ノリで追加設定をつけているので、所々アラが出始めているかもしれません。なので重箱の隅をつつくような感想を待ってます。
調べましたが、ハーメルンでは曲名に関してはガイドラインに触れていないっぽいので作品コードを省略していますが、もし間違ってたら、これもご指摘をお願いします。
戦闘の余波で荒らされ、優斗の為に用意された品々も無惨に散らばっている公園に静寂が落ちる。
警戒を解けない者たちを前に、ニンフルサグはポツリと独白のように語り始めた。
「私は、アヌンナキの中でも戦闘能力以外においては隔絶した才能を持っていたと言ってもいい。……とうに進化が行き詰まっていた我らの種族の中でも、私だけは例外と言えるほどにな」
それは誇示ではなく、ただの事実の羅列だった。類稀なるその才能は周囲から様々な矢印を向けられる要因となった。
期待、羨望、嫉妬。
同種の畏敬、崇拝、そして底知れぬ猜疑と悪意――。
「あらゆる感情が私に向けられた。それらは重く……ただ、私の孤独を助長させるだけのものだった」
「姉さん…」
エンキはそのような様子を微塵も見せなかった、過去の姉の強がりを今になって知ったのだった。
次元の狭間で精神を摩耗させた彼女の虚無の瞳に、遠い過去の情景が過る。
「けれど、そんな孤独の中に、もう一人の天才が現れた。……それが、シェム・ハだった」
ニンフルサグは最初、自分に並び立つ存在である彼女に強い興味を抱いただけだった。
互いの波長が合ったのか、二人は次第に惹かれ合うように仲を育んでいった。ニンフルサグが画期的な成果を発表すれば、シェム・ハがそれに突っかかるように新たな功績を残し、その逆も然り。
切磋琢磨する良きライバルであり、唯一の理解者。
長い時間を共に過ごし、共に働き、遊び……そして自らが生み出した子供のように、人間という存在の未来を並んで見守っていた。
「けれど……その穏やかな時間は、急に終わりを告げることとなった」
シェム・ハの反逆。それは親友同士のつながりを終わりにする、悲しい決別。
言葉を区切ったニンフルサグは、悲痛な顔で見上げる弟へと視線を落とした。
「……エンキ。我らアヌンナキ…いや、神の力を持つもの者の特性……『受けた致命的なダメージを、平行世界の同一存在に押し付けることで逃がすことができる』という生存能力を、当然知っているな?」
「……ああ。高位次元の存在である我々の、不滅の理……」
エンキが苦々しく頷く。
神の力を持つ者にとっては常識とも言えるその理。
だが、そのやり取りを聞いていた『それ以外の者たち』は、初めて明かされたあまりにも理不尽で規則外な能力の全容に、一斉に背筋を凍らせて戦慄した。
「ダメージを、平行世界に押し付ける……?」
「なんだそれは……デタラメにも程があるだろッ!?」
奏が絶望的な声を漏らし、キャロルすらも驚愕に目を見開く。
それはつまり、どれほど完璧な作戦を立てて致命傷を与えようとも、別次元に存在する無数の自分を身代わりにできるという『絶対的な不死性』を意味していたからだ。
「私はその、ダメージを並行世界へ逃がすという特異な性質に興味を持った。平行世界はアヌンナキでも立証されていたが、誰もがそれに着手することはなかった。そこで私は観測し、解明する事にした。アヌンナキが停滞も滅亡せず、繁栄を迎えている世界があるのではないか?と。そのために作り上げたのが、時空間特異点干渉機構――『AN-KI(アン・キ)』」
「アン・キ……しかしあれは姉上が研究所で作っていた、ただの空間転移装置だったはず……」
エンキの驚きに、ニンフルサグは静かに首を振った。
「単なる転移は、あの機構のほんの一部に過ぎない。完成させれば、銀河系規模の空間転移、時間移動、並行世界からの召喚、世界間の移動、さらには世界の位相固定すら可能とする……そういうシステムになる筈だった」
「なっ……!?」
ただ一つの兵器で、時間、空間、並行世界、果ては世界の理そのものを掌握する。
明かされたあまりにも規格外な機能に、エンキだけでなく、キャロルやサンジェルマンたち錬金術師は息を呑み、彼女の知性が文字通り『神の領域』を遥かに超越していることを再認識させられ、深い戦慄を覚えた。
「だが、AN-KIの開発過程で偶然、私は最悪の未来を観測してしまった。……もし我々アヌンナキがこの星に留まり人類に干渉し続ければ、どうなるか。分かるか?」
急なニンフルサグの問いに、思わずセレナの口が動く。
「…神様が導いてくれたら、私たちも健やかに繁栄し、平和に過ごせていくのでは?」
しかしその答えではなかったらしく、ニンフルサグが小さく首を横に振る。
「そうであって欲しかった………神という絶対者に依存した人類は自立を妨げられ、進化は完全に停滞する。結果、観測できた因果律によって『存続価値なし』と判断された未来しかなかった。その結果を間違いだと断定したかったが、当時でも人に干渉したアヌンナキによって争いが勃発したり、意味のない停滞で滅んでしまった国もあった」
衝撃の真実に思わずエンキと了子に視線が向かうが、エンキは表情を硬くし、了子も悲しげに目を逸らす。その行動がニンフルサグの発言が真実だと雄弁に語っていた。
「私が知ったのはお前達から数えて紀元前三千年前、つまり五千年後の今に……この世界そのものが消滅する……『剪定世界』となる未来」
「……剪定? 世界が、消滅……? 一体どういうことだ!?」
あまりにもスケールの大きすぎる絶望に理解が追いつかず、奏が戸惑いの声を上げる。
その横で、キャロルがギリッと奥歯を噛み締めながら、忌々しげに口を開いた。
「言葉通りの意味だ、天羽奏。……枝葉が伸びなくなった不要な枝を、大樹が切り落とすようにな。宇宙そのものから『この世界はもう成長しない。もしくは他の世界に影響を及ぼしてしまうから丸ごと消去する』と決定されたということだ。……我々は、とっくの昔に沈むことが確定していた泥舟で、命を削り合っていたというわけか……ッ!」
「そんな……ッ!」
キャロルの解説に、全員へ絶望の波が広がる。
だが、ニンフルサグは虚空を見つめたまま、淡々と語り続けた。
「だから私は決断した。生命が予想外の進化を遂げるその輝きを守るために、神は人類と離別しなければならないと。……『もう、ヒトにとって神は要らない』と」
「そうか、彼らが地球を離れる決断を下した裏には、そのような事情があったからか」
「私はその思想を唯一の友であり、共に歩める同志であったシェム・ハに語った……そして、エンキ。お前が知る結末に至った」
そこまで語り、ニンフルサグの美貌が初めて、酷い苦痛と後悔に歪んだ。
『――見捨てるというのかっ!? わかり合えない痛みに苦しみながら、それでも足掻こうとする彼らを……お前はただ、見捨てるというのか、ニンフルサグゥッ!!』
「……天才ゆえの孤独を分かち合い、対話しなくても理解し合えると私は思い込んでいた。だから、彼女がどれほど人類に入れ込み、心を痛めていたかに気づけなかった。……私の言葉に失望と怒りを抱いた彼女は、人類を一つに統合することで痛みという境界線をなくすことを選び、唯一神としてアヌンナキ全体に牙を剥く道を選んだ」
すれ違いが生んだ、神々の悲しき決別。
突然の親友からの襲撃に、ニンフルサグは未完成のAN-KIを強引に起動して逃れるしかなかった。その結果が、何一つ存在しない次元の狭間への幽閉である。
「シェム·ハ襲われ、それでも止めようと意気込みを込めて、たった一人で私は逃げた。でも、たどり着いたのは世界の狭間…無限同士が連なり合う果てしない無。勿論、脱出するために足掻きに足掻いた。しかし広がるは無限……例え海に一滴の色の付いた水を流したとしても、変えることなど不可能なように、せいぜい針のような小さな穴を開けるのが精一杯だった…」
その時の恐怖が蘇ったのだろう。震える体を手で抑え、歯を食いしばるニンフルサグ。
「それでもシェム·ハを止めるため生きるの諦めきれなかった私は、可能性に賭けて数百年単位で自分の体を凍結させた。…時折意識が覚醒した時に、何時も目に映るのは、果てしなく続く狂気を孕んだ『白い闇』だけ。…シェム·ハが私を拒絶した言葉がいつまでも夢となって脳裏にへばりつく。種族全てを巻き込んだ争いのトリガーとなってしまった後悔。……いつか消えてしまうかもしれないと、発狂してしまう恐怖の中生きてきた、数千年という時間の中で、私の心を、魂を、少しずつ削り落としていった」
かつてあれほど愛おしかった人類への博愛など、あの果てしない白い闇の中で、とうの昔に溶けて消え失せてしまった。
だが。
ニンフルサグは自身の後ろで眠る優斗の顔を覗き込むと震える体は自然収まり、泥のように重く、それでいて熱を帯びた瞳を細めた。
「そんな絶望の底にあった私を、彼が救ってくれたの」
彼女の白く細い指が、愛おしそうに優斗の頬を撫でる。
「優斗……おそらく彼は全並行世界において、彼以外の『同一人物』が存在しない稀有な存在。おそらく世界とも紐付いていない絶対的な一点の特異点。……彼がただこの世界で『生きた』という揺るぎない結果を残すだけで、剪定世界の消滅を防ぐ錨となるはず」
「なっ……! 優斗が特異点だと!?馬鹿な!それはアヌンナキでもあり得ない存在のはず!?」
「でなければ、空間の狭間で存在などできまい。……それに気づいたのは、元の世界に戻れる可能性に目が眩み、急ぐようにして優斗をこの世界に送ってからだった…」
エンキが驚愕に声を上げるがニンフルサグはそれを意に介さず、ひどく甘い声でうわ言のように語り続ける。
「私は空間の狭間から、彼との繋がりを通してずっと見ていたのよ。彼がもたらす優しさが、あなたたちを絶望から救い上げていくその温かい光を……」
ニンフルサグは眠る優斗を見つめながら、ふわりと赤く染めた頬に手を当てた。そこにあるのは超越者としての威厳ではなく、初恋に浮かれる少女のように甘く、そしてひどく病んだ恍惚の表情だった。
「ああ! 優斗、優斗!! 貴方の事をずっと、ずっとずっとずっとずっと見ていたわ!! 誰かを笑顔にするたび眩く輝く貴方! 悲しむものに寄り添える、海のような包み込む優しさを持った貴方!」
「……そしてそしてそして、聞いていたわ! その口から出る、素直な気持ちを伝える誠実さを持った貴方! 照れる時にとっさに出る、あの柔らかな笑い声の貴方!」
「……もっともっともっと、感じていたいの! 誰かの背中を不器用でも優しく撫でる、あの温かな手のひらを! 私を孤独から引き上げてくれた、その力強くて優しい熱を!」
「……いつかいつかいつか、嗅ぎたかった! 誰かのために奔走して掻いた、尊い汗の匂いを! 貴方の魂そのものから匂い立つ、酷く甘くて、私を安心させてくれるあの優しい香りを!」
「……だからだからだから、味わい尽くしたい! 貴方の口から紡がれる、とろけるほどに甘い言葉の味を! これからはもう、貴方に悲しみや無力感なんて絶対に味わわせない! 私が極上の幸福だけで満たして、甘やかして……その幸せに満ちた甘美な姿を、私だけが尽くしたいの!」
それは、神であることをとうに忘れ、一人の男への執着に狂った少女のような産声だった。
常軌を逸した独白に困惑し、気圧される奏やキャロルたちに目もくれず、ニンフルサグは自身の世界に閉じこもったまま一心不乱に語り続ける。
「ああ、それだけじゃないわ! 貴方は私との約束を忘れず、生き抜いてくれた! エンキとフィーネを再び巡り合わせ、この世界に蔓延る不幸の連鎖をことごとく断ち切ってくれた!」
「なんて……なんて尊く、愛おしいの……ッ! もう貴方は、十分すぎるほど頑張ったわ! だからこれからは、私が貴方のすべてを肯定して甘やかして永遠に守ってあげる! 誰にも奪わせない! 貴方のその底無しの善性も、誰かを救うたびに溢れる眩い心の光も、全部、全部全部全部ッ、私たちだけのものにして、永遠に愛し、慰め、満たし、独り占めしたいの!!」
切実なまでの感謝と、底なしの欲望。すべてをひっくるめた異常な愛情の奔流を撒き散らしていたニンフルサグだったが。
ふと、何かを悟ったように急にピタリと言葉を止め、
「――そして確信したわ。あの果てしない白い闇から私を掬い上げてくれる英雄は、彼しかいない。いや、彼だけだったわ!!」
ニンフルサグはゆっくりと顔を上げ、キャロルや装者たちを見下ろした。
そこに、たった今まで優斗に向けていた熱っぽく甘い少女の面影はない。氷のように冷たく、病んだ神としての絶対的な『無関心』が張り付いていた。
残っているのは、後悔と孤独が生み出した、たった二人への狂気じみた『依存』と『執着』だけだ。
「……だから、あなたたちの相手はしない、してあげない。優斗はそれを望まない。……私には今、彼が必要なの。失ってしまった私のたった一人の友を取り戻し……孤独から救い出してくれた、この愛しい光を」
白衣のようなコートのポケットから、ニンフルサグは場にそぐわないほど丁寧に、シェム・ハの腕輪を取り出した。
黄金の輝きを放つその呪具を、彼女はまるで壊れ物を扱うかのように、細く白い指先で愛おしそうになぞる。その手つきは、あたかも腕輪の向こう側にいるシェム·ハの肌に直接触れているかのようでもあった。
「……ああ、ようやく。ようやく手が届くわ」
ニンフルサグはうっとりと目を細めると、冷たい金属の感触を確かめるように、その腕輪を自身の頬へと押し当てた。硬質な金が肌を圧する感覚に彼女は恍惚とした吐息を漏らす。
「優斗にこの腕輪をつけ、意識だけを蘇らせたシェム・ハと三人だけで……永久に閉じた揺り籠で過ごす。それが今、私の望むすべて」
それは、世界を救う神の慈愛などではない。
新城優斗という存在を完全に独占し、彼の中にシェム·ハを降ろすことで、自分たちだけの閉鎖された永遠を築く――。
聖母のような微笑みを浮かべながら語られるその言葉は、聞く者の身の毛をよだたせるほどの、純粋で壊れた狂気に満ちていた。
「――それをさせると思うのかッ!!」
神の底知れぬ狂気と執着を前に、その場にいる全員が圧倒され、絶望の淵に突き落とされかけたその時。
呪縛を打ち破るかのような、弦十郎の鼓膜を震わせるほどの怒声が響き渡った。
しかし、その司令官としての渾身の喝を、さらに上から力ずくでねじ伏せる声があった。
「まかり通るが、我が国よ」
重く、空気をビリビリと震わせるほどの威圧感を伴った声。
どこか聞き覚えのあるその声の響きに弦十郎たちがハッと息を呑んだ直後、その驚きは四方から湧き上がった『無数の足音』によって完全に上書きされた。
「自衛隊……?いや違う!」
「おいおいおい、どっから湧いてきたんだこいつら!」
いつの間にか、広場の周囲は完全に包囲されていた。
闇の中から現れたのは、自衛隊に酷似した装備に身を包み、冷たい銃口を一斉にこちらへ向ける完全武装の兵士たち。さらにはキャタピラが地を這う重低音までが響き渡り、戦車や装甲車までもが展開していることが知れる。
それは威嚇などではない。一切の容赦を持たない『完全なる武力制圧』を目的とした陣形だった。
「な、何で囲まれてるデース!?悪い事は何もしてないデスよ!?」
「切りちゃん!そんなこと言っている場合じゃないよ!」
突如として現れた軍隊の包囲網に、切歌が慌ててマリアの側へと駆け寄りながら叫ぶ。調も焦ってセレナの隣に並ぶ。
ニンフルサグの理解を超えた狂気に圧倒され、修羅場をある程度潜り抜けたエルザやミラアルクはともかく、息を潜めていた響や未来たち非戦闘員は、銃や戦車という『わかりやすい暴力装置』を突きつけられたことで、狂気とは別の現実的な恐怖に顔を青ざめさせた。
「一体、コイツラはなんなんだ!?」
クリスが両手のガトリングを構え直し、周囲の兵士たちを睨みつけながら吠える。
その問いに答えるように、包囲網の一部が静かに左右へと割れた。
「我ら、護国の為の新しい牙よ」
二人の屈強な黒服を従え、兵士たちをかき分けるようにして歩み出てきたのは、一人の『青年』だった。
黒々とした長髪を夜風に揺らし、筋骨隆々とした逞しい肉体を上質な和服に包んだ男。その顔立ちはどことなく翼や弦十郎に似ている。彼はそのまま、いつの間にか地上へと降り立っていたニンフルサグの隣へと悠然と並び立った。
「何者ッ!」
即座にファイティングポーズを取り、弦十郎が鋭く問い詰める。
その青年は弦十郎を見下だすと、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。
「やはり不肖の息子よのう。……この儂の顔を忘れるとはな」
吐き捨てるように放たれたその言葉に、弦十郎は雷に打たれたように硬直した。
言葉の選び方。人を人とも思わぬ傲慢な響き。
そして何より、その若々しい見た目に反する、老練なまでに落ち着き払った態度と、武を極めた者だけが放つ圧倒的な覇気。
それらすべてのピースが、弦十郎の脳内で『一人の人物』へと行き着いてしまう。
(……馬鹿な。あり得ないッ!!)
弦十郎は心中で即座に切って捨てようとした。
そう、あり得るはずがないのだ。なぜなら、弦十郎の知るその人物は、とうに齢百を超えた老人であるはずなのだから。
目の前に立つ、命の活力が満ち溢れるような和服の青年であるはずがない。
それでも。本能が、彼にその問いを口にさせていた。
「……親父、なのか……?」
「なっ!?……あの人がお祖父様だって!?」
その震える問いかけに対し。気づかなかった翼の驚愕の声。
若返った風鳴訃堂は、自身の野望の第一歩が完璧に成し遂げられた喜びと、悪辣さを微塵も隠そうとしない、底知れぬ邪悪な笑みをニヤリと浮かべたのだった。
「いかにも……。この身に滾るは、八州の安寧を願う不滅の気炎。古より日ノ本の盾となり、国防の要石を担う風鳴一族……その当主、風鳴訃堂とは、まさしくこの儂のことよ」
シワ一つない若々しい掌を握り込み、訃堂は愉悦に顔を歪めた。
「それにこの軍隊達はっ…!親父……まさか、ニンフルサグに与したとでもいうのか!?」
「左様。神の奇跡――『老いの克服』という至高の餌を前にすれば、死を恐れる薄汚い政治屋どもなど、いとも容易く首輪をつけられたわ。今や政府の中枢は完全に我が手中に収まっておる」
驚愕する弦十郎を嘲笑いながら、訃堂は芝居がかった手振りで周囲の兵士たちを示した。
「これこそが我が悲願、『護国災害派遣法』よ! 超常の事態において特定の対象を『災害』と認定し、超法規的な武力行使と処分を可能とする法よ。……先ほどの茶番、こう記録させてもらったぞ。我らに協力してくれた女神がテロリストである錬金術師から厄災の腕輪を奪還した。だが、S.O.N.G.は錬金術師と結託し、国に仇なすべくそれを奪い返そうと企てた、とな!」
「何だと……ッ! 俺たちを反逆者に仕立て上げる気か!」
「よって同法に基づき、この国におけるS.O.N.G.の全権限の凍結、ならびに無期限の謹慎を命ずる。抵抗すれば『災害』として非戦闘員ごとハチの巣にして即時処分するまでのこと。今より貴様らの組織は、この儂が管理してやろうぞ」
それは、超常の力を持つ装者たちに対する『法律』と『人質』による、最も卑劣で完璧な盤外戦術だった。
「……己の欲望のために神すら利用し、法を捏造して他者を蹂躙する……ッ!」
その時、一歩前に出たサンジェルマンの瞳に、激しい怒りと憎悪の炎が宿った。
彼女が何よりも嫌悪する『無知な者を搾取し、不条理に支配する者』の醜悪な極致が、目の前の男だった。
「貴様のような搾取する支配者こそ、我らが最も許しがたい存在だッ!!」
殺気すら込めて睨みつけるサンジェルマン。だが、訃堂は鼻で笑って冷酷な視線を彼女たちへ向けた。
「吠えるな、敗残兵如きが。今では貴様ら、国連に名を連ねる同盟組織であったな? 我が国の『正当な』内政干渉に及べばどうなるか……奔走して築き上げた立場を自ら壊す覚悟があるのなら、やってみるがいい」
「くっ……!」
サンジェルマンが激昂しかけた時、隣に立つカリオストロがその細い指先で彼女の腕を冷静に制止した。
「……待ちなよ、サンジェルマン。ここでコイツの挑発に乗るのは、あーしたちにとって一番最悪なパターンだって分かってるでしょ?」
「カリオストロ……! だが、優斗が奴の手に落ちているのだぞ!?」
「だからこそ。相手の土俵で、しかも『正当な手続き』なんて檻の中で暴れたら、あーしたちだけじゃなくて、あいつらの立場まで真っ黒に塗りつぶされちゃう」
カリオストロは、あえて訃堂から視線を外さず、不敵な笑みを浮かべて見せた。その瞳は感情に流されるサンジェルマンとは対照的に、戦況を冷静に分析している。
「ここは一度、大人しく引くわよ。正面からぶつかるだけがあーしらじゃないでしょ? 外部から動いて、外堀を埋めて……昔から裏では動くやり方がさ、あーしたちには向いてるんだからさ」
「…………」
もしここで事を構えれば、優斗が、そして健全となったパヴァリアに残ってくれた者たちの意思を踏み潰してしまう。そうなったらパヴァリアは再びテロリストとして扱われ、国際的な居場所が完全に崩壊してしまう。サンジェルマンは屈辱に唇を噛み切り、拳から血が滲むほど握りしめて足を止めるしかなかった。
「……賢明な判断だな。負け犬には、負け犬に相応しい這いずり方があるということか」
訃堂は全盛期の力に満ちた腕を広げ、傲慢に言い放つ。
「若返った儂が統治する我が国に、貴様らのような異端が入り込む余地などもはやこの国には存在せんわ」
更に背後で、同じように静かに決意を秘めた目で訃堂を睨むプレラーティ。彼女もまた、カリオストロの意図を察し、今はただ静かに、反撃の牙を研ぐためにサンジェルマンの背中を支える決意をした。
「……興醒めだな」
その絶望的な膠着状態の中、ぽつりと呟いたのはキャロルだった。
彼女はダウルダブラのファウストローブを解除すると、静かに踵を返す。
「キャロル……!?」
「勘違いするな。優斗を諦めたわけでは断じてない。だが、今の盤面は完全にこちらが『詰んで』いる。無策で動けば全滅だ」
隣で戸惑う声に奏、キャロルは肩越しに冷徹な視線を向けた。
「お前たちとの協力関係はここで一旦破棄させてもらう。……オレはオレのやり方で、優斗を奪還させてもらうぞ。行くぞ、お前たち」
(……!)
誰よりも助けに向かいたい感情を押し殺し、今は分が悪いと即座に撤退の判断を下したキャロルは、誰にもバレないように奏の手の中に何かをねじ込んだあと、テレポートジェムを使い、オートスコアラーを引き連れて速やかに消えていった。
「よろしいのですか?」
「構わぬ。守るべき者も帰るべき場所も持たぬ、根無し草となった小娘など我が国においていささかの脅威にもならぬわ。例え抵抗したとしても、螳螂の斧に過ぎぬわ。」
いなくなったキャロルに対して黒服が耳打ちするも、し訃堂は脅威ではないと見下し、わざと見逃した。
合法的に牙を抜かれ乗っ取られたS.O.N.G.と、国外へ追放されるパヴァリア組。そして離脱したキャロルたち。
完璧に分断され、無力化された状況下で、ニンフルサグはゆっくりと優斗の身体を抱き抱え、空へと浮かび上がろうとする。
「待って……ッ!」
「お兄ちゃんを、連れて行かないでッ!!」
その光景に耐えきれず、恐怖を押し殺して前に飛び出したのは、響と未来だった。
「どうして奪おうとするの!? 悲しくて寂しかったなら……わたしたちとも、話し合いで分かり合えないの!?」
「優斗さんは、誰かが悲しむのを絶対に放っておかない……! あなたが彼を大切に想うなら、一人で奪い去るんじゃなくて、みんなで一緒に手を取り合うことはできないんですかッ!?」
響が、彼女が優斗達と関わった人から教わった歩みから持つ、『手を取り合うこと』を必死に訴えかける。
「神様でも……お兄ちゃんと一緒に、みんなで仲良くなれるはずだよッ!!」
銃を向けられながらも、涙声で必死に対話を叫ぶ二人。ニンフルサグはそんな二人を冷たく見下ろすと、ほんの僅かだけ、その虚無の瞳に労いの色を浮かべた。
「立花響、小日向未来……と言ったかしら」
神の口から柔らかく紡がれた自分たちの名前に、二人が息を呑む。
「……貴女達に出会うまで、何処か孤独だった優斗を支え、心を温めてくれたこと。こればかりは恩人として、あなたたちには心から感謝しているわ」
それは、かつてのニンフルサグとしての慈愛の残滓か。
だが、次に続いた言葉は、二人の切実な『対話』の願いを完全に断ち切る、絶対零度の拒絶だった。
「――けれど、もう十分よ。貴方達が私達と並び立つことなんてできない……あってはならなかった………これからは、私が彼を愛し、満たしてあげる。あなたたちの役目は、もう終わりよ」
その宣告と共に、ニンフルサグは優斗を抱いたまま、眩い黄金の光に包まれていく。
「待って!待ってよう……お兄ちゃん!お兄ちゃぁぁぁん!!」
「優斗さん……優斗さぁぁん!!」
訃堂の邪悪な狂気と、神の歪んだ執着。
星降る夜の祝福は完全に蹂躙され、絶対的な『絶望』が彼を連れ去っていく光景を、響たちはただ涙を流し、奏達は歯を食いしばり見送ることしかできなかった。
本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、ニンフルサグの口調がコロコロ変わるのは何故?
A、今のニンフルサグは初めて恋する少女の様な情緒になっておりまして。それ以外には神として接しますが、優斗やシェム·ハ相手には素で接します。ちなみにこの状態でも薄皮一枚ギリギリ理性は働いています。
Q、訃堂が若返り位で付き従うの?
A、一応は。訃堂にとって一番の懸念している事は後継者づくりです。一番目をつけていた翼は、護国の鬼はならないだろうと半ば諦めていました。自分が死ぬまでには翼に優斗の子を産ませ英才教育する事も視野には入れていましたが、その前の若返ったので当主の座を継続することになりました。その恩義と、そのまま日本に留まってくれることを狙う打算がありますが。
Q、話のスケールが大きくなったけど収拾つけるの?
A、大半は死に設定です、あまり気にしないでください。
システムAN−KIについて。最初はニンフルサグの好奇心で作った訳でもありますが、このシステムを使えば例え銀河系クラスに離れても見守ることが可能です。オーバースペックなのは十徳ナイフみたいにあれこれ詰めた結果。ちなみにシェム·ハには、驚かせたいが為にシステムの事は殆ど内緒にしていました。
剪定とかはシェム·ハのやっていることがFGOのゲーティア似ているな。そうだ、この世界を剪定されていることにすれば、色々と動機づけがしやすいな、と思ったから。
優斗の特異点は最初、シェム·ハ対策の為にできた設定ですが、これもメタ的な視点で言えば、この作品「ハッピーエンドに向かうには」以外には存在しないから、とも言えます。
Q、なんで剪定されるのが今頃?
A、原作に置いてシェム·ハが勝った場合が、この世界に置いて剪定される条件を満たす状態に該当。ここのシェム·ハはちょっと強くなっています。なので優斗が来なければ、シェム·ハの勝利後、生命と星が一つになった時点で剪定されます。