ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

56 / 71
前回響が優斗にあんな事したのか。それがこの回にあります。

一応タグにハーレム入れていますので、はい。


愛するという覚悟

響の優斗と一緒に作ったスープと健気な看病によって、お陰ですっかり体調を持ち直した未来。2人っきりで料理した上に妙にテンション上がっている響を見て何かを察してしまった未来だが、今は熱も収まり心地よく眠っている。

 

そして未来は夢を見た。そう、愛する者の隣に在り続けるために定めた、彼女たちの壮絶で温かい『覚悟』の追憶を。

 

 

 

 

 

夜空を鮮やかに彩っていた花火が消え、波打ち際から聞こえてくる潮騒はどこまでも穏やかだ。

しかし、海岸から少し離れた別荘の一室は、まるで沸騰した湯気のような熱気に包まれていた。

 

十畳ほどの和室にひしめくのは、十人の少女たち。

普段は戦場に身を置き、人類の脅威と戦う装者である彼女たちも、今夜ばかりは年相応のエネルギーを爆発させていた。寝巻きに着替えて畳に座り込む彼女たちの姿は、さながら修学旅行の夜そのものだ。

 

「で、どうだったよ。優斗との逢瀬は?」

 

ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた奏が、身を乗り出すようにして問いかけた。彼女の肘が、隣で小さくなっている小日向未来の脇腹を軽く小突く。部屋中の視線が一点に集中する。

 

「そ、それは、その……っ」

 

未来は真っ赤になった顔を伏せ、膝の上で裾をぎゅっと絞る。肘から伝わるこそばゆい感触よりも、親友や仲間たちの好奇な視線が熱くて、思考が真っ白に焼き切れそうだった。

 

「ふふ……無理もないわ。あんなにも堂々と、海辺で二人の世界を見せつけられてはね」

 

風鳴翼がどこか揶揄うような、それでいて眩しいものを見るような眼差しを向ける。その言葉に、部屋の隅で膝を抱えていた雪音クリスが、限界を迎えたように叫んだ。

 

「バッ、バカッ! 思い出させんな翼先輩! ああもう、こっちまで顔が熱くなってくんだろーがッ!」

 

クリスはバンッ! と勢いよく畳を叩き、逃げるように顔を背けた。彼女の耳たぶまで真っ赤に染まっているのは、決して夏の暑さのせいだけではない。

 

「へへっ、未来、すっごく可愛かったよ! 私も二人が手ぇ繋いでるの見て、なんだか胸が…………嬉しくなっちゃった!」

 

立花響が、太陽のような笑顔で未来の手を握る。浜辺での一幕、二人の仲を取り持った響の手引きにより、二人は指を絡ませ体温を感じ合いながらこの別荘へと戻ってきた。

 

「も、もう! 響までからかわないでよぉ……っ」

 

未来の声は、もはや蚊の鳴くような細さだった。顔を覆った指の隙間から覗く瞳は潤み、幸せと羞恥が入り混じった複雑な色を湛えている。

 

「いいじゃない、青春の特権よ。……まあ、最初に煽ったのは私だけれど、実際にこうして先を越されてしまうと、悔しい気持ちもあるわね」

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴが、少しだけ自嘲気味に、けれど優しく微笑んだ。彼女の隣では、妹のセレナが目を輝かせている。

 

「もう、マリア姉さんったら。でも、未来さんのあの時の幸せそうな顔、とっても素敵でしたよ。私、見ていて少し泣きそうになっちゃいました」

「アタシも……優斗さんのおいしいご飯作ってくれる手、アタシも繋いでみたかったデス……」

 

暁切歌が恨めしそうに呟くと、月読調がその肩を優しく叩いた。

 

「切ちゃん、ダメだよ。でも……うん、未来さん、おめでとう。すごく勇気が必要だったよね」

「ふふっ、なんだか人の『恋』というものを、特等席で見せてもらっている気分です。錬金術では解明できない、素晴らしい思い出です」

 

エルフナインまでが感嘆の声を漏らし、祝福と羨望の入り混じった言葉が次々と未来に降り注ぐ。

 

未来は、どうしようもない照れくささに包まれながら、自分の胸の奥でまだ熱く脈打つ鼓動を感じていた。指先に残る優斗の掌の感触。それは、この喧騒の中でも決して消えることのない、確かな熱だった。

 

 

 

 

 

しばらく続いた茶化し合いが一段落したところで、響が、今一番知りたい核心の部分に切り込んだ。

 

「で、未来! 結局お兄ちゃんには……その、ちゃんと思いを伝えられたの!?」

 

その問いに、部屋の空気が一瞬でピンと張り詰めた。全員が呼吸を止め、未来の次の一言を待つ。

 

「う、うん。伝えたよ。大好きだって、これからもずっと隣にいたいって。……でもね」

 

未来は一度言葉を切り、深く、静かな呼吸を置いた。その瞳から恥じらいが消え、一人の女性としての、強固な決意が宿る。

 

「優斗さんからの返事は、保留にしてもらったの」

「「「「「……は?」」」」」

 

予想外すぎる結末九人の声が見事な不協和音となって部屋に響き渡った。特に、先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた奏が、膝を乗り出さんばかりの勢いで詰め寄る。

 

「ほ、保留ってどういうことだよ!? あんなにいい雰囲気で、二人きりの浜辺で、手まで繋いで戻ってきたんだぞ!? そこで『はい、付き合ってください』でゴールインじゃねぇのかよ!」

「だって……。私がずっと悩んで、迷って、やっと見つけられた大切な答えだもの。だから、優斗さんにも、私の想いを受け止めた上で、ちゃんと自分の心と向き合って考える時間をあげたかったの」

 

未来は困ったように、けれどどこまでも聖母のような慈愛を湛えて微笑んだ。

その答えは、あまりにも未来らしく、そしてあまりにも重いものだった。

自分の感情を押し付けるのではなく、相手の意思を、相手の時間を尊重する。それは、深い信頼がなければ不可能な選択だ。

 

「……なるほどな。未来らしい、重てぇ愛情だわ。相手の心まで丸ごと飲み込もうとする、究極の受容ってやつか」

 

奏が呆れたように、けれど敬意を込めて溜息をついた。

 

「ええ。相手の歩幅に合わせて、自分の幸せを待つことができる。それは本当に、未来らしい強さね」

 

翼が感じ入ったように頷く。

 

「アタシなら、その場で答え聞かねぇと絶対落ち着かねぇのに……。優斗、『返事は後でいい』なんて言われて、今頃部屋モヤモヤしてんじゃねえのか?」

 

クリスが頭を掻きむしりながらも顔色は明るく、何処かホッとしている。その光景を想像したのか、部屋に少しだけ和やかな空気が戻った。

 

だが、未来の表情は完全には晴れていなかった。彼女の視線が、ゆっくりとマリア、クリス、そして奏の三人へと向けられる。

 

「でも……これでよかったのかな、って思うんです」

「ん? 何がだよ」

 

奏が首を傾げる。未来は真っ直ぐに彼女たちの瞳を見つめ、心に秘めていた「もう一つの本音」を吐露した。

 

「最初にマリアさんの堂々とした宣戦布告を見て……それで私も、一歩踏み出す勇気をもらえました。でも……」

 

優斗に想いを告げた、あるいは告げようとしている四人。マリア、クリス、奏、そして未来。

 

「優斗さんは、世界に一人しかいない。……もし選ばれるのが、自分じゃなかったら。皆さんは、それを耐えられるんですか?」

 

不安げに揺れる未来の問い。それは、恋敵であると同時に戦友である彼女たちにとって、避けては通れない残酷な問いだった。

部屋を、再び重苦しい沈黙が支配する。夜の海風が、開け放たれた窓から入り込み、浴衣の裾を冷たく揺らした。

 

 

沈黙を破ったのは、奏の鼻で笑うような声だった。

 

「んー? なんだ未来。それはアタシたちへの勝利宣言か〜? 『アタシが重いから、結局優斗は私を選ぶ』ってか? さすがにちょっと早いんじゃないか?」

「えっ!? 違っ、そんなつもりじゃ……っ! ごめんなさい、私、変なことを……!」

 

慌てて手を振って否定する未来に、奏はケラケラと笑い声を上げた。

 

「あははっ! 冗談だよ、冗談。未来がそんな子じゃないのは、アタシが一番知ってるっての。……でもさ、未来」

 

奏の笑みが消え、その瞳に戦士としての鋭い光が宿る。彼女は窓の外、月光に照らされた黒い海を見つめた。

 

「みんなもさ、知ってるだろ? ここにいる奴らは、未来と響を除いて……まともな家庭環境じゃねぇ」

 

その言葉に、翼が、クリスが、そしてマリアたちが、一斉に伏し目がちになった。奏は、剥き出しの真実を並べていく。

 

「あたしはノイズに家族を皆殺しにされた。翼は風鳴家っていう、日本の影を背負わされたやんごとなき身分だろ? 自由なんて言葉、辞書にすら載ってなかったはずだ」

 

視線を落とす翼の肩が、微かに震える。奏の言葉は続く。

 

「クリスもそうだ。戦火の中で両親を亡くして、バルベルデの地獄を這いずり回った。マリアたちだって、アメリカの研究所……F.I.S.で、実験体同然に扱われてきた孤児だ」

「……」

 

マリアは唇を噛み締め、切歌と調は互いの手を握り合った。

 

忘れたくても忘れられない、皮膚に刻み込まれたような過去。彼女たちは皆、愛を知る前に「武器」であることを自らに強いれたり、強要されてきた存在なのだ。

 

「あのキャロルってのも、あたしら以上に壮絶な環境だったはずだ。元の肉体を捨ててまで父との約束を守ろうとした……狂気と哀しみの塊みたいなもんだろ?」

 

奏の視線がエルフナインへと向けられる。

 

「……はい。キャロルのかつての記憶を共有する僕には、彼女がどれほど孤独だったか、痛いほど分かります。彼女にとって、唯一の光は……」

 

エルフナインの言葉は途切れたが、その先を全員が理解していた。

己に潜む暗い過去、戦いの道具として消費され、心を削り取られてきた日々。その空洞を埋めてくれたのが、優斗という存在だったのだ。

 

「だからだよ。あたしらは……優斗が誰を選んでもいいんだよ」

 

沈黙を切り裂いた奏の声は、驚くほど澄んでいた。

 

「あたしが、あたしたちが認めたヤツが……優斗を幸せにしてくれるならさ。それで十分なんだよ。あいつには、あたしたちが見られなかった『普通の、温かい景色』の中にずっといてほしいんだ」

 

奏は未来を真っ直ぐに見つめ、太陽のように温かく、けれどどこか切なさを孕んだ笑みを浮かべた。

 

「……ええ。奏の言うこと、私にも痛いほど分かるわ」

 

マリアが静かに同意した。隣に座るセレナが、驚いたように姉を見上げる。

 

「マリア姉さん……?」

「昔、F.I.S.にいた頃。完全聖遺物ネフィリムの起動実験が失敗して、研究所が炎に包まれたわ。あの地獄の中で、炎を切り裂いて私たちを救えたのは……セレナ、貴方の絶唱だけだった」

 

マリアの脳裏に、赤黒く燃える炎と、崩れ落ちる天井の記憶が蘇る。

 

「あの時、貴方が絶唱を使ったと知った時、私の心臓は止まるかと思ったわ。もう二度と、この温もりに触れられないのだと絶望した」

「ご、ごめんなさい……あの時は必死で……」

「謝らないで。でも、その絶望を繋ぎ止めてくれたのは、あの日、優斗にもらったあのクッキーだった。……もしあの時、あれを食べていなかったら、貴方の体は負荷に耐えきれず、今ここにはいなかったでしょう」

 

マリアはセレナの肩を抱き寄せ、その存在を確かめるように力を込める。

 

「そうなっていたら、残された私の悲しみは、きっと永遠にこの胸を焼き続けていた。……私たちは、いつだって隣り合わせの死に怯えて生きているの」

 

静かな声で告げたマリアが、膝の上でそっと拳を握りしめた。目を瞑り静かに聞いていた翼も己の思いを吐露する。

 

「私たち装者は、人々の盾となるべく運命づけられた存在よ。もしも過酷な戦いの中で……いつ命が尽きてしまうか、誰にも分からない。明日には、この温もりが消えているかもしれないわ」

「こんな事、あんまり言いたかねぇけどさ……」

 

奏が翼の言葉を引き継ぐように、自嘲気味に笑った。

 

「あたしらがもし死んだら、優斗は……あいつは優しいから、絶対に、一生消えない深い悲しみに沈んじまう。そんなの、耐えられねぇだろ? だったら……その時に、あいつの側に誰かがいて、その涙を拭いてやりゃいいんだよ」

 

愛する者が悲しまないための、戦士としての壮絶な覚悟。

自分が幸せになることよりも、自分が消えた後の彼の幸せを願う。

その「重すぎる」愛情の形に、響や切歌たちは圧倒され、言葉を失った。

だが、未来だけは違った。その真っ直ぐな瞳を逸らさず、奏の言葉の核心へと踏み込んだ。

 

「……奏さんは。奏さんは、本当にそれでいいんですか? 自分がいなくなった後のことなんて……。今、この瞬間の幸せを諦めているように聞こえます」

 

光に満ちた未来の目で見つめられ、奏は一瞬、視線を逸らしそうになった。だが、彼女は不敵な笑みでそれを押し返した。

 

「いいわけねぇだろ! 正直、あたしが選ばれたら家で毎日ずっといちゃついてやるし、他の女の影なんて微塵も残さないくらい可愛がってやるよ! 選ばれなくたって、チャンスは絶対に捨てない。隙あらば奪いに行くぜ?」

 

冗談めかして笑う奏。だが、その瞳の奥には、決して揺るがない真剣な「恐怖」と「祈り」が宿っていた。

 

「だからさ、考えたんだ。もし優斗が、どうしても一人を決めきれなかった時。あるいは……あいつに何かあって、あたしらのうちの一人じゃ支えきれなかった時のことを」

 

少女たちを一人一人見渡し、奏は爆弾を投下した。

 

「ここにいる全員で、優斗を愛しちゃえばいいんじゃないかってさ」

 

奏の爆弾発言に、皆が脳内に入った言葉を咀嚼するまで十秒間の沈黙。

 

「「「「「はああぁぁぁぁっ!?」」」」」

 

理解が追いつくよりも先に、絶叫が部屋を揺らした。真剣に聞き入っていた空気が、一瞬で粉々に砕け散る。

 

「ちょっ、奏さん!? 何を、何を急にとんでもないこと言い出してるんですか!」

 

響が立ち上がり、両手をブンブンと振り回す。

 

「ぜ、全員でって……そんな、一夫多妻制みたいな不純なこと! 風鳴の教えに反するっ! 破廉恥だっ!」

 

翼も顔を真っ赤にして立ち上がるが、奏はそれを片手で制し、再び声を落とした。

 

「落ち着けって。あたしだって、エロいこと考えて言ってるわけじゃねぇよ。……いや、半分くらいは考えてるけどさ」

 

少しだけ眉を下げる奏。その声には、彼女の抱える切実な「予感」が滲んでいた。

 

「優斗のあの力……あれは、あたしらが全力で守っても、いつか必ず誰かに狙われる。キャロルも守ってくれてる今はいいけど、アイツにだって限界はある。あたしらが任務で離れてる時、学校にいる時……24時間、ずっとあいつの隣にいられるわけじゃねぇ」

 

戦いに身を置く以上、絶対的な安全などどこにもない。

守りたいものが増えれば増えるほど、その隙間は大きくなる。

 

「もう……これ以上、大事な人を喪うくらいなら。あたし一人が愛を独占できなくてもいい。……あいつが笑顔でいてくれるなら、誰が隣に立っていたって構わない。それが、ここにいる全員なら……誰もアイツを独りにはさせないだろ?」

 

祈りにも似た、壮絶な決意。その悲痛な響きに、賑やかだった和室は再び水を打ったように静まり返った。

 

「……アタシも、先輩の言うこと……分かっちまうんだよな」

 

最初に重い沈黙を切り裂いたのは、クリスだった。

 

「日常なんて、いつ理不尽に壊されるか分からねぇ。大切な奴を守る手が一つでも多いなら……それに越したことはねぇよ。……あたしは、もう一人は嫌なんだ」

 

バルベルデで両親を喪い、突然平和を奪われたクリス。彼女にとって「一人になること」は、死よりも恐ろしいことだった。奏の歪で、けれど純粋な覚悟に、彼女の傷跡が共鳴していた。

 

「ええ。普通の日常って……私たちがずっと焦がれてきたものだものね」

 

マリアも静かに頷いた。

 

「マムという厳しくも優しい存在はいたけれど……私だって、本当は一人の女としての普通の幸せが欲しかったわ。優斗の隣という絶対的な安らぎ。それを守り抜けるなら……倫理なんて、後からついてくるもので構わないわ」

 

マリアの言葉に、セレナ、切歌、調も静かに瞳を伏せ、それぞれの心にある「恐怖」と「願い」を反芻した。

形は違えど誰もが優斗を愛している。そして同時に、誰もが「彼を失うこと」を一番恐れているのだ。

その重い沈黙の中で、未来だけは奏の真意を正確に感じ取っていた。

なぜ、わざわざ告白を終えたばかりの自分に、今このタイミングでこの話を持ちかけたのか。

 

(……私に、選ばせてくれているんだ)

 

平和で尊い日常に生きる未来を、自分たちの「重すぎる覚悟」に無理やり巻き込まないための配慮。

もしここで未来が「そんなの許せない、私一人のものにしたい」と言えば、奏たちは綺麗に身を引くつもりなのだ。自分たちの汚れた、あるいは傷ついた過去を押し付けないために。

 

「……分かりました」

 

未来が静かに口を開いた。

 

「私も、奏さんたちの想いを受け入れます。正直にいえば不満もあります。独占したい気持ちだって、人並みにはあります。……でも」

 

未来は顔を上げ、奏たちに向け、柔らかく、けれど決して折れない芯の強さを宿した瞳で見据えた。

 

「同じ人を愛した者として……どんな立場でもいいから、少しでも彼に見てほしい、彼を支えたいと思う気持ちは、痛いほど分かりますから。……それに、優斗さんを一人にするなんて、私にもできません」

 

驚きに目を見開く奏たち。未来は一歩も引かずに続けた。

 

「でも、きっぱり言っておきます。――最後に決めるのは、優斗さんです。私たちが勝手に『みんなで愛そう』と決めても、彼がそれを望まなければ、ただの押し付けですから」

「……ああ。違ぇねえ」

 

奏が、降参したように笑った。

 

「フッ、当然ね。私たちの傲慢で彼を困らせるわけにはいかないもの」

 

マリアも満足げに頷く。未来の毅然とした宣言に、彼女たちはようやく「本当の意味」で手を取り合うことができた。恋敵としてではなく、一人の男の幸せを守り抜く共同体として。

 

「そこを無理強いする気はねぇよ。……それにさ」

 

緊迫した空気が解けた瞬間、奏がいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべてニヤリと唇を歪めた。

 

「優斗が、あたしら以外の女に目を向けないように、しっかり囲い込んどかねぇとな? 浮気なんてさせる暇もないくらい、あたしらで埋め尽くしてやるんだよ!」

「バッ、バカ! 奏先輩! 先輩は本当にデリカシーってもんがねぇのか!」

「まったく……奏の口の悪さと気の早さには頭が痛くなるわね」

 

そのあけすけな冗談が、部屋に立ち込めていた重い空気を一瞬にして吹き飛ばした。

先ほどまでの壮絶な覚悟が、まるで嘘のように賑やかな罵り合いに変わる。

 

「もーっ! 奏さんったら! お兄ちゃんはそんな不誠実なことしないもん!」

「あははっ! 冗談だって! ほらマリア、顔真っ赤だぞー? もしかして、もう夜のフォーメーションでも考えてたか?」

「うるさいッ! ぶっ飛ばすわよ奏っ!」

 

思い思いのツッコミが飛び交い、奏の楽しそうな笑い声が夜空へと溶けていく。

重い覚悟を共有し、絆を深めた少女たちの夜は、ここからさらに熱を帯びていった。

 

 

 

 

 

すっかり時間は深夜。別荘の和室は、先ほどまでのシリアスな雰囲気が嘘のように、煩悩に満ちた熱気に支配されていた。

 

「でさ、ぶっちゃけ皆は優斗の『体のどこ』が一番好きなんだ?」

 

奏が、麦茶を飲みながらさらりと爆弾を投下した。

 

「ぶっ!? …あっ、貴女!!急に何聞いているの!!」

 

マリアが盛大に飲み物を吹き出し、激しくむせる。しかし奏は止まらない。

 

「減るもんじゃなし、いいだろ? ちなみにアタシは断然『尻』だな。アイツ、エプロンして料理してるだろ? その時の、後ろから見た引き締まったラインがたまんねぇんだわ。触り心地も良さそうだしな」

「か、奏……はしたない! 公衆の面前でなんということを言うの……。……でも、そうね。私は……あの『喉』の仏が動く様には、男性特有の色気を感じる。茶を飲むとき、あるいは言葉を紡ぐときに上下するあの起伏は……雅だと思わない?」

 

翼が、真顔で、そしてどこか陶酔したような表情で語り始めた。

 

「つ、翼さんも結構マニアックなところ見てるんだね……。私はねー、やっぱり『背中』かな!」

 

響が天真爛漫に挙手する。

 

「お兄ちゃん、いつもキッチンで美味しいもの作ってくれるでしょ? その時の、大きくて、なんだか温かい背中を見てると、後ろからぎゅーってしたくなっちゃうんだよね!」

「あ、私は……その……『うなじ』、かな……」

 

まさかの未来が、蚊の鳴くような声で参戦した。

 

「髪の間から見える肌が、すごく無防備で……。いつもはしっかりしてるのに、そこだけ少し幼い感じがして、なんだか目が離せなくなっちゃうんです……」

「み、未来さん、顔がゆでダコみたいに真っ赤デスよ! でもアタシは絶対『手』デス! あの魔法の手デス!」

 

切歌が身を乗り出して力説する。

 

「アタシたちが落ち込んでる時、優しく頭を撫でてくれるあの掌……。少しゴツゴツしてて、でもすごく温かくて。あの手に撫でられると、どんな悩みも溶けちゃうデス!」

「私は『足』……かな」

 

調がポツリと、けれど確かな意志を持って言った。

 

「厨房に立つ時の、床をしっかり踏みしめる重心の筋肉。重い鍋を持つ時にズボンの上から浮き上がるふくらはぎのラインは、無駄がなくて……とても綺麗だと思う」

 

続いて参戦したのは、マリアだった。彼女は自慢の長い髪をかき上げ、大人の余裕を見せつけるように唇を指先でなぞる。

 

「大人の魅力というなら、断然『唇』よ。味見をしている時のあの艶やかな……指先でなぞった時の柔らかそうな質感……っ。な、何言わせるのよッ!」

 

ドヤ顔で語り出したマリアだったが、自分の妄想が暴走したのか、途中で我に返りバンッとクッションで真っ赤な顔を隠した。

 

「もう、マリア姉さんったら。でも、その気持ち分からなくもないですよ」

 

セレナがくすくすと笑いながら、うっとりと頬を手で包んだ。

 

「私は……『腰』かな。エプロンの紐をきゅっと結ぶ時の、あの引き締まったライン。普段は見えないけれど、力を入れた時にわずかに浮かび上がるあの曲線が、凄く良くて……」

 

清楚なレディであるセレナの、意外にも解像度の高いマニアックな視点に、周囲から「おお……」とどよめきが上がる。

 

「アタシは……その、『腕』、だ。……っ、重い荷物をひょいって持つ時の筋とか、血管の感じとか……って何言わせんだ!」

 

クリスが再び自爆気味に本音を叫び、クッションに顔を埋めてじたばたと足を動かす。

 

赤裸々すぎる告白大会。謎の興奮に包まれる部屋は、更に温度を上昇させていく。

そんな中、エルフナインだけが、きょとんとした顔で首を傾げていた。

 

「皆さんの視点、生物観念から見てとても興味深いですが……僕にはまだ、そういうのは『よくわからない』です……」

「あははっ! エルフナインにはまだ早かったか! よーし、夜はまだまだこれからだぜ! 次は優斗の攻略法について会議だ!」

 

恋する乙女たちの、尽きることのない熱狂。

それは、過酷な宿命を背負った彼女たちが手に入れた、宝石のように輝く「普通の少女」としての時間だった。

 

 

 

 

 

翌朝。

 

別荘のダイニングには、爽やかな朝の陽光が差し込み、庭からは小鳥のさえずりが聞こえてきた。

朝食係を買って出た優斗は、エプロン姿で手際よくフライパンを振り、人数分の目玉焼きとベーコンを仕上げていく。

 

「みんな、おはよう。朝ご飯できてるよ。冷めないうちに座って」

 

優斗が笑顔で振り返り、お皿をテーブルに並べようと身を屈めた、その瞬間だった。

 

(……やっぱり。朝からいい眺めだよなあ)

 

奏が、一切の隠し立てもなく優斗の『尻』をガン見して、深く頷いている。

 

(……おはようの挨拶と共に動くあの喉仏、なんとも雅な……。――ッ!? 何を言っているのだ私はっ! 朝から破廉恥なっ!)

 

翼が、優斗の『喉』を凝視したまま固まり、突如として自分の頭を拳で叩き始めた。

 

「おはようって動く『唇』……なんて柔らかなそう……ハッ! い、今のなしよ!」

 

必死に咳払いして、優斗の『唇』から不自然に目を逸らすマリア。だが、その視線は磁石に吸い寄せられるように、再び彼の口元へと戻ってしまう。

 

「エプロンの紐できゅっと締まった『腰』のライン……朝から眼福です……」

 

セレナは、うっとりと優斗の『腰』を見つめ、幸せそうに溜息を吐いている。

 

「お、おい……あんまりじろじろ見んなよなっ。……ごく」

 

クリスは優斗の『腕』から慌てて目を逸らすが、我慢できずにチラチラと視線を戻している。

 

「じーっ……お皿を置く指先、すごくエロいデス……。あの指でパンを千切られたいデス……」

「踏み込んだ時の、足の筋肉……。昨夜の考察通り……」

 

切歌と調は、もはや観察記録をつけるような真剣な眼差しで、優斗の足元と手元をロックオンしている。

 

「お、お兄ちゃん! 今日の背中……じゃなくて! 今日の朝ご飯もすっごく美味しそう! あはは……あははは……」

 

「あ、う、うなじ……! じゃなくて、うなぎ! 朝からうなぎ食べたいなっ!? ……っ、変なこと言っちゃったぁ!」

 

響と未来は、昨夜のトークを意識しすぎて完全に挙動不審に陥っていた。

 

「……えっと、みんな、どうしたの? なんだか今日、すごく視線を感じるんだけど……。顔に何か付いてる? それとも寝不足かな?」

 

自分に向けられる、異様なまでの熱量を帯びた視線。

 

一切の事情を知らない優斗は、困惑しながら首を傾げる。彼にとってはいつも通りの朝だが、少女たちにとっては、昨夜の「共同愛宣言」を経て、彼という存在のすべてが輝く獲物に見えていた。

その隣で、昨夜の夜会に参加していなかったキャロルが、呆れたように腕を組んでため息を吐いた。

 

「おい、優斗。鈍感にも程があるぞ。……こいつら、朝から飢えた獣のような目でお前の体を舐め回している。もはや捕食者の視線だ。――全員焼却するか?」

「け、獣……? キャロルちゃん、冗談はやめてよ。でも僕、何か変な格好でもしてるかな……?」

 

優斗がオロオロと自分の服を確認する中、ただ一人平常心のエルフナインだけが、不思議そうに皆を眺めている。

 

「……皆さんの視点、やっぱり僕にはよくわからないです。でも、朝食が美味しそうなのは分かります!」

 

キャロルの容赦ないツッコミと、優斗の困り顔。そして、視線だけで彼を「美味しく頂こう」としている少女たち。

 

乙女たちの煩悩と、重すぎる愛に包まれた慰安旅行の朝は、ひときわ賑やかに、そして波乱の予感を孕んで幕を開けるのだった。

 

夜の海に誓った「全員での愛」。

それがどのような形に結実するのか、答えを知るのはまだ先のこと。

 

けれど、今この瞬間の、騒がしくも温かい食卓こそが、彼女たちが命を懸けて守りたいと願った「答え」そのものなのかもしれなかった。

 

 




ある種のテコ入れ回な、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、この事にキャロルとサンジェルマンはどう思っているの?
A、サンジェルマン的には昔の価値観からアップデートされていないのか、妾などは居てもおかしくないだろう?と思ってます。キャロルは、誰が愛そうが最終的にこのキャロルの隣で幸せに笑ってればよい!!位の精神です。強い。

Q、周りの反応は?
A、弦十郎はため息を吐いて、了子は楽しそうに、慎次はやれやれと、職員達は苦笑い、マムは頭が痛そうに、ウェルはどうでもよく。でもウェル以外皆が言ったのは、「幸せになるなら、許す」だったりします

Q、未来と翼はなんか、その、あれですね
A、最初は未来は鎖骨にしようとしたんですが、それは更にマニアックかな?ということでうなじに。実際肩をもみながら頭を傾ける優斗の首筋とか結構見てます。翼は歌う者として口や喉を見ることが多くなった結果で。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。