ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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今回の話から整合性を合わせるため、プロローグである1話を一部改訂しました


星降る夜を待つ光と闇

『今日のニュースです。横浜湾岸に建てられた「ヌーヴェル・カレドニ」にて行われたライブ「roof of heaven」では、アーティストの天羽奏さん、風鳴翼さん、マリア・カデンツァヴナ・イヴさんの3人が新ユニット「ドライヴァルキュリア」を結成することを発表しました。これはライブ中――』

 

ピッ、とチャンネルが切り替わる。

 

『伝説となったライブで起きた、あの光の正体は!? 「ヌーヴェル・カレドニ」上空で発生した謎の光源に迫ります! 公式は「最新技術を用いた特別な演出」と発表しておりますが――』

 

再びチャンネルが変わる。

 

『今年2045年に発生する流星群ですが、宇宙観測所の発表によりますと、早くも2月の始めに見られるとのことでした。また、3月には皆既月食が起こることも予測されています。この一大天体イベントに――』

 

プツン、とテレビの電源が切られ、部屋に静寂が落ちた。

 

ここはリディアン音楽院の学生寮。

ソファに座る未来がリモコンを置いてため息をつく。テレビのチャンネルを回せば、どこもかしこも奏たちの凱旋ライブと終盤で起きた「謎の光源」の話題で持ちきりだった。

 

世間だけでなく、インターネットでも状況は同じだ。SNSのトレンドは常に関連ワードで埋め尽くされ、光源の正体については「新兵器のテスト」「宇宙人説」といった陰謀論から与太話までが入り乱れ、かつてないほどの賑わいを見せている。

 

「どこも奏さんたちの話題で一杯だね」

「ネットでも持ちきりだよ。ほら」

 

隣でスマホをスクロールしていた響が未来に画面を向ける。そこには大半のニュースサイトが、ドライヴァルキュリアの輝かしいステージ写真をトップ記事として掲載していた。

 

「流石は世界的アーティストだね。それに、あの時の謎の光だもん」

「ユニット結成の瞬間に起きたから、『まるで宇宙から祝福されているようだ』って書いてる記事もあるみたい」

 

響が少しのんきな声でコメントする。

そう、あの直後に起きた異常現象は、光が即座に消え去ったことで事なきを得たのだ。突如発生した閃光に観客がパニックになりかけた瞬間、奏が機転を利かせて「アタシたちの新しい光、受け取ってくれた!?」と煽り、強引にライブパフォーマンスの一部として成立させてしまったのである。

 

結果として混乱は起きるどころか歓声に包まれ、無事にライブは最後までやり遂げられた。

 

「でも……なんだったんだろ、あの光。あれがあった後の優斗さんの様子も変だったし……心配だね」

「……うん」

 

未来の言葉に、響もスマホを下ろして表情を曇らせる。

あのライブの数日後、S.O.N.G.で一度緊急の招集がかかったらしく、関係者として優斗もコモドを臨時休業にして本部へと向かっていた。

 

帰ってきた優斗は一見すると普段通りに振る舞っていたが、ふとした時に考え込むような時間が増え、どこか「心ここにあらず」といった様子を見せるようになったのだ。

何故だろうか。未来と響にはあの温かい背中が、どこか遠いところへ行ってしまうような……そんな正体不明の焦燥感と不安を感じてしまっていた。

 

「大丈夫、大丈夫! 結局なんにもなかったしさ!へいき、へっちゃら!」

 

沈みかけていた空気を吹き飛ばすように、響が両手をパンッと叩いて立ち上がる。

 

「難しいことは一回置いといて………そうだ! そろそろお兄ちゃんと調ちゃんの誕生日も近いから、二人へのプレゼントを先に考えよっ!」

 

わざとらしいくらいに大げさで明るい響の提案に、未来もきょとんとした後、ふわりと釣られて笑顔を取り戻す。

 

「ふふっ、そうね。……確かさっきのニュースで、流星群がもうすぐ見られるって言ってたから、外で夜空を眺めながらパーティーなんてどうかな?」

「最高! すっごくロマンチックだよ未来!」

 

不安な気持ちをひとまず胸の奥にしまい込み、二人は膝を突き合わせる。そして、これから訪れるはずの平和な未来に向けて楽しそうに予定を話し合い始めた。

 

 

 

 

 

優斗は一人、静かな店内のカウンターに立ち、手回しのミルでゆっくりとコーヒー豆を挽いていた。ガリガリと豆が砕ける硬い感触と立ち昇る深い香りに身を委ねながら、彼の思考はライブ後にS.O.N.G.本部で行われた緊急会議の光景へと飛んでいた。

 

――ライブが終わって数日たった時のこと。

 

S.O.N.G.司令室には装者たちや本部メンバーに加え、キャロルと優斗が集まっていた。メインモニターにはパヴァリア光明結社の日本支部に入り浸るアダムや、サンジェルマンたち旧幹部の面々も通信で参加している。

 

会議の焦点は「敵の襲来」ではない。優斗をこの世界に転生させてくれた恩人であり、味方であるはずの神――ニンフルサグの「不可解な失踪」についてだった。

 

『やはり、あの光の時の波長。我々……アヌンナキであり、姉のニンフルサグで間違いない』

 

了子の家でテレビを通して事態を観測していたエンキが、静かに断定する。

 

『帰還したというのか、ついにね……。 ニンフルサグが。だが……なぜ姿を消した? 』

 

モニター越しのアダムが、歓喜よりも深い困惑を顔に浮かべて呟く。優斗をビーコンとして彼女がこの世界へやって来ることは優斗本人や了子、キャロル、そしてエンキやパヴァリアの上層部も事前に把握しており、むしろ歓迎する手はずだったのだ。

 

『そもそも疑問なんだけど……なんであんなライブ会場のど真ん中に現れたんだ?』

 

奏が腕を組みながら、素朴な疑問を口にする。それに答えたのはエルフナインだった。

 

『どうしてあんな事が起きたのか……原因の一つは、あのライブ会場そのものの構造にありました』

『構造? あの「ヌーヴェル・カレドニ」がどうかしたの?』

『別名である「空中庭園」がだな、一種の哲学兵装と化してしまったからだ』

 

翼の問いに、キャロルが鋭い視線で引き継ぐ。

 

『円状のステージ、中心のタワー、上空を飛ぶ円盤。あの配置は古代メソポタミア……つまりバビロンの空中庭園を模しただけではない。先史文明の「次元間通信アレイ」の黄金比と完全に一致していたらしい。そうだろう?』

『ああ。元々はフロンティア等に取り付けられている。宇宙空間での通信装置としての物だったが……余りにもそっくりだった』

『それに、あの横浜湾岸って場所もポイントなのよ』

 

エンキからの返答に続き、了子がスクリーンに八紘から提供してもらった古い地図を出す。そこに写る龍のように表された日本のレイラインの図を投影しながら、少しおどけたような口調でウインクした。

 

『あそこは日本におけるエネルギー、いわゆる龍脈の吹き溜まりがあったわ。ただでさえ特異な現象が起きやすい下地が、あそこにはバッチリ整っていたってわけ。ね、偶然にしては出来すぎでしょ?』

『じゃあ、私たちのステージが……意図せずアンテナになっていたって言うの!?』

 

マリアが目を丸くして身を乗り出す。

 

『ええ。でも、施設がアンテナだっただけでは次元の壁は簡単に越えられないわ。10万人分のフォニックゲインがただ散るのではなく、一点に収束するための「音叉」……受信機の役割を果たしてしまった存在がいたのよ』

『……僕、ですね』

 

了子の視線を受け、優斗が少し申し訳なさそうに手を挙げる。

 

『そ。神の力を持った優斗くんの出番ってわけ。おまけに、優斗くんは夢を通じて彼女の記憶に触れたって聞いていたから多分、魂の周波数がニンフルサグとピッタリ同調しちゃってたのよ』

『10万人のエネルギーが優斗を経由し、ピンポイントで次元の彼方にいる奴へ「強烈な信号とエネルギー」として送られてしまったというわけだ』

 

了子とキャロルの説明に、切歌や調たちも「なるほど」と顔を見合わせる。だが、切歌が未だに不思議そうに首を傾げた。

 

『でもでも、今までも先輩たちはライブをしただけデスよ? なんで今回に限って繋がっちゃったんデスか?』

『ライブのテーマも関係しているんです、切歌さん』

 

エルフナインがコンソールのデータを指し示す。

 

『ファンと奏さんたちが交わした「純粋な愛と感謝」……「ありがとう」という感情のエネルギーです。怒りや悲しみと違って、これはノイズが少なく極めて指向性が高いんです』

『それが優斗くんの「平穏を愛する心」と共鳴して……皮肉にも、「神を降ろすための最も純度の高い祈りの儀式」として成立しちゃったのよねぇ。ホント、愛の力ってすごいわぁ』

 

了子がわざとらしく頬に手を当てて笑う。キャロルが「真面目にやれ」と溜め息をつきつつ、話を総括した。

 

『つまり、「空中庭園」というバビロニアを模したステージ構造が巨大な錬成陣となり、10万人の純粋なフォニックゲインが増幅。それが「優斗」という音叉を通じて、ニンフルサグの元へと次元の壁を超えて撃ち込まれた。結果、そのビーコンを捕捉したニンフルサグが、フォニックゲインを逆利用して次元をこじ開けた――ということだ』

 

――そこで、優斗はコーヒーミルを回す手をピタリと止めた。

 

彼女がいつか、こちらへ来ること自体は分かっていた。偶然ライブ会場が儀式場と化してしまった理屈も今なら理解できる。

 

だが、優斗の心を支配しているのは、純粋な疑問と心配だった。

 

(……ニンフルサグさんは、僕の恩人。この世界に戻ってきたのなら、どうして僕たちに……ううん、実の弟であるエンキさんにすら接触せずに姿を消してしまったんだろう?)

 

あの時、神々しい姿で自分を見下ろしていた彼女の瞳。

 

響や未来が感じた「心ここにあらず」な優斗の様子は、決して得体の知れない出来事に怯えていたからではない。何か深い事情を抱えて一人で消えてしまった恩人のことを、ひたすらに案じていたからだった。

 

カランコロン。

 

通常営業中のコモドに、来客を告げる軽やかなドアベルの音が響き渡った。

 

「ゆーとー。お客さんだゾー?」

 

ぽすぽす、と。カウンターの中でコーヒー豆を挽きながら考え事に沈んでいた優斗の背中を、今回のお手伝いさんのミカが手のひらで軽いリズムを刻みながら叩く。

 

本来の彼女の腕は鋭い鉤爪の形をしているが、キャロルの手によって「普通の感覚を持った人間の手」に切り替える機能が追加されていた。不用意に物に触れることができなかった反動からか、最近のミカはこうして色々なものに触れ、その手触りを楽しむのがマイブームになっているらしい。

 

「おっと……ありがとうミカちゃん。…いらっしゃいませ」

 

ミカの甘えるような指摘に、優斗は急いで意識を現実へと引き戻す。気持ちを切り替えてドアの方へと顔を向けると

 

「久しぶり。なんて、そんなにたっていないわね」

「はろはろ〜」

「ふわああぁ……」

 

そこには優しく微笑むサンジェルマン、ひらひらと愛想よく手を振るカリオストロ、そして大きなあくびを噛み殺しているプレラーティの3人が立っていた。

 

「いらっしゃい。……最近は随分とお忙しかったみたいですね。3人揃ってお店に来てくれるのは、久しぶりに見ましたよ」

 

カウンター席に並んで腰を下ろした3人の目の前に、優斗は注文されたケーキセットを順番に置きながら嬉しそうに微笑んだ。

 

「もー、聞いてよ優斗ぉー! 若手の育成から始まって、結社の残党の足取りを追ったり、国連との面倒な交渉やら錬金術に関するあれこれの処理やらで……アタシ、すっごく忙しいのよ!」

 

カリオストロはカウンターの上で行儀悪く両腕を交差し、そこに顔を突っ伏しながら盛大に愚痴をこぼす。

 

「でも、最近のカリオストロはとても楽しそうにしているが?」

 

横から紅茶のカップを傾けつつ、サンジェルマンがからかうように横槍を入れる。

実際、サンジェルマンの言う通りだった。なんだかんだと文句を言いながらも、カリオストロは後ろ暗いことをせず、堂々と「表の道」を歩める今の生活に、確かな満足と縁を感じているのだ。

 

「っ……! サンジェルマ〜ン?そんな憎まれ口を叩く口は、こうよっ!」

 

図星を突かれて照れ隠しにムキになったカリオストロは、自分のフォークでケーキを切り分けると、そのままサンジェルマンの口元へと軽く押し当てた。

サンジェルマンは嫌がることもなく、素直に「あむ」とそのケーキを口に含み、ふわりと目を細めて美味しそうに噛み締める。そんな二人のやり取りは、見ていてとても微笑ましいものだった。

 

だが、そんな賑やかな二人とは裏腹に、端の席に座るプレラーティは今にも限界を迎えそうだった。彼女は普段から持ち歩いているカエルのぬいぐるみを枕にして、カウンターに突っ伏している。

 

「プレラーティさんはどうしたんですか? すごく眠そうですけど……」

「すぅ……すぅ……」

 

優斗が尋ねたその直後には、プレラーティは完全に寝息を立てて夢の中へと旅立ってしまった。

 

「おー、ぷにぷにだゾ」

 

ミカが興味津々といった様子で身を乗り出し、すっかり眠りこけたプレラーティの柔らかい頬をツンツンと指先でつつく。その光景を温かい目で見守りながら、サンジェルマンがプレラーティの近況を語り始めた。

 

「自由な時間が増えたプレラーティは、錬金術にどっぷりでな。最近は『テレポートジェム』の改良に熱中していてる。あれは空間転移の手段としては非常に便利だが、同じ場所に移動するのにも、いちいちジェムを割ったり叩きつけたりして『使い捨て』にしなければならない。それがひどく非効率で面倒だと言うのだ」

「ああ、確かに。消耗品って毎回補充するの大変ですよね」

「ああ。だから、魔充填式にして、ジェムを握りしめて『飛ぶ』という意思を向けるだけで転移が発動するスマートな仕様にしたいらしくてな。……あのプレラーティが、製作者であるキャロルに、ものすごく嫌そうな顔をしながらもわざわざ協力を仰ぎに行ったくらいだ」

 

ふふっ、とサンジェルマンが小さく笑う。

その優しい視線と声色から、優斗は察した。プレラーティがそこまで根を詰めてテレポートジェムを改良しているのは、他でもない「サンジェルマンのため」なのだろうと。

 

「サンジェルマンさんは、最近はどうなんですか?」

 

優斗の問いかけに、サンジェルマンは背筋を伸ばし、清々しい表情で頷いた。

 

「私はパヴァリアにおける幹部候補の育成をメインとしつつ、S.O.N.G.と共に災害派遣やボランティアなどの奉仕活動に精力的に参加させてもらっている。かつての贖罪……というわけではないが、人々のために力を使える今の状況は、とてもやりがいのある仕事だと感じているわ」

 

サンジェルマンは空になった紅茶のカップをソーサーに置き、ふと真面目な顔つきになって、これからのパヴァリアとしての動きを優斗に語り始めた。

 

「まず、局長であるアダム自らが、顕現したニンフルサグの捜索に舵を取ることになったの」

「アダムさんが、自らですか」

「ええ。アダムを国連に投降させた条件でもあるし、今回の事情を知っているS.O.N.G.としても、彼が動くこと自体は構わないという判断よ」

 

だが、そこまで説明したところで、サンジェルマンは深くため息を吐き、痛む頭を押さえるように手を当てた。

 

「でもね……あの男、『探してくる』と置き手紙だけ残して、勝手にいなくなったのよ……」

 

組織のトップらしからぬ、さっそくの奔放で協調性のない単独行動。かつての威厳はどこへやら、すっかり自由人となってしまったアダムに、サンジェルマンは呆れ果てていた。それでも前より未眉間のシワが少なく見えるのは、自分たちだけがアダムの対応をしなくてもよい、という環境になったからだろう。

 

その時、カランコロンとまたドアベルが鳴り、誰かが来たことを告げた。

 

「あーっ! サンジェルマンさん!」

「あーもう! ほかの客に迷惑だろうが! ちったあ声を抑えろこのバカ!」

「クリスもなかなか大きいよ、声」

 

勢いよく飛び込んできたのは、学校帰りに遊びに来たのだろう、リディアン音楽院の制服を着た響、クリス、未来の3人だった。

 

「おかえりクリスちゃん。未来ちゃんも響ちゃんもいらっしゃい。もしかして遊びに来たのかな? あとでケーキを持っていくから、良かったら食べていって」

「わーい! お兄ちゃんのケーキだー!」

「おい優斗、それって店のだろ?」

 

無邪気に喜ぶ響に対し、クリスが少し気を遣ったように尋ねる。

 

「いいよ。それなりに作ったんだけど、今日は売れ行きがあまり良くなくって。だから、食べてくれると嬉しいところなんだ」

「へへっ、それならご相伴に預かるってモンだぜ。……ちなみに、何ケーキが残ってるんだ?」

「ショートケーキにバスクチーズケーキだね。チョコレートは売り切れかな」

「うしっ!」

 

お気に入りのショートケーキが残っていると聞き、クリスは小さくガッツポーズを作って喜びを露わにした。

その横で、未来がカウンターのサンジェルマンたちに丁寧にお辞儀をする。

 

「お久しぶりですサンジェルマンさん。今日はお休みですか?」

「ええ、そのようなものね。……でも、そろそろお暇させてもらおうかしら」

 

懐からアンティークの懐中時計を取り出し、時間を確認したサンジェルマンが席を立つ準備を始める。それを聞いた優斗は、プレラーティの目の前に置かれたままになっていた手付かずのケーキを、手早く紙箱の中に保冷剤と共に入れて持ち帰り用に用意した。

 

「えー!? もう行っちゃうんですか? 最近会えてなかったから、もっとお話をしましょうよー!」

 

ケーキの喜びに浸っていた響が、サンジェルマンが帰ると聞いて慌てて駆け寄り、もっと仲良くなりたいと引き留める。

グイグイと距離を詰めてくる人懐っこい響に、サンジェルマンも決して悪い気はしていないらしく、苦笑しながらもその表情はとても柔らかい。

 

「すまないわね、立花。でもこれから戻って明日に備えたいのよ」

「響、無理に引き留めないの」

 

目をうるうるとさせて見つめてくる響の「子犬のようなアピール」に、サンジェルマンの心も少し揺らぐ。

その微笑ましいやり取りを、後ろから軽く仰け反るようにして覗き込んだカリオストロが、ふと疑問を口にした。

 

「あーし、前から気になってたけどさー、響ちゃん、なんでそんなにサンジェルマンに懐いてるの?」

「えっと、それはですね! 似ているからです!」

「似ている? ……私が?」

 

思いもよらない返答に、サンジェルマンは不思議そうに響の言葉を待つ。未来も、響が最初に会った時から妙にサンジェルマンに対して親しげに絡んでいる理由が気になっていた。

その背後では、クリスがミカに絡まれてじゃれ合っている。

 

「雰囲気というか、そうやって待ってくれる優しさとか、面倒見がいいところとかが、その……」

「「「その?」」」

 

かーかーと呑気な寝息を立てているプレラーティを尻目に、響は一点の曇りもない最高の笑顔で、はっきりと言い放った。

 

 

 

「お母さんにそっくりなんです!」

「えっ……お、母さん……?」

 

 

 

予想外すぎるパワーワードに、サンジェルマンが目を丸くしてフリーズする。

響からすれば、カリオストロとプレラーティに対するサンジェルマンの面倒見の良さや、二人を叱るときなんて、うちのお父さんに対する強気な母と重なり、「いいお母さんになりそうだなあ」と純粋に慕っていただけなのだが。

 

「お、お母さん……!? 私が、か……?」

 

予想だにしない方向からの「属性付与」に、サンジェルマンは持っていた懐中時計を落としそうになるほどの手元を狂わせ、顔に一気に熱を集めた。

凛とした彼女の面影はどこへやら、視線を激しく彷徨わせながら、縋るような、あるいは問い詰めるような調子で響に問い返す。

 

「ま、待ちなさい立花! 一体私のどのあたりに、その……『母親』のような要素を感じたというのだ? 私はただ、この手のかかる二人を見放せないだけであって……っ!」

「ぶっ……くっ……っ……あっははは! もーむり! サンジェルマンがお母さんって! あははは!!」

 

懸命に口を塞いで笑いを堪えようとしていたカリオストロだったが数秒で限界を迎え、お腹を抱えて大爆笑し始めた。

 

「うおっ!? なんだなんだ!? 襲撃なワケダ!?」

 

バンバンと勢いよくカウンターテーブルを叩くカリオストロの振動に驚き、今まで熟睡していたプレラーティがカエルのぬいぐるみを逆さまに構えながらバッと飛び起きた。

 

突如としてパニック状態に陥った店内で、跳ね起きたプレラーティは目を瞬かせながら現状を把握しようと視線を巡らせた。

 

目の前では、お腹を抱えて涙目になるほど爆笑しているカリオストロ。

 

その横では、顔を真っ赤にして「私のどこがお母さんなのだ!」と響に詰め寄るサンジェルマン。

そして少し後ろのテーブル席の方では、クリスがミカに

 

「おお〜、ファラよりでっかいんだゾ!」

「おいコラッ!む、胸をつつくな! 髪を触るなバカ!」

 

とポスポスじゃれつかれ、完全に遊ばれている。

 

「……うわぁ。起きたらなんだか地獄絵図になってるワケダ」

 

ぼんやりとしていた意識が完全に覚醒し、ここが『コモド』であることを思い出したプレラーティは、ため息をついてカエルのぬいぐるみを抱え直す。そして、このカオスな空間の中で唯一、比較的落ち着いてカウンターの中に立っている優斗へと助けを求めるように視線を向けた。

 

「なぁ優斗……ワタシが寝てる間に、一体何があったワケダ?」

「……ちょっと、色々あって。僕からはノーコメントってことで……」

 

助け舟を求められた優斗だったが、女性陣のデリケートな(?)問題に首を突っ込むのは危険だと判断し、ただただ苦笑いで誤魔化すことしかできなかった。

 

数分後。

 

ようやくカリオストロの笑いが収まり、まだ少し耳は赤いものの、サンジェルマンも咳払いをして何事もなかったかのように落ち着きを取り戻した。

サンジェルマンたちが帰る直前、響、未来、クリスの3人は、カウンターの奥で片付けをしている優斗には絶対に聞こえないように声を潜め、サンジェルマンたちにコソコソと耳打ちをした。

 

「(実はもうすぐ、お兄ちゃんの誕生日なんです。お祝いのパーティーをする予定なんですけど、サンジェルマンさんたちも来ませんか?)」

 

響の小声での打診にサンジェルマンはカリオストロ、プレラーティと顔を見合わせ、ふっと優しく微笑んだ。

 

「(ええ、もちろんよ。以前の雪音の誕生日の時と同様に、私たちも喜んで参加させてもらうわ。……プ、プレゼントを考えておかないとね)」

「(やった! ありがとうございます!)」

 

優斗へのサプライズの約束を密かに交わし、パヴァリアの3人は満足げにコモドを後にした。

 

そしてその日の夕方。

リディアンの学生寮に戻った響、未来、クリスの3人は、誰にも邪魔されないクリスの自室へと集まっていた。

 

「よしっ! それじゃあ、お兄ちゃんと調ちゃんをあっと言わせる、最高の合同誕生日サプライズ作戦会議を始めるよー!」

「おーっ!」

「……ったく、なんでアタシの部屋なんだよ。まぁ、いいけどさ」

 

呆れたように言いながらも、クリスもまんざらではない様子で車座に座り込む。

謎の光や世界で起きている不穏な出来事など、少しの不安はありつつも、今はただ大好きな人たちの笑顔を見るために。3人の少女たちは、膝を突き合わせてワクワクするような作戦を練り始めるのだった。

 

 

 

 

 

場面は変わり、アメリカ合衆国ニューメキシコ州、ロスアラモス。

 

かつてF.I.S.(米国連邦聖遺物研究機関)の本拠地が存在し、現在はアメリカ国立の異端技術研究拠点となっている巨大な施設。

 

厳重なセキュリティが敷かれた最深部のラボでは、白衣を着た科学者たちが南極の氷床下から持ち出された「シェム・ハの遺骸」と「神の腕輪」の解析を急ピッチで進めていた。

しかし、解析用のレーザーが遺骸に照射されたその時だった。

 

数千年の時を越えて原型を保っていたはずのシェム・ハの遺骸が、突如として砂のようにボロボロと崩壊し始めたのだ。

 

『な、何事だ!? 遺骸が崩れていくぞ!』

『ええい、構わん! 放っておけ!』

 

慌てふためく助手たちを一喝し、主任らしき科学者が血走った目でモニターを睨みつける。完全に塵と化していく遺骸には目もくれず、彼らの視線はカプセル内に残された「腕輪」だけに釘付けになっていた。

 

『ミイラなど、所詮はただの抜け殻に過ぎない! 我々にとって真に価値があるのは、この「腕輪」の方だ! これさえ完全に掌握すれば、我々アメリカの手によって忌まわしき神代を完全に終わらせることができる! この力は、我々が管理するのだ!』

 

傲慢な野望を口にし、狂気じみた笑い声を上げる科学者たち。

 

――だが、彼らのその野望が叶うことは、決してなかった。

 

突如として施設中にけたたましい警報音が鳴り響き、分厚いラボの扉がすさまじい爆発と共に吹き飛ばされた。

濛々と立ち込める硝煙の中から現れたのは、アメリカ側に寝返ったはずの旧パヴァリア光明結社の残党たちだった。彼らは最初からアメリカを利用するためにすり寄り、最も価値のある「腕輪」の解析が終わるタイミングを見計らって研究所を急襲したのである。

 

『さぁ、蹂躙の時間だ。一匹残らず散らしてしてしまえ!』

 

残党の一人が冷酷に言い放ち、赤と黒の混じった結晶をばらまく。そこから次々と這い出てきたのは、異形の殺戮兵器――『アルカノイズ』の群れだった。

 

『あ、アルカノイズだと!? なぜ奴らがこんなものを……ッ!』

『ば、馬鹿な!? 貴様ら、我々を裏切ったのか――ぎゃああっ!』

 

科学者たちが腰を抜かし、施設を警備していた護衛の兵士たちが慌ててアサルトライフルを発砲する。しかし、通常の物理兵器はアルカノイズには通用しない。アルカノイズの解剖器官に触れた者から順に、次々と赤い塵へと分解され、砂のようにボロボロと崩れ落ちていく。

逃げ惑う科学者たちの絶望の悲鳴と、アルカノイズによる一方的な大虐殺が、地下施設を無慈悲に赤く染め上げていく。

 

――それから数時間後。

 

業火に包まれ、赤々と燃え盛るロスアラモスの研究所を遠く離れた崖の上から一望する影があった。

 

炎の照り返しを受ける崖の上で、襲撃を成功させたパヴァリアの残党たちがまるで絶対的な主に平伏するように恭しく跪いている。

 

そして、彼らが深く首を垂れるその先。

 

吹き抜ける夜風に星の瞬きのような黄金の髪を靡かせながら、次元の彼方から帰還した神――ニンフルサグが静かに佇んでいた。

 

彼女の白く細い手の中には、研究所から奪い取ったばかりの「神の腕輪」が握られている。

 

「ようやく、ようやくよ、シェム。……貴女に会えるわ。…大丈夫、二人ぼっちじゃない。ちっとも寂しくないわ……だって」

 

ニンフルサグは足元で燃える人間の施設にも、ひれ伏す錬金術師たちにも一切興味を示さず、ただその腕輪だけを両手で大事そうに包み込み、

 

「これからは優斗も一緒。そう、私達とずっと一緒なのだから……」

 

月のように輝く黄金の目で、酷く愛おしそうに見つめていたのだった。

 




シリアス展開で読者が離れないか心配な、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、2月に流星群?
A、一応調べましたが、2045年に2月の流星群は無いのでここでの設定となります。皆既月食は3月に実際あるっぽいです。

Q、プレラーティは眠そうなのになんで付いてきたの?
A、久々3人でのお出かけだったから。あとコモドのコーヒー気に入っていて、行き詰まった時にちょくちょく来ています。そのたびにキャロルとじゃれ合っていますが。

Q、クリスの胸の柔らかさは?
A、「まんじゅうみたいですっごく柔らかかったゾ!」

Q、最後がめっちゃ不穏なんですけど?
A、孤独って怖いですね。
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