それはそれとして、AXZ編はこれで終わりになります。ストックも切らしてしまったので更新頻度は落ちますが、ここからは思いつきの短編や日常の繋ぎをします。
それと場面転換の改行を少しを変えました。
人でなし故の強靭な生命力を持ったアダムはギリギリ息を保っていた。しかし異形のまま仰向けになって倒れるアダムは、起き上がることなく出口のない思考回路の迷路の中にいた。
何故負けたのか。何故殺さないのか。何故、脆弱なはずの奴らがこんな強さを持ち得たのか。
何故、僕の完璧な計画は失敗したのか。何故、何故――。
一向に起き上がらず、ピクリとも動かずに黙り込んだままのアダムを見て、セレナがその安否を心配して声を漏らす。
「もしかして……」
「いや、生きている。ただ、アダムはただ理解したくないのだ。自らの中に可能性を持てない彼は、可能性を糧にして成長するヒトという存在を」
もう二度と聞くことなどないはずだった声。
それを耳にした瞬間、アダムは混濁しかけていた意識を無理やり引き上げられた。
ひび割れた異形の頭部をなんとか動かし、声のした方へと視線を向ける。
「久しぶり、になるな。アダム」
そこには、片腕こそ失われているものの、過去に一度見たことのある『神』が立っていた。
「エンキ……ここに、お前が……何故……」
「月まで行った後、みっともなくしがみついて、カッコ悪く生き延びたのさ」
自嘲気味に笑うエンキの姿に、アダムの胸の奥で黒い泥のような感情が激しく渦巻く。
何故ここにいる。何故やって来た。いや、そうじゃない。
「なぜ、今更……!」
アダムは『完璧』と『完全』を求められて生み出された。創造主たるアヌンナキに作られ、「そうあれかし」と求められた己の絶対的な性能に、彼自身、至上の誇りすら抱いていた。だが、創造主たちが最終的に愛し、選んだのは
――完璧でも、完全でもない。永遠に完成すらされない下等なモノたち。
弱く、群れなければまともに生きていくことすらできない、不完全な
完成された生物は、それ以上成長しない。別の何かで欠落を補うしかない。
完璧な思考は、新たな生産性を持たない。
完全な命は、次代へと繋ぐことができない。
自身に発展性がないという、ただそれだけの身勝手な理由で、アダムは『失敗作』の烙印を押され、廃棄処分という名の死を望まれた。
ある神の手引きで命からがら逃げ出し、みっともなくも今日まで生き延びてきた。
羨ましかったのだ。
妬ましかったのだ。完璧であることを求められなくても、ただ在るだけで許され、生きていられる彼らが。
そして何より、寂しかったのだ。この醜い真の姿のままでは、世界のどこにも自分を受け入れてくれる場所などないという孤独が。
だからこそ、アダムは圧倒的な力を使ってでも、常に『人の形』を保ち続けていた。
彼ら人間を滅ぼすことはしなかった。ただ彼らの頂点に立ち、『支配』することに振り切った。群れて成長するヒトを支配という枠に収めることで、自身に欠けたものを補おうとしたのだ。
なぜ? 僕は完全だ。膨大な生命力、限りない力、高い知能。
そうだ、僕こそが完成されたヒトなのだ。
いつか神の力を手に入れた暁には、自分を見捨てたアヌンナキへの復讐を果たし、彼らを超えてみせる。
「……ふざける、な……ッ」
喉の奥から絞り出すような、血を吐くようなアダムの怨嗟の声が、夜の戦場に響いた。
ニンフルサグ――それが、アダムの製作者の名。更にアダムという存在の一部は、あのシェム・ハによって共同で設計された。
アダムが目指した真の目的。それはただ神の力を得るだけではない。
手に入れた神の力と、ティキの持つ星の観測能力を用いて、この地球の何処かに隠されているシェム・ハの遺骸が入った棺を特定することだった。
そして、あろうことか唯一所在を知る、かつての創造主一人であるシェム・ハを復活させ、完全になった力で凌駕し、打ち砕く。アダムを「不要だ」と廃棄した神々の判断そのものを、絶対的な力をもって否定してやるために。
そうすれば……『ほら見ろ、選ばれるべきだったのは不完全なヒトなんかじゃない。僕だろう?』
と、あの神々。いや、ニンフルサグに証明できるはずだったのだ。そして――「お前こそが最高傑作だ」と、ただ認めてほしかった。
しかし、その数千年に及ぶ執念も、今や泥に塗れて潰えた。
「……すまない」
「……? ……なに、を」
見下ろすエンキの顔に浮かんでいたのは、出来損ないへの嘲笑でも、反逆者への怒りでもなかった。ただただ悲壮で、痛切な後悔に満ちた表情だった。
その予想外すぎる一言に、アダムは酷く困惑する。
「進化の袋小路に迷った上に、他を使わなければ先の道を目指せなかった僕たちアヌンナキは、きっと……間違っていたのだろう」
エンキは、自らの種族の罪を懺悔するように、静かに語り始めた。
「不完全だからこそ、手を伸ばし続けることができる。……その事を、我々アヌンナキは理解することなく地球を去ってしまった……」
「やめ……」
「結局、誰も彼もが『完全』や『完璧』なんていう言葉に踊らされただけだったんだ……」
アダムは拒絶するように、ひび割れた異形の首を振る。
聞きたくなかった。
数千年の間、自分がすがりついてきた「完全」というアイデンティティ。認めてもらうためだけに積み上げてきた孤独な努力と執念。それを、創造主自身の口から間違いだったと、そんなにも悲しそうな顔であっさりと否定しないでほしかった。
「やめ……ろ……!」
「だからこそ、ヒトを作った僕たちの責任なんだ。だからこそ、アダム。君も……もう……許さ――」
「やめろォォォッ!!」
許されることなど、望んでいなかった。
哀れまれることなど、求めていなかった。
ただ、自分という存在の価値を認めてほしかっただけなのに。
自らのすべてを根底から崩されるようなエンキの言葉を遮るように、アダムの悲痛な叫びが、夜の戦場に虚しく響き渡った。
あまりにも切なく、残酷な真実
エンキの言葉とアダムの悲痛な叫び。
その断片的な会話の内容から、目の前の異形の男が、ただ「親に認められたいだけだった」という哀しい真実を一同は察する。
中でも、キャロルは特に気分が悪そうに顔を顰めていた。
かつて自分も、
スケールこそ違えど、親の愛に囚われ、復讐という形でしか自分を証明できなかったアダムの姿が、かつての自分と僅かに重なって見えたのだ。
神と作られた人形。本来ならば他人が割り込むことなどできない、深くて重い親子の因縁。
しかし、ただ一人。サンジェルマンだけが静かに歩み寄り、地に這いつくばるアダムを見下ろして問うた。
「局長。……一つ聞かせてほしい」
「当てつけかい? その呼び名で僕を呼ぶのは……ッ」
見せたくなかった醜い姿を暴かれ、ひた隠しにしてきたコンプレックスも露わにされた挙句、完全敗北を喫した。そこにさらなる追い打ちとして、復讐対象であり、自身を見捨てたはずのエンキから哀れまれたアダムは、完全に自暴自棄になっていた。
「何故、パヴァリア光明結社という組織の『トップ』に立ったのですか?」
「何故……? 人類を支配するためだよ。何を馬鹿なことを」
自嘲気味に吐き捨てるアダムに対し、サンジェルマンは首を横に振った。
「そこです。……あなたほどの絶大な力があれば、世界を恐怖で縛り付け、暴力で支配することなど容易かったはずだ。あるいは、絶対的な力を持つ『新たな神』として宗教を興し、人類に己を崇拝させることだってできたはず」
「……ッ」
「だが、あなたはそうしなかった。わざわざ我々『人間』の秘密結社を作り、裏から資金を援助し、国家を脅すような真似はしても、表立って世界を蹂躙しようとはしなかった。しかも、組織の中では『統制局長』という人間の役職におさまり、現場の指揮や錬金術の探求は、すべて我々人間に任せきりの『放任主義』だった」
サンジェルマンの指摘に、アダムの異形の顔がわずかに引きつる。
彼女はずっと疑問だったのだ。なぜこれほどの圧倒的な力を持つ者が、まどろっこしい組織運営などしていたのかを。
「……あなたは本当は、人間を滅ぼしたかったわけでも、神になりたかったわけでもないのだろう? お前はただ、人間の社会という枠組みの頂点に立ち、人間たちを纏め上げることで――」
サンジェルマンは、憐れみすら込めた真っ直ぐな瞳で、真実を突きつける。
「自分もまた、神々に認められた人に属する者なのだと……そう、証明したかっただけではないのか?」
「違うッ!!」
図星を突かれたアダムが、弾かれたように否定の叫びを上げた。
「僕は完全だ! 効率よくお前たちを利用しただけでしかない……神を凌駕する存在になるために!宗教などという不確かなものではなく、理をもとにした錬金術の組織を作ったのは、補うためとはいえ、僕が……僕自身の手で築き上げたのは……それは……ッ!」
言い返そうとするアダムの言葉は、酷く弱々しく、そして空虚だった。
神を憎みながらも、神の手で作られた自分は「完全なヒト」であると証明したかった。だからこそ、怪物としての恐怖政治ではなく、人間のルールの延長線上である組織のトップという肩書きにこだわり、
それが、彼の無意識下に隠された、どうしようもなく不器用で哀しい矛盾だったのだ。
自身の最も脆い部分を暴かれ、ついに言葉を失うアダム。
その時、沈黙していたエンキが、彼を見下ろしたまま静かに口を開いた。
「アダム。……もし、お前を生み出した『神』に、再び会えるとしたら……どうする?」
その唐突な問いかけに、アダムは僅かに目を見開いた後――「ハッ」と力なく笑い飛ばした。
「馬鹿なことを……。シェム・ハは、世界の何処かわからぬ土地で深く眠りについているはずだ。それに、僕を『失敗作』として見限ったアヌンナキは、とっくにこの星を捨てて去っていった」
神の力を得て、ティキを利用しシェム・ハの棺を見つけ出す。無理やり蘇らせてでも彼女を凌駕して自身の存在価値を証明する。それこそが、アダムが数千年もの間、たった一人で描き続けてきた孤独な復讐のシナリオだった。
しかし、エンキは静かに首を横に振った。
「そっちじゃない」
「……何?」
「シェム・ハのことではない。……お前の製作者…母である、ニンフルサグの方だ」
エンキのその一言は、夜の戦場に静かな波紋を広げた。
アダムの異形の巨躯が、微かに震える。
「ニンフルサグ……だと?」
「ああ。彼女は今も生きている。……あるいは、これから『戻ってくる』のかもしれない」
エンキは意味ありげに目を伏せ、遠くの夜空を見つめた。
かつて共に地球へ降り立ち、人類を創り出し、そしてバラルの呪詛という罪を犯した同胞たち。その中の一人、アダムを直接設計し、そして彼を「失敗作」として廃棄したアヌンナキ達からアダムを逃がした張本人であるニンフルサグ。
「……あり得ない。僕を捨てたアヌンナキはすべてこの星を去ったはずだ! シェム・ハと君を除いて……ッ!」
「去った者もいる。だが、残ってしまった者もいる。……そして、シェム・ハの復活という最悪のシナリオが残っている今、彼女もまた、自らの犯した罪と向き合うために動き出すはずだ」
エンキは再び視線をアダムへと戻す。
「どうする、アダム。……お前を創り、お前を育て、お前を捨てーーお前を逃がしたニンフルサグが、再びお前の前に現れたとしたら。お前は彼女を憎み、復讐を遂げるか? それとも――」
エンキはそこで言葉を区切り、悲しみすら感じさせる眼差しで、地に這いつくばる孤独な人形を見つめた。
「それとも、ただ……『よくやった』と、一言褒めてほしかったのか?」
エンキの残酷で、しかし何よりも欲しかった問いかけ。
何千年もの間、虚勢で塗り固めてきた異形の怪物は、その言葉に憑き物が落ちたように動かなくなった。
「……会えるのか?」
怨嗟でも、怒りでもない。それはまるで、迷子になった子供が親の姿を探すような、ひどく静かで弱々しい声だった。
エンキは静かに頷いた。
「ああ。ニンフルサグは今、次元と空間の狭間に身を潜めている。……だが、彼女は必ず辿ってくるはずだ。優斗という少年に宿った『力』を道標にしてな。お前が彼女と再会する日は、そう遠くない」
優斗の力。それが、かつての創造主を現世へと導く鍵となる。
その事実を聞いたアダムは、短く、微かに息を吐いた。
「……そうか」
もはや、足掻く理由はなかった。
神の力を奪い、シェム・ハを倒して己の完全性を証明せずとも、母は自ら現れるというのだから。
長きにわたる執念の糸がぷつりと切れ、アダムの異形の巨躯から赤黒い力がスゥッと抜け落ちていく。
「……」
彼は静かに目を閉じ、抗うことを完全にやめた。
数千年の孤独と虚勢の果てに、ただ親の眼差しを求めた不完全な人形は、深い敗北を受け入れ、泥のような安らかな眠りへと落ちていった。
完全に沈黙した戦場。
静かな寝息すら立てそうなほど穏やかに気絶したかつての主を見下ろし、サンジェルマンはポツリと呟いた。
「母、か……」
彼女の脳裏に、自身の過去がよぎる。
彼女の絶望も、錬金術の深淵に触れたことも、そして理想を追い求める果てしない戦いも、すべては『母』という存在から始まっていた。
境遇や種族は全く違えど、親という呪縛に囚われ、そこから最後まで自立しきれなかった哀れな男の末路に、サンジェルマンは同族嫌悪とも哀れみともつかない、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。
電撃的始まったアダムさん捕縛作戦は、最終的にアダムさんの「投了」という形で幕を下ろした。
完全に戦意を喪失した彼の身柄は、一時的にS.O.N.G.の預かりとなったらしい。
らしいと言うのは、僕はその場におらず、事の顛末はみんなから聞いたからだ。
けれど、事態が落ち着いてすぐに大きな問題が浮上した。アダムさんを含めた「パヴァリア光明結社」の今後の処遇について。
公にして捕まえた訳ではないけれど、パヴァリアは欧州を根城にし、長年経済的に支配していた超巨大組織だ。それどころか、彼らは各国に根を張り、裏から資金や指示を出して『援助・指揮』しているパトロンの側だった。
アダムさんの野望のために、裏で数々の犯罪活動まで行っていたのだから、今回の一幕を極秘裏に知った各国の閣僚たち――特にパヴァリアに恩を売られていた欧州側は、証拠隠滅も兼ねて即座に「死刑宣告」を申し出た。
日本としては特に直接的な被害がなかったこともあり、この件に関してはあくまで中立の立場を保っていたらしい。
だから、このまま欧州側の強硬な意見が通って、アダムさんたちは引き渡されるのかと僕は思っていた。
しかし、その死刑宣告の申し出は、すぐさま各国自らの手で取り下げられることになったのだ。
理由は単純にして、ひどく大人の泥臭いものだった。
余りにもパヴァリアが各国の『裏事情』に詳しすぎた事も一つあった。
もし彼らを公の場で裁き、組織の全容や活動内容を明るみに出そうとすればどうなるか。それはつまり、各国がお互いに「絶対に叩かれたくない埃」まで大量にぶちまけられることを意味している。
政治家の汚職、他国への裏工作、非合法な資金援助……パヴァリアが握っている各国の弱みは、下手に刺激すれば怖い話、世界恐慌や戦争の引き金になりかねない劇薬だったらしい。
各国の様々な不安は、S.O.N.G.経由で、牢屋のアダムさんがから持ちかけた、ある取引によって一気に風向きは変わることとなった。
それはパヴァリアが長年世界中から収集し、隠匿していた『聖遺物』や『異端技術』の存在だ。
もしアダムさんを処刑し、組織を解体してしまえば、それらの未知のオーバーテクノロジーの管理が失われ、最悪の場合は世界中に散逸してしまう。喉から手が出るほどその技術が欲しい各国に対し、アダムさんは余裕の態度で司法取引を持ちかけたのだ。
『譲渡してあげよう。分配もね。 僕たちがこれまで秘匿してきた技術や、比較的安全な聖遺物を選別してね。その代わり、存続させてもらうよ、これからのパヴァリアを。 君たちの手に負えない世界の特異災害を処理する、特務機関としてね』
目の前にぶら下げられた莫大な利権と技術的恩恵。それに目が眩んだ国連側は、あっさりと手のひらを返した。
こうして国連非公認の治安維持組織『新生パヴァリア』として存続することになったのだ。
ただ、問題がないわけではない。
組織の方針を「治安維持」へと180度転換したことで、内部から大きな反発が生まれた。これまでパヴァリアの傘で好き勝手やっていた連中や、方針転換に納得できない過激派の錬金術師たちが、次々と組織から脱走し始めているのだ。
『勝手にすればいいさ、抜けたければね。 ……まあ、止めるつもりはないよ。ただし、きちんと掃除しないとね、僕の秩序を乱すゴミは』
脱走した悪党たちはすでに世界中に散らばり、新たな火種を生み出しつつある。
S.O.N.G.と、アダムさん率いる新生パヴァリア。当面の共通の敵は、この「脱走したならず者の錬金術師たち」ということになりそうだ。
何で僕がそんな国家レベルの裏事情に詳しいかって?
実のところ、この話を他でもないアダムさん本人から直接聞いたからだ。
……そんな世界を揺るがしたアダムさんが今、どこで何をしているのかというと。
「美味しいね、君の淹れるコーヒーは。最上位に入るよ、これまで長い時間を生きて様々なコーヒーを飲んできたけどね」
「アダム、アダム! このパフェもすっごく美味しいよ〜! ほらほら、あ〜んしてあ・げ・る!」
僕の目の前で、ひどく優雅にコーヒーを飲んでいた。
――実は、こうしてアダムさんが僕たちに対して妙に親しいのは、ちょっとした理由がある。
あの夜の決戦の最後、エンキさんの説得を受けたアダムさんは、再び人間の姿に擬態し直し、大人しくS.O.N.G.の地下牢へと入った。
両手に特殊な手錠を着けた状態で、牢屋内のアダムさんは僕と面会したいと希望を出してきたのだ。
内容は、神の力を宿した僕を直接見てみたかったこと。そして、神の力を持った感想を聞くことだった。
『真っ先に君を狙ったのにね、もし知っていたら』
そう悪びれずに笑うアダムさんに、僕の護衛として付き添っていた弦十郎さんが腕を組みながら言った。
『プレラーティくんが君にその情報を伝えなかったのは、単に君が気に食わなかったかららしいぞ』
『……』
自業自得すぎる部下からの評価に、アダムさんは何も言い返せず、ただ無言で肩をすくめるしかなかった。
そして面会の最後、アダムさんが少し気まずそうに、視線を逸らしながら聞いてきたのだ。
『……ニンフルサグは、どうだった?』
『僕の所感でよければ、ですけど』
前置きをして、僕は正直に答えた。
『とても優しくしてもらいました。それに……帰ってくるのを諦めたようには見えませんでした』
面会の終わり際。牢を去る直前に、僕が「会えますよ。きっと」と告げると、アダムさんは少しだけ嬉しそうに目を伏せ、『そうか』と呟いたのだった。
こんな事があったのである。
「ティキちゃん。そっちのパフェの味はどうかな?」
「とーっても美味しい! アダムはどう? ねえねえねえ!」
「美味しいね。甘さと酸味のバランスが良くて、完璧な味わいだよ」
「キャーッ!! アダムってば、アタシが食べさせることで完璧になったパフェが美味しすぎて、アタシのことまで食べたいだなんてーーっ!」
「ティキ。言ってないよ、そんな事はね」
一人で暴走して大興奮する彼女を、アダムさんが涼しい顔でスルーする。
アダムさんの隣で騒いでいる、露出の少ない可愛らしいワンピースを着た女の子。彼女こそが、長年眠りについていたオートスコアラー『ティキ』ちゃんだった。
彼女の動力であり、星を観測する能力の要でもある『アンティキティラの歯車』を組み込んだことで、ようやく彼女は目覚めたらしい。
と言っても、ギリシャの博物館からサンジェルマンさんたちがこっそりすり替えてきたその歯車は、あくまでシェム・ハの棺を特定するまでの『貸し出し』ということになっている。
だから、用が済んで歯車を取り出した後も彼女が活動できるように、ガリィちゃんたちと同じく『思い出』や僕の料理から稼働エネルギーを吸収できる仕様へと、キャロルちゃんに依頼して身体を改造してもらったみたいだ。
キャロルちゃんはものすごく嫌そうな顔でその依頼を受けたらしいけれど……ファラさんからこっそり聞いた話によると、アダムさんに相当な対価をふっかけたらしく、しばらくの間はとても機嫌が良かったそうだ。
「局長。こんな所に居たワケダ」
不意に、カランとお店のドアベルが鳴った。
振り返ると、特徴的なカエルのぬいぐるみを抱いた小柄な少女が、呆れたような顔で立っていた。
「あ、プレラーティちゃん。いらっしゃいませ。もしかしてアダムさん探しに?」
「その通りなワケダ。もう直ぐできる日本支部の立ち上げがあるのに、いつまで経っても来ないから、態々探しに回ったワケダ」
はぁ、とプレラーティちゃんが深いため息をつく。
そう。結局のところ、アダムさんが統括局長の肩書きのままで、一度は反逆したはずのサンジェルマンさんたちも、新しいパヴァリアに所属したままになっているのだ。
と言っても、それは幹部の後任が決まるまでの『一時的なもの』らしい。
原因を聞くと、アダムさん一人に組織の運営を任せた結果、逆に致命的なトラブルを引き起こし、その後始末に全員が奔走する羽目になった事件が一回あったそうだ。
S.O.N.G.も巻き込んでなんとか解決させたらしいのだけれど、その一件に関わった全員が『こいつを一人にさせたらダメだな』という共通の結論に至ったみたいだ。
大迷惑をかけたアダムさん本人は、「いやあ、僕には組織を回すような地味な能力はないみたいだね」と悪びれずに笑って、すぐさまカリオストロさんに思い切りどつかれていた。
なので、まともな組織運営ができるようになるまでの間、サンジェルマンさん達はパヴァリアに戻ってサポートをしている。
『今まで我々がしてきた罪が消えたわけじゃない。犠牲にしてしまった73,783人……命の価値や数を比べるわけじゃないけれど……これからは、誰かを助ける道に行ってみたい。だからこれはその一歩』
いつだったか、サンジェルマンさんは穏やかな顔でそう語ってくれた。
以前よりも自分を素直に出せるようになった彼女は、抱え込みすぎず、無理をしない程度に新しい組織の改革に取り掛かっているらしい。
アダムさんに対しても、かつてのような気後れや過剰な忠誠心は微塵もなく対等、というか呆れ気味に接している。それがアダムさんの人徳の無さゆえなのか、サンジェルマンさんが一人で気を背負わなくなったからなのかは、僕にはちょっと分からないけれど。
「ご馳走になったよ」
「また来るねっ!」
「はい、ありがとうございます。また来てください」
帽子を優雅にかぶり直したアダムさんと、元気に手を振るティキちゃんは、やれやれと首を振るプレラーティちゃんに連れられてお店を出て行った。
賑やかだった店内がふっと静かになる。
グラスを片付けようとした――その時だった。
一度店を出たはずのプレラーティちゃんだけが、小走りで戻ってきた。
「プレラーティちゃん? 忘れ物?」
「いや、違うワケダ」
彼女は周囲に誰もいないことを確認すると、少しだけ真面目な顔になって僕に伝言を残した。
「サンジェルマンと、二人で会う時間を作ってほしいワケダ」
閉店後の『コモド』。
静まり返った店内で、翌日の仕込みをしながら彼女を待つ。
夜もすっかり更けた頃。店の入り口のドアベルが、カランと控えめに鳴った。
「……遅くなって、ごめんなさい」
「いえ、全然。仕込みをしていたのであっという間でした。どうぞ、座ってください」
私服姿のサンジェルマンさんをカウンター席に案内し、何を飲むか尋ねる。彼女の希望で温かい紅茶を淹れ、そっと目の前に置いた。
カップから立ち上る湯気を眺めながら、彼女は静かに一口味わう。
ふう、と一息ついた後。僕たちの間に、ふと沈黙の間ができた。
「……」
「……」
けれど、それは単に気まずいものではなかった。お互いの時間を尊重し合うような、不思議と心地よい、優しい沈黙だった。
「少し……話してもいいかしら。こんな事、人前では少し言いにくいのだけれど……」
「……ええ、どうぞ」
カップを両手で包み込みながら、まるで懺悔のように切り出したサンジェルマンさんに、僕は静かに向き直った。
「もし……もしも、お母さんが死んだ後に、あなたと出会っていたら……」
ポツリと零れ落ちたその一言から、彼女は流れるように、自身が背負ってきた永い永い過去を語り始めた。
実は彼女は、数百年前の古代ローマに生まれた人間だった。カリオストロさんやプレラーティさんとは違い、三幹部の中では唯一の『生まれながらの女性』なのだという。
(そうだったのか……)
カリオストロさんとプレラーティちゃんが元男とは知らなかった僕は、心の中でひどく驚いたが、口を挟まずに黙って耳を傾けた。
上流階級の男性が、戯れに奴隷の女性に手を出したことで生まれた命。
実の父親からは何の援助も愛情も得られず、極貧の幼少期を送った。あまりの苦しさに助けを求めたこともあったが、無惨にもむげにされたという。
虐げられた幼少期の経験と、その後に最愛の母親を喪ったこと。それこそが、彼女が『支配によって誰もが奪われない理想の世界』に向かうようになった原点だった。
母との死別後も、彼女は数々の辛酸を舐めてきた。だが、ある貴族が彼女を弄ぶついでに、戯れに文字を教えたことが転機となる。
彼女はその文字をきっかけに自ら教養を貪欲に学び、やがて錬金術の素養すら身につけていった。
その後、頭角を現した彼女をアダムさんがスカウトし、パヴァリア光明結社の一員としてフランス社交界に現れ、スポンサーを得て活動するようになった――。
壮絶という言葉すら生ぬるい彼女の過去を、僕はただ静かに受け止めた。
「初めてね……。誰かに、ここまで私のことを話したのは」
ひとしきり話を終えたサンジェルマンさんは、自分でも驚いたようにふっと息を吐き、何処か憑き物が落ちたようなスッキリとした表情を見せた。
「これから、私に出来る事をして行こうと思うの。……これはもう誰かに与えられた『使命』じゃなく、私自身の『願い』。そう呼ぶべきものなんでしょうね」
「願い、ですか?」
問い返すと、彼女は柔らかい微笑みを作った。
「ええ。私たちが理想のために犠牲にしてきた者たちの中にも……私のお母さんのような、誰かの帰りを待っている人や、大切な人がいたはずだわ。失った命は等価値にはならないけれど、それでも、贖罪をしたいの」
紅茶で喉を潤し、空になったカップをソーサーにコトリと置く。
「私は余りにも永い間、『使命』という名の目隠しで両目を塞がれたまま生きてきた。だからこれからは、自分の考えと、自分の目で見て……人を助ける道を歩きたいの」
「サンジェルマンさん……」
強い意志を宿した横顔は、とても綺麗だった。
そして彼女は、ふと何かを言い淀むように視線を彷徨わせた後、
「だから……その……」
「もし、私がまた道に迷ったり、落ち込むようなことがあったら……貴方に、会いに行ってもいいかしら?」
耳まで真っ赤に染めながら、もじもじと上目遣いで尋ねてきたのだ。
普段の凛とした彼女からは想像もつかないほど年相応で、可愛らしいその姿に、僕は思わず頬が緩むのを止められなかった。
「はい。喜んで」
「……! ほ、本当?」
「もちろんです。いつだって、サンジェルマンさんの為に時間を作りますよ」
僕は笑って、この店の中を見渡した。
「ここは喫茶店『コモド』ですから。その名前んの気楽に、くつろぐ様にして欲しい意味の通り、サンジェルマンさんが羽を休めたい時、いつだって受け入れる場所です」
僕の言葉に、彼女は泣き出しそうな、でも最高に嬉しそうな笑顔で
「…ありがとう」
と、微笑んだ。
いつの間にかアダム周りのオリジナル設定が生えてしまった、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、アダムの母はニンフルサグなの?
A、アヌンナキの開発メンバーのトップでした。シェム·ハとは旧知の仲。互いに友情を持って高めあっていた。廃棄から逃げれたのもニンフルサグの手引きで、ということにしてあります。じゃないとどうやって神から逃れたのか分からないので。期待を一身に浴びていた頃がアダムにとって一番の記憶。
そう考えるとこいつシャアだな?ティキがクェスで、ララァがニンフルサグ。
Q、やけにおとなしいね
A、調べた所XDに出てくるアダムはきれいなジャイアンレベルで違うみたいですが、ここのは単に抉らせただけで、根気よく接する人がいたらもっと早くこうなったかも。
Q、ティキのこれからは?
A、シェム·ハの居場所特定までは、歯車イン。しかし外すとティキは動かなくなるので、嫌がったティキが駄々をこねた結果改造しました。
ティキの使用目的を聞いた誰かが、そのやり方はお前が嫌いな神やり口と一緒じゃないの?と指摘された事を気にしたアダムが、微量の罪悪感を持った事も要因の一つかもしれません。