ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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設定回が多くなってすいません。でも今まで出なかった分の余波を処理しないといけなくなってしまいました。戦いが少ないとこういった設定が出せないことを今になって実感してます。

それと、若返った訃堂のイメージに近いのは、起動武闘伝Gガンダムのウルベに前髪をつけ足した状態です


雪割草な生き方

仄暗い和室の中、重厚な香木の匂いが漂う空間で二つの異質な存在が対峙していた。

 

一人はニンフルサグから与えられた恩恵により、老体の頃から更に筋骨隆々とした壮年の肉体へと若返りを果たした、風鳴訃堂。

 

そしてもう一人は不機嫌そうに腕を組み、畳の上に立つことすら億劫だとばかりに宙に薄く浮遊しているニンフルサグであった。

 

「……して、女神よ。我らが悲願たる『ユグドラシルシステム』の起動準備はいかがかな?」

「順調である。わざわざ我を優斗の側から引き剥がしてまで聞くことがそれか? 人間の言葉を使うなら、進捗は良好といったところだ」

 

ニンフルサグは、愛しい人達の元へ一秒でも早く戻りたいという焦燥を隠そうともせず、冷たく言い放つ。

 

「人類を言語ごとに分断するネットワークジャマー――バラルを解くことに懸念はない。本来なら解呪の瞬間にシェム・ハが介入してくる危険があれど、今、優斗という最強の『揺り籠』の中に完全に閉じ込められている。いらぬ心配は不要だ」

「左様でありますか。それは重畳」

「バラルの機能不全と共にユグドラシルを起動し、地球全土の人類同士のネットワークを掌握する。そして、全人類の認識を書き換えさせてもらう」

 

ニンフルサグの目的は極めてシンプルだった。

全人類の脳内をジャックし、自分と優斗の存在を絶対的なものとして刷り込む。誰も二人に干渉せず、傷つけず、ただ静かに肯定するだけの狂った箱庭を作り上げること。

 

(……ええ。別に、人間を皆殺しにする必要なんてないのよ。優斗が悲しむもの。彼らが大人しく私たちの愛を祝福する『背景』になってくれるなら、生かしておいてあげる)

 

それは、無意識下において彼女が『人類という種に危害を加える気がない』という、歪ながらも確かな慈悲の表れでもあった。

だが、それに対する訃堂の腹の内は、女神のそれとは大きく異なっていた。

 

「見事。それこそが我が護国の悲願を満たす絶対の力となりまする」

 

恭しく頷く訃堂の眼底には、若返った肉体に引っ張られるように肥大化した底知れぬ野心がどす黒く渦巻いていた。

 

(ユグドラシルによる全人類の精神操作……。これを用いれば、外敵たる夷狄どもは我が国への侵略の意志を永遠に削がれよう。そして我が国の民草もまた、己の命よりも『国』を最優先する完璧な歯車へと生まれ変わる)

 

強固な神の国を創り上げる。それが訃堂の表向きの理想だった。

しかし、彼の野心はすでにその先――日本の外へと向かい始めていた。

 

(この絶大な神の力。……もし、小僧を我が手中に収め、完全にコントロール下に置くことができれば。小僧に執着するこの女神すらも、我が意のままに操れるのではないか……?)

 

神を鎖に繋ぎ、その圧倒的な力をもって、防衛にとどまらず世界のすべてを統治し、蹂躙する。その甘美な妄想が、訃堂の脳髄を焼いていた。

 

「……何か、薄汚いことを考えているか、人間」

 

不意に、ニンフルサグの黄金の瞳がスッと細められ、射殺すような殺気と共に訃堂を見下ろした。

普通の人間ならば、その神威に当てられて泡を吹いて倒れるほどの重圧。だが、訃堂はピクリとも表情を変えず、むしろさらに深く頭を垂れてみせた。

 

「お耳障りであれば平にご容赦を。ただ、我ら人間という生き物の、果てしなき業の深さを省みておりました。……永遠を生きる貴方様から見れば、国だの力だのと執着する私の姿など、さぞ滑稽で薄汚く映りましょうな」

 

自らを徹底的に卑下し、相手の傲慢さを満たす見事な弁舌。

ニンフルサグは「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らし、それ以上追及する気を無くしたように視線を外した。

 

「分を弁えているならいい。我は優斗から一歩も離れる気はないのでな。…妙な真似をしようものなら、お前のその若返った命ごと、一瞬で塵になってもらう」

 

釘を刺す女神の後ろ姿を見送りながら、訃堂は内心で音もなく嘲笑した。

 

(結構。大いにその小僧に執着されるがいい。……恋に盲目となった神など、御しやすいことこの上ない)

 

本当であれば、この計画の最終段階――月の遺跡へのアクセスを確固たるものにするため、ニンフルサグ自身に直接月へと赴いてもらう手筈だった。だが、彼女が優斗から離れようとしない以上、地上にある月の遺跡のコントロール端末――『フロンティア』を自ら掌握するほかない。

だが現在、そのフロンティアは、国連と米国の名を借りた『パヴァリア光明結社』の手によって、訃堂の護国災害派遣法の網の目から見事にすり抜けようとしている。

 

すべては、実の息子である風鳴八紘の裏工作によるものだ。

 

「……ふっ、ふふふ……」

 

誰もいなくなった和室で訃堂の喉の奥から、地の底から響くような不気味な笑い声が漏れた。

激高するでもなく、焦るでもなく。ただ、盤面の面白い変化を愛でるような、底知れぬ狸爺の笑いだった。

 

「よくぞ米国の連中を抱き込み、外圧を用いてフロンティアの管轄を掠め取ったものよ。……八紘、我が血を分けた愚かしくも優秀に育った我が息子よ」

 

手駒を奪われたというのに、訃堂の顔には微塵の焦りもない。

 

「しかし、浅い。……こちらがフロンティアを起動させる手間が省けたというものだ。貴様らが懸命に扉を開けたその瞬間、背後からすべてを掻っ攫い、踏みにじってやろう。それこそが兵法というものよ」

 

若返った手で湯呑みを持ち上げ、訃堂はゆっくりと茶を啜る。

神の狂気すらも己の盤上の一手として利用し、息子の反撃すらも次なる罠の布石としてほくそ笑む。風鳴訃堂という男の真の恐ろしさが、静かに、そして黒々とその部屋を侵食していた。

 

 

 

 

 

 

未来と響の意志が固まった後、反撃に向けた準備は迅速に進められた。

まず、一般人である未来と響が今回の危険な作戦に関与するため、二人はS.O.N.G.ではなく『新生パヴァリア光明結社』にスカウトされ、一時的な所属という形をとることになった。

 

「時給も弾まさせてもらうとも。アルバイトのようなものさ。堅苦しい手続きは省いたね」

 

と、冗談めかして笑うアダムの言葉に二人は苦笑したが、これには明確で強固な法的な理由があった。

 

現在、風鳴訃堂が発令した『護国災害派遣法』により、S.O.N.G.は日本政府の監視下に置かれ、活動を凍結されている。もし仮に二人がS.O.N.G.の職員として動けば、即座に法の管轄下となり反逆罪として逮捕されてしまう。

 

しかし、国連の同盟組織であり、海外に本部を置く故に日本国内の法律が及ばない『パヴァリアの臨時職員(民間委託)』という立場であれば、二人に対して手出しも口出しもできないのだ。

 

そして、フロンティアに対して行う大掛かりな作戦も、正式に国連からの許可が下りた。

当然、訃堂の息がかかった政府側の派閥は「日本の領空・領海で勝手な真似は許さん」と断固として否定しにかかった。

 

だが、そこで動いたのが風鳴八紘だ。彼は緒川経由で密かに受け取っていた『S.O.N.G.本部凍結時の映像と音声』――訃堂が法をでっち上げ、私兵を用いて無理やり奏たちを武力で包囲したという決定的な証拠を国会の場で突きつけ、反対派を徹底的に糾弾した。

 

さらに八紘は、先の襲撃でコケにされた米国や国連の上層部に対し、「この作戦を『国際対先史文明特別合同任務』と位置づければ、米国の威信回復に繋がる」「フロンティアから得られる未知の特異技術を、参加国へ優先的に提供する」という破格の条件を提示した。これにより八紘に対し諸外国が味方をする形となり、国内外関わらず、その立場は手を出せない位に高まっていった。

 

「この作戦のすべての政治的責任は、私が取る」

 

とまで言い切った八紘の凄みと、あまりにも旨味のある条件の前に、後ろ暗い官僚たちは反論の余地を完全に塞がれ、引き下がるほかなかったのである。

    

 

 

 

 

そして数日が過ぎ。

 

作戦決行の日、S.O.N.G.の装者たちと響、未来、そして卒業した翼にとっては懐かしい場所――リディアン音楽院の裏口に集まっていた。

 

「S.O.N.G.の潜水艦に代わる、新しい秘密基地があるって聞いたデスけど……ここはリディアンデスよ?」

 

キョロキョロと、今や自身の母校となった建物の周囲を見回し、疑問符を浮かべる切歌に奏が軽く呆れながら笑う。

 

「いいや、問題ねぇぜ。ってか切歌、お前も昔ここに来ただろ?」

「そうね。私たちには、まだここがあったわね」

 

記憶を引っ張り出し、納得したようにマリアが頷く。セレナもそれに続いて補足した。

 

「私たちの、一時的な住処になっていましたね。ここに来なくなったのは一年くらい前なのに、色々ありすぎて、なんだかもっと長い時間が経った気がします」

 

かつて敵対していたマリアたちが保護され、この地下にある『特異災害対策機動部二課』の施設に身を寄せていたのは、約1年ほどの前のことだ。それでも、彼女たちにとっては大切な思い出の場所の一つだった。

 

「私がアマノハバキリを起動させたり、奏に出会ったり……色んな事をここでしてきたわ」

「ああ……アタシにとってはあんまり長居した場所じゃねぇけど、先輩たちは何年もあそこにいたんだもんな」

 

クリスの言葉に、翼が感慨深げに校舎を見上げる。

クリスがここにいたのは、優斗に保護されてからの約半年間。対して、翼や奏はS.O.N.G.が設立される前の『二課』時代から年単位でこの地下施設を生活の拠点としていたのだ。

 

「ええ。私たちの原点であり、数え切れない思い出が詰まった場所よ。……まさか、再びここを使う日が来るとはね」

「確か、この中のエレベーターが地下まで繋がってて、そこに基地があったんですよね?」

 

調が、昔の記憶を辿るように言う。当時は現地協力者とはいえ一般人であるため、優斗の件や自身の身体チェックなどで約二年の間に数回しか訪れたことのない未来も「うん」と頷いた。

 

「そうなの。でね、昔ここに初めて来た時エレベーターが下がる勢いが凄すぎて、響が盛大にすっ転んじゃったんだよね」

「あーっ! ちょっと未来、それ言う!? そういう未来だって、バランス崩したところをお兄ちゃんに抱きとめられて、顔真っ赤にしながらずっとすり寄ってたじゃん!」

「なっ……な、なんのことかな〜!」

 

響の強烈な仕返しに、未来は顔を林檎のように赤くして明後日の方向を見ながら誤魔化す。その初々しく微笑ましい様子に、調も思わずクスッと吹き出した。

 

「ふふふ。響さんも未来さんも、昔から全然変わらないんですね」

「お待たせしました、皆さん。こちらへ」

 

そこへ、校舎の中から忍びの如く音もなく現れた緒川の先導により、一同はリディアンの地下奥深くへと続く、隠された専用エレベーターに乗り込んだ。

 

「降下します。揺れますので、ご注意を」

 

緒川のアナウンスと共に、重厚な扉が閉まる。

次の瞬間、内臓がフワッと浮き上がるような、フリーフォール顔負けの凄まじいスピードでエレベーターが地下へと急降下を始めた。

 

「「「きゃあああああっ!?」」」

「うわっ、ちょっ、バカッ、こっち寄りかかん…きゃああ!?」

 

エレベーターの『二課仕様』の荒々しい勢いをすっかり忘れていた響や切歌たちが、見事にバランスを崩して悲鳴を上げ、狭い箱の中でドタバタと折り重なるように倒れ込んだ。

 

もみくちゃになったエレベーターから何とか出たあと、長い廊下を歩いた先にある懐かしい重厚な扉を開き、司令室へと足を踏み入れた一同。そこには、現在の絶望的な状況下とは思えないほど『いつもの』賑やかな光景が広がっていた。

 

「あら、久しぶりねぇ!……あれぇ、なんか顔色良くなってない? さては、私に会えるのがそんなに楽しみだったのかな〜?」

 

ひらひらと能天気に手を振って出迎えたのは、のんきにコーヒーを啜る櫻井了子。その隣には同じくコーヒーを持って静かに佇むエンキの姿もある。

さらにコンソールには藤尭と友里、機材の調整に余念がないヴァネッサとエルフナイン。そしてウェル博士やナスターシャまでもが、勢揃いしてこちらを振り返った。

 

「了子さん! エンキも!」

「マム!久しぶりデース!!」

 

奏と翼、それにクリスが弾かれたように了子のもとへ駆け寄る。マリアとセレナも、皆、安堵の表情を浮かべて先にいた皆の側に歩み寄った。

 

「二人とも、今までどこに行ってたんだよ! 連絡もよこさねぇでさ!」

「すまないね。……実は、僕と二人で優斗の足取りを追っていたんだ」

 

クリスの問いに、エンキが申し訳なさそうに眉を下げた。

神のエンキや、『フィーネ』である了子の存在は、風鳴訃堂が実権を握る今の国内では見つかれば大きな政治的火種になりかねない。そのため、二人は独自に身を隠しながら過去のあらゆる資料や伝承を照らし合わせ、訃堂が用意したであろう設備に居ると見て、優斗を連れ去りそうな場所を片っ端から探していたのだという。

 

「結果は、見ての通り徒労に終わってしまったが。……すまない。僕たちがもっと早く見つけていれば」

「謝らないでよ、……アタシたちが不甲斐なかったせいなんだから。それに次はぜってえ負けねえさ」

「フィーネが悪いんじゃねえし、それを言ったらアイツラのせいだからさ」

 

頭を下げる了子たちに、奏とクリスが首を振って笑いかける。彼女たちの懸命な調査があったからこそ消去法で今の『逆探知作戦』に迷いなく踏み切れるのだと、誰もが理解していた。

そんな再会を喜ぶ空気の中、未来がふと、ずっと抱いていた疑問を口にする。

 

「あの……弦十郎さん。一つ聞いてもいいですか? 今の日本は『護国災害派遣法』で、S.O.N.G.の活動は完全に凍結されているはずですよね。どうして……この基地が使えるんですか?」

 

その問いに、弦十郎は腕を組み、ニヤリと口角を上げた。

 

「いい質問だ、未来君。……確かに、日本政府の公式な立場としては、我々S.O.N.G.に活動の権利はない。だが、政府の中にも訃堂の独走に危機感を抱き、密かに抗っている連中がいる。……八紘兄貴がそいつらを纏め上げてくれたのさ」

 

弦十郎の合図で、藤尭が司令室のメインモニターに『国連』と『米国』の紋章を表示させる。

 

「今、このリディアンにある地下施設は、一時的に『国連直轄の聖遺物管理区域』として再登録されている。パヴァリアとアメリカによるフロンティア合同解析任務のための、いわば地上ハブとしてな」

「じゃあ……ここは今、日本じゃないってことデスか?」

 

切歌が目を丸くする。弦十郎は大きく頷いた。

 

「形式上はな。我々S.O.N.G.のメンバーも、今は『国連から派遣された技術アドバイザー』という肩書きだ。……訃堂がどれほど国内法を捻じ曲げようと、国際合意という巨大な外圧の前では下手に手出しをすれば日本が国際社会から孤立することになる。親父はともかくその傘下の官僚たちはまだ、そこまでの博打は打てまい」

「お父様……そこまでやってくれたのですね」

 

翼が感嘆の溜息を漏らす。

国内法で縛る訃堂に対し、より巨大な『国際的な枠組み』を上から被せることでこの旧二課本部を治外法権の聖域として奪還したのだ。それは、未来を守る大人たちが泥水にまみれながら繋いでくれた反撃のための唯一の舞台だった。

 

「さあ、時は満ちた。……エルフナインくん、ウェル博士。準備は?」

「はい! 神獣鏡、ガングニールの調整、ダイレクトフィードバックシステムのシーケンス、すべて完了しています!」

「この僕が失敗するはずがないだろう! 恋する乙女の覚悟に、英雄たるこの僕が!最高の舞台を用意してやったとも!」

 

司令室の空気が一変し、決戦のピリッとした緊張感が走る。

弦十郎が静かに、そして力強く未来を見つめた。

 

「響くん。未来くん。……準備はいいか」

 

その言葉に、響と未来はスゥッと深く息を吸い込み、迷いのない瞳で頷いた。

 

彼女の視線の先――司令室の最奥にてヴァネッサがケースを持ってくる。その中には了子たちの技術によって調整され、輝きを放つ『ガングニール』『神獣鏡』のペンダントが静かにその時を待っていた。

 

空けられたケースの中、二人の視線の先にあるペンダント。

それは少し前、政府からの唐突な要請によって製造され、適正が発覚してしまった二人に手渡される予定だった曰く付きの代物。

 

「これが、神獣鏡……」

「これが奏さんやマリアさんと同じガングニール!」

 

手に持ってまじまじと見る二人。だが、戦いの訓練など一切受けていない素人の未来と響にいきなりシンフォギアを纏わせるのはあまりにも危険すぎる。

 

しかし、その懸念は二人の天才によって、とうの昔に解消されていたのだ。

 

「そう! この僕がF.I.S.で作り上げ、患者たちの協力もあって完成させた『ダイレクトフィードバックシステム』によってね!!」

 

司令室に、ウェル博士の得意げな笑い声が響く。

神獣鏡のシンフォギアの根幹を成す特徴の一つ、『ダイレクトフィードバックシステム』。

それは鏡の特性に倣って、装者の脳に直接「情報」を画として映写する機能である。あらかじめ用意された戦闘プログラムを脳に直接インストールすることで、バトルセンスの乏しい素人であっても機械的にポテンシャルを底上げし、極めて短い期間で合理的に戦闘練度を高めることができる画期的なシステムだ。

だが、脳に第三者から都合のいい「情報」を直接書き込めるということは一歩間違えれば装者の人格を歪め、洗脳すら可能にしてしまう極めて危険な劇薬でもあったはずだ。

 

「ふん! この僕をそこらの凡夫と一緒にしてもらっては困るね! そんな副作用など、とっくに解決済みなのさ!」

 

白衣を翻し、ウェル博士が胸を張る。その横で、エルフナインが補足するように頷いた。

 

「ウェル博士は、このダイレクトフィードバックシステムを兵器としてではなく、脳に損傷を患ったり、神経に不具合が発生した子供たちの『治療』に使っていたんです。今ではその子たちも満足に体を動かせるようになり、その安全なフィードバックの臨床データがこのギアには組み込まれています。だから、精神や人格に対する危険性は一切ないです!」

 

エルフナインはさらに、自身のコンソールを叩きながら誇らしげに続ける。

 

「それに、ボクの方でもこのシステムにはとても興味があったので、共同で改造させてもらったものを使っていまして。ボクの持つ錬金術の理論と合わさることで、脳領域の観測と解明に特化した『電界顕微観測鏡』としてシステムが完成しました。……観測者が、電気的に疑似構成された他者の仮想脳領域――簡単に言うと『記憶の中』を安全に見ることができる装置ができたんですよ!」

「フゥーハハハ! これで記憶障害のある者や、精神状態が悪い患者の心のケアすらも完璧にできるようになったというわけだ! まさに医療の革命だよ!これで僕の英雄としての道が続いてしまうねぇ!」

 

ウェル博士とエルフナインの、科学と錬金術の奇跡の融合。

それが、未来たち一般人に「扱い方」を安全に教え込むための、強固なソフトウェアとしてのセーフティネットだった。そして何より――肉体的な過負荷、すなわちシンフォギアの適合係数から来るバックファイアのダメージを防いだ最大のセーフティネットは、彼女らが誰よりも長く食べ続けてきた『優斗の料理』が未来達を守ってくれている。

 

「……うん。大丈夫」

 

未来は、ペンダントにそっと手を伸ばした。

天才たちが組み上げてくれた安全な知識。そして、大好きな人が毎日の温かい食卓で育んでくれたギアの負荷すらも跳ね除ける頑丈な体と適性。

 

「守られてる……。お兄ちゃんが、みんなが、私を守ってくれてる」

 

一人じゃない。この力は誰かを傷つけるための呪いではなく、愛する人を迎えに行くための道標だ。

未来は胸の前で『神獣鏡』のペンダントを強く握りしめ、かつて優斗から教わったように、大きく、深く深呼吸をした。

 

「エルフナインちゃん、ウェル博士。……いつでもいけます」

 

振り返った未来の瞳には、もはや一片の恐れもなかった。

 

その凛とした横顔を見つめながら、響もまた、自身の胸元にある『ガングニール』のペンダントを力強く握りしめる。

 

だが、その光景を少し離れた場所から見ていた奏が、たまらずといった様子で一歩前に出た。

 

「ちょっと待て。未来がフロンティア起動の『鍵』だから神獣鏡を纏うってのは分かる。……でも、なんで響にまでガングニールを渡すんだ?」

 

奏の鋭い視線が了子に向く。いくら安全なシステムが組み込まれているとはいえ、響は可愛い妹分だ。わざわざ彼女を危険な立場に立たせる理由に納得がいっていなかった。

 

「フロンティアの起動だけなら、未来と護衛のアタシたちがいれば十分だろ。なんで響まで戦わせる?」

「響ちゃんが『三人目のガングニール』であることが、優斗くん奪還作戦の最大の切り札になるからよ」

 

了子はふっと真剣な顔つきになり、モニターにガングニールのデータを映し出した。

 

「キーワードは、ガングニールが持つ『哲学兵装』としての機能よ」

「哲学兵装……?」

 

同じガングニールを纏うマリアが、聞き慣れない単語に眉をひそめる。

 

「何ですか、それ……?」と首を傾げる調に応えたのは、司令室の通信モニターに割り込んできた、チフォージュ・シャトーにいるキャロルだった。

 

『長い時を経て積み重なった【コトバノチカラ】が宿ったモノ。……そのモノの在り方を捻じ曲げるほどの強い想念が、物理的な力と化した概念のことだ』

「キャロル!聞いていたのか!?」

 

モニター越しのキャロルが、肘掛け置いた腕に顎のせながら解説を始める。

 

『例えば、ファラが持っている大剣もそうだ。あれはソードブレイカーという名の【剣殺し】。その名の通り刀剣類を破壊するための装備だが、哲学兵装として概念そのものに干渉し、剣と分類・定義される物であれば、相手の性能や材質に関係なく“確実に破壊する”という法則を持っていた』

「剣という概念に干渉する力……」

 

特に、剣を扱う翼が息を呑む。

キャロルの説明を引き継ぐように、了子が響の持つペンダントを指差した。

 

「ガングニールは、かの聖者の死を確かめるためケントゥリオが用いた槍――俗に『ロンギヌスの槍』と呼ばれるものと、同一の存在として扱われているの。もっとも、本来ならばただ脇腹を突いただけの槍で、それでどうなるというわけでもなかったのだけど」

 

了子はそこで言葉を区切り、艶やかで凄みのある笑みを浮かべた。

 

「この逸話が『神にトドメを刺した』と曲解され、『神を殺せる槍』だと二千年もの長きに渡って人々に信じられてきたわ。その結果、この槍は後天的に呪われた【神殺し】の哲学兵装へと変容してしまった……という背景を持つのよ」

「神殺し……ッ!」

 

その単語に、装者たちの間に戦慄が走る。

相手は、圧倒的な力を持つ神・ニンフルサグと、今だ目覚めぬ最悪の厄災シェム・ハ。まさにその神を討つために誂えられたような力だ。

 

しかし、奏はまだ疑念を晴らさずに問い返した。

 

「でも、了子さん。どうしてその『神殺しの概念』が、あいつらに本当に通じるって確証を持てたんだ?」

「ふふっ。簡単なことよ」

 

了子は大人びた余裕の笑みを浮かべ、隣のエンキに視線を流した。

 

「あの襲撃の時、ニンフルサグが二人のガングニールの攻撃だけは執拗に避けていたのを観察していたの。……でも、それだけじゃただの推論でしょ? だから確証を得るために、エンキに少しだけ『実験』に付き合ってもらったのよ」

「実験デスか?」

「あの短い時間で気づいた上、そんな事まで……」

「ああ。僕がガングニールの欠片を直接握った状態で、自分につけた小さな傷を平行世界に飛ばせる試してみたんだ」

 

エンキが淡々と、しかし決定的な事実を口にする。

 

「……結果は失敗。神殺しの概念が強烈なノイズとなって、権能が完全に阻害されてしまった」

 

その言葉と手に巻いた包帯を見て、意味を理解した瞬間、マリア達の顔色が変わった。

 

「ちょっと待て! エンキに『神殺し』の欠片を握らせて権能を阻害させたって……一歩間違えれば、エンキ自身の命に関わったんじゃないのか!?」

「いくらなんでも危険すぎるわ! もし制御できずに、エンキが消滅でもしたらどうするつもりだったの!?」

 

心底肝を冷やしたクリスとマリアが、血相を変えて了子とエンキに詰め寄る。

 

「落ち着いて。ちゃんと私が傍でチェックしていたし、使ったのも小さな欠片よ? 私もそこまで無茶なギャンブルはしないわ」

「僕も了承した上でのことだからね。……優斗を助けるための確実な切り札を見つけるためには、必要なことだったんだ」

 

エンキの真っ直ぐな瞳に、マリアたちは言葉を詰まらせる。

そんな彼女たちを見て、了子はふっと、どこか愛おしむような、ひどく優しい顔つきになった。

 

「……彼がいなかったら、私とエンキがこうして並んで笑い合うことなんて絶対にあり得なかった。私たちが今、過去の罪や運命に縛られず、ここで穏やかにいられるのは……全部、あの子が繋いでくれた奇跡のおかげなのよ」

 

了子の艶やかな声に、エンキも静かに頷く。

 

「その通りさ。彼が作ってくれた、今この時間は……僕が何千年も前に諦めていた、何よりも尊い温もりだった。フィーネ……いや、了子と再び巡り逢わせてくれた彼には、どれだけ感謝しても足りない。その恩を返せるのなら、自分の身を削る程度の危険、どうということはないさ」

「私たちにこんな奇跡をくれた可愛い恩人に、ちょっとくらい無茶してでもお返しをするのが、大人のお姉さんの甲斐性ってものよ。でしょ?」

 

二人の嘘偽りのない、優斗への深い感謝と愛情。

それを聞かされては、奏たちもこれ以上怒る気にはなれなかった。

 

「お前らなぁ……ッ!」

 

飄々としている二人に対し、心配を通り越して呆れた奏たちが、大きなため息をつく。

 

だが、その無茶な実験のおかげで「神殺しが通用する」という絶対の裏付けが取れたのは事実だった。

 

「……分かったよ。でも了子さん、それならアタシとマリアの二人がいれば十分じゃないの?」

「足りないのよ。……いいかしら? 響ちゃんを加えた『三人』が揃うことが、何よりも重要なんだわ」

 

了子は三本の指を立て、真っ直ぐに奏、マリア、そして響を見据えた。

 

「『3』という数字には、数秘術的にも哲学的にも、宇宙の理を完成させる強力な意味が宿っているの。ギリシャ神話における調和と破壊の三叉槍(トリアイナ)。過去・現在・未来の因果を撃ち抜く三層の雷火(ケラウノス)。運命を確定させる三女神。そして、この国における神性簒奪の象徴たる三種の神器……」

 

エルフナインもハッとして、了子の言葉に被せるようにデータの解析結果をモニターに弾き出す。

 

「そうか……! 奏さん、マリアさん、響さん。三人のガングニールの旋律が完全に同調した時、それは単なる『三人いるから強い』という足し算ではなくなります! 3つが揃うことで宇宙の理が完成し、絶対に逃れられない因果律の断絶、あるいは神の権限そのものを奪い取る【究極の神殺しの儀式】として成立するんですね!」

「それが……ニンフルサグやシェム・ハに対抗し得る、人類の……私達の唯一の切り札……」

 

マリアが、自身の胸のペンダントを強く握りしめる。

奏もまた、目を大きく見開き、それから「……ハッ」と、どこか吹っ切れたような、どうしようもなく熱い笑みをこぼした。

 

「なるほどな。アタシたち三人が揃って、初めて【神殺し】が完成するってわけだ。……響」

「奏さん……」

「足引っ張ったら承知しねぇぞ、三人目のガングニール」

「……はいッ!」

 

奏の不器用なエールに、響は弾かれたように顔を上げ、力強く頷いた。

誰かの後ろに隠れているわけにはいかない。自分こそが、優斗を取り戻すための運命を確定させる『最後の一片』なのだ。

 

「響。……一緒に、行こう」

「うん。絶対にお兄ちゃんを取り戻す」

 

響と未来。かつて平和な日常の象徴だった二人の少女が、互いの手を強く握り合う。

神を騙す盤面は整った。乙女の覚悟と、神殺しの槍と、祓いの鏡。すべての準備を終えたいま、ついに反撃の歯車が回り始める――。

 




感想で指摘が欲しくなるほど話が迷走していると思っている、本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、バラルがないから洗脳できたの?それともユグドラシルがないとダメ?
A、両方ですね。ユグドラシルは星と生命の改造がメイン。バラルはあくまでシェム·ハ防止の為なのですが、バラルを解いて生体端末として使用しないとユグドラシルが本領発揮しないので。順序としては、バラルからの解放、ユグドラシル起動、ユグドラシルから人間の脳にアクセス。といった感じですね。

Q、ダイレクトフィードバックシステムはどうなっている?
A、使い道が殆ど無くなったので、ウェルが勝手に治療目的で使っています。といっても神獣鏡を使ったものではなく、その劣化版になりますが。一言でまとめると、「脳の信号を機械に繋ぐ技術」なので理論上は可能であると考えています。

具体的にはこんなイメージ。
脳の命令を読み取り「動け」という脳の電気信号をキャッチする。バイパスを作り、損傷した神経の代わりに、システムがその信号を直接手足や義肢へ届ける。「運動信号のやり取り」だけに特化させれば、リハビリや生活支援の神ツールになります。その為ウェル博士の名は教科書に載るくらいには有名になってきています。

Q、ガングニールが3つ揃うとそんな効果が?
A、3つの心が一つになれば百万パワー!!……でもありますが、Geminiに出して貰ったこれが割としっくり来たので、そのまま使っています。

Q、所で響と未来に入っている戦闘データは誰の?
A、装者全員と弦十郎、あと色々です。

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