ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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11話にて誤字報告をしてくださった方がいたのですが、こちらが操作を誤ってしまい、確認する前に消してしまった事を深くお詫び申し上げます。多分、誤字報告を適用ボタンを押したと思うのですが、今となっては確認できませんでした。

なので詫び石ならぬ、詫び話?を投稿します。

今回は短い短編に挑戦。

途中で気づいたけどヴァネッサ、全身サイボーグだけど飲食できるのか?と。
でも、よく考えたら人間性保つ為に何かしら食べれるのか、形だけでも食べられるようにしたんでしょうね。


短編集

【番外編:失われた銀の腕と、妖精の適性】

 

S.O.N.G.本部潜水艦。

かつてシェム·ハの企てを阻むために月へと渡った神・エンキと、シンフォギア装者たちとの顔合わせは終始和やかな雰囲気で進んでいた。

 

「――というわけで、色々あったが今はこうして生きながらえている。よろしく頼む、人間の戦士たち」

「は、はいッ! こちらこそよろしくお願いしますデス、神様……じゃなくて、エンキさん!」

 

切歌が元気よく頭を下げるのを皮切りに、装者たちが次々と自己紹介をしていく。

そんな中、エンキの視線がふと、マリアの隣の女性――セレナでピタリと止まった。

 

「……ん?」

「あの、私はセレナ・カデンツァヴナ・イヴといいます」

 

神にじっと見つめられ、ビクッと肩を揺らすセレナ。

だがエンキはセレナ自身というよりも彼女の胸元――シンフォギア「アガートラーム」のペンダントを見透かすように目を細めていた。

 

「いや、すまない。君の纏っているその力……ひどく馴染み深い『気配』を感じてね」

「気配、ですか……?」

「ああ。……もしや君の持つ聖遺物は……」

 

エンキの言葉にセレナはハッとしてペンダントを両手で包み込んだ。

 

「ア、アガートラームです。神話に伝わる『銀の腕』の欠片だと聞いています。中東で見つかった聞いていましたが……」

「銀の腕。……なるほど、合点がいった。それは僕の気配がするはずだ」

 

エンキはまるで「昨日の夕飯を思い出した」くらいの軽いテンションでとんでもない事実を口にした。

 

「おそらくそれは、かつて私が失った『左腕』そのものだろうからね」

「「「「「……えっ?」」」」」

 

その場にいた全員の思考が停止した。

数秒の沈黙の後、最も顔を青ざめさせたのは他でもないセレナ本人だった。

 

「わ、わわわ、私のギア、エンキさんの本物の腕だったんですかっ!?」

「おそらく。いや、こんな所で自分の腕と再会するとは思わな――」

「す、すぐにお返ししますッ! ごめんなさい神様の腕を勝手に振り回して昔に『白銀のシスター参上!』とか言ってて本当にごめんなさいッ!!」

 

完全にパニックに陥り、涙目でペンダントを外そうとするセレナ。

隣でマリアが「落ち着きなさいセレナ! 物理的に腕がくっつくわけじゃないから!というかそんな事してたの!?」と必死に宥めている。

 

「ハハハ、気にしなくていいさ。今の私には必要のないものだし、君のような優しい子の元で人を守るために使われているのなら左腕も本望だろうさ」

「エ、エンキさん……っ」

「それよりもセレナの話が気になるデース」

「白銀のシスター?」

 

エンキの神様らしい寛大な言葉に、セレナがほっと胸を撫で下ろす。その後ろの切歌と調がニヤニヤとしながら、恐ろしい話をしている事を聞き流している、その時だった。

 

「――なんですって!? アガートラームがエンキ様の腕だったというのッ!?」

 

バンッ!とラウンジの自動ドアを無理やり勢いよく開け放ち、了子が血相を変えて飛び込んできた。余計な修理費に後であおいがキレた。

 

どうやら廊下で今のやり取りを立ち聞きしていたらしい。

 

「りょ、了子さん? どうしたんですか急に……」

「どうしたもこうしたもッ! ああ……なんという事なの! あの聖遺物がエンキの体の一部だったと知っていれば……ッ」

 

了子は悔しそうにギリッとハンカチを噛み締めながら、天を仰いで嘆き始めた。

 

「知っていればこのフィーネ自らがアガートラームを身に纏い、エンキの力と一つになって戦っていたというのに……ッ! ああ、なんたる不覚! 私の腕でエンキの腕を振るう……ふふふ、素晴らしいではないか!」

 

ついついフィーネの口調になって、うっとりと両頬に手を当て、妄想の世界へと旅立っていく了子。

その様子を少し離れた場所から見ていた奏とクリスは、スッと真顔になり、ヒソヒソと顔を寄せ合った。

 

「……なぁ、クリス」

「……なんだよ、奏先輩」

「アガートラームのギアって、セレナが着てるあの『妖精みたいにフリフリでヒラヒラなやつ』だよな?」

「……ああ。背中に小っちゃい羽とか生えてる、あのメルヘン全開のやつだな」

「あれを、アラフォーが着るのか」

「ドヤ顔でフリフリのミニスカを……?」

 

二人の脳裏に、全く同じ最悪のビジョンがフラッシュバックした。

 

『キラッ☆』

 

妖精のような可憐な装甲を身に纏い、ノリノリで剣を振るう、フィーネの姿が。

 

「きっつ、イメクラかよ」

「八百屋で腐った野菜を見た気分だぜ」

 

奏とクリスの辛辣かつ、容赦のないツッコミ。

その声は、ラウンジの端から端までいやというほど鮮明に響き渡った。

 

「…………ん? いまぁ、誰か、何か言ったのかしらぁあ?」

 

ピタッ、と。

余りにもひどすぎる暴言に、妄想から引き戻された了子のこめかみに一筋の青筋がピキッと浮かび上がる。

 

「あ」

「やべ」

「誰が数千年物の腐ったきついババァだってッ!?」

「「そこまで言ってな、痛い痛い痛い痛いッ!! ふんまへんへひたァーッ!!」」

 

全員がドン引きして見守る中。

S.O.N.G.には奏とクリスが仲良く両頬を限界まで引っ張られる、情けない悲鳴が響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

【番外編:人間ボディの厄介な仕様】

 

S.O.N.G.本部の廊下にて。

ヴァネッサは台車を使わずに両手で抱えきれないほどの重そうな機材箱を運んでいる職員とすれ違った。

 

「おっと、危ない危ない。貸してみて、私が運んであげるわ」

「あ、ヴァネッサさん! いえ、でもこれ相当重いですよ!?」

「ふふっ、心配無用よ。これくらい片手で――」

 

自信満々に機材箱を受け取ろうとした瞬間、ヴァネッサの腕は呆気なくその重量に負け、箱ごと前のめりに盛大にズッコケた。

 

「いっ、たたた……ッ!?」

「ヴァ、ヴァネッサさん!? 大丈夫ですか!?」

「あ、あら……? おかしいわね。私の出力なら、この程度の質量なんて指一本で……」

 

そこまで言って、ヴァネッサはハッと気づいた。

今の自分は、強靭なサイボーグでも怪物でもない。ただの『か弱い人間の成人女性』なのだということに。

 

ドヤ顔で助けようとして無様に失敗した自分の姿が恥ずかしくなり、真っ赤になった顔を両手で覆い、彼女は廊下の隅でしばらく蹲る羽目になった。

 

――その夜。

S.O.N.G.が手配してくれた、3人で暮らすマンションの一室にて。

 

「いやぁ、アタシも笑えないんだぜ。今日さ、棚の一番上にあるお菓子を取ろうとして……」

 

『あんなとこあったのか…せーのっ、って…あれぇぇ!?』

 

ぐつぐつと煮える鍋を囲みながら、ミラアルクが恥ずかしそうに頬をかいた。

 

「無意識に背中の『羽根』で飛ぼうとしちゃってさ。思いっきりジャンプして、そのまま床にダイブしちゃったんだぜ」

「ミラアルクもでありますか。……実はわたくしめも、今日少し変な目で見られたのであります」

 

『くんくん……何をしているか、でありますか?……いえ、新しい匂いが気になっ………何でもないでありますよ!?』

 

エルザがお玉で鍋のアクを取りながら、ぼそりと呟く。

 

「教室に誰かが入ってくるたびに、無意識に鼻をヒクヒクさせて『匂い』を嗅ぐ癖が抜けないのであります。……その姿はただの不審者でありました」

「あははははっ! エルザ、それじゃあただのヤバい奴だぜ!」

「笑い事じゃないわよ、ミラアルクちゃん。……でも、そうねぇ…」

 

ヴァネッサは小さく微笑み、湯気の立つ鍋の具材をそれぞれの取り皿へと取り分けた。

 

「力がなくなったのはほんの少し不便だけど……。やっぱりこうして温かいものを、皆で『美味しい』と感じながら食べられるほうがいいわ」

「本当にそうであります。……こんなにも温かい」

 

ヴァネッサも目を細め、熱々の肉団子を頬張る。

味覚もしっかりと機能する人間の身体。三人で囲む食卓の温かさに、彼女たちは人間に戻れた喜びを噛み締めながらお互いのドジな失敗談を笑い合った。

 

そして、あっという間に鍋の具材は空になり――。

 

「さーて! 鍋のシメはやっぱり、うどんからの雑炊のダブルコンボだぜっ!」

「あらミラアルクちゃん、よく分かっているじゃない。炭水化物は最高の調味料よ!」

 

ご機嫌なミラアルクが大量のうどんとご飯を鍋に投入し、ヴァネッサが卵を溶き入れる。

鍋の底が見えるまで綺麗に平らげた大満足の3人。

 

「ぷはーっ、食った食った! もうお腹パンパン!」

「ええ。久しぶりに人間に戻っても、私たちの胃袋は変わらず元気みたいね」

 

ソファに寝転がり、膨らんだお腹をさするミラアルクとヴァネッサ。

 

だが、最後の一口を飲み込んだエルザだけが、ふと箸を止めて青ざめた顔で虚空を見つめていた。

 

「……待つであります」

「ん? どうしたのエルザちゃん?」

「今のわたくしめらの身体は……摂取したカロリーを、怪物の頃のように戦闘エネルギーとして瞬時に消費できないであります。基礎代謝もあの頃とは比べ物にならないほど低いのであります」

 

エルザの震える声に、部屋の空気がピタリと凍りついた。

 

「つまり、こんな風に好きなだけ食べて、シメまでがっつり炭水化物等を摂り続ければ……」

「…………あ」

「た、食べた分だけ……全部、そのままお腹にお肉として付くってことか……!?」

 

ヴァネッサとミラアルクの視線が自分たちのぽっこりと出たお腹へとゆっくりと下りていく。

人間、とりわけ女性の身体における『カロリー計算』と『脂肪』という、最大の厄介な仕様。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!! ウチの完璧なプロポーションが崩れちゃうぅぅっ!!」

 

ミラアルクの悲鳴が夜のマンションに虚しく響き渡った。

 

――数日後。

 

「ワン、ツー! スリー、フォー! ほらもっと腰を落としなっ!!」

 

S.O.N.G.本部のトレーニングルームでは真剣、というより必死な表情で奏に激しいダンスエクササイズの指導を受けるミラアルクの姿があった。

 

そしてその隣には最新のフィットネスマシンで滝のような汗を流しながら、黙々とランニングマシーンをこなすヴァネッサの姿も。

 

「……ヴァネッサたち、最近やけにフィットネスに熱心ね」

「…女の子には色々と戦わなきゃいけないモノがあるのよ、翼」

 

すっかり健康志向のダイエッターと化したヴァネッサ達の姿をマリアと翼が生温かい目で見守るようになったのは、また別の話である。

 

なお、エルザに関しては痩せすぎな方だったため、余り変わってなかった事も二人が打ち込む原因の一つだろう

 

 

 

 

【番外編:恐怖の口座残高】

 

休日の午後。喫茶『コモド』の上にある居住スペースにて。

招かれた風鳴弦十郎が座布団に腰を下ろすと、部屋から出てきたクリスが目を丸くした。

 

「あれ、オッサン? なんでこんな所にいんだよ。非番じゃなかったのか?」

「ああ。優斗くんから『相談したい事がある』と連絡をもらってな。……それで、優斗くん。一体どうしたんだ? 電話口でも少し思い詰めたような声だったが」

 

弦十郎に促され、テーブルの向かいに座る優斗が、困惑したような、けれどどこか静かで落ち着いた動作で一冊の「預金通帳」を差し出した。

 

「……これ、見ていただけますか。僕の口座に、身に覚えのないお金がずっと振り込まれ続けているんです」

「身に覚えのない金?」

 

クリスも心配そうに身を乗り出して覗き込む。

 

「記帳してみて気づいたんですが、サンジェルマンさんたちと出会ったあたりから謎の海外口座やダミー会社みたいな所から定期的に入金があって……。銀行の方にも間違いかどうか聞いたんですけど、正規の手順で振り込まれているらしく、取り敢えず手をつけずに様子を見ていたんですけど、今も毎月増え続けていて少し怖くなってしまって」

「なんだよそれ、アタシも知らなかったぞ! 事件の匂いがプンプンすんじゃねーか」

「わかった。S.O.N.G.の情報部を使って出所を洗ってみよう。……で、優斗くん。具体的な金額はいくらくらい振り込まれているんだ?」

 

弦十郎が通帳のページをめくりながら尋ねた、その瞬間。

優斗は小さく息を吐き、困ったように眉を下げて答えた。

 

「それが……月に、1000万近くもあるんです」

「「……は?」」

 

あまりの桁外れな金額に、弦十郎の手がピタッと止まり、クリスは絶句した。

 

「いっ……いっせん、まん……!? ま、毎月ッ!?」

「はい。こんな大金、どうしていいか分からなくて…」

「お、おい優斗! お前まさか、変な事件に巻き込まれてるんじゃねぇだろうな!? 誰かがお前を嵌めようとして口座を勝手に使ってるとか……ッ! どこの馬の骨か知らねぇが、お前を汚すような真似する奴はアタシが絶対ぶっ飛ばしてやるッ!」

 

クリスがバンッ!と立ち上がり、優斗を庇うように声を荒らげた。

 

彼女は優斗の誠実さも、この店に対する真摯な思いも誰より知っている。だからこそ、彼が裏で変なことに手を出しているなどとは微塵も疑わず、真っ先に「彼を不当に狙う悪意」を心配して激昂してくれたのだ。

 

「ありがとう、クリスちゃん。でも落ち着いて。きっと何かの間違いだと思うから」

「間違いで毎月一千万も振り込まれるかっ!!」

 

怒りと心配で声を震わせるクリスを優斗が優しく宥める中、弦十郎は通帳の印字を見つめながら、ふと『ある可能性』に思い至った。

 

サンジェルマンと出会った頃から。謎の海外口座。そして、桁外れの資金力。

 

何かに気づき、深く、深く深呼吸をした弦十郎は、優斗の肩にポンと手を置いた。

 

「……優斗くん。安心してくれ。おそらく事件性はない……と思う」

「ほ、本当ですか弦十郎さん!?」

「ああ。この件は、俺が責任を持って解決してこよう」

 

――後日、S.O.N.G.本部の作戦会議室にて。

 

「で? 一体どういうつもりだ、君たちは」

 

腕を組み、険しい顔で立つ弦十郎。

 

その目の前では呼び出されたサンジェルマンとキャロルの二人がソファに座っていた。

 

「どういうつもりと聞かれても困る。オレはただ、一番の最適解を実行しただけだが?」

 

キャロルはひどくふてぶてしい態度で語り始めた。

 

「オレはお前たちとの取引で金に困っていないからな。あり得ないだろうが、優斗の店の売り上げが落ちてしまっても一生涯何不自由なく暮らせるだけの資金を用意したまでだ。……何か間違っているか?」

 

それは、優斗の意思を尊重するがゆえに表には出さないが、彼女なりの重す、深す、…思いやり溢れる愛情と庇護欲の表れだった。

 

「私も同感だ。あの居心地の良い場所を、そして彼の心身をあらゆる不利益から守るためならば、長年無駄に稼いでしまった私の資産などいくらでもつぎ込む用意がある……むしろ、月に数百万程度では少なかっただろうか?」

「少なかった。じゃ、ない!! 一般人の口座に毎月1000万近くも無言でブチ込んだら、普通は税務署も警察も飛んでくる大騒ぎになるんだ! 優斗くんが困惑しきって相談に来たんだぞ!」

 

弦十郎の説教、ではなく。優斗が困ってると聞き、キャロルとサンジェルマンはピクリと肩を揺らした。

 

「……手法を間違えたか。怖がらせたことには、素直に非を認める」

 

キャロルは腕を組み直し、フイッとそっぽを向いた。だが、その瞳の奥には微塵も揺るぎない強い意志があった。

 

「だが、優斗の為に用意した金だ。オレに一切の後悔はないぞ」

「同感ね。彼を不安にさせた点は反省すべき大きな失態だけれど……彼の日常を護るための力は絶対に必要よ。資金援助そのものが間違っていたとは今でも思わない」

 

反省はしているが、後悔はしていない。

 

自分たちの良かれと思った重すぎる庇護欲と、完全にズレきった金銭感覚を曲げる気は毛頭ないらしい二人。

 

どこまでも不器用な愛情表現(推し活)。弦十郎は、深く、深いため息を吐くことしかできなかった。

 

「……はぁ。お前たちの気持ちはよく分かった。だが頼む、せめて無許可で一般人の口座に振り込むのだけはやめてくれ」

 

後日、優斗の口座には、手伝ってくれたS.O.N.G.の経理部が泣きながら税金処理と返金手続きに追われるという、また別の地獄が待っていたのだった。

 

 

 

 

 

【優斗から見た意外な組み合わせ】

 

カラン、と心地よいドアベルの音が響く。

ここ『喫茶コモド』では、運命という糸が時に不思議な結び目を作ることがある。カウンターの奥でカップを磨きながら、僕は日々紡がれる意外な組み合わせの温かな光景に、密かに目を細めていた。

 

「ん〜っ……! やっぱりこの鯖の味噌煮、最高に美味しいぜ!」

 

湯気と共に立ち上る甘辛い味噌の香りに包まれながら、ミラアルクが幸せそうに白米を頬張る。

かつて怪物として生きることを強いられた彼女だが、今ではすっかり等身大のアイドルを夢見る、翼ちゃんの大ファンの女の子だ。

 

「おいミラアルク。水、空いてるだろ。お代わり注いでやるよ」

「あ、サンキュー! クリス! ……あっ、ととっ!?」

 

ぶっきらぼうだが面倒見の良いクリスがピッチャーを傾けた瞬間、ミラアルクの手からツルリとガラスのコップが滑り落ちた。

ガタン、と氷と水がテーブルに派手に跳ね回る。

 

「わ、わわっ! バカ、急に動かすから零れたじゃねぇか! 拭くからちょっと退いてろ!」

「ご、ごめんだぜ! ウチが自分で拭くから……っ!」

 

慌てて身を乗り出した二人の頭が、ゴンッ!と小気味よい音を立てて激突した。

 

「「いっっっっっっっっっっっっっっっったぁぁぁぁぁぁっ!?」」

 

涙目で額を押さえてしゃがみ込む、ツンデレ装者とアイドル見習い。

 

何処か似た者同士のドタバタ劇に、僕は吹き出しそうになるのを必死に堪えて布巾を差し出した。

 

また別の日。店内にふわりと漂うダージリンティーの華やかな香りに交じって上品な笑い声が響いていた。

 

「ふふっ、見てちょうだいセレナ。この寝顔のミラアルクちゃんとエルザちゃん、まるで天使だと思わない?」

「まぁっ、本当に可愛らしいです! でもヴァネッサさん、こちらのマリア姉さんの寝顔も、無防備ですっごく素敵なんですよ」

 

テーブルに分厚いアルバムを広げ、優雅に紅茶を傾けているのはヴァネッサとセレナだった。

 

「あら、マリアは普段は凛としているのに、意外と隙だらけなのね。可愛いわぁ……」

「ええ、そうなんです! お姉ちゃんは最近いじられがちですし、私がしっかり守ってあげないとって……ふふふっ」

 

互いの『大切な家族』の魅力を熱弁し合ううちに、二人はすっかり意気投合してしまったらしい。

見せ合う写真の束が増えていくのを眺めながら、僕はそっと二人分のティーポットにお湯を注ぎ足した。

 

そして、またまた別の日。

カラン、と控えめに鳴った扉の奥から、落ち着きなく店内を見回す小さな影が一つ。

 

「ふんす、ふんす……っ! お店の奥から、デミグラスソースの凄くいい匂いがしているであります!」

 

エルザだった。いつもはヴァネッサたちと一緒だが、今日は初めての「一人での来店」らしい。

大冒険に挑むような興奮からか、鼻をヒクヒクとさせながら荒い鼻息を漏らす彼女の姿は、特徴的な髪型も相まって、愛らしい仔犬にしか見えなかった。

 

「……マリア。あそこに見えるのは、幻なの?」

「……ええ、翼。信じられないくらい愛らしい小動物が迷い込んできたみたいね」

 

少し離れたテーブル席。可愛いものに目がない翼ちゃんとマリアさんが、獲物を見つけた捕食者のように瞳をキラキラと輝かせている。

普段の芸能人としての格好から解き放たれ、女性らしい柔らかな表情を見せる翼さんの手が、うずうずと震えていた。

 

「こ、こっちへおいで、エルザ。一緒にご飯を食べましょう……っ?」

「私のお膝に座ってもいいのよ? さあ、遠慮しないで」

「えっ!? あ、はい……お邪魔します、であります?」

 

圧倒的な「可愛いがりたいオーラ」に気圧され、エルザは二人の間にちょこんと座らされてしまった。

 

「はふっ、はふっ……ハンバーグ、とっても美味しいであります! ……でも、お二人とも、どうしてさっきからずっと頭を撫でるでありますか?」

 

「「いいから、いっぱいお食べ(可愛い……っ)」」

 

僕の作った熱々のハンバーグを幸せそうに頬張るエルザの頭を、翼ちゃんとマリアさんがとろけそうな顔で両側から撫で回し続けている。

 

そのあまりにも平和で微笑ましい光景に、僕は思わず頬を緩ませた。

 

 

そして今日。暖かな午後の陽光が差し込むカウンターに、三人の少女たちが並んで座っていた。

人間としての幸福を享受する三人だ。

 

「ねえ優斗くん、聞いてちょうだい。昨日ね、スーパーの特売でとっても新鮮な野菜が買えたのよ」

「ウチは帰り道に、野良猫に懐かれたんだぜ! すっごく人懐っこくて可愛かった!」

「わたくしめは……今朝、お布団のシーツが太陽の匂いになっていて、とっても幸せでありました!」

 

血塗られた日々を生きていた彼女たちが、今はこうして「特売」や「野良猫」、「太陽の匂い」といった、些細で平凡な日常の喜びを、目を輝かせて報告してくれている。

 

「それは良かった。三人の毎日が楽しいと、僕もすごく嬉しいよ」

 

コーヒー豆の豊かな香りに包まれた『喫茶コモド』。

 

この店が、彼女たちの心を繋ぎ、穏やかな時間を刻むための安全な止まり木であり続けられるよう、僕は祈るような気持ちでゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

【マリア、絶好のチャンス!?】

 

S.O.N.G.本部の深奥。海中を潜航する潜水艦の冷たい金属の廊下で僕は思わず小さく欠伸を噛み殺した。

 

「あら、優斗。なんだか随分とお疲れのようね?」

「あ、マリアさん。……実はさっきまで定期検査を受けさせていただいたんだけど、思いのほか長引いちゃって」

 

すれ違いざまに声をかけてくれたマリアさんに、僕は重い瞼を擦りながら苦笑いを返す。

 

「そりゃあ、あなたの奇跡を作る体だもの。エルフナインたちも念入りになるわ。……でも、そんなフラフラじゃ見ていられないわよ?」

 

マリアさんは少しだけ呆れたように、けれどどこまでも優しい声音で微笑んだ。

 

「あっちの休憩室が今空いているはずよ。少し仮眠を取ってきたらどう? 私も休憩中だから、付き合ってあげるわ」

「それじゃあ……ご厚意に甘えさせてもらうよ。時間になったら起こしてくれるかな?」

「ええ、任せてちょうだい。ゆっくり休んで」

 

薄暗い休憩室。革張りのソファにもたれた僕は、マリアさんの心地よい声を聞きながら、あっという間に深い眠りの底へと落ちていった。

 

スゥ、スゥ、と。

 

微かな潜水艦の駆動音に混じって、優斗の規則正しい寝息が部屋に響き始める。

それを見届けたマリアはすぐさま彼の頭のすぐ横のスペースへと音もなく腰を下ろした。

 

(……本当に、無防備なんだから)

 

マリアは息を潜め、至近距離で優斗の寝顔をまじまじと見つめる。

長いまつ毛。穏やかな目元。いつも自分たちを温かく包み込んでくれる優しくて甘い匂い。

トクン、トクンと、マリア自身の胸の鼓動が急激に跳ね上がっていくのが分かった。

 

(……無防備な優斗が悪いんだから。す、少しだけなら……)

 

彼女の視線が、自然と彼の形の良い『唇』へと引き寄せられる。

慰安旅行の夜に「唇よ」と豪語して自爆した記憶が蘇るが、今この場にはからかう奏も翼もいない。誰にも邪魔されない、二人きりの絶好のチャンスだ。

 

マリアはゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと、磁石に吸い寄せられるように自分の顔を近づけて――

 

「んんっ……」

「ひゃあっ!?」

 

突然、優斗が微かな唸り声を上げて身をよじった。

目を覚ましたのかとパニックになったマリアは、ビクッと肩を震わせて大きく上体を仰け反らせる。

 

ボスンッ。

 

そのマリアの急な動作によるソファの振動で、背もたれに上手く乗っていた優斗の頭がツルリと滑り落ち――あろうことか、すぐ横に座っていたマリアの『膝の上』へとすっぽりと収まってしまった。

 

「えっ……あ、うそ……っ!?」

 

太ももから伝わる、愛する人の確かな頭の重みと温かい体温。

思いがけず完成してしまった完璧な『膝枕』の状況にマリアは顔を林檎のように真っ赤にして完全にフリーズしてしまう。

 

「すぅ……ん……マリア、さん……」

「〜〜〜〜〜っ!」

 

寝言で自分の名前を呼ばれ、さらに優斗が心地よさそうに膝にすり寄ってくる。

 

思い描いていた大人のキスというチャンスは逃したものの、それ以上に甘すぎる特等席を手に入れてしまったマリア。彼女は誰にも見せられないほどのだらしない笑顔を浮かべながら、時間ギリギリまでその幸せな重みを一人で堪能するのだった。

 

 

 

 

 

【恋の熱はぶり返す】

 

カチャ、と控えめなドアの開く音と共に、数日前まで酷い風邪で寝込んでいた未来が姿を見せた。彼女の小さな手には優斗が特製の栄養スープを差し入れした時の、綺麗に洗われたプラスチックのタッパーと空の水筒が大事そうに抱えられている。

 

「優斗さん、この間は本当にありがとうございました。おかげさまで熱もすっかり下がって……スープ、とっても美味しかったです」

「うん、元気になって本当に良かった。わざわざタッパーまで綺麗に洗って返しに来てくれて、ありがとうね」

 

受け取った空の容器からは、未来が丁寧に洗ってくれたのだろう、微かに爽やかな洗剤の香りがした。

すっかり血色の良くなった桜色の頬を見て安堵の息を吐くと、彼女はそのまま帰るのではなく、ふわりと春風のようなシャンプーの匂いを漂わせながら、勝手知ったる歩みで、リビングにあるソファへと一緒に腰を下ろした。

 

「あの……もう少しだけ、ここで休んでいってもいいですか? 」

「もちろんいいよ。病み上がりなんだから、無理せずゆっくりしていってね」

 

慰安旅行でのあの夜から、彼女は二人きりになるとこうして少しだけ背伸びをしたような、それでいてひどく無防備な愛情を隠さずに見せてくれる。

鳥の鳴き声がよく聞こえる程に静かな空間で、僕は先ほど冷蔵庫から出していた冷たいバニラアイスの甘い匂いを漂わせながら一口齧った。

 

「あ……優斗さん、一人でアイスなんて食べてずるいです。私にも一口もらえませんか?」

「おや、未来ちゃん。もちろんいいけど……なんだか今日は甘えん坊だね」

 

隣でくつろいでいた未来が、そのままコロンと僕の太ももの上へ頭を乗せてきた。

膝から伝わる彼女の柔らかい体温と確かな重みが、優斗の胸の奥をじんわりと温かく満たしていく。

 

「……だって、優斗さんが無防備なのが悪いですから。だから……あの、その…あーん、して貰っても、いいですか?」

「いいよ、あーん……っと、ちょっと待って。そのまま仰向けだと、喉に詰まらせちゃうかもしれないからね」

 

優斗は木製のスプーンを握る指先の角度をそっと変え、未来の頭を乗せている方の足のつま先を、床に向かって静かに立てた。

ピンと張った優斗のふくらはぎの筋肉が、彼女の上体を緩やかな斜面へと押し上げる。気管に冷たいアイスが詰まらないように、そして彼女の綺麗な服に甘い雫が落ちないようにと、ただ息をするように自然な動作で姿勢を整えた。

 

「あ……」

「ほら、これなら無理なく飲み込めるでしょ? 溶けちゃう前に口を開けて」

 

差し出された純白のバニラアイス。しかし未来の視線は冷たいスイーツではなく、じっと優斗に向けた。

 

ただ甘やかすだけでなく、決して相手を傷つけないよう先回りして守ろうとする、あまりにもスマートで過保護な気遣い。その男前すぎる無言の配慮に触れ、彼女の胸の奥でドクンッと、甘く激しい心音が跳ね回る。

 

「〜〜〜っ! ……優斗さんって本当に……そういうところ、ずるいです……っ」

「えっ? 未来ちゃん、顔がすごく赤いけど……また風邪の熱がぶり返しちゃったのかな?」

 

胸の鼓動の限界を迎えた未来は、バニラアイスをぱくりと咥えた後、真っ赤に染まった顔を隠すように優斗の腹部へとグリグリと額を押し付けてしまった。

 

自分の何気ない行動が、愛する少女の心をどれほど激しく揺さぶっているのかなど露知らず。優斗は、膝の上で照れ隠しにもがく彼女の柔らかい髪を、ただ愛おしげに優しく撫で続けるのだった。

 




本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、白銀のシスターって?
A、F.I.S.で誰よりもシンフォギアの適合者になったセレナは、周りの仲間から可愛いとか、かっこいいとか褒められたんですが、それで調子に乗ったセレナがシミュレーターの時に名乗りをげたり技名を態々言って戦った結果。ナスターシャにすっごい生暖かい目で見られました。初めて向けられるナスターシャの目に、セレナはすっかりナリを潜めてしまいました。

Q、太ったの?
A、今まで満足に食べられなかった分、調子に乗って食べた結果。ミラアルクはプラス3、ヴァネッサとエルザはプラス2、とだけ。

Q、なんで急にお金を?
A、サブカル知識でスパチャや、推し活概念を知ったガリィがキャロルに嘘を7割位の比率で吹き込んだ。サンジェルマンはキャロルとの会話中に教えてもらった事で行動。時代的に2人は飢えの怖さを知っているので。

Q、普段はどんな組み合わせ?
A、原作の組み合わせは勿論。接点あるキャラはよくコモドに一緒に行くかを確認するメールを飛ばしたりしてます。ちなみに一番珍しい組み合わせが、翼とミカです。

Q、マリアってむっつり?
A、スケベな女の子は嫌いですか?……マリアの場合は原作程メンタルブレイクしていないので、女の子らしい欲求とゆとりがあります。つまりここのマリアは結構ゆるゆるです。夜中にアイスとか食べます。そしてセレナに怒られます。

Q、未来がめちゃくちゃ甘えて来ますけど?
A、殻を破りそうな響の思いを言動と行動から察した未来もまた、響と似たような不安を抱きました。帰り道にこれ以上の妄想をしてイヤンイヤンしている姿の未来は可愛いと思います。


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