刹那の永遠   作:千里亭希遊

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第三話:colors

「そういえば」

 

 お土産と言ってよく分からないモノを大量にそこかしこに並べていたアゼムが、じいっとハーデスを見ながら聞いてきた。

 

「俺のエーテルは、どう、視えるんだ?」

 

 聞かれたハーデスは微妙な顔をした。

 

 彼には彼のエーテル、つまり魂の色が、比類なく綺麗で眩しいものに見えていた。

 しかしそんなほめそやすような言葉を、正直に伝えるのは気がすすまない。

 

 少しの間少年は考え込む。

 そして。

 

「……騒がしいです」

「……へっ!?」

 

 言われた本人は目を丸くし、ハーデスの内心をある程度察するヒュトロダエウスは、声をあげて笑い始めた。

 ハーデスはそんなヒュトロダエウスに半眼を寄こす。仮面の下の口元は、微妙にへの字に曲がっていた。

 

 ヒュトロダエウスは息苦しそうにさえしながら、ひとしきり笑い続けた後に、そう言えば彼もハーデスにはっきり聞いたことが無かったような、と思う。

 

「多分キミとワタシの視え方は同じだと思うんだけど、どうなのかな。

 キラキラしている人は他にもいるけど、アゼムは何というか、眩しいよね。そんなふうに不思議な色をしている人は、視たことがないなあ」

「ふ、不思議な、色……?」

 

 聞いておいてたじたじとするアゼム。

 

「うん。基本は白とか淡い橙なんだけど、オパールみたいに、くるくると変わるんだ。キミの座が示す通り、太陽っぽいのかもしれないね」

「そ、そう……」

 

 本当に、なんとも派手だ。

 ハーデスが騒がしいと言ったのも分かる気がして、彼は複雑な気分になった。

 

「私にも、そう視えてます」

「そっか、やっぱりそうだったんだね」

 

 ヒュトロダエウスは、うんうん、とゆったり機嫌良さげに笑っている。

 

「ちなみに、ワタシのはどう視えているんだい?」

「真っ白ですね」

「おや。そんなふうだったのかあ。自分の色が聞けるというのは、なかなか面白いものだねえ」

 

 エーテルを感じ取る者は少なくないが、色付いてまで視える者は、他に会ったことがなかった。

 

「……私の色はどう視えてるんですか?」

「アメジストみたいな紫色かなあ。二人ともとっても、美しく視えているよ」

 

 そう言ってヒュトロダエウスは眩しそうに目を細める。

 

 対して、アゼムはしょげた様子で俯くようにテーブルの上を見つめながら、膝にかかえたケット・シーの両手をふにふにと触っていた。

 ハーデスは彼の様子に多少罪悪感を抱えて、明後日の方向に視線を移す。

 ヒュトロダエウスはそんな二人の様子にくすくすと笑った。

 

「ハーデスはきっと拗ねているんだよ。キミが三年以上アーモロートに帰ってこないものだから、心配してくれていたんだよ?」

 

 言われてアゼムははっとしたように顔を上げてハーデスのほうを見る。

 ハーデスは自身の正面に目線を戻し(その方向にもやはり誰も居ないのだが)、憮然とした表情を浮かべる。

 

「……別に拗ねてるわけじゃありませんよ。どちらかと言うと腹立たしいんです」

 

 そんなことを言われてアゼムは目を白黒させた。

 

「……う。……え、ええと……ごめん……」

 

 ヒュトロダエウスは再びくすくすと笑う。

 

 アゼムは誰かが着いて来ないように、隠形の術式を展開して世界を歩いている。その上、白い仮面を着け、魂の色すら隠蔽するのだから念入りだ。

 そのため誰も行き先を探ることができないでいた。

 

 通信魔法すら遮断してしまっていて、無茶をしがちな彼が、長く音信不通になることは恐ろしくてたまらない。

 

 しかし、である。

 

 何故かハーデスは、周到に隠されているはずの彼のエーテルを、ぼんやりと辿れるようになっていた。

 

 アゼムの術式は、どんな能力を持つ誰にも破ることが出来なかった程、頑固で高度なもの。

 それを打ち破っているわけではないようで、理屈はまったくもって不明だった。

 しかしだからこそか、アゼム本人にも気付かれていない様子だ。

 

 そんなハーデスのおかげで、ヒュトロダエウスは偶然を装って、アゼムの居所にふらっと赴き、捕まえることができるようになった。

 そしてついでだからと宣い、しれっと問題解決の場に着いて行く。

 怪しまれないよう不定期に追いかけた限りは、彼は無茶をしたり大きな怪我をしたりしていない。

 

 ハーデスは、アゼムが帰ってこないことにではなく、ヒュトロダエウスからまだ年若いという理由で──そして例の件による心配から、着いて行くことを頑として断られていることに、へそを曲げている。

 居所をつきとめているのは彼だというのに。

 

「キミが居ない間に、ハーデスはこんなに成長しているんだよ?

 身長だけじゃない。こんなに若いうちからエーテル学についてや、創造魔法に関する論文を、いくつか認められているんだ。

 そのへんのお祝いができるようにもうちょっと帰ってきなよ。まったく薄情なんだから」

 

 アゼムは目を丸くして、それから眩しそうに目を細めてハーデスを見つめた。

 ハーデスはそわそわと居心地悪そうな様子で再び明後日の方向に視線を泳がせる。

 

「ハーデスは、努力家だな。すごい、な」

「だから、もっと帰ってくる頻度をあげなさい」

「うっ……」

 

 ヒュトロダエウスが圧のある笑顔を浮かべているのは、白い仮面に覆われていても手に取るように分かって、アゼムは身を竦ませる。

 

「……色々、目移りして……帰るの、忘れるんだ……」

「本当に薄情者なんだから」

「ううっ……」

 

 アゼムはヒュトロダエウスからの圧が、本当に肌を刺してくるような気がした。

 

「別にわざわざ帰ってもらうようなことじゃないですし……」

「……むう……!」

 

 淡々と言うハーデスに、アゼムは何だか淋しさを感じてはっとする。

 

 こんな態度なハーデスではあるが、彼が全然素直ではないことを彼は既に知っていた。

 だからもしかしたら、自分と同じような淋しさを少しは抱えてくれているのかもしれない。

 

 ハーデスが自身を友達だと思ってくれているかは、彼にはあまり自信がなかった。

 フィン()と二人が出会った所に出会した頃は、嬉しくて楽しくて、ちょこちょこ帰ってはいた。しかし今はまた、周りに責められる程の放浪癖が再発している。

 それでもハーデスは、ちょくちょく見る知り合いくらいには、思ってくれているようだから。

 

 友達。

 

(……そう思ってもらいたいなあ……)

 

 そしてふと思う。

 

「ハーデス、丁寧語は、いらないよ?」

「……」

 

 ハーデスは微妙な表情を浮かべる。

 十四人委員会の一角相手にただの一市民が……しかもまだ成長しきっていないような人間が、丁寧な言葉を使わないなど、考えられることだろうか?

 ヒュトロダエウスが、またまたくすくすと笑う。

 

「ワタシにもいらないんだよ?

 あんまり接点のない人はアゼムなんか相手にしたら、特に敬語を使いたくなっちゃうんだろうけど……もう友達だと思ってくれているんだったら、そんな差別化しないでくれたほうが嬉しいなあ。

 ……それにねえ、ハーデス。我々はそんなに敬われるべきだと思う? 結構どうしようもない部類のヒトたちだって思わない?」

「酷いぞ、ヒュトロダエウス……でも、俺も、そう思う」

 

 今度はアゼムまでくすくすと笑いだした。

 そしてなにやらケット・シーの片腕を挙手するように上げさせている。同意の形を取らせているつもりなのだろうか。

 

 ハーデスは大人しくされるがままのケット・シーを不憫に思うが、この幻想生物が果たして何かの感情を抱えることがあるのかどうか、ハーデスには分からなかった。

 ……こんな感情を抱えたのは、あのフィンのせいなのかもしれない。

 

 小さき人が年長の者に対して、丁寧な言葉を使う。それは特におかしくはない。

 しかし長じれば年など関係がなくなる。長く生きようと短かろうと、人は皆平等なのだから。

 そして。

 

 この二人に距離を置かないでほしいと言われるのは、ハーデスも内心嬉しかったりはするのであって。

 そして年若いことを理由に、心配で仕方がないアゼムを追うことを許してもらえないことが歯がゆいのもあって。

 

 隣に立つに足る者だと、思ってもらいたい。

 

「……あと。『様』も、嫌、だな。『座』で呼ぶ人なら、仕方ない……かも、だけど……真名でもある、から」

「……」

 

 今度こそハーデスは渋面になる。

 丁寧語をやめるなら、『様』をつけて呼ぶのもどこかちぐはぐな気がするのは、分からなくもない。

 

 ……しかし。

 しかし。

 

 ……。

 

 ……それでも、対等で在りたくはあって。

 

「………………アゼム、さん」

「……」

 

 何故不満そうな顔をされなければいけないのだろうか。

 

 ……呼び捨てにしろと?

 

 またヒュトロダエウスがくすくすと笑っている。

 

「ワタシも呼び捨てにしてほしいなあ?」

 

 ……『も』などとつけているあたり、アゼムのことも呼び捨てにしようよという誘いなのだろう。

 

 ハーデスはこれ以上ないほどに口をへの字に歪める。

 

 ……しかし。

 しかし。

 

 ……それでもやはり、気が退けることであって。

 

「…………………………………………ど、努力、します……」

 

 ハーデスにはまだそれくらいしか言えなかった。

 

 無理強いなんてしたくない年長者二人は、ふわりと微笑む。

 

「楽しみだなあ」

「うん、楽しみだ」

「……」

 

 しかしやはり、気が重くならないこともないハーデスだった。

 

 

 

 そしてこの時以来、アゼムが年単位で首都に帰ってこないことはあまり(・・・)なくなった。







✦魂の色
 もちろん捏造です。

✦アゼムの隠業
 高度なのは年の功でしょうね。
 フィンの所で自ら言っていたように、このアゼムが得意とするのは戦闘系です。
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