そして今回もご都合主義かつ、後付け展開。あちらこちらにとっ散らかってます。
見上げる夜空に降り注ぐ流星群の中、ひときわ眩い一つの光が、不自然な軌道を描いて優斗の目の前へと滑り落ちてきた。
爆音もない。突風もない。
物理的な質量を伴う隕石の落下などではなく、ただ世界から一切の音が消え去ったかのような、不自然なまでの穏やかさを保ったまま、その存在は降り立った。
ふわり、と。まるで一枚の羽が地上へ舞い降りるように、土埃一つ立てることなく純白の光が音もなく広場に着地。
「……この気配。間違いない、本物の姉上か!?」
その神々しい降臨に誰よりも早く反応したのは、同じアヌンナキのエンキだった。紛れもない肉親であり同胞である彼女の波形を直に感じ取った、純粋な驚愕と確信の声。
エンキの呟きを聞いた周囲の者たちも、目の前に現れた存在を警戒すべき敵とは見なさなかった。
「も、もしかして……わざわざ優斗さんのお誕生日をお祝いしに来てくれたってことデスか!?」
「あはは、きっとそうだよ! エンキさんのお姉さんも、お兄ちゃんにおめでとうって言いたかったんだね!」
切歌が驚きと共に目を輝かせ、響が嬉しそうにパッと表情を明るくする。
少し派手で粋なサプライズ登場。この幸せな空間において、誰もがそのように勘違いし、信じて疑わなかったのだ。
光が収まった後。
そこに立っていたのは、星の瞬きをそのまま紡ぎ出したかのような黄金の髪を夜風に揺らす超越者。
あまりにも美しく、ただそこにいるだけで周囲の景色を平伏させるかのような静謐なる降臨――ニンフルサグが静かに佇んでいた。
「ニンフルサグさん……?」
「お誕生日おめでとう、優斗」
突然の恩人の登場。自分をこの世界へ送ってくれた彼女に対し、優斗は敵意や警戒など微塵も抱くはずがなかった。
「お久しぶりです!あの時から大分時間が立ってしまいましたが、貴女の御蔭で健やかに過ごせれました。それに、ニンフルサグさんもやっと出られたんですね!ライブの時から急にいなくなって、烏滸がましいですが心配していたんですけど、無事な様で良かったです」
むしろ、行方をくらませていた彼女の無事な姿を見られたことへの安堵と、再会を心から喜ぶような無防備な笑顔を浮かべ、優斗は吸い寄せられるように一歩、彼女へと近づいてしまう。
「迎えに来たわ。私の愛しい光……」
紡がれたのは、氷のように冷たく、それでいてひどく甘く蕩けるような声。
美しくも虚無であった瞳の奥に、泥のように重く暗い熱を滲ませながら、ニンフルサグは彼へ手を伸ばす。
「ニンフルサグさん?どうし…」
その瞬間、優斗が何かを言葉にするよりも速く、彼女の白く細い指先が優斗の首筋にそっと添えられた。
慈愛に満ちた愛撫のようなその接触から、『神の力』が直接脳髄へと流し込まれ、物理的な痛みすら与えられず、優斗の意識は一瞬にして完全に刈り取られた。
「っ……あ……れ……?」
操り糸が切れたように崩れ落ちかける優斗の体を、ニンフルサグはひどく愛おしそうに、そして永遠に手放さないとばかりにきつく胸の中に抱きとめた。
「優斗ッ!?」
「お兄ちゃん!!」
ただならぬ事態、その光景の異様さを即座に理解した響や奏たちが、悲鳴を上げて駆け寄ろうとする。
――だが、次の瞬間。
ニンフルサグの背後から静かに放たれた圧倒的な神のプレッシャーが、不可視の重力波となって広場全体を押し潰した。ギシギシと軋む程の圧力が、辺り一帯の生物をその場に縫い止めてしまう。
「ぐっ……!?」
「か、らだが……動か、ない……ッ!」
ただそこに「神が存在している」という次元の違いすぎるプレッシャーが、装者たちやS.O.N.G.の面々は指先一つ動かせないほどにその場へ縫い留めてしまう。
「動かないでくれ。私はただ、優斗を迎えに来ただけなのだから」
「な、にを……!」
奇跡と笑顔に満ちていた星降る夜の優斗への誕生日の祝福は。
神の不自然なほどに穏やかな降臨によって、唐突として絶望の略奪へと反転した。
見えざる重圧が広場を支配し、誰もが身動きを封じられもがく。
しかし、その絶対的なプレッシャーなど関係ないと言わんばかりに、己の意志と力でその呪縛を打ち破り、即座に行動を起こした者たちがいた。
「舐めるなよ……ッ!!」
まずは、キャロルがこれ以上、理不尽に大切な人から引き裂かれるものか。と凄まじい怒りでプレッシャーを振り切った。
だが、彼女は優斗が腕の中に囚われている以上、広範囲に及ぶ四大元素の錬金術は彼を巻き込みかねないと瞬時に判断。
即座に異空から待機状態の『ダウルダブラ』を手元へと呼び出し、その弦を力強くかき鳴らすことで、紫のファウストローブを即座に身に纏った。
「生憎だが、貴様にくれてやるにはもったいないのでな!…優斗を返してもらうぞッ!」
アーマーの各部から射出された無数の刃を伴う弦が、四方八方からニンフルサグを檻のように囲い込む。
「キャロル!そのまま抑えていてくれっ!!」
それに続くように、地を蹴り爆発的な推進力で突貫したのはサンジェルマンだった。キャロルの弦がニンフルサグの動きを封じたその一瞬の隙を突き、優斗の身柄を奪還する。言葉すら交わさずとも成立した、かつての同士による見事な即興のコンビネーション。
――だが。ニンフルサグは、迫り来る二人の錬金術師を一瞥することすらしなかった。
彼女がほんの僅かに視線を動かしただけで、不可視の衝撃が爆ぜ、キャロルの強靭な弦がまとめて弾き飛ばされる。
さらに、牽制としてサンジェルマンの眉間へ向けて、音もなく高圧縮の光弾が放たれた。
「くっ……!」
(ここで私が躱せば、後ろで動けない立花たちに直撃する……ッ!)
直感したサンジェルマンは回避を捨て、瞬時に錬成したバリアを斜めに展開。真正面から受け止めるのではなく、角度をつけて光弾の軌道を強引に上空へと逸らした。
「はぁあっ!!」
パァァンッ!! という甲高い音と共に弾かれた光弾は、夜空を流れる流星群の一部のように天へと消えていく。サンジェルマンはその衝撃を利用し、横にできた僅かな隙間からバックステップを踏んで退避した。
速攻での優斗奪還作戦は失敗に終わり、サンジェルマンはキャロルの傍らへと着地して歯噛みする。
「失敗した! すまない……ッ!」
「謝っている暇があったら、とっとと次へ動け! ……ガリィ!」
「ガリィちゃんにおっまかせ〜!」
サンジェルマンの謝罪を鋭く切り捨てたキャロルが指示を飛ばすと、待機していたガリィが楽しげな声を上げて指を鳴らす。
水と氷を操る彼女の能力により、周囲に発生した水鏡から「複数のキャロルの幻影」が実体を持ったかのように生み出された。
四方に散ったキャロルの幻影たちが、一斉にニンフルサグを囲い込むように弦を放つ。
対するニンフルサグは全く動じることなく、優斗を優しく抱き寄せたまま、自身の周囲を覆う球状の絶対防壁を展開した。
放たれた弦の群れが防壁に直撃する。しかし、その大半はガリィの作り出した水鏡の幻影であり、バリアに触れた端からすり抜けるように霧散して消えていく。
だが、キャロルの本命は幻影による牽制などではなかった。
「もらったゾ!!」
大量の幻の弦に紛れ、完全に死角となる上空から落下してきたのは、攻撃力ではトップクラスのミカ。
鉤爪を備えた攻撃的なマニピュレーターに換装した彼女が、手にした赤色の高硬度カーボンロッドを、ニンフルサグの防壁の天頂へ向けて思い切り叩きつけたのだ。
超重量と加速が乗った、シンフォギアの装甲すら粉砕するミカの全力の一撃。
しかし。
「――がっちり!?」
甲高い音を立て、渾身の一撃を持ってぶつけたが、防壁は罅一つ、微塵の揺らぎすら見せなかった。
それどころか、叩きつけたロッドから生じた反発の衝撃波がそのままミカへと跳ね返り、彼女の巨大な身体はいとも容易く後方へと吹き飛ばされたのだった。
「ばいなら〜〜!?」
ミカが吹き飛ばされた直後、一筋の閃光となってニンフルサグへ肉薄した影があった。
「姉上ッ!!」
瞬間的に戦闘装束に着替えたエンキが、怒気と悲痛の入り混じった咆哮と共に渾身の右拳を繰り出す。
かつて共に神の座に在った弟の、自身の防御を上から砕きかねない一撃。流石に先ほどのバリアだけでは凌ぎきれないと判断したのか、ニンフルサグはふわりと重力を無視して真上へと飛翔し、その拳を躱した。
しかし、追撃の手は止まらない。
上空へ逃れたニンフルサグの後方にファラが、前方の左右2方面からレイアとカリオストロが同時多発的に襲い掛かった。
「そこッ!」
「はッ!」
「おらぁッ!」
背中にはファラの無骨な大剣が、両手を破壊し、優斗を手放させるためにレイアが錬成したコインのトンファーが、顔面めがけてカリオストロの重い拳が。
三つの凶悪な得物が優斗を抱きしめた状態の空中で、逃げ場のないニンフルサグを完璧なタイミングで挟み撃つ。
――だが。ニンフルサグは微塵も慌てることなく、空中でふわりと身を翻すと三人に向かって不可視の力場を弾けさせた。
「ぐッ!?」
「きゃああっ!」
「いだっ!」
三人はまるで巨大な壁に叩きつけられたかのように、空中で為す術もなく弾き飛ばされる。
見事な受け身を取って無事に着地した三人と入れ替わるように、遅れて神のプレッシャーから何とか解放された奏たちが、聖詠と共に眩い光を持ってシンフォギアを身に纏い、一斉にキャロルの横へと並び立った。
ニンフルサグが後方に目を向ければ、未来たち戦えない非戦闘員は、いつの間にか戦場から退避を完了させていた。今は、守る様に、そして何時でも飛び出せる様にニンフルサグを鋭く睨みつける弦十郎。更にフィーネの姿に変わった了子と、錬成陣を展開したプレラーティの背後でしっかりと守られている。
上空から冷たく見下ろすニンフルサグと、地上から武器を構えて見上げるキャロルと装者たち。
一触即発の睨み合いの中、現状の混乱を代表するかのように、奏の張り裂けそうな叫びが公園に響き渡った。
「一体なんだって言うんだ!? あいつは味方なんだろ!?こっちに敵対しないんじゃなかったのかよ!?」
「おい、ニンフルサグだったな? お前」
奏の叫びに答えることなく、キャロルが一歩前に出る。
冷静な口ぶりを装ってはいるが、その言葉の節々からは、大切な存在を奪われた怒りによる凄まじい殺気が漏れ出していた。
「オレが一度だけ警告してやろう。……今すぐ、優斗を放して、ここから失せろ」
地獄の底から響くようなキャロルの警告。
しかし、ニンフルサグはそれを意に介する様子すら見せない。それどころかキャロルの存在など路傍の石ころほどにも認識していないかのように完全に無視し、眼下の二人へと視線を向けた。
「エンキ、フィーネ。久しいな。……どうやら、無事に出会えて何よりだ。保険は掛けていたが、仲睦まじいお前達が引き裂かれていると思っていたのでな。……やはりアヌンナキは地球から出ていく方針をとったか」
それは、訃堂との交渉の際に見せた虚無の瞳とは違う。数千年ぶりに再会した弟と、義理の妹へ向ける、確かな『情』が乗った温かい声だった。
「お久しぶりです。こんな形での再会はしたくはありませんでしたが。……確かに、貴女が優斗くんに助力してくれたおかげで、私はエンキとこうして再会することができました。そのきっかけをくださったことには、心から感謝しています。……ですが何故!協力者であり、貴女の恩人でもある優斗くんに手を出すような真似を?」
「そうだ姉上! シェム・ハと敵対しているはずの姉上ならば、僕たちと共に歩めるはずだ!!もしこちらに落ち度があり、敵対しているのならば訳を話してくれるだけでも良かった!……何故、優斗の意識を奪うばかりか、連れ去ろうとする!?」
了子の静かな問いと、エンキの悲痛な叫び。
ニンフルサグは抱きしめた優斗を優しく動かし、自身の背後に眠りに落ちた優斗の体をふわりと魔法のように寝かせて浮かべる。
空中で安定した優斗の頬をひどく愛おしそうにひと撫でして、エンキたちへと向き直った。
「決まっている。――私が、優斗を愛したからだ」
あまりにも堂々とした、純度百パーセントの狂気と執着の宣言。意識外からの回答に、全員呆けて時間が止まる。
「な、なぜそこで愛!?」
緊迫した空気の中で放たれた突発的な言葉に、マリアが目を丸くして戸惑いの声を上げる。
「おいエンキ! お前の姉さん、頭大丈夫か!?ポップコーンみてえに弾けた事言ってんぞ!」
「あ、姉上は昔から天然なところもないわけじゃなかったが、ここまで酷くはないはずだ!!」
武器を構えたままクリスが怒鳴るように尋ねると、エンキも激しく動揺しながら首を振る。
彼が知る、誰にでも隔たりなく分け与えた、慈愛に満ちた姉の姿と目の前で優斗に異常な執着を見せる神の姿がどうしても結びつかないのだ。
「何を言って……っ!?」
「心配するな」
混乱するエンキたちを他所に、ニンフルサグは慈母のような、しかし不気味な程優しい微笑みを浮かべて告げた。
「お前たちが懸念しているシェム・ハも、こちらで対処する。……後は、お前たち人類はただ、今の世界を享受していくだけでいい」
「こいつ……頭のキャッチャーミットが腐って、会話のキャッチボールができねえのか?」
自分たちの言葉が全く届かず、完全に自己完結している神の姿に、ガリィが苛立ちを隠しきれず表情を歪める。
対話の余地は最初から一ミリも存在していなかったのだ。
「それでも抗うと言うのなら……やってみるといい。……あなたたちの足掻きなど、風で舞いちる落ち葉に等しい」
ニンフルサグは不敵に微笑んで、お前たちなど吹けば飛んでいく、軽く矮小な存在と言い放った。その明らかな格下への「挑発」に、ただでさえ優斗の誕生日を台無しにされた怒りを持つ切歌と調が即座に呼応する。
「上等デェェーースッ! 思い上がった考えを正して、優斗さんを返してもらうデスよォォッ!」
「……バラしてあげる。その歪んだ独占欲ごと!」
二人が同時に地を蹴り、空中へと飛び出した。
切歌のアームドギアである巨大な鎌がいくつにも分裂し、外れた刃が緑の閃光となってニンフルサグへ殺到する。同時に調のツインテールのアーマー部分から無数の丸鋸が射出され、赤と緑で彩られた無数の斬撃の嵐となって彼女を包み込んだ。
「無意味だと言った筈だが」
無造作に、前方に強固な障壁を展開し、襲い来る刃をすべて弾き飛ばすニンフルサグ。だが、それこそが二人の狙いだった。
「今デスッ!」
「セレナ、お願いッ!」
「流石ですね、切歌!調!」
挑発に乗ったフリをした、完璧な目眩まし。
ニンフルサグの意識が前方へ集中した一瞬の隙を突き、死角からセレナが蛇腹剣を伸ばした。刃を潰し、優斗を傷つけないよう配慮された銀の鎖が、彼の腰を搦め取って引き寄せようとする。
――だが、神の直感は欺けない。
「浅い」
ニンフルサグは視線すら向けず、空いた左手で鬱陶しい羽虫を払うかのように蛇腹剣の鎖を叩き落とした。
しかし、それすらも「二段構えのブラフ」に過ぎない。
本命はそのさらに外側――左右から超高速で肉薄していた、風鳴翼と天羽奏の挟み撃ちにあった。
「――貰ったッ!」
「落ちろォォォッ!!」
双翼による同時一閃。誰もが「決まった」と確信した。
だが、その一撃がニンフルサグの身体を捉える直前、二人の視界から標的が消失した。
「なっ……!?」
次の瞬間、翼と奏の刃が互いの喉元に突きつけられていた。
ニンフルサグが指先一つ動かさずに空間そのものをねじ曲げ、二人の位置を完全に入れ替えさせたのだ。
「っ!奏!」
「おう!!」
翼と奏の不可避の同士討ち――その最悪の結末を避けるため、二人は咄嗟に刃の軌道を捻じ曲げ、あえてお互いの武器を激しくぶつけ合わせた。
ガギィィィンッ!! と甲高い金属音が響き渡り、衝突の勢いそのままに渾身の一撃を空振りさせられた二人は、凄まじい衝撃波によって後方へと吹き飛ばされる。
「大丈夫デスかっ!?」
「くっ……間一髪セーフっ!」
地面を滑るように着地した奏へ切歌が慌てて駆け寄ると、奏は息を整えながら力強くサムズアップで返した。
その二人の無事を確認し、入れ替わるように前線へ飛び出したのはクリスだった。
「神のくせに小手先が汚いんだよっ!!」
怒声と共に、クリスは太もも横のアーマーのスリットを一斉に展開し、無数の小型ミサイルをぶっ放す。
「クリス、何を!? 優斗がまだ近くにいるのだぞ!」
「心配いらねえよ、先輩!」
優斗を巻き込みかねない無差別な範囲攻撃に翼が鋭く咎めるが、クリスは不敵な笑みで返す。
放たれたミサイル群はニンフルサグの目前で起爆。しかし、そこに破壊的な爆炎は生まれなかった。代わりに展開されたのは、周囲の視界を瞬時に真っ白に塗り潰す超高濃度の煙幕だった。
「おい! キャロル!」
「よくやっ、た!!」
クリスの合図に呼応し、煙幕で視界を奪われたニンフルサグの真正面から飛び出したのはキャロルだった。
彼女の右手のひらには、極限まで圧縮された風がプラズマ化し、バチバチと破壊のエネルギーを放っている。そして左手には、空間転移を行うための『テレポートジェム』が握られていた。
煙幕に乗じて高火力のプラズマを直撃させ、足を止めたニンフルサグの横をすり抜けて優斗を掻っ攫い、そのままジェムで即座に離脱する――キャロルが瞬時に組み立てた奪還コンビネーション。
プラズマの極光が、煙を切り裂いて神へと迫る。
――だが。
「なっ!?」
ニンフルサグは慌てることもなく、すっと空いた片手を伸ばした。
そしてあろうことか、真正面から迫るキャロルの『プラズマが溜まりきった右手』へと自らの手を伸ばし、恋人と手を繋ぐかのように指を絡めて密着させたのだ。
当然、手のひら同士で強引に封じ込められたプラズマのエネルギーは行き場とコントロールを失い、二人の間で激しく暴発した。
「が、あぁぁッ!?」
至近距離での大爆発の反動をモロに受け、キャロルはファウストローブを黒焦げにしながら地面へと叩き落とされる。
煙が晴れた後、上空には悠然と浮かぶニンフルサグの姿があった。彼女は自身の少し焦げた右手を鬱陶しそうに振るっただけで、大したダメージを負っているようには全く見えなかった。
それを少し離れた場所から、了子が険しい表情で見つめていた。
彼女は、戦いの推移を見守る中で一つの違和感を抱いていた。
(……なぜ、防ぐばかりで攻撃をしてこないのかしら?)
先ほどサンジェルマンに放った光弾。あれには確かに一撃で戦場を沈めるだけの威力があった。あの手際ならば連射して場を制圧することなど容易いはずなのに、彼女はそれをしない。
防壁を張り、空間を操作し、ただ「そこ」に留まり続けている。
(時間稼ぎ?だとしたら何を狙って?…それに、もう一つ……)
了子の目は、戦場の推移からある決定的な偏りを捉えていた。
他の装者やキャロル、オートスコアラー、サンジェルマンたちの猛攻は、すべて強固な防壁で無造作に弾き返している。
だというのに、奏とマリア――二人が纏う『ガングニール』による一撃に対してだけは、防壁で受けることすら忌避するかのように、わざわざ自ら動いて的確に回避、もしくは吹き飛ばして距離を取る行動をしているのだ。
(なぜ、ガングニールだけを避けているの? ただの偶然とは思えないわ。……ガングニールの伝承。北欧の主神オーディンが振るい、決して的を外さず敵を貫く必中の魔槍。いや、それだけじゃない。あの聖遺物のルーツそのものに、神を穿ち、殺し得る何らかの特効が秘められているとでも言うの……?)
一方、エンキもまた、装者たちの猛攻を捌き続けるニンフルサグの姿に、了子とは別の決定的な違和感を抱いていた。
(……おかしい。姉上の出力が、僕の知る全盛期のスペックからあまりにも掛け離れている)
かつてのニンフルサグであれば、小手先の防壁など張らずとも、周囲一体の空間ごとねじ切ってしまえばいい。それほどの絶対的な力を持っているはずなのだ。だというのに、彼女はピンポイントの空間の操作や防壁といった、極めて燃費の良い『最小限のエネルギー』だけでこの場を凌いでいる。
それに、防ぐだけで攻撃をしない様子は、ここにいる人を傷つけない様、何かに配慮して動いているようにも見えた。
(おそらく、あのライブの日に空間の狭間からこの世界への脱出を強行した際、リソースの大半を消費してしまったのだろう。それに加えて……優斗へ加護を与えたことも、少なからず影響しているはずだ)
つまり、彼女は慈悲や余裕で手加減をしているわけではない。
圧倒的な超越者に見えて、その実、彼女自身も神としてのリソースが、エンキと同様減少しているのだろう。
大規模な攻撃に転じられないほど深刻に『弱体化』しているのだ。エンキはアヌンナキとして、戦士としての自身の知見から、姉の現状をそう看破した。
そして、他者に向けるその視線。
装者たちを見下ろす冷酷な瞳とは裏腹に、その腕に抱いた優斗へ向ける眼差しにフィーネは既視感を覚えた。
(まるで、かつての私を見ているよう……)
数千年の孤独の果てに、唯一の光を掴み取ろうとする狂気。
了子は確信を得るために、かつて自身を突き動かしていた執念をぶつけるようにニンフルサグへ問うた。
「気が引けるけれど……ニンフルサグ、今はそう呼ばせてもらうわ。……かつて人間に向けていた暖かな慈愛の心なんて、もう今の貴女には欠片も残っていない。……貴女の眼中にはもう、優斗くん以外は存在していないのね」
ニンフルサグの眉が微かに、ピクリと動いた。
「なぜ、そう言える?」
「わかるもの。私こそがエンキに会うためだけに、どれほどの犠牲を払い、どれほどの孤独を抱えて生きていたか……貴女もそうなった。…そう、なってしまったのね?」
その問いに、ニンフルサグは答えなかった。
ただ、夜風に黄金の髪をなびかせ、悲しげな、それでいてひどく痛々しい微笑を了子へ向けた。
「……孤独はつらいものよね、フィーネ。私達アヌンナキは、力があり、知識があり、命の長さが誰よりもあった。そんな完成された生き物がたった一人、何もできないで生きている。それだけで簡単に孤独は私を壊してしまうもの」
その一言に、了子は息を呑んだ。
それは否定でも肯定でもない。
ただ、何千年も次元の狭間で精神を摩耗させ、ようやく見つけた「希望」に縋り付く、一人の女としての赤裸々な産声だった。
目に見えて下がる評価に書き直しをしたほうがいいのかと悩む、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、弦十郎は動かなかったの?
A、ニンフルサグに戦闘意欲が無いことは、割と最初の方に看破していましたが、急にこちらへ向かってくる可能性があった事もあり、万が一誰かが倒されたら命を賭けて優斗を奪還しようと考えてました。
Q、弱体化しているの?
A、しています。優斗を転生させた時にリソースを分け与えた上、実はライブ中に顕現した時に、これを逃せば次の機会は無いと考えたニンフルサグは残った力をほぼ全て使いました。
メタ的な言い方をすると、フルパワーアヌンナキの実力が全く分からないからです。エンキVSシェム·ハも、激戦の最後しか描写されていません。そして原作での未来憑依したシェム·ハの実力は、アニメでのセリフを聞いた限り何万分の1らしいので、完全体だった場合、優斗を手元に転移して小規模なビッグバンでも起こせば終わります。古い作品で分かりづらいかもしれませんが、アヌンナキのスペックは宇宙の騎士テッカマンブレードに出てくるテッカマン位を想定。エンキ、シェム·ハ、ニンフルサグはブラスター化したテッカマン。
なので、精神的にも肉体的にも能力的にもナーフを入れています。それでも格闘以外エンキよりちょい上くらいを目安にしていますが。
Q、ちなみにニンフルサグの本来の力は?
A、二つ名の「万象調律者」の由来は、有機物無機物、精神体、概念、果ては魂まで干渉し、存在の設定を好きなようにいじれます。辛い砂糖から、神殺しの槍まで作れますし、翼の胸を大きくできたりします。