時間は、ノイズがライブ会場を襲撃した直後にまで少しだけ巻き戻る。
ステージの上、あたしと翼はすぐさま状況を把握しようと動いた。まずやるべきは、地下の司令室にいるであろうおっさんへの連絡だ。
「おっさん!聞こえるか!?奏だ!応答しろ!弦十郎のおっさん!!」
インカムに叩きつけるように叫ぶが、返ってくるのは無機質なノイズだけ。
「ダメだ、繋がらない……!何らかのジャミングか、あるいは地下で何か……!」
翼の顔に、焦りの色が浮かぶ。最悪の事態が頭をよぎるが、今は目の前の惨状をどうにかするのが先決だ。
周囲を見渡すと、そこはもう地獄だった。逃げ惑う人々の絶叫、ノイズが人を炭素に変える姿、そして、巨大な穴から無限に湧き出てくる異形の群れ。
その中で、あたしの目は、一点に釘付けになった。
最前列、あたしたちが招待した席。そこに、今にも青くぬめった芋虫のような巨大なノイズが、牙を剥いて襲いかかろうとしていた。その先には、響ちゃんと未来ちゃんを庇うように立つ、優斗の姿が。
「――っ!」
思考より先に、体が動いていた。
「翼!先に行く!」
「奏!?」
翼の制止の声も聞かず、あたしはステージから飛び降りていた。起動のための聖句が響き渡る。
「Croitzal ronzell gungnir zizzl」
走りながら歌う。体が内側から燃えるように熱くなり、光の粒子が全身を包み込む。真紅
山吹色の鎧――シンフォギア「ガングニール」が、あたしの体を戦うための姿へと変えていく。
一歩遅れて、翼の凛とした声が背後から続いた。
「Imyuteus amenohabakiri tron」
蒼い光が、あたしの隣を駆け抜けていく。振り返らずとも分かる。あたしの隣には、いつだって最高の相棒がいる。
天羽奏が纏うシンフォギア、ガングニール。それは本来、彼女の適性係数が低いがために、聖遺物そのものが持つ強大な力を御しきれず、制御薬物「リンカー」によるブーストがなければ満足に装着することすら叶わない、いわば片翼のギアだった。
しかし、今の彼女は違う。
新城優斗の作る料理を、数年にわたって食べ続けてきた彼女の体と魂は、本人が知覚しないうちに、人のままに神のそれに近い領域へと変質を遂げていた。それはもはや、奏がガングニールに合わせるのではない。聖遺物の槍の方が、主である奏の魂の輝きに引かれ、その在り方を変質させているのだ。
櫻井了子が提唱した理論によれば、シンフォギア・システムには、装者の心身への負荷を低減させるため、約三億種類ものロックが系統的、段階的に施されている。
装者の技量やバトルスタイルに応じて、それらのロックが限定解除されていく構造だ。そのリミッターの段階は、ギアの色彩に現れる。適合率が低い、あるいはリミッターが強くかかっている状態では、ギアの大部分が黒色に染まるのだ。
だが、今の奏のガングニールに、その特徴はほとんど見られない。ギアの大部分は、彼女のパーソナルカラーである朱色と、聖なる力を感じさせる白で構成されている。関節やインナーといったごく一部に黒が残るのみ。それは、シンフォギアが最大戦闘形態である「エクスドライブモード」の一歩手前まで到達していることを示していた。
それは、隣を駆ける風鳴翼の天羽々斬も同様であった。
「――そこをどけッ!」
槍を構え、前方に突き出すと同時に投擲する。あたしが放った必殺の技――STARDUST∞FOTONが炸裂した。投げ放った一槍が空中で無数の赤い光の槍へと分裂し、流星群のように降り注いで優斗たちに向かっていたノイズの群れを寸分の狂いもなく貫いていく。
一体残らず塵と化したのを確認し、あたしは振り返った。
心の中は、不安でいっぱいだった。
話せないとはいえ、ずっと隠し事をしていた後ろめたさ。ノイズを殺せるこの力は、見方を変えれば、ただの化け物だ。優斗たちに、拒絶されたら?怖がられたら?そう思うと、胸が張り裂けそうだった。
でも、あたしが見た三人の表情は、予想とは全く違っていた。恐怖でも、嫌悪でもない。ただ、目の前の出来事が信じられないとでも言うように、呆然と口を開けて、あたしを見つめていた。
「……怪我は、ないか?」
なんとか絞り出した声は、少し震えていたかもしれない。その声に、最初に我に返ったのは優斗だった。
「……うん、大丈夫。ありがとう、奏ちゃん。助かったよ。その姿……一体……?」
「す、すごい……!奏さん、かっこいい……!」
優斗の問いに、響ちゃんが目をキラキラさせながら答える。その隣で、未来ちゃんが「ひ、響!落ち着いて!」と、興奮する響ちゃんの袖を必死に引っ張っていた。
その、あまりにもいつも通りの三人の反応に、あたしの中で張り詰めていた糸が、ぷつんと切れた。
「……ふっ、あははははっ!」
おかしくて、おかしくて、たまらなかった。何をあんなに怖がっていたんだろう。こいつらは、あたしがどんな姿になろうと、きっと何も変わらない。そう思うと、心がふわりと軽くなるのを感じた。
「詳しい話は後だ!お前たちは、あっちの出口から逃げろ!あたしが道を作る!」
そう言って、ノイズの群れに向き直ろうとした、その時だった。
「奏ちゃん!!」
優斗が、今まで聞いたこともないような大きな声であたしの名前を叫んだ。
「信じてる!!」
その言葉に、理屈なんてなかった。でも、痛いほど伝わってきた。君ならできる、という絶対の信頼。君が無事に戻ってくることを疑っていない、という温かい思いやり。
それだけで、もう十分だった。
三人が、頷いて避難していく背中を見送る。あたしの心には、もう一片の曇りもなかった。
「待たせたわね、奏!」
周囲の人型ノイズを、剣技――蒼ノ一閃で切り伏せた翼が、奏の隣に並び立つ。
「何か、いいことでもあったの?随分とすっきりした顔をしているわ」
「ああ、とびっきりのがな!」
奏は、ニッと口の端を吊り上げて笑った。その表情は、先ほどまでの不安が嘘のように、自信と喜びに満ち溢れている。
「いくぞ、翼!」
「ああ、行こう!」
翼の表情が、友としてのそれから、戦場に生きる防人のそれへと切り替わる。二人はアイコンタクトを交わすと、左右に分かれ、津波のように押し寄せるノイズの群れへと突撃していった。
奏の戦い方は、苛烈の一言に尽きた。手に持った槍を振り回し、殴りつけ、突き刺し、まるで巨大な竜巻のようにノイズを蹂躙していく。
「おおおおおっ!」
雄叫びと共に、彼女は槍の穂先を高速で回転させる。凄まじい勢いで生み出された赤い竜巻が、周囲の空間ごとノイズを吹き飛ばしていく。広範囲殲滅スキル、LAST∞METEORが、厄介な飛行型ノイズを空から一掃する。
地上では、人型の群れに飛び込み、回し蹴りで数体をまとめて吹き飛ばし、怯んだところを槍で貫いていた。彼女の動きには一切の無駄がなく、その一挙手一投足が、ノイズを殺すためだけに最適化されていた。
対する翼の戦い方は、舞うように美しい、それでいて死の香りを纏う剣舞だった。
彼女は、パニックに陥り、一箇所に固まってしまった観客たちの周囲を旋回するように動き、彼らに近づく人型のノイズを的確に、そして迅速に排除していく。
「そこまでだ」
人型の群れの中心に飛び込むと、彼女は逆立ちすると同時に高速で横回転を始める。その脚部から展開された鋭いブレードが、周囲のノイズを文字通り切り裂いていく。必殺の体術、逆羅刹。その動きは、まるで死を振りまく青いコマのようだった。時には、刀を鞘に納め、体術を駆使してノイズの体勢を崩し、最小限の動きで仕留めていく。
二人は、それぞれが会場の半分近くをカバーし、凄まじい勢いでノイズを殲滅していく。だが、敵の数はあまりにも多すぎた。倒しても、倒しても、ドームから空から次々と湧き出てくる。このままでは、ジリ貧だ。救える命も、救えなくなる。
戦闘開始から、およそ三分。
息は上がっていない。体も、まだまだ動く。調子がいいせいか、体の奥から力が無限に湧き出てくるような感覚さえある。
でも、このままじゃダメだ。被害が増える一方だ。
脳裏に、一つの言葉がよぎる。
――絶唱。
シンフォギア装者が、己の命そのものを歌に変換して放つ、最後の切り札。過去のあたしなら、文字通り、死を覚悟しなければ使えなかっただろう。
でも、今のあたしなら。この、万全の状態のあたしなら。そして、隣に翼がいるなら。
いける。そんな確信があった。
「翼ッ!」
インカム越しに、相棒の名を叫ぶ。
「あれをやるぞ!」
「まさか……絶唱!?」
翼の声に、驚きと不安が混じる。あたしが頷くのを、彼女は息を呑んで見ていた。無理もない。翼は、あたしが血を吐き、苦しみながらガングニールを纏う姿を、何度も見てきたんだから。
でも、あたしは不敵な笑みを浮かべて、言い放った。
「大丈夫だ。あたしを信じろ」
優斗がくれた、あの言葉。今度は、あたしが翼に返す番だ。目の前の相棒に、あたしの全てを信じてもらうために。
あたしの万感の思いを込めた言葉に、翼は一瞬目を見開いた後、ふっと息を吐いて、柔らかく微笑んだ。
「……やれやれだ。奏には、いつも敵わないわね」
翼が、あたしの隣に並び立つ。そして、そっと、あたしの手を握った。
「私たちは二人でツヴァイウイング。歌う時は、いつだって一緒だ」
「……ああ」
頷き返し、二人で前を向く。握りしめた手から、翼の覚悟が伝わってくる。
もう、迷いはない。
あたしたちは、息を吸い込み、声を合わせた。
「「Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustol serventi, fine el zizzl」」
あたしたちの歌が、一つになる。
世界から、音が消えた。いや、違う。あたしたちの歌以外の、全ての音が塗り潰されたのだ。
赤と青の光が混じり合い、巨大なエネルギーの奔流となって、ドーム全体に広がっていく。それは、暴力的なまでの破壊の力でありながら、どこまでも優しい、祈りのような光だった。
光に触れたノイズたちが、悲鳴を上げる間もなく、次々と塵に還っていく。人型も、芋虫型も、飛行型も、関係ない。聖なる歌の前に、あらゆる厄災は存在を許されない。
光が、晴れる。
そこに、もうノイズの姿は一体もなかった。
静寂が戻ったライブ会場。あたしと翼は、目を閉じ、荒くなった息を整えていた。
やがて、お互いの顔を見て、静かに笑い合う。
「「やったな」」
声が、重なった。
その時だった。
ぐぅぅぅぅぅ〜〜〜……。
静寂の中に、盛大な音が響き渡る。音の発生源は、あたしの腹だった。
「……へへ」
少し恥ずかしくなって、頬をかく。
すると、今度は隣から、きゅるるる〜……。と、可愛らしい音が聞こえてきた。
見れば、さっきまで微笑ましそうにあたしを見ていた翼が、羞恥で顔を真っ赤に染めていた。
「……っ!」
その姿が、なんだか無性におかしくて。
「「あははははははっ!」」
あたしたちは、お互いを指差して、腹を抱えて笑い合った。
そこにはもう、悲劇の暗さはない。ただ、大きな試練を乗り越えた、腹ペコの二人の少女の姿があるだけだった。
後日、政府による公式の会見が開かれた。
あのノイズ襲撃事件は、ツヴァイウイングの二人の英雄的な活躍により、死者を含む多数の被害者は出たものの、最悪の事態は免れた、と発表された。
事件の裏で、もう一つ大きな問題が起きていた。混乱の最中、二人の戦う姿を動画で撮影していた観客がいたのだ。その映像は、瞬く間にインターネット上で拡散されていった。政府は情報の削除に奔走するが、一度火がついた炎は、もう誰にも止められない。次から次へとアップロードが繰り返され、口コミは世界中へと広がっていった。
もはや、隠し通すことは不可能。そう判断した政府は、ついにその存在を公にすることを決定した。
特異災害対策機動部二課。そして、歌で戦う少女たち――シンフォギア。
世間は、にわかには信じがたいその発表に騒然となった。ツヴァイウイングの二人に対しても、様々なコメントが寄せられたが、その大半は、彼女たちの勇気を称賛する、好意的なものだったという。
こうして、世界は、新たな局面を迎えようとしていた。
本話にぶち込む技量がない作者のQ&A
Q、超強化された弦十郎が気絶するか?
A、弦十郎は部下が認識できない速度で全員自身の近くに集め、地下で崩れる建物を支えているため、即座に動けませんでした
Q、フィーネバレしたのでは?
A、了子は現在の弦十郎を考慮して離れいていました
Q、シンフォギアの黒色の設定って?
A、今作オリジナル設定。うろ覚えですがエクスドライブが汚れのない白=装者と聖遺物のノイズの無さと思っています。
Q、マリアは黒いが?
A、調整中です
Q、世間にバレとるがな
A、奏達の初動の速さ。実力が原作より上なので、ノイズの殲滅速度がやばいくらい速い。なので観客も余裕ができ、中にはスタッフに混じって避難誘導をしている人もいました