その後は適当に日常回で皆の出番を作りつつ、XV編という名のほぼオリジナルを始める予定です。
ミラアルクが一人でこっそり来店して鯖の味噌煮定食を堪能したあの日以降、エルザやヴァネッサも時折、息抜きのために喫茶『コモド』を訪れるようになっていた。
特に一番年下のエルザは、S.O.N.G.で年齢の近い切歌や調とすっかり打ち解け、今ではお店のテーブル席で一緒に和やかな会話を交わすほどの仲になっていた。
「エルザは、ゲームをした事があるデスか?」
ジュースのストローを咥えながら、切歌が興味津々に尋ねる。
「ゲームでありますか? ……わたくしめ達は、ずっとそれとは無縁な生活でありましたから、よくわからないのであります……」
「だったら今度、駅前に新しいゲームセンターが出来たから一緒に行こう? 奏さんが教えてくれたんだ」
調がふわりと微笑んで提案すると、切歌が何かを閃いたように「およ?」と声を上げた。
「そういえばマリアが前に、『打ち合わせが近いのに何処に行ったのよ、もう!』って愚痴りながら奏先輩を探していたデス。って事は……奏先輩も悪デスねー! 打ち合わせをこっそり抜け出して、一人で遊んでいたってわけデス!!」
「あはは……。でも、奏さんらしいよね」
呆れながらも笑う二人に、エルザは目をぱちくりと瞬かせた。
「あの……本当に、わたくしめもご一緒していいのでありますか?」
「勿論だよ。三人で遊んだほうが絶対楽しいし! ……あっ」
調が笑顔で頷いた直後、ふと何かに気づいてピタリと固まった。
「……確か、休み明けに提出する学校の宿題が……」
「……ハッ!! ぜ、全然終わってないデス!?」
先ほどまでの和やかな空気が一変し、切歌と調の顔からスッと血の気が引いていく。
二人はまるで、これから絶望的な死地へと赴く戦士のような悲壮な顔つきになり、お互いの手を強く握りしめた。
「エ、エルザ……。私たちは、必ず生きて戻るデス。だから……」
「待っててね、エルザちゃん。この試練(宿題)、必ずやり遂げてみせるから……っ」
「しゅ、宿題って、そんなにヤバい任務なのでありますか……!?」
まるで世界の終わりに向かうような二人の重すぎる覚悟に、平和な学校生活を知らないエルザは、それがどれほど恐ろしい拷問なのだろうかと本気で震え上がるのだった。
一方、エルザやミラアルクがそれぞれの年齢の近い相手と交流を深めていく中で、一番年上で姉御肌のヴァネッサは、響や未来のような年下の少女たちを本当の妹のように可愛がっていた。
「ヴァネッサさーん!」
商店街を歩いていると、少し遠くから元気に手を振って駆け寄ってくる人懐っこい声がした。
「あら、響ちゃんに未来ちゃん。今日も元気ねぇ」
ヴァネッサは振り返り、満面の笑みで走ってきた太陽のような少女と、少し後ろを申し訳なさそうについてくる落ち着いた親友の姿を見つけて、ふわりと微笑んだ。
「はい! この立花響! 今日も今日とて、絶好調の花丸印で生きてますから!」
「赤点を回避できたからって、そんなにはしゃがないの……。こんにちは、ヴァネッサさん。今、お買い物帰りですか?」
響がビシッと胸を張って見せると、未来が呆れたようにため息をつきつつ、丁寧に頭を下げる。
ヴァネッサの両手には、近所のスーパーの袋が提げられていた。
「ええ、そうなの。さっきテレビを見たエルザちゃんが『これが食べたいであります!』って急に言い出してね、ちょっと買い出しよ」
「えーっと、豚のお肉に玉ねぎ、卵にパン粉……もしかして、今日の晩ごはんはカツ丼ですか?」
袋から覗く食材のラインナップを見た未来が、瞬時にメニューを推理して目を輝かせる。
「ぴんぽーん! 大正解! 未来ちゃんってば、主婦顔負けの鋭さねぇ。お姉ちゃん感心しちゃった」
「ふっふーん!!」
ヴァネッサが感心したように未来の頭を撫でようとすると、なぜか隣にいる響が一番得意げに、未来の肩をガバッと抱き寄せた。
「なんたって、未来は優斗さんのお料理教室の『一番弟子』ですから! 最近未来が作ってくれるご飯が、もう本当に美味しくって美味しくって! 優斗さんに負けないくらいの腕前なんだよ!」
「も、もう! 響ったら、大げさだよ……! 私はただ、優斗さんに少しコツを教えてもらっただけで……っ」
顔を真っ赤にして照れる未来と、親友の凄さを自分のことのように自慢する響。
そんな二人の、本当にどこにでもいる普通の女子高生たちの屈託のない姿を見ていると、ヴァネッサの胸の奥で、優しくて温かい感情がじんわりと広がっていくのを感じた。
(……この子たちと話していると、私まで本当に普通のお姉ちゃんに戻れたような気がするわ……)
血なまぐさい実験や、パヴァリアの暗躍に満ちた過去を忘れさせてくれるような、この平和な日常の手触り。
それはヴァネッサたちにとって、何よりの宝物のような時間だった。
そして、S.O.N.G.のメンバーたち――特に奏やマリアといった、どこか破天荒で気の置けないトップアーティストたちと気安く接することができるようになっていた。
「やっほー、来たぜ優斗。……はあぁーー。今日もクタクタだぜ、まったく」
カランカランとベルを鳴らして入ってきたのは、ツヴァイウィングの片割れである奏だった。
肩で大きく息をつき、ひどく疲労困憊した様子でカウンターに突っ伏す。その後ろからは、呆れた顔をしたマリアが続いて店に入ってきた。
「あら、奏ちゃん。酷く疲れてるみたいだけど、何かあったの?」
たまたま先にコモドを訪れ、コーヒーを飲んでいたヴァネッサが不思議そうに尋ねる。
「ヴァネッサ、貴女も来ていたのね。……奏については、気にしなくていいわ。自業自得よ」
マリアは優雅に隣の席へ座ると、ため息交じりに言い捨てた。
「ライブのリハーサルで、自分が言い出した無茶振りをかましたせいでこうなっただけだから」
「なんだよ、いいじゃねえか。こう……客席の真上をワイヤーを使って飛びながら歌ったら、ファンのみんなとの距離が一気に縮まって派手になるんじゃねぇかって思ってだなー!」
突っ伏したまま、奏がむすっと唇を尖らせて反論する。
「確かに、演出としては素敵な案よね。……どっかの誰かさんが本番さながらに調子に乗って、空中でターザンブランコのようにぐるぐると動かしたあげく、ワイヤーが盛大に絡まってスタッフさんに大迷惑をかけなければね!」
「あー……。奏ちゃん……私でもそれは、ちょっと擁護出来ないわね」
「ヴァネッサまでも!? ……いや、いけると思ったんだけどなぁー? ワイヤーアクションで回転しながらサビを歌うのって、絶対カッコいいだろ!?」
マリアの容赦ない暴露とヴァネッサの苦笑いに、奏は「うぐっ」と呻いて頭を抱えた。
「くっそー……! 優斗! 今日はやけ食いだっ! いつものハンバーグ、ご飯大盛りで頼む!」
「そんな無茶食いしてたら、また太るわよ奏。アイドルなんだから少しは自制しなさい。……優斗、私はミートドリアをお願い。ヴァネッサはもう食べたの?」
騒がしい相棒をたしなめつつ、マリアは涼しい顔で注文を済ませ、ヴァネッサへと視線を向ける。
「いえ? 私が来たのはついさっきよ。そうねぇ……」
メニュー表を見つめ、ヴァネッサはふふっと楽しげに微笑んだ。
「この前のエルザちゃんにあやかって、私も今日は『ハンバーグランチ』にしてみるわ。……優斗君のハンバーグ、ずっと気になってたの」
「おおっ! ヴァネッサもついにハンバーグの虜になるか! 優斗のハンバーグは世界一だかんな!」
「はいはい。ハンバーグ二つにミートドリアですね」
厨房から顔を出した優斗が、三人の賑やかなやり取りに苦笑しながら注文を受ける。
パヴァリアの実験体だった頃の冷たく無機質な食事とは違う、熱気と笑い声に満ちた、温かくて美味しい食事。
(……本当に、信じられないような毎日だわ)
『卑しき錆色』と呼ばれ、絶望の中で生きてきた彼女たちが、こうして当たり前のように笑い合い、誰かと他愛のない会話を交わしながら温かいご飯を食べる日々。
それは、優斗の手料理が繋いでくれた『奇跡のような日常』だった。
――そして。
そんな平穏で幸せな日々がしばらく続いた後。
ついに、ヴァネッサたちの身体の呪縛を根底から治療し、『元の身体』へと戻す約束の日がやってきた。
約束の治療日当日。
緒川の案内のもと、ヴァネッサ、ミラアルク、エルザの三人は、秘密裏に停留されているS.O.N.G.本部の潜水艦ドックへとやって来ていた。
そのまま重厚なハッチを潜り抜け、内部へと案内された彼女たちだったが――現在、三人は潜水艦内の食堂の椅子に並んで腰を下ろし、これから始まる未知の『治療』に対する緊張を隠しきれない様子でそわそわとしていた。
「い、いよいよでありますね……」
「ああ……。なんだか、パヴァリアで改造手術台に乗せられた時より心臓がバクバク言ってるぜ……」
「笑えないわよミラアルクちゃん。…大丈夫よ、二人とも。……優斗君たちが、きっと何とかしてくれるわ」
震えるエルザとミラアルクの手を、ヴァネッサが両手でギュッと包み込んで励ます。しかし、機械化されている筈のヴァネッサ自身の手にも、じっとりと汗が滲んでる様に感じた。
一方、食堂に併設されたキッチンでは、優斗がいつにも増して真剣な表情で包丁を握り、調理台に向かっていた。
絶対に失敗は許されないこの大一番。そのプレッシャーを跳ね除けるため、今日は優斗の背後に、頼もしいサポート役が立っている。
「焦る必要はない。そのまま、己の思い描く『正常な形』を強くイメージするんだ。僕が波長を合わせ、力の流れを整える」
「はいっ……! お願いします、エンキさん!」
張り詰めた空気とプレッシャーの中。
しかし、優斗の心は不思議なほどに澄み切っていた。彼は調理台に向かいながら、今日という日に至るまでの全ての縁に、静かに感謝していた。
この不思議で温かい力を与えてくれた、女神ニンフルサグに。
料理の基礎と、食べる人を想う心を教えてくれた、祖父の光一郎に。
人に料理を振る舞うことの本当の楽しさを教えてくれた、未来と響に。
自分の料理をいつも笑顔で、心から美味しく食べてくれる奏や翼たちに。
かつて料理で救ったことで、巡り巡って自分の父と母の命を助けてくれたマリアたちに。
決して消えない復讐の痛みを、自分との出会いで飲み込んでくれただけでなく、今もこうして全力で助けてくれるキャロルに。
自分という存在に可能性を託し、頭を下げてでも頼ってくれたサンジェルマンたちに。
――そして今、僕の作るものを信じて待っていてくれる、ヴァネッサたちに。
優斗の全てを受け入れてくれる、愛すべき者たちの全てに。
胸の奥底からとめどなく湧き上がる、膨大な感謝の念。誰かを救いたいという、ただ純粋で強烈な祈り。
エンキと、優斗に力を授けたニンフルサグは姉弟の関係にある。故に力の波長も似ており、エンキからの完璧なコントロールサポートを受けた優斗の祈りは、迷うことなく一つの極致へと昇華されていく。
優斗は今、真の『開花の時』を迎える。
さらに、今日の潜水艦内部には、エンキだけでなくとんでもないメンバーが集結していた。
キャロル、エルフナイン、ナスターシャ、ウェル博士、そして了子。
地球上のあらゆる叡智と科学、錬金術の頂点をかき集めたような、文字通りの『超絶頭脳チーム』である。
キャロルとエルフナインが担当するのは、万が一、優斗の料理によって完全に治しきれなかった場合のサブプランの準備だった。
この数日のコモドでの様子から、優斗の料理は改造された彼女たちの異形の肉体であっても、残された本来の細胞を驚異的なレベルで活性化させることが判明している。
もしもの時は、その優斗の料理を食べた後の極限まで活性化した細胞を採取。キャロルとエルフナインの錬金術の粋を集めて、ヴァネッサたちの本来の姿を模した肉体のコピーを一から構築し、そこへ意識を丸ごと移植するという、規格外のバックアップ体制が敷かれていた。
「フッ、オレとエルフナインがいればサブプランへの移行も完璧だ。……だが、あの真剣な優斗の顔を見る限り、オレたちの出番はなさそうだがな」
「はいです。優斗さんの力は、錬金術の常識すらも超えてしまいますから……」
優斗の集中を乱す理由にはいかないと、別室のモニター越しにキッチンを見守るキャロルが誇らしげに腕を組み、エルフナインも深く頷く。
その二人の背後には、サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティの三人も駆けつけていた。支配され、その身を悪意で侵されても、それでも決して諦める事がなかった大切な『家族達』が救われる瞬間を、誰よりも近くで見届けるためだ。
「頼むわよ…」
「今回ばかりは素直に救われてほしいワケダ…」
カリオストロが祈るように手を組み、プレラーティが息を呑む横で、
「………」
サンジェルマンはただ無言で、緊張の面持ちのままモニターを食い入るように見つめている。
そして別室で、ナスターシャ、ウェル博士、了子の三人は、治療前のヴァネッサたちの詳細な診察と、治療直後の身体に少しの不具合も残っていないかを徹底的に確認・解析するポジションに就いていた。
「いやぁ、素晴らしい! まさか神の力と錬金術、そして料理が交わる瞬間に立ち会えるとは! この貴重極まりない人体データ、私の英雄的探求心を満たして余りあるッ!」
「うるさいわよウェル。……まったく、今回は完全に優斗君の力が頼りだというのに、相変わらず騒がしい男ね」
興奮気味に早口で捲し立てるウェル博士を、了子が呆れたように小突く。
そして、かつて優斗の料理によって不治の病から立ち上がった『奇跡の第一号』であるナスターシャは、モニターの向こうで震える三人の少女たちを見て、優しく目を細めた。
「体が侵されていく恐怖と絶望は、私にも痛いほどよく分かる……。だが、もう案ずることはないわ。貴女たちは今日、その錆びついた呪いから必ず解放されるのだから」
神と天才たちが完全な布陣で見守る中、優斗のフライパンから、食欲をそそる温かくて優しい匂いが、潜水艦のキッチンいっぱいに広がり始めていた。
――運命の時が来た。
「できましたっ……!!」
潜水艦の食堂のドアが開き、緊張からか額にびっしりと冷や汗を浮かべた優斗が、大きなトレイを両手に抱えて姿を現した。その後ろには、静かに頷きながら見守るエンキの姿がある。
静まり返った室内で、トレイがテーブルの中央へと慎重に置かれた。
そこに並べられていたのは、豪勢なフルコースでも、見たこともないような特別な薬膳料理でもなかった。
照りのある『鯖の味噌煮定食』
湯気を立てる肉厚な『ハンバーグ定食』
そして、彩り豊かな『ミックスサンドイッチ』
それは、彼女たちが初めて喫茶コモドを訪れ、パヴァリアの暗闇の中で初めて『希望』を見ることのできた、始まりの料理だった。
「優斗……」
「これ、あの日と同じ……っ」
目の前に置かれたそれぞれの思い出の品を見つめ、ヴァネッサたちは息を呑んだ。
どれだけ身体が怪物に作り変えられようとも、美味しいものを美味しいと感じられた、あの温かな記憶が鮮明に蘇ってくる。
三人は深く息を整え、ごくりと緊張で乾いた喉を鳴らした。
そして、祈るように手を合わせる。
「「「いただきます」」」
震える手で箸やフォークを握り、最初の一口を口へと運ぶ。
――その瞬間、三人の瞳から堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……っ、美味しい……っ!」
「前と変わらない……いや、前よりもずっと、ずっと美味しいであります……ッ!」
「優斗の馬鹿野郎……。こんなの、泣くしかねぇだろ……っ」
それは、文字通り命を懸けた優斗のポテンシャルの全てを注ぎ込んだ、極致の料理だった。
数え切れないほどの感謝、祈り、そして神の力の一端が、完璧な調和をもって味覚から細胞の隅々へと染み渡っていく。
三人はボロボロと涙を流しながら、時にむせび泣き、それでも決して手を止めることなく、優斗が自分たちのためだけに作ってくれた『希望』を無我夢中で平らげていった。
そして、最後の一口を飲み込んだ、その時だった。
「……ぇ?」
食べ終えた三人の身体から、ふわりと、とても温かく淡い光が広がり始めた。
それは清らかな浄化の光。
『――生体データの劇的な変化を確認! これは……肉体そのものが、完全に書き換えられていきますッ!』
『素晴らしいっ……! 神の力と人間の想いが、呪いを解き放つぅぅっ!』
別室のモニター越しに、エルフナインの驚愕の声とウェル博士の歓喜の叫びが響く。
淡い光はみるみるうちに輝きを増し、やがてピークに達した瞬間、一瞬の目も眩むような閃光が食堂全体を白く照らし出した。
「ヴァネッサ……! ミラアルク、エルザ……ッ!!」
見守っていたサンジェルマンが、思わず叫びながら目を細める。
やがて光がゆっくりと収まった先。
そこには、彼女たちを縛り付けていた忌まわしい機械部品の接合部も、異形の怪物の名残も、すべてが嘘のように消え去っていた。
「……羽がねえ……耳も、戻って………?」
「痛みが……全部消えてるであります……っ!」
「ああ……なんて、温かいの……っ」
血色の良い柔らかな肌を取り戻し、信じられないといった様子で自身の両手や身体を確かめるように抱きしめる三人。機械の冷たさも、呪われた流体の痛みもない、正真正銘の人間の身体。
彼女たちは、互いの無事と、その身体から伝わる確かな「温もり」を確かめ合うように、三人で強く抱き合って歓喜の声を上げた。
「……よかった……本当に、よかった」
その様子を少し離れて見守っていた優斗も、あまりの喜びように釣られて視界をぼやけさせ、ポロポロと涙をこぼしていた。
「っ……優斗さんっ……!!」
優斗の姿に気づいたエルザが、感極まった様子で三人の輪を飛び出し、小さな身体で真っ直ぐに優斗の胸へと飛び込んだ。
「わわっ」と少し体勢を崩しながらも、優斗は優しく彼女を受け止め、その柔らかい桃色の髪を撫でた。
「本当に、良かったです……エルザちゃん」
「優斗おおおおっ……!!ありがとなーー!!」
大声を上げて泣きじゃくるエルザに続き、感情が限界まで高ぶったミラアルクとヴァネッサもまた、優斗とエルザの身体に覆いかぶさるようにして抱きついた。
「ありがとう……ありがとう、優斗……ッ!!」
特にヴァネッサは、数え切れないほどの長い年月を経てようやく取り戻した『人の体温』を、これでもかというほど感じたいのか、優斗の背中に腕を回して力強く、壊れそうなほど大切に抱きしめていた。
優斗もまた、そんな彼女たちの涙と温もりを、ただ静かに受け止めるのだった。
ひとしきり泣いて落ち着いたヴァネッサたちは、念のための精密検査を受けるべく、了子やウェル博士たちの待つ医療ブロックへと向かった。
また、自身のポテンシャルを限界まで引き出して力を使った優斗も、大事をとって経過観察として潜水艦に一泊することとなった。
『――ふむ。でかしたぞ、優斗君、それに皆も』
急遽呼び出された外部の会議のため、S.O.N.G.本部から通信で事の顛末を聞くことになった弦十郎もまた、腕を組みながらひどく満足げに、そして誇らしげに深く頷いていた。
そして、了子たち超絶頭脳チームによる入念な検査の結果。
彼女たちの身体は、細胞の隅々に至るまで『至って普通の健康な人間』へと戻っていることが見事に証明された。
残るは、彼女たちのこれからの処遇――いや、『未来の夢』を決めることである。
「私は……S.O.N.G.の職員として、みんなの裏方を手伝わせてもらえないかしら」
面談の席で、ヴァネッサは穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
「私個人として特別にやりたいことはないの。ただ、この命を救ってくれた恩返しがしたい。……強いて言うなら、これから未来へ羽ばたくミラアルクちゃんやエルザちゃんの夢を、一番近くで応援してあげたいのよ」
「ヴァネッサ……」
その言葉に、ミラアルクは少し照れくさそうに頬を掻きながら、自分自身の胸に秘めた思いを口にした。
「アタシは……その、なんだ。……『アイドル』を、やってみたい」
顔を真っ赤にして俯きながらも、その言葉には確かな熱がこもっていた。
「テレビで翼様たちを見てさ……アタシも、あんな風にキラキラ輝いてみたいって思ったんだ。だから、取り敢えずダンスの基礎から学んでみたいって思ってるぜ!」
恥ずかしげに、けれど希望に満ちたミラアルクの笑顔は、未来に輝くであろうトップアイドルにふさわしい、眩しいほどの魅力に溢れていた。
「わたくしめは……学校に行ってみたいであります」
最後にエルザが、両手を胸の前でギュッと握りしめて言った。
「切歌や調、響さんや未来さんを見ていて……宿題とか、大変で苦労しているみたいでありますが、なんだかんだで凄く楽しそうで……。わたくしめも、あんな風に普通の女の子として、学んで、遊んでみたいって思ったのであります!」
「…………っ」
別室のモニター越しに、それぞれの『夢』を語る三人の姿を見つめていたサンジェルマンの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
(人は、支配から逃げられないかもしれない……。だとしても、支配されたとしても、心の繋がりまでを絶てるわけじゃない)
優斗の料理が繋いだ縁。S.O.N.G.の装者たちとの交流。
それらが、錆びついていた彼女たちの心を溶かし、未来へ向かうための『夢』を育んだのだ。
(どんな困難にも抗う意思を持って、人は生きる……生きられる。……今ならわかるわ。お母さんが何故、あんな極限状態の中で、私に自分の食べ物を与えてまで生かしてくれたのか……。私に、『未来』を生きてほしかったからなのね……)
ずっと胸の奥に燻っていた過去の呪縛すらも、優しく解けていくのを感じる。
サンジェルマンは、ふと隣に並んで一緒に画面を見つめていたカリオストロとプレラーティへと視線を向けた。
「……付き合わせてしまったわね」
「いいものが見られたから、気にしていないワケダ」
プレラーティが、いつものようにカエル型のぬいぐるみを抱きしめながら、フッと口角を上げる。
「サンジェルマン、笑ってる」
カリオストロにそう指摘され、サンジェルマンはハッとして自身の口元に手を当てた。
「……ああ」
(生きてて良かったと、心からそう思ったのは……一体いつ以来だろう……)
モニターの向こうで笑い合う、救われた『家族』たちの姿を見つめながら。
サンジェルマンは、遠い昔に自分を生かしてくれた母へと届けるように、心の中でそっと呟いた。
『ねえ、お母さん――』
本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、ヴァネッサ達は何処に住んでいるの?
A、マリア達みたいにマンションに住んでいます。保護された立場なので監視とかは無く、普通に暮らしています。各々の部屋には
ヴァネッサ:化粧品などのブランドに、ミラアルクとエルザに栄養のある物を食べさせるため買った料理本。
ミラアルク:最近集めたツヴァイウィングのグッズ。それと響やクリスたちといった先で買った服の数々
エルザ:きりしらと取ったゲームセンターのぬいぐるみ。学校に行けるようになるために買った教本
などがあります。
Q、優斗は今まで本領発揮できなかったの?
A、そもそも人が神の力を完全に制御できるとでも?普通は原作響の様に暴走します。そもそも優斗自身が力を振るいたいわけじゃないし、ただ作るだけで料理に神の力の癒しがつくのなら、制御する必要は特にありませんでした。
Q、これからのヴァネッサ達は?
A、普通の幸せを生きていくことでしょう。