「まだ話してなかったの?」
アゼムの『もう一人の妹』──ミトロンは、呆れ返った声で言った。
「こっちは、三人が仲いいって聞いて、紹介に来るのを今か今かと待ってたんだけど」
「えっ」
アゼムはしどろもどろしながら、きょろきょろとこの場の全員の顔を見る。
アログリフ、ヒュトロダエウス、ハーデスはそれぞれ肩をすくめたり苦笑したりしている。
アゼムは肩を落とした。
「……いや、でも……ここって、普段……あまり、人を入れて、いい場所じゃ……」
「それはそうだけど、アゼムの場合、都合よく言い訳にしてるだけでしょう」
「えっ」
アゼムは身を縮めた。
「世界を渡り歩くことにばかり興味が行って、この首都でのことなんてすぐ忘れてしまうんだから。
まあ? お人好しでもあるから? 頼みごとなんかされた日には、まっしぐらだものね?」
「え、うぅ……そ、そんなことは……」
「フフッミトロン様、すっごく的を射てます、さすがは妹君」
「ヒュ、ヒュトロダエウス……」
友人を恨みがましそうに見るアゼムに、ハーデスは小さく溜め息をついた。
「私には……ミトロン様からも、仰って下されば良かったでしょう」
「あら」
にこっとミトロンは笑った。
「私たちを妹だって
「え」
思わずハーデスはアゼムに顔を向ける。
しかしどこかで、やはり
アゼムは少し凹んだ様子ながら苦笑していた。
「酷いなあ……だって俺の
「そう言えば、それって何でなの?」
当代デュダルフォンがミトロンの実父だというのは、ハーデスにも聞き覚えがあった。
そしてミトロンが『私たち』と言ったことから、フィンもデュダルフォンの実の娘なのだろう。
ちなみにそのフィンは、今は
「どう考えてもアゼムより父の方が若いわよね」
「うぅ……それは……」
アゼムはとうとう背中を丸めた。ハーデスは多少憐れみを憶えた。
「君たちは俺の、父方の親戚……子孫、なんだ。あと俺の実父も、デュダルフォンの座に、就いていたんだ。その縁だよ」
「……初耳ね。父も問い詰めないと」
ミトロンは腕組みしながらアゼムを見る。
「うっ……やめてあげてくれ……」
「だいたい、その縁だとして、普通アゼムが養父になるんじゃない?」
「……ううっ。ちょっと、そこは……話していいのか、分からない」
「もう、本当になんなのよ。まあ、話せないことまで突付く気はないわ。安心して? 『兄さん』」
ミトロンのニコッと笑った仕草は、どこか意味ありげだった。
「……安心できない、雰囲気……」
「なあに?」
「な、な、何でもない……」
ミトロンがふふっと笑った。
多分この一連の流れは、半分本気で残りは弄りだったのだろう。
「でもこれでちょっとスッキリしたわ。いきなり超人が『兄です』ってニコニコ現れたら、驚くどころじゃなかったのよ? 父もアナタも説明の重要さを、キッッッチリ学んでほしいわ!」
「ちょ、ちょう、じん……?」
アゼムはたじたじとしてばかりだ。
「アゼムの座と言えば、嘘か真か、当代しか存在しない。それだけ並外れた心身を持ち、あのラハブレアの助手すらこなしてみせる。ってね」
「そんなの、さすがに、嘘だから……それにラハブレアがすごいだけで、俺が助手なのは、そんなに大したことじゃ……」
「「大したことだからね?」」
「うっ」
ミトロンばかりかヒュトロダエウスまで、真剣な顔で言い募る。
「……何故、あなたはそんなに長く『還らない』の?」
彼がどれ程を生きているのかを、知る者は誰もいない。
対して、彼が年々精神的に摩耗していっているのは、誰の目にも明らかだった。
たじたじしていたアゼムが、すっと直立し真剣な顔をする。
「俺ほど、頑丈な奴には、会った事がない……『外』では、予測不能な事態も、多くある、から……普通の、ヒトは、すぐに……死んでしまう、よ」
あの日突然、エーテル乱流に巻き込まれたように。
「……」
全員が押し黙った。
アゼムの言には一理あった。
全ての人々が纏うローブは、凡そ旅には向かない。それで済んでいるのは、日常で激しい運動をしないからだ。
それでも、今後鍛えればある程度は『頑丈』になりはするだろうが……。
「『あなたほど』は、少し欲張りすぎよ」
そう言ったミトロンは、少し寂しそうに見えた。
『母が、強く在れと願った』
それは強力な祝福であり、呪い。
しかも、生来成人済不老、などにさせたような、余程のものである。
「……そうかな」
アゼムは少し目を逸した。
しかしすぐに彼は、ふわりと笑った。
「それに、俺は……もっと、もっと、世界を、見て回りたい……知りたいことが、まだまだ、たくさんあるんだ」
そんな彼に、小さく眉間にシワを寄せたり、溜め息をついたりする一同。
「まあひとまず、せっかく来てくれたことだし、わたしとアログリフの研究でも見ていかない?」
「!」
好奇心旺盛な三人は、それまでの雰囲気を忘れたかのように、きらきらと目を輝かせた。
ミトロンは水棲生物の権威であり、アログリフは陸棲生物の権威だ。
そんな彼女たちの研究を、本人たちの解説つきで見て回れるかもしれない──知的好奇心をくすぐられない訳がない。
「決まりね。前に『兄さん』が見た時に比べたら、どれだけ進んだか分からないのよ?」
「うっ」
遠回しに再び、全然帰らないことを責められて、アゼムは身を縮める。
しかし。
「たまにはゆっくり休みなさいよね」
ぽつりと呟かれたそれが、彼女の本心なのかもしれなかった。
アゼムはきょとんと硬直を解き、そして苦笑した。
五人は、ぞろぞろと『星の磐座』を後にする。
あまり人を入れてはいけない、というこの場所は、星の声を聞くための、地下へと伸びた岩窟の深くだった。
陸棲生物を導くアログリフは巫女として、水棲生物を贈るミトロンはその騎士として、普段は『星の磐座』に留まっている。
表の顔である創造と研究の専門家を務める時には──
ある程度登って行くと、一同は突然眩しい光の中に放り出された。
転移の術式が設置されていたのだろう。
眩しさに目が慣れると既にそこは、アカデミアの中にある転移部屋だった。
「さ、わたしたちが所属する研究室に案内するわ」
にこっと笑うミトロンと、ふわりと微笑むアログリフの先導で、三人は研究室に向かう。
さまざまな資料や創造生物を案内してもらいながら、じっくりと話を聴く。
どうやら、ミトロンはゆくゆく、己の研究院を持つ予定らしい。
「すごく、楽しみだな」
ふわっとアゼムは微笑むが。
「どうせ『兄さん』が来るのは、できて何年も……ううん、何十年も先かもしれないわ」
「さ、さすがに、そこまでは……!」
「どうかしら?」
べ、と小さく舌を出したミトロンには、どこか揶揄っている雰囲気がある。
「うっ」
しかし真に受けたらしきアゼムは、また身を縮めていた。
書き下ろし話
✦星の磐座
エデンで巫女と騎士とあったため安易に作った場所。
ちょっとした設定は今後出てくる可能性アリ?
陸棲生物と水棲生物へのこじつけは暁月以降の後付け。
✦血縁関係等
ギリシャ神話にきれいに沿っている訳ではありません。
参照元が他にあったり、勝手にしたりです。