色々弄ったせいで原作から結構離れていますが、最後に向けて突っ走る優斗達を出来れば見届けてくれると嬉しいです。
政治周りは二度と書きたくないけど、シンフォギア世界では重要な要素だから入れないわけには……!
目覚めの時は、未だ来たらず
5,000年以上前の地球上のとある場所。紀元前と呼ぶにはあまりに不釣り合いな、極限まで整えられた無機質な研究設備が冷たい光を放っている。その静寂に満ちた空間で二人の人影が鋭く対峙していた。
「本当にその方法しかなかったのか!シェム・ハ!!全ての命を一つに統合したところで、そこに貴様が望む答えなどないのだ!」
長い金髪を荒ぶらせ、悲痛な叫びを上げるのは、「万象調律者」ニンフルサグ。科学者としての確固たる信念と親友への絶望が冷ややかな空間に重い熱を帯びさせていた。対する白銀の装束を纏う神・シェム・ハは、白とピンクの透き通る肌に冷徹な嘲笑を浮かべている。
「可能である。
「お前になら理解できよう? 今の我がどのような存在であるかを」
シェム·ハの声色は嘲笑うも、どこか感情の抜け落ちた絶対的な宣告が響き渡る。かつて共に命を育んだ温もりは完全に失われ、ただ物理法則すら凌駕する高次元の冷たい輝きだけがシェム・ハの全身を包み込んでいた。
「……捨てたのだな。一つの生命としての尊厳も、痛みさえも分かち合えたはずの、その心までも……それでは人を己の野望の苗床として利用しているだけではないか!」
ニンフルサグは奥歯を噛み締める。彼女にとって生命の多様性と心の機微こそが愛そのものであり、個を奪い去るシェム・ハの行いは到底許容できない暴虐でしかなかった。
「そうだ。今の我は、言語による概念的存在。肉体という脆弱な殻など、ノイズを招く欠陥回路に過ぎぬ。…それにお前は言ったはずだ、ニンフルサグ。『神はもう、ヒトに必要ない』と。それはアヌンナキという種の総意……ヒトへの放逐宣告なのだろう?」
痛いところを突かれ、ニンフルサグは息を呑む。種族の自立を促すための痛みを伴う愛の決断が、最も残酷な「放棄」という言葉へと曲解され、氷のような視線と共に眼前で牙を剥いている。
「違う。それは私の、そして我らの愛なのだ……神も人に依存してきた。今こそ、その共依存を断ち、見守るべきだと言っているのだ!」
切実な訴えも空しく、シェム・ハの眼差しは揺るがない。決定的な断絶が、かつての友の間に横たわっている。
「黙れ!見捨てるというのなら、我はこの地を起点に全宇宙を我という『唯一の法』で塗り潰すまで」
「分かり合えぬ痛みがあるのなら、分かり合う必要のない『一』となれば良い」
激昂したシェム・ハの周囲で空間が歪み始める。その圧倒的な拒絶の意志に直面し、ニンフルサグの瞳から堪えきれない悲しみが溢れ出した。
「どうして……どうしてシェム!!…あんなにも愛おしく、共にこの星の命を見守ってくれたのに……っ!」
その悲痛な声に、シェム・ハの紅い瞳が一瞬だけ微かに揺らぐ。遠い過去の情景を思い出したかのような複雑な感情が過ぎったのも束の間、彼女はそれをひどく不快なものとして乱暴に振り払った。
「絶縁である!!……もはや、お前を呼ぶ言葉すら持ち合わせてはいない。かつて分かち合った時間も、交わした誓いも、すべては燃え尽き灰となった。ここから先はただの他者ですらない。互いの息の根を止めるためだけに存在する、不倶戴天の……敵だ!!」
シェム・ハの指先が虚空を滑る。途端に研究所の基幹システムが銀色の光に侵食され、物理法則を無視してあらゆる物質が純銀へと書き換えられていく。
「……させない。貴女の暴走は、私が必ず止めてみせる!幾億年かかろうとも!!」
迫り来る死の浸食を前に、ニンフルサグは未完成の時空間特異点干渉機構「AN-KI」に全権限を叩き込む。己の命運と、星の未来を賭けた最後の抵抗だった。
「
眩い閃光が走り、座標計算も終わらぬまま強引に起動した装置が空間を無残に引き裂く。次元の境界が崩壊し、暗闇の門がぽっかりと口を開けた。
「無様かな、ニンフルサグ! どこへ逃げようと、この世界の理は我が言葉から逃れられぬというのに!」
シェム・ハの冷酷な罵声を背に受けながら、ニンフルサグの体は色彩を失い、冷たい虚数空間の狭間へと飲み込まれていった。
「……夢……?」
微かな寝汗の冷たさと共に、優斗はベッドの上でゆっくりと目を開けた。
東京の街を包む夜明け前の空気は静かで、カーテンの隙間から差し込む薄青い光が見慣れた自室を優しく照らし出している。
「あの金髪の女性……間違いない、僕をこの世界に転生させてくれた恩人のニンフルサグさんだった…」
優斗はぼんやりとした頭のまま、自身の胸元にそっと手を当てる。
運命を改変する『特異促進食』の力を分け与えてくれた彼女が、あんなにも悲痛に顔を歪めて叫ぶ姿など想像すらしたことがない。
「もう一人の人がアダムさん達が言っていたシェム・ハさん……なんだか、とても悲しくて、息が詰まるような冷たい空気だった」
決して荒げることのない優斗の静かな呟きが、夜明けの部屋に吸い込まれていく。
窓の外から聞こえ始めた鳥のさえずりが朝の訪れを告げているというのに、夢の中で感じたあの肌を刺すような銀色の冷気だけが未だに心の奥底にへばりついていた。
午前6時半時。一階の店舗で開店準備を終えた優斗は、二階の住居エリアへ上がり、クリスの部屋の前に立っていた。
美味しそうに焼ける朝食の香ばしさと、朝の冷たく澄んだ空気が廊下に満ちる中、そっと木製の扉をノックする。
「クリスちゃん、朝だよ。もう七時になっているし、朝ごはんもできてるよ……あれ? そういえば」
コンコン、と控えめな音だけが静寂に吸い込まれていく。いつもなら『今起きる!』と照れ隠しの怒声が飛んでくるはずの無反応さに、優斗はハッとして己の勘違いに気がついた。
「そうだった。返事がないはずだ。みんな、今は南極に出向いているんだったっけ?」
誰もいない空間で苦笑しながら、優斗は小さく息を吐く。静まり返った廊下に昨日までの慌ただしくも賑やかな出発前の記憶が、朝の光とともに鮮やかに蘇ってきた。
『悪いな優斗、しばらく空けるからさ。帰ったら特大のハンバーグを頼むぜ!』
『挑む相手は相当な手練れです。これまでにない苦境を強いられるでしょう。……でも、必ず無事に戻ると約束するわ』
『あたしがいないからって、さ、さ、さびし……! 戸締まりもしっかりしろよっ!』
太陽のように笑う奏、気遣わしげな翼、そしてぶっきらぼうな態度で心配を隠すクリスの声。今回はS.O.N.G.の装者やスタッフだけでなく、新生パヴァリアまでもが合同で南極の超常的な調査任務へと出払っているのだった。
『僕のフットワークなら余裕さ。買ってこようか? お土産に南極のペンギンでも』
『アダムからのお土産のペンギンなんてずーるーいー!……アダムぅ。 アタシは極寒の地でアダムに抱きしめて、愛の熱で溶けちゃたい!』
『局長……頼みますから向こうで余計なトラブルだけは起こさないでくださいよ……』
最近のブームであるスイーツ片手に、コモドに来てから馴れ馴れしい位仲良くなったアダムに、目を輝かせて熱烈な好意を寄せる恋する乙女なティキ、それに振り回される若い幹部のやり取りを思い出し、優斗の頬が自然と緩む。
「でも、静かすぎるかな……。でも、誰もいないからこそ僕がしっかりしないと」
みんなが作り出すドタバタとした温かい空気が恋しくなりながらも、優斗は腰のエプロンの紐をキュッと締め直す。任務から帰ってきたら、南極だろうから冷え切った体を温めるとびきりのシチューを作ってあげよう、なんて事を誰もいない朝のコモドで静かに決意した。
舞台は変わり、極寒の地である南極。太陽の光を一切通さない分厚い鉛色の曇り空の下を目的地の基地へ向けて一機の輸送ヘリが飛んでいた。ローターの鼓膜を震わせる轟音と、機体の隙間から入り込む刺すような冷気がこれからの任務の過酷さを如実に物語っている。
「なあ……クリス」
「なんだよ奏先輩。そんな真剣な顔で」
目を瞑り、腕を組んで妙に神妙な面持ちを作る奏の空気に若干押されながら、隣のシートに座っていたクリスは身を乗り出して話を聞く体勢に入った。
「ラッキースケベって…あるだろ?」
「……は?」
「まあ聞いてくれ。今やクリスは優斗と暮らしているだろ?」
「…まあ、そうだけど」
任務に向かう緊張感の欠片もない唐突な会話の切り出しに、暇を持て余していた同じ機体のメンバーたちもヘリの騒音に負けじとピクッと耳を傾け始める。
「部屋は別でも風呂とかは、時間をずらすけど一緒だろ?」
「優斗はまあ、仕込みやらで時間が不安定だからさ、だいたいあたしが先に入っているし…」
なぜ今この極寒の空の上で家の事情を話さなければならないのかと困惑しつつ、クリスは指先で髪を弄りながら素直に答えた。
「だったらさ……」
ここで顔をバッと上げた奏が、獲物を狙う猛禽類のような真剣な表情をクリスへと向けた。
「クリスお前……優斗の裸をみたことが…あるのか!?」
「ぶふっうっ!!?」
核心を突くような奏の爆弾発言に油断していたクリスは顔を真っ赤にして思い切り吹き出した。あまりの動揺に、シートベルトに縛られた体がビクンと大きく跳ね上がる。
「そそそ、そんな事、ああああるわけねえだろうが!!」
「奏!こんな時に貴女は!」
「一体何を聞いてるデース!?」
「そうですよ奏さん。普通はクリスさんが見られる方じゃないんですか?」
「調!?」
顔から火が出そうなほど赤面して叫ぶクリスに、マリアが呆れ顔で嗜め、切歌が目を丸くする。そんな中、調だけがいつも通りの静かなトーンで鋭いツッコミを入れ、クリスをさらに混乱の渦へと叩き落とした。
「で、どうなんだ?見たのか?」
「みみみみ見たことなんて!……なんて…」
周囲の騒ぎを意に介さずグイグイと迫る奏に対し、思い切り否定していたはずのクリスの声が何故かみるみると尻すぼみになっていく。顔を伏せ、両手の人差し指をチョンチョンと合わせながら黙り込むそのわかりやすい態度に、奏たちの目が「マジで?」と限界まで見開かれた。
「見たのか?見たんだな?どんなだったんだ優斗の優斗は!!」
「そこまでは見てねえよ!?」
理性のタガが外れたように両肩に掴みかかってくる奏を、クリスは涙目で必死に引き剥がす。
「奏……いくら過酷な任務の前に、皆の緊張を解してくれようとしているのは分かるけれど……もう少し内容というものを選んでくれないかしら」
轟音の響く機内で、翼はこめかみを押さえながら静かにため息をついた。張り詰めた空気を和らげようとする相棒の不器用な優しさは理解しつつも、流石にこの極寒の空の上で風呂場の話題は場違いすぎるとたしなめる。
「うっ、翼……分かってくれてるのは嬉しいけど、あたしは純粋な好奇心でだな……」
図星を突かれて一瞬だけ口ごもる奏だったが、やはり乙女としての興味は抑えきれず、再びクリスの方へと身を乗り出していく。
「で、どうなんだ?」
この執念深い先輩は全てを吐くまで絶対に許してくれないと悟ったクリスは、深くため息をつき、ある日の記憶をポツポツと語り始めた。
「その、勉強で遅くなっちまって、流石にもう優斗も入ったと思って風呂場に行ったら…」
「行ったら?」
気がつけば、エンジンの轟音が響くヘリの機内だというのに、クリスの周囲には奏をはじめとする装者全員がゴクリと唾を飲んで車座のように密集していた。
その熱意という名の尋常ではない圧に当てられたのか、ぐるぐると目を回していたクリスがついにポロリと口を滑らせる。
「上を着てない、ゆう、とが……」
『目標地点に到達。装者の方々は着陸に備えてください』
無機質な電子音と共に響いた操縦士のアナウンスが、ヘリの騒音を切り裂いた。乙女たちの尽きせぬ好奇心は無情にも目的地到着の合図によって強制終了させられてしまう。
「げっ!もうかよ!?……クリス、あとで絶対に詳しく教え」
「る、訳ねえだろうが!! 馬鹿ッ!」
我に返って顔から火が出るほど赤面したクリスが、すり寄ってくる奏の顔面を両手で力いっぱい押し返す。そのまま逃げるように座席へ戻り、ガチャガチャと乱暴な手つきでシートベルトを締め上げた。
「ちぇっ、いいところだったのに……」
「クリスさん、お顔が真っ赤デース……」
舌打ちをする奏をはじめ、他の面々も露骨にガッカリした様子で大人しく席に座る。だが、彼女たちの脳内はこれから始まる過酷な任務のことなど完全に吹き飛んでおり、ただ一つの揺るぎない決意で統一されていた。
(((((帰ったら、絶対にあとで教えてもらおう)))))
「凄い規模ね。見渡す限り、物々しい機材と兵士ばかりだわ」
「今回の合同作戦は各々の思惑が混じってますし、これから取り扱う物を考えると……」
凍てつく大地を踏みしめながら周囲を見渡すマリアに、セレナが白い息を吐きながら苦しい表情で同意する。
降り立った南極のボストーク湖周辺は、太陽の光を一切通さない分厚い鉛色の曇り空に覆われていた。吹き荒れる極寒の風を抜けて即席の合同基地へと足を踏み入れた装者たちを、二人の錬金術師が出迎える。
「久しいな。極寒の地までよく来てくれた」
吹き荒れるブリザードの中、何時もの男装姿のサンジェルマンは穏やかな笑みを浮かべて歩み寄り、翼たちと短いながらも固い握手を交わして無事の再会を喜び合った。今や同じ世界の裏側を守り、同じ食卓の温もりを知る確かな絆がその手に宿っている。
「紹介しよう。彼女は新生パヴァリアの若き幹部候補だ。実務の面で大いに助けられている」
「は、初めまして……! サンジェルマン様に大変お世話になっております! あのアダム局長を打ち倒した伝説の皆様とお会いできて、光栄であります!」
紹介された若い幹部は歴戦のオーラを纏う装者たちを前にガチガチに緊張し、直立不動の姿勢で雪原に顔がつくほど深々と頭を下げた。
「そう畏まらないでちょうだい。……それで、サンジェルマン。脱走したならず者どもの動向は、今のところどうなっているの?」
微笑ましく見守るマリアだったが、ここ最近被害を出し始める残党の話題に移ると、スッと表情を引き締めて問いかける。
「あぁ。S.O.N.G.との合同任務の甲斐もあって、欧州や中東に散った残党の殆どは無力化・捕獲が完了している。だが……」
サンジェルマンは険しい表情で腕を組み、冷たい鉛色の空を見上げながら声を潜める。
「唯一、アメリカへ逃亡した過激派の残党だけが、忽然と姿を消した。我々の情報網を駆使しても、全く行方が掴めていないのだ」
その不穏な報告に装者たちの間に緊張が走るが、すぐさま背後から聞こえてきた情けない叫び声によって、その空気は容易くかき消されてしまった。
「サンジェルマン様ぁ……! もう無理です、あんな実務能力ゼロの人を抱えて組織を回すなんて……あちらを見てくださいよぅ!」
「泣きつくのではない。まったく……あの人も統制局長としての威厳はどこへ置いてきたのだ」
分厚い防寒着に身を包んだパヴァリアの別の幹部候補の後輩が、涙声でサンジェルマンに縋り付いていた。その後輩が震える指で示した先には、極寒のテント内だというのに、一人だけ優雅にキャンピングチェアを深く倒してくつろぐ男の姿がある。
「遠路はるばるご苦労だね、S.O.N.G.の諸君。とても寒いじゃないか、ここは」
「アダムぅ、見てぇ! ペンギン! アタシたちを歓迎してくれてるみたい!」
「……あら、可愛い。じゃなくて……!」
倒置法混じりの呑気な声で手を振るアダムの足元では、無邪気なオートスコアラーのティキが、どこから連れてきたのか野生のペンギンとキャッキャと戯れていた。その丸っこいフォルムと愛らしい仕草を見たマリアが思わず頬を緩めるが、すぐにハッと我に返って首を振る。
相変わらずのトラブルメーカー気質で自由すぎるアダムの姿に呆れ返りながら、翼が小さく溜息をつき、気を取り直してサンジェルマンへと向き直った。
「相変わらず自由な御仁ね……。ところで、サンジェルマン。カリオストロとプレラーティの姿が見えないが、同行していないの?」
「あぁ。あの二人は別の国連案件の処理に追われていてな、今回は不在だ。……逆に問うが、キャロルはどうした?」
アダムの放任主義の皺寄せを一身に受けて疲労の色を滲ませるサンジェルマンが、周囲を見渡して金髪の少女の不在を尋ねる。それに対し、奏が肩をすくめて親指で背後の氷海の方角を指し示した。
「キャロルなら、S.O.N.G.の潜水艦の中で待機してるぜ。何かあったらすぐ出張れるようにな」
「あいつの立場はあくまで外部の協力者だからな。正式な国連絡みの作戦には、基本的には関わらない約束なんだ」
万象黙示録の為の行動だったり、優斗を裏から守るためなど、徹底して暗躍を好むキャロルのスタンスを思い出し、サンジェルマンも静かに頷いて納得を示す。
「なるほど。彼女らしい気質というか……っ!?」
その時だった。鼓膜を破るような激しい地響きが前線基地全体を揺るがし、氷点下の空気に亀裂が入る。
装者たちが身構えた次の瞬間、凍てつく大地を内側からぶち破り、丸い奇妙な形状をした巨大なロボットのような物体が姿を現した。
「デェェーーース!?な、なんデスかアレ!? あれがシェム・ハの棺なんデスか!?」
「神様の棺ってあんなに大きいの?」
「大きいっていうか、動いているが!?」
「普通の棺桶を想像していたが……どうやらそこまで甘くないらしい。こちらのアプローチに反応した、古代の防衛機構のようだな!」
想定外の巨大な威容を見上げて切歌が悲鳴のような声を上げ、調とクリスが驚愕しながら疑問を放つ。サンジェルマンが瞬時に事態を分析して叫ぶ。その声に呼応するように、翼の眼差しが日常のたおやかなものから、戦場を駆ける『防人』のそれへと鋭く切り替わった。
「各員、直ちに非戦闘員を退避させよ! 我らはこれより対象の無力化に移行する!」
「行くぞ、お前たち! ぶっ壊して、さっさと優斗の飯を食いに帰るぜ!」
極寒の空に、乙女たちの力強い絶唱が響き渡る。
眩い光と共にそれぞれのシンフォギアを纏った装者たちと、赤きファウストローブを展開したサンジェルマンが、猛吹雪を切り裂きながら暴れ狂う巨大ロボットへと一斉に突貫していった。
事の発端は数日前、パヴァリアからの通信でアダムとオートスコアラー・ティキが、『南極のボストーク湖の底に眠る棺を特定した』と無邪気に報告してきたことだった。
それは確かな朗報であったが問題があった、見つかった場所が南極だということだ。複数の国の利害が複雑に絡み合う南極条約の監視下において、無断で大規模な行動を起こせば、公認組織となった新生パヴァリアはもちろん、S.O.N.G.の風向きも絶望的に悪くなる。
そこで弦十郎は『南極の氷床下に先史文明の危険な遺物(シェム・ハの遺骸と腕輪)が存在する』と国連へ報告。兄である風鳴八紘の政治的尽力もあり、なんとか国連から正式な『危険遺物の調査・無害化の特別許可』を取り付けることに成功したのだった。
だが、事態は彼らの最悪の懸念通りに転がっていく。
装者とサンジェルマン助力によって、ボストーク湖の氷床下で繰り広げられた防衛機構を備えた棺との激戦を制し、合同部隊がシェム・ハの遺骸と『腕輪』を確保した直後だった。
氷点下の寒さを感じぬ司令室で、弦十郎はモニター越しの兄・八紘からの報告に奥歯をギリリと噛み締めていた。
「強大すぎる武力を一国が独占する現状は異常であり、世界のパワーバランスが崩壊する。ゆえに『世界の警察』たる我が国アメリカが、国連に代わって安全かつ平和的に共同管理する責任がある……だと?」
『あぁ。それが、遺物の引き渡しを要求してきた国連におけるアメリカの言い分だそうだ』
通信モニターの向こうで、八紘が疲労の滲む声で答える。遺物を確保した途端にしゃしゃり出てきたアメリカの横槍に、S.O.N.G.の司令室には怒りと徒労感が充満していた。
「どの口が……! 自分たちの軍事的優位性を保ちたいだけの詭弁だろうが!」
『事勿れ主義の総理は、アメリカの顔色を窺ってあっさりとこれを受諾してしまった。それに……パヴァリアが国連所属国へ異端技術を分配したことで、聖遺物においてさらに引き離されたアメリカの地位は著しく落ち込んでいる。彼らは何としてでも、ここで主導権を立て直したいのだろう』
人を信じるスタンスの八紘も、同盟国としての透明性を重んじるがゆえに、この理不尽な要求を突っぱねることができなかった。政治という巨大な濁流を前に弦十郎もまた、血の滲むような思いで撤退の決断を下すしかなかった。
「……了解した。全部隊に一時後退を命じる。遺骸と腕輪は、奴らに引き渡すしかないな」
屈辱的な命令に、装者たちや一部のパヴァリアの面々から一斉に悪態と舌打ちが漏れる。冷え切った通信室に重苦しい徒労感が満ちる中、その空気を落ち着かせるように外部顧問として在中する事になったエンキが静かに口を開いた。
「そう悲観するな。今まで、そしてこうして遺骸として表に引きずり出されてもなおシェム・ハが目覚めないという事実が、バラルが正常に稼働している何よりの証拠だ。直ちに脅威となることはない」
「そうは言っても、エンキさん。相手はあのアダムをも凌ぐらしい化け物なんですよね……」
一方的に倒したとはいえ、強大な力を画面越しに見たことのある藤尭は不安げに眉を下げる。エンキは安心させるように穏やかな微笑みを向けつつ、脳内では極めて冷徹な計算が弾き出されていた。
(それに、バラルに囚われていないであろう――優斗から遠ざかるのは好都合だ。万が一連中が余計な真似をして綻びが生じるようなら、最悪の場合、僕が直接あの遺骸と腕輪を跡形もなく消し去って……)
神としての冷酷な決断へと至りかけた、その時。ふわりと、エンキの手に温かな感触が重なった。
「エンキ。一人で物騒なことを考えないで頂戴。貴方が手を汚す必要なんてないわ」
「了子……」
弦十郎ですら感じ取れなかった僅かな殺気と淀みを瞬時に察知した了子が、その手を優しく、けれど力強く握りしめていた。数千年の間を見守ってくれた彼を今度は自分が引き留める。
そんな愛情に満ちたアイコンタクトを交わした後、了子は科学者。いや、デキる女としての不敵な笑みを浮かべて弦十郎たちに向き直った。
「それに、ここでアメリカや国連と事を構えるのは得策じゃないわ。いま下手に政治的な対立を生めば、焦った政府の連中が抑止力として『アレ』を無理やり引っ張り出してくる危険性があるもの」
「アレ……まさか、『第三のガングニール』と『神獣鏡』のことか?」
了子の不穏な言葉に、弦十郎が苦々しい表情で腕を組む。極寒に移動している基地の空気がさらに一段階冷え込んだように感じられた。
「ええ。八割り程度完成の代物だけど、響ちゃんや未来ちゃんの適性が確認されている以上、連中は何をしでかすか分からない。彼女たちを底知れぬ危険に晒すような事態だけは絶対に避けなきゃいけないわ」
『……なるほど。遺物をおとなしく引き渡すことで政府やアメリカの顔を立て、響君たちを不測の事態から遠ざけるというわけか』
了子の真意を理解した八紘が、通信モニター越しに深く頷く。
「そういうこと。相手の要求を呑むふりをして、私たちが守るべき『一番大事なもの』を死守する。大人には大人の、したたかな戦い方があるのよ」
了子の頼もしい言葉に、エンキも小さく息を吐いて自身の危険な思考を完全に霧散させる。今や全てを知り尽くしたと言える天才科学者の痛快な切り返しに、重苦しかった基地の空気に微かな希望の光が差し込んだ。
放課後の街を、冬にしては柔らかな西日が黄金色に染め上げていた。リディアンの冬用制服を着た響と未来が穏やかな風に髪を揺らしながら並んで帰路についている。
「ああ〜っ、やっと終わったぁ! 追試の居残りってどうしてあんなに時間が長く感じるんだろう……」
「もう、響ったら。授業で居眠りなんてするからだよ。これからはほどほどにしてね?」
大きく伸びをして羽を伸ばす響の傍らで、未来がくすくすと笑いながら優しく嗜める。心地よい春の陽気に誘われて、ついウトウトと船を漕いでしまった午後の授業の記憶が蘇り、響は恥ずかしそうにえへへと自身の頬を掻いた。
「うう……それはそうなんだけど。あ! そ、そういえば、もうすぐクリスちゃんの誕生日だよね!」
「もう、すぐ誤魔化して。…でも、そうね。一体何をプレゼントしようかな」
完全に分が悪いと悟った響の強引な話題転換に、未来はそれ以上追及する気はないのか、穏やかな微笑みを浮かべてすんなりと同調する。この何気ない日常の空気が二人は何よりも好きだった。
「んー、音楽のCDとか、かわいいアクセサリーとか? 迷っちゃうなぁ」
「そういえば、優斗さんが言ってたよ。誕生日パーティーの日はコモドを貸し切りにしてくれるって」
親友の誕生日という特別な日に思いを馳せる二人。自分たちにとっての安らぎの場であり、大好きな人が待つコモドの温かな情景が、ふたりの脳裏に自然と浮かび上がってくる。
「えっ、本当!? やったぁ、すっごく楽しみ! みんなでお祝いできるね!」
「響はクリスのお祝いもだけど……半分くらいは、優斗さんの美味しいお料理が目当てなんでしょ?」
「あはは……バレちゃった。だってお兄ちゃんのオムライス、世界一美味しいんだもん」
目を輝かせる響の食いしん坊な本質を見抜き、未来が悪戯っぽく指摘する。図星を突かれて本日二度目の赤面を浮かべる響と笑い合ううちに、見慣れたアンティーク調の外観が夕日に照らされて視界に入ってきた。
他愛のない会話に花を咲かせているうちに、気がつけば二人は、温かなコーヒーの香りが微かに漂う喫茶『コモド』の扉の前に到着していた。
カランカラン、とドアベルの軽やかな音が響き、二人が喫茶『コモド』の扉を押し開ける。
ブレイクタイムだからだろうか、ランチタイムに漂う料理の香ばしい匂いでは無く、店内には焙煎されたコーヒーの豊かな香りとほんのり甘い焼き菓子の匂いが漂い、カウンターの奥から温かな声が二人を迎えた。
「いらっしゃい、未来ちゃん、響ちゃん。追試の居残りお疲れ様」
「あーっ、お兄ちゃん! なんでそのこと知ってるのー!?」
いつもと変わらない、芯のある受容的で穏やかな笑顔。優斗の気遣いに満ちた言葉に響は先ほどの未来との会話を聞かれていたのかと慌てて駆け寄る。
「その様子だと当たりみたいだね。クリスちゃんからメッセージが来てね。『どうせまた、響がまたやらかしてるだろうから』って。南極からでも響ちゃんのことはお見通しみたいだよ」
「うう……クリスちゃん、遠くにいるのに監視の目が厳しいよ……」
苦笑しながら水をコップ入れて二人に渡す優斗に、受け取りながら響は肩を落とす。しかしすぐに気を取り直し、カウンター席に座りながら本命の話題を切り出した。
「お兄ちゃん! クリスちゃんの誕生日パーティー、ここを貸し切りにしてくれるって本当!?」
「本当だよ。せっかくの誕生日だからね。S.O.N.G.のみんなも、出来ればキャロルちゃんやサンジェルマンさん達も集まって、盛大にお祝いしようと思ってるんだ」
「わぁ……! 優斗さん、当日はどんなお料理を出してくれるんですか? 特別なケーキとか……?」
期待に目を輝かせる未来が、少し身を乗り出して問いかける。いつだって自分たちの心と体を満たしてくれる優斗の料理は、この店を訪れる全員の最大の楽しみだった。
「……それはね」
未来の問いかけに、優斗はふと思い立って言葉を切る。そして、口元に人差し指をスッと立て、悪戯っぽく片目をつむって見せた。
「当日まで、内緒。クリスちゃんが一番喜ぶものを用意してあるから、楽しみにしていて」
「っ……!」
普段の落ち着いた彼からは想像できない、少しだけ茶目っ気のあるその仕草とウインクに未来の心臓がトクンと大きく跳ねる。顔が熱くなるのを感じて、未来は慌てて視線をテーブルに落とし、自分の鼓動を落ち着かせようと努めた。
「むむぅ、お兄ちゃんまで内緒にするなんてずるいぞー! でも、貸し切りのパーティーかぁ……今からすっごくワクワクするね!」
未来の静かな動揺に気づかないまま、響は楽しそうに両手を打つ。そして、遥か遠くの極寒の地で任務に就いている親友の顔を思い浮かべ、ポンと手を叩いた。
「そうだ! クリスちゃん、今頃は南極で頑張ってるんだよね。じゃあ、プレゼントは南極にちなんで……ペンギン系のぬいぐるみとかどうかな!?」
「あはは。響ちゃんらしい提案だね。でも、クリスちゃんなら案外喜んでくれるかもしれないよ」
平和そのものを体現するような響の天真爛漫なアイデアに、優斗はケーキの準備をしながら優しく微笑む。
遥か遠くの戦場とこの温かな日常。いつだってその二つを繋ぎ止める場所であり続けるために、優斗は静かに、けれど力強くコモドの日常を守り続けていた。
いつスランプになるかわからない恐怖怯える、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、なんでアダムがコモドにいつも来ているの?
A、主人公はニンフルサグとの間にあった話をした時に、転生時に魂と体を調整をしてもらった。と聞いたマイルドアダムが、同じくニンフルサグの手で生まれ、調整された自身の身から何かシンパシーを感じたのか、勝手に身内判定をしています。実はこれが前にやったアンケートで、存在しない記憶を見る展開に繋がる内容だったりします。
Q、奏はなんで任務前なのにこんな話題を?
A、欲望5割、気遣い4割、純粋な好奇心1割で構成されていました。あと、たしなめた翼ですが、一番奏の質問に耳を傾けていました。この作品おけるむっつり筆頭なので。ちなみにオープン部門は奏が一番。
Q、棺さん……!
A、戦闘シーンがアダム戦の焼き回しかつ、劣化しそうなので全カット。
Q、今って時期的にはいつ?
A、クリスマスちょっと前くらい。ちなみにマリア達イヴ姉妹とキャロルの名前から、クリスマスの話題をいちいち引き合いに出されたキャロルがキレた。なんて事もあったりなかったり。