強くしたのはいいけど、振るう相手もいなければ、ただでさえ原作での強さのイメージがしにくいのに、強化した弦十郎をどう表現したらいいのか分からなくなりました。
ドラゴンボールでも読み返すか…?
平日の昼下がり。静かながらも活気のある、ごくありふれた商店街の町中を、ひときわ目を引く異色の四人組が歩いていた。
先頭を意気揚々と歩くのは、豪奢な青髪を揺らすカリオストロ。
そしてその後ろを、両手に抱えきれないほどの大きな荷物を持たされて歩く三人の少女たち――異端の技術でその身体を怪物へと改造されてしまったヴァネッサ、ミラアルク、エルザの三人である。
四人ともすれ違う人が思わず目で追ってしまうほど顔立ちが整っており、中には立ち止まって振り返る者までいる。
だが、そんな衆人環視など全く気にする素振りも見せず、カリオストロはズンズンと商店街を突き進んでいく。
三人は、結社で袂を分かったサンジェルマンたちに対して、友好的に接しているも、心の底ではまだ薄らと警戒心を抱いていた。
それでもこうして大人しくカリオストロの先導に従い、大量の荷物運びまで素直に手伝っているのには理由がある。サンジェルマンが懇意にしている『優斗』という青年が対処してくれるというだけでなく、錬金術師でもトップクラスの腕前のキャロルや、あのフィーネたちの規格外の知識を合わせれば、自分たちの不可逆な身体を人間に戻す治療法が見つかるかもしれない……と聞かされたからだ。
「いーい? これから会うのは、あんた達の体を治せるかもしれない奴だから、絶対に迷惑をかけないでね。特にサンジェルマンには感謝すること!」
肩越しに振り返り、ビシッと指を突きつけて念を押すカリオストロ。
その言葉に、一番後ろを歩いていた小柄なエルザが、抱えた箱の横から顔を覗かせて少しだけ複雑そうに頷いた。
「……ガンス。サンジェルマンに助けられるのはまだ少し割り切れないところもあるでありますが、わたくしめたちの身体が本当に治るというのなら、決して無礼のないよう心して向かうであります」
「……でも、こんな平和な町中に、私たちの身体を治してくれるような人たちが本当に集まっているのかしら?」
全身を機械化されたサイボーグであるヴァネッサが、両手に荷物を持ったまま、周囲ののどかな八百屋や惣菜屋の店先を柔らかい眼差しで見回しながら、少しだけ不思議そうに首を傾げる。
「こういう平凡な町中にこそ、とんでもない奴が潜んでるかもしれないぜ?」
吸血鬼の力を持つミラアルクが、荷物を軽々と持ち上げながら中性的な口調で笑う。
「ほらほら、立ち止まらない! もうすぐ着くわよ!」
「あいあーい。ほら、行くぜ二人とも」
カリオストロに急かされ、三人は慌てて後を追う。
初めてくる日本の周囲の物珍しい光景に、エルザはキョロキョロと忙しなく視線を彷徨わせていた。
本来であれば頭頂部にピンと立っているはずの獣耳は、今は人目を避けるために寝かしつけられ、ただのボリュームのある髪の毛として誤魔化されている。……が、商店街から漂ってくる焼き鳥やコロッケの美味しそうな匂いに反応して、今にも立ち上がりそうにピクピクと忙しなく動いていた。
「エルザ、耳、耳。あんまり気を抜くとバレるぜ」
「あっ、いけないであります……! つ、つい美味しそうな匂いに、わたくしめの耳が……」
ミラアルクに小声で注意され、エルザは荷物を持っているので肘のあたりで自分の頭をギュッと押さえつける。
そんなドタバタする二人を見て、ヴァネッサは優しくお姉さんのような微笑みを浮かべた。
「エルザちゃんもミラアルクちゃんも、荷物を落とさないように気をつけてね」
互いを思いやる家族のような温かな絆と、治るかもしれないという微かな希望。それらを胸に抱きながら、四人は目的の場所――優斗たちのいる店へと足を踏み出していくのだった。
ノーブルレッドの三人がなぜ、かつての加害した組織の幹部であるカリオストロに大人しく付き従っているのか。それは、キャロルたちがパヴァリアの支部に襲撃をかけ、施設が崩壊したあの日のこと。
非道な実験を繰り返され、自由のない地獄のような生活を送っていた三人は、混乱に乗じて救出された。圧倒的な力を持つキャロルたちにはお礼を言う間もなく、三人はパヴァリアの幹部であったサンジェルマンによってそのまま保護されることになった。
当初、自分たちをこんな目に遭わせた組織の幹部である彼女に対し、ヴァネッサたちは当然ながら警戒を解かず、隙を見て逃げ出してやろうとすら考えていた。
だが――いくら時間が経っても、サンジェルマンは彼女たちに「何も」してこなかった。
それどころか、三食の温かい食事に、ふかふかのベッドがついた個室を与え、一切の拘束をすることもなくただ住まわせたのだ。その手厚すぎる扱いは、過酷な実験体としてしか生きられなかった彼女たちにとって、逆に強烈な疑問と気味の悪さを生むことになった。
『拘束も何もしてこなかったし、何もしてこないってことは、体目当てじゃなさそうだゼ。あいつら何を考えてるんだぜ?』
『そうでありますね。わたくしめ達に何もしない所が逆に不気味であります』
サンジェルマンから支給されたお金を使い、外出禁止なため通販で買ったスナック菓子をベッドの上で頬張りながら、ミラアルクとエルザは答えの出ない話し合いを続けていた。
『んんっ!?……ヴァネッサー。このお菓子あたりだぜー! 一緒に食べないかー!?』
新しく開けた袋の味がよほど美味しかったのか、シェアしようと、窓辺で外の自然をぼーっと見つめていたヴァネッサにミラアルクが声をかける。
『ええ、後でもらうわね』
ミラアルクに優しく返しつつも、ヴァネッサの脳裏に焼き付いて離れない光景があった。
それは、保護された直後に設けられたサンジェルマンとの会合の時のことだ。
パヴァリアの身勝手な実験によって「人間ではなくなった」自分たちの悲痛な叫びと、ぶつけようのない怒り。
サンジェルマンは、それを一切言い訳せずに真正面から受け止め、まるで自分自身の痛みであるかのように、ただひたすらに謝り続けていたのだ。
(あんなに子どもみたいに泣きそうなのに、涙を流せない程追い込んでいる……。両親から聞いた話とは大違いだったわね……)
窓の外を揺れる木々を見つめながら、ヴァネッサはそっと目を伏せた。
ミラアルクとエルザ。この二人は完全に一般の世界から拉致され、無理やりパヴァリアの実験体にされた被害者だ。
しかし、ヴァネッサは違う。彼女の両親はパヴァリアの一員であり、ヴァネッサ自身もまた、結社のメンバーだったのだ。
だが、過去に行われたファウスローブの開発実験が失敗。大怪我を負ったヴァネッサは、失われた身体の大半を義体で補うことで、サイボーグのような姿となって辛くも生き延びた。
しかし、それはパヴァリアにおいて「死」よりも残酷な結末を意味していた。
欠損のない完全な肉体こそが錬金術の深淵に近づく絶対条件だとされるパヴァリアの教義において、機械で補われたヴァネッサのような存在は『不完全な失敗作』として決して認められない。
実の両親にすらあっさりと見放され、ヴァネッサはミラアルクやエルザと同じ「実験体」の境遇へと堕ちた。
完璧を求める結社の中で、彼女たちは『卑しき錆色』という忌み名で呼ばれ、終わりの見えない凄惨な人体実験にさらされ続けてきた。
そんな絶望のどん底で三人は出会い、同じ境遇であるお互いの存在だけを唯一の心の支えとして、今日まで必死に生き延びてきたのだ。
(そんな私たちに……あそこまで心を痛める幹部がいたなんてね)
サンジェルマンのあの痛切な横顔と、自分たちの身体を元に戻すために奔走してくれているという事実。それが、ヴァネッサたちの中で分厚く張られた警戒心の壁を、少しずつ溶かしていた。
保護されてから数日が経ったある日。自分たちに手厚すぎる対応をするサンジェルマンという人間の不可解さに、どうしても興味を惹かれたヴァネッサは、彼女の仲間であるカリオストロとプレラーティに直接話を聞く機会を得た。
そこで語られたサンジェルマンの目指す世界――『バラルの呪詛を解き、神も支配者もいない自由な世界を創る』という壮大な理想を聞いた時、ヴァネッサは最初、何のたちの悪い冗談かと思った。
パヴァリアの錬金術師など、己の探求や欲望のために他者を虫けらのように扱う冷酷な者たちばかりだと、身をもって知っていたからだ。ましてや、私達を実験体として支配していた組織の幹部の言葉など。
しかし、カリオストロとプレラーティは誇らしげに語った。
サンジェルマンは、ヴァネッサの知る他のパヴァリアの幹部たちとはまるで違っていたのだ。
目的のために血を流すにしても、狙うのは決まって私腹を肥やす悪人たちばかり。この数百年間、歴史の裏で暗躍し続けながらも、その犠牲者の数を可能な限り最小限に留めるよう、自らの手を血で汚し、血の滲むような努力と苦悩を重ねてきたのだという。
そして何よりヴァネッサを驚かせたのは――サンジェルマンが、己の理想のために犠牲となった者たちの『人数』を、ただの一人も忘れることなく、その身を焼くような罪の意識と共にすべて記憶し続けているという、信じがたい事実だった。
『サンジェルマンはさ、不器用なくらいバカ真面目で、優しすぎるのよ。だからあーしたちが支えてやんなきゃって思えるのさ』
『ワタシたちも、サンジェルマンに拾われて命を救われたようなワケダ。だから、サンジェルマンの
サンジェルマンへの深い恩と親愛を語る二人の言葉は、嘘偽りのない熱を帯びていた。
最初は「パヴァリア幹部の昔話なんて興味ないぜ」「聞くだけ無駄であります」とそっぽを向いていたミラアルクとエルザでさえ、二人の紡ぐドラマチックで真っ直ぐな言葉に引き込まれ、いつの間にか身を乗り出して聞き入ってしまっていたほどだ。
(あんなにキラキラした顔で、誰かのことを楽しそうに話すなんて……)
パヴァリアという完全な実力主義で冷酷な組織の中で、あれほどまでに他者から慕われ、絶対の信頼を寄せられる人間がいる。
その事実を目の当たりにしたヴァネッサは、二人の楽しげな様子を見つめながら、小さく息を吐いた。
(……少しだけ、あの人のことを見直してあげてもいいかもしれないわね)
サンジェルマンの不器用な優しさと、彼女を慕う二人の絆。
それが、傷つき人間不信に陥っていたヴァネッサたちの心を、少しだけ前へと向かせてくれたのだった。
「ヴァネッサ、着いたでありますよ」
エルザの弾んだ呼び声に、ヴァネッサはふっと我に返った。
過去の追憶から意識を浮上させて前を向くと、そこには少し年季の入った、至って普通の喫茶店が建っていた。
レトロで落ち着いた雰囲気の店構え。だが、ドアには今日のこの特別な『会合』のためか、あるいは貸し切りにしているためか、「
「ここが……『コモド』……」
ミラアルクが、その店名が書かれた看板を見上げながらポツリと呟いた。
果たして本当に自分たちの身体が治るのかという期待か、それとも未知の領域へ踏み込むことへの本能的な警戒か。彼女は無意識のうちに、ゴクリと喉を鳴らしていた。
だが、そんな三人の緊張など全く意に介する様子もなく、先頭を歩いていたカリオストロは、まるで自分の家へ帰ってきたかのように、堂々とドアノブに手をかけて押し開けた。
カランカランッ――。
軽やかなドアベルの音が、静かな店内に響き渡る。
「やっほー! 荷物と一緒に、子羊ちゃんたちを連れてきてやったわよ! サンジェルマン、いるー?」
「…?わたくしめに羊は入っておりませぬが?」
「比喩だよ、比喩!」
「そうだったら、ふわもこのエルザちゃんはとっても可愛いわよね」
カリオストロが明るい声を張り上げて店内を見渡す。エルザの反応にミラアルクがつっこみ、ヴァネッサが着ぐるみの様なエルザを想像してほっこりする。
ふわり。と、焙煎されたコーヒーの香りが漂う穏やかな空間。その少し奥まった場所にあるテーブル席に、見慣れたサンジェルマンの後ろ姿があった。
カラン、とカップをソーサーに置く静かな音が響いた。
貸し切り状態の店内の奥、落ち着いた色の木製テーブル席で、サンジェルマンは湯気を立てるコーヒーを静かに嗜んでいた。
その隣の席にカリオストロがドカッと腰を下ろし、向かい側の席には、重い荷物を床に置かせてもらったヴァネッサたち三人が少しだけ緊張した面持ちで腰を落ち着ける。
「……遅かったな、カリオストロ。それに、お前たちも」
サンジェルマンが静かに振り返り、向かいに座ったノーブルレッドの三人と、隣のカリオストロへ労いの視線を向けた。
その顔色は、真実を知り絶望に打ちひしがれていた時に比べれば、いくらか血の気を取り戻しているように見える。
「まぁね。この子たちが大人しくついてきてくれたお陰で、思ってたより早く済んだわ」
カリオストロはそう言って笑いながらも、その瞳にはサンジェルマンへの深い心配の色が浮かんでいた。
彼女はここへ来るまでの道中、プレラーティからの通信で『月での顛末』をすべて聞いていたのだ。
自分たちが数百年にわたって追い求めてきた悲願が、実は世界を滅ぼす行為であり、アダムの復讐に利用されていたに過ぎなかったこと。そして、その残酷すぎる真実を知ったサンジェルマンが一度は完全に心を折られ、気絶してしまったことまで。
「……プレラーティから聞いたわよ。月でのこと。サンジェルマン、本当に大丈夫なの?」
普段の軽口を潜め、カリオストロが真剣なトーンで問いかける。
向かいに座るヴァネッサたちも、かつての冷徹な幹部からは想像もつかないほど『弱さ』を見せるサンジェルマンの姿に、思わず息を呑んで会話の行方を見守った。
サンジェルマンは伏し目がちに手元のコーヒーカップを見つめ、その水面に映る自分の顔を静かに見下ろした。
「……心配をかけたな。正直に言えば、ショックは大きい。局長…アダムの所業と己の愚かさには、まだ完全に整理がついているわけではない。今まで奪ってしまった命たちが、夢となって責めてくる事もある」
「サンジェルマン…」
ぽつり、ぽつりと、嘘偽りのない本音をこぼす。
だが、サンジェルマンはふっと肩の力を抜くと、微かに、本当に微かにだが、憑き物が落ちたような穏やかな微笑みを浮かべた。
「本来、未来を奪ってしまった私は、平和を享受するのは許されることではない………だが、何百年も私を縛り付けていた『使命』という重圧から離れ、こうしてただ静かにコーヒーを飲み、穏やかな時間を過ごしていると……なんだかひどく、不思議な気分になる」
「サンジェルマン……」
「少なくとも、あの月で絶望の底に叩き落とされた時よりは、ずっとマシになった。……貴女たちプレラーティにカリオストロ、そして優斗やキャロルたちにも、ずいぶんと助けられたから」
そう言って穏やかに目を細めるサンジェルマンの横顔には、かつてパヴァリアを率いていた時の張り詰めたような悲壮感はない。
そこにあったのは、途方もない罪と後悔を抱えながらも、それでも差し伸べられた手によって、もう一度立ち上がろうとしている一人の『不器用で誠実な人間』の姿だった。
そのやり取りを目の前で聞いていたヴァネッサたちは、やはりカリオストロたちが語っていたことは本当だったのだと確信し、サンジェルマンに対する警戒の糸をさらに一段階、スッと緩めるのだった。
「取り敢えず、お前たちの要件を済ませたほうがいいな」
サンジェルマンは、カリオストロに小さく頷いてから、少し奥の厨房に向かって声をかけた。
「……待たせてすまない! 優斗!」
その呼びかけに応えるように、パタパタと軽快な足音が近づいてくる。
奥で仕込みをしていたらしい優斗が、エプロン姿のまま顔を出した。
「あ、サンジェルマンさん。もしかして、待っていた人たちが来ました?」
「ああ、ついさっきね。ごめんなさい、定休日の場所を貸してもらって。彼女たちを出来るだけ刺激したくなかったから……」
サンジェルマンは、申し訳なさそうに眉を下げて優斗に謝った。
パヴァリアの施設から救出され、警戒心の強い彼女たちをS.O.N.G.本部や物々しい施設に連れて行くのは酷だと判断し、この落ち着いた喫茶店を待ち合わせ場所に選んだのだ。
「気にしないでください。それに、これでサンジェルマンさんとの約束を一気に守れましたから。……コーヒーの味は、いかがでしたか?」
「ええ。とても美味しかったわ。ありがとう」
ふわり。
サンジェルマンが、淹れてもらったコーヒーのカップを両手で包み込むように持ち、優斗に向けて柔らかく、本当に柔らかく微笑んだ。
その光景を横で見ていたカリオストロは、驚きのあまり目を丸くして固まっていた。
向かいに座るヴァネッサたち三人も同様に、信じられないものを見るような目でサンジェルマンを凝視している。
無理もない。今、優斗と会話しているサンジェルマンは、パヴァリアの幹部として振る舞っていた時の張り詰めたような威圧感も、男装の麗人としての硬い口調もすっかりなりを潜めていたからだ。
完全なプライベート、心を許した相手の前でしか現れない、本来の『女性的な部分』がごく自然に表に出ている。それは、彼女がどれほどこの青年と、この場所にリラックスし、心を救われているかの何よりの証拠だった。
(……サンジェルマンが、あんな風に笑うなんて)
カリオストロやヴァネッサ達の面々が呆気に取られていると、優斗がニコリと笑ってヴァネッサたちのテーブルへ歩み寄ってきた。
「はじめまして。ここのマスターをしている、新城優斗と言います」
優斗はエプロンの裾で手を拭うと、三人に向かって深く、そしてとても丁寧に頭を下げた。
「ヴァネッサさんに、ミラアルクさんとエルザさんですね? ……サンジェルマンさんから事情は聞いています。僕の助けで良ければ、精一杯頑張りますので、今日はよろしくお願いしますね?」
裏社会の住人であり、異形の怪物として扱われてきた自分たちに対し、微塵の偏見も恐れも抱かず、まるで普通の客に接するように真っ直ぐで温かい笑顔を向けられる。
「えっ……あ、あざまーす……じゃなくて、よろしくお願いします……?」
「ほ、ほえ? こちらこそ、よろしくお願いするであります……?」
予想外すぎるほど純粋な善意と丁寧な挨拶に完全に、そんな対応を受けたのが久しぶりだったせいか、気圧されたミラアルクとエルザは顔を見合わせて戸惑いの声を上げた。
だが、二人の姉代わりであるヴァネッサは、一瞬の驚きの後、ふわりと優しげなお姉さんの顔に戻ると、立ち上がって優斗に優雅な一礼を返した。
「ご丁寧にありがとう、優斗君。私はヴァネッサ。彼女たちがミラアルクとエルザよ。……こちらこそ、私たちのこんな身体を治す方法があるなら、どうかよろしくお願いするわね」
「頑張らせていただきますね。と言っても、僕に直接できるのは……こうして思いを込めて料理を作ることくらいなんですけれど」
優斗は照れくさそうに笑うと、ポンと手を叩いた。
「そうだ、皆さんお食事は取られましたか? 治療の具体的なお話をする前に、まずは僕の料理の味を知ってからでも遅くはないと思いますよ」
その「料理を作る」という言葉を聞いて、ヴァネッサたち三人は密かに顔を見合わせた。
パヴァリアの支部がキャロルの襲撃で崩壊し、救出された彼女たちはサンジェルマンの保護下で、バルベルデから戻ってきたカリオストロから『治療』についての具体的な説明を受けていた。
実験体という情報が制限された立場にいた三人ですら、『キャロル』や『フィーネ』という恐るべき異端の錬金術師たちの名前は知っていた。自分たちをあの地獄から救い出してくれたのがその規格外の存在たちだと知れば、彼女たちが提示する治療法に嘘はないと信じることができた。
それでも、一番の要であるこの少年――優斗による『料理での治療』という部分だけは、最初は眉唾ものだと疑っていたのだ。
しかし、かつて不治の病に侵され、車椅子生活を余儀なくされていたナスターシャという女性が、彼の手料理と不思議な力によって劇的な回復を遂げたという確かな医療データを見せられ、彼女たちはついにその奇跡に縋る決心をしてここへ来たのである。
「そうねぇ。あーし達、ここにくるまで何も食べてないから、もうお腹ペコペコよん。……じゃあ、さっそくお願いしてもいいかしら?」
カリオストロが待ってましたとばかりに自分のお腹をさすりながら、乗り気で注文を促す。
「ありがとうございます。では、メニューをお渡ししますね。今日のおすすめは『ハンバーグランチ』と『鯖の味噌煮定食』です」
優斗がにこやかにメニュー表を差し出しながら告げたその言葉に、ヴァネッサとエルザが目を丸くして身を乗り出した。
「き、喫茶店なのに鯖の味噌煮!?」
「そ、それってお店としてアリでありますか!?」
オシャレなカフェの雰囲気に、定食屋のド定番メニュー。
あまりにも場違いな和の響きに、お姉さんぶっていたヴァネッサの表情が崩れ、エルザの髪に隠れた耳が驚きでピクッと跳ねる。
「いやあ……常連さんのリクエストで作ったら、思いのほか反響が良くてですね……」
優斗は困ったように頬を掻いた。
長年、よく通ってくれる常連客(奏と翼)の胃袋を満たすために作り続けた結果、半ば喫茶コモドの得意料理にして看板メニューのようになってしまっているのだ。
「おいおい。どこの誰なんだぜ、オシャレな喫茶店でそんなトンチキなリクエストをした奴は……」
和洋折衷どころか完全に空間を無視したミスマッチに、ミラアルクが呆れたようにツッコミを入れる。
表の世界と一切関わりを持たず、ずっと地下の実験施設に囚われていた彼女たちからすれば、平和な日常の光景そのものが新鮮で、どこかおかしなものに映っていた。
ひとしきり和やかなやり取りが響いた後、優斗は隣で微笑ましく見守っていたサンジェルマンへと視線を向けた。
「サンジェルマンさんはどうしますか?」
「私もお願いしていいかしら? 最近、貴方が作ってくれた胃に優しい料理のおかげで、すっかり調子が良くなったわ」
月で突きつけられたあまりにも残酷な真実。あの時、限界を迎えて精神ごと胃を痛め、気絶してしまったサンジェルマンだったが……地球に帰還してからの数日間、優斗が心を込めて作り続けた消化の良い温かな料理のおかげで、すっかり顔色も健康的なものに戻っていた。
療養中とも言えるサンジェルマンに、S.O.N.G.のメンバーや、優斗の元に通うようになって出会った響と未来の触れ合いで、気を張り詰める事なく過ごせる環境によって回復傾向にあった。特に人懐っこい響に、まるで妹が出来たかのように思ってすらいる。
その結果、今のような女性らしい柔らかな表情を見せられるようになっている。
「それは良かったです。料理に込めた僕の願いが、ちゃんと届いた甲斐がありました」
サンジェルマンの穏やかな声色に、優斗も心底ホッとしたように花が咲いたような笑顔を浮かべた。
彼の料理には、文字通り人を癒やす不思議な
そして、待ちに待った食事の時間。
優斗の手によって、それぞれのテーブルに湯気を立てる色とりどりの料理が運ばれてきた。
小柄なエルザの前には、熱々の鉄板に乗った『ハンバーグランチ』。好奇心に負けたミラアルクの前には、喫茶店には似つかわしくない和の香りを漂わせる『鯖の味噌煮定食』。
お姉さん気質のヴァネッサは、彩り豊かな『手作りサンドイッチ』を選び、ちゃっかり者のカリオストロはなんとメインの食事ではなく、大きな『フルーツパフェ』を注文していた。
そして、何を頼むか少し迷っていたサンジェルマンは、優斗のおすすめを聞いて『オムライス』を頼んでいた。
鮮やかな黄色の卵に、真っ赤なケチャップ。その丸くて温かいフォルムを見つめながら、サンジェルマンは地球に帰還して間もない頃に出会った、あの太陽のような笑顔の少女――立花響のことを思い出し、自然と口元を綻ばせてスプーンを運んでいた。
「んん〜っ! そうであります! このハンバーグはしっかりとした歯ごたえがありながら、溢れる肉汁で柔らかく、特製のソースが肉の味を極限まで引き立てて……とっても美味しいであります!」
エルザは目をキラキラと輝かせ、髪の毛で必死に隠していた自由に獣耳をピコピコと忙しなく跳ねさせながら、幸せそうにハンバーグを頬張っている。
「へえ、鯖ってやつも悪くないな。味が染みてて美味いぜ」
ミラアルクも、初めて食べる『鯖の味噌煮』の甘じょっぱい味付けに不思議そうな顔をしながらも、器用に箸を使ってペロリと平らげていく。
向かいの席では、カリオストロが「あーしはやっぱり甘いものに限るわぁ」と頬に手を当てて、うっとりとパフェを堪能していた。
そんな和やかな空気の中、ヴァネッサもまた、既製品とは全く違う、丁寧に手間の掛けられたサンドイッチの優しい味わいに心を満たされていた。
――だが、ふとあることに気づき、ヴァネッサはピタリと咀嚼の手を止めた。
彼女は信じられないものを見るように自分の掌を見つめ、それから弾かれたように顔を上げる。
「これは……ッ。ねえ、エルザちゃん、ミラアルクちゃん? 何か、身体に異常はない……!?」
あまりにも切迫したヴァネッサの急な質問に、箸をくわえたミラアルクが不思議そうに首を傾げた。
「いや? なんともないぜ? 強いて言えば魚も悪くないなってくらいで」
「そうであります! 本当にこのハンバーグは絶品で――」
「そうじゃなくて! 体調のほうよ!」
食レポを続けようとするエルザを遮るように、ヴァネッサが身を乗り出す。そのただならぬ雰囲気に、ミラアルクもようやく自分の身体の『内側』へと意識を向けた。
「ハンバーグ美味そうだな、後でアタシにも一口ほしいぜ。……ええと、身体か? 異常どころか、今はすごく調子がいいな。身体の奥の嫌な重たさがないっていうか……そういえば、なんでだ?」
きょとんとするミラアルクとエルザ。
なぜ彼女たちが、自分の身体が『なんともない』ことに対してここまで驚き、戸惑わなければならないのか。
それには、彼女たちがパヴァリアによって改造された異形の身体……その致命的な『構造的欠陥』が深く関わっていた。
彼女たちのようなサイボーグや吸血鬼、獣人といった「ヒトとヒト以外の異形部分」を無理やり繋ぎ合わせているのは、『パナケイア流体』と呼ばれる特殊な物質である。
癒やしを司る女神の名を冠したその霊薬は、ヴァネッサたちの血中に溶け込み、強烈な拒絶反応を抑えつけながら生命を維持させている。つまり、パナケイア流体は彼女たちにとって「怪物としての力の源」にして「命綱」なのだ。
だが、この流体には恐ろしい欠陥があった。
それぞれに授けられたモンスターパワーを大きく発揮するたび、血中に流れるパナケイア流体は徐々に濁り、澱んでしまう。結果として、力の源であるはずの流体が、自身の細胞を殺す『死毒』へと逆転してしまうのである。
それを防ぐため、彼女たちは定期的な人工透析という苦痛を伴う処置を受けなければならず、大きく力を行使した戦闘の後には、ほぼすべての血液を交換する必要すらある。兵器として扱うには、あまりにも燃費が悪く心許ないのが、彼女たちの過酷な現実だった。
おまけに、このパナケイア流体が正常に機能するためには、140万人に一人という超低確率でしか存在しない『Rhソイル式』と呼ばれる特殊な稀血が必要不可欠となる。
その確保と維持の難しさこそが、完全を求めるパヴァリア光明結社において、彼女たちを『卑しき錆色(失敗作)』として見下し、冷遇せしめている最大の要因であった。
本来であれば、常に血中のパナケイア流体の濁りによる鈍い倦怠感や、拒絶反応の痛みが身体のどこかに付きまとっているはずなのだ。
それが今、ただ喫茶店の温かい料理を口にしただけで――嘘のように綺麗に消え去り、濁っていたはずの血が清らかに澄み渡っていくような、万全の感覚に満たされている。
「まさか……優斗君の作った料理が、私たちの身体の拒絶反応を……浄化しているとでもいうの……?」
ヴァネッサの震える呟きが、コーヒーの香りが漂う店内に静かに響き渡った。
XV1話を見たけれどそれ以外はネット知識だよりな、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、ノーブルレッドがやけに素直で前向きだね?
A、原作と違い治る手立てが確約されているような物で、自力で逃げた時と別に、キャロル達が憎いパヴァリアぶっ潰して回った事による救出がヴァネッサ達の心情をスカッとさせた事による違いが大きいです。そこから罪悪感のサンジェルマンに保護されたことで、怒りの行き場ろを見失い、考えるゆとりができたことで、無意識的にあった被害者意識による加害的行動に走しってしまう思考回路はすっぱり消えました。
Q、メニューに鯖の味噌煮定食が乗っているの?
A、某アーティストが食べているのを見た他の客が、優斗に頼む事が偶に発生しました。その結果、和食がメニューの1割程載っています。これを見たツヴァイウィングの片方が満足げにしていました。
Q、戦闘後じゃないけど、パナケイア流体って濁るの?
A、常に流動しているので時間経過で少しづつ濁っていきます。戦闘時は急速に回転しているので、その頻度が早くなるか遅くなるかの違いです。ちなみに優斗の血液型に過去プロットの名残があります。
Q、料理を食べたけど、治ってない?
A、今回は親睦を兼ねた味見のようなもの。本格的にやるにはS.O.N.G.本部で万全の準備の元やる気です。