 

開かれた重厚な扉の先、彼らを迎え入れたのは、広大な円形の空間だった。

これまでの無機質な通路とは打って変わり、ドーム状になった天井には、漆黒の宇宙に浮かぶ『青く輝く地球』が大きく映し出されている。ここは間違いなく月面遺跡の地下深くであるはずなのだから、実景ではなく、極めて高度なモニターによるホログラムだろう。

そして、その巨大な地球を見上げるかのように、部屋の中心には人よりも二回りほど大きな、複雑な幾何学模様が刻まれた水晶のような物体が鎮座していた。

 

「……どうやらここが、我々を誘い込んだやつの目的地のようだな」

 

キャロルが油断も隙もない足取りで中心へと近づき、ぺたぺたと不用心にその水晶の表面に触れる。しかし、冷たい硬質な感触があるだけで、システムが起動するような気配は一切ない。

 

「僕が、触ってみましょうか? さっきみたいに動くかもしれません」

 

優斗が歩み寄りながら提案すると、キャロルは少しだけ眉をひそめた。

 

「やめておけ、とは言いにくい。先ほどお前を『万象調律者』などと、オレと少し被る呼び方で呼んで扉を開けたような事があったばかりだからな。だが、何が起きるか……」

「不思議と、大丈夫な気がするんです。それに……皆さんがいますから、信じてます」

 

優斗はふんわりと微笑んで、キャロル、そしてサンジェルマンたちを振り返った。

その屈託のない無条件の信頼に、サンジェルマンは困惑したように目を伏せる。

 

「……キャロルたちはともかく、私やプレラーティのような敵対者を含めて言う言葉ではないな。君は、人が良すぎる」

「でも、サンジェルマンさんは他人を思いやれる人だと知っていますから」

 

優斗の脳裏には、あの時の会議の最後で聞いたサンジェルマンの願いを思い出していた

 

「自惚れるな。犠牲を強いる事でしかなし得ていない私に言う言葉じゃない。…でも、ありがとう」

 

呆れたような、けれどどこか救われたようなサンジェルマンの呟きを聞きながら、優斗は静かに目の前の巨大な水晶に手を置いた。

 

その瞬間だった。

 

――ォォォォォン……ッ。

 

優斗の掌から波紋が広がるように、水晶の表面に刻まれた模様が眩く光り輝き始めた。

同時に、水晶の上部空間の空気が微かに歪み、ホログラムのような光のゆらめきが発生する。

収縮する光の粒子は、やがて確かな質量を持った『人型』へと姿を変えていった。

 

だんだんと輪郭が整っていくにつれ、それまで息を潜めていたフィーネの視線が、まるで獲物を狙うかのように、いや、縋りつくように強くなっていく。彼女の姿勢は限界まで前のめりになり、微かに震えていた。

 

やがて、光が収束し、明確な人型が完全に顕現する。

逆立つ青い髪。ぴったりと張り付くスーツは一部にプロテクターが付いており、それが戦うための戦闘用スーツであることが窺える。

 

そして、何よりも目を引くのは――彼には『片腕が無い』ことだった。かつてアヌンナキの同胞と争い、致命的な傷を負った証。

 

「エンキ……」

 

震える声で、フィーネがポツリとその名を呟いた。

数千年の孤独と狂気を耐え抜いた彼女の両目からは、溢れんばかりの想いが大粒の涙となって、とめどなく頬を伝い落ちている。

 

「この人が、エンキ……。ナガルサガクさんが言っていた人。いや、神様。そして……了子さんの求めた人……」

「人を作り、先史文明を作り……そして、我々を縛る『バラルの呪詛』を作った存在……!」

 

優斗が畏敬の念を込めて見上げる横で、サンジェルマンが戦慄と共にその名を口にする。

ホログラムとして現れたエンキは、まるで長い眠りから覚めた人間のように、ゆっくりと瞼を開いた。

意識を遺跡のシステムにインプットしていた彼は、本来であれば、設定したプログラムの最優先事項に従って、自らを目覚めさせたニンフルサグの力の残滓が宿った優斗を確認するはずだった。

 

だが、彼はシステムとしての役割よりも先に――己の魂が最も愛しいと叫ぶ、ただ一人の女性へと真っ直ぐに目を向けた。

 

『フィーネ……』

「エンキ……ッ!」

 

お互いの存在を確かめ合い、魂に刻み込むように、二人は名前を呼び合った。

フィーネはふらつくような足取りで一歩、また一歩と水晶に近づき、やがて崩れ落ちるようにその台座にすがりついて、愛しい彼を見上げる。

 

エンキもまた、泣き崩れるフィーネに少しでも近づこうとするかのように体を深く屈め、残された片腕を彼女へと真っ直ぐに伸ばした。

 

ホログラムの光の手と、フィーネの震える手が重なり合う。

 

物理的な感触などない。すり抜けてしまうただの光の粒子だ。それでも、二人の間には、数千年の時と次元を超えて『確かにそこにいる』という確信があった。

 

その美しくも悲しい光景は――

 

まるで、人に手を差し伸べようとする慈愛の神と、その神に焦がれ、永遠に手を伸ばし続けた一人の人間の手が、繋がれる事を赦された神話の1ページそのものだった。

 

水晶の台座にすがりつくフィーネは、もう自分が他人の目にどう映っているかなど欠片も気にしていなかった。

溢れ出る涙を隠そうともせず、ただひたすらに、目の前の幻影の愛しい人へと問いかける。

 

「ずっと……ずっと、貴方に会いたかった……! 私たち人類が……ルル・アメルが、貴方を失望させてしまった。愚かに争うばかりで、人類が貴方から見捨てられたあの日から……私は、ずっと……ずっと…!」

『……違う。違うんだ』

 

後悔と懺悔に濡れたフィーネの独白を、エンキの静かで、ひどく痛ましげな声が遮った。

 

『僕はずっと見ていた。……ただ、ここで見ていることしかできなかったんだ。フィーネ、君が失われた統一言語の代わりに、歌で人類を繋ごうとしてくれたことも。悠久の時代を乗り越え、時には歴史の裏からヒトを導いてくれたことも……そして、ただひたすらに、遠い空へ手を伸ばし続けてくれたことも』

 

エンキは、自らの無力さを呪うように苦しげに顔を歪める。

 

「じゃあ……」

『ああ。僕は今まで、この月の底からずっと見てきた。僕の手を離れてしまった人類の歩みを、すべて。……君が、この月に深い恨みを抱き、破壊しようとしたことも、全て』

 

その言葉に、フィーネはヒュッと喉を鳴らし、大きく息を呑んだ。

エンキの言う通りだ。彼はすべてを見ていたのだ。

フィーネが彼への愛を拗らせ、カディンギルを造り上げ、最愛の人が眠るその月ごとすべてを撃ち落とし、破壊しようとした狂気の歴史を。当の本人に、自分が彼を殺そうとした事実を知られてしまったのだ。

 

「あ……ぁ……」

 

へたりと座り込み、フィーネの目の前が絶望で真っ暗に染まっていく。

だが、次にエンキの口から紡がれた言葉に、彼女は信じられないものを見るように目を見開いた。

 

『でも、僕は……それでいいと思っていたんだ』

「え……?」

 

ホログラムのエンキがゆっくりと宙を滑り、座り込むフィーネのすぐ横へと降り立つ。そして、彼女の絶望に濡れた瞳と真っ直ぐに視線を合わせた。

 

『あの時、僕には時間がなかった。どう取り繕っても、君を置いていった言い訳にしかすぎないけれど……それでも、君に最後の一言を告げるくらいの時間は、確かにあったはずなんだ』

 

エンキは自嘲するように伏し目がちに笑う。

 

『だが、僕は君より使命を取った。……取ってしまったんだ。シェム・ハの脅威から人類を護るために、バラルの呪詛を起動し、我が身を永遠の眠りにつかせた。ここの動力となり、自意識をマルドゥークに封じ込めて制御プログラム一部とすることで、人類のこれからを……君の明日を護り、見守る道を選んだ』

「エン、キ……」

『考えるだけでも胸が張り裂けそうだったが……それでも僕は君が幸せになるならば、僕のことを忘れて、ただ一人の人間として幸せになってほしかったんだ。だが、僕の犯した選択が、かえって君を狂気と不老不死の苦しみに縛り付ける羽目になってしまった。君が痛みで泣き叫ぶ姿を、僕はただ見ていることしかできなかったんだ』

 

だから、と。エンキは、自らの罪を断罪されることを望む罪人のように、優しく微笑んだ。

 

『だから、君が憎しみに囚われ、月の破壊を目指しても仕方ないことだと思った。君になら……君の手になら、この身を殺されてしまってもいい。……そう、思うようにもなってしまった』

 

その独白を聞き、フィーネの顔から一気に血の気が引いて真っ青になった。

自分の犯した選択が、優斗に真実を教えられるまで、どれほど取り返しのつかない過ちだったか。

あわや最愛の人を自らの手で殺すところだったという事実。そればかりか、エンキは自己犠牲の果てに狂ってしまった自分を見つめ続け、その上で『フィーネに殺されるなら本望だ』と、己の死すらも静かに受け入れていたというのだ。

 

「ちがう……っ、ちがうのエンキ!! わたしは、そんなこと……!!」

 

己の罪深さと、彼の悲しすぎる自己犠牲の愛に、フィーネの心が悲鳴を上げる。

後悔と否定の叫びを上げようとした彼女の体は――しかし、次の瞬間、物理的な質量のない、けれど確かに温かい『光』によって優しく包み込まれた。

 

「え……?」

 

フィーネの叫びは、彼女をすっぽりと抱きしめるように覆いかぶさったエンキのホログラムによって、強制的に、そしてひどく優しく止められたのだった。

フィーネの悲痛な後悔の叫びは、彼女をすっぽりと抱きしめるように覆いかぶさったエンキのホログラムによって、優しく遮られた。

 

物理的な体温はないはずなのに、不思議と心が温かくなるような、慈愛に満ちた腕の中。

 

『だけど……僕にも『欲』ができてしまったんだよ。優斗、君のお陰でね』

「……僕が、ですか?」

 

不意に名前を呼ばれ、優斗が目を丸くする。

エンキはフィーネを抱きしめるような姿勢のまま、フッと柔らかい微笑みを浮かべて優斗の方を見て頷いた。

 

『ああ。君が、我が姉であるニンフルサグからの伝言で、「僕が生きている」とフィーネに伝えてくれた時は、本当に驚いたさ』

「えっ……ナガルサガクさんと、姉弟だったんですか?」

 

優斗の口から出たその名前に、エンキの瞳がひどく懐かしそうに細められる。

 

『とても懐かしい名だ。ナガルサガクというのは、かつて人類から彼女に贈られた名の一つでね。ニンフルサグはそれをとても気に入っていたんだ。君にその名を名乗っていたのなら……姉さんは今でも、人類と過ごしたあの時代の思い出を大切にしているのだろうね』

 

優斗はハッと息を呑んだ。

自分に力を与え、この世界へと送り出してくれた恩人。永遠に続く真っ白な空間で一人孤独に耐えていた彼女が、どれほど人類を愛し、過去の思い出を支えにしていたのかを知り、胸の奥が熱くなる。

優斗へ静かに微笑みかけた後、エンキは再び、腕の中にいる最愛の女性へと視線を戻した。

 

『君が伝えてくれたその事実のお陰で、フィーネは深い絶望の中から『希望』を拾い上げることができた。……そして同時に、この冷たい遺跡の底で諦めきっていた僕自身も、『もしかしたら、もう一度フィーネに会えるかもしれない』と……そんな希望を持つことができたんだ』

「エンキ……」

 

涙で濡れた瞳で自分を見上げるフィーネに対し、エンキはゆっくりと体を離し、改めて彼女の正面に立った。

そして、神としての威厳ではなく、ただ一人の不器用な青年として、真摯な面持ちで彼女を見つめる。

 

『フィーネ。今、ここでもう一度言わせてくれ』

 

エンキは、残された唯一の右手を、彼女へと真っ直ぐに差し出した。

 

『神としてではなく、只一人の男として……僕とまた、手を取り合って未来を一緒に生きてほしい』

 

数千年の時を経て、再び差し出された彼の手。

フィーネはボロボロと涙を溢しながらも、今度こそ満面の、世界で一番幸せな笑顔を浮かべて、エンキの掌に自身の手を重ね合わせた。

 

「私も……一人の女として、貴方の手を取らせてほしいわ。……いつまでも、これからずっと……!」

 

ホログラムの光と、生身の体。

 

物理的な感触こそ重なり合わなくとも、向かい合う二人の掌以上に、その心は確かに強く結びついていた。

 

すれ違い、血を流し、諦めと狂気に呑まれかけた数千年の時間。

 

あまりにも長すぎた二人の切ない想いは、この月面の最深部で交わされた誓いによって、ついに永遠の『愛』へと昇華されたのだ。

 




割と温めていた話なのでちょっと多い、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、プレラーティってそんなに話を聞いて貰えないの?
A、はい。サンジェルマンは聞いて上げる時もあるけど、忙しい身のサンジェルマンにプレラーティの方が遠慮して、カリオストロに至っては興味が無いのでスルー。逆にファッションの話題をふっかけられます。アダム?論外。部下?そもそも話さないし、話してこない。
なので話の合うキャロルに仲良く喋り合いたい欲求が微粒子レベルであったりします。しかし今回の、オタクに優しいギャルムーブしてしまった優斗のせいでできませんでした。

Q、エンキって、今まで本当に見ていただけなの?
A、フィーネを中心にフォーカスしていましたが、地球上の出来事をほぼ見ていました。なので昔にアダムとフィーネが戦ったあたりですごいハラハラしていました。

Q、じゃあ、何故すぐ案内しないの?意識があったら直接呼べたのでは?
A、エンキの意思とは別に、制作に関わったニンフルサグの最終プログラムがありました。転移できたのも、優斗にプログラムされた神の力と遺跡のシステムが反応したからです。

Q、エンキって今どんな状態?
A、月遺跡機動にあたって、自身の神の力を燃料にする為に、保存を兼ねて治療ポッドをコンバーターに直結。意識をマルドゥークのメインコンピュータに入れることで、シェム·ハ復活の際の波長を真っ先に感知出来るようにしました。意識を戻せば復活は出来ますが、人類は手を離れて思うがままに生きてほしいと考えていました。万が一無理に動かしてしまい、バラルに不具合が起こった場合、どの様な影響が起こるかまでは戦闘専門のエンキには分からないので無闇に動けませんでした。

Q、ニンフルサグがエンキの姉?
A、原点でのシュメール神話ではニンフルサグはエンキと子を産む間柄になります。シンフォギアではフィーネがいるのと、あくまで宇宙人?なので近しい関係として姉になりました。だからニンフルサグはフィーネを知っています。将来の義理の姉なので。


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