ついにツヴァイウィング&マリアの凱旋合同ライブ『roof of heaven』の開幕日。
会場である横浜湾岸埠頭へと続くメインストリートは、全国から押し寄せた熱狂的なファンたちの波と、完全に機能不全に陥った車の渋滞で隙間なく埋め尽くされていた。
「うひゃ〜。すっごい人! これ間に合うかなー?」
「大丈夫だよ響。歩きの方が渋滞の車よりも流れているから、きっと間に合うよ」
「早めに来てもこの人だかりとは、流石の3人の人気デス」
「お姉ちゃん達は車で近くまで来てから後は徒歩にしたけど、正解だったようね?」
「うん。セレナもそれを見通して手配してくれたから」
「全く……これじゃどっちが芋か分からねえったら」
「ここにいる全ての人が今日のライブを目当てに来ているのか……ふっ、これが翼様の実力ってわけだぜ!」
「なんでミラアルクがドヤ顔で自慢しているでありますか?」
響、未来、切歌、ヴァネッサ、調、クリス、ミラアルク、エルザ。
人混みを縫うようにして進む8人の間を、テンポの良い会話が途切れることなく流れていく。冬の冷たい空気も、彼女たちの弾むような声と周囲の熱気で完全に中和されていた。
「そういえば、優斗さんは来ておりませんが、どちらへ行ったでありますか?」
ふと周囲を見渡したエルザが、いつもなら引率者のように皆を見守ってくれていたはずの青年の不在に気づいて首を傾げる。
「ああ、優斗なら緒川と一緒に一足先に会場へ向かったぞ。関係者用の裏口から入るんだとさ」
「いいな〜、関係者席かぁ! 一番見やすい特等席だもんね、どんな感じなんだろ〜!」
クリスの説明を聞いた響が、両手を頭の後ろで組みながら軽い調子で羨ましがる。
しかし、その何気ない会話を聞いた瞬間、隣を歩いていたミラアルクが突如としてワナワナと肩を震わせ始めた。
「……関係者席、だとぉ……っ!? すなわち、あの翼様と同じ空気を最も近くで吸い、その神々しい汗の輝きすらも肉眼で拝める……ッ! ぎぃぃぃぃっ、羨ましいぜッ!!」
「……ハンカチ噛みちぎる勢いでマジ泣きしてやがる。うわぁ……」
血の涙こそ流さないものの、大粒の涙をボロボロとこぼして本気で悔しがるミラアルクに、クリスがドン引きして数歩後ずさる。
「だ、だけど! 化け物だったウチに温かい飯をくれて人間に戻してくれた大恩人たる優斗に嫉妬するなんて、このウチには出来ねえ……ッ! しかし翼様のVIP席……! あああっ、ウチの感情のやり場が……ッ!!」
「情緒どうなってんだよ、お前……」
恩人への絶対的な感謝と重度のオタクとしての欲望の板挟みになり、頭を抱えて悶え苦しむミラアルク。すっかりボケたその姿に、クリスは呆れ果ててため息をついた。
「でも、みんなで一緒に見られないのはちょっと残念デスね」
「……うん。優斗さんが先輩たちのステージを見て、どんな顔をするのかも少し見たかった」
切歌が寂しそうに肩を落とし、調も静かに同意してコクリと頷いた。戦いのない穏やかな世界で、大好きな人たちと同じ景色を共有する。そんな当たり前の幸せを彼女たちは今、何よりも大切にしていたからだ。
わいわいと賑やかな会話を交わしながら歩みを進めていくと、やがて視界が開け、海沿いにそびえ立つ特徴的なシルエットの巨大施設「ヌーヴェル・カレドニ」の全貌が姿を現した。
「わぁ……! 見えてきたよ!」
視界を埋め尽くすほどの巨大な威容。周囲から漂う開演前の熱気と共に、いよいよ待ちに待った先輩たちのライブが始まるのだという確かな実感が全身を駆け巡り、響のテンションは一気に最高潮へと達した。
「取り敢えず、今日は一杯楽しも〜!!」
「おーっ、デス!!」
「おーっ、であります!!」
冬の青空に向かって元気よく拳を突き上げる響に呼応し、切歌とエルザも満面の笑みで両手を高く振り上げた。だが、思いのほか大きすぎた3人の声は、周囲を歩く一般の観客たちの注目をモロに集めてしまう。
「響」
「切ちゃん」
「エルザちゃん」
背後から掛けられた、恐ろしく平坦な声。
口元はにこにこと笑っているのに、目だけが一切笑っていない未来、調、ヴァネッサの3人に呼び止められ、はしゃいでいた3人は背筋に冷たい氷柱を差し込まれたような悪寒を感じてピタリとフリーズした。
「「「静かに」」」
一切の乱れもない、見事なユニゾンによるお叱り。
保護者(オカン)オーラを全開にした3人の威圧感を前に、響たちは情けない声を上げるしかなかった。
「……ごめんなさい」
「……ごめんなさいデース」
「……申し訳ないであります」
肩をすくめてシュンと反省する3人と、それを見て呆れつつも微笑むクリスたち。
開演を目前に控えた喧騒の中で、彼女たちの賑やかな足音は、巨大な空中庭園の入り口へと吸い込まれていった。
一方その頃、横浜湾岸埠頭の巨大なバックステージ。
関係者エリアの静謐な廊下を、慎次の先導で優斗が歩いていた。その手には、丁寧に包装された紙箱の入った袋が大切そうに下げられている。
「いいんですか? 緒川さん。こっちは関係者エリアなんですけど……」
「大丈夫ですよ。今の時間は他のスタッフも事前準備でこっちには用がありませんし、翼さんたちに会っていただく方が、ライブへのモチベーションアップになります」
緒川のどこか確信に満ちた微笑みに促され、歩いているうちに「Tsubasa & Kanade & Maria」と記された控室のドアの前へ着いてしまった。緒川がノックをすると中から翼の確認の声が響き、緒川の返事と共に優斗が足を踏み入れる。
「あれ!? 優斗! どうしてここに?」
「実は、先立って緒川さんに連れてこられたんだよ。あとこれ、差し入れのシュークリーム。……本当は緒川さんに手渡してもらうためにコモドに来てもらったんだけど、なんでかこうなって……」
驚きに目を見開く奏に対し、優斗は照れくさそうに頭を掻いた。奏たちに差し入れを渡したかっただけなのに、店に立ち寄った緒川によってあれよあれよという間に「連行」される形になったのだ。ちなみに今日のコモドは臨時休業である。
「なるほど、緒川さんの粋な計らいというわけね。ふふっ、ありがとう優斗。貴方が来てくれて本当に嬉しいわ」
「全く、強引なやり方ね。でも……わざわざ足を運んでくれたこと、感謝するわ」
緒川の意図を察して優雅に微笑むマリアと、呆れつつも嬉しそうに歓迎する翼。
そんな中、奏がその場でくるりと回り、光を反射する華やかなステージ衣装を優斗に向けて披露した。
「それより優斗。どうだ、このライブ用の新しい衣装? 結構気合い入ってるんだけど、似合ってるか?」
奏に合わせるように、翼とマリアも少し背筋を伸ばし、照れくさそうにしながらも優斗の反応を待っている。
「うん。……ドアを開けた瞬間、あまりの綺麗さに思わず見とれて、言葉を失っちゃったよ。3人とも、すっごく素敵だ」
優斗の飾らない心からの真っ直ぐな称賛。予想以上のストレートな褒め言葉に、数万人のファンを熱狂させるトップアイドルであるはずの3人の方が、一瞬にして頬を朱に染めてしまった。
「ばっ……! お、お前なぁ、そういうことサラッと言うの、ホント心臓に悪いからな!」
「も、もう……優斗ったら。そういう台詞を無自覚に言うのは反則よ。でも……凄く嬉しいわ、ありがとう」
「あ、あぁ……。優斗さんにそこまで真っ直ぐ言ってもらえるのなら、この衣装に袖を通した甲斐があったというものです……っ」
顔に熱を集めて口元を抑えるマリアと、照れ隠しのように視線を彷徨わせる翼。たまらず真っ赤になった顔を誤魔化すように、奏が慌ててテーブルの上の紙箱を開け、シュークリームを手に取った。
「し、シュークリームかぁ……。懐かしいな。確かマリアと初めて共演した時も、優斗がこれを持ってきたっけ」
「ええ、あの時のマリアの宣戦布告の言葉は、今でも覚えているわ。ええと、確か……『私は私のやり方でいかせてもらうわ。あなたたち、ついてこられるかしら?』……だったわね?」
「ち、ちょっと翼! あの時は色々と気を張っていたのよっ! 今それを蒸し返さないで頂戴!」
当時の尖っていた自分を翼にからかわれ、マリアが顔を真っ赤にして抗議する。アメリカのことや優斗の両親のことなど、重いものを背負って虚勢を張っていたかつての言葉は今の平和な彼女にとって黒歴史に近い。
そんな二人のやり取りの横で、奏がふと何かを思いついたような顔をしてシュークリームを頬張った。
「あむっ……。うん、美味しい。流石優斗」
「ええと、ありがとう?」
突然の行動と感謝の言葉に戸惑う優斗。しかし、奏の行動はそれだけでは終わらなかった。
「じゃ、これはファンサービスって事で。優斗、あーん」
「へ? あー……むぐっ」
なんと、奏は自分が一口かじった方のシュークリームを優斗の口へと差し入れた。勢いがあったのか、奏の指先が軽く唇に触れてしまう。
「奏、貴女!?」
「ひひっ、あの時の仕返しさ。どうだい?なんなら塩でもまいてみるかい?」
かつてマリアが優斗にやった大胆な行動。それに気づいたマリアは驚愕し、自分のやったことをそっくりそのまま返されたことで、端から見れば過去の自分がどれほど恥ずかしい行動をとっていたのかを自覚してパニックに陥る。
ある意味イキっていた過去の行動を連続でぶつけられ、羞恥心で限界突破しそうになるマリア。しかし、最近、特に奏相手に『負けず嫌い』をこじらせている彼女はここで冷静さを失い、あり得ない行動に出てしまった。
「そ、それなら……! 私だって……いただきますっ!」
マリアはもう一つのシュークリームを手に取ると、一気に頬張った。一同が疑問符を浮かべて見守る中、彼女の次の行動で全てが吹っ飛んだ。
「ふふも! むぁーむ!(優斗! あーん!)」
「ち、ちょっとマリアさん!?」
マリアは優斗の両肩をがっしりと掴むと、口に含んだシュークリームごと自分の顔を優斗の顔へと限界まで近づけた。どういった思考回路の暴走か、それは完全に「口移し」の構えであった。
「おいっ! ちょ、待てバカ! 流石にそれはライン超えだろうがッ!?」
先ほどまで悪乗りしていた奏が一転して血相を変え、全力でマリアを引き剥がそうと焦り出す。
「マ、マリア! 落ち着きなさい! 離れて!? ……そうだ、緒川さん! 塩、塩はありますか!? かつて奏が言っていたように、急いでお清めの塩をッ!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した控室。パニックに陥った翼が、かつての奏の発言をなぞるように浄化用の塩を求めて叫び、奏が必死にマリアを羽交い締めにする。
ライブ開演直前、世界中が注目するトップスターたちの舞台裏は一人の料理人を巡る未曾有の大混乱に包まれていた。
指定された座席エリアへと到着した響たちは、周囲を包み込む尋常ではない熱気に圧倒されながらも、これから始まる夢のような時間に目を輝かせていた。
「うわぁ……! すっごい、どこを見ても人、人、人だよ!」
「10万人収容の空中庭園だもの、無理もないよ。……そういえば、ヴァネッサさん達とは別れちゃったけど、ちゃんと席に着けたのかな?」
「あいつらは別エリアのチケットだったからな。ミラアルクの奴、今頃鼻血でも出してぶっ倒れてなきゃいいが……」
響が周囲をぐるりと見渡して感嘆の声を上げ、未来の心配に対してクリスが呆れ交じりに肩をすくめる。
彼女たちの視線の先にあるのは、すり鉢状に配置された観客席の中心に鎮座する、巨大な円状のセンターステージだ。中央には豪華なケーキスタンドのような多層タワーがそびえ立ち、その両サイドには長い滑り台のようなスロープが設置されている。さらに、上空には演者を乗せて飛ぶための円盤型の足場がいくつか待機していた。
「ああっ、もうすぐ始まるデス! ドキドキして心臓が飛び出そうデスよぉ!」
「……切ちゃん、ペンライトの振りすぎで飛ばさないようにね」
興奮のあまり開演前から両手のペンライトを激しく振り回す切歌を、調が隣で優しく嗜める。
その直後だった。ドクン、と会場全体のスピーカーから巨大な心音が鳴り響き、10万人がひしめくドームの照明が一斉に暗転した。
「「「「「うおおおおおおおおおおっ!!」」」」」
地鳴りのような大歓声が夜空を震わせる。
直後、遥か上空の暗闇に巨大なホログラムスクリーンが展開され、光り輝く文字が浮かび上がった。
『ZWEI WING』&『MARIA』
ファンのボルテージが頂点に達した瞬間、突き抜けるような歌の出だしと共に、ケーキスタンド型タワーの『最上段』へと眩いスポットライトが撃ち抜かれる。
「ああっ! 奏さん! 翼さんだよ!」
光の中に浮かび上がったのは、華やかなステージ衣装に身を包み、背中合わせで歌を響かせるツヴァイウィングの二人。
そして、二人の圧倒的なハーモニーに重なるように、透き通るような美しい高音が響き渡る。
「……マリアさん!」
タワーの真ん中、最上段より少し下の位置にスポットライトが当たり、誇り高く微笑むマリアの姿が浮かび上がった。3人の歌姫の奇跡の共演に、観客席は揺れるような熱狂の渦に飲み込まれる。
そして、曲がサビに向けて加速したその時――ステージ上で度肝を抜くパフォーマンスが展開された。
タワー最上段にいた奏と翼が、両サイドの滑り台に勢いよく飛び乗って滑り落ちていく。そして、中空に配置されていたワイヤーの持ち手をタイミング良く掴み取ると、遠心力を利用してブランコのように夜空へと高々と飛び上がったのだ。
「うわぁっ!? 空を飛んでる!?」
「あ、あれって、リハーサルがあった時期にマリアから聞いた、ヤケクソで言ってたアイデア……! 本当に採用したんデスか!?」
家に帰ってきたマリアの愚痴をから一部始終を知っている切歌が驚愕の声を上げる中、マリアはタワーの中央から真っ直ぐに前へと踏み出し、中空で待機していた円盤型の足場へと優雅に飛び乗る。円盤が夜空を滑るように飛行し、ワイヤーで舞う二人と立体的なフォーメーションを描き出した。
やがて一曲目のフィナーレを迎え、広いメインステージへと美しく降り立つ奏と翼。
その瞬間、二人は纏っていた華美なステージ衣装のギミックを発動させた。
「あっ、衣装が光の粒に……!」
未来が感嘆の声を漏らす。二人の衣装を彩っていた派手な装飾は、すべて高度なホログラム映像だったのだ。それらが一斉に弾け、無数の美しい光の流星群となって、客席のファンたちの上へと降り注いでいく。
同時に、二人の間に円盤を止めて降り立ったマリアもギミックを発動。3人の衣装は、激しいダンスにも対応したスポーティーでラフなスタイルへと一瞬で移行した。
「さあ、ここからが本番だ! 準備はいいか、お前らァッ!!」
「我らの歌と想い、その胸に刻み込めッ!」
「ここにいる全員の熱気……全部まとめて束ねてあげるわッ!」
3人の力強い煽りに、会場の熱狂はさらに限界を突破する。
新たなイントロが鳴り響き、ラフな衣装で息の合った激しいステップを刻み始める歌姫たち。ステージ上を目まぐるしく立ち代わり、入れ替わりながら魅せる3人の圧倒的なパフォーマンスに、響たちはただただ魅了され、我を忘れてペンライトを振り続けていた。
一方、響たちとは別の観客エリア。
10万人という規格外の熱狂と人波に揉まれ、いつの間にかヴァネッサやエルザとはぐれてしまったミラアルクは、キョロキョロと周囲を見渡しながら歩いていた。
「おっと、わりぃ! ちゃんと前見てなかった!」
ドンッ、と不意に誰かと肩がぶつかり、ミラアルクは慌てて頭を下げる。ぶつかった相手は少し小柄な茶髪の少女だった。
「あ、いえ……大丈夫です。私の方こそ、ごめんなさい……」
少女は力なく首を振り、ミラアルクを咎めることはしなかった。しかし、その表情はどこか暗く、せっかくの華やかなライブ会場にいるというのに、足元に影を落としたように沈み込んでいる。
人間に戻り、他者の温かさに触れてきた今のミラアルクにとって、そんな少女の悲しげな顔はひどく気にかかった。
「……お前、どうしたんだ? 翼様たちの最高に熱いステージが始まってるってのに、随分と元気がないじゃねえか」
思わず足を止め、少し身を屈めて顔を覗き込むように理由を尋ねる。
見知らぬ相手からの突然の問いかけに少女は少し戸惑ったが、ミラアルクの真っ直ぐで裏表のない瞳に促されるように、ぽつりぽつりと口を開いた。
「実は……ずっと一緒に来ようねって約束してた友達が、急に来られなくなっちゃって。私一人だけで見てるのが、なんだか申し訳ないっていうか、寂しくて……」
手元のペンライトをきゅっと握りしめながら俯く少女。その気持ちが少しだけ分かる気がして、ミラアルクはニカッと歯を見せて快活に笑った。
「なんだ、そんなことか! じゃあ、ウチと一緒に楽しもうぜ!」
「え……?」
予想外の提案に、茶髪の少女が目を丸くして顔を上げる。
「せっかくの最高のライブなんだ! ここでしんみりしてたら、それこそ翼様たちにも、来られなかった友達にも悪いだろ? だから、その友達の分までお前が一杯楽しんで、あとで根掘り葉掘り自慢話みたいに全部話してやればいいんだ!」
ミラアルクは少女の背中をポンと優しく叩き、ステージの上で輝く3人の歌姫を力強く指差した。
「そして、次にライブがある時は、また一緒に来たらいいんだぜ!」
「友達の分まで、一杯楽しんで……」
ミラアルクの明るく真っ直ぐな励ましに少女の瞳にみるみると光が戻っていく。迷いが晴れたように少女はペンライトを握る手に力を込め、満面の笑顔で力強く頷いた。
「……うんっ! そう、ですね。お姉さん、一緒に見てくれますか?」
「おうよ! ウチの翼様への愛とコールは筋金入りだからな、遅れずについてこいよ!」
すっかり意気投合した二人は並んでステージへと向き直る。
先ほどまでの暗い影は完全に消え去り、二人は共に声を張り上げ、熱狂の渦の中で最高のライブに夢中になっていくのだった。
熱狂が最高潮に達し、10万人の観客が汗と涙で顔を輝かせる中、ステージの照明がふっと落とされた。
静まり返る会場。スポットライトが、ステージの中央に立つ奏、翼、そしてマリアの3人を照らし出す。
息を整えた奏が、マイクを強く握りしめ、静かに口を開いた。
「みんな、今日は本当にありがとう。……ここで、アタシたちから重大な発表がある」
ピンと張り詰めた空気の中、奏の真剣な表情が巨大なモニターに映し出される。
「この凱旋ライブをもって……アタシたち『ツヴァイウィング』は、解散します!」
その言葉がスピーカーから放たれた瞬間、会場は水を打ったような静寂に包まれた。
直後、「え……?」「嘘だろ……!?」という悲鳴にも似たどよめきが、波のように10万人の観客席から沸き起こる。
「解散って……ツヴァイウィングが、無くなっちゃうの!?」
「そんな、急にどうして……ッ!」
関係者席の響たちも、突然の宣言に目を丸くして言葉を失っていた。誰もが絶望と混乱に呑まれそうになった、その時だった。
「狼狽えるなっ!!」
マイクを通したマリアの凛烈たる一喝が、会場のざわめきを鋭い刃のように切り裂いた。
驚いて顔を上げるファンたちを見下ろし、マリアに並び、奏達も揃って不敵な笑みを浮かべてマイクを突きつける。
「「「私たちは、この場を持って世界に宣言する!」」」
3人の力強い言葉に呼応するように、上空に展開されていた巨大なホログラムスクリーンに激しいノイズが走った。
『ZWEI WING & MARIA』という文字が崩れ、光の粒子が再構築されていく。
「これからはアタシたち3人が!」
「装いも新たに、共に手を取り、一つの道を歩んで!」
奏と翼が力強く叫ぶ。そして、ホログラムスクリーンに真新しい、輝かしいロゴが刻み込まれた。
「「「新生ユニット『ドライヴァルキュリア』として活動していくことを!!」」」
その文字と3人の力強い宣言を脳が理解するまで、ほんの数秒。
一瞬の静寂の後――ヌーヴェル・カレドニを揺るがすほどの、爆発的な大歓声が夜空へと吹き上がった。解散からの3人組ユニット結成という、あまりにも劇的すぎるサプライズに、ファンたちは涙を流して絶叫する。
「ど、ドライヴァルキュリアぁぁぁっ!?」
「マジかよ……緒川、あいつらこんな隠し玉用意してやがったのか!」
「もうっ、奏さんたちったら! すっごく心臓に悪いサプライズだよぉ!!」
あまりの衝撃に目を白黒させるクリスや、安堵と興奮でぴょんぴょんと飛び跳ねる響たち。驚きはしたものの、3人がこれからも一緒に歌い続けるという事実に、少女たちの顔にも最高の笑顔が咲き誇る。
「さぁ、アタシたちの新しい産声……世界中に響かせるよッ!」
地鳴りのような歓声を背に受け、新たなユニット名を冠した3人が、これまでにないほどの力強いフォーメーションを組み、新たな楽曲のイントロと共に高らかに歌い始めた。
最高のライブ、最高のサプライズ。この幸せな時間が、いつまでも続くかのように思われた。
――しかし、その時だった。
『――ッ!?』
3人の歌声に魅了されていた響たちの視界が、不意に真っ白に染まった。
夜の闇を切り裂くように、ステージの遥か上空で、突如として尋常ではないまばゆい光が放たれたのだ。
まるで太陽が落ちてきたかのような強烈な閃光。
歓声が悲鳴に変わりかけたその瞬間、光の奔流はステージ上の3人を、そして会場全体を無慈悲に飲み込もうとしていた。
同じ頃、都内の一角に佇む豪邸。
キャロルは珍しく優斗の傍を離れ、自宅にある巨大なモニターの前に鎮座していた。画面に映し出されているのは、今まさにクライマックスを迎えようとしている奏たちの凱旋ライブだ。
その隣ではエルフナインが楽しそうに目を輝かせ、リズムに合わせて体を揺らしている。そして反対側では、ミカがソファの上でポフポフと音を立てながら、落ち着きなく跳ね続けていた。
「……ええい! いい加減に跳ねるのをやめろ、ミカ! 画面が揺れて見えんだろうが!」
「あうぅ〜……ごめんなさいだゾ、マスター。でもでも、なんだかワクワクが止まらないんだゾ!」
キャロルの鋭い一喝に、ミカは体をへにゃりとさせて縮こまる。その様子にエルフナインは苦笑を漏らしつつ、ふと気になっていたことを口にした。
「でも、本当に良かったの、キャロル。あっちで優斗さんと一緒に見なくて。誘えばきっと、関係者席を用意してくれたと思うけど……」
「フン、オレは人混みを好かんと言っただろう。……それに、できるだけ近くにファラを付けてある」
そう、ミラアルクたちと同様に、ファラもまた自力でチケットを引き当てていたのだ。当選が分かった瞬間、彼女が昼夜を問わず奇声を上げながら踊り狂っていた姿は、今もキャロルの脳裏に焼き付いている。
『つるぎちゃああああん! 待っててね、今すぐチケットを握りしめて会いに行くからねぇぇぇ!!』
『うるっさいですよ!! もう! 今が何時だと思っているんですか、この歌女狂いッ!!』
あまりのやかましさに、ガリィが深夜にファラの元へ怒鳴り込みに行くほどの大騒ぎだった。
「当たらなかったら当たらなかったで、ファラはここで一日中やかましく騒いでいただろうさ。幸いにも優斗が同じ会場にいる。だから万が一の事態が起きたら、他の全てを捨て置いてでも、必ず優斗を逃がす役目を押し付けてやった」
かつてのファラはあんなに壊れた性格ではなかったはずなのだが。キャロルは昔の思い出を振り返り、今の「翼ガチ勢」と化した彼女と見比べてみるが、一体どこで歯車が狂ったのか、全く原因に思い当たりはなかった。
「マスター。紅茶でございます」
そこへ、レイアが洗練された手つきでティーセットを運び、キャロルの前で紅色の紅茶を注いだ。
「すまないな。……ほう、腕を上げたな、レイア」
「恐縮でございます。優斗様に淹れ方のコツを教えていただいた甲斐が、地味にございました。エルフナイン様もどうぞ」
「ありがとう、レイア」
キャロルの賛辞とエルフナインの礼に、レイアは淑女らしい完璧なお辞儀で返す。そこへ、エプロンを着けた姿のガリィが、不満げな足音を立ててリビングに戻ってきた。
「ああ〜、やっと終わりましたよマスター。……全く、誰かさんは素直にS.O.N.G.に頼めば旦那様と特等席で見られたでしょうに。変なところでプライドが高いから、結局チケットの抽選に外れて、家で掃除の続きなんてさせられるんですよ、私は」
「ええい、やかましい! あんな芋を洗うような人混みの中に、このオレが居られるかと言っているだろう!」
ガリィの痛烈な皮肉に図星のキャロルが顔を赤くして言い返す。
だが、その喧騒を切り裂くように、画面の中の景色が突如として一変した。
「ドライヴァルキュリア」の宣言が終わり、新たな歌声が響き渡ろうとしたその瞬間、ステージの上空が真っ白に焼き切れたのだ。
「キャロル、これ……!」
「……! …どうやら平和な時間はここまでか。……これから何かが動き出しそうだな」
キャロルの瞳が、錬金術師としての鋭さを取り戻す。
一方、最近入り浸っているパヴァリア光明結社の日本支部で、ワインを片手になんとなくライブ中継を眺めていたアダムも、その光のシーンが映った瞬間、椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。
「なっ……バカな、これは……ッ!?」
ワインを落としたことすら気にせず、信じられないものを見たと言わんばかりの表情で、アダムは画面に食いつく。
その異様な様子に、傍らにいたティキが「どうしたのアダム?」と問いかけるが、彼はその声すら耳に入らないほど、その「光」に目を奪われていた。
関係者用の特等席では、サプライズ発表の余韻に包まれながら、優斗が驚きと興奮を隠せない様子でステージを見つめていた。
「いや、本当に驚きましたよ、緒川さん。まさか、あの3人で本格的にユニットを組むなんて」
「ええ。元々彼女たちは共演が多かったですし、我々S.O.N.G.に所属するシンフォギア装者としても、いちいち『ツヴァイウィング』と『マリア』という区切りをつけるのは、運用上も避けた方がいいと考えましてね」
優斗の言葉に、緒川が手元のタブレットを操作しながら涼しい顔で答える。その隣でセレナも嬉しそうに微笑みながら口を開いた。
「それに……お姉ちゃんだけが『ゲスト』扱いで、どこか仲間外れにされているような気がして、私としてもなんだか可哀想だなって思っていたんです」
「なるほど、セレナちゃんの愛ゆえの采配でもあったわけですね。でも、本当に良かった。これで名実ともに、3人は最高のパートナーだ」
優斗が温かい目を細め、再びステージへと視線を戻す。
10万人の歓声が地鳴りのように響き、ドライヴァルキュリアとしての最初の歌声が、夜空へと力強く放たれようとした、まさにその瞬間だった。
「――っ!?」
不意に、優斗の胸の奥で、焼けるような凄まじい熱が弾けた。
今まで感じたことのない、内臓が煮え繰り返るような熱さと激痛。優斗は顔をしかめ、胸を強く掻き毟るようにしてその場にうずくまった。
「が、ぁっ……はぁ、はぁっ……!」
「優斗さん!? どうしたんですか、優斗さんっ!」
異常な苦しみ方に真っ先に気づいたセレナが、血相を変えて優斗に駆け寄り、その背中を支える。
異変は、優斗の体の中だけで起きているものではなかった。
――ドライヴァルキュリアの3人と、10万人を超える観客たちが生み出す、規格外の「フォニックゲイン」
――優斗の内に宿る、特異点としての「神の力」
――南極の氷床下から解き放たれ、世界に触れてしまった、封印されし「シェム・ハの遺骸」
――そして、月の座から降り立った「エンキの存在」。
点と点でしかなかったそれらの要素が、優斗にも向けられた強い「歌の力」を触媒として、強固な線で結びついてしまったのだ。
意図せぬ偶然の連鎖。それにより、この10万人を収容する巨大な空中庭園は、世界でも類を見ない特大の『儀式場』へと変貌を遂げていた。
「っ……あ、上……!」
苦痛に喘ぐ優斗が、震える指先で天空を指し示す。
ステージの上空で発生した太陽のような強烈な閃光。それが徐々に収まっていくと同時に、夜の闇に巨大な亀裂が走った。
まるで空間の狭間を無理やりこじ開けるかのように、次元の壁がガラスのように砕け散る。
そして、その光の奥から『帰還』を果たした存在が、静かに夜空に顕現した。
星の瞬きを編み込んだような、美しい金色の髪が夜風に靡く。
人間の規格を遥かに超越した、この世の者とは思えぬ神秘的で完璧な美貌。
彼女は眼下に広がる10万人の観客でも、ステージ上の3人の歌姫でもなく――ただ一点、関係者席で膝をつく『優斗』の姿だけを真っ直ぐに見下ろしていた。
目を合わせる優斗が見た姿は、夢の中で見たあの悲痛な顔ではない。
それは、絶対的な威厳と神性を纏った、かつての地球の支配者。
アヌンナキ、『万象調律者』――ニンフルサグであった。
XVを見て書きたかったシーンを出せて満足した、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、ドライヴァルキュリア。誰が名付け親?
A、実は緒川さんだったり、ツヴァイウィングのドイツ語と英語の組み合わせをそのままに、3人関連する組み合わせを考えたところ、SNSのシンフォギアで戦う姿が戦女神みたいというコメントを見て決めました。ディーヴァだと被ってしまうので。
Q、ミラアルクとぶつかった女の子って?
A、お察しの通り、原作で串刺しになった女の子です。今見るとアレって、響がガングニールの破片に刺さって奏がショックを受けるシーンととても似ていますね。
Q、サンジェルマン達も見ているの?
A、はい。アダム達とは別のところで見ています。パヴァリア内でもファンがいるようで、南極作戦の時に対面した幹部をうらやましがったりしてます。
Q、キャロルは本当にいけなかったの?
A、作者感のキャロルは人混みが嫌いです。そもそも人を基本的に信用していませんので、優斗からどうしても、と懇願されない限りはついていきません。