第一話:予言の子
「……ねえミトロン」
彼女はいつも通りのんびりと、無二の友達とともに午後のお茶を楽しんでいた。
そんなゆったりした時間の中、唐突に。
「類稀なる眼の持ち主が生まれるわ」
それを聞いた彼女は赤い仮面の下でその口を小さく開く。
そしてはぁ、と嘆息した。
この友人のこうした言葉がどういうものであるかを、彼女はよく知っていた。
「……ねえアログリフ」
先程の相手と同じような呼びかけの言葉なのに、その声には少し呆れたような調子が含まれていた。
「……なあに?」
やはりのんびりと返ってくる声に、ミトロンは苦笑する。
「あなたはどうしてそうした予言を、なんでもないことみたいに私にさらっと言ってしまうの?」
「え? だって、あなたになら、いつでもなんでも伝えられる。だってあなたじゃない?」
やはりのんびりと微笑んで言う大切な友に、ただただミトロンは苦笑した。
よく知らない者が聞けば、ぼんやりとしすぎていて、何を言っているか分からない場合もあるかもしれない。
しかし、信頼して、そして大切に思っている相手だからこそ、包み隠さずなんでも伝えられてしまう。
そう言われているのがミトロンにははっきりとわかるから、くすぐったくて目を細めた。
「それに、あなたならきちんと覚えていてくれるでしょう? 私は、たまに忘れてしまうから」
「たまに?」
そうからかうように返して、ふふふ、とミトロンは笑った。
それに対して、アログリフは「もう」と言って拗ねたように口元をすぼめる。
しかしそんなアログリフの方も、すぐにふふふと、とてもよく似た笑いを浮かべた。
「……そして、きっと『彼』は、アゼムを支えてくれる者になるのよ」
それを聞いて、ミトロンはまた、驚いたように小さく口を開ける。
「……! それはとても……素敵で……悲しい、こと、ね……!」
そう言うミトロンの声は、安堵と悲壮が共存する不思議な色を、含んでいた。
その二人はゆったりと足を進めながらも、白熱した意見を交わしていた。
二人ともが赤い仮面を着用している。
それゆえ彼らが何者なのかを、街ゆく誰もがすぐに認識した。
……ああ、ご帰還なさったんだ。
視線を送る人々が一様に抱いているのは尊敬の念。
当代のラハブレアとアゼムが、今度は何を生み出そうとしているのかと、期待を膨らませる者も居た。
「……でも、どうしてそうまで炎にこだわるんだ? 俺は一番苛烈な
「私にとっては、一番美しい
「……っ……ははっ。キミのそのこだわりは……やはり眩しいな……。だからこそ、キミの創造する幻想生物は皆美しいんだろうな」
そう言った彼は本当に眩しそうに目を細めて、口元を綻ばせていた。
「何を言うか。……しかし、そう思ってくれるのなら、貴殿の協力がなければこうはなっていないと言っておこう」
「……それは買い被りだろう」
言われたアゼムは苦笑していた。
「……たまにで良い、周りの称賛を素直に受け取るのを覚えることだ」
「……」
そう言って来たラハブレアの声には苦渋の色があったから、アゼムは少しだけ息を呑んだ。
「……努めよう」
ありがたくて柔らかい声で応えるも、彼にはそうできる自信が持てなかった。
もうどれだけ生きたか分からない彼の、役目というよりもう性分であるのは、『問題を拾い集めること』。
多くを解決はしたが、力及ばぬことも稀にあった。
それが積み重なっているのか、周りには彼が心を閉ざし始めているように見えていた。
年月を経るごとに、それがじわりじわりと加速して行く。
しかし彼はそれでも『座』を退こうとしなかった。
まだ何も成し遂げられていないと、見てみたいことがたくさんあると笑うばかり。
今ラハブレアが懸命に創り出そうとしている幻想生物が、彼の精神を癒すためのモノであることを本人は知りもしない。
彼はいつものように、これまでの見聞から当たりを付けて、適切な性質を有すると目した炎の在り処を、いくつかラハブレアに案内して回ってきたのだった。
世界各地を渡り歩いている彼の知見を、ラハブレアはこうしてよく頼っている。
それがなければ得られない発想があるのも事実だが、半分は彼を独りにさせないために行っているようなものだ。
ラハブレアもアゼムほどではないが、随分長くその座を務めている。付き合いの長い二人には気心が知れている部分が少なからずある。
加えて、こうして共に旅をしても不自然ではない者が、今はラハブレアしかいなかった。
だから、アゼムに気負わせたくはない周りの期待もあり、二人はこうして一緒にいることが多くみられた。
そんな中で現れた『希望』が、ミトロンが先日報告をあげたアログリフの予言だった。
ただ、その『希望』をその者にだけ背負わせるような人々ではない。
この日首都アーモロートに帰還したこの二人のうち、ラハブレアにだけこっそりその予言が伝えられた。
アゼムの知らない水面下で、幾人もが彼のために東奔西走している。
それは彼のこれまでの行いの、賜物ではあるのだろう。
その『癒し』の幻想生物の創造は、ラハブレアにしてはとても難産だった。
永遠にも似た時を過ごす人々にとっては、なんでもない期間ではあった。しかし、ラハブレアは珍しく小さな焦りを抱えた。
しかしだからといって
だから、もどかしいながらも、じっくりと研究は続けられた。
そしてその間に『希望』である者は、その者のあるがままに成長していった。
優しく穏やかな人々は、彼本人に『希望』であると告げることはなかった。背負わせたくはなかったから。
ただしその類稀なる『眼』についてはアログリフから伝えられていた。
そしてその者はアログリフによって、その『眼』にちなみ、遥か遠い言い伝えから『ハーデス』と名付けられもした。
十四人委員会の一角である彼女に予言をいただいたうえに名前ももらい、彼の両親は穏やかに喜んだという。
アログリフと、彼女の親友であるミトロンは、ハーデスにとって師のような存在になっていった。
……しかし。
その者はその『眼』のために、少しだけひねくれていってしまうのだった。
冥界に愛され、魂を『視る』ことができる者。
必然的に、魂の終着点を多く目にしてしまう。
……だから、彼は、無意識に親しい者をつくらないようにして、生きていた。
✦真名
色々あって(記憶のクリスタルの色、等)この頃ラハブレアはポセイドン想定でした。ここはきちんとヘファイストスに修正していきます。
ガイア=アログリフとミトロン=アルテミスが判明する前は、予言くれる役ナプリアレスでした()
古代編を実際に書き始める前に分かって良かったです。
アルテミスは女性っていう固定観念はどうしても譲れなかったので、前世は女性だったことにしました。
秘話でそうなってて少し安心。
ただ、この話では原作と違って百合にまではしません。トモダチ。