ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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シリアス…というかシンフォギアという背景が凝っている作品に、オリジナルを混ぜつつ進めるのは凄く大変です。

何度でもいわせてほしいんですが、作者はシリアスが苦手です。筆がめっちゃ遅くなります。




灰の中、燻る心に火を灯す

 

しんしんと降る雪が、凍てつくような寒さをより一層厳しくしている千葉県・勝浦。

寂れたたばこ屋の軒先にある公衆電話で、傘を差した風鳴弦十郎が、国家安全保障の内閣情報官にあたる兄・風鳴八紘と密かに連絡を取っていた。少し離れた場所では、緒川慎次が鋭い視線で周囲の警戒にあたっている。

 

『そろそろだと思っていたが、盗聴は大丈夫か?』

「御用牙時分からの情報屋回線を使わせてもらっている。もちろん、念の入れようは十重二十重に敷き詰めているさ」

 

受話器の向こうの兄からの問いに、弦十郎はふっと息を吐いて答えた。

 

「あれから一週間……。足踏みばかりで、上手くは行かないものだな」

『焦るな、弦。……そう言いたいところだが、訃堂の甘言に乗せられた政治屋は多い』

「歯がゆいな……」

『だが、その甘言に惑わされず、訃堂が強行した『護国災害派遣法』の強権に抗う者も、私を含めて多数いる』

 

弦十郎は少し驚いたように眉を上げた。

 

「兄貴は分かるが……なぜだ? 寿命が延びる、あるいは若返るという誘惑は喉から手が出るほど欲しいはずだろう。それに親父からの甘い汁を啜る奴も少なくは、ない…」

『そういった輩だけではないのさ、我が国は。聞いた本人曰く、だがな。「妻子を置いて自分だけが若返る気はない。本当の意味でこの国を引っ張るのは、我々ではなく若い芽だ」……とな』

「……かっこいいぜ。そんな大人たちがまだこの国にいるのなら、我々もくよくよしてはいられないな」

『だが、未だにお前たちS.O.N.G.の立場は厳しいままだ。先日からの査察、各職員の謹慎、潜水艦本部の差し押さえ。全て訃堂がでっち上げた行為の罪状がまかり通ってしまっている。とはいえ、訃堂も大々的に公表すれば他国から介入されかねないと判断したのだろう。国連で話題になっておらず、日本国内だけで事態を収めようとしているのが何よりの証拠だ。だが、お前たちが立場を取り戻すには、ただ訃堂を抑えるだけでは厳しいぞ』

「分かっているさ兄貴。だが、ヴァネッサの機転のおかげで、今はまだ首の皮一枚繋がっている」

 

そう、あの騒ぎの最中。

 

藤尭が拘束される寸前に開いた端末の緊急回線を、潜水艦本部で待機していたヴァネッサがいち早く察知したのだ。彼女は現場の記録映像をはじめ、エルフナインや了子が行っていた研究データ、そしてエンキが残した先史文明やアヌンナキに関する特秘データを急いで吸い上げてくれた。

 

渡せば訃堂の絶対的な切り札になりかねない重要な情報だけを瞬時に判別できたのは、彼女が過去にパヴァリアで錬金術師として活動していた経験の賜物であった。

 

「ヴァネッサ曰く、査察官のボディチェックが甘かったそうだ。谷間に記録メディアを仕込んで持ち出すなんて、スパイ映画以外で見る日が来るとは思わなかったぞ」

『まさしく女の武器、というやつだな。……弦十郎。翼たちは、どうしている?』

 

八紘からの重い問いかけに、弦十郎は痛ましいものに触れるように、深く眉をひそめた。

 

「何とか取り繕っている、そんな所だ。奏と翼は比較的マシだったから皆のフォローをしてもらっている。だがマリアくん含め精神状態はあまり良くない。アーティスト活動も開始している。本人は無理をしていないと言っているが、端から見たらどうしても無理をしているようにしか見えない。切歌くんと調くんは落ち込んでいるものの、かろうじて生活する分には成り立っている。ただ……」

 

弦十郎が気にしているのは、ある三人だった。

 

「クリスくんと響くん、そして未来くんが特にまずい。翼や奏が様子を見に行っているが、未だに優斗くんの家に閉じこもったままだ」

 

響、未来、クリスの三人は、優斗のいなくなった彼の部屋――皆の居場所であった『コモド』で、互いの傷を舐め合うように入り浸り、遂には引きこもってしまっていた。調や奏が時折様子を見に行っているが、あまり良くない傾向だった。

 

弦十郎の脳裏に過去の痛ましい光景が蘇る。

日本国内でのS.O.N.G.の活動凍結と全員の謹慎が決まったあの日、そして査察官が来る日の前日。司令室の空気はかつてないほどに荒れ狂い、そして冷え切っていた。

 

『ふざけんなッ! 謹慎だぁ!? 優斗が攫われたんだぞ!? なんでアタシたちがここで指を咥えて待ってなきゃならねぇんだよ!!』

 

机を激しく叩き、今にも単身で本部を飛び出そうと目に怒りを焼きつけ声を荒らげるクリス。彼女にとって優斗は、ようやく見つけた、ありのままの自分でいれる「帰るべき居場所」そのものだった。それをむざむざ奪われた喪失感と自身への無力感が、彼女の理性を焼き切っていた。

 

『落ち着けクリス! 気持ちはわかる!だが今動けばあのクソジジイの思う壺なっちまう! あたし達の周りごと潰されるぞ!』

『知るかよッ! 何が潰れようがどうでもいい! あいつがいねぇなら……優斗が笑って出迎えてくれねぇなら、そんなもん何の意味もねぇだろ!!』

 

必死に引き留めようとする奏に、クリスは血を吐くような悲痛な叫びをぶつける。奏自身もギリギリで堪えているのだと分かっていながら、止められなかった。そして、怒りと焦燥で視野が完全に狭窄したクリスは最悪の形で矛先を逸らしてしまう。

 

『マリア、お前もなんとか言えよ! 大人ぶって黙ってんじゃねぇ! お前ならこの焦りがわかるだろ! お前だって、過去に優斗を誘拐しただろうがッ!!』

 

その瞬間、司令室の空気が完全に凍りついた。

 

かつてF.I.S.から離反し、フィーネと名乗っていた時のこと。

アメリカに相手取る為、そしてナスターシャの病の事、優斗の両親。不本意な状況下での苦渋の決断だったとはいえ、優斗を攫ったという事実は、許しを得たとはいえマリアの心の奥底に癒えない罪悪感として残り続けている。

 

一番痛いところを抉られたマリアは、反論することもできず、ただ血が滲むほどに唇を強く噛み締め、震えながら俯くことしかできなかった。

セレナもクリスの言葉に、何も言えず俯くしかなかった。

 

『……っ、クリスさん、それは言い過ぎ……』

『いい加減にするデースッ!!』

 

青ざめた調がマリアを庇おうとしたその時、切歌が張り裂けるような声で叫んだ。ポロポロと大粒の涙を流しながら、クリスをキッと睨みつける。

 

『クリスさんのバカッ……! マリアがずっとその事を後悔してるのを知ってるくせに! それに辛いのはクリスさんだけじゃないデス!アタシだって今すぐ追いかけたいデス!奏さんだって翼さんだって、マリアもセレナも調も! ……ここにいるみんなだって同じ気持ちデス!!……でも、それ以上に響さんや未来さんの事も、少しは考えてあげてくださいデスッ!!』

 

ハッとしてクリスが視線を向けると、事情説明の為に呼ばれた響と未来があの時の事を思い出したのか、部屋の隅で互いに寄り添い合い、声も出せずに震えていた。

 

目の前で圧倒的な力に蹂躙され、ニンフルサグを引き止めることも、優斗の手を掴むことすらできなかった自分たち。誰よりも優斗の側にいて、誰よりも深い絶望の淵に突き落とされている二人。

 

そのボロボロになった姿を見た瞬間、クリスから憑き物が落ちたように怒りが消え失せた。

 

『……っ、ごめん……。アタシ、どうかしてた……。…ごめん……ッ』

 

クリスは酷くバツが悪そうに顔を歪めて痛々しい謝罪を絞り出す。しかし、誰も彼女を責められず、マリアも静かに首を振るだけで、フォローの言葉をかけることすらできなかった。ただただ後味の悪い、重く息苦しい沈黙だけがその場を支配していた――。

 

「……リディアンには事情をぼかして、休学という形で説明しているが、あの子たちの限界も近いだろうな」

 

受話器を握る弦十郎の手に、ギリッと力が入る。

 

「大人である自分が彼女たちの拠り所を守りきれなかったせいで、子供たち同士で傷つけ合うようなマネをさせてしまった」

 

弦十郎の呟きには、深く重い自責の念が滲んでいた。

 

『……辛い役目を強いてすまない。だが、今は耐える時だ』

 

八紘の静かな、しかし確かな励ましの声が雪の降る公衆電話の寒々しい空気に溶けていく。数秒の沈黙の後、八紘は声のトーンを一つ落として尋ねた。

 

『それで……優斗くんの足取りは、未だ掴めないか?』

「ああ。エンキと了子くんが、かつて特異災害対策機動部二課――その初代司令官が風鳴訃堂であった時代の古い資料を洗い直し、関連しそうな潜伏先を探し回ってくれている。だが、未だにこれといった手がかりは見つかっていないらしい。それに今の二人は複雑な立場だ。下手に一つの場所に居るよりかは動き回ったほうが撹乱にもなる」

『分かった。こちらでも探してみよう。……キャロルくん達から連絡は無いのか?』

「それが一向に無い。だが、あのキャロルくんがこのまま引き下がるような性格ではないさ。何より今、ヴァネッサ達の所に泊めている、エルフナインくんをこちらに預けたままだ。まだ連携を取る意思があると見ていいかもしれん。俺たちも、まだまだ諦める訳にはいかない」

 

弦十郎の力強い言葉に、受話器の向こうの八紘も同意するように短く息を吐いた。

 

『そうだな。それに、欧州の本部へ戻ったサンジェルマンやアダムからの連絡も待たねばならない。事はあくまで水面下で、確実に進める必要がある。……そのための、新しい拠点を用意させてもらった』

「拠点……?」

 

八紘が告げたその『場所』を聞き、弦十郎は一瞬驚きに目を見開いた後、安堵と喜びの入り混じった表情へと切り替わった。

 

「そうか、俺たちにはまだ『あそこ』があったか。兄貴も粋なことをする。……だが、今は政府の厳重な管理下にあったはずだろ?」

『そこは心配するな、弦。押さえてくださったのは、斯波田外務省事務次官と、広木防衛大臣のお二方を筆頭にした皆様方だ』

「あの二人が……?」

『ああ。お二方とも、この国を不当な強権で縛り付けようとする訃堂のやり方に、強く危機感を抱いておられた。立場上、表立っての反旗を翻すことはできずとも、「未来を担う若者たちから、帰るべき場所まで奪ってはならない」と、秘密裏に各方面へ掛け合い、大変な骨を折ってくれたのだ。お前達S.O.N.G.がこれまで示してきた歩みは決して無駄にはなっていない』

 

権力に屈しない気骨ある大人たちの支えに、弦十郎の胸が熱くなる。

 

「これで活動場所は確保できた。……なあ、兄貴。親父がただ、これ以上大人しくしていると思うか?」

『しないだろうな……』

「なら、いっそ親父を先に直接抑えてしまえば――」

 

無意識のうちに受話器を握る弦十郎の手にギリッと強い力がこもる。だが、その殺気を帯びた焦燥を、八紘の静かな、しかし有無を言わさぬ声が制した。

 

『――早まるな、弦』

「……っ」

『全てがつまびらかとなるまでは疑うな。……私とて、信じたいのだ。風鳴訃堂は、曲がりなりにもこの国の防人』

 

傘に落ちる、雪の降る音だけが間を埋める。

 

『何より、私たちの父親ではないか』

 

それは政治家としてではなく、一人の子としての切実な響きを持っていた。

 

『私は人を信じている。最終的に信じ抜く覚悟だからこそ、如何なる手段の行使すら厭わない。だから私は、政治を自らの戦場としているのだ』

「八紘兄貴……」

 

嘘偽りのない、八紘の信念を持った心の強さ。それに当てられた弦十郎は無意識に強張っていた身体の力がスッと抜けて落ち着いていくのを感じた。

 

『それに、悪化していた米国との協力態勢の構築も、何とか道筋が見えてきた。これを必ず実現してみせるさ。これを機に、国連に要請してパヴァリアと共に訃堂たちに包囲網を敷き、大捕物も仕掛けられるかもしれないしな』

「やっぱスゲェな、八紘兄貴は。……俺の兄貴の中でも、一番おっかない」

 

強大な権力と神を相手に、盤面をひっくり返す包囲網を水面下で敷き詰める胆力。弦十郎は思わず苦笑し、電話の向こうの八紘も穏やかに笑い声を立てた。

 

『前線は託すぞ、弦。計画が綻びを見せるのは、いつだって走り始めてからだ。この先にちらつく尻尾を逃さず掴めば、必ず真実は明らかとなる』

「……ああ」

『疑うのは、それからでも遅くはない』

「分かった。ありがとう、兄貴」

 

電話を切る弦十郎。

冷たい雪は未だ降り続いているが、彼の瞳には確かな熱が宿っていた。

弦十郎は最後に、たばこ屋の店主を装う情報屋のお婆ちゃんに深く頭を下げて挨拶をすると、これから来る反撃のチャンスのために、新たな拠点へと歩みを進めるのであった。

 

 

 

 

 

一週間。本来の持ち主を無くした喫茶店『コモド』。

 

店先のドアに掛けられた『休業』を告げる看板だけが、主のいない寂しさを代弁するように冷たい風に揺れている。

時折、常連客だろうか。様子を見に来た人がその看板を見ては残念そうに去っていく姿が目に入った。

 

その横を通り過ぎた奏は、店舗の裏手へと回り、居住用スペースに繋がるドアの前に立つ。

片手にはスーパーのロゴが入った袋を重そうに下げており、もう片方の手で躊躇いがちにインターホンを押した。

 

押した後、しばらく静寂が落ちたが、やがて内側からスリッパを引きずるような不規則な足音が聞こえてきた。

 

カチャリ、とチェーン越しに少しだけドアが開く。

 

「すんません。いま家主は不在で……って、なんだ、奏先輩かよ……」

「よっ、クリス。今いいか? 手土産に色々買ってきたからさ」

 

ドアの隙間から顔を出したクリスが出迎えた。奏が食品やらで一杯な袋を掲げる。クリスが着ているのは、彼女自身の服ではなく、あきらかにサイズの大きい優斗のヨレたパーカーだった。外に出る気力も少ないのだろう。少しでも彼の痕跡に包まれていたくてあまり着替えていないのだろうと奏はすぐに察した。

 

「適当に座っててくれ」

 

リビングに上がらせてもらった奏は、少し意外そうに目を丸くした。

生活感こそあれど、部屋の中はゴミが散乱しているわけでもなく、キッチン周りやシンクも綺麗に片付いている。優斗がいなくなったこの一週間、クリス、響、未来の三人は、絶望の中でただ朽ちていたわけではなく、どうにか『生活』を維持できているようだった。

 

「響と未来は?」

「今、近くのスーパーに買い出しに行ってもらってる。……ここ数日で何とか少し落ち着いてきたから、気分転換と生活用品の補充を兼ねてさ」

 

クリスは冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで奏に手渡した。

「サンキュ」と受け取り、対面でテーブルに座った二人は、重い空気を誤魔化すようにここ最近の近況を話し合い始めた。

 

「……マリアたちは?」

 

コップの縁を指でなぞりながら、クリスがポツリとこぼす。あの日、最悪の形で八つ当たりをしてしまったことへの罪悪感が、彼女の表情を暗く落としていた。

 

「マリアとセレナは仕事中だ。と言っても、スタジオでの収録だけだからそんなに拘束されないタイプのヤツだけどな。……でも、やっぱりあの時の発言は結構気にしてる。マリアのやつ、楽屋でもずっと暗い顔してたしな」

「……あん時は、悪かったよ。切歌と調は?」

「お前たちほどじゃないけど、メンタルは結構やられてる。エルザのサポートも入ってるし、学校にはちゃんと行ってるぜ。むしろ、ずっと学校を休んでるお前たちのことをすげぇ心配してるよ」

「そっか……あいつらは、強えな……」

 

自分たちのように部屋に引きこもるのではなく、痛みを抱えながらも立ち上がり、『日常』を過ごす選択肢を取った後輩二人の姿にクリスは自嘲気味に感心した。

 

「翼は……まあ、翼だけじゃねぇんだけどよ。コモドで大人しくしてるお前たちとは真逆で、死に物狂いで自主訓練に励んでることが多いな。一時期やりすぎて、見かねたおっさんに雷落とされてからは、流石に抑えてるけどよ」

「ん……まあ、あたしもあいつらがいなかったら、同じ事してるか……あるいは、一人で見えもしない敵陣に飛び出してるかもな」

 

そう呟いたクリスの脳裏に数日前の光景が鮮明にフラッシュバックする。

 

 

 

 

 

司令室で暴れ、喚き散らし、マリアたちに最悪の言葉をぶつけてしまったあの直後のこと。

 

S.O.N.G.の活動を凍結され、誰も出迎えてくれない『コモド』の暗い部屋に戻ってきたクリスは独りソファーに蹲っていた。

ぐるぐると悪い方向だけが頭の中で煮詰まっていく。自分が弱かったから優斗を攫われた。自分にもっと力があれば。今すぐ政府の施設を片っ端から吹き飛ばしてでも、あいつを探し出さなきゃい

けないんじゃないか――。

 

いっそ一人で飛び出してやろうか。

 

そう、自暴自棄な考えに囚われそうになった、その時だった。

 

暗い部屋の片隅で、ただ一人絶望に沈んでいたクリスの耳にガチャリ、と開くはずのないドアの音が聞こえた。

 

(……え?)

 

知っている限り、この『コモド』の合鍵を持っているのは、家主兼店長である優斗と同居人であるクリス。そして、よく入り浸っていた響と未来だけだ。

 

(もしかして……!)

 

優斗が昔フィーネに誘拐された時のように、ひょっこりと自力で逃げ帰ってきたのではないか。

そんな根拠のない、だが縋るような期待が脳裏を過る。クリスは弾かれたように立ち上がり、少ない可能性を信じて玄関へと駆け出した。

 

だが、そこに立っていたのは――。

 

自分と同じように、酷く憔悴しきった表情で立ち尽くす響と未来の姿だった。

 

「…………」

 

彼女たちもまた、どうしていいか分からず、ほんの僅かな希望を求めてこの場所に足を運んだのだろう。ドアを開けたクリスの顔を見て、彼女たちもまた「そこにいるのが優斗ではなかった」という絶望に、さらに深く顔を歪めた。

 

今の自分もきっと、目の前の二人と同じような、酷く無様で悲しい顔をしているのだろうとクリスは思った。

 

「……どうしてって聞くのも野暮か。いや……お前らもか。……上がれよ」

「……うん」

 

リビングのソファで、俯きながら向き合う三人。

重苦しい沈黙の後、クリスはおずおずと、前に司令室で荒れ狂い、八つ当たりをしてしまったことを切り出した。

 

「その……あのさ、あん時は済まなかった。アタシなんかより、普通の女の子であるお前らの方が……何もできなかった分、もっと辛かったはずなのにな……」

「ううん。クリスだけのせいじゃないよ。……誰もが辛かっただけの話だもの」

 

未来が、力なく首を振って答えた。

 

響と未来にとって、優斗が理不尽に連れ去られるのを目の前で見るのは、これが初めてではない。かつてマリア達に誘拐された時もそうだった。

しかしあの時は、緒川の機転で即座に発信器を優斗に取り付けていたおかげで、すぐに安否と居場所が分かり、心は比較的平常でいられたのだ。

 

しかし今回は違う。

 

ずっと味方だと聞かされていた神様が突然牙を剥き、異常な執着で彼を連れ去った。さらに、エンキや了子たちの考察から「シェム・ハの器にされる状態にあるかもしれない」と告げられ、二人の心は常に不安と恐怖で揺さぶられていた。

 

弦十郎たち大人が全力で探してくれていることは分かっている。頭では理解している。

 

それでも二人はこのコモドに来ずにはいられなかったのだ。「もしかしたら、もう帰ってきているかもしれない」「ドアを開ければ、あの温かい笑顔で『いらっしゃい』と出迎えてくれるかもしれない」という、馬鹿みたいな奇跡を信じて。

 

「……でも、いたのはアタシだった。……なんかごめんな」

「ううん、クリスちゃんせいじゃないよ…………なのに、どうして? どうして、いつもお兄ちゃんばっかりこんな目に遭うの? せっかくの……みんなで笑い合ってた、せっかくの誕生日だったのに……どう、してぇ……っ」

「響……」

 

あの日、楽しかったはずの誕生日の光景がフラッシュバックしてしまったのだろう。

響の目から大粒の涙が溢れ出し、子供のようにボロボロと泣き始めてしまった。未来もギリギリで涙を堪えながら震える響を抱き寄せ、その背中をさする。

 

(……くそっ)

 

クリスは悔しかった。

 

自分にもっと、もっと相手を凌駕するほどの力があれば、優斗は連れ去られていなかった。そう思うと、自分自身の無力さに腹が立って仕方がなかった。

 

だが、それ以上に――。

 

今にも心が完全に壊れてしまいそうな、泣きじゃくる後輩、いや、友達二人をクリスはどうしても放っておくことができなかったのだ。

 

「……なあ。もし、お前らさえ良かったらだけどよ」

 

クリスはゆっくりと口を開き、響と未来をここに泊めるという提案をした。

自分自身の怒りや悲しみに沈むよりも、目の前の守るべき二人に寄り添うことを選んだのだ。

 

「当分、ここに泊まってけよ。……あいつがいつ帰ってきてもいいように、三人で留守番してようぜ」

「……クリスちゃん……っ」

「うん……ありがとう……っ」

 

そこからはただ、欠けた心を埋めるだけの、意味のない時間を三人で過ごした。

少しでも優斗がいた痕跡に縋るように。彼が残した温もりだけを頼りに、三人はこの休業中のコモドで互いを支え合いながら今日まで過ごすことになったのだった――。

 

 

 

 

 

しかし、この三人での奇妙な共同生活は、意外にもクリスの精神を安定させるには十分なものだった。

同じ辛さを共有しているという連帯感。静まり返った部屋に、自分以外の「誰か」の息遣いがあるという安心感。そして何より、クリス自身の『面倒見の良さ』が自暴自棄に走りそうになる気持ちを一旦リセットさせ、冷静に状況を見直すきっかけとなったからだろう。

 

「んで、三人で何とか過ごしてるよ。未来が基本料理担当で、あたしが洗濯やら掃除やら……あのバカは味見担当とか言って、横で騒がしくしてるけどな」

 

クリスの口元に、ほんの少しだけ柔らかい笑みが浮かぶ。

 

(まあ、本当にドタバタだけどな……)

 

ここ数日の生活が脳裏に過る。

 

未来が包丁を握る横で、響が「味見!」と言ってつまみ食いをしようとしては怒られたり。洗濯物を畳んでいる時、クリスの大きな下着を未来が自分の胸に当てて「……どうやったらこんなに大きくなるのかな」と真顔で呟き、クリスが顔を真っ赤にして引っ剥がしたり。

 

そして夜になれば布団を並べて三人で川の字になって寝転び、どうでもいい話をしながら手を握り合って眠りにつく。

それは、欠けた心を必死に温め合う、不器用で愛おしい時間だった。

 

「……ははっ、響らしいな」

 

クツクツと笑う奏。だが、その笑みの奥で、先ほどのクリスから聞いた響のギリギリの精神状態を思い出し、「あいつもあの笑顔の裏で、必死に無理をしてるんだろうな」と痛ましく察していた。

 

「そんで」

 

クリスは麦茶を一口飲み、少しだけ真剣な瞳で奏を見据えた。

 

「奏先輩は、今日どうしてここに来たんだ? あたしたちの様子を見に来てくれたのは本当だろうが、それだけだったら連絡一つ入れれば済む話じゃねぇか。……もしかして、何か進展があったのか?」

 

『手がかりを見つけたのではないか』。そう解釈したクリスの目に、消えかけていた強い光が宿る。

その問いに対し、奏は小さく頷くと、おもむろに上着のポケットから「ある物」を取り出してテーブルに置いた。

 

それは、短く太いアンプルのような形状をした、小瓶だった。

 

「これは……テレポートジェム?」

 

クリスは目を見開いた。

それはキャロルがS.O.N.G.に通う時、たまに「移動がめんどくさい」と言って使っている、空間転移のための錬金術の触媒だ。クリス自身も遠方での任務の際に何度かお世話になった事がある。

 

「ああ。ちょっと前、アタシの端末にキャロルから直接連絡があったんだ。もしかしたら……優斗の居場所を特定できるかもしれないってな」

「本当か!?」

 

クリスは勢いよく身を乗り出した。

弦十郎や緒川といったプロが血眼になって探しても手がかりゼロなのに、キャロルはどうやって見つけるつもりなのか。そんな疑問も頭を過ったが、今はそれよりも「優斗の居場所がわかる」という奏の言葉のほうが、何百倍も優先すべき事実だった。

 

「ああ。だけど、キャロル曰く『説明が面倒だから関係者全員を集めろ』だそうだ。できれば、響と未来も一緒に聞かせたい。……クリス、あいつらが帰ってくるまで少し待ってくれるか?」

 

今すぐ飛んでいきたい。そのはやる気持ちがクリスの胸で暴れる。

だが彼女は、「……っ!」と一度強く目を閉じると、ゆっくりと深く息を吐き出した。

 

「……仕方ねぇな。あいつらと一緒の方が、いちいち説明の二度手間になんねぇしな!」

 

クリスは先走る気持ちをぐっと腹の底に抑え込み、腕を組んでどっしりと『待ち』のポーズを取ってみせた。その姿に奏は目を丸くした後、嬉しそうにニヤリと笑った。

 

「いやーっ、成長したなクリスぅ! 昔のお前なら、絶対『とっとと話しやがれコンチクショー!』って喚いて飛び出してるぞ!」

「それアタシの真似か!? 雑すぎんだろッ!!」

 

笑いながら似ても似つかない声色でクリスの真似をする奏に、クリスが顔を真っ赤にして抗議する。

だが、奏はその抗議をスルーして椅子から立ち上がると、腕を組んで座るクリスの頭を、自分の胸に埋めるようにギュッと抱きしめた。

 

「ちょっ……!? 奏先ぱ……っ」

「……本当に、立派になったよ。クリス」

 

ぽんぽんと、子供をあやすように優しく頭を撫でる。

今、クリスを抱きしめている奏の顔は、かつての尖っていた復讐者の顔ではなく――帰る場所を守り抜いた後輩を心から誇りに思う、母性に溢れた優しく温かい表情だった。

 

いきなり抱きしめられてたことに戸惑い、身を強張らせるクリスの背中を奏はぽんぽんと一定の優しいリズムで叩き始めた。

 

「……あの日から、お前、自分じゃずっと泣いてないんだろ」

「…………っ」

 

図星を突かれたクリスは息を呑んだまま無言で返す。奏は気にせず、独り言のようにゆっくりと続けた。

 

「クリスはぶっきらぼうだけど、本当は誰よりも周りを思いやってる。一人で抱え込む頑張り屋さんで、凄く優しいもんな。そんなお前が……目の前で泣き崩れそうなあいつらを見て、放っておけるわけがないだろ?」

 

クリスは何も言えない。自分の奥底に隠して蓋をしていた、張り裂けそうなほどの悲しみと恐怖を奏にすべて見透かされていた。

 

「だから、クリス。……もう、泣いていいんだ。誰かを傷つけちゃったからって、自分がしっかりしなきゃって責任を感じてるからって、お前が泣いちゃいけない理由なんて、どこにもないのさ」

 

奏の優しく包み込むような声色。そして、自分を抱きしめるその体温の確かな温もり。

それは、クリスが幼い頃に失った、今は亡き母・ソネットに抱きしめられた記憶とひどく重なった。優斗の代わりに響と未来の面倒を見なくてはいけないと大人ぶって、必死に背伸びをして鎧を纏っていた18歳の少女の心がゆっくりと解けていく。

 

ふるふると、クリスの身体が小刻みに震え始めた。

堪えようとしても、じわりと瞳の奥から熱いものが溢れ出し、ポロポロと頬を伝って落ちていく。

 

「お疲れ様、クリス。よく一人で耐えたな」

 

その一言が決定的な引き金だった。

クリスの中で張り詰めていた『何か』が、ぷつんと切れた。

 

「あ、あああ……っ、う、あぁぁぁぁぁぁッ……!!」

 

クリスは奏の背中に腕を回し、着ている服の布地を力いっぱい握りしめると堰を切ったように声を上げて泣きじゃくった。優斗を奪われた恐怖、自分の無力さ、仲間を傷つけた後悔。そのすべてを吐き出すように。

 

奏は何も言わず、ただただ黙って、泣き叫ぶ後輩の頭を優しく、愛おしそうに撫で続けるのだった。

     

 

 

 

 

数十分後。

 

一通り泣きじゃくり、ようやく落ち着きを取り戻したクリスに奏がニヤニヤとからかいを込めた言葉を投げる。

 

「いやー、アタシの胸、クリスの涙と鼻水でびっちょびちょなんだけど? どーしてくれんのこれ?」

「う、うるせぇっ! 洗濯代くらい払ってやるから黙ってろバカ先輩ッ!!」

 

クリスは少し恥ずかしげに鼻の頭を赤くしながら悪態をついた。だが、その表情に今までのような暗く淀んだ陰りはもうない。溜め込んでいた重い感情をすべて涙と一緒に流し切った彼女の顔はひどくスッキリと晴れ渡っていた。

 

「よしっ!」

 

クリスは両の掌で、パンッ! と気合を入れるように自分の両頬を強く叩いた。

顔を上げた彼女の瞳には、かつての――いや、それ以上の強い炎が宿っている。

 

「決めた。あたしは必ず、優斗を取り戻して」

「取り戻して?」

 

奏の問いかけに、クリスは本来の勝ち気で不敵な、最高に頼もしい笑顔を作って言い放った。

 

「あのふざけた神様の面を、思いっきりぶん殴ってやるさッ!!」

 




もっとじっくり書いたほうが?でもグダグダと無駄に長くなるのは嫌な、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、S.O.N.G.の現在の状況は?
A、活動を凍結されています。そして原作同様訃堂の部下が乗っ取りをしている最中です。が、肝心のデータは了子がこんなこともあろうかと、簡単に吸い出せる非常用プログラムを使ってヴァネッサが吸い出し保管しています。勿論弦十郎が所持。シンフォギア自体は所持OKですが、展開はアウト判定。

Q、ナスターシャとウェルは?
A、ナスターシャはマリア達のマンションで同居中。ウェルは他に出向いていた病院に泊まり。懐いてくる患者の子どもに悪態を吐きつつ、何かをしている模様。

Q、広木防衛大臣生きてたの?
A、クリスフルボッコ事件の後にだいたい全てが終わったイメージなのでここで登場。忘レテタワケジャナイヨ。

Q、きりしらコンビは本当に大丈夫?
A、一番まずかったひびみくりすよりマシでした。個人的な現時点でのメンタル強度の順位をつけると

上位陣
弦十郎、緒川、奏、エンキ、了子(フィーネ)、キャロル、エルフナイン、オートスコアラー、アダム、カリオストロ、ヴァネッサ、ミラアルク、エルザ。

中位陣
翼、マリア、セレナ、切歌、調、藤尭、友里、サンジェルマン、プレラーティ、ティキ。

下位陣
クリス、響、未来。

弦十郎達OTONAは言わずもがな。エルフナインは原作の時点で打たれ強い。キャロルは記憶復活による経験と指針となる優斗の存在から。オートスコアラーは忠誠故に。アダムは元から。カリオストロは経験から。元ノーブルレッドは一番のコンプレックスを解消したため。

中位陣は、未だブレがあったり、過去に多少縛られたり、大人だけどOTONAまではいってないから。それでも立ち上がれる意思を持てている。

クリスは出会い始めに失った時とは違い、愛する対象までになった優斗が再び連れ去られたことで。
響と未来は単純に、原作程の過去を背負っていないから。精神がそこまで育って居ない一般的なまま。

後、なんだかんだ優斗の御蔭で解決してしまった事件のせいで、二課、そしてS.O.N.G.は大敗、または負けた経験があんまりないのも原因です。



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