ハッピーエンドに向かうには   作:内海空洞

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嵐の後に星は瞬く

世間を、いや、世界中を大いに騒がせたあのライブ会場での惨劇から、一週間ほどの時が過ぎた。

 

僕の日常は、驚くほど普段通りに回っている。喫茶店「コモド」のドアを開け、豆を挽き、コーヒーを淹れる。カウンターに立ち、常連のお客さんと他愛もない会話を交わす。何も変わらない、穏やかな日々。

 

だが、一歩店の外に出れば、テレビも、雑誌も、インターネットのニュースも、すべてがあの日の話題で持ちきりだった。政府が正式に発表した「特異災害対策機動部二課」という組織の存在。そして、歌で戦う二人の少女、「ツヴァイウイング」の真実。

 

世界は、受け止めきれないほどの情報量に揺れていた。しかし、意外なことに、奏ちゃんたちへの批判や、政府への非難といったマイナスの話題は、思うほど少なかった。

 

「……死者288名、重軽傷者1,154名、か」

 

スマートフォンの画面に表示された確定被害

者数を見て、僕は静かに息を吐いた。十万人近くの観客がいた、あの密閉された空間。そこに、あの数のノイズが現れたのだ。被害者の数は、決して少なくはない。尊い命が失われた事実に、変わりはない。

 

それでも、誰もが「奇跡的だ」と口を揃えた。専門家と名乗る人々は、パニックによる将棋倒しなど、二次災害だけでも数千人以上の死者が出ていてもおかしくなかったと分析している。

 

被害がこの程度で済んだのは、ツヴァイウイングの二人が、出現と同時に迷わず観客を守るために戦い始めたこと。そして、スタッフや観客までも迅速に災害救助と情報統制を行い、避難誘導が的確に行われたことが大きいらしい。

現場のヒーローの活躍と、それを支える組織の冷静な対応。その二つが噛み合ったことで、最悪の事態は回避されたのだ。

 

先日店に来た響ちゃんと未来ちゃんも、学校の友達やその家族には、幸いにも亡くなった方はいなかったと、少しだけ安堵した表情で語っていた。それでも、擦り傷や打撲といった軽い怪我をした子は、何人かいたらしい。

 

僕たちは、本当に運が良かっただけなのだ。あの時、あの場所にいて、今こうして無事に息をしている。その幸運を、そして、失われた命があったという事実を、決して忘れてはいけない。僕は、改めてそう心に深く刻み込んだ。

 

さらに数日が過ぎた、ある日の午後。

コモドのドアベルが鳴り、入ってきたのは、見慣れない黒塗りのセダンに寄り添われるようにして現れた、弦十郎さんだった。彼の額には、まだ生々しいガーゼが貼られている。

 

「優斗くん、響くん、未来くん。急で済まないが、少し付き合ってほしい。君たちに、我々の全てを話しておきたいんだ」

 

真剣な、それでいて有無を言わせない表情。僕たちは顔を見合わせ、頷くことしかできなかった。

 

弦十郎さんの運転する車は、静かに都心を進んでいく。向かっているのは、私立リディアン音楽院。響ちゃんと未来ちゃんが、進学を目指している名門の音楽科がある、女子生徒のための学院だ。

 

「弦十郎さん、奏ちゃんたちの体はもう大丈夫なんですか?弦十郎さんも、その怪我……」

「ああ、心配ないさ。奏達は怪我一つない。俺も驚くほど回復が早くてな。この傷も、見た目ほど大したことはない」

 

後部座席に並んで座る僕たちの問いに、弦十郎さんはバックミラー越しに穏やかに答えてくれた。

 

「でも、どうしてリディアンに?ここ、女子校ですよね?」

 

未来ちゃんが、不思議そうに首を傾げる。

 

「ああ。だが、少しだけ、我々が間借りしている場所があってな。詳しいことは、着いてから話そう。その方が、早い」

 

そう言って、弦十郎さんは口を閉ざした。僕たちは、それ以上何も聞けなかった。

学院の厳重なゲートを抜け、車は敷地へと進んでいく。案内されたのは、一見すると何の変哲もない、講堂のような建物の地下駐車場だった。壁の一面が、まるでSF映画に出てくるような巨大なエレベーターになっている。

 

「さあ、乗ってくれ」

 

促されるままに乗り込むと、エレベーターは一切の揺れを感じさせないまま、凄まじい速度で下降を始めた。

 

「「ひゃっ!?」」

 

急な下降Gに、隣に座っていた響ちゃんと未来ちゃんが、可愛らしい悲鳴を上げて、僕の両腕にぎゅっとしがみついてきた。響ちゃんは驚きと興奮で目を輝かせ、未来ちゃんは少し顔を赤らめながらも、僕の腕を固く掴んで離さない。その温かさと重みに、僕の方が少しドキドキしてしまう。

 

どれくらいの時間が経っただろうか。やがてエレベーターが静かに停止し、重厚な金属の扉が左右に開いていく。

 

「ようこそ、特異災害対策機動部二課へ」

 

弦十郎さんの言葉と共に、僕たちの目の前に広がったのは、信じられない光景だった。

 

「「「ようこそ二課へ!!」」」

 

クラッカーの音と共に、広い空間に集まった人たちからの歓迎の声。壁には手作りの横断幕が掲げられ、テーブルの上にはたくさんの料理や飲み物が並んでいる。そして、その中心に立っていたのは、私服姿の奏ちゃんと翼さんだった。

 

「……え?」

「な、なんで……?」

「パーティー……?」

 

ポカン、と呆気に取られている僕たちは、悪戯っぽく笑う奏ちゃんと、やれやれと肩をすくめる翼さんに背中を押され、その輪の中へと招き入れられた。

 

「改めて紹介しよう。俺が、ここの司令を務める風鳴弦十郎。そして、彼女が技術主任の櫻井了子くんだ」

「はぁい、よろしくねぇ、可愛いゲストさんたち♪」

 

蜂蜜のように甘い声で、了子さんと名乗った女性科学者がウインクを飛ばしてくる。

 

「俺たちはオペレーターの藤尭朔也と友里あおいです」

 

若い男女のオペレーターも、にこやかに頭を下げてくれた。

弦十郎さんは、僕たちに向き直り、真剣な口調で語り始めた。

 

「我々、特異災害対策機動部二課は、認定特異災害ノイズから、人々の日常を人知れず守るための組織だ。そして、奏と翼が纏っていたあの力――シンフォギアは、ノイズに対抗できる唯一にして最強の切り札。聖遺物の欠片から作られた鎧を、歌の力で動かすシステムだ」

「そう!この私、櫻井了子が作り上げた理論をふんだんに使った、傑作中の傑作よん!」

 

シンフォギア。聖遺物。歌の力。まるで物語のような単語の羅列に、僕の頭は追いついていかない。

 

「……どうして、そんな大事なことを、僕たちに話してくれるんですか?それも、響ちゃんや未来ちゃんまで……」

 

僕が一番聞きたかったことを口にすると、それまで黙って隣に立っていた奏ちゃんが、一歩前に出た。

 

「それは、あたしのわがままなんだ」

 

彼女は、少しだけ俯きながら、でも、はっきりとした口調で言った。

 

「優斗たちに、あたしの全部を知っておいてほしかったから」

 

そして、彼女は語り始めた。彼女自身の、壮絶な半生を。

 

「あたしにも、昔は家族がいたんだ。優しくて、ちょっと心配性な父さんと母さん。それと、いつもあたしの後をついてくる、可愛い妹がな。どこにでもある、普通の、幸せな家族だった」

 

彼女の声は、静かだった。でも、その一言一言に、千鈞の重みが乗っていた。

 

「でも、あの日、全部ノイズに奪われた。目の前で、家族が……炭素の塊に変えられていくのを、あたしはただ、見てることしかできなかった。生き残ったのは、あたしだけだった」

 

唇を、ぎゅっと噛みしめる。

 

「それからのあたしは、復讐のためだけに生きてきた。ノイズを殺せるなら、この命なんて惜しくない。そう思って、リンカーって薬に手を出して、血反吐を吐きながらガングニールを手に入れた。辛い訓練も、歯を食いしばって乗り越えてきた。あたしからすべてを奪ったノイズを、この手で一体残らず殺すこと。それが、あたしのすべてだったんだ」

 

彼女の独白を、僕たちは息を詰めて聞いていた。響ちゃんも、未来ちゃんも、ただ黙って、奏ちゃんの横顔を見つめている。

 

「そんな時、翼と出会った。あいつは、あたしとは正反対だった。家柄も、才能も、何もかも持ってる、完璧なやつ。最初は、ただ嫉妬してた。あたしにはないものを持ってる、その余裕が、たまらなくムカついたんだ。……だから、酷いことを言った。八つ当たりだって、分かってたのに」

 

奏ちゃんは、ちらりと翼さんの方を見た。翼さんは、何も言わず、ただ静かに頷き返す。

 

「翼を、泣かせちまった。弦十郎にも、了子さんにも、みんなに心配かけて。あたしは、自分勝手な憎しみで、あたしを心配してくれてた奴らの気持ちを踏みにじったんだ。もう、ここにはいられない。そう思って、基地を飛び出した。……そして、優斗、お前に出会ったんだ」

 

彼女の視線が、まっすぐに僕を捉える。

 

「お前が出してくれたハンバーグ、覚えてるか?あれ……死んだ、おふくろの味と、そっくりだったんだ。食べた瞬間、全部思い出した。父さんがいて、母さんがいて、妹がいて……くだらないことで笑い合ってた、あの頃のこと。憎しみでいっぱいだったあたしの胸に、温かいもんが流れ込んできた。……あたしは、ノイズを憎むことしかできない、空っぽの人間じゃなかったんだって。ちゃんと、愛されてたんだって……思い出したんだ」

 

彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「だからかな?本当に大切なもんは、自分の近くで、この手で守りたいって、そう思うようになったんだよ。優斗、お前も、響も、未来も。あたしにとっては、もう、かけがえのない大切なもんなんだ。だから、知っておいてほしかった」

 

それに、と彼女は少し悪戯っぽく笑う。

 

「正体も、世間にバレちまったしな!今更隠しても、しょうがないだろ?相棒の翼も、納得してるし」

「……まったく、奏はいつも自分だけで突っ走るのだから」

 

翼さんは、やれやれとため息を吐いた。でも、その表情は、どこまでも優しく、柔らかかった。

奏ちゃんの話が終わり、弦十郎さんが改めて僕たちに向き直った。

 

「優斗くん、響くん、未来くん。今回の件、君たちを危険な目に遭わせてしまったこと、心から詫びる。本当に、すまなかった」

 

深く、深く、頭を下げる。

 

「そして、誓おう。これからは、我々特異災害対策機動部二課が、総力を挙げて君たちを守る、と」

 

その言葉に、僕は首を横に振った。

 

「謝らないでください、弦十郎さん。僕たち、すごく、かっこいいものを見せてもらいました。奏ちゃんも、翼さんも、本当にすごかった。……ありがとう」

 

僕がそう言うと、響ちゃんも興奮したように頷いた。

 

「うん!すっごくかっこよかった!あたし、もっと二人のファンになっちゃった!」

 

未来ちゃんも、静かだったけれど、その瞳には強い光が宿っていた。

 

「……ありがとうございました。怖かったけど……でも、お二人の歌が、私たちを守ってくれたんだって、分かりましたから」

 

三人の言葉に、弦十郎さんは少し驚いたように顔を上げた後、破顔した。

 

「……そうか。だったら、話は早い!」

 

彼は、パンッ、と大きく手を打ち鳴らし、高らかに宣言した。

 

「堅苦しい話はここまでだ!これより、歓迎会を始めるぞ!」

 

その言葉を皮切りに、場の空気が一気に和やかになる。

 

「よっしゃ!優斗、こっち来いよ!あたしが取ってきてやるから!」

 

真っ先に、奏ちゃんが僕の腕を掴んで、料理が並んだテーブルへと引っ張っていく。

 

「あ、か、奏さん、ずるいです!優斗お兄ちゃん、こっちのお肉、美味しそうですよ!」

 

それを見た未来ちゃんが、反対側の僕の腕にぎゅっとくっついてきて、甲斐甲斐しくお皿に料理を取り分け始める。

 

「え、あ、ちょ、二人とも……!?」

 

左右を美少女に固められた僕は、戸惑いながらもなされるがままに進むしかない。

 

「わー!からあげ!エビフライ!ハンバーグ!優斗お兄ちゃんのじゃないけど、美味しそう!」

 

そんな僕たちの様子などお構いなしに、響ちゃんは目の前の豪勢な料理に目を輝かせている。

 

「こら、響。はしたないぞ。まずは、ちゃんと礼を言わなければ」

 

翼さんが、まるで母親のように優しく響ちゃんを宥めながら、飲み物を取ってあげている。

 

「はっはっは、若いというのは、いいものだな!」

「ほんと、見てて飽きないわねぇ」

 

弦十郎さんと了子さんが、そんな僕たちの様子を微笑ましそうに眺めていた。ただ、その了子さんの視線だけが、時折、僕の全身を舐めるように、鋭く光っているような気がした。

 

 

 

歓迎会から数日後。

僕たちの日常は、完全に元に戻っていた。あの地下での出来事が、まるで夢だったかのように。

ある日の夕方、スーパーでの買い出しを終えた僕は、近所の公園を通りかかっていた。そこで、見慣れた後ろ姿を見つけた。公園のベンチに一人、項垂れるように座っているのは、響ちゃんのお父さんである、立花洸さんだった。

 

「洸さん?どうしたんですか、こんな所で」

 

気になって声をかけると、洸さんは力なく顔を上げた。いつも快活な彼らしからぬ、覇気のない表情だった。

 

「……ああ、優斗くんか。いや、なんでもないんだ。ちょっと、考え事をしててね」

 

気まずそうに笑うが、その笑顔はひどくぎこちない。何かあったのは、明らかだった。

僕が隣に座ると、洸さんは、ぽつり、ぽつりと語り始めた。

 

勤めている会社の取引先の社長に、一人娘がいたこと。その子が、運悪くあのライブで亡くなってしまったこと。

そんなことを何も知らずに、洸さんは社内で、自分の娘である響ちゃんがライブで生存したことに大喜びして少しはしゃいでしまったらしい。

 

その結果、彼は進行中だった取引先との大きなプロジェクトから外され、社内で完全に孤立してしまったのだという。

 

「……調子に乗ってた、俺が悪いんだ。娘が無事だったのが嬉しくて、周りが見えてなかった。でもな、辛いんだ。会社にいるのが、針の筵みたいでさ。でも、辞めるわけにもいかない。響や、まりを、俺が養っていかなきゃならないんだから……」

 

父親としての責任と、砕け散ってしまったプライド。その間で、彼の心はすっかり弱り切ってしまっていた。

 

僕は、そんな彼に、静かに語りかけた。

 

「洸さんが、響ちゃんを大好きな気持ちは、

何も間違ってないですよ。響ちゃんが元気でいてくれたら、嬉しくなるのは、当たり前です」

 

そして、彼の口癖を、僕が口にした。

 

「大丈夫ですよ。洸さんなら、きっと、『へいき、へっちゃら』だって、乗り越えられます」

「……へいき、へっちゃら、か」

 

洸さんの口元が、少しだけ緩む。

僕は、さらに言葉を続けた。

 

「もし、本当に今の会社にいるのが限界になったら……その時は、僕の店で働きませんか?」

「え……?」

 

驚く洸さんに、僕は続けた。

「最近、ありがたいことにお客さんが増えてきてて、正直、僕一人だとちょっと厳しいなって思ってたんです。お給料は、普通のアルバイトくらいしか出せませんけど……でも、洸さんが来てくれたら、僕もすごく嬉しいです」

 

僕の言葉に、洸さんはしばらく黙って空を見上げていた。やがて、目頭をぐいっと拭うと、立ち上がった。

 

「……ははっ。優斗くんに、励まされちまったな。情けない」

 

でも、その顔には、さっきまでの暗さはない。

 

「ありがとう、優斗くん。その言葉だけで、十分だ。……ああ、なんとか、やってみるさ」

「はい!」

「へいき、へっちゃら、だもんな!」

「はい!へいき、へっちゃら、です!」

 

僕たちは、立花親子秘伝の呪文を言い合い、笑顔で別れた。

あの後、洸さんは結局、勤めていた会社を辞め、コモドで働いてくれることになった。以前ほどの給料は払えていないけれど、彼の顔から、あの日のような暗い影が差すことはもうない。

 

そして、立花家からは、今日も「へいき、へっちゃら!」という、明るい笑い声が絶えないらしい。

 




本話にぶち込む技量がない作者のQ&A

Q、奏の優斗への感情重すぎない?
A、奏のメンタル関係をほとんど1人で解決すれば、こうもなろう

Q、ひびみくは何で呼ばれたん?
A、大体は奏のわがまま。あと、二課関係での理由もある

Q、洸の境遇が原作どうりなんですが
A、最初のプロットの名残です。前のプロットでは原作よりかはマイルドですが立花家は迫害を受けてしまいます。そこに優斗が匿う。というシナリオですが、そうなると優斗はライブに行かないので、無くなりました。
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