ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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今さらながらこの作品おける、シンフォギアがどう見られているか。

原作の事件で起きた被害は、最初期にあたるフィーネのノイズ騒動(奏達がありえない実力を身につけているので活動は小規模に留めていた)と、アメリカによるアルカノイズを使った侵略行為位。
なのでシンフォギアは危険視されておらず、災害救助、鎮圧、ものすごく稀出るノイズを倒す等がメインで行動しているのと、シリーズ第4期であるAXZまで続いた特撮、という形でメディア展開しているせいか、国連でも聖遺物の量などで苦言はしている物の、原作程日本に対する圧力はなくなっています。

つまりS.O.N.G.のフットワークは軽いということです。


星天の幕開け前

 

朝食を終えたクリスは、指定の冬用制服である厚手のコートに袖を通し、リビングの一角に置かれた小さな仏壇の前に立っていた。ほかほかと湯気を立てる炊きたてのご飯を新しい器へと入れ替え、静かに目を閉じて両手を合わせる。

 

「それじゃ、学校に行ってきます」

 

亡き両親への日々の報告は、今では悲壮なものではなく、彼女の日常を彩る温かな儀式となっていた。そっと手を振って階段へ向かう途中、飾り棚に立てかけられた真新しい写真立てがクリスの目を惹きつける。

 

先日行われたばかりの、自分の誕生日パーティーの集合写真だ。中心で少し照れくさそうに笑うクリスを囲むように、響や未来、奏たちが満面の笑顔を向けている。端の方ではカリオストロが元気よくダブルピースを決め、その隣でサンジェルマンが呆れたような苦笑いを浮かべ、プレラーティは悪戯っぽく響の頭の上にカエルのぬいぐるみを乗せていた。キャロルはわざとらしくそっぽを向いているが、その手にはしっかりと大きなショートケーキの皿が握られている。

 

入り切らなかった他の面々が写る隣の写真も含め、この景色を見るたびに、クリスの胸の奥に確かな繋がりと温もりが灯る。

 

穏やかな気持ちのまま一階へ降りると、優斗がコーヒーの香ばしい匂いを漂わせながら、開店前の仕込みを進めていた。

 

「もう行くのかい?」

「ああ、あいつらも待たせちまうしな」

 

優斗の穏やかな問いかけに、クリスはぶっきらぼうに返事をしながら玄関でつま先を床にトントンと叩く。ローファーの踵を合わせる動作に合わせて、普段は二股に結んでいる長い髪が、今日は一つにまとめられて背中でリズミカルに揺れていた。

 

「クリスちゃん、さっそく着けてくれてるんだね」

「へへ、まあな。こんな可愛い……こほん、せっかくのプレゼントだしな!」

 

上品な光沢のあるベロア素材に、ギンガムチェックのミニリボンが散りばめられたシュシュ。優斗からの誕生日プレゼントを指摘され、クリスは思わず「可愛い」と本音を漏らしそうになり、慌てて頬を赤らめてそっぽを向いた。

 

自分が選んだプレゼントを身に着けてくれていることに、優斗は嬉しそうに目を細める。クリスは響と未来からもらった深紅の手袋をはめた両手を、冷え込む朝の空気の中で嬉しそうにこすり合わせていたが、ふと壁の時計を見上げて慌てて声を上げた。

 

「……! うわ、もうこんな時間かよ!?」

「クリスちゃん!」

 

急いでドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開けたクリスの背中を、優斗の声が引き留める。怪訝な顔をして振り返るクリスへ、優斗はカウンターの奥からこれ以上ないほど優しい笑顔を向けた。

 

「行ってらっしゃい!」

「……行ってきます!」

 

帰る場所を失っていた自分には、もう二度と掛けられることはないと思っていた魔法のような言葉。クリスは胸の奥を熱くしながら、優斗に負けないくらいに澄んだ満面の笑顔を咲かせ、冷たい冬の街へと駆け出していった。

 

冷たい冬の風が頬を撫でる通学路。リディアンの制服を着た生徒たちがチラホラと姿を見せ始める中、クリスは両手にはめた深紅の手袋を見つめ、嬉しそうに口角を上げていた。柔らかな毛糸の感触が、響と未来が自分のために選んでくれたという温かい記憶と共に、冷えた指先を優しく包み込んでいる。

 

「あれれ〜!? クリスちゃん、すっごくお似合いの手袋なんてつけてどうしたの〜?」

「…………」

 

背後から聞こえてきた、余りにもわざとらしい芝居がかった声。先ほどまでの穏やかな気持ちから一転し、クリスの口角はスッと真下へ下がった。無視を決め込みたいが、こういう時の響は無視すればするほどベタベタと鬱陶しくまとわりついてくることを、これまでの経験から嫌というほど学習しているため、渋々振り返る。

 

そこには、吐く息を白くしながら並んで歩く響と未来の姿があった。

 

「あったかいよね〜、わ・た・し・た・ち・が! 選んだお似合いのでぶく……」

「ちょっとひび……」

 

自分の選んだプレゼントを大事にしてくれているクリスを見てテンションが振り切れている響を、未来が慌てて嗜めようとする。しかし、クリスが肩に掛けたカバンを大きく振りかぶるシルエットを見て、未来はスッと諦めて言葉を飲んだ。

 

「いい加減に……しろっ!!」

「ろ゛っっ!?」

 

クリスの周りをぴょこぴょこと跳ね回っていた響の頭頂部に、渾身の鞄のストライクがクリーンヒット。

 

「ふの゛ぉお゛お゛!」

「いちいちしつけーんだよ!! スキップ不可の広告を直接脳内に流し込まれてる気分だわ!!」

 

鞄のファスナーにつけられたお気に入りのウサギのキーホルダーが、主の怒りを代弁するように激しく揺り動いていた。

 

「おはようクリス。でもクリスも、手袋して休まず登校してくれてるし、おあいこにしておかない?」

「こいつの行動の何処に、おあいこ要素があんだよ……。まあ、叩いて悪かったよ」

「私も、ついからかいすぎちゃって……ごめんね」

 

未だ頭を抱えて悶絶する響を前に、未来は「自業自得だね」と苦笑いしながら仲う裁に入る。流石に物理攻撃はやりすぎだったと反省したクリスが素直に引き下がると、響も涙目で謝罪し、冬の朝の冷気が気まずい空気をスッキリと流していった。

 

気まずい空気が晴れると、未来の視線がクリスの深紅の手袋から、背中で揺れる髪へと移る。

 

「……あ、そのシュシュも。すごく可愛いね」

 

冷たい冬の風に上品な光沢を返す、ベロア素材のシュシュ。散りばめられたギンガムチェックのミニリボンが、ぶっきらぼうな彼女の奥にある少女らしさを、嫌味なく引き立てている。

 

「ホントだ! 渋めの赤がクリスちゃんの髪に合ってて、すごく素敵だよ!」

「っ……、ああ。まあ、せっかくの、プレゼントだしな」

 

復活した響も身を乗り出して絶賛する。二人の素直な言葉に、クリスは気恥ずかしげに髪の束を弄った。

 

「それは、優斗さんから?」

 

未来の問いかけに、クリスの脳裏に数日前の夜の記憶が鮮明に蘇る。

 

パーティーが終わり、片付けを手伝おうとした時だ。優斗が『クリスちゃん、これ』と、小さな箱を差し出した。

箱の中には、彼女が決して自分で選ばないような、可憐で上品なシュシュがあった。戸惑う彼女に、優斗が穏やかに笑いかけた。

 

『お誕生日おめでとう、クリスちゃん。もしよかったら、僕が付けてもいいかな?』

 

頷くことしかできなかった。優斗の温かい指先が、首筋に微かに触れる。普段は自分で纏めている髪が、彼の手によって丁寧に、一本の束へと纏められていく。その時間が、永遠のように長く、愛おしく感じられた。

 

『……うん。やっぱり、思った通りすごく似合っているよ。可愛いね、クリスちゃん』

 

至近距離で向けられた、心からの賞賛と笑顔。その瞬間の、心臓が爆発しそうなほどの鼓動と、顔から火が出るほどの熱さ。

 

「……クリスちゃん?」

「な、なんでもねーよ!! ほら、さっさと行くぞ!!」

 

未来の声で我に返ったクリスは、回想の熱がそのまま顔に出ているのを隠すように、慌てて歩き出した。その拍子に、背中のシュシュがリズムよく揺れ、彼女の心を弾ませる。

 

「でもクリスちゃんは3年生で、進路が決まってる期末だから、登校する必要はないんじゃなかったっけ?」

「言われてみれば。確か、推薦で進学も決まっているのよね?」

「それは、だな……あたしはみんなより学校に行ってないから、その分をだな……」

 

痛みの引いた響の素朴な疑問に、クリスはゴニョゴニョと口ごもる。戦いに巻き込まれた過去のせいで失ってしまった「当たり前の学生生活」を少しでも多く取り戻し、この何気ない日常の空気を肺いっぱいに吸い込んでおきたいという、気恥ずかしい本音を必死に誤魔化していた。

 

「あっ! 雪音先輩、立花先輩、小日向先輩。おはようございますであります」

「エルザちゃん! おはよー!」

「おはよう、エルザちゃん。……所で、切歌ちゃんと調ちゃんは?」

 

クリスが言い淀んでいると、あったかそうなチェック柄のマフラーに、可愛らしい肉球型の耳当てをしたリディアン制服姿のエルザが小走りで近づいてきた。いつも一緒に登校しているはずの後輩二人の姿が見えないことに気づいた未来が、周囲を見渡しながら首を傾げる。

 

「切歌たちは寝坊の為、あとで来るであります」

「寝坊って、何してたんだよあいつら」

「マリア達がいない間を狙って、新作のゲームを夜遅くまでしていたであります。自業自得でありますよ」

「あの二人は何してんだよ……」

 

エルザの呆れたようなため息交じりの報告に、クリスも思わず額に手を当てた。保護者であるマリアとナスターシャ達が不在なのをいいことに夜更かしをするという、あまりにも平和で馬鹿馬鹿しい理由に肩の力が抜けていく。

 

「あはは……。二人らしいね。……あ、見て、あれ」

「なになに?……あっ!」

 

響と未来も苦笑いを浮かべていたが、ふと未来が街頭の大型モニターを指差した。そこに映し出されていたのは、近日行われるライブ『roof of heaven』の華やかな宣伝映像だった。

 

「もう直ぐだよね、ツヴァイウィングの凱旋公演」

「あ〜もう! すっごく楽しみ〜!……エルザちゃんもヴァネッサさんとミラアルクさんと一緒に行くの?」

「はい。ミラアルクがかなり苦労したでありますが、なんとかわたくしめら全員で翼さんの勇姿を見に行くであります」

 

『っしゃおらあっ!!』

 

エルザの脳裏には、チケットの予約開始時刻にパソコンの前に張り付き、尋常ならざる殺気を放ちながらクリック戦争を制して涙を流して喜んでいたミラアルクの姿が鮮明に思い浮かんでいた。

 

「そっか。あたし達はまあ、ある意味関係者だからチケットは貰っているしな」

「そこはホントS.O.N.G.様々だよ〜!ありがたや〜、ありがたや〜」

「とてもありがたいけど、ほんとにいいの?」

 

素直に両手を合わせて有難がる響とは対照的に、未来は高倍率のチケットをタダでもらってしまったことに少しだけ遠慮がちな表情を浮かべる。

 

「いいんだよ。それを言ったら、優斗なんてツヴァイウィングとマリアから直々に、関係者席のチケットを渡されたからな。……お前らも一応、現地協力者だし」

「ミラアルクが聞いたら、羨ましさのあまり血涙を流しそうであります……」

「ファラさんも、ハンカチを噛みちぎって悔しがりそうかも……」

 

今や重度のツヴァイウィングファン(特に翼推し)と化し、「推し活」に命を懸けているファラとミラアルクがハンカチを噛み、ギリィィと悔しがる姿が4人の脳裏を同時に駆け抜けた。

 

「ふふっ。今頃、奏さん達は何をしているんだろう」

 

モニターの宣伝映像の中で美しく舞い踊る先輩たちの姿を見上げながら、響が楽しそうに呟く。冬の澄み切った青空の向こう側にいる彼女たちへと、少女たちの思いは馳せていった。

 

 

 

 

 

横浜湾岸埠頭に新造された多目的施設「ヌーヴェル・カレドニ」。潮風の香りが微かに漂うその最上層には、日本最大級の興業施設として10万人の観客収容数を誇る巨大な「空中庭園」が広がっていた。

 

広大なステージの上で、2045年1月21日から22日にかけて開催される特別凱旋ライブ『roof of heaven』に向けたリハーサルが、熱を帯びて進行している。

 

「ここはこう、ぐわーってなるんじゃねえか?」

「いや、あれはどっちかというと、すいーってなるんじゃないかしら?」

 

ステージの中央で、奏が下から上へと腕を力強く振り上げながら、抽象的すぎる表現で振り付けの案を出す。それに対し、翼もまた真面目な顔つきで体を上下に揺らし、流れるような手の動きで反論していた。

 

「……貴女たち、一体何をしているの?」

 

言葉を全く持たない二人のわちゃわちゃとした謎の舞いを横で見せられていたマリアが、耐えきれずに呆れ声でツッコミを入れる。世界的アーティストらしからぬ奇妙な動きの応酬に、マリアの頭の中には疑問符しか浮かんでいなかった。

 

「いや、ここの曲調でアクションを起こすだろ? その時の動きをするんだったら、こう、勢いよくいくべきじゃねえかってな?」

「でも私たちが歌うここのパートは、そんなに激しい部分じゃないから……次に繋げるためには、しなやかな動きで表現したらいいと思うの」

「そんなに言葉にできるなら、最初からちゃんと口で言いなさい!」

 

擬音だけのやり取りから一転して理路整然と理由を説明し始めた二人に、マリアがビシッと指を突きつけて声を荒らげる。冬の冷たい空気が張り詰める野外ステージの上で、マリアの正論がむなしく響き渡った。

 

「で、マリアはどっちがいいと思う? あたしの、ぐわーっ! か」

「私の、すいーっ、か」

「どっちでもいいわよ!!」

 

両側から迫り、再びくねくねと意味不明な動きを見せつけてくる二人に、マリアは完全にさじを投げて顔を背けた。

そんな騒がしいステージ上の3人を、関係者席からマネージャーの緒川慎次とセレナが微笑ましそうに見守っている。

 

「緒川さん。例の件は、やっぱりライブの最中に発表するんですか?」

「ええ。この1年と少しの間でしたが、彼女たちの共演が多く、世間でもすでにそう見ている意見が多数でしたからね」

 

セレナの静かな問いかけに、緒川が手元のスケジュール表を確認しながら頷く。抜群の眺望の中で空前絶後の「夜空の飛翔(フライトナイト)」と銘打たれた今回のライブは、世界デビューを果たしたツヴァイウィングの国内ファンに向けた「ありがとう」をテーマにした凱旋公演だ。そこにゲストとして顔馴染みのマリアが参戦するという情報は、すでにSNSのトレンドを席巻している。

 

「ファンの皆さんは、きっと驚くでしょうね」

「ですが、ちょうどいいタイミングかと。いつまでも『ツヴァイウィング&マリア』という名義では、どうにも収まりが悪いですからね」

 

緒川の言葉には、彼女たちを支え続けてきたマネージャーとしての確かな手応えが滲んでいた。新たな門出を祝うような晴れやかな空気が二人を包む中、ステージ上からはマリアのやけくそ気味な怒声が響く。

 

「ああ、もう! じゃあ滑り台で勢いよく飛び上がった後に、ワイヤーで空高く跳んだらいいじゃない!!」

「マリアお前……天才か?」

「流石は革命的アイドル……アイデアすらも革命的ね」

「…………貴女たち、わざとやってるわね?」

 

自暴自棄に出た適当な提案を、奏と翼が真顔で大絶賛する。その瞬間、わざとらしくスッと目を逸らした二人の態度に、マリアは自分がからかわれていたのだと完全に悟った。

 

「待ちなさい! 許さないわよ、あんたたち!!」

「おっと、怒れる女神の猛追撃だ! 逃げるぞ翼!」

「ふふっ、捕まるわけにはいかないわね」

 

ぷつんと堪忍袋の緒が切れて鬼の形相で襲いかかるマリアから、奏と翼がアハハと笑いながら逃げ出す。広大なステージを使った突然の追いかけっこに、周囲のスタッフたちは唖然として作業の手を止めてしまった。

 

頭を抱えて深いため息をつく緒川の横で、セレナはすっかりいじられキャラが板についた姉の姿に、クスクスと楽しそうな笑い声をこぼす。

仲良くステージを走り回る3人は、世界を熱狂させる歌姫でも戦場を駆ける装者でもなく、どこにでもいる普通の女の子たちの顔をしていた。

 

なお、この後にはしゃぎすぎた3人は、緒川とセレナからみっちりと合同説教を受けることになるのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 

華やかな少女たちの現状とは別に、S.O.N.G.本部の司令室は穏やかな静寂の時間であった。

友里あおいがに手に持つ紙コップから、淹れたてのコーヒーの香ばしい湯気がふわりと立ち上っている。

 

「あったかいもの、どうぞ」

「ああ、あったかいものどうも」

 

あおいの気遣いに満ちた言葉に頷き、弦十郎はその温もりを手で包み込んだ。だが、指先から伝わる熱を感じながらも、彼の脳裏には先ほどまでメインモニターに映し出されていた父・風鳴訃堂との重苦しい会話が暗い影を落としていた。

 

『報告書には目を通した。しかし無様かな、先史文明における貴重なサンプルをみすみす米国に掠め取られてしまうとは』

『不徳の限りでございます』

『あれらに与えるには過ぎた代物。彼奴らに制御できるわけがなかろうが……お前を含めた愚息の八紘共々、媚をひきよっては風鳴の血が辱める行為にほかならん!』

『……っ!』

『…ふん、まあよい。我らが守るはこの日の本の国土ほかならん事をゆめゆめ忘れるな。お前にも風鳴の血が流れているのならば』

 

和室の薄暗い背景の中、着物姿の訃堂が放っていた鋭い眼光。風鳴機関の初代司令官であり、今なお政界の裏で強大な影響力を持つ老獪な当主の言葉は、司令室の空気を凍てつかせていた。自分への叱責ならともかく、国のために粉骨砕身する尊敬する兄への暴言には思わず言い返そうとするも、政治的判断で遺物を引き渡したのは事実であり、弦十郎は重い沈黙でその怒りを飲み込むしかなかった。

 

「あの偏屈ジジイにしては、やけに大人しいって考えてるわね?」

「そこまでではないさ。…だが、今まで直接干渉する事がなかった親父が、最近S.O.N.G.の周辺をやけに探っているように見えてな……」

 

いつの間にか背後に立っていた了子が、同じく紙コップのコーヒーを片手に呆れたような声をかける。弦十郎は鋭い視線を真っ暗なモニターに向けたまま、低く渋い声で自らの懸念を口にした。

 

「無理もないわ。まだ机上の空論に過ぎない『護国災害派遣法』なんていう法案を提案するくらい、アメリカの干渉を毛嫌いしているあの男が、口先だけの叱責で引き下がるなんて不自然すぎるもの」

「ああは言ったが、親父はシェム・ハの遺骸の全容までは把握していないはずだ。だとしたら、親父の興味は今、遺物以上に欲しくてたまらない『戦力』に向いていると考えるのが妥当だろうな」

「……優斗くん、ね。キャロルやサンジェルマンのような存在を含め、端から見たら得体の知れない強力な錬金術師たちを次々と手懐けてしまった様に見えるもの。訃堂から見れば、優斗くんさえ手の内に入れれば、莫大な武力が自動的に手に入ると踏んでいるんでしょ」

「だからこそ、優斗くんに関わる全てを把握するために探りを入れている……。前の様に翼、いや、奏達のことも巻き込んで、どんな手を使ってくるか分かったもんじゃない」

 

了子の冷ややかな分析に同意しつつ、弦十郎は苦々しく眉間を揉みほぐした。

 

「……お話の腰を折って申し訳ないのだけれど。その『風鳴訃堂』という御仁は、一体どのような人物なのかしら?」

 

張り詰めた司令室の空気を縫うように、落ち着いた女性の声が響いた。非番の藤尭とシフトを交代し、オペレーター席でタイピングをしていたヴァネッサが、コンソールの光を背にして振り返る。

 

「俺と、八紘兄貴の父親だ。そして、かつてこの国で聖遺物事案を裏から取り仕切っていた『風鳴機関』のトップでもある」

「一言で言えば、国だけを守るという妄執に取り憑かれた老害よ。自分の定めた『国防』のためなら、他人の人生も、心も、一切の躊躇なく駒としてすり潰す冷酷な男だわ」

「日本の被害が少ない現状では表立って動いていないが、その権力は未だに絶大だ。優斗くんの生み出す特異な力が国防に有益だと判断すれば、手段を選ばず手中に収めようとしてくる」

 

弦十郎の重々しい説明と、了子の嫌悪を含んだ皮肉めいた補足。それを聞いたヴァネッサは瞳をスッと細め、タッチパネルに置いていた手を見つめた。

 

「他人の心や人生を、道具としてすり潰す……か」

 

ぽつりと呟いた言葉の裏には、かつて自分たちが化物に改造され、誰かの野望のために道具として使い捨てられかけた凄惨な過去の記憶が色濃く滲んでいる。怪物としての重圧に押し潰されそうだった自分たちを人間として繋ぎ止めてくれた優斗や皆の存在がどれほど尊いか、彼女は誰よりも痛感していた。

 

「……なるほどね。よく分かったわ。私たちを人に戻してくれたあの温かい居場所を、誰かの都合の良い道具になんて絶対にさせない」

「ヴァネッサ……」

「ミラアルクちゃんやエルザちゃんの笑顔も、優斗くんも。私たちの平穏を脅かす影があるというのなら……例え力が無くなったとしても抗うわ。たとえ相手が誰であろうと…」

 

大切な家族を守る一人の「姉」として。強い決意を込めて微笑むヴァネッサの強い決意の言葉に、弦十郎もまた力強く頷き返す。

 

手段を選ばず国を守るという妄執に囚われたかつての父の姿と、純粋に誰かの帰る場所を守り続ける青年の温かな笑顔が交差する。水面下で不気味な網を張り巡らせる風鳴の影から彼らの平穏な日常を守り抜くため、S.O.N.G.司令官としての重圧が弦十郎の広いはずの背中にずっしりとのしかかっていた。

 

 




一応オフラインXDを持っているので本編が終わり次第反響が良ければ書くかもしれない、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、クリスの誕生日にそんな大所帯で?
A、優斗が一応誘ったら来ました。長年生きていると誕生日を祝わなくなるので、とても新鮮だったとサンジェルマンが。それを聞いた面々は誕生日が来たら盛大に祝ってやろうと心に決めました。

Q、クリスは他にどんなプレゼント貰ったの?
A、色々とだけ。殆どが日常で使用する物が多かったみたいです。そのなかで一番困惑しつつも嬉しかったのが、カリオストロプレゼンの化粧品セットだったとか。

Q、奏達はなんではしゃいでいたの?
A、久々の驚天動地の大掛かりかつ、マリアを含めた乾坤一擲のライブの実感が、跳ね馬の様な高ぶりをさせ、一日千秋、意気衝天、昂然闊歩な気持ちにさせています。つまり楽しみで眠れない子供状態なのが翼。奏は素。

Q、ヴァネッサは訃堂の事を知らない?
A、今日までまったく知りませんでした。その後弦十郎から、自身の兄弟構成を聞かされたヴァネッサは

「あちゃー、てゆうか、うわぁ……」

と、別の意味でもヤベー奴認定を下しました。
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