ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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1話ほぼ戦闘シーンのみ。練習のつもりで書いてみた。

これが彼らの日常なのです。


両雄激突。神に至る武と、武に生きた神

 

事の始まりは数日前のS.O.N.G.本部でのことだった。

 

人類最強と謳われS.O.N.G.に所属している者たちから絶大な信頼を寄せられる屈強な司令官、風鳴弦十郎。彼が先史文明の生き残りたるアヌンナキの神、エンキの前に深々と頭を下げたのだ。

 

「頼む、俺と手合わせをしてくれないか」

 

太い首を曲げたその目に宿っていたのは、世界を護る重責を負う司令官としての鋭い光。そしてそれ以上に、純粋な強者との闘いを渇望する一人の『漢』としての熱い炎だった。

 

いずれ訪れるであろう神との戦い。己の鍛え上げた武が神の領域にどこまで通用するのかを測るという大義名分。だがその奥底には限界突破を起こし持て余すほどの力を得てしまった武術家としての、純粋な闘争本能が渦巻いていたのである。

 

「……そこまで頭を下げる必要はないさ。喜んで立ち会おう」

 

不意の申し出に目を丸くしたエンキだが、弦十郎から放たれる隠しきれない覇気にあてられ底知れぬ笑みを浮かべた。

 

そこへ、タブレット端末を片手に呆れたようなため息をつきながら割り込んできたのはS.O.N.G.の技術顧問として働く、最近やっと落ち着いてきた櫻井了子。

 

「ちょっと弦十郎くん。真っ向から挑む貴方の体も心配だけど、貴方のその理外の腕力を受けるエンキの身も心配になるわ。どっちの力も規格外すぎて冗談抜きで怪獣大決戦になっちゃうじゃない。それに何処で戦うのよ?貴方達が戦って無事で済む場所は私、知らないわよ?」

「ハッハッハ! その時は了子くんが治してくれ! だが、だからこそ俺がどこまで通用するのか確かめておきたいんだ」

 

呆れ返る了子に対し、弦十郎は豪快に笑い飛ばす。

 

「恩に着る、エンキ! 安心してくれ、アンタが力を存分に振るっても周囲に被害が出ないよう、場所は俺のポケットマネーで買い取って用意してある!」

「……買い取った? 手合わせのために土地を一つ丸ごとか?」

 

さすがのエンキもその人間の金銭感覚を逸脱した規格外すぎる準備の規模にはただ苦笑いを零すしかなかった。

そのやり取りを見ていた了子もまた、大きく肩をすくめながら手元のタブレットを叩き始める。

 

「……はぁ。よそはよそ、うちはうちって割り切りたいところだけど、S.O.N.G.の司令官に万が一があったら困るのよ。仕方ないわ、万が一の記録用に特製の超高解像度ドローンを複数台回してあげる。皆にも良い教材になるでしょうしね」

「おお! そりゃ助かるな、了子くん!」

 

こうして、特製ドローンによる全装者への強制見学という、とんでもないお膳立てが完成したのである。

 

 

 

 

 

 

そして現在。地図からも消えかけた何処かの採掘場跡地。

 

赤茶けた岩肌が剥き出しになった緑の一切ない荒野は人はおろか獣すらも近寄らない、生命の息吹が途絶えた空間だった。

しかし今、その広大な空間の中心には異常なまでの熱量と静寂を伴って対峙する二つの影があった。

 

一人は山のようにそびえ立つ体格に巌のような筋肉を備えた偉丈夫。

 

そしてもう一人は神々しいまでの肉体的美しさを湛えた美丈夫と呼ぶのがふさわしい。

 

「……シューッ……」

 

微かな呼気が乾いた空気を震わせる。

 

逆立った赤髪を荒野の風に揺らし、研ぎ澄まされた眼光で前を見据える仁王立ちの姿勢はまさしく一切の揺らぎを持たない「山」のごとし。

 

その偉丈夫の名は国連直属の特異災害対策機動部S.O.N.G.司令官、風鳴弦十郎。人類最強と謳われる武の結晶が、己の闘気を限界まで練り上げていた。

 

対面に立つのは左腕を失った片腕の男。

半身を覆い隠すマントの下には所々に近未来的なプロテクターが組み込まれたスーツを纏い、頭部以外の全身を保護している。片腕という戦闘において致命的とも言える欠損を抱えているにもかかわらず、その立ち姿には微塵のブレもなく、恐ろしいまでに一切の隙が存在しない。

 

弦十郎から放たれる、大地にヒビを入れるほどの圧倒的な闘気のプレッシャー。しかし男は風に揺れる青い髪のごとく、柳のようにしなやかにその圧力を受け流していた。全く意に介さず涼やかな微笑みすら浮かべるその美丈夫の名は、先史文明の生き残りたるアヌンナキの神、エンキ。

 

「まさか、神様と手合わせできる日が来るとはな。幾つになっても武の頂を前にすると血が滾るってもんだ」

「そこまで大げさな存在などではないさ。僕はただの過去の遺物だ。……だが、ヒトという種が己の身一つでどこまで進化を遂げられるのか。見せてもらおうか、風鳴弦十郎」

 

ゴオォォォッ!という低い風鳴りが、二人の間を吹き抜ける。

 

それが合図だった。

 

「ふんっ!」

 

次の瞬間、弦十郎の巨体が不可視の弾丸となって弾け飛んだ。踏み込んだ岩盤が爆発したかのように粉々に砕け散り、クレーターを形成する。

 

常人ならば目で追うことすら不可能な速度でエンキの懐へと潜り込んだ弦十郎は、大気を引き裂く轟音と共に必殺の右正拳突きを放った。

 

「――シィッ!」

 

直撃すれば装甲車すら紙屑のように吹き飛ばす一撃。

 

しかし、エンキの瞳に焦りはない。彼は残された右腕を静かに、そして流れるように持ち上げた。

 

エンキと弦十郎の右手同士が接触。二人の中心から衝撃が響き、余韻がやまびこのように途切れず山々を揺らした。

 

まるで隕石が衝突したかのような轟音が荒野に木霊し、二人の衝突地点から凄まじい衝撃波が円形に広がる。

弦十郎の豪腕をエンキは片腕のひら一枚で完璧なまでの重心移動と脱力によって受け止めていた。山の如き剛撃を柳の如き柔の理で完全に封じ込めたのだ。

 

「……ハッ! 流石、一筋縄じゃいかねえな!」

「素晴らしい踏み込みだ。今のヒトはここまで力強い体を作れるのだな」

 

腕を交差させたまま二人の顔に獰猛で、そして純粋な武闘家としての歓喜の笑みが浮かぶ。

人類の限界を超えた最強の司令官と、かつてヒトを導いた神。

交わるはずのなかった次元を超えた両雄の激突が今ここに幕を開けた。

 

 

 

 

 

遥か上空。荒涼とした採掘場を見下ろすように展開された複数台のS.O.N.G.特製ドローンが、高解像度のカメラで二人の怪物の姿を捉えていた。

 

海中を潜航する潜水艦の司令室。メインモニターに映し出されるその規格外の対峙を装者たちは息を呑んで見つめている。弦十郎本人の了承のもと、「見学という名の必須任務」として全装者に課されたこの模擬戦中継に誰もが目を釘付けにされていた。

 

「まさか、採掘場を買い取ってまでエンキの旦那と戦いたかったなんてな」

 

画面越しに薄く笑う奏の口調はどこまでも軽い。しかし、モニターの光を反射するその両目は一切の動作を見逃すまいと飢えた獣のようにギラついている。戦闘者として『最強』を名乗るにふさわしい二人の激突に彼女の血は沸き立ち、魂が歓喜に踊り狂っていた。

 

「うむ。叔父様はエンキ殿の存在に会ってから、数少ない休日を何処か打ち込む様に修行に使っていたからな」

 

映像を通しているというのに肌を焼くような覇気が司令室にまで伝わってくる錯覚。翼はその凄まじいプレッシャーに当てられ、身も心も『防人』としての鋭い剣へと切り替えていた。彼女もまた奏と同じく、この次元の違う武の極致を自らの糧とするため、瞬きすら惜しむように瞳を光らせている。

 

「うひゃー。……一体どっちが勝つんデス? やっぱりカミサマだからエンキさんデスかね?」

「エンキさんの実力は知らないけど……司令の方は嫌なほど分かってるから、もしかしたら……」

 

大物同士のぶつかり合いに子供のように目を輝かせて神の勝利を予想する切歌。しかし、隣の調の表情はどこか遠い目をして引きつっていた。

 

それもそのはずだ。S.O.N.G.で定期的に行われる『装者vs弦十郎』の特訓で、調たちは文字通り手も足も出ず一方的に蹂躙され続けている。一応手加減はされているらしいが、雲を突き抜けるほど高すぎる壁はいくら頂上を見上げようとしても永遠に霞んで見えないという理不尽を調は誰よりも痛感していた。

 

そもそも、あの地獄の特訓は二課時代からの奏と翼の日課だったはずなのだ。それがいつの間にかS.O.N.G.全体の方針として受け継がれ、かつては逃げ回っていたクリスやマリアたちまで巻き込まれる羽目になった過去を思い出し、調は心の中で深くため息をつきつつ弦十郎の勝利に賭ける。

 

「でも態々、採掘場周囲の土地ごと買い取ってしまうなんて……」

「でもマリア姉さん。司令がエンキさんと戦う時に必要な広さを計算した所があの場所だったらしいんです」

 

いくらなんでも、たかが模擬戦のために大の大人が広大な土地を丸ごと買い上げるなど、金銭感覚が狂っていると呆れ果てるマリア。

しかし、苦笑いを浮かべるセレナから告げられたのはさらに常軌を逸した真実だった。山間部一つが消し飛ぶレベルの余波を想定し、あの広大な荒野こそが「最低限必要な安全圏」だったという恐るべき戦力計算。

 

「……模擬戦、よね?」

「の、筈ですけど……司令ですから」

「……そうよね」

 

マリアは引きつった笑みで画面を見つめ返す。手加減された特訓でさえ、映画顔負けの破壊を素手で引き起こす弦十郎の姿を嫌というほど身に染みて知っているからこそ、その規格外の被害予測にも妙に納得してしまう自分が悔しかった。

 

「……! 見ろ、動くぞ!」

 

張り詰めた空気を切り裂く、クリスの鋭い声。

装者全員の視線が一斉にメインモニターへと集中した、その次の瞬間。

 

スピーカーから遅れて鼓膜を破るような大気の爆発音が鳴り響く。

 

瞬きよりも短い刹那。カメラのフレームレートすら置き去りにする神速の交錯を経て、荒野の土煙が晴れた時――画面の中央では弦十郎とエンキの立ち位置が完全に逆転していた。

 

土煙を切り裂くように弦十郎の背後へと瞬時に回り込んだエンキが手甲から硬質化した緑色の水晶のような輝きを放つブレードを抜き放つ。

激突の刹那、ドローンの映像に映し出されたのは神の刃を素手で完璧に受け止める弦十郎の姿だった。遅れて大気を引き裂く爆音が轟き、二人の中心から迸った凄まじい衝撃波が分厚い土煙を巻き上げ、その姿を完全に隠蔽してしまう。

 

「おおあああっっ!!」

「ぐっ…!」

 

突如、激突地点から一キロも離れた場所にある巨大な岩崖が内側から爆破されたように粉々に崩壊した。初撃の鍔迫り合いの最中、弦十郎の放った絶大なる『発勁』によってエンキの身体が砲弾のごとく弾き飛ばされたのだ。

 

「シィッ!」

 

分厚い土煙を剛腕で吹き飛ばし、弦十郎が一直線に追撃へと飛ぶ。

瞬きを二回するにも満たない数秒の世界。エンキが叩きつけられた崖に到達するや否や、弦十郎は空間そのものを粉砕するような凄まじき乱打を繰り出した。だが、それすらも冷静に対処していた。

 

後方に叩きつけられた勢いを殺さず、片足を岩盤に深く突き刺して強靭な支点を獲得する。その突き刺した足を軸にエンキは身体全体を独楽のように回転させた。めり込んだ崖から螺旋の勢いをもって飛び上がり、弦十郎の土手っ腹へと強烈なカウンターの回し蹴りを叩き込む。

 

「がふっ!」

(む…?)

 

肉と肉がぶつかったとは思えない、分厚い鋼鉄の塊を蹴り飛ばしたかのような異常な手応え。エンキは瞬時に理解した。この男、蹴りが到達するよりも早く、極限まで腹筋に力を込めて防御を完了させているのだ。

 

直感的な危機感から離脱を図るエンキ。しかし弦十郎は右の膝と肘を万力のように畳み込み、腹に触れたエンキの足を粉砕せんと挟み込みにかかった。

 

「……流石だな」

 

だが、失敗。蹴り込んだ足をわずかに横へとずらして破壊を免れると、エンキは崖に片手のブレードを深く突き刺し、引き抜いたもう片方の足を持ち上げ、空中にある弦十郎の巨体を両足でガッチリと挟み込む。そのまま強靭な腹筋を中心に全身のバネを爆発させた。エンキの凄まじい体幹から生み出された遠心力が弦十郎をいとも容易く空中へと投げ飛ばす。

 

すかさず崖を蹴り、投げ飛ばした弦十郎へと追撃の斬撃を放つエンキ。

空気が悲鳴を上げるほどの真空の斬撃が幾重にも迫るが、空中に投げ出された弦十郎はひどく冷静だった。彼は手を手刀の形に整え、腕を流水のように躍動させる。指先という最も柔軟な部位を巧みに操り、迫り来る致命の斬撃を次々と自らの後方へと受け流していった。

 

弦十郎が受け流した斬撃の余波は彼方の地面に底知れぬ深い裂け目を穿ち、荒野の端に群生していた木々を紙屑のように大量に伐採していく。

ドスッ、と重い音を立てて二人は同時に大地へと着地し、すぐさま互いの間合いを離した。

 

ここで初めて、弦十郎が明確な『構え』を取る。右腕を真っ直ぐに突き出し、左腕は腰の横に添える。深く腰を落とし、足先はいつでも前へ踏み込めるよう強すぎず弱すぎない絶妙な緊張を保つ、極めて洗練された正眼の構え。

 

対するエンキは軽く腰を落としただけの自然体。しかしそれは、いかなる体勢からも致命の一撃を放てる、戦う者にとっての理想のスタイルであった。

 

「ウォーミングアップは済んだか」

 

荒野の風を切り裂くように、戦士としての鋭い眼光を弦十郎に向けながらエンキが問う。

 

了子が作成した特製ドローンの超長距離指向性マイクがその言葉を拾い、潜水艦の司令室に響き渡らせた瞬間、モニターを見つめていた全員が絶句して凍りついた。地形が変わるほどの今の攻防がただの準備運動だという事実に。

 

「ああ。暫く、格上と全力で戦う機会が無くてな」

 

弦十郎は口元に獰猛な笑みを浮かべ、歓喜に満ちた声で答える。

本来、風鳴弦十郎という男は特別なトレーニングを必要としない。「男の鍛錬は食事と映画鑑賞と睡眠だけで十分」と豪語する彼だったが……問題はその『食事』にあった。

 

S.O.N.G.司令官という重責はいかに超人的な身体能力を持つ彼であっても、決して少なくない肉体的・精神的な疲労を蓄積させる。しかし、彼が足繁く通う『喫茶コモド』で優斗が提供する料理――運命を改変する『特異促進食』はその限界すらも瞬時に、そして完全に解消してしまったのだ。

 

圧倒的な回復力を得た弦十郎はあろうことか『無意識にしていたトレーニングを追加する』という狂気の選択をした。激しい疲労と、優斗の料理による異常な超回復のループ。それは筋肉の限界突破を際限なく繰り返し、人類の到達点であった彼の肉体をさらに未知の次元へと加速度的にバグらせてしまったのである。

 

「凄まじいな。我らアヌンナキの戦士にも決して見劣りはしない」

「その褒め言葉。素直に受け取っておくぜ!」

 

神と規格外の進化を遂げた最強の人類。

互いへの深い敬意と武の歓喜を乗せ、二つの影は再び音を置き去りにして激突した。

 

 

 

 

 

「手刀を5発に蹴りって所か?」

 

メインモニターから放たれる青白い光が食い入るように画面を見つめる装者たちの顔を照らし出す。常人なら瞬きする間に終わる神速の攻防を銃を扱う者の、特有の優れた動体視力を持つクリスが眉間に皺を寄せながら必死に分析した。

 

「惜しいなクリス。正確には8発の手刀はブラフ。その後の蹴りは本命への繋ぎの……」

「正拳突きを見舞いてーおっさんの意識を先読みしたエンキの旦那だが、あえて打たせて懐へ引き込ませたってわけだ」

 

クリスの言葉を、静かに腕を組んだ翼が鋭い剣士の目線で訂正する。さらにその隣で獰猛な笑みを浮かべた奏が完璧なタイミングで補足を入れた。二課時代から続く地獄の特訓で司令の動きを骨の髄まで叩き込まれているツヴァイウィングの二人は、恐るべき精度で高次元の駆け引きを言語化していく。

 

「しかし司令もあえて読まれること見込んだ正拳突きも本命だけど……放った正拳突きを発射台に見立てて、逆手の発勁を放つまでを思考に組み込んでいたのね。セレナは見えたかしら?」

「私もクリスさんと同じ位までは、なんとか……」

 

最近、精神的な解放を経て急成長を遂げたマリアが洗練された観察眼でさらにその奥の底知れぬ手筋を看破する。水を向けられたセレナも穏やかな微笑みを保ちつつ、スナイパーでもあるクリスに引けを取らない動体視力で恐るべき戦場を捉えていた。

 

「ほえー。アタシには司令がぶわーってやって、ドカンッとしたくらいしかわかんないデス」

「私は、逃げ場をなくしたいようにした……くらいの行動の意図はわかったよ」

「見えたんですか調っ!……アタシもしっかり見ないといけないデス!!」

 

擬音だけで大雑把にしか認識できなかった切歌が目を丸くして感嘆の声を漏らす。動きそのものではなく、司令の『制圧空間を構築する』という戦術的意図を感覚で理解した調の直感に驚愕し、切歌は今度こそ見逃すまいと、モニターに鼻先が触れそうなほど身を乗り出して両目を皿のように見開いた。

 

『おおおおォッッ!!!』

 

スピーカーから轟く弦十郎の気合いの咆哮が、海中を潜航する潜水艦の分厚い装甲すらビリビリと震わせる。

 

 

 

 

 

ドローンが映し出す採掘場はもはや見る影もなく、周囲にあった巨大な岩盤や木々などの自然物は彼らの放つ規格外の衝撃波によって軒並みチリとなって消え失せていた。

絶え間なく放たれるエンキの連撃を弦十郎は紙一重で捌き続ける。しかし、彼の屈強な肉体には少しずつ浅い裂傷が増え始めていた。エンキが人類最強の武の軌跡を完全に『見切って』きているのだ。

 

だが、弦十郎もまたそれを理解している。彼は武術の型はおろか、愛するアクション映画から習得した破天荒な動きすらも数秒単位で切り替え、思考の予測を許さない変幻自在の乱闘へと持ち込んでいた。

 

(1、2…10、いやもっとか。基礎となるベースが複数ある武術はそのままに、更に複数のアレンジを加えている。確か…映画だったか。僕も一度見てみたほうがよさそうか?)

 

アヌンナキの神であるエンキにとっても、弦十郎が放つ膨大かつデタラメな動きの選択肢の中から、致命の隙を見つけ出すのは決して容易ではない。

 

しかし、目の前にいるのは数千年という途方もない時間を戦い抜いてきた稀代の戦闘者だ。次第に弦十郎の『無軌道な型』そのものに慣れていったエンキはブレードを真っ直ぐに突き出す死の姿勢で、一気に突貫を仕掛けた。

弦十郎は即座にカウンターの構えを取り、迫り来るブレードを真正面から掴み取ろうと鋼の指を開く。

 

――しかし、その直撃のコンマ一秒前。

 

エンキは突如として、自らのブレードを『解除』した。

掴むはずだった獲物が空を切り、土壇場で絶対の武器を手放すという神の想定外の行動。その二重の動揺が人類最強の身体をほんのコンマ数秒だけ完全に硬直させる。

 

その針の穴を通すような致命の隙を、エンキが見逃すはずもなかった。

弾かれたように弦十郎の太い腕を掴み取ったエンキは、踏ん張った足先から全身に力を入れ、自らの身体を超高速で旋回させる。凄まじい遠心力を伴ったまま遥か上空へと飛び上がり、大地に巨大な隕石のクレーターを穿つほどの絶大なる威力で、弦十郎の巨体を真っ逆さまに叩きつけた。

 

「ごぁはぁっ!!」

 

凄まじい速度で大地に叩きつけられた直後。致命傷になりかねないその衝撃を弦十郎は完璧な『受け身』で殺しきっていた。

 

「……まだだっ!!」

「くっ!」

 

それどころかエンキに腕を掴まれた状態を逆手に取り、エンキの身体をブレイクダンスの要領で軽々と宙に浮かせたのだ。人外の体幹から生み出された遠心力で、死角からの強烈な蹴りがエンキを狙う。

 

瞬時に危険を察知したエンキはすぐさま掴んでいた腕を解放した。同時に自らも迎撃の蹴りを放ち、弦十郎の蹴りと空中で激突させる。

 

ガアァァァンッ!という硬質な打撃音が鳴り響き、エンキはその尋常ではない反動を利用して、軽やかに後方へと飛翔し距離を取った。

しかし、弦十郎の闘争本能は一瞬の思考の隙も与えない。

 

大地を蹴り砕いて跳ね起きた弦十郎は、猛然たる勢いで後退するエンキへと一直線に突進。狙うはエンキが空中から大地へと『着地する』その絶対的な硬直の瞬間だった。

 

「シィィィィッ!!」

 

大気を穿つような裂帛の気合いと共に、弦十郎の拳がエンキの土手っ腹へ完璧なタイミングの中段突きとして突き刺さる。

 

生身の肉体がぶつかり合ったとは到底思えない、分厚い地殻の底が内側から爆砕されたかのような凄絶な轟音が荒野を揺るがした。

 

想像を絶する衝撃をモロに受けたエンキの身体は、まるで水切り遊びの石のように遥か遠くの森へと向かって大地を何度も跳ねながら弾き飛ばされていく。

木々をへし折りながら後退し続けるエンキだったが、空中で即座に姿勢を立て直すと、再び緑色の水晶のブレードを生成。それを大地に深く突き立て抉り、凄まじい土煙と摩擦熱を上げながらも強引に自らの身体を固定して停止させた。

だが、息をつく暇など一秒たりとも存在しない。

直後、エンキの頭上に巨大な影が差した。

 

「おおおぉぉりゃああああっっ!!!」

 

視線を上げた先には跳躍した弦十郎が隕石のごとき質量と速度を伴った必殺のドロップキックの姿勢で、直上から迫り狂ってきているではないか。

 

「はああっっ!!」

 

エンキはすかさず残された腕に力を込め、落下してくる人類最強の男へと迎撃の一撃を放ち――

 

神の腕と、最強の武の足が激突した。その刹那。

 

――ピキッ、と。空間そのものがガラスのように軋む音がした。

直後、まるで超大型の火山が噴火したかのような、圧倒的な大爆発が顕現する。

 

激突の中心点から全方位に向かって迸った致死の衝撃波は周囲のあらゆる物質を塵芥のごとく吹き飛ばし、豊かな緑を誇っていたはずの森の一部を一瞬にして生命の存在しない完全なる『荒野』へと変貌させたのだった。

 

 

 

 

 

やがて、荒野の乾いた風が分厚い土煙をゆっくりと運び去り、大爆発の中心に立っていた二人の怪物の姿を静かに顕にした。

足元には数万年の時をかけて形成されたであろう、森の形跡が完全に消し飛んだすり鉢状の巨大なクレーター。

 

その中央で対峙する弦十郎とエンキの二人には服の破れやかすり傷こそあれど、致命傷どころか目立った外傷すらなかった。呼吸の乱れすらごくわずかで、どちらもこのまま三日三晩、本気で戦い続けることが可能なほどの余力を残している。

しかし、二人の間にほんの数秒前まで周囲の地形を変えるほど吹き荒れていたあの殺気と闘志は、微塵も残っていなかった。

 

「……ふむ。残念ながら、時間のようだな」

 

焼け焦げた静寂の荒野に気の抜けるような電子音が鳴り響く。

弦十郎のズボンのポケットに入れられていた腕時計のアラームだった。

 

弦十郎はアラームを止めると、深呼吸と共に纏っていた山のような覇気をスッと解き、いつもの穏やかで頼りがいのあるS.O.N.G.の司令官の顔へと戻った。

彼は深く息を吐きながら、首をコキコキと鳴らして準備運動を終えるように体をほぐし、目の前に立つ戦士へと視線を向ける。

 

「さて、エンキ。俺はここまでというわけだが……どうだ? 少しはマシに動けそうか?」

 

自らの武を試すような、だが確かな自信を孕んだ弦十郎の問い。

それに対し、エンキは手甲から生成していたブレードを静かに消散させ、青い髪を風に揺らしながら、底知れぬ美丈夫の笑みを深くした。

 

「ああ。素晴らしい練度だ、風鳴弦十郎」

 

数千年の時を戦い抜いた神は人類最強の武の頂を前に、ただ一言、最大級の賛辞と畏敬を込めて告げた。

 

「今の君にならば……かつて共に戦った戦友達や、……シェム·ハ相手でも決して引けを取ることはないだろう」

 

二人が交錯したあとの戦場には、熱に浮かされたような静寂が広がっていた。

焦げた土の匂いに混じって、鼻を突くような鋭い金属臭が漂う。大気中の酸素がその暴力的な運動エネルギーに耐えきれず、無理やりオゾンへと作り替えられた証だ。

焦げた土と微かなオゾンの匂いが入り混じる荒野を、地形の変化によって出来た風が激闘を終えた弦十郎の火照った巨体を心地よく冷やしていく。

 

彼がS.O.N.G.司令という激務の合間を縫い、貴重な休日のすべてを投げ打ってまで、この途方もない地形改変の模擬戦を組んだのには明確な理由があったのだ。

 

迫り来る先史文明の脅威。とりわけ、いずれ対峙するかもしれないアヌンナキ『シェム・ハ』の存在を見据え、己の鍛え上げた武が神の領域にどこまで通用するのか。

 

人類を守る御用牙として、その絶対的な戦力を身をもって確認しておく必要があった。それが彼をこの死地に立たせた九割の大義名分である。だが――。

 

「……まぁ、腹の底を明かしちまえば。純粋にアンタみたいなとんでもねぇバケモンと一度、漢として拳を交えてみたかったってのが一割くらいあるんだがな」

「……気になっていたのだが。随分と口調が若返っているようだが、そちらが君の『素』なのか?」

 

照れ隠しのように豪快に頭を掻く弦十郎に対し、エンキはふわりと青い髪を風に揺らしながら、面白がるような光を瞳に宿して問いかけた。

人類最強の司令官としてではなく、ただ純粋に武を競い合った一人の戦士として、目の前の男がふと見せた人間臭い変化をひどく好ましく思っているようだ。

 

「おっと、こりゃあ失礼。普段は年頃の娘達を預かる身だからな。どうしても『大人』の皮を被っちまうんだが……アンタみたいに底知れない相手と熱く殴り合ってると、どうも昔の血が騒いじまうらしい」

 

弦十郎はバツが悪そうに太い指で鼻の頭を擦り、自身の砕けた少年のような口調を笑って誤魔化した。

世界を救う司令官としての重責を背負いながらも、その魂の奥底で決して消えることなく燃え続けている、武術家としての純粋な闘争本能。優斗の料理によって枷を外され、限界を突破した肉体が彼にそんな無邪気な漢の冒険を許したのである。

 

「良い顔だ。上に立つ者としての仮面を脱ぎ捨てた、一人の純粋な武闘家の貌。……君の放つその拳には重い使命感だけでなく、嘘偽りのない純粋な闘争の歓喜が満ちている。僕は嫌いではないよ」

「そう言ってもらえるなら、この無茶苦茶な特訓付き合って貰った甲斐があったってもんだぜ」

 

エンキも星の運命を背負う者として生きてきた重い過去を持つ。だからこそ、弦十郎がふと見せたその「素」の顔の尊さを誰よりも深く理解し、優しく微笑み返したのだった。

 

「さて、と。それじゃあ急いで本部に帰らないとな。……いくら土地ごと買い取ったとはいえ、この惨状の始末書を書くのが今から恐ろしいな」

「はははっ、それは同情するよ」

 

すり鉢状に吹き飛んだ森の跡地を見渡し、途端に「大人の男」としての現実的な悩みに頭を抱え始める弦十郎。

 

その巨大で人間臭い背中をエンキはどこまでも楽しげに、細めた瞳で優しく見守っていた。

 




もうちょっと理不尽感を出したかった、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、場所はシミュレーター室じゃダメなの?
A、その場合真っ二つになった潜水艦ができます。

Q、2人の戦いは皆見えてるの?
A、はい。全部見えているのが、奏、翼、マリアの3人。所々見えるのがクリスとセレナ。なんとなくわかる程度が切歌と調。なお、一般人目線だと何もない場所で爆発が起きている位しかわかりません。

Q、弦十郎の口調が一部おかしい
A、強くなりすぎた弦十郎は司令官という役職や、奏や翼等の追いついてこようとする者もいるが己が頂点にいるであろう事実を受け止めてしまい、心の何処かでなんとなく退屈していました。しかしそれもエンキの登場で代わります。久しぶりに上を目指すワクワクに弦十郎は昔の公安警察官時代を思い出し、その時の口調が少し漏れ出てしまってます。
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