ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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最近聞いている曲は、KANさんの「愛は勝つ」とか、斉藤和義さんの「やさしくなりたい」とか、DA PUMPさんの「P.A.R.T.Y. ~ユニバース・フェスティバル~」をローテしてます。


ハッピーバースデイ

S.O.N.G.本部、司令室。

 

数日前のライブの熱狂やコモドでの穏やかな日常から一転して、室内には刺すような緊張感が張り詰めていた。

メインモニターに映し出されているのは、無残に破壊され黒煙を上げる巨大な施設の空撮映像だった。

 

『――事態は数時間前、アメリカ合衆国ニューメキシコ州のロスアラモスにて発生したらしい』

 

重苦しい沈黙の中、内閣情報官である風鳴八紘が自らまとめ上げた極秘資料をスクリーンに転送しながら報告を始める。

 

『現地にある国立の異端技術研究所が、突如として何者かの武力襲撃を受けた。施設は壊滅状態であり、多数の死傷者が出ている。……そして何より、現場に保管されていた「シェム・ハの遺骸」は崩壊して塵となり、「腕輪」が奪取された』

 

その報告に、司令室に集まっていた全員に衝撃が走る。

中でも、複雑な表情でモニターの残骸を見つめていたのは、かつてそこを拠点としていた旧F.I.S.の面々だった。

 

「……かつてF.I.S.として身を置いていた場所が、かくも無惨に蹂躙されるとはね……」

 

椅子に座るナスターシャが複雑さを形にしたような、痛ましくも険しい顔で呟く。その後ろでセレナも不安げに目を伏せた。

 

「いい所とは言えなかったけど、それでも私たちが育った場所……。いくらなんでも、こんな酷い有様になるなんて……」

「マム、マリア姉さん……」

「いくら嫌な思い出も一杯ある場所とはいえ、あんな風にめちゃくちゃに壊されるのは、なんか気分が悪いデス!」

「うん……なんだか、胸がざわざわして、すごく嫌な感じがする……」

 

マリアが唇を噛み締め、切歌が憤慨するように声を上げ、調が不安そうに自身の腕を抱く。

 

そこへ、藤尭が復旧させた一部の監視カメラの映像をスクリーンに映し出した。そこに映っていたのは赤い錬成陣から次々と這い出てくるアルカノイズの群れと、それを指揮する過激派錬金術師たちの姿だった。

 

「アルカノイズ……! 襲撃犯の正体は、パヴァリアの残党ってことかよ!」

 

クリスが忌々しそうに舌打ちをする。通信モニター越しにその映像を見ていたサンジェルマンは悔しそうに目を伏せ、強く拳を握りしめた。

 

『すまない……。私がしっかりと手綱を握り、あの時に全てを清算していれば、このような凶行は防げたかもしれないのに……』

「サンジェルマンが謝ることじゃねぇよ。 悪いのは施設を襲って腕輪を奪った連中さ」

 

自責の念に駆られるサンジェルマンを、奏が力強い声で励ます。

しかし、その状況を冷徹な目で見つめていたキャロルが、ふと顎に手を当てて疑問を口にした。

 

『オレたちから逃げ隠れしていただけの烏合の衆が、アメリカの厳重な国立研究所をピンポイントで襲撃し、腕輪だけを的確に奪い去る。……少し、手際が良すぎやしないか?』

「キャロルの言う通りです」

 

エルフナインも難しい顔で同意する。

 

「残党の錬金術師たちは、指揮系統を失ってバラバラだったはずです。これほどの大規模な襲撃を成功させるには、彼らを統率し、的確な指示を出した『強力なリーダー』の存在が不可欠なはずですが……」

「現場周辺をどれだけ解析しても、「残党以外の誰か」が現場にいた痕跡は一切見つかっていません。背後関係は今のところ全くの不明です」

 

友里の報告に、司令室の空気がさらに重くなる。

S.O.N.G.の誰もが、背後で糸を引く――いや、彼らが狂信的にひれ伏した『絶対的な神』の存在が完全に隠蔽されているという事実に気づいてはいなかった。

 

「すぐに出撃して、腕輪を奪い返さないと……!」

 

翼が焦燥に駆られたように一歩前に出るが、八紘がモニター越しに重く首を横に振った。

 

『待て、翼。我々から手出しすることはできない。……アメリカ政府は、この襲撃事件の事実を頑なに認めておらず、公式には「研究所での小規模な事故」として黙認を続けているのだ』

「事故!? あれだけの惨劇を起こしておいて、隠蔽するというのですか!」

『そうだ。当事国がテロを否定し、支援を拒否している以上、国連の傘下であるS.O.N.G.が他国の領土へ無断で部隊を派遣することは、明確な主権侵害となる』

 

八紘の冷酷な、しかし政治的に覆せない事実に翼たちはぐっと言葉を詰まらせた。

 

『だが、神の腕輪を悪意ある者の手に委ねたままにしておくわけにはいかん。私としても事件解決に向けて、引き続き米国政府には強く協力を要請していく方針だ』

「……八紘兄貴の言う通りだ。今は歯痒いだろうが、状況が動くまで待つしかない」

 

弦十郎が腕を組み、装者たちを落ち着かせるように低く響く声で言った。

 

「各員、引き続き残党の足取りを追え! アメリカが動かざるを得ない確たる証拠を掴む、あるいは奴らが別の場所で動き出すその時まで、出撃の準備を怠るな!」

「「「了解!!」」」

 

装者たちの力強い返事が司令室に響き渡る。

 

優斗の誕生日パーティーという穏やかな夜が近づく中で、彼らは見えない敵への警戒を強めながら嵐の前の静けさというべき「待機」の時間を過ごすこととなった。

 

しかし、S.O.N.G.がパヴァリアがいくら足取りを追えども、襲撃犯である旧パヴァリア残党の行方は依然として知れなかった。

 

焦燥だけが徒ずらに時間を食いつぶしていく。その裏側で、彼らの与り知らぬもう一つのどす黒い思惑が密かに動き出していることなど知る由もなかった――。

 

 

 

 

 

時刻は丑三つ時。外界から隔絶された深い山奥に鎮座する風鳴家の本邸。

 

一切の灯りが落とされた広間にて、ただ一人、夜の闇に同化するように座して待つ影があった。

齢百を超える風鳴の総帥にして、日本の裏社会に深く根を張る老獪――風鳴訃堂。

 

和装を纏い、泰然自若として微動だにせぬその姿は、歴史の暗部に巣食う妖怪の類か、あるいは幾多の死線を潜り抜けた歴戦の修羅か。ただ盤石の如くそこに座しているだけで、周囲の空気を圧するほどの異様な覇気と凄みを放っていた。

 

常人離れした達人の域にある訃堂は、自身の研ぎ澄まされた直感によって確信していた。

 

――今宵、ここへ招かれざる『客神』がやって来る、と。

 

夜風が吹き抜け、上空を流れる分厚い叢雲が月をすっぽりと覆い隠す。

 

スッ……と、縁側を隔てる障子の色が、濃い墨を落としたように黒く染まった。

そして数秒後。雲が流れ、再び白銀の月明かりが障子を照らし出した、その時。

 

月光に浮かび上がった障子には、人のシルエットがはっきりと写し出されていた。

 

この広間は風鳴の当主が庭を愛でるための造りであり、縁側の先は見晴らしの良い広大な枯山水が広がっている。刺客が身を隠すような木立すら遠く、何者が近づこうと、その気配や砂利を踏む音、衣擦れの音すら嫌でも察知できるはずの空間である。

 

にもかかわらず、その影は『一瞬の闇』の間に、まるで幾星霜も前からそこに立っていたかのように、物理的な距離や空間の理を完全に無視して唐突に湧き出たのだ。

 

スゥ……と。手で触れることもなく、ひとりでに障子が左右に開いていく。

夜風と共に広間へ姿を現したのは、ロスアラモス研究所を無慈悲に蹂躙し、神の腕輪を奪い去った張本人――ニンフルサグであった。

 

「……如何様か」

 

閉じていた双眸をゆっくりと開いた訃堂が、静かに、しかし底知れぬ威圧感を湛えた声で尋ねる。

対するニンフルサグは美しい黄金の髪を夜風に揺らしながら、ただ静かに訃堂を見下ろしていた。そこには、かつて優斗をこの世界へと導き、優しく転生させてくれた時の、あの慈愛に満ちた温かい色は微塵も残っていない。

 

ひたすらに冷たく、ひび割れた硝子玉のような虚無の瞳だった。

 

「護国の鬼よ。お前の持つ盤面……いや、お前が飼っている『猟犬ども』の鎖を借りに来た」

 

鈴を転がすような、しかし一切の感情の起伏がない声が広間に響く。

 

「神ともあろう御柱が、随分とまた奇妙な冗談をほざくか。……貴様ほどの力があれば、猟犬(S.O.N.G.)はおろか、国ごと灰燼に帰すことなど造作もなかろう」

「……汚したくないからだ」

 

ニンフルサグの虚無の瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、ねっとりとした熱を帯びた『執着』の炎が揺らめいた。

 

「私の愛しい光……あの美しい魂を持つ者に、血の雨など見せたくはない。あの子の周りを飛び回る羽虫どもを私が直接焼き払えば、あの子は心を痛め、私を拒絶するだろう。……それだけは、絶対に避けねばならない」

 

数千年の孤独の果てに、ようやく出会えた絶対的な希望のぬくもり。

かつて全人類へ向けていた博愛精神は今や完全に枯渇し、彼女の心は「優斗」と、腕輪に眠る「シェム・ハ」の二つの存在にのみ、異常なまでの依存と執着を向けていた。

 

「だからこそ、お前の力で猟犬どもの目を潰し、足を縛れ。私があの子を迎えに行き……『友』との再会を果たすまでの間をな」

「……なるほど。あの若造を手中に収めるための、目眩まし……その汚れ役を、このワシに担えと」

 

訃堂の口角が微かに、そして醜悪に吊り上がる。

神すらも狂わせるあの若造の特異性。だが訃堂にとって神の思惑など、この国を守り抜く為の利用価値のある手駒に過ぎない。

 

「良かろう。だが、取引とは等価であるべきもの。貴様の威光に従う対価として、このワシに何を差し出す?」

 

死の危険すら顧みず、堂々と対価を要求する人間の業の深さに、ニンフルサグは嘲るように目を細めた。

 

「……権力も、富も、知識も、人間として手にし得る全てを貪り尽くしたお前が、唯一抗えぬもの」

 

ニンフルサグが一歩歩み寄ると、神の威圧だけで広間の空気が凍りついた。

彼女は、老人とは思えぬ筋肉こそついているが、老いから免れぬ訃堂の手、深く刻まれた顔の皺を冷ややかに見下ろす。

 

「朽ちゆく泥の器……死の淵へとにじり寄るだけの、その惨めな『砂時計』をひっくり返してやろう。……お前が最も渇望する力がな」

 

その言葉を聞いた瞬間。

常に泰然自若としていた訃堂の瞳孔が、驚愕と、抑えきれぬ歓喜によって大きく見開かれた。

長きにわたり裏社会を支配してきた老獪な怪物が、聖遺物という超常の力を知って以来、己の奥底に眠らせていたかつての野望一つ。完全に見透かされ、そしてそれを叶え得る『神の奇跡』を前にして、静かに、しかし獰猛な笑みをこぼす。

 

「……く、くか、くかかかかっ! これは良い。実に、実にもって素晴らしい取引だ」

 

深い皺に覆われた訃堂の顔が、抑えきれぬ歓喜と野心によって醜悪に歪む。

死の淵に立つ筈の、老いぼれの肉体から発せられたとは思えないほど、その笑い声は力強く、重々しい覇気を伴って暗い広間の空気を震わせた。老境の果てに突きつけられた、誰にでも訪れる「死」という絶対の理。それを覆すという、人間にとって最も冒涜的で甘美な奇跡を前に、老獪な怪物はついに牙を剥き出しにして嗤ったのだ。

 

そんな訃堂の獰猛な狂態を前にしても、ニンフルサグは表情一つ変えなかった。

彼女の硝子玉のような瞳には、目の前で歓喜する人間への興味など欠片も存在しない。今の彼女の心にあるのはただ一つ、あの無垢で優しい魂を持つ青年のことだけ。

 

「ならば、早急に用意しろ」

 

ニンフルサグの冷え切った、しかし絶対的な命令が訃堂の笑い声を断ち切った。

 

「私を嗅ぎ回る猟犬どもの目と鼻を完全に欺き……私とあの子が、誰にも邪魔されることなく静かに過ごせる『揺り籠』を。外界のあらゆる穢れから隔離された、完璧な城を寄越せ」

「承知した。我が風鳴が日本各地に密かに管理する、特秘の地下施設群の帳簿を開こう。衛星の目も、異端技術の波形すらも完全に遮断する影の領域。神が隠れ住むには、少々泥臭いかもしれんがな」

 

訃堂は扇子を打ち鳴らし、傲岸不遜な笑みを浮かべたまま話を続ける。

 

「そして、S.O.N.G.の足を縛る政治的隠蔽と、巧妙な偽装情報をくれてやろう。我が風鳴が政府の中枢に張った蜘蛛の巣を使えば、連中の目を明後日の方向へ向けさせることなど造作もないわ。……彼らが偽りの足跡を追い、蜘蛛の巣でもがいている間に、貴様は誰の邪魔も入らぬ『揺り籠』で悠々と目的を遂げればいい」

 

月明かりが、再び雲に遮られて広間から消える。

闇の中、ニンフルサグの圧倒的な「力」と、風鳴訃堂の底知れぬ「悪意」。

 

決して交わってはならないはずの二つの道が、一つの特異点を巡って重なり合った。人間の果てなき業と神の深く歪んだ異常な執着が交差し、ここに世界を根底から揺るがす恐るべき密約が結ばれたのだった。

 

 

 

 

 

その頃、遠く離れたアメリカの地。

ロスアラモス研究所の惨状の中に、単独で海を渡り潜入したアダムの姿があった。

瓦礫の山を静かに踏み越え、完全に吹き飛ばされた最深部のラボへと足を踏み入れる。

肌を焼くような異常な空間の揺らぎを感じ取り、アダムは目を細めた。

 

「……凄まじいね、この空間にこびりついた力の残滓は。決して残せる熱量ではない、アルカノイズや三流の錬金術師ごときが」

 

彼は焼け焦げた床に膝をつき、足元に散らばる灰を指先ですくい上げた。

目を閉じ、大雑把に莫大な自身の魔力を使い、空間に漂う魔力の波形を自身の奥底で探る。その直後、かつての思い出の中に見せてくれたニンフルサグの力。その残滓。懐かしい波形は彼の脳髄に雷に打つように「神の残滓」が叩き込まれた。

 

確信と共に、アダムはギリッと強く奥歯を噛み締める。

 

「間違いない。確かに存在していたか、ここに……ニンフルサグが」

 

神の腕輪の奪取。それが統率を失った過激派残党の単独の暴走などではなく、残った残滓によって彼女自身の明確な意思による作戦であったことは明白なった。

 

だが、アダムの胸中を埋め尽くすのは、ニンフルサグが帰還した歓喜もある。しかし、底知れぬ困惑も同時に持っていた。

 

記憶のなかにある彼女は善悪関係なく、生きとし生けるものの存在全てに慈しみを持っていた。そんな彼女が取るに足らないパヴァリアの残党などを率いた挙句、所員を蹂躙する形で研究所を襲撃したのか。

なぜS.O.N.G.の者たちや、あまつさえ実の弟であるエンキや、自らが生み出した自身にすら一切の接触を図らず、このような凶行に及んだのか。

 

あまりにも不可解すぎる。彼女の行動原理が全く読めず、炎の照り返しを受けるアダムの端正な顔には、深い焦燥と拭い去れない不安が色濃く刻まれていた。

 

その時、脳裏によぎるのは優斗の存在だった。

 

コモドに入り浸っていた時に、いつかニンフルサグに合わせると軽い口約束をしたした覚えがある。あの時は期待半分に近かったが、約束守ってくれた優斗。正直、アダムに真正面からちゃんとコミュニケーションを取ってくれる優斗への好感度は結構高い。

 

そして優斗にはバラルの呪詛が存在していない事を、優斗から聞いた境遇とエンキからの証言から把握していた。そしてここに収容されていたシェム·ハの腕輪。

 

その考えにたどり着いた時、サンジェルマン達に敗れるまで誰かを信じる事をやめた筈のアダムも、縋るように信じる事をするしかない人間の気持ちを理解できたような気がした。

 

そう、多様性を、尊厳を、命を守ってきたニンフルサグがまさか、シェム·ハを復活させるために優斗を利用するなどと。

 

 

 

 

 

そして、数日後の夜。

 

日米の裏側で、世界を根底から揺るがすようなどす黒い思惑が迫っていることなど露知らず。

澄み切った空に星々が瞬く『星降る夜』の祝福は、ひっそりと、しかし温かく幕を開けようとしていた。

 

「いつまで目を瞑っていればいいの? 響ちゃん」

「ごめんお兄ちゃん。あともうちょっと!もうちょっとだけ、お願い!」

 

普段通りにコモドの営業を終えた優斗は、今夜降り注ぐ予定の流星群を一緒に観ようと響たちに誘われてやって来た公園。そこは以前、彼らが一緒に星空を見上げた思い出の場所だった。

到着するなり「サプライズがあるから」とベンチに座らされ、背後から響の両手で視界を塞がれた優斗。最近の怒涛の出来事で、自身の誕生日のことなどすっかり忘れていた彼は疑問に思いつつも素直に従い、目を覆う響の手のひらの温かさを心地よく感じていた。

 

「もういいよー、お兄ちゃん! 目を開けて!」

 

背後から目隠しをしていた響の温かい手が離され、優斗はゆっくりと瞼を開いた。

暗闇に慣れていた視界がパッと開け、そこに飛び込んできたのは――。

 

「「「お誕生日、おめでとう!!」」」

 

満天の星空の下。色とりどりのランタンや幻想的なライトで美しく飾り付けられた、見晴らしの良い広場の光景だった。

そして何より優斗の目を引いたのは、ご馳走が並ぶ大きなテーブルを囲むように集まった大勢の仲間たちの姿だ。

 

「あれっ!? 皆さんどうしてここに? それにこの料理や飾り付けは……?」

「へへっ、サプライズ大成功だね!」

「今日は優斗さんの誕生日だから、皆さんを誘ってみたんです。そうしたら快く集まってくれて」

「せっかくだから、お外で豪華なパーティにしたんデス!!」

 

口々に種明かしをする響たちに、優斗は目を丸くする。

 

「……そういや今日は僕の誕生日だったっけ。最近いろいろありすぎて、すっかり忘れていたなあ」

「誕生日おめでとう優斗。自分の誕生日だから祝う気は無いのかと思ってたけどさ、その様子だと本当に忘れてたみたいだな?」

「水くさいですよ優斗さん。私たちの時はきっちり祝うくせに、忘れていたとはいえご自分の誕生日を祝わないなんて」

 

呆れたように、けれど穏やかな表情で翼と奏が拍手を送る。

その横で、クリスが少し照れくさそうにそっぽを向きながら口を開いた。

 

「ちったぁ自分のことも大事にしろっての。いつもアタシらの世話ばっかり焼いてるバチが当たったんだ。今日はとことん祝われて、大人しく甘やかされやがれってんだ!」

「それになんと! ここの料理はデスね?」

「私と未来さんで殆ど作りました。優斗さんから教わった事を全部込めてます!」

 

不器用な思いやりを見せるクリスと、大きな皿に飾り付けられた美味しそうな料理を大切に抱えて声を弾ませる調と切歌。

 

そこへ、セレナがマリアの手を引くようにして前へ出た。

 

「私たちもクッキーを焼いてきたんですよ。あの時に優斗さんがくれたクッキーには届いていないかもしれませんが……マリア姉さん、とっても張り切って作っていたので、良かったら褒めてあげてくださいね」

「セ、セレナ!? 余計なこと言わなくていいの! ……そ、そういうことだから……その、お誕生日おめでとう」

 

妹に暴露されて顔を真っ赤にするマリアと、くすくすと笑うセレナからも祝いの言葉が贈られる。そのすぐ横から、元気いっぱいに飛び出してきたのはミラアルクとエルザだった。

 

「クリスに続いて、こうやって優斗の誕生日を祝えるなんて、すっげぇおめでたいぜ!!」

「わたくしめらも、これから年を取って、こんなふうに誕生日を祝えるようになったのは、すべて優斗さんのおかげであります!」

 

恩人である優斗の誕生日。怪物だった自分たちが、そんな『普通のイベント』を誰かと共に謳歌できる日が来るなど、以前は想像すらしていなかった。だからこそ、ミラアルクとエルザは隠しきれない純粋な喜びを爆発させ、「ハッピーバースデイ!」と無邪気にはしゃいでいる。

 

「でも、ヴァネッサが来れなくなったのは残念だぜ」

 

ミラアルクが少しだけ寂しそうに顔を伏せると、エルザがうんうんと頷きながらフォローを入れた。

 

「仕方ないのであります。弦十郎殿たちS.O.N.G.の皆をここに送り出すには、流石に本部で誰かが留守番をしておかないといけないでありますから。ヴァネッサも、後で個人的にちゃんと祝うと息巻いていたでありますよ」

 

 

 

「まったく。錬金術をこんな装飾や照明のために使わされるとはな」

 

少し離れた場所では、この見事な飾り付けを手掛けたのだろう、キャロルが「当然の出来だ」と言わんばかりに誇らしげに腕を組んでいた。

すると、横からガリィが悪戯っぽい笑みを浮かべてすり寄る。

 

「そう言ってマスター? 旦那様に贈るプレゼントに随分とお迷いになってましたけど、結局『あの方法』は選ばなかったんですかぁ?」

「誰が自分にリボンを巻いて、『私をプレゼントします♪』なんて真似をしなければならないんだ!」

「えぇー? 私はただ、プレゼント用の大きめのリボンを用意しただけですけどぉ? それを見ただけでそこまで妄想たくましい考えに至るなんて、流石はマスター! 自分を捧げるほどの愛の深さに、ガリィちゃんはとても感服しましたわ、アハハハハハ!!」

「くそっ! 相変わらず性根が腐っているよお前は!」

 

顔を真っ赤にして怒るキャロルと、お腹を抱えて笑うガリィ。

 

「こうですか……うひゃっ!」

「エルフナイン様。クラッカーは派手に音が鳴りますので、お気おつけください」

「ミカ、余り沢山鳴らさないようにね」

「わかっているゾ!でも、引っ張るとしびれる感覚がすっごいくせになるゾ!」

 

その周りでは、エルフナインやミカたち他のオートスコアラーも楽しそうにパーティークラッカーを鳴らして、色鮮やかな紙吹雪を散らしている。

 

 

 

別の離れた場所でテーブル座り、グラスを手にして優しく上品な笑みを浮かべるサンジェルマン、カリオストロ、プレラーティのパヴァリアの三人が、その賑やかな様子を見守っていた。

 

「ふむ……雪音の時にも思ったけれど、やはり誕生日というものは悪くないのかもしれないわ」

「じゃあ、あーし達もやってみる? 誕生日パーティ」

「悪くないワケダ。と言っても、カリオストロとワタシは『どっち』の誕生日を選べばいいワケダ?」

「そうねえ、やっぱり……この体になった時じゃない?」

 

カリオストロとプレラーティの会話に、サンジェルマンが不思議そうに首を傾げる。

 

「? ……一体何を言っているの?」

「ワタシ達にとって、サンジェルマンに出会い、女体に生まれ変わった時が、何よりも大事な思い出なワケで……」

「ただ腐って行くだけだった前の人生より、あーし達が共に生きて行く誓いが生まれた日こそが、一番大切な思い出。……そんな日を、あーし達の『誕生日』と言ってもいいでしょ?」

「貴女たち……」

 

二人の真っ直ぐで深い親愛の言葉に、サンジェルマンは胸を打たれ、ふっと目元を和ませた。

だが、しんみりした空気を吹き飛ばすようにカリオストロがポンッと手を叩く。

 

「ま、今は優斗くんが主役だし! とりあえずプレゼントを渡しましょ?」

「ふっふっふ。今回のプレゼントを見て、優斗も大いに喜ぶワケダ」

「プレラーティは、一体何を用意したの?」

「男が喜ぶロマンと言えば、やはりこれなワケダ! 200分の1スケールの『チフォージュ・シャトー』の精巧な模型!!」

 

ドヤ顔で自信満々に掲げられた巨大な城の模型に、サンジェルマンは静かに眉間を押さえた。

 

「……プレラーティ。まさか貴女、それは雪音の時にも用意していたの?」

「……流石にあの時は、あーしが裏で取り上げたわよ」

「……ありがとう、カリオストロ」

 

常識人として立ち回ってくれたカリオストロのファインプレーに、サンジェルマンは心底からの感謝を込めて深く頷いた。

 

 

 

サンジェルマンたちの賑やかなやり取りからまた、少し離れた場所では了子とエンキが並んでグラスを傾けていた。

 

「ふふっ、驚いてる驚いてる。あんなに沢山の女の子に囲まれて、優斗くんも果報者ねぇ」

 

微笑ましく優斗を見つめていた了子だったが、ふと隣に立つエンキの横顔を見て、その声のトーンを少しだけ真面目なものに落とした。

 

「……ねえエンキ。やっぱり、気になっているの?」

「ああ、すまない。こんな祝いの場で考えることではないと分かってはいるんだが……やはり、姉上の目的が読めないんだ」

 

エンキはグラスに写る自分の顔を見つめながら、重く沈んだ声で語り始めた。

 

「かつてシェム・ハが反旗を翻した時、あいつが一番最初に襲撃した先は姉上のところだった。僕は救援に間に合わなかったが、現場には激しく抵抗した跡が残されていたんだ。だから姉上はシェム・ハと明確に敵対しており、優斗が見た夢の証言からも、姉上は彼女の復活を阻止したいはずだと考えていた」

「なのに……ロスアラモスから、シェム・ハの腕輪は持ち出されてしまった」

「ああ。残党の錬金術師など、姉上ならば赤子を捻るように簡単に蹴散らせる。それほどまでに、我々とあの者たちとでは力の差があるのだ。もし……もしも、あの裏で糸を引いて腕輪を奪ったのが姉上だとするならば……」

 

そこで言葉を切り、エンキは皆の中心で照れくさそうに笑う優斗の姿へと視線を向ける。彼の脳裏に、一つの『最悪の結末』が過っていた。

 

――それは、シェム·ハに取って邪魔なバラルも無く、ニンフルサグに与えられた神の力と親和性を持つ優斗という器にシェム・ハの魂を降ろし、彼ごと封印を施す。あるいは、彼ごと空間の狭間へと放り出し、永久追放するという非情な手段。

 

しかし、かつてニンフルサグとシェム・ハがどれほど仲が良かったかは、アヌンナキの間でも有名になるほどだった。親友からの裏切りと、悲しい決別。

だからこそ、エンキは信じたかった。今でも姉であるニンフルサグが、自分と同じように、人を……今を生きる人間たちを愛してくれているのだと。

 

(……どうか、僕の杞憂であってくれ。姉上)

 

「……まぁ、今夜くらいは難しい顔はお休みにして、素直にお祝いしてあげましょ? ほら、弦十郎くんたちも呼んで一緒に祝いにいきましょ?」

 

了子がわざと明るい声を出してエンキの背中を軽く叩く。

 

 

 

仕事の合間を抜けてやって来たS.O.N.G.の大人たちもまた、和やかな眼差しで若者たちの輪を見守っていた。

 

「いやぁ、良い笑顔だ。思い返せば、優斗くんとももう5年以上の付き合いになるんだな……」

 

腕を組み、目尻を下げてガハハと笑う弦十郎。その大らかな横顔は平和を守る司令官というよりも、すっかり立派に成長した親戚の子供の晴れ姿を感慨深く見守る、気のいい叔父のような優しさに満ちていた。

 

「新しくなったパヴァリアの協力もあって、本当に少しずつですが世界も平和になりつつありますね」

 

オレンジジュースの入ったグラスを手にした友里が、穏やかな夜風を感じながら隣の藤尭に語りかける。

 

「そうだな。このまま平和が続いて、もしも優斗くんがコモド以外で働くとしたら、どんな仕事に就くんだろう。案外、保育士や学校の先生なんかが向いてるんじゃないか?」

「あはは、確かに! 優斗くんなら、どんなにやんちゃな子供たちでも上手くまとめちゃいそうですね」

「そうなったら、S.O.N.G.に来てやんちゃな人達を纏めて欲しいよ」

 

藤尭の想像に友里も楽しそうに笑い、弦十郎も「ああ。あの面倒見の良さと芯の強さがあれば、どこに行っても立派にやっていけるさ」と上機嫌で相槌を打つ。

 

すると、弦十郎の斜め後ろに控えるように立っていた緒川が、くすりと口元を綻ばせて静かに口を挟んだ。

 

「平和になった後の再就職……ということであれば、司令はさしずめ『流れの格闘家』といったところが一番お似合いになるのではないでしょうか?」

「おいおい慎次! 俺はただの映画好きであって、決して武者修行の旅に出たいわけじゃないぞ!」

「おや、そうでしたか。てっきり、ハリウッドのアクション映画の撮影現場に、道場破りのごとく乱入でもされるのかと」

「するかッ!」

 

緒川の飄々とした見事な茶化しに、弦十郎が慌ててツッコミを入れ、友里と藤尭が弾けるように笑い声を上げる。

 

――新城優斗という、この世界における優しき特異点。

彼がもたらした、ほんの些細な、けれど決して揺るがない「優しさ」と「選択」。もし彼がいなければ、ここにいる者の中には、死という残酷な運命に呑み込まれ、決して交わることのない道を歩んでいたかもしれない。

 

抗えぬはずだった悲劇を乗り越え、自らの手で明日を勝ち取り、こうして共に笑い合える未来を掴み取った者たち。その温かい奇跡の輪の中心にいる彼を祝福するために、今日、この場所に誰もが一堂に会していたのだ。

 

「みんな……ありがとう。本当に……今日という日の事を、決して忘れないよ…」

 

胸の奥から込み上げる熱いものを抑えきれず、優斗の瞳にはうっすらと涙が滲む。

あまりの喜びに感極まって、彼がふわりと幸せな笑みをこぼした、まさにその時だった。

 

スゥ……ッ。

 

祝福するかのように、澄み切った夜空のキャンバスを幾筋もの美しい光の尾が走り始めた。

 

「あ! 流星群だよ!」

「うわぁ……すっごく綺麗……」

 

未来が高鳴る声で上空を指さし、その声に導かれるように、全員が息を呑んで煌めく星空を見上げた。

 

満天の星空の下。

優斗はゆっくりと、自分を囲む大切な仲間たちの顔を見渡した。

 

一人ひとりに向けられる、優しくて、温かい笑顔の数々。胸の奥から込み上げる熱いものを抑えきれず、彼の瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誕生日おめでとう、優斗」

 

 

 

無数の星々が光の雨となって降り注ぐ、幻想的で息を呑むほどに美しい光景。ランタンの灯りと星明かりに照らされた仲間たちの横顔を見つめながら、誰もが、この優しくて幸せな時間がいつまでも続くと信じて疑わなかった。

 

――この眩い星降る夜の向こう側から、抗いようのない絶望が静かに降り立とうとしていることなど、知る由もなかったのだから。

 




ヤンデレってどう表現したらいいのか分からない、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、訃堂は神に対して思うことは無いの?
A、ありません。が、その力は欲しいと思ってます。ですがこの世界ではそこまで諸国に切れる要因は無いので、棚からぼた餅レベルで手に入れたらいいな、くらいは考えています。

Q、錬金術師達は?
A、別行動。もしくはこのままフェードアウトするかも。設定では彼らはシェム·ハを祀った一族の末裔。パヴァリアにいたのは、アダムが神の力を取りに行くという噂を聞いて、シェム·ハの所にたどり可能性が高いと考えたため。

Q、弦十郎達は外に出ていていいの?
A、大丈夫です。ここは一応平和な世界。多分モブに優しいシンフォギア世界ランキングで上位にはいるくらいは。そして原作よりも休みが多い方のS.O.N.G.なので普通に来ました。
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