ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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キャラが多くなって描写しきれなくなりそうで困る。少ない文章で表現できる人はマジで尊敬するわ。

書きたい事を書くのは楽しいけど、くどくなってないか心配なところもあります。掛け合いとかもっと上手く書けるようになれたらいいな。


成長する力の一端、そして結成!和食同盟

 

「嘘……本当に、身体の奥の嫌な痛みが消えてる……!」

「ガンス! パナケイア流体の淀みが、嘘みたいに澄み切っていくのを感じるであります!」

「すっげぇ……マジで治るかもしれないんだな、ウチたちの身体……!」

 

自分たちの身に起きた、信じがたい『浄化の奇跡』。

パナケイア流体の構造的欠陥という、対処しない限り絶対に逃れられないはずの死の呪縛が解ける可能性を肌で実感し、ヴァネッサ、ミラアルク、エルザの三人は、まるで年相応の少女のように手を取り合って歓喜の声を上げた。

 

その様子を向かいの席で見つめるサンジェルマンは、まるで自分自身が救われたかのように、心底嬉しそうに目を細めて微笑んでいた。隣でパフェを突いていたカリオストロも、そんな彼女たちの姿を微笑ましそうに見守っている。

 

「はいはい、喜ぶのはそこまでよん。あんた達、はしゃぎすぎてお店の迷惑にならないようにね」

 

ひとしきり喜んだ三人に対し、カリオストロがパンッと手を叩いて嗜めた。

 

「本格的な治療は、ここじゃなくてS.O.N.G.のドックに停められている潜水艇にある設備を使うわ。予定日と場所は後で詳しく教えるから、それまでの住まいも手配してあるわよ」

「あざまーす! カリオストロ!」

「何から何まで、本当に感謝するであります!」

 

素直に頭を下げる三人を横目に、カリオストロは手元の鞄から分厚いファイルの入った袋とデータ端末を取り出し、テーブルを滑らせてサンジェルマンへと渡した。

 

「ほら、サンジェルマン。約束通り持ってきたわよ。現在のパヴァリアの内部資料と……例の『バルベルデ・ドキュメント』よ。ティキに関してはS.O.N.G.の職員に引き渡しているわ」

「……感謝する、カリオストロ」

 

サンジェルマンは真剣な面持ちでそれを受け取ると、声を潜めて問いかけた。

 

「現在のパヴァリア内部と……アダムの様子はどうなっている?」

「あーしがダミーの情報を掴ませておいたから、連中、まだバルベルデでのあれこれには気づいてないはずよ。それに、見どころのある信頼できる部下を何人か残して、何かあったらすぐ通信するように指示してあるしね」

 

カリオストロはパフェのスプーンを咥えながら、ウインクをして見せた。

 

「少なくとも、アダムが痺れを切らして直接動いてくるのはまだ先よ。あんた達が治療と反撃の準備を整えるくらいの『時間稼ぎ』は、きっちりやってあるわ」

「そうか。……プレラーティにも伝えておく。お前たちの働きには、いくら感謝しても足りないな」

 

重い報告と顔合わせがすべて終わり、一行がコモドの出口へと向かう。

 

「それじゃ、あーし達はそろそろ行くわね。美味しいご飯と場所の提供、ありがとねん、優斗くん」

 

そう言って振り返ったカリオストロは、ふと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「お礼に、あーしから熱〜いキスでも落としてあげようかしら?」

 

冗談交じりに、カリオストロが優斗の頬へと顔を近づける。

 

「えっ!? あ、いや、そういうのは――わわっ!?」

「っ!? カ、カリオストロ! 何を血迷っているんだお前は!!」

 

顔を真っ赤にして本気で慌てふためき、後ろへ仰け反る優斗。

そしてそれ以上に、サンジェルマンが普段の冷静さなど完全に吹き飛んだ様子で、凄まじい勢いで二人の間に割って入った。

 

「あーっはっはっは! 冗談よ冗談! 二人とも良い反応するわねぇ!」

 

二人のあまりにも初々しく、そしてわかりやすい動揺ぶりに、カリオストロはお腹を抱えて笑い声を上げた。

そして、未だに肩で息をしているサンジェルマンの耳元にスッと顔を寄せると、誰にも聞こえない声で囁いた。

 

「(……頑張ったほうがいいわよ? サンジェルマン。ああいう無自覚に優しくするタイプは、女の気を惹きやすいんだから)」

「(ち、違うわよ!? 私はただ、彼には多大な恩があって、感謝しているだけで……ッ!)」

 

図星を突かれたのか、サンジェルマンは耳の先まで真っ赤に染めて小声で反論する。

しかし、数百年を共に生きた『親友』であるカリオストロの目は誤魔化せなかった。

 

「(本当かしら〜? サンジェルマンのその抜群のスタイルなら、ちょいっと胸でも当ててみせれば、きっと純情なアイツはイチコロよん?)」

「(っ、カリオストロ!!)」

 

サンジェルマンが恥ずかしさのあまり小さく悲鳴を上げ、カリオストロをポカポカと叩く。

そんな、数百年の間パヴァリアを背負ってきた幹部とは思えない年相応のやり取りには、親友の幸せな未来を心から願う、カリオストロの深い愛情が込められていた。

 

一方、そんな二人のイチャイチャ?の横では、ヴァネッサたち三人が、帰る間際まで優斗の手を握り、ポロポロと涙を流しながら何度もお礼を伝えていた。

 

「本当に、何とお礼を言ったらいいか……! 絶望しかなかった私たちに、こんな希望をくれるなんて……!」

「ありがとうな、優斗……! ハンバーグも、最高に美味かったぜ……!」

「わたくしめたち、絶対にこのご恩は忘れないであります!」

 

涙で顔をくしゃくしゃにしながら笑う三人に、優斗もまた、温かい笑顔で深く頷き返した。

 

「次は僕だけじゃなくて、サンジェルマンさんや皆の力も合わせて、その身体を完全に治してみせますから。……だから、無事に全部終わったら、またお店に皆でご飯を食べに来てくださいね。新しいメニューも考えておきますから」

 

その未来の約束は、彼女たちにとって何よりの生きる希望となった。

 

「必ずまた来るわ!」と大きく手を振る四人の背中を、優斗はカランカランと鳴るドアベルの音と共に、いつまでも見送るのだった。

 

 

 

色々あった一週間もの間、臨時休業の札を掲げていた喫茶『コモド』に、ようやくいつもの穏やかな日常が戻ってきた。

 

「マスター、心配したよ! 急にずっとお店閉まってるからさ」

「ご心配をおかけしてすみません。ちょっと遠くに……旅行に出かけていまして」

 

開店と同時に訪れた常連客からの心配の声に、優斗は苦笑しながらちょっとした旅行とだけ説明して頭を下げる。

幸いなことに客足は途絶えることなく、店内にはコーヒーの良い香りと常連たちの和やかな笑い声が満ちていた。

 

今日のコモドは、優斗一人ではない。

ローテーションでお手伝いに来ているオートスコアラーのファラとレイアが、何故かメイド服に身を包み、完璧な所作で掃除と接客をこなしてくれていた。

 

その二人の優秀な働きぶりのおかげで、優斗には手の空く時間ができた。彼は厨房の奥に入ると、思いついたある実験の許可を取るため、スマートフォンを取り出してキャロルへと電話をかけた。

 

『何だ優斗。いまは手が空いていて問題ないが……ファラとレイアの奴が何かやらかしたか?』

「ううん、違うよキャロルちゃん。二人はとても丁寧にやってくれてるよ。ただ……」

 

優斗は声を潜め、これから試したい実験の意思をキャロルに伝えた。

今後の治療に向けて、自分に宿る『力』のコントロールを試しておきたいのだと。

 

『……別に構わんが。優斗にしては珍しいな。言い方は悪いが、お前の性格なら他人を巻き込む前に、まず自分から先に試すものだと思っていたが』

「そうしたいのは山々なんだけどね。長年自分の料理を食べてるけど、どうやら僕自身には効かないみたいなんだ」

 

優斗はため息をつきながら、先日エンキや了子から聞いた見解を説明した。

 

「エンキさんが言うには、僕の力のエネルギーの流れは『他者に影響を与える方向』に固定されているらしいんだ。了子さんは『フグの自己耐性や自己解毒に近いメカニズムかもね』って笑ってたけど……」

『なるほどな。それはひどく難儀な性質だ』

「うん、すっごく納得いってないんだけどね。それで、ひとりでブツブツと『どうしようかな』って独り言をつぶやいてたら、指示を聞きに来たレイアさんにバレちゃって。……彼女たちが、自分たちから協力するって申し出てくれたから、決める前にキャロルちゃんに知っておいてほしかったんだ」

 

キャロルによって生み出されたオートスコアラーである彼女たちは、ただの人形ではない。

 

優斗の料理を経口摂取し、腹部内で解析、分解、そしてエネルギーを再構成することで、優斗に宿る『神の力の一端』すらも自身の動力として吸収できるのだ。神の力をあっさりとシステムで解析・運用できてしまうあたり、キャロルの錬金術師としての底知れない格の高さが窺える。

 

その恩恵もあり、現在のオートスコアラーたちの基本スペックは以前よりも格段に上がっていた。

さらに、内部で分解したエネルギーをそのまま取り出すことも可能であるため、純粋な『観測・抽出』にも適している。

 

何よりファラとレイアにとって、主であるキャロルが最も大切にしている優斗に協力することは、一切の迷いもない当然の喜びだった。

 

『……フッ。ファラとレイアが良いと言っているなら、やらせてやれ。むしろオレが最初から知っていたなら、オレの方から命じていたところだ』

 

電話の向こうで、キャロルが誇らしげに、そして優しげに笑う気配がした。

 

『それに、優斗の料理への信念はオレがよく知っている。お前が作るものなら、心配はしない』

「……ありがとう、キャロルちゃん。お礼に、後で二人にお土産を持たせるよ。何が食べたい?」

『そうだな……この前テレビで見た、フリカッセが食べたい』

「フリカッセだね。鶏肉を白ワインと生クリームで煮込んだやつ。任せてよ、とびきり美味しく作っておくから」

 

キャロルからの頼もしい許可と、愛らしいリクエストをもらった優斗は、人一倍のやる気をみなぎらせて通話を終えた。

 

閉店後、優斗は厨房で実験に取り掛かった。

これまでは、漠然と「美味しくなれ」「元気になってほしい」という『願いと思いを込めた料理』を作ることで、無意識のうちに奇跡を起こしてきた。

だが、今回はヴァネッサたちの複雑な身体の治療が控えている。絶対に失敗したくない優斗は、力の使い方を事前にエンキに相談していたのだ。

 

『本能のままに使用するのも悪くはないが、意識的に方向性を定めるのであれば、明確な意思を頭に描けばいい』

 

エンキのそのアドバイスを胸に、優斗は手伝ってくれているファラとレイアへ振る舞うための『賄い』のフライパンを握る。

 

ただエネルギーで満たすだけではない。

彼女たちの『パワー』や『スピード』をピンポイントで引き上げる効果が付与されるように――明確な目的と数式を組み立てるような感覚で、強い思いを料理へと注ぎ込んでいった。

 

やがて完成した賄いの料理。

見た目も匂いも、普段優斗が作る絶品の手料理と何ら変わりはない。

しかし、ファラとレイアの前にそれが置かれた瞬間、二人の精巧なセンサーは、その料理が放つ明らかな『存在感』を確かに検知していた。

 

「……いただきます」

「頂戴しますわね」

 

二人が一口、それを口に運ぶ。

その瞬間だった。

 

「――ッ! これは……!」

 

レイアが驚きに目を見張り、ファラもまた信じられないといった様子で自身の両手を握り込んだ。

彼女たちの内部システムが瞬時に料理のエネルギーを解析・再構成し、みるみるうちに動力の出力が跳ね上がっていく。

 

美味しいという味覚の幸福感と同時に、身体の奥底からとめどなく湧き上がる力の奔流。

優斗が明確な意思を込めて放った『神の力の一端』は、見事に狙い通り、食べたファラとレイアのスペック(パワーとスピードの限界値)を一時的に、しかし劇的に底上げしてみせたのである。

 

「どう? 何か変な所はないかな?」

 

固唾を飲んで見守る優斗の問いかけに、レイアはふわりと微笑むと、手の中に一枚のコインを生成して見せた。

 

チャリン、と軽快な音を立てて、レイアによる見事なパフォーマンスが始まる。

 

指先で器用に弾かれた一枚のコインは空中で二枚に増え、さらに四枚、八枚と倍々ゲームのように増殖していく。レイアはそれら数十枚のコインを、まるで意志を持った生き物のように両手の指で滑らかに操ってみせた。

 

そしてフィニッシュ。すべてのコインを一斉に宙へと浮かせると、目にも留まらぬ神速で両手の指の間にすべてを完璧にキャッチし、優斗によく見えるようにビシッと優雅なポーズを決めて終了した。

 

「わぁ……、すごい!」

 

以前よりも遥かに洗練された、速く正確な動き。思わず見惚れてしまった優斗は、パチパチと惜しみない拍手を送る。

隣に立つファラもまた、自身の指先にスッと緑色の風を纏わせ、その出力と密度の変化を静かに確認していた。

 

「見てくれは地味に分からないが、確かに能力は派手に上がっている」

「ええ、そうですわね。純粋な基礎スペックだけでなく、私の風も力が増しているように感じますわ」

 

レイアの確かな手応えと、ファラの冷静な分析。

二人の頼もしい感想と、目に見える確かな結果に、優斗の胸にパァッと明るい希望の光が差し込んだ。

 

(これなら、いける……!)

 

自身に宿る「神の力」のコントロールに成功し、ヴァネッサたちの治療に向けた明確な道筋を掴んだ優斗。

手伝ってくれた二人に心からの感謝の言葉を述べ、この日の実りある喫茶コモドの営業は無事に終わりを告げるのだった。

 

――なお、余談であるが。

 

キャロルからのリクエストであり、お礼も兼ねてファラに持たせたタッパー入りの『それなりの量のフリカッセ』であったが。

 

帰還後、いい匂いに釣られてやってきたミカが豪快につまみ食いをして大半を平らげてしまったせいで、首を長くして待っていたキャロルの口にはほんの少量しか入らなかった。

結果、キャロルの逆鱗に触れたミカがこってりと絞られ、館にキャロルの大激怒する声が響き渡ったことを、ここに記しておく。

 

 

 

――また別の日。

 

キャロルたちへの賄いによる実験も無事に成功し、治療に向けた準備が水面下で進む中。

 

学校が休みで、S.O.N.G.からの急な出動要請もなかった雪音クリスは、久しぶりに優斗の喫茶店『コモド』で接客の手伝いをしていた。

 

「クリスちゃん、せっかくのお休みなんだから、響ちゃんたちと遊びに行ったり、お家でゆっくり休んでいてもいいんだよ?」

 

カウンターの中でコーヒーを淹れながら、優斗が気遣うように声をかける。

しかし、コモドの可愛らしいエプロンを身につけたクリスは、トレイを片手にツンとそっぽを向いた。

 

「別にいいだろ。アタシがやりたくてやってんだから。優斗は黙って手伝わされてろっての」

 

口では憎まれ口を叩きながらも、その手つきはどこか弾んでいて、時折聞こえる鼻歌の存在が楽しそうなクリスをより彩る。

 

『休みの日くらい遊べばいい』と優斗は言うが、クリスからしてみれば、どこかへ遊びに行くよりも、こうして休みの日に優斗の側で一緒に過ごせることのほうが、よっぽど特別で嬉しい時間だったのだ。

 

優斗も優斗で、クリスの好意にまんざらでもないのだが。

 

「おや、今日は久しぶりに可愛い看板娘ちゃんがいるねぇ」

「マスター、相変わらず仲が良いことで! 青春だねぇ!」

 

コーヒーを飲みに来ていた地元の常連客たちが、カウンター越しの二人のやり取りを見てニヤニヤとからかってくる。

 

「ち、ちげぇよ! 誰がか、可愛い看板娘だ、誰が! アタシはただ手伝ってやってるだけで……っ!」

 

顔を真っ赤にして勢いよく否定するクリスだったが、その声色には本気の怒りはなく、むしろ耳の先まで赤く染めて「まんざらでもない」雰囲気を隠しきれていなかった。

 

そんなクリスの反応を見て、常連たちは、はいはいと温かく微笑む。

 

「あーもう、笑うな! ほら、空いたお皿下げるぞ!」

 

照れ隠しに足早にテーブルへ向かおうとした、その時だった。

 

「あっ――」

 

誰かが溢したのだろう、床のわずかな水滴に足を取られ、クリスがバランスを崩す。

 

ガシャン、とお皿が割れる嫌な音が脳裏をよぎり、クリスがギュッと目を瞑った瞬間――。

 

「危ないっ!」

 

トスッ、と。

痛みの代わりにクリスを包み込んだのは、温かい体温と、ふわりと香る優しい料理の匂いだった。

すかさずカウンターから身を乗り出した優斗が、倒れ込むクリスの身体を伸ばした手で、間一髪で抱きとめたのだ。

 

「大丈夫!? 怪我はない、クリスちゃん?」

「…………っ!!」

 

至近距離から覗き込んでくる優斗の心配そうな顔。自身の背中に回された、優斗の男らしくて力強い腕の感触。

 

まるでいつも読んでる少女漫画のような見事な抱きとめられ方に、クリスの心臓はアラームのようにドクンドクンと跳ね上がり、全身から火が出そうなほど熱くなった。

 

「あ、あ、あああアタシは大丈夫だ! わりぃ、助かった!」

 

誤魔化すようにバッと優斗から離れ、逃げるように厨房の奥へとお皿を持っていってしまうクリス。その背中を見送りながら、優斗は怪我がなくてよかった、とホッと胸を撫で下ろしていた。

 

――そんな、少しのラブコメもありつつ、概ね順調で平和に進んでいたコモドの1日。

 

しかし、ちょうどお昼時を迎えた頃。

 

カランカラン、とドアベルが鳴り、この時間帯のコモドには少し珍しい客が姿を現した。

 

「いらっしゃいませ。お一人様です――」

 

優斗が声をかけようとして、目をパチクリとさせる。

入ってきたのは、帽子を目深に被り、顔の半分を覆うような大きなサングラスをかけ、襟を立てたコートという、絵に描いたような不審者スタイルの女性だったからだ。

 

「……ごめんなさい、優斗さん。少し、匿ってもらってもいいかしら」

 

サングラスの奥から周囲を警戒するように見回し、口元だけでそっと呟いたその凛とした声。

それは間違いなく、日本が誇るトップアーティスト片翼にしてS.O.N.G.の誇るギアの装者、風鳴翼その人であった。

 

「どうしたんです? そんな格好で……」

 

端のカウンター席に滑り込むように座った翼の元へ、優斗がお冷とおしぼりを出しながら小声で尋ねる。

厨房から少し落ち着いた様子のクリスも顔を出し、不審者すぎる先輩の姿に目を丸くした。

 

「ごめんなさい……少し、追われていて……」

 

翼は深く息を吐き出し、帽子を目深に被ったまま、店の外を気まずそうにチラチラと窺っている。

 

「追われてるって、物騒ですね……一体、何に?」

「翼先輩のことだから、まさか岡っ引きってことはないだろ?」

「……私がいつ時代劇の泥棒になったというの、クリス」

 

クリスの容赦ないツッコミに、翼はサングラスの奥からジロリと睨みを利かせる。

しかし、すぐにまた大きなため息を吐くと、不機嫌そうに身をすくめてその理由を語り始めた。

 

「……数ヶ月後に開催される、『ツヴァイウィング』のライブがあるのだけれど」

「ああ! 翼ちゃんと奏ちゃんが世界デビューを果たして、国内のファンに向けた特別凱旋公演の!」

「それって、マリアとも共演するってやつだろ? ……で、それが一体その変装とどう関係するんだ?」

 

翼はカウンターに突っ伏すようにして、重々しい声で説明を続けた。

 

「……ここ最近、パパラッチが異常に多いのよ。奏の方にも現れているみたいで……緒川さんも各方面に対処してくれているのだけれど、キリがないの。今回の凱旋ライブは、日本最大規模の施設で行われるから、世界中のメディアが注目しているわ。だからこそ、私たちの独占インタビューやスクープを最初に掲載した記事は、それはもう飛ぶように売れるでしょうね」

「ああ、なるほど……。だから先輩は、そんな『張り込み中の刑事があんぱん食ってそう』な姿になってるのか」

 

クリスが呆れたように頷き、優斗も「トップアーティストって大変なんだなぁ」と同情の視線を向ける。

 

(……とはいえ)

 

優斗は、口には出さないものの、心の中でひっそりと苦笑していた。

 

翼自身はまったく知らない、というより、気づいていないようだが、実はこの喫茶『コモド』やその周辺の商店街は、ファンの間では既に「あの風鳴翼や天羽奏、そしてアメリカから来た超新星マリア・カデンツァヴナ・イヴがよく見かけられる」という噂の聖地として知れ渡っているのだ。

 

それにも関わらず、店の周りで一切パニックが起きず、パパラッチすらも寄り付かないのには理由がある。

 

国連に所属している彼女たちの身の回りを情報統制しているのも勿論その一つ。

 

だが、それだけではない。彼女たちを心から愛する『高度に訓練されたファン』たちが、翼や奏のプライベートを絶対のルールとして尊重し、自発的に騒ぎ立てないよう統制をとっているからだ。

 

一説によれば、その裏で強力な統制を指揮しているのは、翼の熱狂的なファンクラブ会員であり、キャロルの忠実な部下でもある『ファラ』だと言われているが……真偽のほどは定かではない。

 

「……とにかく、少しだけここで休ませてほしいわ。外を歩くのも一苦労よ。それと……いつもの、鯖の味噌煮定食を頼めないかしら?」

 

完全にパパラッチに疲れ切った様子の翼が、サングラスをずらして優斗を見上げる。

その切実な瞳に、優斗はフフッと優しく微笑んだ。

 

「もちろんです。ゆっくり休んでいってください。……クリスちゃん、翼ちゃんに温かいお茶もお願い」

「おう。翼先輩、熱いから気をつけて飲めよ」

 

クリスが手際よく淹れた温かいお茶を差し出すと、翼はようやくホッとしたように帽子とサングラスを外し、湯気の立つ湯呑みを両手で包み込んだ。

 

カランカラン、と。

 

翼に温かいお茶を出して一息ついたところへ、再びドアベルの音が店内に響いた。

 

「いらっしゃいま――あ、ミラアルクさん」

「ちわーっす」

 

ひょっこりと顔を出したのは、日本に来てから買ったのだろう、おしゃれな服を来たミラアルクだった。

 

ヴァネッサやエルザの姿はなく、どうやら一人でこっそりと抜け出してきたらしい。

 

「お一人ですか? どうぞ、カウンターへ」

「ああ、悪いぜ。実はさ……この前ここで食った『鯖の味噌煮』の味がどうにも忘れられなくてよ。ウチにもう一回、あれを作ってくれないか?」

 

少し照れくさそうに頭を掻きながら、ミラアルクは翼から一つ席を空けたカウンターに腰を下ろし、迷うことなく『鯖の味噌煮定食』を注文した。

 

ピクッ。

 

その注文を聞いた瞬間、隣の翼の肩が大きく跳ねた。

サングラスの奥の瞳がキラリと光り、「おや、コモド和食好きの同志になるかもしれない者が……」とばかりに、ミラアルクの方をガン見している。クリスは引いた。

 

「鯖の味噌煮ですね。ありがとうございます、すぐに作りますよ」

「おう、頼むぜ。……いやさ、日本に移住してアタシも色々食ってきたつもりだけどさ、あの日本の特有っていうのか? あの甘じょっぱい味付けと、魚の旨味がすっげぇ気に入っちまってさ」

 

ミラアルクが鯖の味噌煮の魅力を熱く語り始めると、隣で聞いていた翼は「ウン、ウンッ!」と深く、ひどく嬉しそうに何度も首を縦に振っていた。

 

クリスはそんな翼の様子を、トレイを抱えながらジト目で見つめている。

 

「でもよ、優斗。美味しく食べたアタシが言うのもなんだけどさ」

「はい?」

「いくら常連に頼まれたからって、こんなオシャレな喫茶店に『鯖の味噌煮定食』をメニューに乗せるのは、流石にやりすぎじゃねーの? この前も言ったけど、そのリクエストした奴、相当トンチキだぜ」

 

悪気のない、あまりにも素直な一般客?からのストレートな感想。

 

「っ……!!」

 

その言葉に、翼は目に見えてガクリと肩を落とし、カウンターに突っ伏した。

 

(前に奏にも同じことを言われたけど……やはり、一般的に見てもやりすぎだったの……!)

 

翼のオーラがしわしわと目に見えてしぼんでいく。

 

「まぁ、こいつの言う通りだよな。なぁ翼先輩、喫茶店に魚定食は普通ねぇって」

 

クリスも容赦なく頷き、追い打ちをかける。

 

「はは……。あ、そうだミラアルクさん。これから関わっていくと思うので、紹介しておきますね」

 

苦笑いしながら、優斗は話題を変えるように、そして今後のためにと三人を紹介することにした。

 

「こっちで手伝ってくれているのが、S.O.N.G.の装者の雪音クリスちゃん。そして、そっちのカウンターで落ち込んでいるのが……」

「……風鳴、翼」

 

ズーンと沈み込んだ暗いオーラを漂わせながらも、翼は生真面目に、帽子とサングラスを外して丁寧に頭を下げた。

 

「そして、君が言う『喫茶店に鯖の味噌煮定食をリクエストした、トンチキな張本人』よ。……不快にさせてしまったのなら、ごめんなさい」

「雪音クリスだ。よろしくな。……翼先輩、そこまで落ち込まなくても……ほ、ほら、鯖は塩焼きでも美味しいじゃねえか」

 

ぶっきらぼうに自己紹介をするクリスの横で、さらに小さくなっていく日本最高峰のトップアーティスト。

 

流石にクリスも不憫と感じたのか、何処かずれたフォローを入れる。

 

「…………は?」

 

一方のミラアルクは、優斗からS.O.N.G.の関係者だと紹介されたことにも驚いていたが、それ以上に、隣で落ち込んでいる不審者ルックの女性の素顔を見て完全に固まっていた。

 

平和な日常を知るために、最近少しずつテレビを見たりして、キラキラと輝くアイドルにも興味を持ち始めていたミラアルク。

 

そんな彼女の目に飛び込んできたのは、つい先日テレビの音楽番組で大々的に特集されていた、超絶美少女のトップアーティスト――風鳴翼その人だったのだ。

 

「えっ……!? 嘘だろ!? なんでこんな所に、あの超有名なアーティストがいるんだぜ!? ていうか、アンタがあのトンチキリクエストの犯人だったのかよ!?」

 

予想外すぎる大物の登場と、その大物が自分の言葉で落ち込んでいるというカオスな状況に、ミラアルクの驚愕の声が平和なコモドの店内に響く。

 

しかし、その驚愕は、すぐさま信じられないほどの『興奮』へと変わっていった。

 

パヴァリアの非道な実験体として、暗い地下室で血を吐くように過ごすしかなかったあの頃。彼女たちにとって、外の世界の光など無縁であり、「将来の夢を見る」なんてことは、願うことすら許されない到底叶わぬ贅沢な話だと思っていた。

 

だが――優斗の手料理という奇跡に触れ、身体の呪いから解放されるかもしれないという『確かな希望』を持てるようになった今の生活の中で。

 

テレビ越しに見た、眩しいスポットライトを浴びて歌い踊るアイドルのキラキラとした姿は、ミラアルクの胸の奥底に「自分もいつか、ああいう風に輝いてみたい」という、少女らしい素直な憧れを抱かせるには十分すぎたのだ。

 

そして、その数あるアイドルの中でも、彼女の目を一番強く惹きつけてやまなかった圧倒的な光。

それはもちろん、日本が世界に誇るトップアーティスト『ツヴァイウィング』であった。

 

ありていに言えば、ミラアルクはここ数日の間に、完全に風鳴翼と天羽奏の熱狂的なファンになってしまっていたのである。

 

「つっ……つつつつつ翼様が、ここここ、こんな隣にっ……!」

「何だ? にわとりか?」

 

さっきまでの気だるげな様子はどこへやら。あまりの衝撃と憧れの人物が横にいる喜びに、顔を真っ赤にしてガチガチと震え、壊れたレコードのように言葉を詰まらせるミラアルク。

 

その突然の激しい挙動不審ぶりに、クリスが思わずおかしな物を見るような、ひどく冷めたジト目を向けた。

 

だが、無理もない。

 

最近ファンになったばかりとはいえ、自分がついさっき「オシャレな喫茶店に定食を頼むトンチキな奴」と容赦なくダメ出しをした相手が、よりによってその憧れのトップアイドル本人だったのだから。

 

「あ、あわわっ! ち、ちがっ……! さ、さっきの発言は撤回するぜ! むしろ、このオシャレな空間に和の心を取り入れるそのギャップが最高に味があっていいっていうか! ていうか、翼様と一緒に鯖の味噌煮定食を食べられるなんて、ウチの一生の光栄だぜ!!」

 

ミラアルクは椅子から立ち上がりそうになりながら、凄まじい早口でさっきまでの自分の発言を全否定し、全力のフォローという名のファンガールムーブをかました。

 

そのあまりにも鮮やかな手のひら返しに、カウンター越しに見ていたクリスは呆れ果ててため息をついた。

 

「何だこいつ。手のひら返しどころか、手のひらスクリューボールかよ……」

 

クリスの的確すぎるツッコミに、厨房で鯖の味噌煮の用意をしていた優斗も耐えきれずに吹き出してしまう。

 

「ふふっ……ふふふ。そうか……君も、この定食の『良さ』を分かってくれるのだな……!」

 

一方、先ほどまで「やりすぎだったのか……」と暗いオーラを放って落ち込んでいた翼は、ミラアルクの若干無理のあるフォローを聞いてパァッと顔を輝かせた。

 

彼女は嬉しそうにミラアルクの手をガシッと握りしめ、かつてないほどの熱い眼差しを向ける。

 

「ありがとう……! まさか、このコモドで私と鯖の味噌煮の魅力について語り合える同志に巡り会えるとは……!」

「あわわわっ! つ、翼様の手が、アタシの手にっ……!」

 

尊すぎる接触に限界を迎え、今にも天に召されそうな顔でブルブルと震えるミラアルク。

 

しかし、念願の『和食を分かち合える同志』を見つけて完全にスイッチが入ってしまった翼は、ミラアルクのファンガール特有の限界化など全く気に留めることなく、日頃の鬱憤を晴らすかのように熱烈な愚痴をこぼし始めた。

 

「聞いてくれ! 奏はやれ『ジジ臭い』だの、マリアは『芸能人なんだからもっとキラキラした物を食べなさい』だの、セレナに至っては『もうちょっとSNSを意識したほうがいいですよ』等と、散々な言われようなの……!」

「ふぇっ……!? あ、はい……っ!」

 

突然始まった推しのプライベートな愚痴に、ミラアルクはコクコクと赤べこのように頷き続ける。

 

「だいたい、奏なんてコモドに来ればいつもハンバーグばかり食べている子ども舌じゃない! そういうマリアも、人に文句をつける前にまずはあのトマト嫌いを直してから言ってほしいわ!? セレナの指摘に関しては……その、努力するわ……ッ!」

 

同年代の相棒や後輩への的確な反撃を口にしながらも、同じ年であるセレナからの現代っ子らしい正論にだけはぐうの音も出ず、急に声が小さくなる翼。

 

「身内の愚痴を、初対面の奴に熱く語ってどうすんだよ……。というかセレナに論破されてんじゃねぇか」

 

クリスがトレイを脇に抱えながら、呆れ果てたジト目で翼にツッコミを入れる。

 

しかしミラアルクにとっては、そんな不器用で人間臭い翼の姿すらも最高に輝いて見えていた。

 

「い、いやっ! 翼様はありのままで最高だぜ! 鯖の味噌煮を食う翼様、絶対SNSでバズると思うぜ! ウチが保証するっ!」

「おお……! 君は本当に分かっているな……!」

 

身を乗り出して全力で肯定するミラアルクの手を、翼がさらにガシッと強く握り返す。

 

「何だこの謎の空間。……優斗、早く飯出して黙らせてやってくれ」

「あはは。はい、お待たせしました。『鯖の味噌煮定食』お二つです。ご飯はおかわり自由ですからね」

 

クリスに急かされ、厨房から出てきた優斗が、ホカホカと湯気を立てるお揃いの定食を二人の前に並べた。

照りのある立派な鯖の味噌煮と、炊きたての白いご飯、そして温かいお味噌汁。

 

「いただきますっ! ……うんっ! やっぱりこの甘じょっぱい味、最高だぜ!」

「ああ、心に染み渡る美味さ……。パパラッチに追われた疲れも吹き飛ぶわ。優斗さん、いつも感謝しているわ」

 

ツヴァイウィングのトップアーティストと、パヴァリアの元実験体。

本来であれば決して交わるはずのなかった立場の違う二人の少女が、優斗の作った一つの和食を通じて、最高に幸せそうな顔でカウンターに並んで舌鼓を打つ。

その微笑ましくもカオスな光景を、優斗とクリスは温かな目で見守るのだった。

 




そろそろ話を進めないとだれそうな、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、コントロールを掴むのが早いね?
A、今まで明確な指向性はある程度していました。一部分だけに効果のある調整は一切したことがありません。優斗の料理はその個人の全てに作用してますが、消化された食べ物が血流に乗り、養分となる事はずの成分を、ピンポイントに指定する必要がなかっただけです。自覚した神の力は割と何でもありなので、食べたら大きくなったり小さくなったりするかもしれないです。何処かとは言いませんが。

Q、鯖の味噌煮ってそんなに人気ないの?
A、今では受け入れられて人気のメニューですが、光一朗の時から洋食しか取り扱ってなかったので、載せた当初は優斗くんが心配の声をかけられていました。内容は鯖の味噌煮、味噌汁、漬物、ご飯のシンプルな物。値段は6〜700円くらいを想定。ご飯大盛り可

Q、いつからミラアルクはツヴァイウィングファンに?
A、音楽やアイドルの興味はサンジェルマン保護されたときから持つことができてました。本格的ににファンになったのは、日本に来てから。最近のムーブはダンスをすること。ミラアルク程ではないけれど、エルザは奏推しで、ヴァネッサはマリア推し。

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