ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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やっとあらすじ詐欺から脱却できました。

それと11話の前書きにGeminiで生成したイメージ、あくまでイメージの優斗とニンフルサグの画像を乗せました。


ボストーク

カラン、と鳴るはずの『コモド』のドアベルは今日に限っては恐ろしいほどの沈黙を守っていた。

 

ガラス扉の向こうから漏れ出す、あまりにも不穏で濃密なオーラ。常連客でさえ一目店内を覗いただけで顔を引きつらせ、踵を返していくほどの異常事態が今日の昼下がりの喫茶店を支配していた。

 

「エンキ。そのセーター、とっても似合っているわ。ふふっ、私とぴったりくっつくとハートが完成するのよ」

「ああ。君が選んでくれたものだからね。……それにしても、君の嬉しそうな顔は見ていて飽きないな」

 

カウンター席を占拠する、数千年の妄執から解き放たれた櫻井了子――フィーネとアヌンナキのエンキ。

 

現代風の出で立ちに身を包んだ二人はあろうことか『半分ずつのハート』がデザインされたペアルックのセーターを着込み、二人だけの甘ったるい世界を構築している。

ちなみに、ペアルックの2人を偶然見た買い物中のミラアルクとエルザはとても信じられない物を見るような目で絶句した。

 

かつて月に眠っていたエンキにとって、絶好調(調子に乗ってる)の微笑む彼女の表情を直に眺めるのが、今のマイブームらしい。

 

苦いコーヒーの芳醇な香りすら霞むほどの、強烈な甘い空気が漂っていた。

 

「素晴らしい! 僕の解析した最新の医療データとこの店の超弩級の甘味が交われば、僕は真の英雄へと至るのだッ!」

「ええ、そうですねウェル博士。お仕事の合間にわざわざ、足を運んでいただいてありがとうございます」

 

その後ろのテーブル席では、感謝の言葉をダイレクトに受け取る環境に着いたことで、奇跡的に英雄願望を正しい方向へ更にこじらせたウェル博士が、頭が隠れるほどの特注パフェを前に熱弁を振るっていた。

 

普段はS.O.N.G.の職員に運ばせている彼だが、今日は使いが捕まらず自ら来店したらしい。向かいに座る護衛のセレナはかつて絶唱を乗り越えた持ち前の穏やかさをもって、彼の過剰な長話を綺麗に笑顔で聞き流している。

 

「……チッ。客の少ない時間をわざわざ見繕って来たはずが、どいつもこいつも余計な奴らばかりだ」

「…………」

 

さらにその後ろの席。苛立たしげにテーブルを指でコツコツと叩くのはキャロルだった。

 

優斗に重すぎる想いを秘める彼女は静かな二人きりの時間を楽しむつもりだったのだろう。苛立ちのオーラを隠そうともしない主を見て、今日の付き添いであるレイアはここで下手に言葉を発するのは危険だと察し、完全なダンマリを決め込んでいる。

 

「フッ……迷うね。完全なきらめきを放っているこの店のメニューはどれも。ティキ、どう思う?君は」

「あーっ! アダムったらメニューばっかり見て! わたしのこともちゃんと見て見てーっ!」

 

そして極めつけは、キャロルの隣のテーブル。新生パヴァリアの統括局長であるアダムと彼からバサッと置いてあった今日のおすすめを奪い取って気を引こうとするオートスコアラーのティキだった。

 

数千年の時を生きる先史文明の巫女と神。英雄願望の科学者。稀代の錬金術師に、神を目指した秘密結社の局長。

 

(……何の因果かな。そうそうたる顔ぶれが、奇跡的にこの店に大集合してしまっている)

 

カウンターの奥で食器を磨きながら、流石の優斗も額に一筋の冷や汗を流した。

今すぐS.O.N.G.本部に連絡して奏ちゃんたちに助けを求めようか。ほんの少しだけ心が揺らいだものの、店内に満ちるカオスな光景を見渡しているうちに優斗はゆっくりと小さく息を吐き出した。

外の世界では途方もない力持つ彼らでも、ここではただ甘いものや安らぎを求めてやってきた一人の客にすぎない。『よそはよそ、うちはうち』だ。それに、彼らが過去にどれほどの脅威であったとしても、『それはそれ、これはこれ』である。

 

「……まあ、いいのかな。…皆さま、ご注文はお決まりですか?」

 

優斗は持ち前の穏やかな声色を変えることなく、世界を揺るがす常連客たちへと淹れたての水とメニューを差し出した。

 

 

 

 

 

ウェル博士以外のそれぞれが注文したメニューを一通り提供し終えた優斗は、ふっと息を吐いて静かにキッチンへと退避した。

カチャリとカップが擦れる音と深く焙煎されたコーヒーの香りが店内に漂う。だが、この小さな喫茶店に集った規格外の存在たちは優斗が奥へ引っ込んだのを合図にするかのようにとんでもない話題を口にし始めた。

 

各陣営がかつて成し遂げようとしていた世界規模の陰謀に対する赤裸々な『総評』――すなわち、原作における歴代ボスたちによる座談会が幕を開けてしまったのだ。

 

「私がやろうとしていたのはね、かつての二課の地下にあるエレベーターシャフトを巨大な砲塔『カ·ディンギル』に改造することだったのよ」

 

フィーネが優雅に特製ブレンドを啜りながら人類滅亡クラスの計画の口火を切った。

数千年の時を生き、何度も魂を乗り換えてきた彼女の瞳にはかつての血を吐くような妄執の残滓が微かに、けれど確かに揺れている。

 

「簒奪した完全聖遺物デュランダルをエネルギー源にして月を物理的に破壊する。そうすればバラルの呪縛は解除され、人類は再び統一言語で繋がるわ。当時、もういないと思っていたエンキを人々の繋がりで呼び戻すためにね」

「…………」

 

彼女の語る被害規模の大きさに、他の面々は無言で耳を傾ける。

ソロモンの杖でノイズを操り、奏や翼のライブを盛大に破壊した挙句、それを隠れ蓑にしてネフシュタンの鎧を奪い、クリスを騙して手駒にしてノイズをけしかけさせた。

 

その全ては、たった一人の愛する男と再会するためだけの途方もなく身勝手で壮大な愛の暴走だった。

 

「でも、途中で優斗君が教えてくれたの。『エンキは生きて、月にいる』って。だから私は計画をすべて放棄してそのまま二課に自首したというわけ」

「……頭おかしいんじゃねえの、このオバハン」

 

真っ先に呆れたような沈黙を破ったのは、口の端にクリームをつけたウェル博士だった。

世界を救う英雄になりたかった科学者から見ても一個人の恋愛感情で天体規模の破壊を目論むその極端な思考回路は、到底理解できるものではなかったらしい。

 

「その……好きな人に会いたい、という純粋なお気持ちはとてもよく分かるのですけど。どうしてその手段が『月を破壊する』ことに結びついてしまったんですか?」

 

向かいに座るセレナが、困惑に眉を下げながら純粋な疑問を投げかける。優しく穏やかな彼女の常識ではその愛ゆえの論理の飛躍はやはり狂気の沙汰に映るのだろう。

 

「フン。ただの色バカではなく、何千年も生きて色々ボケた方の『色ボケ』だな」

 

少し離れた席から、キャロルがテーブルに頬杖をつきながら辛辣な毒を吐き捨てた。

父親の真意を捻じ曲げて世界を壊そうとした過去を持つ彼女にとってもフィーネの極端な恋煩いは、ちょっと前に言われた同族嫌悪すら湧かない、というか湧かせないで欲しい、呆れた代物だったようだ。

 

「情けないよ、僕は。勝手に恐れていたなんてね、先史文明の巫女である君の動向を。……こんなにも救いようのない、ただのスイーツ脳だったとは」

 

アダムがメニューから顔を上げ、深い溜息とともに大仰に肩をすくめる。

完全な存在を目指したパヴァリア光明結社の統括局長にとって愛ゆえの狂気など、不完全で取るに足らない滑稽な事象でしかないという冷笑だった。しかし端から見たらアダムも似たような物である。

 

「あははっ! おばさん、彼氏へのストーカーこじらせてお月さまを壊そうとするなんて、痛いを通り越してもう可哀想だねー!」

 

アダムの隣で、ティキが無邪気な笑顔のまま、一切の容赦がない鋭利な刃物のようなコメントを突き刺した。

無邪気ゆえの純粋無垢な悪意がコーヒーの香る和やかな喫茶店の空気を一瞬にして凍りつかせる。

 

「……ふふっ。周りが何と言おうと構わないわ。だって……」

「大丈夫さ、フィーネ。僕はとっくに君のすべてを許しているさ」

 

集中砲火を浴びるフィーネの肩を隣に座るエンキが優しく抱き寄せた。

神様とも呼べるアヌンナキの彼は、呆れるどころか数千年の妄執に囚われた彼女の不器用な愛をまるでかけがえのない宝物のように慈しむ瞳で見つめ返している。

 

「むしろ、月を壊してまで僕に会いたいと……そこまで思ってくれていたことは一人の男として素直に嬉しいよ」

「エンキ……!」

 

二人の世界は完全に閉じ、彼らはお揃いのハートのセーターをぴったりとくっつけるようにして熱烈に見つめ合い始めた。

 

キッチンで食材を切りながらその一部始終を聞いていた優斗は、まな板の上の玉ねぎを見つめたままただ静かに苦笑いを深めるしかなかった。

 

 

 

 

 

カチン、とガラスのコップが触れ合う静かな音が厨房に響く。

 

空になったパフェの皿を押しやり、ウェル博士が芝居がかった手つきで大仰に眼鏡を押し上げた。厨房に立つ優斗の耳に彼特有のシニカルでありながらもどこか誇らしげな声が届く。

 

「続くは僕の番というわけだね。もっとも、僕の場合はどちらかというと『利用された側』だったけど」

「ナスターシャがアメリカやF.I.S.を裏切ってレセプターチルドレンを救うなんて目的は、正直どうでもよかったのさ。僕の眼に映っていたのは『フロンティア』だけ。あれを使えば、僕の英雄願望を満たせると思いついたからついて行ったのさ!」

 

F.I.S.の冷たい施設の記憶を振り払うように、彼は両腕を大仰に広げる。

元々はナスターシャの過酷な身体の治療を名目として同行し、機を見て作戦のすべてを乗っ取る腹積もりだったのだと悪びれもせずに語った。

 

「だが結果は惨めなもの。あっさりと当時の二課に武力制圧された上に、ナスターシャの病は新城優斗の『特異促進食』で完治してしまった! 更にはリンカーも不要にしてしまったせいで僕の研究者としての価値はゼロになったも同然!」

「しかし、そこのオバハンの取引でS.O.N.G.に所属することになった僕は今や日本で知らない者はいないスーパードォォォクター! 数々の難病を打ち払う真の『英雄』へと至ったのだから、結果オーライというやつ、さ!」

 

恨み言のように聞こえるが、その表情は晴れやかですらあった。

英雄願望を医療という正しい方向へこじらせた彼はさらに声を潜めて恐ろしい過去の野望を口にする。

 

「ちなみに、もし僕らが制圧されていなかったら……持ち出した神獣鏡でフロンティアを起動させ、完全聖遺物ネフィリムに聖遺物を食わせて動力兼コントロール中枢として利用し、フロンティアの力でアメリカ合衆国と全面戦争をするつもりだったかもねぇ!」

「もしあの時制圧されていなかったら、ウェル博士共々、こうして笑い合える仲間になっていなかったかもしれませんね。……それに」

 

誇大妄想のような恐ろしい計画を得意げに披露する彼へ向かいのセレナが温かい紅茶のカップをそっとテーブルに置いて微笑んだ。

穏やかな大人のレディへと成長した彼女の瞳にはかつての苛烈な戦場をくぐり抜けた者特有の、鋭くも冷静な光が宿っている。

 

「あの時の奏さんや翼さんの圧倒的な戦闘力差を考えたら博士の計画がどうであれ、どっちみち勝てないということにすぐ気づいたと思いますけど」

「ぐっ……そ、それは……」

 

セレナの容赦のない正論にウェル博士が言葉に詰まる。

その空気を埋めるように、カウンター席からフィーネがどこか懐かしむような溜息をこぼした。

 

「そもそもF.I.S.は、私が基礎となる知識を出資したことで始まった組織なのよ。フロンティアだって、月を破壊した後に残った人類を支配するための玉座にして、エンキを迎えに行く船として使うつもりだったんだから」

「「「「またお前(貴女)か(ですか)!!」」」」

 

数千年の歴史の裏で常に糸を引いていた彼女の告白。

愛する男のためなら星の破壊も人類の支配も辞さない、その狂気のスケールに店内の全員から容赦のない総ツッコミと呆れた視線が一斉に突き刺さる。

 

「な、なによぅ……もう昔のことでしょ……っ」

「万象黙示録の完成に必要な『フォトスフィア』がフロンティアにあると言う情報を、オレはパヴァリアから提供されていた。だが、フロンティアが起動しなかったせいで計画は大きく頓挫したがな」

 

一斉射撃を浴びてエンキの腕にいじけるように身を縮めるフィーネを横目に、紅茶を飲み終えたキャロルが苛立たしげにテーブルを指で叩く。

愛すべき父親を奪われてた事で彼女を傷つけ、恨みを預かり知らぬ所で解決してしまい機会を逃した過去の停滞。だが、黄金の髪を揺らすキャロルの表情には怒りとは違う複雑で柔らかな色が混じっていた。

 

「……だが、あの頓挫の時間がなければ、オレは優斗に出会うことはなかった。忌々しい遅れを悲しむべきか、あの出会いを喜ぶべきか……複雑なところだな」

「フッ……僕なんだけどね、裏でF.I.S.に資金提供をして指示を出していたのは。パヴァリア光明結社として、ね」

 

彼女の重すぎる愛情が垣間見えた呟きに、隣のテーブルのアダムが優雅にコーヒーカップを傾けながら、冷ややかな笑みを見せた。自らを信じて疑わない統括局長は、かつての手駒たちの無様な敗態を極上の娯楽のように語る。

 

「流石の僕も笑ってしまったよ、あんなにあっさりとS.O.N.G.に制圧された時は」

「あーっ! アダムが笑ったとこ、わたしも見たかったー! ねえねえ、今度はわたしの前で笑いかけてよアダム!」

 

無邪気で残酷なオートスコアラーであるティキが身を乗り出してアダムの袖を強く引く。

 

「フロンティアか……。あれは元々、僕たちアヌンナキが乗ってきた宇宙船だった。懐かしい」

 

いじけるフィーネの頭を優しく撫でながら、エンキが天井を仰ぎ見て目を細める。

 

数千年の時を超え、地球の命運を懸けた兵器や因縁が巡り巡って、こんな小さな喫茶店での笑い話に昇華されている奇跡。包丁を置いた優斗は騒がしいフロアのやり取りを聞きながら、思わず温かな笑みをこぼしていた。

 

 

 

 

 

ウェル博士が芝居がかった手つきで大仰に語り終えると、今度は少し離れたテーブル席で今度はキャロルが重い口を開いた。

 

「……今さらだが錬金術の三要素に付いて言っておく。万物を分解・構成・再構築する技術であり、区別もつかない外野からは魔法と呼ばれていた。その中でオレがやろうとしていたのは、世界への『分解』と『解析』だ。再構成などする気はなかった」

「パパの最期の言葉である『世界を識れ』。復讐に目を濁らせたオレはその言葉を曲解し、錬金術の基本理念を用いて、この理不尽な世界そのものを解剖して理解してやろうと企んだ」

 

キャロルは手元のティーカップを見つめ、苦々しい過去を吐き捨てるように語り始めた。

異端として火刑に処された父イザーク。彼の血の滲むような努力の結晶を人々は無責任にも『奇跡』という言葉で塗り潰し、命までをも理不尽に奪い去ったのだ。

 

「未熟だった頃にパヴァリアの連中の力を借り受けるのは癪だったがな。…そして大量の聖遺物を用いたワールドデストラクター『チフォージュ・シャトー』を建設し、シャトー起動の鍵となる『ヤントルサルヴァスパ』を確保する予定だった」

「騙したエルフナインに魔剣ダインスレイフの欠片を持たせ、対策案と偽らせて装者たちに使わせ、呪われた旋律を歌わせる。それをオートスコアラーに叩き込み、呪いの歌をシャトーへ送ることで起動させるつもりだった」

 

かつて世界を終わらせかけた復讐者の瞳に、仄暗い復讐の炎が微かに蘇る。

そこまで他者を利用する手段を選んだのは、他人などどうせわかりやすい答えを用意してしまえば簡単に操られてしまうという、彼女がどれほど世界を憎み、狂気に呑まれていたかの証明でもあった。

 

「だが、目当てのレイラインマップは手に入らず、装者たちの実力も思いのほか高くてな。計画は一時断念せざるを得なかった」

「そして……オレは優斗に行き着いた。あいつの作ったシチューを食べて……オレは、パパの本当の願いを思い出し、迷っていたオレに優斗の言葉が踏みとどまらせたのさ」

 

キャロルは厨房にいる優斗の方をちらりと見やり、ほんのりと頬を染めながらふいっと視線を逸らした。

温かく何処か懐かしいシチューの味が冷え切っていた彼女の心を溶かし、イザークの『世界を識れ』という本当の意味と、優斗たちとの今の繋がりを与えてくれたのだ。

 

「所でレディはその知を持って何を成し遂げる気で?」

 

ここでウェルが好奇心で目的達成後の行動を聞いた。

 

「……何もしなかっただろうな。あの時のオレにはパパに託された命題の世界を解き明かすこと。それだけに固執していたからな。それ以上も以下もない」

「世界を分解し、解析した暁には『何もしない』とは! 目的の虚無感には呆れるほかないが……その『分解と解析』のアプローチには、非常に興味を惹かれるね!」

「故郷を追われ、大切な人を理不尽に奪われた悲しみは、私にも痛いほど分かります。……でも、キャロルちゃんが立ち止まってくれたことで私たちと仲良くなれて、本当に嬉しいです」

 

ウェル博士が身を乗り出して狂気的な探求心を見せるのを向かいのセレナが苦笑いで宥めつつ、慈愛に満ちた言葉を贈る。

過酷な運命に翻弄されたセレナだからこそ、復讐の連鎖を断ち切り、今この『コモド』で穏やかに笑い合えている奇跡を誰よりも尊く感じているのだろう。

 

「ふふっ。最初はパパの面影を重ねていたのに。今じゃすっかり『愛する優斗くん』のためだものね〜? 可愛らしいこと」

「う、うるさいッ! 誰が愛する優斗だ! この色ボケババア!というかなんだそのクソダサセーターは!!」

「なんですって!?」

 

からかうようにニヤニヤと笑うフィーネに図星を突かれたキャロルが顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

一人の男として優斗に重すぎる想いを向けてくれている彼女の年相応の可愛らしい照れ隠しに、店内の空気がふっと温かく緩んでいった。

 

「世界そのものを錬金術で分解するとは。我らアヌンナキでさえ思いつかない、途方もない発想だ」

「人間の発展性や想像力というものはやはり我々の想像を超えていく。実に計り知れなく、素晴らしいものだな」

 

エンキは数千年の時を生きる神としての威厳ある瞳を細め、深い感嘆の息を漏らした。

かつて人類を導こうとした彼にとって、キャロルの引き起こそうとした事象すらも人の持つ無限の可能性の証として好ましく映っているようだった。

 

「僕も一応は認知していたよ、イザーク·マールス·ディーンハイムのことは。……どうだいキャロル? また僕たちの元で働く気はないかな?一時期パヴァリアにいた頃を思い出した君に」

「二度とごめんだ。お前たちのような胡散臭い連中と関わるのは、あの時だけで十分すぎる」

 

アダムの優雅な微笑みと勧誘をキャロルは一片の迷いもなく冷ややかにキッパリと切り捨てた。

その手厳しい拒絶の言葉に、ティキがまたしても無邪気な毒舌で煽ろうと楽しげに大きく息を吸い込む。

 

「あははっ! キャ……んんーっ!?」

「…………すまないね。少し彼女の口が滑りすぎるようだ」

 

流石にこれ以上の無遠慮な発言はまずいと察したアダムが咄嗟にティキの小さな口を手で塞いだ。

しかしティキ本人は怒るどころか、敬愛するアダムに直接触れてもらえた喜びにうっとりと目を細め、頬を赤らめて完全に大人しくなっているのだった。

 

 

 

 

 

ケトルのコポコポという小気味よい音が、静寂に包まれた店内に微かなリズムを刻む。

 

過去の凶行を語り合う恐ろしい座談会で最後に残されたのは、かつて神の力を追い求めたパヴァリア光明結社の統括局長、アダムだった。

 

「僕の出自はアヌンナキの科学者であるニンフルサグとシェム・ハに造られた『ヒトのプロトタイプ』だ。だが、完成されすぎていて発展性がないと欠陥品扱いされてね」

 

心の着地点を見つけたアダムは自嘲気味に、だが余裕を持ってティーカップの縁を指でなぞる。そんな彼の横顔には、創造主に拒絶された古い心の傷跡が覗いた。唯一手を差し伸べてくれたニンフルサグの助けで逃亡した彼は、見捨てた神々への復讐と、彼女に認められたいという肥大した承認欲求だけで果てしない時間を生きてきたのだ。

 

「獲得していくしかなかったのさ、彼らの成果に依存してね。 パヴァリア光明結社を設立し、不完全なヒトを見下しながらも……。成長の余地がない僕にはね。迎え入れたのもそのためだよ、サンジェルマンたちを。 神の力を得るために、ティキを造り上げてね」

「だが……頓挫したのさ、四百年前。 フィーネにティキを海に沈められてね。その後も裏で暗躍したが、完膚なきまでにボコボコにされてしまったよ、S.O.N.G.の装者たちにね。 いつの間にか、サンジェルマンたちにまで裏切られて……」

 

優雅な所作とは裏腹にその経歴はひどく哀愁が漂っている。

最後はエンキから死んだか、もう居ないと思っていたニンフルサグが帰還すると聞かされ、戦う理由すら失ってあっさりと投降したらしい。

 

「努めているよ、治安維持に。 司法取引の末に、新生パヴァリアとしてね。局長の座はそのままに、それなりに楽しくやっているさ。 偶にサンジェルマンたちにしばかれながらね」

 

壮大にしてどこか空回りし続けた哀しき告白。その滑稽とも言える結末に、最初に口を開いたのは己の不完全さを愛し、英雄を渇望するドクター・ウェルだった。

 

「ハハハッ! 『完成』や『完全』などと聞こえはいいですがねぇ! 僕から言わせれば、それは『限界』という言葉を都合よく言い換えただけの、ただの停滞さ! アヌンナキの連中は実に愚かだよ!」

 

英雄願望を満たした男の痛烈な皮肉が店内に響く。続いて口を開いたのは彼が裏で資金提供していたF.I.S.の被害者でもあるセレナだった。彼女は紅茶の香りに目を細め、静かに首を振る。

 

「F.I.S.に出資して私たちを操っていたことを思えば、本来なら責めるべきなのでしょうけれど。……あなたが動いたからこそ、私たちはマムや切歌ちゃん、調ちゃんと出会えました。だから何も言いません」

 

あまりにも優しく慈愛に満ちた大人のレディの許し。その横でキャロルがふんと鼻を鳴らし、かつて自分の一時的な協力者であった男へ冷ややかな視線を送った。

 

「昔、こいつがオレの逆鱗に触れて戦ったことがあったが……確かにあの魔力の使い方はひどく杜撰で大味だったな。その上、身内の裏切りに最後まで気づかないとは……流石に間抜けが過ぎるぞ」

 

錬金術の深淵を覗いたキャロルにとって発展性のない彼の手腕はひどく退屈なものに映ったのだろう。さらに、カウンター席に座るフィーネが、楽しげにカラカラと笑い声を上げた。

 

「あははっ、懐かしいわぁ。あの時の私、海賊の船長の女の子だったのよねぇ。エンキの手がかりになると思って意気揚々と積極的にあなたの計画を邪魔してやったんだったわ」

 

数百年前の因縁を悪びれもなく語るフィーネ。

それに続きエンキが遠くを見ながら思い出す様に話す。

アヌンナキという種族の末路を知る彼は、かつての同胞たちが生み出したアダムの悲劇に、静かな哀悼の意を示していた。

 

「あの時代、アヌンナキ全体が種の存続に対してひどく焦っていたのだろうな。『この先がない』という絶対的な絶望が、あのような暴走を生む一因になってしまったのだ」

 

深い歴史の闇と因縁が交差する中、ふとフィーネが小首を傾げる。彼女の探究心はアダムが神の力を得るために『ティキ』という存在に異常なまでに固執した理由へと向かっていた。

 

「ねえ、アダム。神の力を得る器として、どうしてティキにそこまで執着したの? ただのオートスコアラーにしては、随分と偏った思想を感じたのだけれど」

「そ、それは……ゴホン。意図的に『恋する乙女』の概念を宿させたのさ。愛する僕にすべてを捧げてくれるようにね、神の力が降臨した暁には、彼女が自らの意思で」

 

顔を僅かに赤らめながら語られたその真相は、あまりにも身勝手で利己的な算段だった。作られたとはいえ純粋な恋心を利用し、生贄のように力を搾取しようとした事実に店内の空気が一瞬にして氷点下まで冷え込む。

 

「……君、控えめに言って最低のクズじゃないか?」

「全くだ。色ボケすら下回る、度し難い外道だな」

「アダムさん……流石にそれは、少し引いてしまいます……」

 

容赦なく突き刺さる罵倒の数々。流石の優斗も、キッチンから「それはちょっと……」とドン引きの視線を向けてしまった。しかし、当の被害者であるはずのティキはそんな非難など気にも留めない。

 

「えへへーっ! わたし、アダムのためならなんだって全部捧げちゃ〜うっ! だぁーいすきっ!」

「……ありがとう、ティキ。……こういう事なんだね、皆の視線が痛いとは」

 

満面の笑みでアダムの首に抱きつき、嬉しそうに身体をすり寄せる無邪気なティキ。周囲からの冷ややかな視線と罪悪感に苛まれながら、不完全な完全者はひどく申し訳なさそうに彼女の愛情をされるがままに受け入れているのだった。

 

 

 

 

 

アダムの情けなくも呆れた告白が一段落し、カップの底に僅かに残ったコーヒーが冷め始めた頃。

店内に漂っていたコメディのような生温かい空気はエンキが静かに口を開いたことで、数千年の重みを持つ荘厳な静寂へと塗り替えられた。

 

「……僕の姉である、ニンフルサグ。彼女は我々アヌンナキの中で『万象調律者』という重要な役職に就いていた」

 

エンキは遠い星の記憶を辿るように、ステンドグラスから差し込む夕暮れの光に目を細める。

神にも等しい彼らの社会において、万象を調律するというその響きだけでも、彼女がどれほど絶大な力と責任を負っていたかが窺い知れた。

 

「姉の役割は多岐にわたった。目的に応じて進化する人類のハードウェア、ソフトウェア両面の改造と進化。星の環境設定。それは、生命の行き着く果てを解明しようとする果てしない探求だ」

「それだけでなくアヌンナキの技術全般の製作から修理、調整、整備に至るまで……ほぼすべてを彼女が請け負っていた」

 

フィーネやキャロルといった歴代の超越者たちでさえ、その規格外の業績に息を呑んで黙り込む。

神の叡智のすべてを一人で担うような過酷な重圧が、どれほどのものだったか想像もつかない。

 

「ネットワークジャマー『バラル』に、月の遺跡管理システム『マルドゥーク』、惑星環境改造装置『ユグドラシル』。生体演算端末群――すなわちネットワーク回線兼スーパーコンピューターである人間(ルル·アメル)や、そこのアダムに至るまでね」

「だが……彼女が最後に開発した『空間転移装置』が、日の目を見ることはなかった。同じチームであった、シェム・ハのアヌンナキ全体に向けた裏切りがあってからだ」

 

数千年の時を経て地球に遺された途方もない遺産の数々が、すべて一人の神の手によるものだったという事実。

その壮大なスケールと裏切りによってもたらされた悲劇の結末に、静まり返った店内でセレナがそっと紅茶のカップを両手で包み込んだ。

 

「エンキさん。……その、ニンフルサグさんとシェム・ハは、一体どのようなご関係だったのですか?」

 

かつてF.I.S.で姉のマリアたちと共に過酷な運命を強いられ、人と人との繋がりの脆さと尊さを誰よりも知るセレナだからこそ。

裏切った側と裏切られた側にどんな感情が横たわっていたのかを、痛いほど察してしまったのだろう。

 

「……友だったよ。姉の口から出る話題はいつもシェム・ハのことが多くてね」

 

セレナの真っ直ぐな問いに、エンキはどこか懐かしむような、ひどく悲しげな笑みを浮かべた。

数千年の時が過ぎても決して色褪せることのない、二人の天才が並び立っていた輝かしい日々の記憶。

 

「アヌンナキの中でもあの二人がいれば、我々の未来が変わるのではないかとまで言われていたんだ」

「僕から見ても、二人はよく張り合っていた。だが、お互いに高め合い、ひとたび意気投合した時に叩き出す成果は凄まじいものがあったよ」

 

競い合い、認め合い、誰よりも理解し合っていたからこそ到達できた神の領域。

その深い絆と才覚の恐ろしさを、誰よりも間近で見ていたエンキの瞳に、暗く鋭い光が宿る。

 

「……だからこそ、シェム・ハは真っ先にニンフルサグを殺しに行ったのだろうな」

 

最も恐るべき障害であり、最も理解し合えた唯一の友を。

その絶望的なまでの愛憎と覚悟の裏側を、ただ静かに耳を傾けるしかなかった。

 

「だが、ただでは終わらなかった。研究所で残されたメッセージと、確実に稼働した痕跡のある壊れた空間転移装置……」

「そして何より、優斗。君の確かな『証言』があったからこそ……僕は、ニンフルサグが、姉が今も生きていることを確信できたのだ」

 

エンキの力強い眼差しが厨房に立つ僕へと真っ直ぐに向けられる。

かつて優斗が振る舞った料理が、巡り巡って神々の悲劇の歴史に一本の希望の糸を繋いだのだ。途方もないスケールの因縁が行き着いたこの小さな『コモド』で、優斗はただ静かに、そして深く頷き返した。

 

 

 

 

 

長話を終え、過去の因縁という重い荷物をテーブルの上に置き去りにしたかのように。それぞれの今の日常や帰るべき場所へと向けて、一人、また一人と『コモド』を後にしていった。

 

「……皆、本当に楽しそうに騒がしい人たちだよね」

 

カラン、とドアベルが最後の客を見送る音を響かせ、店内には深い夕闇と冷たい静寂だけが残される。

僕はシンクに溜まった大量のティーカップを洗いながら、手に伝わるお湯の温もりと共に、遠い日の記憶の底へとゆっくりと意識を沈めていった。

 

(ニンフルサグさん……)

 

転生する前の、あの白く曖昧な境界の空間。僕をこの世界へと導いた、アヌンナキの万象調律者。

スポンジで美しい装飾の施された陶器の縁をなぞりながら、彼女と交わした言葉の数々が洗剤の泡となって弾けるように脳裏に蘇ってくる。

 

(何故、向こうからの提案だったとはいえ……彼女は、僕が思ったより大きく自分の大切な力を分けたのだろうか)

 

神にも等しい彼女がただの人間である僕に『特異促進食』という理外の力を託した真意。

 

それも運命を改変するほどの途方もない奇跡を。蛇口から流れる水の音が静まり返った店内にひどく虚しく響き渡る。

 

(それに……何故、弟であるエンキさんやフィーネさんのことだけでなく……かつての無二の友であったはずの、シェム・ハさんのことを一言も語らなかったのだろう)

 

彼女が愛し、高め合い、そして殺し合ったという親友。唯一のチャンスであるなら、その名前すら僕の前に出さなかった不自然な空白が今になって胸の奥に重いしこりとなって引っかかっていた。

 

「いや、流石に初対面の人にそんな事は話さないか……でも、何故」

 

ポツリと、無意識のうちに僕の口から微かな独り言が漏れ落ちる。

 

拭き上げたグラスを棚に戻す手が止まり、オレンジ色から群青へと染まりゆく窓の外をただ静かに見つめた。

 

(最後に僕を見送ったあの時の彼女の表情は……あんなにも悲痛な覚悟と、深い後悔に満ちていたのだろうか)

 

優しく微笑む瞳の奥に隠されていた、今にも泣き出しそうなほどの孤独な光。

彼女が今もどこかで一人背負い続けている、途方もない運命と罪の重さを想い……僕は暮れゆく空の下で、ただ静かに目を伏せるしかなかった。

 




本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、なんで皆いるの?
A、ガチ偶然。

Q、最終的なお互いの印象は?
A、「何やってんだこいつ」で統一されています。この時程バラルの呪詛が無視されたときはないでしょうね。

Q、空間転移装置ってそんなに重要?テレポートジェムでよくない?
A、正確には時空間特異点干渉機構にあたるのですが、これを作る理由が今作における重要なポイント。

Q、普段この人たち何やってんの?
A、フィーネはエンキと二人暮らし。戸籍を作ってあり櫻井エンキの名で養ってます。シェム·ハ関連が終わったら結婚しようとか考えてます。

ウェル博士は研究三昧。しかし内容がいかに子供に負担を掛けない薬や治療法の確立にシフト。貰ったファンレターは全部取ってあります。英雄なので。

キャロルは自宅で研究。ついでに成果を政府やSONGに売ったりしてお金を稼いでいます。オートスコアラーともよく話したり、響達に玄関先で、あーそーぼー!とか言われて迷惑にしながらも、誘われたらかなりしょーがなく言い訳をして、遊びに行ったりしてます。

アダムは幹部候補と共に仕事(アダムは殆ど置物)だけど、気楽になったせいか放浪癖がより酷くなってます。幹部候補の仕事にアダムの捜索が入り、日々忙しいのに余計な仕事を増やすアダムに殺意が湧いているらしい。

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