ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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一応言っとくと、この世界は平行世界です。違いは、ニンフルサグが居るか居ないかぐらい。

なのでギャラルホルンはありません。…あっちが来ないとは言ってませんが。


神話からの帰還と、日常を告げる「おかえり」

 

月面遺跡での数千年に及ぶ因縁。アダムの正体と、バラルの呪詛の真実。

 

優斗たちが持ち帰ったそのあまりにも衝撃的な報告をすべて聞き終えたS.O.N.G.本部の食堂は、深い沈黙と困惑に包まれていた。

 

「……こ、小難しいことばっかりでするする頭に入らないデース……ッ」

 

真っ先に限界を迎えたのは自称常識人の切歌だった。両手で頭を抱え、まるで知恵熱で頭頂部からぷすぷすと煙を上げそうな顔をしている。

 

「それもあるけど、神様とか人類の起源とか……スケールも大きすぎて、直に理解しにくいかも」

 

調も戸惑ったように切歌を宥めつつ、複雑な顔でテーブルの上のマグカップを見つめていた。

 

無理もない。つい数日前まで「紛争地域で違法に所持していたアルカノイズ」に、それを含めた「世界を裏で牛耳る、錬金術師の結社の幹部が裏切ったり」と、まだ国家間クラスだったのに、いきなり「人類を創った神の正体」や「言葉で憑依する無限の悪意」といった神話規模の話に跳ね上がったのだから。

 

「つまり……パヴァリアの局長アダムが、人類の前に作られたプロトタイプで?」

「廃棄されそうになった恨みで、神の力を得て復讐することを目的にサンジェルマンさんたちを利用していたと……」

 

マリアとセレナが、信じがたい事実を咀嚼するようにゆっくりと口にする。

 

「……業腹だが、そうなってしまうワケダ。今考えると、あの『ティキ』を使った儀式も、理想のためなんかじゃない。ヤツ自身が神の力を得るためだったというワケダ」

 

プレラーティが、ギリッと奥歯を噛み鳴らして苦々しく吐き捨てた。

 

サンジェルマンがどれほど純粋に人類の解放を願い、泥を被って結社を率いてきたか。その部下の願いを鼻で笑い、ただ自身のコンプレックスと復讐のダシに使っていたアダムの所業に、怒りがこみ上げてくる。

 

「ええと、つまりアタシたち人類は、えーっと……生体……」

「『生体演算端末群』だよ、奏」

「そう、それ! その生体演算端末群とかいうユグドラシルっていう機械のために生み出された人類だけど、完璧になっちゃったアダムより、成長性のあるアタシたちを選んだと」

 

テーブルに乗せた腕で頬を支える奏が、エンキに視線を向けると、翼が横から的確に単語を補足した。

 

「ああ。……だが、それだけで君たちルル・アメル…人を選んだわけじゃない」

 

ホログラムではなく、確かな肉体を持った神であるエンキは、隣に座るフィーネの肩を優しく抱き寄せながら、静かに、そして温かく微笑んだ。

 

「フィーネを……君たち人類を愛していたからこそ、我々アヌンナキのように、進化の袋小路でただ終わりを迎えるだけの未来を掴んでほしくなかったんだ。君たちには、自らで未来を選ぶ自由があった」

 

それは、単なるシステムの性能差などで選んだのではない。神から人類への、不完全だからこそ寄り添いあおうとする純粋な愛だった。

 

「……で、これからどうすんだ? 敵の目的がわかったなら、今からでもそのアダムって野郎のアタマを抑えにいくのか?」

 

しんみりとした空気を切り裂くように、攻めっ気満々のクリスが身を乗り出して尋ねた。

だが、その提案にはキャロルが即座に待ったをかける。

 

「いや、やめといたほうがいいだろう」

「なんでだ?」

「キャロルちゃんの言う通りだよ」

 

食ってかかるクリスを宥めるように、優斗が優しく声をかけた。

 

「僕たちは月から戻ってきてから、少し休める時間はあったけど……クリスちゃんや皆は、バルベルデでずっと瓦礫の撤去や復興支援で働いてきたばっかりじゃないか。ここは一度、しっかり休んだほうがいいと思うよ」

「うっ……そ、それは……」

 

優斗の純粋な思いやりに、クリスは言葉を詰まらせて顔を赤くする。

確かに二日間ぶっ通しの肉体労働で、身体の疲労は少ないように見えても、見えない精神的な疲労が蓄積している可能性は高かった。

 

「ボクも賛成です。皆さんのギアも、二日間の連続稼働で酷使していますから、出撃の前に念のため調整をしておきたいのです」

 

エルフナインもモニター越しに同意し、整備の必要性を訴える。

 

「決まりだな。それに、カリオストロの奴もパヴァリアからこちらへ合流する手筈なのだろう? ならば、奴が来てからでも遅くはない」

 

そう結論付けたキャロルは、なぜか優斗の隣にピタリと――それこそ肩と肩がくっついてしまうほど近い距離に陣取りながら、腕を組んでみせた。

そして、チラリとテーブルの端に座る人影へと視線を向ける。

 

「それに、サンジェルマンがこの調子だ。……だが、それを省いたとしても、こちらの戦力が有利なアドバンテージは揺るがない」

「……すまない……」

 

キャロルの言葉に、サンジェルマンがポツリと力なく呟いた。

彼女は机を見つめたまま、焦点の合わない瞳で項垂れている。自分の愚かさがすべてを台無しにし、ここにいる全員の足手まといになっていると思い込み、卑屈なまでに落ち込んでいた。

 

「サンジェルマン……」

 

かつての気高い友のあまりにも痛々しい姿に、プレラーティの顔が歪む。

悲しみと、何もできない自分への苛立ち、そして諸悪の根源であるアダムへの怒りが入り混じり、彼女の周りの空気がピリピリと重く沈み始めた。

 

(……このままだと、プレラーティさんまで潰れちゃうな。それに、皆も疲れてる)

 

その空気の悪化を敏感に察知した優斗は、パンッと勢いよく両手を打ち合わせた。

 

「と、取り敢えず!! 皆さん、お腹が空いているはずでしょう!?」

 

ビクッと肩を揺らした装者たちへ向けて、優斗は厨房の前に立ち、ひまわりのような明るい笑顔をパァッと咲かせる。

 

「今から僕が腕によりをかけて作りますから! 何が食べたいか、リクエストを聞いてもいいですか!?」

 

沈みかけた空気を、美味しいご飯の匂いで塗り替える。

それが、新城優斗という少年が持つ、誰よりも温かい『力』だった。

 

「じゃあ、アタシはハンバーグでっ!」

 

真っ先に元気よく手を挙げたのは奏だった。

 

「私は鯖の味噌煮をお願いしますね」

 

翼が静かに、しかし確かな食欲を滲ませて続く。

 

「私はミートソーススパゲティね。セレナはどうする?」

「私もマリア姉さんと同じ物をお願いします」

「奏先輩と同じハンバーグが食べたいデス!! 頭を使ったからお腹が、ぐるぐるペッコリンになったデス!」

 

切歌がポンポンとお腹を叩きながら独特の擬音でアピールすると、隣で調がクスクスと笑う。

 

「切ちゃんがハンバーグなら、私はエビフライがいいな」

「ボクもエビフライでお願いします。……キャロルもエビフライ、一緒に食べる?」

 

エルフナインが隣のキャロルに問いかけると、優斗のすぐ隣を死守していたキャロルが腕を組んで思案顔になった。

 

「シチュー……と言いたいところだが、お前の手際とはいえ流石に時間がかかるな。……オレはエルフナインと同じのでいい」

 

優斗の負担を減らすための、キャロルなりの少し不器用な気遣いだった。

優斗の明るい声と勢いに乗って、次々と食べたいものを口にしていく。

重く沈みかけていた空気が、少しずつ日常の温かな色を取り戻し始めていた。

 

残るはパヴァリアの二人と、エンキと了子のカップルだ。

 

「プレラーティさんはどうします?」

「……ワタシは何でもいいワケダ」

 

どこか投げやりなプレラーティの返事の横で、サンジェルマンがゆっくりと立ち上がった。

 

「……私は遠慮しておこう。醜態を見せた私を休ませてもらったのは確かにありがたいが、一刻も早く私達に出来る事をやらねばならない。まずはカリオストロに連絡を――」

 

生真面目すぎるがゆえに、自らを罰するように使命へ戻ろうとするサンジェルマン。

だが、その悲壮感漂う言葉は、突如として彼女自身の腹部から鳴り響いた盛大な音によって、強制終了させられた。

 

――きゅるるるるるるぅぅぅぅ……。

 

錬金術の到達点である完全な身体を持つ彼女たちだが、決して機械になったわけではない。飲食も可能であれば、睡眠などの原始的な欲求も当然持ち合わせている。

先ほど優斗が焼いたパンケーキの甘味で一時的に精神が休まったせいか、極度の緊張と絶望から解放された肉体が、急激にエネルギーを求め始めたのだ。

 

「ッ……! ……!!」

 

立ち上がって熱弁を振るおうとしたせいで、その場にいる全員の視線を一身に集めてしまったサンジェルマン。

誇り高き錬金術師は、己の腹の虫の強烈な自己主張に耐えきれず、顔を耳まで真っ赤に染め上げて、プルプルと小刻みに震えるしかなかった。

 

(や、やばい! サンジェルマンさんが羞恥心で死んじゃう!)

「と、取り敢えず!! 病み上がりのサンジェルマンさんは何か体に優しいものにしましょうか! お粥とかうどんとか!」

 

これ以上の沈黙は彼女のプライドを粉砕すると察知した優斗は、慌てて大声を出し、強引に話題を切り替えた。

 

「エ、エンキさんは何にしますか!?」

 

フォローのためにバッとエンキを振り返り、必死に気を逸らそうとする優斗。

 

「あ、ああ。……そうだな、優斗のおすすめでいいだろうか」

「エンキさんはたくさん食べますか?」

「体を動かすことも多い。それなりに食べる方だな」

「それなら、スタミナがつくやつがいいですね。じゃあ、了子さんがこの前に頼んだアレで――」

「わーっ!! 優斗くーん!? それはちょっと言わないでほしいのだけれど!?」

 

次の瞬間、エンキの隣に座っていた了子が猛スピードで優斗に距離を詰め、その口を背後から物理的に両手で塞いだ。

実のところ、以前こっそり一人でコモドにやって来た了子が、「たまにはスタミナがつきそうなガッツリ系が食べたい」と優斗にリクエストして平らげたメニュー……それは、『ニンニクマシマシの豚スタミナ丼(特盛)』だった。

 

いくら数千年の付き合いとはいえ、やっと再会できた愛しい人の前で、そんな男前すぎるメニューを貪り食っていた過去をバラされるのだけは、乙女として絶対に阻止しなければならなかったのだ。

 

「むぐっ!? りょ、ひょこはん……くるひ……(了子さん、苦しい……)」

「あはははは! エンキには私が適当に見繕って教えるから、優斗くんは気にしないで! ね!?」

 

必死の形相で優斗の口を塞ぐ了子と、もがく優斗。

 

そのあまりにも慌てふためいたドタバタ劇に、先ほどまで絶望に沈みかけていた食堂の空気は完全に吹き飛び、皆の顔に自然と笑顔が戻っていた。

 

必死の形相で優斗の口を塞ぐ了子。そのあまりの慌てっぷりに、優斗の隣に座っていた奏が「はいはい、ストップだ」と呆れたように立ち上がり、彼女を落ち着かせるように歩み寄った。

 

だが、了子のそばまで来た奏はふと何かを思い出したように足を止めると、やたらと『いい笑顔』を浮かべ、了子の肩にガシッと力強く腕を回した。

 

「そういや、了子さんよー。アタシら、一つ約束をしてたっけなぁ?」

「え?」

 

唐突に肩を抱かれた了子は、奏の顔を見上げてパチクリと瞬きをする。

そんな彼女の戸惑いを無視して、奏は腕の中の了子を絶対に逃さないとばかりに、ギリィッ……とさらに力を込めた。

 

「まだ二課があった頃、アンタがアタシたちに投降した時のことだ」

「そうね……。あの時、月に復讐することをやめたからこそ、こうしてエンキに出会えた。それに、心の壁が無くなったからかしら、貴女たちとも前よりずっと仲良くなれたと思うわ。……あの? 奏ちゃん? なんでそんなに肩に力を込めているの?」

 

過去の懐かしい記憶に浸り、ふわりと微笑む了子。

その隣で、奏は大げさに「うんうん、そうだな」と頷いているが、了子の肩をホールドする万力の如き力は一切緩めようとしない。

二人の間に流れる明らかに不穏な空気に、サンジェルマンから装者たちの視線が自然と奏達の方に集まり始める。

 

「そん時さぁ、アンタ言ったよな? 『どんな罰でも受ける』って」

「ええ、確かに言ったわ。そして、奏ちゃ……ん……が…………」

 

了子は過去の記憶を辿り、あの時の奏の返事を思い出した瞬間、サーッと顔から血の気を引かせて言葉を尻すぼみにさせていった。

 

その会話の顛末を聞いていた翼は、当時のことをハッキリと覚えていたのだろう。深くため息をつき、「あちゃー……」と頭を抱えて天井を仰いだ。

 

「『愛する人』とやらと無事に再会した後で、アタシと一対一(サシ)で決着をつけろ。……そう言ったよな?」

「……あ」

 

完全に固まる了子。

もしこれが、かつての罪に対する真面目な『贖罪』としての罰であれば、今の了子なら素直に受け入れただろう。

しかし、目の前の奏は真剣な表情でも、怒りに満ちた表情でもない。まるで、極上のイタズラを思いついた悪ガキのような、底意地の悪い最高の笑顔を浮かべているのだ。

 

(な、なんかすごく嫌な予感がするわ……っ!)

 

本能が警鐘を鳴らす。

 

「じゃあ、(おやくそく)の執行な? 了子さん、後でアタシと訓練室で模擬戦な? もちろん、お互い装備ありの全力で」

「か、奏ちゃん!? ほ、ほらあなた、バルベルデで二日間も奉仕活動したばかりじゃない! 絶対に疲れているはずだから、今日はゆっくり休んだほうがいいわよ!?」

 

文字通りの『死刑宣告』に近い罰の提示に、了子は震える声で必死に逃げ道を模索する。

 

「アタシはピンピンしてるけど?」

「ギ、ギアだって! さっきエルフナインちゃんが言っていたように、激戦の後は念入りな調整がいるはずよね!?」

「エルフナイン、そこんとこどうなんだ?」

 

水を向けられ、エビフライの素晴らしさをキャロルに語っていたエルフナインがビクッと肩を揺らす。

 

「え!? ……ええと、確かバイタルデータとギアの損傷率からして、半日程度の稼働ならおそらく、いけるはずです。も、もちろん、絶唱や無茶なリミッター解除をしないのなら、の話ですけど……」

「だってさ。なら問題ねぇな。優斗のメシを食って消化したら、みっちりやるか。……や・く・そ・く、だもんな?」

「ひ、ひえぇぇぇ……っ」

 

逃げ道を完全に塞がれ、了子の口から情けない悲鳴が漏れた。

確かにあの時、「無事にエンキに会えたら、奏の怒りを受け止める」と約束した。言ったのは自分だ。

だが、いくら手加減してくれるとはいえ、あの常識外れの風鳴弦十郎と暇あれば日常的にバチバチの模擬戦を繰り広げている最強のガングニール使い、天羽奏とギアありで正面から殴り合うなど、恐ろしすぎて絶対にやりたくない。

 

優斗の美味しいご飯を食べる前から、了子は過去に不用意な約束をしてしまった自分自身を、心の底から呪うのだった。

 

逃げ場を完全に塞がれ、顔面を蒼白にして震える了子。

そんなかつての恩師の哀れな姿を見て、翼はそっと目を伏せると、静かに両手を合わせて合掌した。

 

「……南無」

「南無、デース……」

「な〜む〜」

 

奏と了子の間にあった過去の深い因縁を詳しく知らないマリアたちでさえも、奏から放たれる絶対的なプレッシャーと、これから了子に降りかかるであろう無慈悲なまでの暴力(かわいがり)の末路を本能で悟ったのだろう。

 

誰からともなく、次々と胸の前でスッと両手を合わせ、哀れな生贄へと祈りを捧げ始めた。

その異様な連鎖反応を見ていたエンキは、少し考えてからクスッと小さく笑った。

 

(……まあ、今回ばかりはフィーネの自業自得か?)

 

数千年ぶりの再会を果たしたばかりの愛しい恋人へ助け舟を出すどころか、エンキは皆の動作を見様見真似で真似て、顔の横で綺麗に片手の合掌してみせたのだった。

 

「ち、ちょっとエンキ!? アナタまでアタシの御冥福を祈らないで、助けてぇぇぇっ!?」

 

S.O.N.G.本部の食堂に、了子の情けない絶叫がこだまする。

 

 

 

月面での重すぎる真実や、アダムの脅威すらも一時的に吹き飛ばしてしまうほどの、騒がしくも温かい日常の光景がそこにはあった。

 

そして、S.O.N.G.本部の食堂は、たちまち優斗によるゲリラ的なお食事処へと早変わりした。

手際よく調理を進め、優斗は皆のリクエスト通りの料理を次々とテーブルに並べていく。

ハンバーグ、鯖の味噌煮、ミートソーススパゲティ、エビフライ……。

 

エンキには、了子の乙女心と過去のやらかしをしっかりと隠した上で、あの『ニンニクマシマシ豚スタミナ丼』が振る舞われた。

秘密を守ってもらえた了子はホッと胸を撫で下ろし、自分は優雅にカルボナーラをチョイスしていた。

 

ストレスで胃を悪くしているかも知れない考えた優斗は、サンジェルマンに、胃腸に優しい温かな『きつねうどん』。付き添っていたプレラーティは『天ぷらうどん』をすすることになった。

 

「んんっ! 美味しいデース!」

「優斗のご飯、相変わらず最高だな」

 

和気あいあいと、皆が笑顔で優斗の手料理に舌鼓を打つ。

 

……ただ約一名、この後の『死刑執行』を控えた了子だけが、「美味しいわぁ……でもこの後死ぬのね……」とカルボナーラをすすりながらメソメソと泣いていたが、それ以外は大盛況のうちに食事会は幕を閉じた。

その後、一行はそれぞれの休息や調整のために解散した。

優斗自身は、食後に行われたという了子と奏の模擬戦という名のかわいがりを直接見てはいない。

 

 

 

だが、後から聞いた話によると……手加減されたとはいえギアを纏った奏に徹底的にしごかれた了子は、終わった後、いい大人が絶対にしないような顔でわんわんと泣きじゃくりながら、エンキの胸に縋り付いて抱きついていたらしい。

 

そんな嵐のような本部での出来事を、優斗は自室のベッドに腰掛けながら、リディアン音楽院の学生寮にいる二人へとテレビ電話を繋いだ。

 

数回のコールの後、画面がパッと明るくなり、待ちわびていたような二人の顔が大写しになる。

 

『あっ、優斗お兄ちゃん! おかえりなさい! やっと繋がったー!』

『優斗さん! おかえりなさい、無事でよかった……!』

 

画面の向こうで、響と未来が心底ホッとしたような、パァッと花が咲いたような笑顔を見せる。

 

『弦十郎さんから月へ向かったて聞いたときは驚いたけど、優斗お兄ちゃん。月の上ってどんな感じだったの!?やっぱりふわふわしてた!?』

『響ったら、久しぶりの優斗さんに聞くことがそれなの?…でも、いくら行き先を知っていたとはいえ……やっぱり、丸二日も一切連絡が取れないのは寂しかったです、優斗さん』

 

画面越しにグイッと身を乗り出して興味心身に月の体験を聞く響と、胸を撫で下ろして少しだけ潤んだ瞳で微笑む未来。

 

途方もない距離を隔てていても、自分を心から案じて待っていてくれた温かい二人の声に、優斗の胸の奥がじんわりと温かくなる。

 

「通信も流石に月面まではね?その後も何かと忙しくて、連絡まともに取れなかったのは本当にごめんね……でも、ちゃんと皆で無事に帰ってきたよ。心配かけてごめんね、響ちゃん、未来ちゃん」

 

優斗が苦笑いしながら手を合わせて謝ると、二人は顔を見合わせて「無事ならいいの!」と声を揃えて笑ってくれた。

 

そんな心温まる再会の挨拶を交わした後――優斗は少し居住まいを正し、月面で起きた想像を絶する出来事を語り始めた。

 

『アヌンナキ……? ユグドラシル……?』

 

テレビ電話機能で繋がった画面の向こうでは、未来が目を回しそうになりながら必死に理解しようとする素振りを見せている。

 

隣に顔を寄せる響も、あまりにもスケールが大きすぎる「神話と人類の真実」に口をポカンと開けていた。

 

『ご、ごめんなさい優斗さん! スケールが大きすぎて、ちょっとすぐには頭に追いつかないかも……!』

「あはは、そうだよね。僕も月で聞いた時はびっくりしたよ」

 

言っているだけで、冗談になってしまう内容に、伝える方の優斗も苦笑い。

 

「弦十郎さんは、未来ちゃん達に聞かれたら、協力者との齟齬を無くすために話してもいいって言われたよ。…でも、響ちゃんは隠し通せるかな?」

『む〜、優斗お兄ちゃん。今や私も花の高校2年生。後輩も出来たスペシャル響な私に、隙はないんですよ?』

『でも響。この前、後輩に道を尋ねられて案内したはいいけれど、結局迷っちゃって逆に案内されてたじゃない』

『かはっ!……み、未来、それは言わないお約束で…!』

 

しかし中には、喜ばしい話題もあった事に響はパァッと顔を輝かせて身を乗り出してきた。

 

『でもでも! 了子さんがずっと探してた人に会えたのは、本当に良かった〜!』

『うん。あの了子さんがそこまで想い続けていた人にやっと会えたなんて、なんだか素敵だね』

 

二人は、かつての敵であり、頼れる大人のお姉さんでもある了子の数千年越しのロマンスを、自分のことのように素直に喜んでくれた。

 

話の内容が、仲間になったサンジェルマン達へとスライドしていく。

 

「ただ、その……色々とあった事に一番サンジェルマンさんにとってすごくショックだったみたいで。サンジェルマンさん、気絶から起きた後もずっと落ち込んでて……皆の前で『ぐぅ〜っ』ってお腹鳴らしちゃった時なんか、恥ずかしさで真っ赤になって震えちゃって。でも、お腹いっぱい食べたからかな?元気になったのか、笑うことが多くなってたよ」

『そ、それは恥ずかしいシチュエーション……でも、想像したらちょっと面白いかも』

 

優斗が少し申し訳なさそうに当時の状況を語ると、響が自身のした失敗と重なってつい笑ってしまう。

 

『こら、響。人が恥ずかしがってるのを笑っちゃダメでしょ』

 

すかさず未来がピシャリと注意し、響が「ご、ごめんなさい……」とシュンと小さくなる。相変わらずの二人のやり取りに、優斗も自然と笑みがこぼれた。

 

「それで、その空気を変えるために僕がご飯を作ったんだけど……そこで了子さんが、奏ちゃんに目をつけられちゃって。模擬戦でボコボコにされて、エンキさんに泣きついてたらしいんだ」

『あー……』

『やっぱり……』

 

その話題が出た瞬間、画面の向こうの響と未来が、同時に呆れたような、同情するような複雑な顔を見合わせた。

 

『……あの時の約束、奏さんしっかり覚えてたんだね。私たちも、あの場にいたから覚えてるよ』

『うん……「愛する人に会えたら一対一で決着をつける」って、了子さんオーケーって言っちゃってたもんね。自業自得っていうか……』

 

かつて二課があった頃、月への復讐を諦めた了子が投降し、奏と交わしたあの約束。

その場に居合わせていた響と未来からすれば、自ら超特大の地雷を設置しておいて見事に踏み抜いた了子に対しては、「やれやれ」と呆れるしかなかったのだ。

 

月面での壮絶な出来事から始まり、やがて他愛のない日常の話題へと華を添えていった三人だったが、楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけばもう夜更けに近づいていた。

 

「あ、もうこんな時間だ。二人とも、明日は学校だよね。そろそろ寝ないと」

 

画面の端の時計を確認した優斗が、二人の体調を気遣って優しくおやすみを告げる。

 

『えっ!? ほんとだ! …やばい、私明日の準備まだ全然やってない!』

 

時間を見て慌てふためいた響は、『お、おやすみなさい優斗お兄ちゃん! また明日ね!』と早口で叫ぶなり、バタバタと騒がしい音を立てて画面の枠外へとフェードアウトしていった。

 

「あはは、相変わらずだなぁ」

 

ドタバタと響が部屋を駆け回る音をBGMに、優斗は苦笑しながら通話を切ろうと、スマホの画面に指を伸ばす。

 

『あっ……』

 

通話終了のボタンを押す直前。画面に残った未来の静かな声が、優斗の指を呼び止めた。

 

「ん? どうしたの、未来ちゃん?」

 

問い返した優斗の目に映ったのは、画面越しの未来が浮かべた、ひどく穏やかで、心の底から安堵したような微笑みだった。

少しだけ照れくさそうに、けれど真っ直ぐに優斗を見つめて、未来は紡ぐ。

 

『……優斗さん。おかえりなさい』

 

月という遥か遠い場所、神話の狂気と絶望が渦巻く遺跡から、こうして無事に自分の手の届く日常へと帰ってきてくれたこと。

 

それは未来にとって、どんな真実や奇跡よりも尊いことだった。

その短くも温かい言葉の響きに、優斗は少しだけ目を丸くした後——これまでのどんな時よりも柔らかく、穏やかな表情で微笑み返した。

 

「……うん。ただいま」

 

画面越しのささやかな、けれど何よりも得難いやり取りを交わし、優斗は静かに通話を終了した。

暗くなった画面を見つめながら、彼は確かに、日常へと帰還したのだと、改めて実感するのだった。

 




そろそろひびみく成分を入れないと死ぬぜ!な、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、了子はあの後無事に乗り越えたの?
A、シンフォギア無印編の弦十郎戦の焼き回しになりました。エンキも事情知っているので、頑張った了子をとても慰めたらしいです。

Q、奏はなぜこのタイミングで?
A、優斗が頑張って空気を変えようとしたから手伝ったのと、人が労働作業で頑張ったのに、帰ってきたら、きっつい猫撫で声でいちゃついた了子にイラッときたから。奏的にはとっくに許しています。

Q、めっちゃ機密の情報を一般人のひびみく言っても良かったの?
A、本当はダメですが、訃堂を含めた適正などの情報等、一部知ってしまった勢力が、貴重な奏者候補の戦力を取り込み、あわよくば拡大したいがために弦十郎に許可を出しました。弦十郎は2人を戦わせる気なんて無いのでかなり渋っていましたが、優斗の精神的フォローと、知っていたほうが説明無しで保護しやすいのでしぶしぶ許可しました。





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